どのように既存勢力に抗って民衆の支持を得た指導者といえども、いったん権力の地位につくと軍産複合体の重圧に勝てなくなるのだろうか-気鋭のジャーナリスト、ジョン・ピルジャーが、躍進を続け期待のかかる英国労働党のジェレミー・コービン党首について抱く不安である。コービンの外交政策は不明のままだが、彼の「影の内閣」の外相は「人権を英国外交政策の中心に取り戻す」「英国を再び世界における善の勢力とする」などと言っている。ピルジャーはそれを「帝国の懐古趣味」とし、英国が「人権」を外交政策の中心にしていたことなど一度もない、と数々の実例で反証する。コービンは歴史を変えられる「本物」なのか、それとも、労働党大会におけるBAEシステムズの展示に象徴されるように、結果的には権力の「代償」として軍産複合体に服従させられるのかーーー考えさせられる記事、総選挙後の日本にも届けたいと思い、日本語で提供する。@PeacePhilosophy
(注:翻訳はアップ後微修正することがあります。)
原文:
THE RISING OF BRITAIN'S 'NEW POLITICS'
http://johnpilger.com/articles/the-rising-of-britain-s-new-politics
英国「新政治」の台頭
2017年10月6日
ジョン・ピルジャー
翻訳:酒井泰幸(協力:乗松聡子)
イギリス海岸の街ブライトンで先日開かれた労働党大会に出席した代議員たちの中に、その正面入口で上映されていた映像に気を留めた人はいなかったようだ。サウジアラビアに納入している世界第3位の兵器メーカー、BAEシステムズが、自社の銃、爆弾、ミサイル、軍艦、戦闘機を宣伝していた。
それは、今や何百万もの英国人が政治的な望みをかけている党の、背信の象徴に見えた。かつてのトニー・ブレアの縄張りを現在率いているジェレミー・コービンの経歴は、ブレアのものとは非常に異なり、英国の政治支配者層では希なものだ。
労働党大会で演説した運動家のナオミ・クラインは、コービンの台頭をこう表現した。それは「世界的現象の一部です。米国大統領予備選でのバーニー・サンダースの歴史的な選挙戦で私たちはこれを目にしました。それを支援していたのは、無難な中道政治が無難な未来をもたらすなどあり得ないと知っているミレニアル世代でした。」
実際には、昨年の米国大統領予備選の終わりに、サンダースは、彼の支援者たちを、民主党で長く続いてきたリベラルの戦争屋、ヒラリー・クリントンの手に委ねた。
オバマ大統領政権の国務長官として、クリントンは2011年のリビア侵攻を取り仕切り、その結果ヨーロッパに難民が殺到した。リビアの大統領が惨殺されるのを彼女が満足げに眺めたことは良く知られている。彼女はその2年前、民主的に選ばれたホンジュラスの大統領を打倒するクーデターを承認した。彼女が10月14日にウェールズに招かれスウォンジー大学から名誉博士号を授与された理由に、彼女が「人権の代名詞」だとされたことは、全く理解に苦しむ。
クリントン同様、サンダースは冷戦の戦士で、米国以外の世界を所有しているような見方を持った「反共」の偏執狂だ。彼は、1998年にビル・クリントンとトニー・ブレアが行ったユーゴスラビアへの不法な攻撃と、アフガニスタン、シリア、リビアへの侵攻、さらにバラク・オバマのドローンによるテロ攻撃作戦も支持した。彼はロシアの挑発を支持し、内部告発者のエドワード・スノーデンを裁判にかけるべきだということに同調している。何度もの選挙に勝利した社会民主主義者の故ウゴ・チャベスを、サンダースは「死んだ共産主義の独裁者」と呼んだ。
サンダースはよくいるようなリベラル政治家だが、コービンは実際に「現象」となるのかもしれない。彼は米英の植民地進出の犠牲者や民衆抵抗運動を根強く支持している。
たとえば、1960年代と70年代に、インド洋の英国植民地のチャゴス諸島住民は、労働党政権によって祖国を追われた。全住民が拉致されたのだ。この目的は、本島のディエゴガルシア島を米軍基地のために明け渡すことだった。英国への「補償」は、ポラリス原子力潜水艦の価格を1400万ドル値引きするという秘密の取引だった。
私はこれまでチャゴス諸島住民と深く関わってきた。モーリシャスとセイシェルで追放の身となって暮らしている住民たちを撮影した。彼らはそこで嘆き苦しみ、「悲しみのあまり死んだ」者もいたと私は聞いた。彼らは国会の労働党員、ジェレミー・コービンという人物に政治的指導者を見出した。
パレスチナ人も同様だった。2003年に当時の労働党首相[ブレア首相]による侵略で恐怖に陥ったイラク人も同じだった。西洋大国の陰謀から逃れようと苦闘している他の国々も同じだった。米国巨大企業によって破壊された数々の社会に希望以上のものをもたらしたウゴ・チャベスのような人物を、コービンは支持した。
一方、今やコービンはかつて想像したこともないほど権力の座に近付いたが、彼の外交政策は秘密のままだ。
秘密というのは、聞こえの良い言葉以外ほとんど何もなかったということだ。「我々は価値を外交政策の中心に据えなければなりません」とコービンは労働党大会で発言した。だがこの「価値」とはいったい何のことなのか?
1945年以来、保守党同様、英国労働党は帝国の政党で、ワシントンに追随し、チャゴス諸島での犯罪行為のような過去を持っている。
何が変わったのか?ジェレミー・コービンは、米国の戦争機構やスパイ組織、経済封鎖といった人間性に背く政策から労働党が手を引くとでも言うのだろうか?
コービンの「影の政府」の外相であるエミリー・ソーンベリーは、コービンが政権を取ったら「人権を英国外交政策の中心に取り戻します」という。だがパーマストン子爵(ヘンリー・ジョン・テンプル)が19世紀に言明したように、人権が英国外交政策の中心にあった試しはなく、あったのは「利益」だけだ。英国社会の頂点にいる人々の利益だ。
ソーンベリーは1997年に、トニー・ブレア政権の最初の外相であった故ロビン・クックを引用し、「英国を再び世界における善の勢力とする…、倫理的な外交政策」を誓った。
歴史は帝国の懐古趣味に寛大ではない。1947年に労働党政権が行ったインド分割を記念する催しが先日あった。国境線を性急に引いたのは、ロンドンの法廷弁護士シリル・ラドクリフで、それ以前にインドに行ったことはなく、その後にインドから戻ることはなかった。彼が引いた国境線は大量虐殺と呼べるほどの流血を招いた。
ひとり籠もった邸宅には、守衛が昼も夜も
刺客を寄せ付けぬよう庭園を巡り、
彼が着手したのは、運命を定める仕事
何百万人もの運命。彼の手にあった地図は時代遅れで
国勢調査の報告書は、ほぼ確実に間違いだったが、
確認する時間はなく、調査する時間はなかった
争いの舞台を。気候は恐ろしいほどに暑く、
赤痢の発作で下痢は絶え間なく続いたが、
それは7週間で完成し、国境が定められた、
大陸は良くも悪しくも分割された。
-「分割」W・H・オーデン
現代の基準からすれば「急進的な」クレメント・アトリー首相が率いる、同じ労働党政権(1945〜51年)は、イギリス帝国陸軍をサイゴンへと派遣した。司令官はダグラス・グレーシーで、ベトナム民族主義者が自国を解放するのを防ぐため、敗北した日本軍将兵を再軍備する命令を受けていた。こうして、20世紀で最も長い戦争[インドシナ戦争]の火蓋が切られた。
労働党[アトリー政権下の]のアーネスト・ベヴィン外相こそ、世界、特に中東で、最も悪意ある専制君主の何人かと「相互依存」と「協力関係」を結ぶ政策によって、現在も持続する関係を構築した人物で、しばしば地域や社会全体の人権を脇に追いやり押し潰した。その動機は英国の「国益」、つまり石油と権力と富だった。
「急進的な」1960年代に、労働党のデニス・ヒーリー国防大臣は、武器取引を促進し殺傷兵器を世界に売って金を稼ぐことを明確な目標とする、国防販売支援機構(DSO)を設立した。ヒーリーは国会で、「軍備管理と軍縮の分野での進展を図ることを最重要目標とする一方で、我が国がこの価値ある市場で正当な分け前の獲得に失敗しないようにするため、我々は取り得る実務的な手順をも踏まなければなりません」と発言した。
二重思考は労働党の得意とするところだ。
私がのちにこの「価値ある市場」についてヒーリーに尋ねたとき、彼の決定は武器輸出の量に何の影響ももたらさなかったと彼は主張した。しかし実際には、武器市場での英国のシェアは、ほぼ倍増した。現在、英国は世界第2位の武器販売国で、武器、戦闘機、機関銃、「暴動鎮圧用」車両を、英国政府が人権侵害国家と名指しする30カ国のうち22カ国に売っている。
このようなことがコービン政権下で終わりを迎えるのだろうか?コービンがお手本としているようであるロビン・クック[ブレア政権の外相]の「倫理的外交政策」が何だったかを調べればわかってくる。ジェレミー・コービンと同様に、クック[庶民院初当選1974年]は武器取引に批判的な一般代議士として名声を築いた。「武器が売られるところはどこでも、戦争の現実を隠蔽する暗黙の謀略が存在」し、「過去20年のあらゆる戦争は、豊かな国が供給した武器で貧しい国々が戦ったということは自明の理だ」とクックは書いていた。
クックは英国のBAEホーク戦闘機のインドネシアへの売却を「特に憂慮すべき」だと指摘した。インドネシアは「弾圧的なだけでなく実際に2つの戦線で戦争をしている。東ティモールではおそらく人口の6分の1が虐殺され…、西パプア州では先住民の解放運動と対峙している」。
外相として[ブレア政権下で1997-2001年]、クックは「武器販売の全面見直し」を約束した。のちにノーベル平和賞を受賞した東ティモールのカルロス・ベロ司教は当時、クックに直訴した。「どうか、お願いですから、これ以上紛争を継続しないで下さい。この武器販売がなければ、そもそも争われることはなく、これほど長期にわたることもなかったでしょう。」彼が言っていたのは、インドネシアが英国のBAEホークを使って行った東ティモール空爆と、英国の機関銃を使った東ティモール人民の虐殺のことだった。これに対する回答はなかった。
その翌週、クックは記者たちを外務省に呼び、「新世紀における人権」に向けた彼の「任務声明」を発表した。この宣伝イベントにはBBCなど一部の記者との恒例の私的懇談も含まれ、そこで外務省担当者は、英国のBAEホーク戦闘機が東ティモールで作戦投入されたという「証拠はない」と、虚偽の発言をした。
数日後、外務省はクックの武器販売政策「全面見直し」の結果を発表した。「労働党が選挙に勝ったときに有効で実施中だった販売免許を取り消すことは、現実的でも実務的でもなかった」とクックは書いた。スハルト政権のエディ・スドラジャト国防大臣は、さらに18機のBAEホーク戦闘機の購入に向けて、英国との交渉が進行中だと語った。「英国の政治的変化が我が国の交渉に影響を与えることはないでしょう」と彼は言った。そしてそれは本当になった。
現在の場合では、インドネシアをサウジアラビアに、東ティモールをイエメンに置き換えればよい。保守党と労働党の両政権の承認を得て販売された英国の軍用機は、労働党大会では最高の場所で宣伝映像を流していた企業が製造したものだ。世界で最も貧しい国の一つ、イエメンでは、その飛行機による空爆で人々は焼け出され、子どもの半数は栄養不良で、現代では最大規模のコレラ大流行が発生している。
病院、学校、結婚式、葬式が攻撃対象になった。リヤドでは、英国軍人がサウジアラビア人に標的の選び方を教えていると伝えられている。
労働党の2017年選挙公約では、ジェレミー・コービンと彼の党員は次のように約束した。「労働党は、包括的、独立、国連主導の調査を要求する。その対象は、サウジアラビア主導の連合軍が行ったイエメンの市民に対する空爆など、違反が疑われる事件だ。我々は、この紛争で使われる武器のさらなる販売を、調査の結論が出るまで即時保留する。」
だがイエメンでのサウジアラビアの犯罪の証拠は、すでにアムネスティなどよって記録され、英国人ジャーナリスト、アイオナ・クレイグの勇気ある報道は特筆すべきものだ。調査書類は膨大な量に上る。
労働党はサウジアラビアへの武器輸出を停止するとは約束していない。英国がイスラム聖戦思想の波及に手を貸している政府への支持を撤回するとは言っていない。武器取引を廃絶するという約束はどこにもない。
選挙公約は次のように述べている。「共有する価値に基づく(米国との)特別な関係があるが…、現トランプ政権があえてこれを無視するなら、…我が国は恐れることなく異議を唱える。」
米国と渡り合っていくのは単に「異議を唱える」ことではないことを、ジェレミー・コービンは知っている。米国は強欲で身勝手な大国で、大統領がトランプか他の誰かであるかに関わらず、人権を擁護する国家の自然な同盟国と見なされるべきではない。
エミリー・ソーンベリーがベネズエラとフィリピンを結び付けて「ますます独裁的になりつつある体制」と言ったとき、(これはベネズエラでの政権転覆に米国が果たした役割を無視した、文脈上の真実を奪われたスローガンに過ぎないのだが、)彼女は意識的に敵の面前で演じていたのだ。これはジェレミー・コービンが熟知することになる戦術だ。
コービンが政権を執れば、チャゴス諸島住民に帰還の権利を認めるだろう。だが労働党は、英米間で50年目の更新に署名したばかりの合意を再交渉するとは言っていない。この合意はディエゴガルシア島の基地の使用を許可するもので、ここから米国はアフガニスタンとイラクを空爆した。
コービンが政権を執れば、「パレスチナ自治政府を即時承認」するだろう。だが、英国がイスラエルに武器供与を続けるかどうか、イスラエルの違法な「入植地」での違法な取引を黙認し続け、イスラエルを米英に免責された歴史的な迫害者としてではなく単に戦争当事者として扱い続けるのか、労働党は沈黙している。
NATOが現在進めている戦争準備を英国が支持していることについて、NATOに対して「前回の労働党政権はGDPの2%という基準以上に支出した」と労働党は自慢する。労働党によれば、「保守党の支出削減により英国の安全保障は危険にさらされて」おり、英国の軍事的「責任」を強化すると約束する。
実際には、英国が軍に現在支出している400億ポンドのほとんどは、英国の領土防衛のためではなく攻撃目的で、ジェレミー・コービンを非国民として中傷しようとする人々が定義するような「国益」のためだ。
国勢調査が信頼できるとすれば、英国人のほとんどは自国の政治家たちよりずっと進んでいる。公共サービスを充実させるため高い税率を受け入れ、国民保健サービスを健全な状態に再建することを求めている。まともな仕事と給料、住宅と学校を求めている。外国人を憎んではおらず、搾取的労働に憤っている。太陽の沈まない帝国を懐かしく思ってはいない。
英国が他国を侵攻することに反対し、ブレアを嘘つきと見なす。ドナルド・トランプの台頭は、自国を引きずる米国がどれほどの脅威となり得るかを思い起こさせた。
労働党はこの雰囲気の恩恵を受けているが、その約束の多くは(外交政策では確かに)制限され譲歩したもので、多くの英国人にとっては、以前と同じだと映る。
ジェレミー・コービンの誠実さは多くの人が認めるところだ。彼はトライデント核兵器システムの更新に反対し、労働党はそれを支持している。だが彼が影の内閣の役職に据えたのはブレア主義を支持する戦争推進の議員たちで、彼を「選出の見込み無し」と罵り退陣させようとしたような者たちだ。
「我々は今や政治的主流派だ」とコービンはいう。そう、だがその代償は何だろうか?
著者のジョン・ピルジャー(John Pilger) は、1939年オーストラリア生まれ、ロンド ン在住のジャーナリスト、ドキュメンタリー映画作家。50本以上のドキュメンタ リーを制作し、戦争報道に対して英国でジャーナリストに贈られる最高の栄誉「ジャーナリスト・オブ・ザ・イヤー」を2度受賞、記録映画に 対しては、フランスの「国境なき記者団」賞、米国のエミー賞、英国のリチャード・ディンブルビー賞などを受賞している。ベトナム、カンボ ジア、エジプト、インド、バングラデシュ、ビアフラなど世界各地の戦地に赴任した。邦訳著書には『世界の新しい支配者たち』(井上礼子訳、岩波書店)がある。また、過去記事は、デモクラシー・ナウやTUPなどのサイトにも多数掲載されている。
ジョン・ピルジャーのウェブサイトはこちら。www.johnpilger.com
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