Okinawan journalist Yoshida Kensei's criticism of Kyodo News Agency's interview article of Dennis Blair, former top US Intelligence official (February 8, 2011).
沖縄在住のジャーナリスト、元桜美林大学教授、吉田健正さんに寄稿いただきました。共同通信ワシントン発の記事に関するメディア批判です。(元の記事は下記を参照)。
これでもジャーナリストか
吉田健正
語るに落ちる、というのはこういうことを指すのだろう。
共同通信の杉田雄心ワシントン特派員によれば、日米同盟に支障を来たさないため、「米政府は(日本に対する)圧力と取られかねない発言を極力封印する」という(『沖縄タイムス』、『琉球新報』、2月8日)。「ブレア氏の発言はこうした中で飛び出した」。
ブレア氏の発言というのは、昨年5月まで米国家情報長官を務めたデニス・ブレア氏が、2月初めに共同通信との「単独会見」で、日本に憲法9条の「見直しを促した」という発言である。
米国政府が日米同盟深化の観点から、こうした対日要求を「極力封印」していたのに、杉田特派員との「単独会見」に応じたブレア氏が、封印を破り、米国政府の「本音」を語った、というのである。「単独会見」というのは、報道機関が注目に値する特定の人物の見解を求めて行うか、特定の人物が自分の見解を発表するために報道機関に接触して実現するインタビューのことである。つまり、両者の利益が合致して成立する。今回の「単独会見」はどちらが接近して成立したか明らかでないが、いずれにせよ、杉田特派員が、ブレア退役海軍大将との会見に成功して、ジャパン・ハンドラーズとしてたびたび日本の主要メディアに登場したリチャード・アーミテージ元国務副長官と同じ「9条見直し」発言を獲得・報道したというわけである。
ブレア氏に関する報道は、通常の記事と解説からなっているが、中身を読むと、杉田記者側が9条見直し論者のブレア氏に接近して単独会見に持ち込み、ブレア氏の発言を「米政府の本音」と見て、自らの同調意見を加えて発表した、ことがうかがえる。あるいは、杉田記者なら自分の発言を好意的にとりあげてくれると睨んだ前国家情報長官が、同記者にアプローチした可能性もある。
記事は、バランスを欠いた日米安全保障体制に関するブレア氏(記事によれば、99年から3年間、「米太平洋軍司令官を務め、日米関係に精通。09年1月から昨年5月まで、「中央情報局(CIA)など米情報機関を統括する国家情報長官」」の発言を紹介した後、次のように書く。
「(ブレア氏の発言は)北朝鮮の核・ミサイルの脅威が高まる中、『非対称』とされる日米安保体制の在り方をめぐり、米側に不満がくすぶっている現状を浮き彫りにした」
ブレア氏との「単独会見」が「米側に不満がくすぶっている現状を浮き彫りにした」とは、恐るべき報道である。
また「解説」では、ブレア氏が日本に憲法9条の見直しを「促し」たことは、「「外交辞令の裏に潜む米側の『本音』を代弁したと言える。菅直人首相は、国会答弁で集団的自衛権の行使を禁じる政府の憲法解釈見直しを否定しており、日米同盟の将来像をめぐる両国の溝を浮き彫りにした」と書く。ブレア氏の発言が米側の「本音」を「代弁」した、というのには、恐れ入った。
ブレア氏一人の発言がなぜ「米側の不満」を言い表し、それがなぜ「不満がくすぶっている現状」を明らかにした、と総括できるのか。ブレア氏の発言と杉田記者の解釈は、どういう事実や政府内議論に裏付けられているのか、示されていない。情報の「ウラ」をとった形跡もない。
一見、公式の場では語られることのない両国の見解の相違を伝えて、読者の思考を刺激するという体裁をとっている。しかし、その後の「米側には、日本の人的国際貢献への不満がくすぶっている」、「(こうした不満)の背景には、史上最大規模の財政赤字を抱えるオバマ政権が国防予算削減を求められ、余裕を失いつつあるという事情がある」とか、菅政権の防衛費の5年間据え置き方針は「米側には『期待外れ』(日米関係筋)と映る」という説明には、元軍人・ブレア氏の視点で米国の軍事的利益を代弁した「解説」にしか見えない。一人の退役軍人の発言を米国の「本音」として報道するやり方には、単に日本の読者を「洗脳」しようという意図があるようにしか見えない。
駐米特派員の身分で、杉田氏は、「日米同盟深化」が米側の「期待外れ」に終わらないよう、「同床異夢」にならないよう、日本は米国の「本音」にしたがって憲法9条を改定すべし、というのだろうか。ブレア氏が唱える日本の軍備強化や米軍支援のための海外派兵は、日本の「国益」になるのだろうか。近隣アジア諸国との関係はどうなるのだろうか。日本の世論はどう反応するのだろうか。
杉田特派員は、日本のジャーナリストというより、軍事的視点から日本国憲法の改定を求める一部米国「知日派」のエージェント(代理人)としか映らない。日本のジャーナリストであれば、日本の視点から、「日本国民の多くは憲法9条の改定を望んでいない」、「国民は日米同盟を支持するが、米軍基地の駐留にはどこでも反対している」、「世界の民主主義のために戦争するという米国は、なぜ沖縄住民の基地反対の民意を無視するのか」、「なぜオバマ政権は『史上最大規模の財政赤字を抱え』ながら、世界全体の国防費の40%以上を占める国防予算を削減できないのか」といった質問があってもよかっただろう。多くの国民が治外法権的で不公平と考える日米地位協定について、さらには「対テロ戦争」の正当性や有効性、戦争がイラクやアフガニスタン、米国社会に及ぼした影響などについても元国家情報長官に見解を求めるべきだっただろう。しかし、そういう観点からの報道はなく、杉田特派員は「日米同盟」や日本国憲法に関する元長官の意見と杉田自身の「本音」と合致した米国の意向を一方的に伝えたのみだ。
特派員の仕事は、駐在する国や地域の声や動きを読者に伝えることにある。退職した一人の元軍人・国家情報長官に、米側に「くすぶっている(対日)不満」を語らせ、それを「米側の『本音』」と称して、特派員自身が外国政府の「本音」に基づいてあたかもオピニオン・リーダー(世論指導者)のごとく日本に圧力をかけるのは、本来の役割ではない。それでは、一部の外国人の単なるエージェント(代理人、代弁者)に堕してしまう。その外国人が、元太平洋軍司令官で、昨年までCIAや連邦捜査局(FBI)を統括した国家情報長官であれば、なおさら注意が必要だろう。
吉田健正
1941年、沖縄県に生まれる。ミズーリ大学と同大学院でジャーナリズムを専攻。沖縄タイムス、AP通信東京支社、ニューズウィーク東京支局、在日カナダ大使館を経て、桜美林大学国際学部教授。2006年に退職後、沖縄に帰郷した。近著は『「戦争依存国家」アメリカと日本』(高文研 2010年)
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以下、2月8日の『琉球新報』に掲載された共同の記事。ネットでは47NEWSで読めます。英語版は Japan Times でよめます。
最後に、このサイトがメディア批判に力を入れているのは、特定のメディアや記者を非難するためではなく、マスメディアには、その責任と影響力の重さを認識しているが故に、政府や権力を批判する役割を忘れず、良心と公正さに基づいた報道をしてほしいという願いがあるから、ということを断っておきます。(PP)
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