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Tuesday, April 05, 2011

「日本の反核運動は原発を容認してきた」:田中利幸論文 日本語訳

以下は、『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス』に掲載された、田中利幸氏の論文 The Atomic Bomb and and "Peaceful Use of Nuclear Energy" の、前田佐和子さんによる日本語訳です。この論文は、これより短いものが Forein Policy 誌に掲載され、全文のドイツ語訳がBerliner Gazette に掲載されました。


原爆と「原子力エネルギーの平和利用」   


田中利幸(Yuki Tanaka)

3月11日、マグニチュード9.0という途方もない地震が、日本を襲った。地震に引き続いて大規模な津波がおしよせ、風光明媚な東北地方の海岸を完全に破壊した。数万人にのぼる命が失われ、数十万人の人々が避難民となった。

地震と津波で完全に破壊されたこの地域には、約200キロに渡って4つの原子力発電所が集中し、全部で15の原子炉が存在する。これらのうち、東京電力(TEPCO) が経営する福島第一原子力発電所が最大規模で、6つの原子炉を持っている。日本最大の電力会社である東京電力(東電)は、これまで、原子炉格納容器の堅牢さを誇らしげに自慢してきた。原子炉格納容器は、旧日本帝国海軍の誇る戦艦大和に搭載された世界最大級の頑強な巨砲を製造するために開発されたものと同じ技術を用いて作られたと、喧伝されてきたのである。戦艦大和とは、アジア太平洋戦争末期に、アメリカ海軍による爆撃で沈没したものである。東電は、地震が発生した場合の原子炉の安全性について、原子炉は安全に停止し、引き続いて自動的に冷却され、放射性物質は容器内に閉じ込められるとして、深刻な原子力事故を引き起こす危険性はないと主張してきた。 しかし、原子炉の地震にたいする脆弱性は、すでに明らかになっていた。2007年7月、日本の北西岸を襲ったマグニチュード6.8の地震は、東京電力柏崎刈羽原子力発電所で、変圧器の火災と少量の放射性物質を海や大気中に漏洩させるなどの故障を引き起こしていたのである。この重大な事故にもかかわらず、東電の役員たちは相変わらず、傲慢に「世界最高の原子力発電技術」を有していると豪語していた。

もはや、東電はこれを自慢できなくなった。 地震による猛烈な衝撃が福島を襲い、そのあと津波が押し寄せた。地震と津波が原子力発電所の多くの建物を壊したことで、「安全かつ耐久性のある原子炉」という神話、これまで東電が喧伝してきた安全神話は、たちまちにして木っ端微塵に粉砕された。そのことが、電力の30%もが原子力発電によって賄われるという、日本の政策に対する疑念を呼び起こした。この原稿を書いている(3月21日の)時点では、福島第一原発の6つの原子炉のうち3つ(1号炉から3号炉)までが、今にも炉心溶融しそうな危険性な状態にあり、4号炉では、使用済み核燃料棒の燃焼により火災が発生した。発電所の周囲の放射能レベルは非常にたかく、すでに東京や横浜あたりまで放射性物質が拡散している。原子炉の損傷が、最終的に抑えられるかどうかに係わらず、予期せぬ核の大惨事であることが明らかになった。これにより、放射能に幾重にもまつわる問題が浮き彫りになった。

日本の原子力産業は、どこで道を間違えたのか? 日本人は核による大量殺りくの経験から、核問題については非常に敏感であると言われてきた。 敏感にならずにいられるはずがないだろう。 1945年8月6日の朝、広島に原爆が投下され、たちまちにして7万人から8万人の市民が殺され、その年末までに14万人が原爆によって死んだ。長崎では、原爆投下で7万人が殺された。 それ以降も、多くの人々が、生涯にわたって爆風、火災、被爆による様々な病気に苦しみ、亡くなっていった。しかも今なお、苦しんでいる人たちがいる。

しかし、これまでのところ、日本で原子力エネルギーに対する反対運動は強くなかった。 なぜか? たしかに、日本、特に広島、長崎の市民は、核兵器の危険性をつよく意識している。 原爆で生き残ったひとびとは、原爆の恐怖と、長く続く放射能の影響を良く知っているがために、核兵器に反対するキャンペーンの先頭に立ってきた。しかし、被爆者と核兵器に反対する活動家たちの多くは、これまで、原子力エネルギーの問題に無関心できている。 数多くの地域で原子力発電所の建設に敏感に反応し、反対する活動がなされてきたにもかかわらず、反原発の活動家たちは総体的には、長年疎外されてきた。

一例をあげると、広島から80キロ離れた、瀬戸内海の美しい漁村地域である上関に、中国電力(CEPCO)が原子力発電所を建設しようとしてきた。これに反対する運動に、広島の小さな反核運動のグループが積極的に係わってきた。しかし、彼らは上関の地元の漁師たちと密接に連携する一方で、被爆者団体からは実質的には何の支援も受けていない。 また、強固な核兵器廃絶論者として広く知られている広島の元市長、現市長のいずれもが、これまで、上関の反原発運動を支持してこなかった。 実際、かれらは、原発事故の危険性について懸念を表明したことはない。このことが、上関の漁民と強く連帯する反原発活動家の強い反対を押し切って、中国電力が今年初めに工事の強行を開始することをより容易にしたのである。 (同社は、今回の地震当日、上関原発の建設工事を一時的に中断することを余儀なくされた。このことは、今回の災害のあと、原子力産業界と政府が原子力発電の事業を再開することに大きな困難を抱えたことの重要な証である。)

日本の反核運動におけるこの奇妙な分離(核兵器反対、原発容認)には多くの理由がある。 そのひとつは、戦後、日本政府が核科学を強く推進してきたことである。とりわけ米大統領ドワイト・D・アイゼンハワーが、1953年、「原子力の平和利用」計画を強調したことにより、日本政府はより強く核科学を推進するようになった。 東京の政治家の間には、科学者においても同様であるが、戦時中に日本で科学研究が無視されてきたという気持が強く共有されていた。 実際、多くの人が、自分たちの国は、第二次世界大戦で、アメリカの技術力、なかでも核物理学において明らかに優位に立つアメリカに、敗北したと信じていた。

日本は消費する石油を100パーセント輸入し、世界最大の石炭輸入国である。上で述べた核物理学に対する考え方とともに、自然エネルギー資源が不足していることについての深い恐怖心が、日本をして原子力エネルギーを推進することに導いた。 特に1960年代後半から、日本政府は、遠隔地に原子力発電所を建設する目的で、その地域住民の同意を得るため、その地域に特別の利益があるような政策を採ってきた。 その結果、政府が原子力発電所を受け入れた地域に図書館、病院、レクリエーションセンター、体育館、プールなどの公共施設を建設するための巨額の資金が割り当てられた。 一方、電力会社は、地主が地権を、漁業従事者が漁業権を放棄することを強要し、そのために多額の金銭を支払った。 当然のことながら、政治的腐敗はすぐに原子力関連産業の一部となった。 たとえば、建設会社は、上記の地域の公共施設を建設する請負契約を結ぶ見返りに、政治家に大きなリベートを与えた。 この間ずっと、政府と電力会社は、反核エネルギーの動きを弱体化するために、原子力発電はクリーンで安全だという神話を広めていった。

1986年、100万人が居住する地域の近くでチェルノブイリ原発事故が起こった。その後しばらくは、日本の反原発の運動は全国的な支持を得られたが、すぐに、政府と電力会社によるキャンペーンでその運動も消えていった。 それ以来、多くの事故にもかかわらず、データ記録を改竄し、政府に提出する報告書を偽造することで、その深刻さはうまく隠されてきた。 その結果、地震が発生しやすい危険な日本列島に、54の原子炉から成る17の原子力発電所ができ、日本の総発電能力の30%を提供するまでになったのである。

反核運動は、長年にわたって、原発事故による国土の荒廃の危険性を警告してきた。しかし、原子炉の安全性は、いつも電力会社と政府によって保証されてきた。 福島原発の事故は、これまで警告されてきたあらゆる恐怖と予測を現実のものとしてしまったのである。 原爆が無差別に数十万の民間人を殺したのと同じように、この原子炉事故は、無差別的な被害と、今の時点では予測できない多数の死をもたらすだろう。そして、今後数十年以上に渡って、放射能汚染をひきおこすだろう。 このような理由から、原子力発電の事故は、「無差別大量破壊行為」と呼ぶことができる。この意味で、日本と日本人は、65年間に2度までも「核の大量破壊」の犠牲者になると思われる。

オーストラリアとカナダは日本にウランを供給する2大国である。 日本のウランの33パーセントはオーストラリアから、27パーセントはカナダから輸入されている。自国では原子力発電の導入という危険をおかすことはとてもできないと主張する政治家がいる一方で、オーストラリアはウランを今後も輸出し続けるかどうかを決定する問題に直面している。 実際、この災害を引き起こしたものを輸出することで利益を得ながら、自分の国では原発を全く作らずに危険性を避けるというのは偽善的である。これらの政治家たちは、核兵器廃絶の必要性を唱導しながら、ウラン採掘の禁止を拒否するという偽善行為を続けている。

日本は現在起こっている原子力災害について責任を負うべき唯一の国ではない。 原子炉を製造したアメリカのGeneral Electric社から、カナダ、オーストラリアなどウランを供給した国々まで、多くの国家が関与している。 我々は皆、この悲劇的な事故から、武器か電気かの如何に関わらず、人間は核と共存できないということを学ばなければならない。 原発事故にしろ、依然として未解決の使用済み燃料の問題にしろ、人間と環境の双方の破壊に対して予測される金額的リスクとコストは、膨大なものである。

この破滅的な事故は、日本の既存の社会経済構造や生活の仕方を劇的に改革するための触媒となり得る可能性を秘めている。 肯定的な結果としては、これが覚醒的な役割を果たして、グリーンエネルギーを開発し、原子力に依存することをやめ、主要なエネルギー源として石油や石炭を消費することを段階的になくしていくという新しい道に、国家をみちびくことになるかもしれない。 第二次世界大戦の廃墟のなかから日本独自の平和憲法が生まれたのと同じように、この災難から、これまでは不可能であった、まったく新しい、平和で環境と調和のとれた社会をつくることが始まるかも知れない。 このような楽観的な結果が導かれるかどうかは、日本を取り巻く人々の心をこめた援助に支えられて、日本人が決意し、行動するかどうかに懸かっている。

2011年3月21日

これは、Foreign Policy に掲載された記事を加筆、改訂したものである。
(前田佐和子訳)

Yuki Tanaka is Research Professor, Hiroshima Peace Institute, and a coordinator of The Asia-Pacific Journal. He is the author most recently of Yuki Tanaka and Marilyn Young, eds., Bombing Civilians: A Twentieth Century History as well as of Japan's Comfort Women and Hidden Horrors: Japanese War Crimes in World War II.

田中利幸
広島市立大学平和研究所教授。アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカスのコーディネーター。近編著書として Bombing Civilians: A Twentieth Century History (『市民の無差別爆撃:20世紀の歴史』、マリリン・ヤングと共同編著)、Hidden Horrors: Japanese War Crimes in World War II (『隠された残虐:第二次世界大戦における日本の戦争犯罪』)がある。

このブログの過去の田中利幸さんの論文・記事はこちらをご覧ください。

『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス』の過去の田中利幸さんの論文・記事はこちらをご覧ください

1 comment:

  1. 5日にツイッターで、またメールで仲間と共有したことをここにも置いておきます。

    漁業従事者のみならず、近隣諸国のことも考えないで汚染水を放出したのは到底
    受け入れられるものではない。世界全体に汚染をばらまいている認識を持たねば。
    そして、人体への害の話ばかりだが、無数の海の生き物たちの被害を考えると、
    いくら土下座しても足りない気持ちになる。

    昨日浦島悦子さんの言葉を引用したらずいぶんたくさんの人がリツイートしてく
    れた。浦島さんは少ない言葉で心に迫る本質を語れる文豪だ。

    浦島悦子「なんという世界を私たちは作ってしまったのか。水も空気も土壌もす
    べて汚染され、命を育むはずのものが命を脅かすものになってしまった・・・ 
    未来の子どもたちに私たちが犯してしまった罪を思うと身震いします。」

    英語に訳すとこんな感じだろうか。

    Okinawan author Urashima Etsuko: "What have we done to this world? Water,
    air, and soil, which all are sources of life, now have become threat to
    life. What sin have we committed to future children? I shudder at that
    thought. "

    浦島さんは辺野古の海を守るためにずっとたたかってきた人だ。鳩山前首相も、
    辺野古の海を埋め立てるなど「自然への冒とくだ」と言った。その言葉に忠実な
    政策は作れなかったものの、それが人間の当然の感覚だ。

    その海に放射能にまみれた水を大量に流す。この震災、原発の大惨事の間に辺野
    古の浜には目を覆うような醜い壁が作られた。このような行為にこそ「天罰」が
    下るであろうと思わないか、石原慎太郎さん。

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