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Thursday, February 09, 2023

調査報道家シーモア・ハーシュによる記事「米国はいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したのか?」全文和訳 Full Japanese Translation of Seymour Hersh's bombshell article "How America Took Out The Nord Stream Pipeline"

See original text: https://seymourhersh.substack.com/p/how-america-took-out-the-nord-stream

ベトナム戦争やイラク戦争時の米国による戦争犯罪や違法行為の報道で、数々のジャーナリスト賞を受賞した経歴を持つ、米国を代表する調査報道家、シーモア・ハーシュ氏がまた大仕事を成し遂げた。昨年9月26日に起こった、米国をはじめ西側の関与が疑われながらも真相究明がされていなかった「ノルドストリーム爆破事件」について、ハーシュ氏は「サブスタック」というプラットフォームで記事「米国はいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したのか?」を2月8日に発表し、米国がノルウェーの協力を得てパイプライン爆破作戦を行った過程を事細かに報じ、大変な話題になっている。ホワイトハウスは「嘘だ」と一蹴してるようだが、自らの違法行為を進んで認める政府などあるはずがない。ハーシュ氏が報じてきたベトナム戦争での「ミ・ライ虐殺」や「ウォーターゲート事件」、イラク戦争下のアブグレイブ刑務所での拷問など、今となっては事実として確立していることばかりだ。西側政府やメディアも、これだけの実績があるハーシュ氏の報道を簡単に嘘と片付けることはできないはずだ。日本の主要メディアはいまのところあまりハーシュ記事について報じていないように見えるが、日本語では、ロイター通信の報道がニューズウィーク誌日本語版朝日新聞のネット版などで報じられている。原文を日本語で用意することは意義あることと思い、著者ハーシュ氏の許可を得て、レイチェル・クラーク氏の翻訳により、ここに全文掲載する。

ウクライナ戦争については、米国が最初から攻撃的な当事者であり、米国がNATOを動員し、ウクライナを利用しロシアを突き崩すための代理戦争(proxy war)であるという事実を語るだけで、「ロシアの味方についている」という評判を流したがる人が多いが、このような「敵味方心理」こそが戦争延長を助長しているということを知ってもらいたいと思っている。事実から目を逸らさず、和平を妨害する者たちを特定していくことこそが戦争停止につながるものと信じる。ハーシュ氏の報道が西側の好戦的な論調に冷静さをもたらす一つの材料になってくれればと願っている。

注:翻訳はアップ後に修正する可能性があります。拡散歓迎ですが、この投稿のリンク

https://peacephilosophy.blogspot.com/2023/02/full-japanese-translation-of-seymour.html

を使って行ってください。無断全文転載はお断りします。冒頭のみの転載で「全文はこちら」とリンクを張るのは許可します。お問い合わせは peacephilosophycentre@gmail.com にお願いします。

How America Took Out The Nord Stream Pipeline

 https://seymourhersh.substack.com/p/how-america-took-out-the-nord-stream

米国はいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したのか?

シーモア・ハーシュ

2月8日

翻訳 レイチェル・クラーク/編集 乗松聡子


ニューヨーク・タイムズ紙は「ミステリー」と呼んだが、米国は海上秘密作戦を実行していた。もはや秘密ではなくなったが。

米国海軍の潜水救助センターは、フロリダ州南西部のパンハンドルとアラバマ州との州境から南へ70マイルのところにあるパナマシティ(流行りのリゾート都市として知られる)の片田舎にある、その名の通りわかりにくい場所にある。第二次世界大戦後に建てられたコンクリート造りの無骨な建物は、シカゴ西部の職業訓練高校のような外観をしている。今は4車線の道路を挟んで、コインランドリーやダンススクールも建っている。

このセンターは何十年もの間、高度な技術を持つ深海潜水士を養成してきた。かつて世界中の米軍部隊に配属され、C4爆薬(訳者註:軍 用 プラスチック爆薬 の一種)を使用して港や海岸の瓦礫や不発弾を除去するという善行も、外国の石油掘削施設の爆破、海底発電所の吸気バルブの汚染、重要な輸送管の鍵の破壊などの悪行の技術潜水も可能である。パナマシティのセンターは、米国で2番目に大きい屋内プールを誇り、昨年の夏、バルト海の海面下260フィートで任務を遂行した潜水学校の優秀で最も口の固い卒業生を採用するには最適の場所であった。

作戦計画を直接知る関係者によれば、昨年6月、海軍の潜水士は、「BALTOPS 22」として広く知られる真夏のNATO演習に隠れて、遠隔操作による爆発物を仕掛け、3カ月後に4つのノルドストリーム・パイプラインのうち3つを破壊した。

そのうちの2つのパイプラインは、ノルドストリーム1として総称され、10年以上にわたってドイツと西ヨーロッパの多くに安価なロシアの天然ガスを供給した。もう一つのパイプラインは「ノルドストリーム2」と呼ばれ、建設は完了していたが、まだ稼働していなかった。ウクライナ国境にロシア軍が集結し、1945年以来ヨーロッパで最も血生臭い戦争が迫っている今、ジョセフ・バイデン大統領は、パイプラインがプーチン大統領にとって、天然ガスを政治的・領土的野心のために武器化する手段であると考えたのである。

コメントを求められたホワイトハウスのエイドリアン・ワトソン報道官は、電子メールで 「これは虚偽、完全なフィクションである 」と述べた。中央情報局(CIA)の広報担当者タミー・ソープも同様に、「この主張は完全に虚偽である 」と書いている。

バイデンがパイプラインの破壊を決定したのは、ワシントンの国家安全保障関係者が9ヶ月以上にわたり、極秘で何度も議論を重ねた後であった。その期間の大半は、その作戦を実行するかどうかではなく、責任の所在を明かさずにどうやって実行に移すか、が問題だった。

パナマシティにある潜水学校の卒業生に頼ったのは、極めて重要な官僚的理由があった。潜水士は海軍だけで、米国の特殊作戦司令部のメンバーではない。同司令部の秘密作戦は議会に報告され、上・下院の指導部、いわゆる「ギャング・オブ・エイト」に事前にブリーフィングされなければならないのだ。バイデン政権は、2021年の終わりから2022年の最初の数カ月にかけて計画された作戦のリークを避けるために、あらゆる手段を講じた。

バイデン大統領とその外交チーム(国家安全保障顧問ジェイク・サリバン、国務長官トニー・ブリンケン、国務次官ビクトリア・ヌーランド)は、ロシア北東部のエストニア国境に近い2つの港からバルト海の海底750マイルを並走する2つのパイプラインに、一貫して敵意を露わにしていた。これらのパイプラインは、デンマーク・ボーンホルム島近くを経てドイツ北部で終着する。

ウクライナを経由しなくて済むこの直通ルートは、ドイツ経済にとって好都合だった。安くて豊富なロシアの天然ガスは、工場や家庭の暖房に十分だった。ドイツの流通業者は余剰ガスを西ヨーロッパ中に売って利益を得ていた。米国政府に責任の所在が及ぶような行為は、ロシアとの直接対決を最小限に抑えるという公約を破ることになってしまうので、秘密保持は不可欠であった。

ノルドストリーム1は、その初期段階から、ワシントンとその反露NATO諸国によって、西側の支配に対する脅威とみなされていた。その持ち株会社ノルドストリームAGは2005年にスイスで設立され、ガスプロムと提携している。ガスプロムはロシアの上場企業で、株主には莫大な利益をもたらし、プーチンの息のかかった オリガルヒが支配している。ガスプロムが51%、フランスのエネルギー企業4社、オランダのエネルギー企業1社、ドイツのエネルギー企業2社が残りの49%の株式を共有し、安価な天然ガスをドイツや西欧の地元流通業者に販売する下流工程をコントロールする権利を持っていた。ガスプロムの利益は、ロシア政府と共有され、国からのガスや石油の収入は、ロシアの年間予算の45%にも上ると言われた時代もあった。

米国の政治的な懸念は現実のものとなった。プーチンは必要な収入源を手に入れ、ドイツをはじめとする西ヨーロッパはロシアから供給される安価な天然ガスに依存するようになり、ヨーロッパの米国依存度が低下すると見られていた。実際、そのとおりになった。ドイツ人の多くは、ノルドストリーム1をヴィリー・ブラント元首相の有名なオストポリティーク理論の実現の一部と見ていた。オストポリティークとは、第二次世界大戦で破壊された戦後のドイツを、ロシアの安いガスを利用して西ヨーロッパ市場や貿易経済を繁栄させるなどのイニシアチブによって復興させることである。

ノルドストリーム1はNATOとワシントンから見てすでに危険なものだったが、2021年9月に建設が完了したノルドストリーム2は、ドイツの規制当局が承認すれば、ドイツと西ヨーロッパで利用できる安価なガスの量が倍増するはずだった。また、このパイプラインはドイツの年間消費量の50%以上を賄うことができる。バイデン政権の積極的な外交政策を背景に、ロシアとNATOの緊張は着実に高まっていった。

2021年1月のバイデン就任式直前、ブリンケンの国務長官就任承認公聴会で、テキサス州のテッド・クルーズ率いる上院共和党が、安価なロシア天然ガスの政治的脅威を繰り返し提起し、ノルドストリーム2への反対運動が燃え上がったのである。そのころには団結した上院が、クルーズがブリンケンに語ったように、「(パイプラインを)直ちに停止させる 」法律を成立させることに成功していた。当時、メルケル首相が率いていたドイツ政府からは、2本目のパイプラインを稼働させるために、政治的にも経済的にも大きな重圧がかかることが予想された。

バイデンはドイツに立ち向かうか?ブリンケンは「はい」と答えたが、次期大統領の見解について具体的な話はしていないと付け加えた。「ノルドストリーム2はまずいという次期大統領の強い信念は知っている。彼は、ドイツを含む我々の友好国やパートナー国に対して、あらゆる説得手段を用いて、これを進めさせないようにと指示してくるはずだ。」

数ヵ月後、2本目のパイプラインの建設が完了に近づくと、バイデンは瞬きをした。その年の5月には、国務省の高官が、制裁と外交でパイプラインを止めようとするのは「成功の見込みが低い」と認め驚くべき方向転換で、政権はノルドストリームAG社に対する制裁を撤回した。米政権幹部は水面下で、当時ロシアの侵略の脅威にさらされていたウクライナのゼレンスキー大統領に、この動きを批判しないようにと働きかけたと言われている

しかし、その結果はすぐさま現れた。クルーズ率いる上院共和党は、バイデンの外交政策担当官候補者全員を直ちに阻止すると発表し、年次国防法案の成立を数カ月、秋深まる時期にまで遅らせたのである。後に「ポリティコ」誌は、ロシアの第二パイプラインに関するバイデンの転向を、「この決定はおそらく無秩序なアフガニスタンからの軍事撤退以上に、バイデン政権にとって痛手になったようだ」と描写している

11月中旬、ドイツのエネルギー規制当局が2本目のノルドストリーム・パイプラインの認可を保留したことで、危機は脱したが、バイデン政権は低迷していた。

このパイプラインの停止と、ロシアとウクライナの戦争の可能性が高まっていることから、ドイツとヨーロッパでは、望まぬ寒い冬がやってくるのではないかという懸念が高まり、天然ガス価格は数日のうちに8%も急騰した。ドイツの新首相に就任したオラフ・ショルツの立ち位置は、ワシントンでは明確ではなかった。その数カ月前、アフガニスタン崩壊後、ショルツはプラハでの演説で、エマニュエル・マクロン仏大統領の「より自律的な欧州外交政策」を公式に支持し、明らかにワシントンやその気まぐれな行動への依存度を下げることを示唆していた。

この間、ロシア軍はウクライナ国境で着々と不気味に増強され、12月末には10万人以上の兵士がベラルーシとクリミアから攻撃できる態勢にあった。ワシントンでは、これらの兵力は 「すぐにでも倍増する 」というブリンケン氏の評価もあり、警戒感が高まっていた。

このような状況下で、再び注目されるようになったのが、ノルドストリームである。欧州が安価な天然ガスパイプラインに依存する限り、ドイツなどの国々は、ウクライナにロシアに対抗するための資金や武器を供給することをためらうだろうと考えたのだ。

バイデンは、このような不安定な状況下で、ジェイク・サリバンに省庁間のグループを結成し、計画を練ることを許可した。

すべての選択肢が話し合いの場に上ることになったが、そのうちのたった一つが浮上した。


プランニング


2021年12月、ロシアの戦車が初めてウクライナに進入する2カ月前、ジェイク・サリバンは、統合参謀本部、CIA、国務省、財務省の関係者で新たに結成したタスクフォースの会議を招集し、プーチンの侵攻が迫っていることへの対応策について提言を求めた。

ホワイトハウスに隣接し、大統領の対外情報諮問委員会(PFIAB)が置かれている旧執行部庁舎の最上階にある安全な部屋で、極秘会議の第1回が開かれた。そこでは、いつものように雑談が交わされ、やがて重要な事前質問がなされた。このグループから大統領への提言は、制裁措置や通貨規制の強化といった「可逆的」なものなのか、それとも「不可逆的」なものなのか、つまり、元に戻すことができない「動力学的行動(=武力行使)」なのか、ということだ。

このプロセスを直接知る関係者の話では、サリバンは、このグループに2つのノルドストリーム・パイプラインの破壊計画を提出させるつもりで、大統領の要望を実現させようとしていたことが、参加者の間で明らかになった。


その後、数回の会合を重ね、攻撃方法の選択肢を議論した。海軍は、新しく就役した潜水艦でパイプラインを直接攻撃することを提案した。空軍は、遠隔操作で爆発させることができる遅延信管付きの爆弾を投下することを提案した。CIAは、何をするにしても、秘密裏に行わなければならない、と主張した。関係者の誰もが、その重大なリスクを理解していた。「これは子供だましではない。もし、その攻撃(の責任の所在)が米国につながれば、『戦争行為になる』」とその関係者は言った。

当時、CIAは温厚な元駐露大使で、オバマ政権で国務副長官を務めたウィリアム・バーンズが指揮をとっていた。バーンズはすぐにCIAのワーキンググループを承認し、偶然にもパナマシティの海軍深海潜水夫の能力を知る人物がそのメンバーに含まれていた。それから数週間、CIAのワーキンググループは、深海潜水士を使ってパイプラインを爆発させるという秘密作戦の計画を練り始めた。

このようなことは、以前にもあった。1971年、米国の情報機関は、ロシア海軍の2つの重要な部隊が、ロシア極東オホーツク海に埋設された海底ケーブルを介して通信していることを、まだ未公表の情報源から知った。このケーブルは、海軍の地方司令部とウラジオストクにある本土の司令部を結んでいた。

中央情報局と国家安全保障局の選り抜きのチームが、ワシントン地区のどこかに極秘裏に集結し、海軍のダイバー、改造潜水艦、深海救助艇を使って、試行錯誤の末、ロシアのケーブルの位置を特定することに成功したのである。ダイバーはケーブルに高性能の盗聴器を仕掛け、ロシアの通信を傍受し、録音システムに記録することに成功した。

NSA(国家安全保障局)は、ロシア海軍の幹部が通信回線の安全性を確信し、暗号化せずに仲間とおしゃべりしていることを知った。録音機とテープは毎月交換しなければならず、プロジェクトは10年間楽しく続けられた。 ロシア語が堪能なロナルド・ペルトンという44歳のNSAの民間技術者がこのプロジェクトを漏洩させるまでは。彼は、1985年にロシア人亡命者に裏切られ、実刑判決を受けた。たったの5000ドルを作戦を暴露した報酬としてロシアから受け取り、未公開に終わった他のロシアの作戦データに対しては3万5000ドルを受け取った。

コードネーム「アイビー・ベル」と呼ばれたその海中での成功は、斬新かつ危険を伴うものであり、ロシア海軍の意図と計画に関する貴重な知見をもたらすものであった。

しかし、CIAの深海諜報活動に対する熱意には、当初、省庁間グループも懐疑的であった。未解決の問題が多すぎたのだ。バルト海はロシア海軍の警備が厳重で、潜水作業の目隠しに使える石油掘削施設もない。ロシアの天然ガス積み出し基地と国境を接するエストニアまで行って、潜水訓練をしなければならないのか?CIAは「あまりに無謀だ」と言われた。

「このすべての計画の間、CIAと国務省の何人かは、『手を出すな。バカバカしいし、表に出れば政治的な悪夢になる 』と語っていた」と、この情報筋は言った。

それでも、2022年初頭、CIAのワーキンググループは「パイプラインを爆破する方法がある 」と、サリバンの省庁間グループに報告した。

その後に起こったことは驚くべきことだった。ロシアのウクライナ侵攻が避けられないと思われた3週間前の2月7日、バイデンはホワイトハウスのオフィスでドイツのオラフ・ショルツ首相(一時はぐらついたが今はしっかりと米国側についている)と会談した。その後の記者会見でバイデンは、「もしロシアが侵攻してきたら......ノルドストリーム2はもう存在してはならない。我々が終止符を打つ。」と挑戦的に言った。

その20日前、ヌーランド次官も国務省のブリーフィングで、ほとんど報道されることなく、基本的に同じメッセージを発していた。「今日、はっきりさせておきたいことがある」と彼女は質問に答えて言った。「もしロシアがウクライナに侵攻すれば、いずれにせよノルドストリーム2は進展しないでしょう。」パイプライン・ミッションの計画に携わった何人かは、攻撃への間接的な言及と見られる言い方に呆然とした。

 

「東京に原爆を置いて、それを爆発させると日本人に言っているようなものだ 」と、その関係者は言った。「計画では、その選択肢は侵攻後に実行されることになっており、公には宣伝されないことになっていた。バイデンは単にそれを理解しなかったか、無視したのだ。」

バイデンとヌーランドの軽率な行動は、それが何であれ、計画者の何人かをいらだたせたかもしれない。しかし、それは好機でもあった。この情報筋によれば、CIAの高官の何人かは、パイプラインの爆破は 「大統領が、米国がそのやり方を知っていると公にしたので、もはや丸秘とは見なされない 」と判断したという。

ノルドストリーム1と2を爆破する計画は、突然、議会に報告する必要のある秘密作戦から、米国の軍事的支援を伴う高度な機密情報操作とみなされる作戦に格下げされたのである。「法律では、議会に報告する法的義務がなくなった。あとは、やるだけだ。しかし、それでも秘密でなければならない。ロシアはバルト海の監視に長けている。」とその情報筋は説明した。

CIAのワーキンググループのメンバーは、ホワイトハウスと直接のコンタクトがなかったので、大統領が言ったことが本心かどうか、つまり、この作戦が実行に移されるのかどうかを確かめようと躍起になっていた。彼は、「バーンズ長官が戻ってきて、『やれ』と言ったんだ」と回想した。


オペレーション


ノルウェーはその拠点として最適な場所だった。

東西危機の過去数年間、米軍はノルウェー国内でその存在を大幅に拡大してきた。西側の国境は北大西洋に沿って1400マイル(約2250km)も続き、北極圏の上でロシアと合流する。国防総省は、地元では賛否両論がある中で、数億ドルを投じてノルウェーの米海軍と空軍の施設を改修・拡張し、高給の雇用と契約を創出したのである。この新しい施設には、最も重要なこととして、ロシアを深く探知することができる高度な合成開口レーダーがずっと北の方にあり、ちょうど米国の情報機関が中国国内の一連の長距離傍受施設へのアクセスを失ったときに稼働したのである。

何年も前から建設が進められていた米国の潜水艦基地が新たに改修され、運用を開始した。さらに多くの米国の潜水艦が、ノルウェーと緊密に協力して、250マイル(約400km)東のコラ半島にあるロシアの主要核要塞を監視しスパイすることができるようになった。米国はまた、北部にあるノルウェーの空軍基地を大幅に拡張しボーイング社製P8ポセイドン哨戒機群をノルウェー空軍に提供し、ロシア全般の長距離監視を強化した。

その見返りとして、ノルウェー政府は昨年11月、国防補足協力協定(SDCA)を可決し、議会のリベラル派と一部の穏健派を怒らせた。この新協定では、北部の特定の「合意地域」において、基地外で犯罪を犯した米兵や、基地での作業を妨害したことで告発されたり疑われたりしたノルウェー国民に対して、米国の法制度が司法権を持つことになる

ノルウェーは、冷戦初期の1949年にNATO条約に最初に調印した国の一つである。現在、NATOの最高司令官はイェンス・ストルテンベルグだが、彼は熱心な反共主義者で、ノルウェーの首相を8年間務めた後、2014年に米国の後ろ盾を得てNATOの高官に就任した。彼はベトナム戦争以来、米国情報機関と協力関係にあったプーチンやロシアに関するあらゆることに強硬な人だった。それ以来、彼は完全に信頼されている。「彼は米国の手にフィットする手袋だ 」と、その情報筋は言った。

ワシントンに戻ると、計画担当者たちはノルウェーに行くしかないと思っていた。「彼らはロシアを嫌っていたし、ノルウェーの海軍は優秀な水兵やダイバーばかりで、収益性の高い深海の石油やガス探査に何世代にもわたって携わってきたのだ。また、この作戦を秘密にしておくことも可能であった。(ノルウェー側には他の利益もあったかもしれない。もし米国がノルドストリームを破壊することができれば、ノルウェーはヨーロッパに自国の天然ガスをより多く売ることができるようになるからだ。)

3月に入ってから、数人のメンバーがノルウェーに飛び、ノルウェーのシークレットサービスや海軍と打ち合わせをした。バルト海のどこに爆薬を仕掛けるのがベストなのか、それが重要な問題だった。ノルドストリーム1と2は、それぞれ2本のパイプラインがドイツ北東部のグライフスワルト港に向けて、1マイル余り(約1.6km)の距離で隔てられている。

ノルウェー海軍は、デンマークのボーンホルム島から数マイル離れたバルト海の浅瀬にある適切な場所をいち早く見つけた。計4本のパイプラインは、水深260フィート(約80m弱)の海底を1マイル以上間を置いて走っている。ダイバーにとっては仕事のできる範囲だ。ダイバーはノルウェーのアルタ級掃海艇で海上に出て、タンクから酸素、窒素、ヘリウムを注入して、パイプラインの上にC4爆弾を設置し、コンクリートの保護カバーで覆う。 面倒で時間のかかる危険な作業だが、ボーンホルム沖は、潜水作業を困難にする大きな潮流がないことも利点であった。



少々の調査で、米側は皆乗り気になった。

この時点で、パナマシティにある海軍の無名の深海潜水集団が再び登場する。パナマシティの深海学校は、訓練生がアイビー・ベルに参加したこともあり、アナポリスの海軍兵学校を卒業したエリートには、行きたくない僻地と映ったようだ。彼らは通常、シール(訳者註:海軍特殊部隊)、戦闘機パイロット、潜水士に任命されるという栄光を求める。もし、「ブラック・シュー」、つまり、あまり好ましくない水上艦の司令部に所属しなければならないのなら、少なくとも駆逐艦、巡洋艦、水陸両用艦の任務は常にある。最も華やかさに欠けるのが機雷戦である。その潜水士がハリウッド映画に登場したり、人気雑誌の表紙を飾ったりすることはない。

「深海潜水の資格を持つ最高のダイバーは限られており、最高の能力を持つ者だけが作戦のために採用され、ワシントンのCIAに呼び出されるのを覚悟するように言われる」と情報筋は言う。

ノルウェーと米国は、場所と工作員を確保したが、もう一つ懸念があった。ボーンホルム海域で水中での異常な活動があれば、スウェーデンやデンマークの海軍の注意を引き、通報される可能性がある。

また、デンマークはNATOの当初の加盟国の一つであり、イギリスと特別な関係にあることで情報機関界隈では知られていた。スウェーデンは NATO 加盟を申請しており、水中音と磁気センサーシステムの管理で 優れた技術を発揮し、スウェーデン群島の遠隔海域に時々現れては浮上するロシアの潜水艦を うまく追跡していた。

ノルウェー側は米国側と歩調を合わせ、デンマークとスウェーデンの一部の高官に、この海域での潜水活動の可能性について一般論として報告する必要があると主張した。そうすれば、上層部の誰かが介入して、指揮系統から報告を排除することができ、パイプライン作戦を守ることができる。「彼らが聞いていたことと彼らが実際に知っていたことは、意図的に違っていた。」と情報筋は私に語った。(ノルウェー大使館に、この記事についてコメントを求めたが、返答はなかった。)

ノルウェーは、他のハードルを解決するカギを握っていた。ロシア海軍は、水中機雷を発見し、起動させることができる監視技術を持っていることが知られていた。米国の爆発物は、ロシアのシステムから見て、自然の背景の一部として見えるようにカモフラージュする必要があり、水の塩分濃度に適応させる必要があった。ノルウェー側は解決策を知っていた。

ノルウェー側は、この作戦をいつ行うかという重要な問題に対する解決策も持っていた。ローマの南に位置するイタリアのゲータに旗艦を置く米国第6艦隊は、過去21年間、毎年6月にバルト海でNATOの大規模演習を主催し、この地域の多数の連合軍艦船が参加してきた。6月に行われる今回の演習は、「バルト海作戦22」(BALTOPS 22)と呼ばれるものである。ノルウェー側は、この演習が機雷を設置するための理想的な隠れ蓑になると提案した。

米国側は、ある重要な要素を提供した。それは、このプログラムに研究開発演習を加えるよう、第六艦隊の計画担当者を説得したことだ。海軍が公表したこの演習は、第 6 艦隊が海軍の「研究・戦争センター」と共同で行うものであった。ボーンホルム島沖で行われるこの海上演習では、NATOのダイバーチームが機雷を設置し、最新の水中技術で機雷を発見・破壊して競い合うというものであった。

これは有益な訓練であると同時に、巧妙な偽装でもあった。パナマ・シティーの若者たちは、BALTOPS22の終了までにC4爆薬を設置し、48時間のタイマーを取り付ける。米国人とノルウェー人は、最初の爆発が起こる頃には全員いなくなっている、と言う作戦だ。

カウントダウンは始まっていた。「時計は時を刻み、我々は任務達成に近づいていた」とその情報筋は言った。

そして、その時。ホワイトハウスは考え直した。爆弾はBALTOPSの期間中も仕掛けられるが、ホワイトハウスは爆発までの期間が2日間では演習の終了に近すぎるし、米国が関与したことが明らかになることを懸念したのである。

そこで、ホワイトハウスは新たな要求を出した。「現場の連中は、事後に、命令したタイミングでパイプラインを爆破する方法を考えてくれないだろうか?」

この大統領の優柔不断な態度に、計画チームの中には怒りやいらだちを覚える者もいた。パナマ・シティのダイバーたちは、BALTOPSに向けてパイプラインにC4を仕掛ける練習を繰り返した。しかし、今やノルウェーのチームが、バイデンの好きな時に実行する方法を考え出さなければならなかったのだ。 

恣意的で直前の変更を任されることは、CIAには慣れたことであった。しかし、その一方で、この作戦の必要性と合法性についての懸念も生じていた。

この大統領の秘密指令は、ベトナム戦争時代のCIAのジレンマも思い起こさせた。反ベトナム戦争感情の高まりに直面したジョンソン大統領は、CIA憲章(特に米国内での活動を禁じている)に違反し、反戦指導者が共産主義ロシアに支配されていないかどうか監視するよう命じたのである。

CIAは最終的にはこれを容認し、1970年代に入ると、CIAがどこまでやる気だったかが明らかになった。ウォーターゲート事件以降、米国市民へのスパイ行為、外国人指導者の暗殺への関与、サルバドール・アジェンデの社会主義政権(チリ)の弱体化などが新聞で明らかにされた。

これらの暴露は、1970年代半ばにアイダホ州のフランク・チャーチを中心とする上院での一連の劇的な公聴会につながり、当時のCIA長官リチャード・ヘルムスが、たとえ法律に違反することになっても大統領の望むことを行う義務があることを認めていたことを明らかにしたのである。

ヘルムズは非公開、未発表の証言で、「大統領の密命で『何かをするときは、ほとんど何でも許されるものだ』。それが正しいとか、間違っているとか、どうでもいいのだ。(CIAは)政府の他の部署とは異なる規則や基本ルールの下で機能している」と残念そうに説明した。要するにヘルムズが上院議員たちに言っていたのは、自分はCIAのトップとして、憲法ではなく王室(のように振る舞う大統領)のために働いてきたということだ。

ノルウェーで働く米国人たちも、同じような行動様式のもとで、バイデンの命令でC4爆薬を遠隔で爆発させるという新しい問題に、ひたすら取り組み始めた。しかし、これはワシントンの研究者たちが想像していたよりも、はるかに困難な課題であった。ノルウェーのチームには、大統領がいつボタンを押すか分からない。数週間後なのか、数カ月後なのか、半年後なのか、それ以上なのか。

パイプラインに取り付けられたC4は、飛行機が投下するソナーブイによって短時間に作動するが、その手順には最先端の信号処理技術が使われていた。4本のパイプラインに取り付けられた遅延装置は、設置後、船舶の往来が激しいバルト海では、近海・遠海の船舶、海底掘削、地震、波、海の生物など、海のバックグラウンドノイズが複雑に混ざり合い、誤って作動する可能性があった。これを避けるため、ソナーブイは、設置されると、フルートやピアノが発するような独特の低周波音を連続して発し、それをタイミング装置が認識して、あらかじめ設定された時間遅延後に爆発物を作動させる。(「他の信号が誤って爆発させるパルスを送らないような強固な信号が必要だ」とMITの科学技術・国家安全保障政策名誉教授セオドア・ポストル博士は筆者に語った。ペンタゴンの海軍作戦部長の科学アドバイザーを務めたこともあるポストル博士は、ノルウェーのグループが直面している問題は、バイデンの命令が遅くなればなるほどリスクが高まることだと言った。「爆薬が水中にある時間が長ければ長いほど、ランダムな信号によって爆弾が発射される危険性が高くなる。」)

2022年9月26日、ノルウェー海軍のP8偵察機が一見日常的な飛行を行い、ソナーブイを投下した。その信号は水中に広がり、最初はノルドストリーム2に、そしてノルドストリーム1にも届いた。数時間後、高出力C4の爆発物が作動し、4本のパイプラインのうち3本が使用不能に陥った。数分後には、停止したパイプラインに残っていたメタンガスのプールが水面に広がり、取り返しのつかないことが起こったことを世界中が知ることになった。


その後


パイプライン爆破事件の直後、米国メディアはこの事件を未解決のミステリーのように扱った。ホワイトハウスの意図的なリークに煽られて、ロシアが犯人と繰り返し名指しされたが、単なる報復以上に、自虐的な行為の明確な動機が確立されるには至らなかった。数ヵ月後、ロシア当局がパイプラインの修理費用の見積もりをひそかに取っていたことが明らかになると、ニューヨーク・タイムズ紙はこのニュースを「攻撃の背後にいる人物についての説を複雑にしている」と評した。以前バイデンやヌーランド国務次官によるパイプラインへの脅しがあったことについて掘り下げる米国の主要紙は皆無であった。

ロシアがなぜ、利益の大きい自国のパイプラインを敢えて破壊するのかが明確に説明されることはなかったが、逆にブリンケン国務長官の次の発言が、大統領の行動の動機をより明確にするようなものだった。

昨年9月の記者会見で、西ヨーロッパで深刻化するエネルギー危機の影響について問われたブリンケンは、この瞬間は潜在的に良いものであると述べたのである。

「ロシアのエネルギーへの依存を一掃し、帝国主義を推進するプーチンからエネルギーの武器化と言う手段を取り上げる絶好の機会である。このことは非常に重要であり、今後何年にもわたって戦略的な機会を提供する。しかし一方で、我々は、このすべての結果が我々の国々の市民や、それどころか世界中の市民に負担をかけないようにするために、できる限りのことをする決意である。」

最近になって、ヴィクトリア・ヌーランドは、パイプラインの終焉に満足感を表明した。1月下旬に上院外交委員会の公聴会で証言した彼女は、テッド・クルーズ上院議員に対して、「ノルドストリーム2があなたの言うように海の底の金属の塊になったことを知り、私も、そして政府も非常に喜んでいる」と語った。

情報源の人は、冬が近づくのにもかかわらずガスプロムの1500マイル以上のパイプラインを破壊するというバイデンの決定について、より通俗的な見方をしていた。彼は、大統領について、「あの男は度胸があると認めざるを得ない。 やるって言ったんだから、やったんだ」 と言った。

ロシアが対抗措置を取らなかった理由は何だと思うかと聞いたら、彼は「ロシアも、米国と同様のことができるようにしておきたかったのではないか」と皮肉った。

「表紙を飾るには美しいストーリーだった。その背景には、専門家を配置した秘密作戦と、秘密の信号で作動する装置があった。」

「唯一の欠陥は、それを行うという決定だった。」と彼は言った。 

(翻訳 以上)

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