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Sunday, February 26, 2012

Peace Philosophy Salon with Yuki Tanaka: 「原子力平和利用」の裏に ― 隠された日本の核政策 ―

Peace Philosophy Salon:


 「原子力平和利用」の裏に 

― 隠された日本の核政策 ―

(Behind the "Peaceful Use of Nuclear Power" - Hidden Japanese nuclear policy - )


ゲスト: 田中利幸さん (広島市立大学平和研究所教授)
Yuki Tanaka, Professor at the Hiroshima Peace Institute, Hiroshima City University

日時 : 3月19日(月)午後7時―9時半
7 - 9:30 PM, March 19 (Mon.) , 2012

場所: Peace Philosophy Centre (バンクーバー市内。参加者にメールで場所を案内します)

言語:日本語(質疑応答は英語も可) The primary language of this event is Japanese. 

(***Yuki Tanaka will speak in English at UBC Centre for Japanese Research on Wednesday, March 21.  See HERE for details. )

共催: Peace Philosophy Centre, Vancouver Save Article 9

参加費: ドネーションを受け付けます。
Admission by Donation

参加申し込み・問い合わせinfo@peacephilosophy.com にメール下さい。

講演概要
1953年末、アイゼンハワー大統領が国連総会演説で “Atoms for Peace”なる政策、すなわち「原子力平和利用」政策を打ち出した背景には、ソ連が核兵器開発で米国に肩を並べるようになり、「核技術の拡散化」が避けられなくなったという当時の状況があった。もはや拡散化が避けられない核技術を、一方で非核兵器保有国には「平和利用」にのみ限定させ、他方では既存の核兵器保有国の間だけでの保有独占化を図ろうという目的が隠されていた。同時に、核技術と核物質の提供により、西側諸国をアメリカ資本の支配下に置くという野望もこの政策には含まれていたのである。

史上初の原爆被害国となった日本が「原子力平和利用」を自ら望むようになれば、アメリカにとっては格好の「平和利用」宣伝となるとアメリカは考え、とりわけ広島の被爆者を洗脳する戦略を考えた。

この講演では、被爆者がいかに「原子力平和利用」宣伝のターゲットされたか、またいかに日本国民の大半が「平和利用」を強く支持するようになり、結果として原発を乱立させてしまったのか、その歴史的経緯について解説します。さらには、原発推進の陰に隠されてきた日本の「核兵器保有潜在能力」の開発と維持についても議論します。

田中利幸プロフィール
1949年福井県永平寺町生まれ。西オーストラリア大学にて博士号取得。現在、広島市立大学広島平和研究所教授。「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」運営委員。主に戦争史、戦争犯罪史研究を専門とする。著書に『知られざる戦争犯罪』(大月書店、1993年)、『空の戦争史』(講談社、2008年)、Hidden Horrors: Japanese War Crimes in World War II (Westviews, 1996) , Comfort Women: Sexual Slavery and Prostitution during World War II and the US Occupation (Routledge, 2001)、 共著に『原発とヒロシマ 「原子力平和利用」の真相』(岩波ブックレット、2011年)、編著に『戦争犯罪の構造:日本軍はなぜ民間人を殺したのか』(大月書店、2007年)、共編著にBombing Civilians: A Twentieth-Century History (New Press, 2009), Beyond Victor’s Justice?: The Tokyo War Crimes Trial Revisited (Brill Academic, 2011)などがある。趣味は尺八古典本曲演奏。

このサイトでの田中氏の過去の寄稿はこちらをご覧ください。

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