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| 「亜州週刊」の記事 |
台湾在住のジャーナリスト・作家である本田善彦氏による「亜州週刊」8月24-30日号の記事の、本田氏がAI訳に手を入れた日本語訳を、許可を得て転載します。長崎市原爆犠牲者慰霊平和祈念式典での台湾代表出席者の扱いについて台湾側から抗議が出たことについて、長崎市を批判する声があります。
しかし本田氏が言うように、長崎市は従来は日本に駐日公館を置く国に通知していたものを、戦後80年の2025年から「原爆犠牲者を慰霊し、世界の恒久平和を祈るという式典本来の目的に立ち返り、国境や思想の違いを越えて、できるだけ多くの国・地域の代表が参加できる方針」にもとづいて台湾の出席を受け入れたのです。それを「中国に迎合している」などと抗議している民進党台湾に対する本田氏の痛烈な批判をご覧ください。@PeacePhilosophy
台湾式「被害者コスプレ」が本物の被害者に遭遇したとき
本田善彦
第二次世界大戦中、日本軍は中国大陸、東南アジア、南洋を侵略し、多くの人々に甚大な損害と苦痛を与えた。同時に、軍部や指導者層が推し進めた軍国主義と国家総動員体制の下、日本国民全体も勝算のない戦争に動員され、大きな犠牲を強いられた(当局による扇動があったとはいえ、当時、実際に多くの国民が戦争を支持していたことは否定できず、軍民が共犯関係にあったとも言える)。広島・長崎の悲劇、そして東京や大阪などの大都市が受けた空襲や沖縄戦での犠牲は、日本が戦時中に行ったことを免罪する理由にはならない。しかし、それは同時に、主として米軍によって行われた人道上の犯罪行為まで正当化するものではない。
長崎では8月9日、原爆犠牲者を慰霊し、平和を祈念する式典が行われた。本来、慰霊式典とは政治的な思惑を排し、平和を祈るための行事である。ところが、台北当局の駐日代表である李逸洋が座席の配置に不満を示して抗議したことで、結果的に台湾海峡をめぐる対立がこの式典に持ち込まれることになった。
台湾側代表が広島・長崎の慰霊式典に出席するようになったのは、2025年以降のことである。広島市が式典を通じて伝えようとしたのは、2025年を核兵器廃絶と世界平和を願う年とすることであった。そのため広島市は、従来の「招待」という方式を改め、「式典の趣旨を理解し、参加を希望する場合は連絡してほしい」という方式を採った。これによって、日本と国交のない台北当局も参加できるようになった。
一方、長崎市は2025年、それまで「日本に駐日公館を置く国」にのみ通知していたのに加え、国連に代表部を置く国や地域にも通知することを決めた。しかし、中華民国は日本に在外公館を置いておらず、国連にも代表権を持っていないため、2025年5月時点では台北当局は通知対象に含まれていなかった。その後、台北側が長崎市に「式典に参加したい」と自ら意思を伝え、長崎市もその申し出を受け入れたのである。
注目すべきなのは、広島・長崎が台北当局代表の出席を認めるようになってから、中国側が「二つの中国」あるいは「一つの中国、一つの台湾」といった印象を与えることを避けるため、2年連続で関連式典を欠席していることだ。
2025年、長崎市が、それまで招待・通知の対象ではなかった台北当局の式典参加要求を受け入れた背景には、戦後80年という特殊な時代背景があった。長崎市は、原爆犠牲者を慰霊し、世界の恒久平和を祈るという式典本来の目的に立ち返り、国境や思想の違いを越えて、できるだけ多くの国・地域の代表が参加できる方針を打ち出したのである。
つまり主催者は、「外交関係があるかどうか」と「平和式典に参加できるかどうか」という二つの問題を切り離したということだ。台北当局代表の平和記念式典への参加を認めることと、「台湾を一つの国家として承認すること」とは、まったく別の話なのだ。
ところが今回の長崎の式典に際し、李逸洋は「台湾側の席が使節団区域から排除された」ことを理由に、出席しないことを決めた。さらに李逸洋は長崎市を「親中」であり、「中国の意向に従っている」と批判した。また、長崎市は「この誤った決定を理解しておらず、中国が台湾に対して行っている法律戦、すなわち『台湾は国家ではなく、主権を有せず、中国の一部である』と主張するための手段になっている」とまで主張した。
これに対し長崎市は、今回の座席配置は中国との外交関係を理由に「台湾」を差別したものではなく、座席スペースなど実際的な事情によるものだと説明している。
李逸洋はおそらく、台湾島内で常用されている「台湾は独立した主権国家であり、その国名は中華民国である」という、ほとんど詭弁にも等しいレトリックが、台湾島外でも通用すると思っていたのかもしれない。しかし、「台湾」はあくまで地名にすぎない。世界には「台湾」を国名に冠する国家は存在しない。日本政府と、承認していない国家との間に外交関係が存在しないのは当然であり、日本と外交関係のない台北当局が、国家代表という立場で招待を受けることもあり得ない。
李逸洋が批判の矛先を長崎市に向けたのは、民進党政権が欲情する日本の首相・高市早苗と、長崎市長の鈴木史朗との立場の違いを際立たせたかったからなのかもしれない。しかし、外交は中央政府の権限であり、高市政権下でも、日本政府の「一つの中国」政策は変わっていない。この根本的な枠組みの中で、長崎市のみ誹謗中傷するというのは、卑劣なご都合主義ではないのか。
日本国内でも、一部の親台湾派が民進党当局の主張に追随し、ネット上で長崎市を口汚く罵ったり、台湾側に謝罪して媚びへつらったりするという奇妙な光景が見られた。日本には確かに、台湾に好感を抱いている人が少なくない。しかし、「日台友好」と声高に叫ぶ人々の中には、中国共産党や中国大陸への反感から台湾に欲情する者もいれば、「弱者/被害者」を自称し、それを演じてみせる「台湾人」に同情することで、自らの廉価な道義的正当性を演出しようとする偽善者も少なくない。
ネット上では、異常者の声ほど大きく聞こえがちだ。しかし、さまざまなコメントを注意深く見てみると、長崎市が外務省の基準に従い、台北当局代表に特別待遇を与えず、公平に対応したという説明に対して、理解や支持を示すネットユーザーも一定数存在する。
このほかに、李逸洋ら頼政権側の無礼な振る舞いに怒りを表明する人もいる。例えば、
「台湾はいったい何がしたいのだ?」
「本当の目的が慰霊ではないのなら、来なければいい」
「慰霊の場に中台関係や台湾内部の問題を持ち込んで大騒ぎするなど、言語道断だ」
などの声である。
民進党政権は、外国の神聖な慰霊の場で、「中国に台湾がいじめられている」という悲劇の芝居を演じ、外国人を騙そうとしているのだろうか。頭の悪い外国人なら、ひょっとするとこの手に乗るかもしれない。しかし、すべての外国人がこの手に乗るわけではない。民進党当局が日本で平然とこんなことをやってのけるという事実は、一部の台湾人が実は心の底で日本人を馬鹿にし、おもちゃにしていることの表れなのではないか。
民進党当局が「被害者コスプレ」を得意としていることは周知の通りである。今回の一件は、まさに「哀れさを演じて同情を買うことに慣れた者が、本物の被害者に出会ったときに生じる気まずさ」が、表面化したものなのかもしれない。 〆
『亜州週刊』2026年34期(2026/8/24-8/30)
本田善彦 (ほんだ よしひこ):1966年生まれ、神戸市出身。1991年から台北在住。中国広播公司(後に中央広播電台)の国際放送での勤務を経てフリーに。主な著書に「台湾と尖閣ナショナリズム――中華民族主義の実像」(岩波書店/中国語版「保釣運動全紀錄」聯經出版公司)、「日・中・台視えざる絆: 中国首脳通訳のみた外交秘録」(日本経済新聞出版/中国語版「台灣人的牽絆:搖擺在台灣、大陸與日本間的『三顆心』」)などがある。

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