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Wednesday, November 07, 2007

(Japanese) 元中学校歴史教員 岩下美佐子さんのスピーチ原稿

はじめまして 私は岩下美佐子といいます。私は35年間中学校で社会科を教えてきました。今は退職しています。    

第二次世界大戦の後、約60年間日本は戦争で一人の外国人を殺すことなく、また、殺されることのない平和な国として今日まできました、「日本は永久に戦争をしない」と日本国憲法、9条に誓ったからです。しかし日本政府は今これを変えようとしています、この中で、今見て頂いたビデオの実態が生まれています。  

戦前、「天皇をたたえ、国家のために喜んで自らの命をささげる」と歌った歌がこの「君が代」です。この歌の下で多くの若者が戦場で死に、2000万人もの外国の人々を殺した歴史の事実があります。「教え子を再び戦場に送らない」と日本の教師たちは誓いました。歴史を教えてきた私が子どもたちの前でこの歌を歌うことはできません。    

「君が代」を学校行事で歌うという指示は約十数年前から全国の教育委員会から各学校へおろされてきました。以来、毎年、この時期に繰り返される討議と押し付けに教職員たちは次第に疲れ、職場は息苦しいものになってきました。「私たちがいくら発言しても、最後は『やります』というのだから、発言しても意味がない」「会議を長びかさないで」「職場の雰囲気を壊すから発言しないで」と、やがて同僚も私に言うようになってきます。その中で発言していくのはとてもつらいものでした。ストレスで胃潰瘍を繰り返しながら、仕事は休めず薬を飲んで通い発言する毎日でした、それは退職の日まで続きました。

3年間教えてきた子らの卒業式のことです。 この年も、私は一日に一人と決めて仕事が終わってから先生がたを訪問し「強制されることの不当さ、ともに拒否しましょう」と語り合っていました。その中で、音楽の先生は「君が代」の伴奏を拒否し、書道の先生はプログラムに「君が代」の文字を書くことを拒否しました。  

卒業式の当日 「君が代」の演奏があるので「ご起立願います」と教頭先生が指示をしました。来賓の方々、多くの先生も起立しました。私は立ちません。驚いたことに、だれ一人生徒たち、親たちが立たないのです。教頭先生は再び起立するよう言い、それでもたたない生徒、親たちに向かって怒った声でまたもや起立をうながしたのです。私は怖かったです。しかし、教頭先生はそのまま「君が代」のテープを流さざるをえませんでした。この日の卒業生250名に私は歴史を教えてきました、曲が流れている間、子どもたちと私がまるでためされているかのようでした。子どもたちもきっと同じ思いであったでしょう。15歳のこの子たちが せいいっぱいの判断をして今ここで、こわごわ座っている。そう思うと涙が止まりませんでした。    

私の最後の学校では、入学式の日、ある先生が「この学校では全員たつので、貴方も起立したほうがいい、誰もあなたを守れない」といわれました。「私には憲法で保障された自由がある、誰も私の心まで支配するこてはできない」と断りました。400名ほどが起立する中でただ一人座るのはとても勇気がいます。それに、今回は、私は赴任したばかりで「どんな先生が来たのか」とみんなから注目されているのです。生徒たち、先生方、地域の人々。息ができないような圧迫感を感じながら、顔をまっすぐ上げ胸を張って曲の間座り続けました。「3年間この子らと過ごす最初の出会いの日に下を向いてちじこまって座っていたら子どもたちの目にどう映るでしょう。子どもたちに、正しいことをしている者がちじこもっていてはいけない、堂々と自分の権利を主張していいんだよと、教えたい。いつの日か、こんな先生もいたなあ、なぜ一人座っていたんだろうと考えてくれるかも知れない。これが最初の私の授業だ」と自分を励ましながら。  

と、曲の途中で一人の先生が座ったのです、それは私に「起立したほうがいい」と言ったあの先生でした。私とともに座ったのです。彼女は一人でたたかうこともままならず、不本意ながらこれまで立ち続けてきたのでしょう、今座ることは私以上に勇気のいることだったかもしれません。この短い瞬間にも彼女の心には、起立してきたことの良心の呵責と、自分の良心を取り戻そうとする苦しい葛藤があったのです。  「君が代」の強制が強められてから、抵抗して座る先生だけでなく起立している多くの先生たちも苦しんでいるのです。    

私が退職した年から、教師への評価システムができ、給料に反映されることになりました。私のように抵抗することはますます難しくなってきています。また、胃潰瘍、乳がん、強度のストレスなどで早期に退職する先生たちが急増しています。    

最後に  401名の先生方の裁判は、今、東京都知事石原氏によって控訴されています。もしこの裁判が負けたら、このような異常な強制はただちに全国に広がるでしょう。  

このことは、日本国内の問題です。 しかし、もし、日本が変化していくとしたら皆さんの国とは関係のないことでしょうか。私は退職しましたけれども、いつも彼らとともにありたいと思います。私の退職によって生まれた多くの時間を、このたたかいの勝利と、日本国憲法が保障する自由と平和のために働きたいと思っています。                              

ありがとうございました。

岩下美佐子

(2007年11月3日 バンクーバー日本語学校における映画「君が代不起立」上映会およびパネルディスカッションで発表した原稿を岩下さんの許可を得て公開しています。 英語版はこちら

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