Monday, March 11, 2019

大槻とも恵:不可視化される性暴力と『創』が語る「リベラルズム」への問題提起 -広河隆一氏の「手記」を受けて- 


先日、『創』4月号で広河隆一氏が自らの性暴力・セクハラ事件について書いた「手記」を批判する投稿「『創』4月号の広河隆一氏の「手記」は、自らの性暴力を認めたものではなく、セカンドレイプに他ならない」をアップしました。それを読んで、現在UCバークレーでポストドクトラル・フェローとして研究に従事する大槻とも恵氏が寄稿してくれました。ここに紹介します。(乗松聡子 @PeacePhilosophy)



不可視化される性暴力と『創』が語る「リベラルズム」への問題提起
-広河隆一氏の「手記」を受けて-


大槻とも恵 (社会学博士)

Postdoctoral Fellow, University of California, Berkeley



2019年4月号『創』に、女性に強制的に性行為を要求した問題で渦中にいる写真家広河隆一氏の手記が掲載された。タイトルは「『性暴力』について謝罪し30年遅れで学ぶ」とある。タイトル見た瞬間にまず思ったのが、なぜ「性暴力」と括弧がついているのかという疑問である。日本語でも英語でも、コンテキストによるとはいえ、「」には、その名詞で呼ぶこと及び書くことへ疑問・議論の余地があるという含みがある。しかし、広河氏が告発した女性たちへ行った行為は性暴力である。そこに疑問を挟む余地はない。しかし、広河氏の手記の中では、性暴力という言葉が一貫し括弧でくくられて記述されている。私は、むしろこの括弧つきの性暴力という名詞の使用方法に、広河氏及び編集部がこの事件の本質を認識していない事が露呈されていたと考えている。


記事の冒頭にある「はじめに」には、『創』の編集部の言葉として、「なぜ、そんことが起きていたのか?何が問題だったのか?」を検証することが、この手記掲載の目的であると書かれていた。しかし読者の多くは、この後者の問い自体が問題と感じたのではないだろうか。なぜなら、何が問題だったかが、広河氏と編集部にはまだ自明ではないようなのだから。広河氏が告発した女性たちに行った行為はレイプである。それが犯罪として司法にかけられるかは法律と制度の問題であるが、広河氏が女性たちの身体・心に冒したことはレイプである。なぜなら、その性行為に合意は存在しなかったのだから、強制的な性行為、つまり性暴力・レイプ以外の何ものでもなく、ゆえに括弧を付ける必要はない。


でもまさに、その事実(広河氏が女性たちをレイプしたり、セクハラ・パワハラ行為に及んだこと)を「事実ではない」ことにするのが、広河氏の手記の目的であることは、読んでいくと明白である。本文で何度も繰り返されるのは、被害者との間に「合意があった」こと、それは広河氏を最初にインタービューした田村栄治氏も認めている「事実」であり、ただ問題は広河氏が30年経って「本来の合意ではなかったとようやく気付いた」という醜い自己弁護である。過去何十年にも渡って日本軍「慰安婦」問題をはじめとする戦場での女性への性暴力を取材してきた広河氏が、今になって「性暴力を理解していなかった。」と、己の罪を弁解するために放った言葉の意味は深刻である。


広河氏の手記の何が問題だったのかをさらに考えてみたい。


広河氏は、手記の中で「Days で扱った「女性への性暴力」と、私の「女性への性暴力」はどこが違っていたのだろう」(本文より引用)という問題提起をしているが、広河氏、そしてDays Japanがすべき事は、Days がこれまでに取材してきた女性への性暴力と、広河氏が犯した女性への性暴力の共通点に焦点を向けることではなかったのか。なぜなら、そこから性暴力の根幹となるものが見えてくるからだ。両者の違いは、前者は戦争・紛争時に犯された組織だった性暴力であるのに対し、広河氏のは個人の独断で平時に行われた性暴力、それのみである。あえてもう一点の共通点を挙げるのなら、両者の犯罪が成立した背景には、その事を知っていながら、権威に逆らうことを恐れ何も言わなかった周りの人間たちの存在であろう。手記を読むと、その二つの違いは、広河氏の場合だと「傷つけたという認識」や、それが「性暴力という認識」がなかったこととしたいようだが、それは戦争・紛争下での性暴力の加害者も同様である。性暴力の加害者は、被害者がその後一生背負うトラウマなど全く考えることもなく、その身体と心を犯し続けている。そして、広河氏はそういった性暴力の加害者なのだ。


広河氏の手記のもうひとつの問題は、彼がもはやジャーナリストという信用・立場を完全に喪失しているにも関わらず、まだ読者たちに「教える」立場でいようとすることだ。己の罪を理解するために、ジェンダー専門の学者たちが書いた本から学んだ浅い知識を、あたかも読者にレクチャーするように本文内で「披露」している。しかもその内容は情けないほどに陳腐である。例えば、ある専門家が「男性たちが最も恐れるのが、セクハラは受け取る側の主観で決まると言う、よく聞くセクハラの常識。した側、言った側に全く悪気がないとしても、相手が不快に思えばそれはセクハラに当たるのだという説明です」(本文より引用)と、広河氏は述べている。これが、何十年もの間、女性への性暴力を世界中で取材してきた元ジャーナリストの書いたものかと思うと、怒りよりも情けなさを覚える。広河氏の意図は明白だ。つまり、セクハラ・性暴力と呼ばれるものは、感情的に反応する女性のあくまでも「主観的」な考えであり、ゆえに「客観的」に物事を考える男性の「脅威」であるということだ。広河氏が冒した行為は、告発者だけでなく、当事者でない我々が客観的に見ても、レイプ・性暴力である。広河氏は、これらの本を引用しながら、自分の行った行為を「不本意な合意」のもとに起きた「非身体的な暴力」と位置付けたいようだ。広河氏が引用した本を読んでいないが、己の罪を弁護するために「つまみ食い」のように引用された本の著者たちも大迷惑であろう。


もうひとつの問題点は、広河氏が自分の行為の問題を、あたかも醜く年老いた男が、若い女性を「くどいた事」という、全く本質とは関係ないことへ転換しているところである。老人=醜い=恋愛をしてはいけないという、本末転倒な発想である。また、この論点のすり替えは、若いイケメンの男性であれば、彼の行った行為はセクハラにあたらなかったと言っているようなものである。


最後に、この手記を書いた広河氏本人と、この手記の掲載を決めた『創』の編集部たちが共有する大きな問題点を指摘したい。彼らは、広河氏が起こした事件を、「現代という時代が作った犯罪・性暴力」と捉えていないだろうか。つまり、広河氏がレイプをした時代は、その行為は「性暴力」でも「セクハラ」でもなかったのに、ここ数年の#Me too運動の高まりなどで、女性たちの告発が「トレンド」・「主流」になった「時代が構築した性暴力」というニュアンスを感じ取った読者もいたのではないだろうか。しかし、これは完全に間違った解釈であり、危険な印象操作である。その問題を検証するために、広河氏自身が過去に取材してきたという日本軍「慰安婦」問題と照らし合せてみたい。


フェミニズム・スタディーズの学者・上野千鶴子氏が1999年に英文で発表した “The Politics of Memory: Nation, Individual and Self” (History & Memory Vol 11 (2) 1999)*という論文の中で、日本軍「慰安婦」たちが、戦後まもない時代に男性によって執筆・制作された小説、エッセイ、映画などでしばしば語られてきたことを指摘している。つまり彼女たちの存在は決して「知られていなかった」存在ではなかったということである。しかし冷戦が終わり、1980年後半から1990年代にかけて日本軍「慰安婦」の存在が「旧日本帝国軍による戦争犯罪の被害者」として注目を浴びるようになったのは何故なのか?その問いに、上野氏は戦後と冷戦後の違いついて、前者では日本軍「慰安婦」たちは、「可哀そうな女性たち」の「悲劇」として男性に描写されていたのが、冷戦後に、それまで沈黙を強いられた元日本軍「慰安婦」たちが、自ら証言に立ち、旧日本軍を告発したことにより、それが単なる「悲劇」などでは到底収まり切れない性暴力・戦争犯罪だったことが明るみになったことによると論じている。


今回の広河氏の過去の性暴力が明るみになった背景にも、日本軍「慰安婦」が「悲劇」から戦争犯罪として認識されるようになった過程と多くの共通点がある。被害者が勇気を出して告発したことで、それはセクハラなどでは済まされない「合意不在」の「性暴力」だったという事実が明るみになった。広河氏が冒した暴力は、「時代が構築した暴力」では決してなく、むしろ「時代が可視化した卑劣な性暴力」だったという事なのだ。


広河氏の今回の手記は、セカンド・レイプといっても過言ではないほど酷い内容のものだった。ゆえに、この手記の掲載を決めた『創』の編集部の責任も大きいと言えるだろう。『創』の編集長である篠田博之氏は、今回の掲載決断についてこう述べている。


世論が一色になっている時に違った声や異論に目を向け、考えるための素材にしてほしいと思うからだ。「敢えて火中の栗を拾う」のも時として必要と考えている。特に何かの事件について議論する時に当事者の生の声を聞くことは必要だ。 https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190307-00117311/



篠田氏は、これまでにも幼児連続誘拐・殺人事件で死刑になった宮崎勤や和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚と10年以上に渡って面会を重ねたり、昨年死刑が執行されたオウム真理教の元教祖麻原彰晃の三女や家族との交流などについて、公の場で積極的に発言してきた人物である。つい最近では、遺族から強い反対があったにも関わらず、相模原障害者殺傷事件・植松聖被告が初めて書いた獄中手記をやはり『創』で掲載している。私自身、上に抜粋された篠田氏の考えには同感である。しかし、今回の広河氏の手記掲載に関しては、もっと違う形での発表を考えるべきではなかったろうか。なぜなら、篠田氏がこれまで取材・面会してきた相手と違い、広河氏と篠田氏の間には多くの共通点があるからだ。まず二人とも、現代の日本で「リベラル」と呼ばれる雑誌の(元)編集長であること。そして広河氏が日本の写真業界の重鎮で圧倒的な権威を持っていたように、篠田氏も「日本ペンクラブ言論表現委員会」副委員長や、大学講師、東京新聞などでコラムを持つ、やはり言論界の重鎮であり、「権威」として見られていることは想像に難くはない。そして二人は1947年(広河氏)、1951年(篠田氏)生まれと、まさに同時代を生きながら「社会正義」を問い続けていた知識人・文化人である。ゆえに、今回の手記に関しては、篠田氏に対談・インタービューという形で、とことん広河氏に向き合って欲しかった。広河氏の手記には、海外取材に連れて行かれ、二週間に渡ってレイプされ続けた女性については全く言及していなかった点など、篠田氏は追及するべきではなかったか。また広河氏と向き合うことで、篠田氏自身もご自分が持つ権威について自問することも出来たのではないか。しかし篠田氏は、ただ広河氏に自己弁護・加害意識の否定をする機会を与えただけでなく、被害者へのセカンド・レイプも容認してしまった。写真界・言論界を牽引してきた戦後生まれのリベラル知識人二人の共同作業には、倫理もメディアの教育(Pedagogy)的な意味合いすらなかったことに、愕然としているのは私だけではないだろう。



*この論文のオリジナル(日本語)は、上野千鶴子著『ナショナリズムとジェンダー』に収められている。

Thursday, March 07, 2019

『創』4月号の広河隆一氏の「手記」は、自らの性暴力を認めたものではなく、セカンドレイプに他ならない Hirokawa Ryuichi's apologia in monthly Tsukuru is nothing but a second rape

『創』4月号表紙の一部
3月11日追記。この投稿に寄せられたコメント(末尾)も併せてお読みください。

『DAYS JAPAN』元発行人の広河隆一氏から性暴力・セクハラ・パワハラを受けたと告発する人々や『DAYS JAPAN』という会社自体に構造的問題があったとのレポートが『週刊文春』(1月3&10日号、2月7日号)、『ビジネスインサイダー』(1月9日)、『毎日新聞』(1月16日、1月16日、1月31日)、『東京新聞』(共同通信電、2月18日)といった媒体から続出する中、月刊誌『創』4月号(3月7日発売)に広河隆一氏本人の手記が8頁にわたり発表された。それも最後に「続く」とあり、5月号に後半が出るらしい。一体何をそんなに書くことがあるのかと思ったら、4月号の内容は、被害者が見たら二重に傷つくであろうセカンドレイプの類である。私は『ふぇみん』2月25日号で、広河事件についての多くの同業者のコメントが「ほとんどがとにかく長い。そしてその質は、量に見事に反比例している。悪いことはただ悪いと言えばいいのに、(中略)書けば書くほど実質的な広河氏の擁護、被害者軽視の蟻地獄にはまる。」と書いたが、今回のは広河氏自身がその蟻地獄にはまっているように見える。

以下、昨日とりあえず発信したツイートより。(@PeacePhilosophy) (時間は太平洋標準時間で日本より17時間遅れています)

『創』4月号の広河隆一手記。「知らなかった」という主張で自分がやったことを正当化することはできない。 6:46 PM - 6 Mar 2019 自分の被害者化を行い「ボクちゃんこれだけ勉強してるの、エライでしょ」と延々と同情を誘う試みをしながら、肝心の「自分のしたことは性暴力だった」「立場を利用した合意なき行為だった」という2点を認めていない。 6:46 PM - 6 Mar 2019 先日の共同通信の取材では、性暴力は否定し、合意があったと主張していると報じられているがこれと合致するものだ。 6:47 PM - 6 Mar 2019 たくさん告発されているパワハラを完全にスルーし、「文春」第二弾のケースについても全く触れていない。「謝罪したい」と言いながら、暴力はなかった、合意はあった、事実関係がはっきりしていないと主張し続ける。本人によるセカンドレープが本格的に始まった。 6:53 PM - 6 Mar 2019 「私が向き合わなければいけないのは、そこで紹介されている一人ひとりの女性たちなのだ」と言っている←あなたが「向き合」わなければいけないのは自分の性暴力とパワハラ行為です。被害者にしたらあなたを思い出すだけで虫唾が走るでしょう。キモすぎ。 7:05 PM - 6 Mar 2019 暴力はなかった、合意があった、事実関係がはっきりしない、といいながら「被害者に直接謝罪させろ」と追いかけるストーカー。まじ怖いです。 10:23 PM - 6 Mar 2019 あれだけのパワハラの告発を完全に無視し、労働問題まみれだった会社の暴力と隠蔽の構造を脇におき、「僕と女性たちの問題」にしようとしている。 10:32 PM - 6 Mar 2019 また、『創』編集長の篠田博之氏が今回の手記の紹介文をここに公開しており、「月刊『創』は世の中でバッシングされている人たちの手記を載せることが多い。別に弁護するということではなく、世論が一色になっている時に違った声や異論に目を向け、考えるための素材にしてほしいと思うからだ。」と述べていることを受け、こうツイートした。 広河氏の性暴力に声を上げてきた被害者や被害者を支援する声を「バッシング」と一蹴するこの篠田という人。加害者を被害者化する。実際はこの人のを含めて擁護論だらけなのに、「世論が一色になっている」と言う。これも立派なセカンドレープですね。被害の声に「お前が加害者だ!」って言うのだから。 12:07 AM - 7 Mar 2019 きょうはもう少しこの手記の本質に迫ってみたい。

広河氏は終始、「性暴力」とカッコ付で、「自分はそうは思っていないが相手がそう言っているもの」「実際は性暴力ではない」というようなニュアンスを含ませているように思える。冒頭から、

私は、「性暴力」というものを理解していなかった。身体的暴力をふるっていないこと、相手と合意があったことを理由に、「性暴力」は自分には関係がないと考えていた。拒否されずに受け入れられたとしても、自分の行為が「性暴力」と評価されうるのだ、ということを指摘されるまで全く理解していなかったのだ。そのことを今ようやくわかろうとする過程にあると思うようになった。

と言っている。ここにもう、それ以降全く読まなくていいと言えるほどのこの記事のエッセンスが凝縮されている。①性暴力を振るっているのに「身体的暴力」を否定し、②立場を利用したり、恐怖を与えたりした上での「拒否の不在」は「合意」とはいえないのに「拒否されずに受け入れられた」と主張し、それらが人によっては「性暴力」と評価されてしまうのだと言っているのである。
この点は読む人に注意してほしい。彼の「学び」とやらのビフォーとアフターが何なのかということ。
広河氏は、 この手記で、「BEFORE 自分のしたことが性暴力とは思っていなかったが、AFTER 今となっては性暴力をしたということがわかった」と言っていると解釈してしまう人がいるかもしれないが、実際に彼が言っているのは、「BEFORE 自分のしたことが性暴力とは思っていなかったが、AFTER 今となっては自分のしたことが『性暴力』と評価されることがあるのだ、ということがわかった」と言っているだけなのである。ここの大きな違いを把握した上で全文を読んでもらえれば、この文の「性暴力の否定」(「合意の主張」と裏表一体)という本質が見えてくると思う。
実際に上にも書いたように、数ある報道の中でも一番最近(2月17日)発表された、共同通信の取材には彼は「性暴力を否定」しており、「これまで性交渉をした女性とは合意があった」と言っているのである。この手記で彼が敢えてこの共同通信への返答に触れていないことからも、彼はこの手記によって、自分の「性暴力を認めていない」「女性たちとは合意があった」という主張を隠しているようにも見える。実際、この手記を読めば内容は共同通信への応答と何ら矛盾がないことがわかる。私に反対する人がいたら、この手記のどの部分から、彼が自らの性暴力を認めているとわかるのかを教えてほしい。私にはどこにも見つからない。
この本質さえつかめば、この手記の他の部分は、何ページもだらだらだらだらと、ときには自分の被害者化や、同情を誘うような自虐的表現を織り交ぜながら、手を変え品を変え、”一生懸命考えて学んでいる”というアピールをしているという類に過ぎず、合意の不在と、性暴力を認めているのか、という本質からはかけ離れていることがわかる。
そして、この手記の一番怖いところは、彼は長い全編を通して性暴力を認めるのを拒否していながら、しきりに被害者に「謝罪」したがっていることだ。性暴力の被害者というのは、加害者の存在を思い起こすことだけで、加害者がこの世のどこかにいる(だからどこかで出っくわしてしまうかもしれない)と想像するだけで、心や体に異常が出てくるものだ。この感覚がわからない人は伊藤詩織氏の『BLACK BOX』を読んでほしい。
ただでさえ加害者のことを思い起こすのも苦痛である被害者に対して、直接会うか、手紙を書くか、人を通してか知らないが、とにかく被害者にコンタクトするということを迫ること自体が暴力に上塗りをする行為なのである。上では「ストーカー」と書いた。一体誰のための謝罪なのかということを問えば明白だろう。ましてや、自分の性暴力を認めない形での「謝罪」など、セカンドレープにしかならない。「ボクは性暴力とは思っていないが、あなたにとっては『性暴力』となってしまった行為をしたことを、謝罪します」とでも言うつもりなのだろうか。論外だ。
性暴力の被害者にとっては、加害者が「謝罪したがっている」ということを知るだけで苦痛なのだ。加害者が自分のことを考えているということを想像するだけでも気持ちが悪くなるものだ。じゃあどうすればいいのか。性暴力を認めることだ。合意がなかったことを認めることだ。自分が立場の差、指導・雇用関係、相手の自分への畏敬や尊敬の念を利用して、合意なき性行為や性的行動の対象として相手に強いたことを認めることだ。本人に直接「謝罪」したい(許させたい)という自分のエゴを諦めることだ。自分が被害者にとっていかに思い出したくもない、気持ち悪い存在かということを受け入れ、それを変えようとはしないことだ。
この手記の細部には突っ込みたいところがもっともっとたくさんあるが、以上に述べた本質から離れたくないので、とりあえずはこれぐらいにしておく。
最後に、この手記を「自分を切開し」とか美化し、被害を訴え性暴力を糾弾する声を「バッシング」と呼び、加害者の被害者化つまりセカンドレイプに加担した『創』の編集長、篠田氏の罪は重い。広河氏と、篠田氏に問いたい。『創』5月号で、さらにセカンドレイプを続けるつもりなのか。
                           乗松聡子 @PeacePhilosophy

参考記事

広河隆一氏の性暴力 女性差別抜け落ちた「人権」(『琉球新報』)
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-874320.html

広河隆一性暴力事件が突きつけるもの(『ふぇみん』)
http://peacephilosophy.blogspot.com/2019/02/from-femin-eiko-tamamoto-and-satoko-oka.html


Wednesday, March 06, 2019

English translation of an article on Japanese photojournalist Hirokawa Ryuichi's sexual assault and harrassment cases now available on the Asia-Pacific Journal: Japan Focus 広河隆一性暴力事件の『文春』記事英訳 『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス』より

Now an English translation of journalist Tamura Hideharu's article in January 3 and 10 edition of weekly magazine Shukan Bunshun on seven women's testimonies of Hirokawa Ryuichi's sexual assault, sexual harassment and other abuses of power is available on the Asia-Pacific Journal: Japan Focus. Translation by Sandi Aritza. Introduction by Satoko Oka Norimatsu. 

See the full article here: 


See also: 

Shingetsu News Agency 
Do Not “Human Rights” Also Include Women’s Rights?
http://shingetsunewsagency.com/2019/01/08/do-not-human-rights-also-include-womens-rights/ 

Mainichi Shimbun 
Photojournalist Hirokawa admits to coercing female magazine staff into sex
https://mainichi.jp/english/articles/20190120/p2a/00m/0na/001000c

Japan Times 
Well-known Japanese photojournalist Ryuichi Hirokawa admits to sexual harassment
https://www.japantimes.co.jp/news/2018/12/28/national/well-known-japanese-photojournalist-ryuichi-hirokawa-admits-sexual-harassment/#.XIAGyHdFxyx 

Le Monde 
Au Japon, un magazine mythique chute sur des accusations de viols et harcelement sexuel
https://www.lemonde.fr/international/article/2019/02/11/une-affaire-de-harcelement-sexuel-fait-couler-le-magazine-mythique-days-japan_5421804_3210.html

Thursday, February 28, 2019

『ふぇみん』より、「広河隆一性暴力事件が突きつけるもの」玉本英子・乗松聡子 From FEMIN: Eiko Tamamoto and Satoko Oka Norimatsu comment on photojournalist Hirokawa Ryuichi's sexual assault allegations

「ふぇみん婦人民主新聞」2月25日号に、「広河隆一性暴力事件」特集が出ました。「ふぇみん」の許可を得てここに転載します。どうか拡散してください。

ふぇみんのトップページはここ⇒ https://www.jca.apc.org/femin
見本紙請求はこちらから⇒ https://www.jca.apc.org/femin/sample/index.html

『ふぇみん』提供

参考記事

「琉球新報」<乗松聡子の眼> 広河隆一氏の性暴力 女性差別抜け落ちた「人権」


Thursday, January 03, 2019

広河隆一氏の性暴力 女性差別抜け落ちた「人権」Do Not “Human Rights” Also Include Women’s Rights? Women Speak Up Photographer Ryuichi Hirokawa's Sex Abuse

(1月8日に内容を更新しました)
(2月12日い内容を更新しました)

新年もよろしくお願いします。A Happy New Year !

An updated English version of my Ryukyu Shimpo article on December 30, 2018 is now available on Shingetsu News Agency. 

『琉球新報』12月30日版に掲載された「乗松聡子の眼」23回

「広河隆一氏の性暴力 女性差別抜け落ちた『人権』」


紙面に掲載されたものの一部加筆・修正したものが2月12日再アップされました。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-874320.html 


英語版(一部加筆修正あり)は SHINGETSU NEWS AGENCY に掲載されました。

Do Not “Human Rights” Also Include Women’s Rights?

Related Links 

The Japan Times (Kyodo) 
Well-known Japanese photojournalist Ryuichi Hirokawa admits to sexual harassment
https://www.japantimes.co.jp/news/2018/12/28/national/well-known-japanese-photojournalist-ryuichi-hirokawa-admits-sexual-harassment/

NHK

Photojournalist Hirokawa apologizes for sex abuse

https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/news/20181227_20/

この件の関連リンク

週刊文春記事(全文読むのは有料)

広河隆一氏のコメント(12月26日)

デイズ・ジャパンからのメッセージ(12月26日)
https://daysjapan.net/2018/12/26/読者のみなさまへ/

ヒューマン・ライツ・ナウ 広河隆一氏に関する報道について(12月27日)
http://hrn.or.jp/news/15115/

デイズ・ジャパンからのメッセージ(12月31日)

谷口真由美氏のフェースブック
【メディアにおけるセクハラを考える会より フォトジャーナリスト広河隆一氏の性暴力告発記事に関して】

バズフィード記事(12月25日)
「神様のような広河さんに私は服従した」。フォトジャーナリストからの性的被害、背景に支配関係

ハフポスト記事(12月26日)
広河隆一氏の性暴力疑惑、告発女性から「直接相談受けた」と谷口真由美・大阪国際大准教授が明かす
https://www.huffingtonpost.jp/2018/12/25/mayumitaniguchi-metoo_a_23627013/

通販生活
2019年春号「落合恵子の深呼吸対談」に関して(12月27日)
https://www.cataloghouse.co.jp/information/ochiai.html?sid=top_ochiai

ジャーナリスト 稲垣美穂子氏の記事
広河隆一さんの性暴力に関する報道を受けて(12月28日)

日本ビジュアルジャーナリスト協会の声明文(12月31日)

おしどりマコ・ケン氏のコメント(12月26日 28日追記)
http://oshidori-makoken.com/?p=3854 

勝部元気氏 広河隆一氏の性暴力、人権派が女性の人権を踏みにじる背景にあるもの(12月28日)
https://www.excite.co.jp/news/article/E1545983641788/

Monday, December 31, 2018

2018年のおわりに At the End of Year 2018

今年訪ねた場所でもっとも印象に残った場所の一つ、ウィニペグにあるカナダ人権博物館。
手前に見えているのはマハトマ・ガンディーの像。One of the most memorable places that I visited in 2018, Canadian Human Rights Museum. The statue in front is one of Mahatma Gandhi. 

You must be the change you wish to see in the world – Mahatma Gandhi

今年は2006年にブログを開設して以来、投稿数が一番少ない年となりました。
The number of the blog posts has been the lowest this year, since I started this blog at the end of 2006. 

理由は、シンプルで、ブログに費やせる時間が減ってしまったことです。今年は別の媒体に書いた記事の転載が中心となりました。The reason is simple --- I have not been able to spend as much time on this blog as I did before. This year, many of the posts were re-posts from the writing that I did for other media outlets. 

今年は前半は『沖縄は孤立していない』(金曜日、2018年)の本の執筆・編集・出版イベントなどでまたたく間に過ぎました。The first half of 2018 flew by, with the writing and editing for the book Okinawa wa koritsu shite inai (Okinawa Is Not Alone), and the subsequent book events in Tokyo and Okinawa.

2012年にガバン・マコーマック氏と共著で出した英語の本 Resistant Islands: Okinawa Confronts Japan and the United States の Second Edition も、2012-17年の動きを書いた章を新たに付け足して、出しました(Rowman and Littlefield, 2018)。The second edition of the book Resistant Islands: Okinawa Confronts Japan and the United States, which I co-authored with Gavan McCormack, has been published too this year, with the addition of a whole new chapter that covers the development of 2012 to 2017. 

夏は、済州島を初めて訪れ、済州島国際連帯キャンプに参加しました。朝鮮半島の終戦・平和実現に大きく踏み出した年です。軍産複合体の妨害があっても、一歩ずつ進めるように関係諸国首脳を応援していきたいです。In the summer, I visited Jeju Island, Korea, for the first time, and participated in the Inter-Island Solidarity Camp.

また、2006年以来通訳・講師として参加してきている広島・長崎の日米学生の旅、例年のようにワシントンDCのアメリカン大学と、新しいパートナーである明治学院大学の学生さんや社会人参加者の皆さんと共に行いました。In August, I participated in the annual Hiroshima/Nagasaki study tour as an instructor and translator, with American University (Washington, DC) and its new partner Meiji-gakuin University (Tokyo). 

地元バンクーバーでは、私は不在でしたが、「バンクーバー9条の会」の仲間たちが核兵器の恐ろしさを訴える「原爆展」を例年通り行い、何百人もの人に来てもらえました。Back in Vancouver, while my absence, my colleagues of Vancouver Save Article 9 successfully held the "A-bomb Exhibit," to raise awareness of the horror of nuclear weapons, and we had hundreds of visitors! 

9月には、「海外識者103人声明」にたいし、琉球新報社から「池宮城秀意記念賞」を仲間と共に受賞しました。沖縄は、辺野古に土砂が投入され始め、南西諸島全体の自衛隊配備も進み、深刻な状況ですが、新年は、引き続き、そして新たな試みをもって、沖縄に対する軍事・植民地主義と闘っていきます。In September, my colleagues and I received Ikemiyagushiku Shui Memorial Award, for the "International Okinawa Statement by 103 Scholars, Artists and Activists of the World" of 2014, from Okinawan newspaper company Ryukyu Shimpo. Okinawa continues to face a serious situation, with the government starting reclamation of the bay of Henoko, and with planned deployment of Self Defense Force troops and construction of missile bases across the chain of Nansei Islands. I will continue efforts to be part of the international struggle against militarism and colonialism against Okinawa. 

『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス Asia-Pacific Journal: Japan Focus』のエディター・ライター・翻訳コーディネーターとしても、役割を果たしてきました。来年は英語による執筆もこれまで以上に積極的に行っていきたいと思います。As an editor, writer, and translation coordinator for the Asia-Pacific Journal: Japan Focus, I will continue to help disseminate critical information from the Asia-Pacific region. 

日本の、鹿児島大学をはじめとするいくつかの大学でも講演・ゲストスピーカーをさせていただき、若い人たちの考えから学ぶことができました。I spoke at several universities, including Kagoshima University, and had opportunities to hear from young people in Japan. 

地元カナダでは、国会で「南京大虐殺を記憶する日」を設けることにたいする、日本政府、一部の日本移民や日系カナダ人による反対に対して懸念を表明しました(これについては英語サイト Japanese Canadians Supporting Nanjing Massacre Commemorative Day を参照)Back in Canada,  I expressed my criticism of the Japanese government's, and some Japanese immigrants' and Japanese Canadians' opposition against the Nanjing Massacre Commemorative Day (for details, see HERE).

また、これとは別に、12月、地元で、バンクーバー9条の会とピース・フィロソフィーセンターは、南京大虐殺追悼集会を主催しました。Separately, in December, Vancouver Save Article 9 and Peace Philosophy Centre hosted an event "Remembering the Victims of the Nanjing Massacre."

銅像や記念日の法的制定については私はそこまでの関心はありません。制定よりも、実際に歴史と歴史からの教訓を学ぶことの方が重要です。私が関心があるのは、被害者に寄り添う歴史記憶のあり方であり、私が闘う対象は、被害者を傷つける歴史否定です。I am more interested in learning and learning from history than in the establishment of statues or memorial days. What I AM interested in is how we remember history with our heart reaching out to the victims, and what I OPPOSE is history denial that further hurts the victims. 

相変わらず、日本国外に出てきてまで、日本軍「慰安婦」の制度に「強制がなかった」とか、「南京大虐殺はなかった」とかいう、おおよそ日本国外では全く通用しない歴史否定の言説を流布する人たちの存在に心を痛めております。I continue to be concerned about those people who spread the narrative of history denial, such as "There was no force in the Japanese Army's 'Comfort Women' system," and, "Nanjing Massacre did not happen," the kind of narrative that has no place outside of Japan. 

そしてそういう人たちが、私や仲間に不当なレッテルをはり、ネット中傷やデマを流布するような傾向もあります。それらには断固対処し、必要とあらば法的処置も取っていきます。Some of these people unfairly label me and my colleagues, and spread defamatory remarks, and lies on the Internet. I firmly stand against, and if necessary, take legal action to deal with such acts.

私の原理原則は以下の二つです。My principle in this regard is two-fold.
  • 見解の相違は認めるが、嘘や個人攻撃、誹謗中傷は許さない。I accept differences in opinions, but I do not tolerate lies, personal attacks and libelous remarks against me. 
  • 歴史記憶のあり方についての意見の相違は認めるが、歴史的事実自体の否定は許さない。I accept differences in how we want to memorialize events of past wars, but I do not tolerate denial of historical facts. 

お互い敬意をもって意見交換ができるような土壌を創っていきたいと思っています。I would like to create an atmosphere in which we can exchange opinions with respect to each other. 

地元の仲間、日本を含むアジア諸国の同胞、世界の同志と、平和で持続可能な世界を築くために2019年も頑張っていきます。また、考えの異なる人々へのコンパッションも忘れないでいきたいと思っています。I will continue to work for a peaceful and sustainable word, hand in hand with local friends, colleagues in Asia, including Japan, and like-minded people in the world. I will also always try to have compassion for the people who think differently from I do. 

新年への願いをこめて With the best wishes for the new year, 

Live as if you were to die tomorrow; learn as if you were to live forever. – Mahatma Gandhi

乗松聡子 @PeacePhilosophy  Satoko Oka Norimatsu 
『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス』エディター Editor, Asia-Pacific Journal: Japan Focus
ピース・フィロソフィーセンター代表 Director, Peace Philosophy Centre
バンクーバー9条の会共同代表 Co-Chair, Vancouver Save Article 9



Thursday, December 13, 2018

Nanjing Massacre Memorial Events in Vancouver, and Jeju 南京大虐殺追悼集会 in バンクーバー、そして済州島

On December 11, Vancouver Save Article 9 and Peace Philosophy Centre hosted an event: Remembering the Nanjing Massacre. Over forty people filled the small room at Roundhouse Community Centre in Downtown Vancouver - Japanese, Chinese, Korean, and European Canadians and more. 

We watched a film "Nanking" together, a film that is now available on Snagfilms. https://www.snagfilms.com/films/title/nanking

Satoko Oka Norimatsu introduced the event and the film: 

Thank you so much for coming to this event, Remembering the Victims of the Nanjing Massacre.
Film "Nanking"
This event is organized by Vancouver Save Article 9 and Peace Philosophy Centre. Vancouver Article 9 was established in 2005, and it is a citizen’s group that upholds and promotes the spirit of the war-renunciation clause of Japan’s post-war constitution. Peace Philosophy Centre is a peace education organization established in 2007. I am Satoko, and I am Co-chair of Vancouver Save Article 9 and Founding Director of Peace Philosophy Centre.  
I would like to first acknowledge that we are holding this event on the traditional and sovereign territories of Musqueam, Squamish, and Tsleil Waututh nations.  
Just as I recognize the colonial history of this land, I would like to stress that this event also recognizes the colonial history of the Empire of Japan and the suffering that it brought. 
Nanjing Massacre refers to a series of atrocities including massacre, rape, pillage and arson committed by the Japanese Army and Navy against Chinese civilians, wounded and surrendering soldiers, prisoners of war and stragglers who had given up arms. These crimes violated the international law of war and international humanitarian law. They happened during the time of the Japanese Army’s Nanjing Campaign and subsequent occupation of Nanjing, which started in the beginning of December 1937, and ended in March of 1938. This year marks the 81st anniversary. 
Film Nanking was released in 2007, produced by then vice-chairman of America Online Ted Leonsis and directed by Academy-award winning directors Bill Guttentag and Dan Sturman.  I recommended this film for today’s occasion, because this film is neither a docufiction or docudrama, but a documentary, a well-balanced mix of news reels, photographs, testimonies by the surviving victims and former Japanese soldiers, and the staged reading of the actual words of the Westerners who were in Nanjing at that time to help save the lives of the Chinese people. So it is real history, presented in this film. 
Weaving activity for reflection,
facilitated by Youki
In the debriefing, I talked about my past two trips to Nanjing (2007 and 2017, to attend the 70th and 80th memorial event, respectively), particularly how I was touched by the kindness of the people I met there. The questions and comments from the audience included the collective memory of the history in the people of Nanjing in the present time, how the history is taught (or not) in China and Japan. 

Of course, Nanjing Massacre is a very heavy history to learn, and for many, it is hard to come up with any word to describe the feeling after watching such a film. Youki, an expressive art therapist facilitated an weaving activity as we reflected on our experience with the film and the history. 

This occasion in Vancouver is also linked to the annual Nanjing memorial event in Jeju Island, Korea. I sent a solidarity message to the people  there: 

A Solidarity Message from Canada

Back in 2016, I was shocked to know that people of Jeju Island commemorated the Nanjing Massacre on December 13, out of the sense of responsibility for the fact that Alddreu Airfield on Jeju island was then used as a launchpad for the Imperial Japanese air attacks against Nanjing and other places, during Japan’s aggressive war against China from 1937 to 45.
Of course, the people of Jeju Island at that time had no control over the deeds of Imperial Japan under its colonial rule. Many residents there were even forcefully mobilized to work on the construction and fortification of the Japanese airfield. In that regard, the people of Jeju were victims of the war more than anything else, as were the people of Nanjing and other places under the Japanese occupation.
Yet, the people of Jeju still commemorate the Nanjing Massacre today. This deeply moved me, and at the same time, shamed me. While these people of the victimized island remember the history, the vast majority of people in Japan are oblivious of it, and many, including some key government officials and politicians, even deny that it happened at all.
Omura Airfield in Nagasaki was also used for air attacks against Nanjing, but I have never heard of any effort there to remember the history in the way that those on Jeju Island do. In fact, the war memory of Nagasaki overwhelmingly revolves around that of the U.S. atomic-bombing of the city on August 9, 1945, and very few people there know or want to know anything about the aggressive character of the region.
I also felt ashamed about myself. Although I act as one of the leaders of an international study tour to Hiroshima and Nagasaki every year, I have only hosted or participated in commemorative events for the Nanjing Massacre three or four times in the past decade.
It was out of this sense of shame and responsibility, and with inspiration from the people of Jeju, that I pledged to myself that every December from now on, I would never miss remembering and mourning the hundreds of thousands of Chinese POWs and civilians who were unlawfully and brutally massacred, raped, and deprived, for weeks and months from the beginning of December 1937 till around the end of March 1938, the series of horrific war crimes called the Nanjing Massacre.
This year, on December 11, my colleagues of Vancouver Save Article 9 and I will host a local event to remember the victims of the Nanjing Massacre, and renew our pledge that we will never allow such history to repeat, for the sake of humanity and justice. Here I engage myself deeply in solidarity with the people of Jeju, as well as people of China, Japan, and around the world, in our joint efforts to eliminate violence and create a peaceful and sustainable world.

December 4, 2018

Satoko Oka Norimatsu 
Co-Chair, Vancouver Save Article 9
Director, Peace Philosophy Centre
Editor, the Asia-Pacific Journal: Japan Focus
The Nanjing 81st events in Jeju 

My friend, artist and activist Choi Sung-Hee translated my message into Korean.

캐나다로부터의 연대 메시지

2016년, 나는 제주도민들이1937년부터 1945년까지 있었던 일본의 대 중국 침략 전쟁 기간, 제주도 알뜨르 비행장이 당시 난징과 다른 장소들을 공격하기 위한 일제의 발사대로 쓰였다는 사실을 알고 책임을 느끼며 12월 13일 난징대학살을 기념한다는 것을 알고 충격을 받았다.
물론 당시 제주도민들은 식민 통치 아래 일제의 행태에 대한 어떠한 통제도 갖지 못했다. 그 곳의 많은 주민들은 심지어 일본 비행장 건설과 요새화를 위해 일하도록 강제로 동원되었다. 그런 점에서, 제주도민들은 무엇보다 전쟁의 희생양이었다. 난징과 다른 곳의 사람들이 일본 점령 아래 놓여있었던 것처럼
그럼에도 제주도민들은 오늘날 난징 학살을 아직도 기념한다. 이는 나를 깊이 움직였다. 그리고 또한 동시에 나를 부끄럽게 했다. 이 희생된 섬의 사람들이 역사를 기억할 때 일본 대부분의 사람들은 그 것을 의식하지 못한다. 그리고 핵심 정부 관리와 정치인들을 포함하여 많은 이들이 그것이 일어났다는 것조차 부인한다.
나가사키 오무라 비행장 또한 난징을 침공하는데 쓰여졌다. 그러나 나는 제주도의 사람들이 역사를 기억하는 방식으로 그 곳이 노력한다는 소식을 듣지 못했다. 사실 나가사키의 전쟁에 대한 기억은 1945년 8월 9일 그 도시에 대한 미국의 핵폭탄 폭격에 관한 것이 압도적이다. 그리고 지역의 호전적인 성격에 대해 뭐라도 알거나 알려고 하는 사람은 거의 없다.
나 또한 내 자신이 부끄러웠다.비록 내가 매년 히로시마와 나가사키로 가는 국제 연구 여행 지도자들 중의 한 사람으로 활동하지만 지난 10년 동안 난징 학살 관련 기념 행사들을 서너번 주관하거나 참가했을 뿐이다.
이렇듯 부끄러움과 책임감에서, 그리고 제주도민들로부터 받은 감화에서, 나는 12월 초부터 1938년 3월 마지막에 이르는 몇 주 몇 달 동안 난징 대학살로 불리는 끔찍한 전쟁범죄 시리즈에서 불법적으로, 야만적으로 학살 당하고 강간당한 중국 전쟁 포로들과 시민들을 기억하고 애도하는 것을 결코 잊어버리지 않겠다고 스스로에게 맹세했다.
올 해 12월 11일 밴쿠버 세이브 9조 에서 같이 일하는 동료들과 나는 난징 학살의 피해자들을 기억하는 지역 행사를 가질 것이다. 그리고 인도주의와 정의를 위해 그러한 역사가 반복되는 것을 결코 허용하지 않을 것이란 우리의 맹세를 새롭게 할 것이다. 나는 이 곳에서 제주도민들과 또한 중국, 일본, 세계 곳곳의 사람들과 함께  폭력을 근절하고 평화롭고 지속 가능한 세계를 만들기 위한 공동의 노력에 깊게 연대하는 마음으로 참여할 것이다.

2018년 12월 4일

사토코 오카 노리마츠 (Satoko Oka Norimatsu)
밴쿠버 세이브 9조 공동 의장
평화철학센터 감독
아시아-태평양 저널: 재팬 포커스 편집장
See a Facebook post by artist and activist Sung-Hee to report the Jeju event.
https://www.facebook.com/groups/691041570975396/permalink/2041302082615998/
This is another friend and activist Kaia's report of the day.
https://www.facebook.com/groups/691041570975396/permalink/2042207705858769/