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Thursday, March 01, 2012

ゲイル・グリーン「ゆがんだ科学:チェルノブイリとフクシマの後の原子力産業」 Gayle Greene: The Nuclear Power Industry After Chernobyl and Fukushima

This is a Japanese translation of Gayle Greene, Science with a Skew: The Nuclear Power Industry After Chernobyl and Fukushima, posted on January 2, 2012, in The Asia-Pacific Journal: Japan Focus. Translation by Yasuyuki Sakai, Shigeru Sugiyama, and Satoko Oka Norimatsu.

震災、津波、原発事故勃発からもうすぐ一年となります。3月1日は、1954年ビキニ環礁で米国が、広島原爆の1000倍の威力がある水爆「ブラボー」の実験「キャッスル作戦」を行い、マーシャル諸島の人々や、第五福竜丸をはじめとする船舶の数々が放射性降下物(「死の灰」)により被曝した事件の58周年記念日です。人類が、その存続自体に脅威をもたらす核兵器、原発と手を切ろうとしない背景には、核・原子力産業とメディアにより、放射性物質による被曝被害の実態が「科学」の名の下に歪められ、隠蔽され、被害の実相を明らかにする科学者たちが追放されてきた背景があります。今回紹介するのは、そういった科学者の一人であったアリス・スチュワート博士(1906-2002)の伝記を書いた米国西海岸の女子大スクリップス・カレッジの英文学教授、ゲイル・グリーンによる論考です。福島第一原発事故勃発後一年、政府、産業、メディアによる情報操作が行われてきたことに異論のある人はもうそうはいないと思いますが、この論文は、フクシマ後起っていることを、歴史の縦軸と地理的な横軸という文脈の中に的確に位置づけるものであり、今、岐路に立つ日本の人にこそ読んでもらいたいものです。@PeacePhilosophy

この意義に賛同し、長文の翻訳の労を担っていただいた酒井泰幸、杉山茂両氏に深く感謝します。

原文は『アジア太平洋ジャーナル・ジャパンフォーカス』2012年1月2日付で発表されました。
 
リンク歓迎です。転載希望の場合は info@peacephilosophy.com に連絡ください。また、翻訳は発表後微修正する場合があります。

アリス・スチュワート博士(右)と筆者

ゆがんだ科学:チェルノブイリとフクシマの後の原子力産業


ゲイル・グリーン(Gayle Greene)

翻訳 酒井泰幸 杉山茂 乗松聡子

 原子力産業が前世紀の終わりに、コストと非効率性、巨大事故の重みで地に落ちた廃墟の中から何とか復活を遂げたことは、今日の世界で驚くに値することの一つである。チェルノブイリ事故は広島と長崎の原爆を合わせたよりも何百倍の放射能を放出し、ヨーロッパと北半球全体の40%以上を汚染した(1)。しかし原子力産業のロビー活動は、地球の半分を汚染したこのエネルギー源を「クリーン」であると偽って、原子力産業に新しい命を吹き込んだ。 ニューヨーク・タイムズ(NYT)のイメージチェンジ記事(2006年5月13日)(2)が書いた「原子力の見直し」は、米国での「原子力ルネサンス」の道を開き、福島原発事故でさえもこれを止められないでいる。

 主流メディアが原子力を強力に擁護してきたことは驚くに値しない。「メディアは原子力産業による徹底的・効果的で巧みな推進キャンペーンに満ちあふれていて、結果的には偽情報」であり、それは「全く事実に反する記述で…いつもは分別のある人々にも広く信じられている」と、ワールドウォッチ研究所の世界原子力産業白書2010-2011年版は書いている(3)。あまり理解されていないのは、原子力産業にその権限を与える「証拠」の本質であり、低線量被曝のリスクについて安心させ、福島についての警鐘を沈黙させ、原子力産業を操業停止に追い込みかねない新しい証拠を封殺するために使われる冷戦下の科学のことである。

 これら大手メディアの被害対策記事を検討してみよう:
  • アメリカ全土に広がりつつある放射能雲からの「微量の」放射線は「全く健康被害を与えない」とエネルギー省は保証した。(ウィリアム・ブロード(William Broad)、「アメリカ上空の放射能は無害と官庁職員」2011年3月22日)
  • 「ガンのリスクは非常に低く、一般人が心配するよりずっと低い」と放射線影響研究所 (放影研)代表のイーバン・ドゥープル(Evan Douple)は説明する。放影研は原爆生存者を研究し、「非常に低い被爆線量では、リスクも非常に低い」ことを見出した。(デニス・グレイディ(Denise Grady)、「どこにでもある放射線、その害をいかに評価するか」 NYT、2011年4月5日)
  • 第一発電所の原子炉が不安定化した数日後のナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)の番組は、同じイーバン・ドゥープル の発言を引用し、発電所周囲の放射線は「安心できるレベルのはずだ。この程度の放射線被曝では、調査研究しても健康被害は見出せないであろうし、将来的にもそうであろう。」(「発電所近くの初期放射線データは健康不安を和らげる」リチャード・ノックス(Richard Knox)とアンドリュー・プリンス(Andrew Prince)、2011年3月18日) このNPR の番組は、先のグレイディの記事と同様に、放射線影響研究所が放射線健康被害の研究で60年の経験を積んでいるから信頼できるであろうということを強調している。
  • イギリスのジャーナリストで、環境活動家転じて原子力推進論者であるジョージ・モンビオ(George Monbiot)は、テレビとガーディアン紙でヘレン・カルディコット(Helen Caldicott)と対談し広く関心を呼んだが、そこでも放影研のデータを「科学的合意」とし、低線量放射線が招くガンのリスクは低いという気休めを再び引用した(4)。
 高線量放射線が危険であることは誰でも知っているが、広島に関する研究結果から、線量が減少すればリスクは無視できるほどに減少するとして人々を安心させようとする。これは原子力産業が存在するために必要な信条である。なぜなら原子炉は事故時だけでなく、毎日の通常運転や廃棄物からも放射能を排出するからである。もし低線量放射線が無視できないとすると、原発労働者はリスクに曝されており、原子炉や事故現場周辺の住民と地球上全ての生命も、同様にリスクに曝されている。原子炉で発生する廃棄物は、原子力産業推進論者が我々に信じ込ませようとするように「希釈・拡散」されて消滅するのではなく、風に吹かれ、潮に運ばれ、大地と地下水に浸透し、食物連鎖に、そして我々の体に入り込み、世界中のガンと先天異常の総数を増加させる。その負の遺産は文明が存続したよりも長く続く。半減期2万4千年のプルトニウムは、人間の感覚からすると永遠に残る。

 放射線影響研究所(放影研)とは何なのか、その気休め的な主張はどのような「科学」 に基づいているのだろうか。

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 放影研の前身である原爆傷害調査委員会(ABCC)は、原爆投下の5年後に生存者の研究を開始した。ABCCは「原爆」という言葉を取り除くため70年代半ばに放射線影響研究所と改称され、ほぼ同時期に米国原子力委員会(AEC)はエネルギー省(DOE)と改称された。戦時にアメリカの敵国として、そして2011年にGE製原子炉を受け入れた同盟国として、2度の核被害を受けた日本は、放射線影響に関して最もよく研究されてきた集団でもある。それは、広島と長崎への原爆投下で、放射線被曝した人間の大集団が難なく手に入る状況を作りだしたためである。「ああ、アメリカ人はすばらしい」と日本の放射線専門家である都築正男は感嘆の声を上げ、彼はそれまでウサギでの動物実験しか出来なかったと嘆いた。 「あとは人体実験を行うことだけだった!」(5)

 ABCCは、被爆者の研究はしても放射線障害を治療することはなく、多くの生存者は自らの健康問題をアメリカの調査団にさらけ出してまで、官僚主義に絡め取られ社会から烙印を押されることを望まなかったので、被爆者であると名乗り出ることをしなかった。それでも十分な人数が自発的に集まり、放射線関連の健康影響に関する最大・最長の研究が実施された。これまでどの医学研究も、これほど潤沢な研究材料と、科学者集団、最先端の機材に恵まれたことはなかった。ここには米国原子力委員会(AEC)の資金が注ぎ込まれていた。疫学ではサンプル集団が大きいほど統計的正確さが高まるのが当然と考えられているので、これらのデータを放射線リスクのゴールドスタンダード(確立された基準)として受け入れる傾向がある。

 現地に入った日本の医師や科学者たちは、人々は無傷のように見えたのに、耳・鼻・喉から出血が始まり、髪の毛がばっさりと抜け落ち、皮膚に青い斑点が現れ、筋肉は収縮して手足が変形してしまうという、恐ろしい話を語った。彼らが見たことを公表しようとすると、その報告書をアメリカ当局に引き渡すように命令された。占領期(1945〜52年)を通じて、日本の医学ジャーナリストたちは原爆に関して厳しい検閲を受けた。1945年の末にアメリカの軍医たちは、原爆の放射線影響によって死亡する可能性のあった人々はその時点で既に全員死亡しており、放射線によるこれ以上の生理学的な影響は無い、とする声明を発表した(6)。東京のラジオ放送が、原爆投下後に被爆地に入った人々でさえ不可思議な原因で死んでいることを伝え、この兵器を「違法」で「非人道的」だと非難したとき、アメリカの官僚はこれらの主張を日本のプロパガンダであるとしてしりぞけた(7)。

 放射能毒性の問題は、毒ガスのように禁止された兵器類の汚名を帯びてくるので、特に微妙な問題だった。原爆は「非人道的な兵器」ではないと、マンハッタン計画を指揮したレズリー・グローヴス将軍は宣言した(8)。破壊された2つの都市に入ることを許された最初の西側の科学者には、グローヴスの命令で軍人が随伴した。最初の西側ジャーナリストにも同様に軍人が付いた。自力で広島に入ることに成功したオーストラリア人のジャーナリスト、ウィルフレッド・バーチェット(Wilfred Burchett)が、記事をイギリスの新聞に発表し、「原爆病としか言い表せない未知の何か」によって「1日に100人というペースで」「不可思議で恐ろしい」死に方をしてゆく人々のことを書いたとき、マッカーサー将軍は彼を日本から追放するよう命じた。彼のカメラと広島で撮影したフィルムは忽然と消えた(9)。

 「広島の焼け跡に放射能なし」と1945年9月13日のニューヨーク・タイムズの見出しは宣言した。「調査の結果、長崎に危険は無いことが判明」と題した別の記事は「原爆後の放射能は腕時計の発光文字盤のわずか千分の一である」と述べた(1945年10月7日)(10)。放射能のリスクを小さく見せるための強力な政治的動機があった。国務省弁護士のウィリアム・タフト(William H. Taft)が認めたように、低レベル放射能が危険であるという「誤った印象」は「国防省の核兵器と動力用原子力計画のあらゆる側面を著しく傷つける可能性があり…民間原子力産業に悪影響を与え…放射性物質を医療の診断や治療に用いることへの疑問を提起するかもしれない」(11)。米国原子力委員会が1953年に発行したパンフレットは「放射線への低レベル被曝は『身体に判別可能な変化を伴うことなく無期限に継続できる』と主張した」(12)。原子力委員会はABCC科学者に給料を支払い、「ときに不快と感じるほど密接に」監視したことを、放射線科学を形作った政治的圧力を記録したスーザン・リンディー(Susan Lindee)は著書「現実化された苦しみ」で書いている(13)。(この分野での科学の形成に関する他の良い参考文献には、スー・ラビット・ロフ(Sue Rabbit Roff)の著書「ホットスポット」、モニカ・ブロー(Monica Braw)の著書「抑圧された原爆」、ロバート・リフトン(Robert Lifton)とグレッグ・ミッチェル(Greg Mitchell)の著書「アメリカの中のヒロシマ」がある)。ニューヨーク・タイムズは「政府と一緒になって生存者の放射能病についての情報を隠蔽し」ビバリー・アン・ディープ・キーバー(Beverly Ann Deepe Keever)が著書 「ニューヨーク・タイムズと原爆」で書いたように、記事では一貫して放射能を軽く見せるか、無視してきた(14)。「原爆時代の夜明けから、…ニューヨーク・タイムズはこの時代のニュース形成をほとんど一手に引き受け、史上最大の破壊力を持つ [核の]力を容認する気運を醸し出し、」原爆と核実験が健康と環境に与える影響を最小化し否定することで「冷戦の隠蔽」に加担したと、老練なジャーナリストであるキーバーは書いた。

 ABCCの科学者たちは、委員会が調査を始めた1950年までに、ガンを除く全ての原因による死亡率は「通常」レベルに戻っており、ガンによる死亡は非常に少ないので警戒は不要であると計算した(15)。

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 「ばかげている、くだらない!」と、初期の批判者であり自らも被曝した広島研究者である、疫学者のアリス・スチュワート(Alice Stewart)博士は抗議した(16)。スチュワート博士は1956年に、妊娠中の女性をエックス線検査すると小児ガンの可能性が倍増することを見出した。彼女のこの研究は、子宮内で被爆した子供にガン発生の増加はなかったとするABCCと放影研のデータに真っ向から衝突することになった。1950年代には、安全であると「知られている」被曝線量よりさらに低い線量で子供が死ぬなどという話を聞きたい者は誰もいなかった。冷戦下、指導者たちは、机の下にうずくまって隠れることで全面核戦争を生き延びることができる、と市民に対して保証し、米英両政府は「友好的な原子力」に潤沢な補助金を注ぎ込んだ。スチュワート博士は研究資金と名誉を奪われた。

 彼女の発見の信ぴょう性を失墜させるために広島データが繰り返し引き合いに出されたが、彼女は被爆後わずか5年で生存者が正常に戻るなどあり得ないと指摘して批判を続けた。この人たちは[統計学でいう]正規母集団とか典型的な集団ではなく、弱い者が死んでしまった後に残った健康な生存者の集団なのだ。彼女の小児ガンの研究では、ガンが潜伏している子供は正常な子供に比べて300倍も感染症にかかりやすくなったことが見出された。免疫系がこれほど弱っている子供たちは、食品と水が汚染され、医療体制も機能停止し、抗生物質も入手困難な、原爆後の厳しい冬を生き延びることはできなかったかもしれない。しかし死因は放射線関連のガン死として記録されることはなかっただろう。また、死産や流産は、放射線被曝の影響として知られているが、当時そのように記録されることはなかったであろう。公式な数値が示しているよりずっと多くの放射線被曝による死者があったとスチュワート博士は主張した。

 さらに原爆生存者の多くは、単発の外部放射線に、爆心からの距離にもよるが非常に高い線量で被爆したのであって、原発周辺の住民や原子力産業の労働者が受けるような長く緩慢な低線量の被曝ではない。スチュワート博士によるハンフォード核施設の労働者の研究では、広島データが示したガンを発生させる値よりも「ずっと低いと知られている」線量でガンが見出された。「これこそが低線量被曝の影響を見つけるために研究すべき集団なのだ」と彼女は主張した。労働者は、通常運転の原発や原発事故の風下住民がさらされるものに近い種類の放射線被曝を受けるということだけではなく、(原子力産業の定めにより)この人たちの被曝線量はしっかり記録されているからである。

 これとは対照的に、広島と長崎の研究では、放射線被曝はほとんど説得力のない当て推量に基づいて推定された。原爆から放出された放射線はネバダ砂漠で行われた核実験によって計算され、その後の数十年間で何度も再計算された。研究者たちは生存者に、あなたは爆心に対してどこに立っていたか、あなたと爆心との間に何があったか、その朝に何を食べたか、といった質問をした。被爆から5年が経っても信頼できる証言が取れるものと想定されていた。

 「聖書の算術だ!」スチュワート博士は広島データをそう呼んだ。「これに基づいて後に行われた放射線の発がん影響の計算を歪める結果となった。ガン影響だけではなく、免疫系の障害、感染症への抵抗力低下、心臓疾患、遺伝子損傷など他の多くの影響についての計算も歪んだものとなった。実態とはかけ離れたこれらの計算結果は深刻なものである。なぜなら、それはバックグラウンド放射線のレベルを引き上げても安全だと示唆するからである。」事実、広島研究が進むにつれ、ガン以外の様々な放射線の影響が発見された(17)。心臓欠陥や胃腸障害、眼病、その他の健康問題が、彼女の予測を裏付けた。スチュワート博士は胎児エックス線検査の問題も立証したが、公式団体を説得して胎児エックス線検査に反対する勧告を出させるのに20年を要し、その間にも医師たちは妊婦にエックス線を当て続けた。十分な論拠を積み立ててアメリカ政府を説得し、1999年に原子力産業従事者が労働で発症したガンに対する補償を承諾させるために、さらに20年を要した(18)。(この学問分野では長寿であることが役に立つのだと、彼女は皮肉っぽくコメントした。)

 彼女は二度にわたり、危険と呼ぶには「低すぎる」と想定された放射線被曝が実は高いリスクを持つことを実証した。広島データに対する2発のきついパンチであった。しかし、この60年前の放影研のデータ集は、原発周辺のガン患者集団の新しい証拠や、チェルノブイリでの知見を否定するための根拠として、今も使われ続けている。

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 環境中放射能の独立コンサルタントであり「内部放射線源の放射線リスク調査委員会」(イギリス政府により設立されたが2004年に解散)の元メンバーであるイアン・フェアリー(Ian Fairlie)の計算によると、40件以上の調査研究において、核施設の周辺で小児白血病の集団が発見されている。これをフェアリーは「否定しがたい大量の証拠」(19)だと述べるが、依然として広島研究を根拠に否定され続けている。一般にガン集団が原発周辺で認められると、それは政府の委員会に諮られるが、施設からの放射能排出は発がん影響が出るには「低すぎる」、つまり放影研のリスク推定によれば「低すぎる」ことを根拠にその発見は無視される(20)。

 しかし、2007年に思いもよらないことが起きた。憂慮する市民の圧力に対応して組織された、政府の指名による委員会が、ドイツの16の原子力発電所すべてにおいて、周辺地域に小児白血病の発症率増加を見出した。「原子力発電所周辺の小児がん」論文(略称でKiKKと呼ばれる)は、大規模で、慎重に計画された研究で、ケースコントロールの形式に則っていた(1,592 のガン症例と4,735の対照群)。原子力に反対していなかった研究者たちは、「低レベル放射線の影響に関する通常のモデルに基づき…影響なし」(21)という結論が出るものと予想していた。しかし驚くべきことに、原発から5km未満に住む子供は、5km以上に住む子供に比べ、白血病を発症する可能性が2倍以上高いことを彼らは見出した。これは放射線リスクを推定する現行のモデルでは説明不可能であった(22)。この白血病の増加を説明するには、発電所からの排出量より桁違いに高い量でなければならなかった。そこで研究者たちは、白血病の増加は放射能によるものとは考えられない、と結論づけてしまった。

 リスクを計算する根拠にしたデータ、つまり広島研究は、「不十分」なものだと理解するなら、この結果は不可解ではないとフェアリーは説明する(23)。これらのデータに対するフェアリーの批判は、スチュワート博士の主張にも呼応し、「高エネルギー中性子とガンマ線を瞬間的に外部から被曝した場合のリスク推定は、ほとんどの環境放出源からの低範囲アルファ・ベータ線の長期・緩慢な『内部』被曝には、実際には適用できない」(24)という主張にも呼応する(強調は筆者)。 フェアリーは、内部被曝の危険を考慮に入れていない広島データの問題点をさらに指摘する。名古屋大学の物理学名誉教授で広島生存者の沢田昭二が認めるように、広島研究は放射性降下物に一度も目を向けなかった。それらは「爆発後1分以内に放射されたガンマ線と中性子」を研究したが、その後長時間にわたる残留放射能の影響や、「より深刻な」吸入や経口摂取の影響は考慮しなかった(25)。外部被曝と内部被曝を明確に区別しておくことは重要である。原爆の爆発は、高エネルギーの亜原子粒子の形をとる放射線と、ストロンチウム90やセシウムのような放射性元素の形で降下物として残る物質を発生する。そのほとんどは地表に残り人体を外側から被曝させるが、飲み込んだり吸い込んだりすると肺やその他の臓器に留まり、至近距離で放射能を出し続ける。原子力推進論者はバックグラウンド放射線を引き合いに出し、(モンビオがカルディコットに反論したように)我々は毎日バックグラウンド放射線に曝されながらも生きていることを強調し、低線量放射線は比較的無害だと主張する。しかしこの主張では、外部の放射線源から来るバックグラウンド放射線は限られた被曝であるという事実が見落とされている。飲み込んだり吸い込んだりした放射性物質が体内組織を被曝させ続ける内部被曝は、ヘレン・カルディコットが言うように「細胞のわずかな体積に極めて高い線量を被曝させる」。(物理学者が「許容線量」について話すとき、「彼らは一貫して、原子力発電所や核実験からの放射性元素を飲み込んだり吸い込んだりして体内に入る内部放射線源を無視し、… その代わりに彼らは、一般に害の少ない体外放射線源からの外部放射線に焦点を合わせる」(26)とカルディコットは説明する。)

 KiKK論文は「注目に値する」とフェアリーは主張する(27)。しかし、2011年5月初めにガーディアン紙が「原発が小児ガンを引き起こすことが明らかに」(28)という見出しでこのような解釈を与えるまで、アメリカやイギリスの主流メディアには取り上げられることがなかった。「政府の諮問委員会は、白血病集団の原因を別の所に求める時が来たと語った。」「別の所」とは何なのか、原発周辺のガンの集団に対する他の原因とは何だというのか。ガーディアン紙が引用した専門家は、感染症や、ウイルス、蚊、社会経済的要因の可能性があるという。イギリス政府は現在8基の原子炉を新規に建設する計画を推し進めている。

 新しい証拠が古いモデルと衝突する時は、新しい証拠に注目するより古いモデルに固執するものだ。世界は平らだ。チェルノブイリでも平らだ。

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 福島第一原発事故が始まってから数日後のニューヨーク・タイムズ紙は、「チェルノブイリの事故後20年で、被曝による公衆への重大な健康被害の証拠がない」と言明した(Denise Grady、「予防策で原子力施設の放射線による健康障害を限定的なものにすべし」 2011年3月15日)。タイムズ紙のこの主張の根拠は、2005年の世界保健機構(WHO)による研究である。この研究では、「わずかな健康被害」しか見つからず、「チェルノブイリ事故に起因しうる死者数は、最終的に四千人だけだろう」と評価した。チェルノブイリ事故がもたらした最悪の影響は、タイムズ紙に語った専門家によると、「人を麻痺させるような悲観論」なのだ。この種の「悲観論」によって、人びとは「麻薬やアルコールに走り、そして無防備な性行為や失業」に至ってしまうというのだ(Elisabeth Rosenthal、「チェルノブイリの影響は小さいことを専門家が発見」 2005年9月5日)。これを「放射能恐怖症」と呼び、問題なのは生きる姿勢なのだ、という見解である。

 タイムズ紙は、核エネルギーの推進を使命とする国際原子力機関(IAEA)が、WHOが報告する内容について最終的な権限を持つという合意をWHOと交わしていることを報道しない。これは、独立した科学者が、利権の絡み合った同盟として強く非難している関係である(29)。また、タイムズ紙は2006年に発表された二つの重要な研究も報道しない。一つは、「チェルノブイリに関するもう一つの報告」と題されたもの、もう一つはグリーンピースが発表した「チェルノブイリの大惨事」である。どちらもWHO/IAEAの報告よりもはるかに大きな被害を報告している(30)。さらに、2009年にニューヨーク科学アカデミーが英語に翻訳して公刊したアレクセイ・ヤブロコフ(Alexey Yablokov)らによる「チェルノブイリ:大惨事が人々と環境に与えた影響」(「チェルノブイリ被害実態報告」として日本語に翻訳されつつある――訳者注)について、一言も触れないのだ。この研究は、WHO/IAEA報告とは桁違いの、98万5千人という犠牲者数を推定している(31)。

 ヤブロコフらは、「数千の科学者や医師、その他の専門家が、放射線降下物を被った数百万の人びとの苦しみを、ベラルーシや、ウクライナ、ロシアで直接観察して得たデータ」を用いている。さらに、多くはスラブ系言語で蓄積された5000以上の研究事例も、その報告に組み込んでいる。対するにWHO/IAEAの報告は350例に基づき、ほとんどが英語の文献だけに依存している。ヤブロコフ博士らは、申し分ない経歴を持つ。アレクセイ・ヤブロコフ博士は、エリツィンとゴルバチョフの環境アドバイザーであった。ワシーリィ・ネステレンコ(Vassily Nesterenko)博士はベラルーシ放射線安全研究所の所長であった。ネステレンコ博士は、アンドレイ・サハロフとともに、国家から独立したベラルーシ放射線安全研究所(BELRAD)を設立した。この研究所は、チェルノブイリの子どもたちを研究するのみならず[米国ABCCと比較して、強調すべきことに]子どもたちを治療している。ワシーリィ・ネステレンコ博士は2008年に死去した。原因は、炎上する原子炉上空を飛行した時に受けた被曝であった(なお、この調査は、チェルノブイリ事故で放出された放射性核種を知ることができる唯一のものである)。彼の死後、息子のアレクセイ・ネステレンコ(Alexey Nesterenko)博士がBELRADの所長兼上級研究者となり、本研究の第三の著者となった。この本の顧問編集者は、内科医であるとともに毒物学者のジャネット・シャーマン(Janette Sherman)博士である。

 ヤブロコフらの研究は、ベラルーシとウクライナ、ロシアの汚染地域といわゆる「非汚染地域(clean area)」とを比較して、汚染地域における罹病率と死亡率の際立った増加があるとする。具体的には、甲状腺ガンをはじめとするガンのみならず、潰瘍や慢性的な肺疾患、糖尿病、眼疾患、小児の深刻な知的障害、伝染性およびウイルス性の病気の頻度の高まりと、症状のより深刻な状態である。心臓血管系や生殖系、神経系、内分泌系、呼吸器系、消化器系、筋骨格系、そして免疫系と、体内のあらゆるシステムが悪影響を被っている。子供たちは、健康に育っていない。「1985年までは、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアにまたがるチェルノブイリ地域の80%以上の子供が健康だった。現在では健康な子供は20%以下である」。動物でも「罹病率と死亡率の顕著な上昇が見られ…腫瘍や免疫不全の増加、平均寿命の低下、早期老化、血管および循環器系の変化、そして奇形が見られる」。

 チェルノブイリとヒロシマの類似は驚くべきものである。データの収集が遅らされ、情報は秘匿され、現場での観察報告の価値は貶められ、独自の研究をする科学者たちのデータへのアクセスは拒絶された。「ソビエト連邦当局は医師に対して、あらゆる病気を被曝と関連づけることを公式に禁止し、日本の場合と同じように、すべてのデータは秘匿された」。「清掃人(リクビダートル)」と呼ばれた人々とともに、83万人の男女が、チェルノブイリ発電所の消火と炉心の停止、そして除染のためにソビエト連邦各地から徴集された。「彼らが苦しんでいる病気を被曝と関連付けることが公式に禁止された」。「チェルノブイリのメルトダウン事故初期の公衆衛生データをソビエト連邦当局は機密としたが、その機密扱いは3年以上続いた」。しかも、この3年間、「機密を保持したのはソビエト連邦のみならず、他のすべての国々でもそうだったのだ」。

 しかし、チェルノブイリとヒロシマの類似点は政治的なものであって、決して生物学的なものではない。というのもヒロシマのデータはスチュワート博士が述べるように、長期にわたる慢性的な低線量被曝に起因する健康への影響を予想するには、「時代遅れ」で役に立たないモデルであることが証明されているからだ。ヒロシマに関する研究は、生存者に遺伝子異常をほとんど発見してこなかった。しかし、ヤブロコフらの研究は、「チェルノブイリ事故に起因する放射能汚染のあるところには、それがどこであっても、子どもの遺伝異常と先天性の奇形の増加がみられる」ことを実証する。「これらの異常には、四肢や頭部、体躯に発現する、事故前にはほとんど見られなかった多発性の身体的障害」や、とりわけ「清掃人」だった人々の子どもに見られる衝撃的な出産時欠損が含まれる。被曝との相関関係は明々白々なので、「もはや仮定なのではなく、……証明済みだ」とヤブロコフらは述べる。人間と同じように、調査を行ったすべての生物において、「生物の遺伝子プールは、結果を予見できないような変容が活発に進んでいる」。具体的には「[チェルノブイリ事故に起因する放射線照射によって]、長期にわたる進化の過程で眠っていた遺伝子が覚醒している」のだ。この遺伝子覚醒によって生じするダメージは何世代も――少なくとも7世代にわたって続くだろう」。

 このような発見によって放射線医療の専門家は、自分たちの依拠してきた放射能の影響に関する仮説と理論を見直す機会をえた。そうした研究者に、ベラルーシのソスヌイ科学技術研究所(Joint Institute of Power and Nuclear Research)のミハイル・マルコ(Mikhail Malko)がいる(32)。しかし、専門家たちは一般的に、この新しい知見を自分たちの理解を深める代わりに、これらの新しい研究を「非科学的」と断定するために用いた。そのやり方とはこうだ。いわく、研究はきちんとした対照実験の結果なのではなくたんなる観察記録に過ぎない、西欧や米国・日本の科学的水準に満たない「東ヨーロッパ」のもので、神聖化されたヒロシマのデータと一致しないというのだ。放射線の専門家は、チェルノブイリ事故後に飛躍的に増加した甲状腺がんは、被曝による可能性があることを否定する。いわく、ヒロシマでは10年を経過してよりひどい症状が出たのに対し、チェルノブイリでは3年だけであると。疫学的研究は、放射能汚染と甲状腺がんとの関連を続々と明らかにしているにもかかわらず、放射線を専門とする彼らの説明による増加の原因は、スクリーニング技術の進歩や、治療のために子供に与えたヨウ素剤、あるいは殺虫剤だというものだ。2005年になってやっと、エリザベス・カーディス(Elizabeth Cardis)が率いる症例対照研究で、子どもにおける甲状腺がんと被曝との間に、被曝量に対応した関係性が、認められなければならない形で存在すると確認された(33)。

 チェルノブイリでは、精密な被曝線量に対応する計算を可能にする、整然とした実験室のような条件が揃うことはほとんどない。しかし強調すべきことは、ヒロシマもそうではなかった、ということだ。ヒロシマでは、被曝量の推定は、原爆投下後何年も経ってから当て推量で行われたのだ。加えて、新しい知見に基づいて何度も再計算されている。しかし、科学者たちは、ヒロシマの被曝量の不確実性をあまりにも安易に受け入れ、そして地球上のすべての生物に影響を与える政策策定にこのデータが使われることを容認してきた。その一方で、チェルノブイリを研究する条件が理想的なものではないという理由で、[チェルノブイリの]研究結果を無視したり間違っていると否定したり、自分たちが無価値だと否定しているデータよりも疑問点の多い[ヒロシマの]データに基づくモデルに依拠して、こうした新しい研究結果を考慮することもしないのだ。チェルノブイリの事例が明らかにすることは、「自然バックグラウンド放射線よりも被曝量がわずかでも多ければ、統計的に…被曝した個人やその子孫の健康に遅かれ早かれ影響を与える」ということだ。しかし、胎児へのエックス線照射と原子力施設労働者に関するスチュワート博士の発見と同じように、また原子炉周辺において[一定期間にガンが予想以上に発生する]ガン集団があることを明らかにした研究と同じように、チェルノブイリに関する研究においても、ヒロシマに関する研究に拠ればありえないことだから、これらの影響を生み出したものは放射線による被曝ではありえない、と否定された。独立した科学者ルディ・ヌスバウム(Rudi Nussbaum)が指摘したように、「放射線リスクに関する証拠と現在使われている前提との間に見られる不一致」、つまり、新たな知見と「被曝による健康影響について広く用いられている仮定」との間に見られるギャップは、科学的検証に耐えられないまでになった(34)。

 チェルノブイリは、フクシマがもたらす結果を予見するうえで、ヒロシマの例よりも優れている。しかし、そのことを主要メディアから知ることはできない。おそらく、次のような事実は、われわれがあえて知りたいと思うようなことではない。チェルノブイリ事故の放射性物質の57%は旧ソビエト連邦の国外に降下したこと、米国のオレゴン州までもが「しばらくの間」、雨水を飲料に用いないように警告されたこと、事故後の6年間で米国コネチカット州の甲状腺ガンが倍増したこと、英国では369の農場が事故後23年たっても汚染されたままの状態であること、汚染がひどいために食用には適さないイノシシ肉のためにドイツ政府は猟師に補償金を払っていること(35)、それも2009年の支払額が2007年の4倍になっていること。おそらく、「チェルノブイリによるガン数が、20世紀末以来人類に発生している『ガンの大流行』のもっとも根拠ある理由だ」という可能性を、われわれはあえて考慮したいとは思わないのだろう。

 「この情報[チェルノブイリについての知見]はなんとしても世界中で利用できるようにしなければならない」とヤブロコフらは主張する。しかし、彼が2011年3月15日にワシントンで開かれた記者会見で述べたように、この研究は「沈黙をもって」迎えられた(36)。主要メディアの沈黙は、チェルノブイリの健康被害に関する情報が広がることを抑えつけてしまった。これは、ソビエト政府による事故隠しのための情報統制、および第二次大戦時の連合国による、ヒロシマとナガサキにおける原爆の健康被害の秘匿と同様に強力なものだった。

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 「われわれは、この[フクシマの]事故とチェルノブイリの事故とを比較しようとするあらゆる筋書きを破棄する必要があり」、「そうしないと市場に悪影響を与えるかもしれない」。「この事故は、全世界の原子力産業を後退させる潜勢力を持っており…われわれは原子力が安全であることを本気になって示さなければならない」、つまり「事故は見た目ほどひどくはないのだ」。ここに引用した声明は、ガーディアン紙が入手した80以上のEメールの数例である。どれもが、公衆の目に触れることを意図して書かれたものではない。ガーディアン紙によると、「英国政府官僚は、原子力産業企業に接触して、事故2日後には福島原子力発電所事故の重大性を軽視させるために共同で広報戦略を練り上げようとした」。目的は、「フクシマの事故によって英国における新世代原発計画が頓挫しないようにする」ことであった(37)。

 フクシマの事故を報じる主要メディアの報道で顕著に目立つのは、チェルノブイリ事故との比較が欠落していることだ。この欠落は、6月に事故レベルがチェルノブイリ事故と同等の最高レベルの7に引き上げられてからも続いた。原子力エンジニアから内部告発者に転じ、事故直後から福島の状況を観察してきたアーノルド・ガンダーセン(Arnold Gundersen)が、今回の事故はチェルノブイリよりも実際には危険に満ちたものであると主張したときもそうであった。情報通で分別あるコメンテーターであり信頼感を抱かせる人物のガンダーセンは、ウクライナよりも人口密度が高い地域に、大気と海洋、陸地に放射性物質を放出している4つの損傷した原子炉があることを指摘して次のように述べた。「ここにはおそらく20基分の炉心がある、つまりチェルノブイリの20倍の放出量になる可能性がある(Fairewinds, 2011年6月16日)」。しかし、前掲の3月15日付けの被害対策記事と、ヘレン・カルディコットによる「東ヨーロッパの科学者による研究」へのわずかな言及(論説欄「フクシマ後:もうたくさんだ」2011年12月2日 )を除けば、タイムズ紙はチェルノブイリという言葉を出さなかった(カルディコットの論説でさえ、ヤブロコフ論文に名前を出して触れることはなかった)。チェルノブイリが作り出したものは、ヤブロコフらの研究が非常に明らかに論証しているのだが、報道するにはあまりにも危険すぎるのだ。というのも、報道してしまうと、原子力産業による安全や経済性の主張の根拠を掘り崩してしまうからだ。 

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 ニューヨーク・タイムズ紙は、日本の失敗や腐敗について十分報道してきた。同紙は、電力会社や政府官僚がメルトダウンは深刻ではないと主張するやり口や、電力会社と政府による隠蔽と彼らの無責任さを報道してきた(ノリミツ・オオニシとマーティン・ファクラー、「日本は原発データを秘匿し、避難者を危険にさらす」 2011年8月8日)。同記事は、電力産業と規制側との癒着を指摘した(ノリミツ・オオニシとケン・ベルソン、「損傷した原発へとつながる共謀の文化」 2011年4月27日)。市民の反原発運動に関する記事(オオニシとファクラー、「日本は長年にわたり原発リスクを無視・隠蔽してきた」 2011年5月17日;ケン・ベルソン、「何年もの無益な時間の後で、二人の意見が聞かれる」2011年8月19日)や政府ができなかったデータ収集をみずからの手で行った草の根運動に関する記事もある(ヒロコ・タブチ、「市民の測定で、東京周辺に20の放射線ホットスポットが見つかる」 2011年8月1日)。タブチ記者の記事は、「日本の主要メディアの従順さ」を手厳しく批判しており評価できるが、ニコラ・リスカティンが日本のマス・メディアについて「政府と東電の代弁者以上のものではない」(38)とする批判と比べたら、自身の言う「従順さ」を脱していない。原子炉を鎮火させるために派遣された労働者や原子炉近くに住む人々に焦点を当てた、読者の関心を引くような話が、他の主要メディアと同じくタイムズ紙にもあふれている。その中の一つ、ファクラー(Fackler)とマシュー・ウォルド(Matthew Wald)記者による 「損傷間際の日本の原発のせいで宙ぶらりんになった生活」(2011年5月2日)は、「長期にわたる低線量被曝がもたらす健康への影響について確固たるデータが欠如していること」に言及した。この「欠如」とは、すでに読者が見てきたように、低線量被曝に関する証拠の無視が、メディアでは風土病のようになっていたために不動のものになったのだ。

 タイムズ紙の報道のなかには称賛に値する記事があるけれども、標的としているのは日本人の不手際と腐敗であって、[米国から見て]こちら側で起きていることと対照的な意味での「あちら」で起きていることなのだ。しかし、こちら側の内輪の恥は晒されてもいないし、報道の中で言及されることもない。自国のことよりも日本の緩みきった規制体制や透明性の欠如を批判する方がずっと容易なのだ。「こちら側」の米国に目を向ければ、狡猾で目立たない原子力関連のロビー活動とロビイストたちの活動や米国政府とメディアとが原子力産業と取り結ぶ共犯関係がある。

 オオニシ記者による優れた暴露記事「安全神話は日本が核危機へ突き進む下地を作っていた」(2011年6月25日)も、日本に厳しく自国に甘いという路線に沿ったコメントを生み出す。彼は、東電と経済産業省が日本人に原子力が安全であると納得させるために仕組んだ「巧妙な宣伝戦術」を調査する。数億ドルもの資金が原子力への支持をかき集めるために費やされた。記事によれば「数十年にわたって、日本の原子力政策の指導層は、原子力の安全とその必要性を日本人に信じ込ませるために莫大な資源を費やしてきた。電力会社は、観光客のお目当てになるファンタジーで一杯の広報施設を、金に糸目をつけずに建設した」のだ。このような施設の一つでは、「[不思議の国の]アリスが原子力の不思議を発見し、「芋虫」が放射能の安全性をアリスに保証し、チェシャー猫がエネルギー源について学ぶアリスの手助けをする」。

 [米国人の]独りよがりにならないように、ウォルト・デズニーが本と映画で「友好的な原子力」を宣伝した「Our Friend the Atom(わが友、原子力)」を思い出しておこう。これは、([核戦争勃発時に備え]机の下にうずくまって隠れる訓練をしていないときに)数百万の児童が読んだり観たりしたのだ。

 オオニシ記者が日本で起きていると報道したものは、米国でも起きている。おそらくオオニシ記者はこのことを暗に思いこさせたかったのだろう。米国でも、強力な意識操作が行われ、数億ドルを費やして「核の平和利用」や「電気メーターで計る必要もないほど安価な」新エネルギーとして宣伝された(もちろん「安価」でも何でもない。巨額の連邦政府補助金が支出されたし、それは今でも同じだ)。このプロパガンダ体制は、1982年に公刊された研究「原子力広報:アメリカでの原子力技術の普及」に紹介されている。この研究によると、「1950年代半ばから、AECは核の平和利用を宣伝するために大規模な広報作戦を開始した」。この作戦のために、「映画やパンフレット、テレビ、ラジオ、原子力科学博覧会、講演会、移動展示、教室での実演など、多種多様な広報テクニックを利用した」(AECが移動展示したものには、「無限の動力(Power Unlimited)」、「大局的視点から見た放射線降下物(Fallout in Perspective)」、「役立つ原子(The Useful Atom)」がある)(39)。

 「原子力エネルギー情報に関する文献がセットになって数百万部も、小学校や中等学校、大学の児童、生徒、学生に配布された」。ウェスティングハウスやGEのような原子炉製造企業の広報部門も、地域にやってくる原子力施設を住民が受け入れるように、そして一般公衆に新しい技術を教え込むために動員された。こうした企業と主要メディアとの関係は、これ以上はないというほど直接的なものだった。カール・グロスマンが指摘するように「ウェスティングハウスはCBSを多年にわたって所有しており、GEはNBCを所有している」のだ(40)。同じこの広報組織が、ここ数十年、チェルノブイリの灰から「原子力ルネサンス」の呪文を唱えて呼び起こし、原子力を「クリーン、グリーン、安全」と売り込むことに勤しんでいる。

 フクシマに関するタイムズ紙の報道は、この現在進行形の大惨事によって、主要メディアのなかにも、原子力について誰もが参加できる議論の空間が開けるかもしれないという希望をもたせる。しかし、これほど多くの基本的な事実が隠蔽されたままなのに、この議論はどこまで本物だろうか。チェルノブイリ事故とドイツの原子炉に関する研究が無視されている。ヤブロコフらの研究を学ぶことはおろか、その存在を知るだけでも、主要メディア以外のメディアに依存しなければならない(41)。また、アレクサンダー・コクバーン(Alexander Cockburn)が報告したように、オバマ大統領は原子力産業から潤沢な選挙資金を得ている(このことは、彼が熱心に原発を支持する理由を明らかにするかもしれない)。こういった状況で、議論がどれほどオープンなものになりうるのか、疑わしいものだ。さらに、原子力産業の存在を可能にしているABCCと放影研による放射線リスク評価を放置したままで、この問題についての議論は本当に開かれたものになるだろうか。ヤブロコフらの研究やドイツの原子炉に関する研究を真剣に考察すれば、われわれがこれまで見てきたように、ABCCと放影研のリスク評価が「歪んで」おり役立たずだということが明らかになるだろう。しかし、このような見直しをする代わりに、タイムズ紙は放影研の専門家を、原子力産業の被害を小さくするために紙上に呼び出すのだ。そのため、放影研による「放射線リスクは心配ない」という保証は、全世界で通用する放射線に関する安全基準の基礎として、疑問に付されないままだ。

 米国のメディアとドイツのメディアの対応とを比べてみよう。ドイツ主要紙の見出しは次の通り――「フクシマの事故は原子力時代の終わりを画した」(シュピーゲル紙、2011年3月14日)、「ドイツはもう原子力が安全だと誤魔化すことはできない――もう終ったのだ。以上。終了。」(同紙、2011年3月14日)。フクシマの事故はシュピーゲル紙にとって、原子力を終わらせることを要求する叫び声に似た警告である。それに対して、タイムズ紙にとっては、原子力発電所の建設をすべて中止するよりも、もっと効率的に原子炉を建設しもっと注意深く規制すべきだという警告なのだ(社説「フクシマの後で」 2011年6月23日)。ラルフ・マーティン(Ralph Martin)によると、フクシマの事故から数か月後、「事故が展開するにつれて、シュピーゲル紙でもっとも人気のある記事は、『放射性プルーム』が刻々と広がってゆく様子を示した電子地図であった」(42)。「ドイツの有権者は、原子力問題をまず考えるべき課題とした――つまりフクシマの事故を自分たちの問題として考えたのだ」。それに対して「米国メディアの反応は…より広範な社会的波及効果もまったく顧みず、この一連の出来事を」われわれ米国民に何の関係もない「ただの一つのニュースのようにみなしている」。そして何事もなかったかのように原子力発電は継続する。マシュー・ウォルド(Matthew Wald)記者による2011年8月9日の記事の見出しは、「アラバマ州の原子力発電所は、すでに建設が始まっており、竣工を待つ」。「電力会社2社は、原子力発電所建設の認可を受けた」(同記者、2011年12月23日)(どちらの記事も別に長くもないし目立つわけでもない。それに、第一面を飾るものでもなかった)。

 シュピーゲル紙が報道し続けた放射性プルームについて米国の主要メディアはほとんどまったく報道しなかった。ほんのわずかに言及した例外もあるが、それは「健康被害はない」、とサラリと片付けられてしまった。(Board、前掲記事)。それも、フクシマ原発が放出した世界規模の放射性降下物がインターネット上で盛んに議論されていた時にもかかわらずだ。ガンダーセンが引用する証拠によれば(43)、事故直後の放出――その量は当初日本政府が発表した放出量の2倍であることが明らかになったのだが――は、セシウムやストロンチウム、ウラン、プルトニウム、コバルト60の「ホット・パーティクル(高放射能粒子)」を含んでいた。これらは自動車エンジンのフィルターから見つかっており、エアフィルターから検出されたものに基づくと、4月、東京では一日一人当たり10個、そしてシアトルでは5個のホット・パーティクルを吸い込んでいた。

*******

 心配することなどないのだ。「放射線の影響は、じつはニコニコ笑っている人には来ません。クヨクヨしている人に来ます」。こう講演で述べた山下俊一博士は、福島県放射線健康リスクアドバイザーとして、福島県民に放射線がおよぼす影響を調査する責任者に任命された(44)。彼は、日本政府によって長崎大学から派遣されたのだが、長崎大学時代は、原子爆弾の生存者の長期に渡る研究によって崇拝されていた放影研における研究に参加していた。公衆の懸念に応え、誤解を正すとの使命を与えられ、山下博士は、福島県民を集めて次のような言葉で奮い立たせる。いわく、「これからフクシマという名前は世界中に知れ渡ります。フクシマ、フクシマ、何でもフクシマ。これぇ、すごいですよ。もうヒロシマ、ナガサキは負けた。フクシマという名前の方が世界に冠たる響きをもちます。ピンチはチャンス、最大のチャンス。何もしないで、フクシマ有名になっちゃったぞ」。

 私たちは、本当に有能な方々にお世話になっている。


ゲイル・グリーン
スクリップス大学(Scripps College)英文学教授。著書に、The Woman Who Knew Too Much: Alice Stewart and the Secrets of Radiation(『知りすぎた女:アリス・スチュワートと放射能の秘密』)がある。これは、新しい研究分野を切り拓いた英国の放射線疫学者であり反核運動の指導者であったアリス・スチュワートの伝記である。また論文として、“Alice Stewart and Richard Doll: Reputation and the Shaping of Scientific Truth(アリス・スチュワートとリチャード・ドール:名声と科学的真実の形成)” Perspectives in Biology and Medicine(2011年・秋), 504-31がある。彼女の研究は、Sings, Contemporary Literature, Renaissance Dramaなどの学術雑誌に発表されている。また、Ms誌やThe Nation, The Women’s Review of Books, In These Times などの大衆向けの雑誌にも寄稿している。アドレスは、gaylegreene@earthlink.net

 Recommended Citation: Gayle Greene, 'Science with a Skew: The Nuclear Power Industry After Chernobyl and Fukushima,' The Asia-Pacific Journal Vol 10, Issue 1 No 3, January 2, 2012.


参考文献
(1) Yablokov, Alexey et al. 2009. Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment. Annals of the New York Academy of Sciences 1181, link

(2) “The Greening of Nuclear Power,” NYT editorial, May 13, 2006

(3) 2010-2011 World Nuclear Industry Status Report, Worldwatch Institute, link

(4) George Monbiot “Prescription for Survival: A Debate on the Future of Nuclear Energy,” Amy Goodman, March 30, 2011, Links 1, 2, 3

(5) “Ah, but the Americans….”: Daniel Land, “A reporter at large,” New Yorker, June 8, 1946, quotes Tzuzuki; in Robert J. Lifton and Greg Mitchell, Hiroshima in America: A Half Century of Denial, 1995, 53

(6) Rosalie Bertell, No Immediate Danger, 143-4; また、Shoji Sawada, “Cover-up of the effects of internal exposure by residual radiation from the atomic bombing of Hiroshima and Nagasaki,” Medicine, Conflict and Survival, 2007, 23, 1, 58-74, p. 61: 「マンハッタン計画調査委員会のT.ファレル准将は…(1945年9月)の時点で、広島と長崎では致死的な病気にかかった者は既に全員が死亡し、原爆放射能に苦しんでいる者はいなかったと語った。」ファレル准将の正確な文言は次の通り:「広島と長崎で、現在、(1945年)9月の始めに、死ぬ可能性の高い人は既に死亡し、原爆放射能に苦しんでいる人はいない。」

(7) Catherine Caulfield, Multiple Exposures: Chronicles of the Radiation Age, U of Chicago Press, 1989, 62-3

(8) Jay Lifton and Greg Mitchell, Hiroshima in America: A Half Century of Denial, Avon, 1995, 4-5; Monica Braw, The Atomic Bomb Suppressed, 119-23

(9) Wilfred Burchett, Shadows of Hiroshima, London, 1983; また、 Sue Rabbit Roff, Hotspots: The Legacy of Hiroshima and Nagasaki, Cassell, 1995, 271, and Lifton and Mitchell, 46-9

(10) Caulfield, 62-4

(11) Brian Jacobs, “The politics of radiation: When public health and the nuclear industry collide,” Greenpeace, July-Aug 1986,7

(12) Caulfield, 120

(13) Susan Lindee Suffering Made Real: American Science and the Survivors of Hiroshima U of Chicago Press, 1994, 107

(14) Beverly Ann Deepe Keever News Zero: The New York Times and the Bomb, Common Courage Press, 2004, p. 16; 1-3

(15) Shoji Sawada, “Cover-up of the effects of internal exposure by residual radiation from the atomic bombing of Hiroshima and Nagasaki,” Medicine, Conflict and Survival, Jan-March 2007, 23, 1, 58-74

(16) スチュワート博士の言葉は 筆者自身の著作による伝記による。Gayle Greene, The Woman Who Knew Too Much: Alice Stewart and the Secrets of Radiation, 1999, 143

(17) Shimizu, Y, et al. 1992. Studies of the morality of A-bomb survivors. Radiat Res 130: 249-266. 1574582

(18) Link

(19) Ian Fairlie, “New evidence of childhood leukeaemias near nuclear power stations,” Medicine, Conflict and Survival, 24, 3, July-Sept 2008, 219-227.ガン患者集団のより詳細な議論と、それを無視する研究はThe Woman Who Knew Too Muchの第13章を参照。

(20) Wing, S., D. Richardson, A.M. Stewart. “The relevance of occupational epidemiology to radiatioNPRotection standards,” New Solutions, 1999, 9, 2: 133-51

(21) Claudia Spix et al, “Case-control study on childhood cancer in the vicinity of nuclear power plants in Germany 1980-2003,” European J of Cancer 44, 2008, 275-84

(22) BfS. Unanimous statement by the expert group commissioned by the Bundesamt fur Strahlenschutz on the KiKK Study. German Federal Office for RadiatioNPRotection. Berlin, Germany; 2007. Link

(23) Ian Fairlie, “The risks of nuclear energy are not exaggerated,” The Guardian, Jan 20, 2010, link

(24) Fairlie, “Childhood cancer near German nuclear power stations,” J of Environ Science and Health Part C, 28:1-21, 2010, 1-21; また、 Rudi Nussbaum, “Childhood leukemia and cancers near German nuclear reactors,” Int J Occup Environ Health, 2009, 15, 318-23

(25) Shoji Sawada, “Cover-up of the effects of internal exposure by residual radiation from the atomic bombing of Hiroshima and Nagasaki,” Medicine, Conflict and Survival, Jan-March 2007, 23, 1, 58-74

(26) “Unsafe at Any Dose,” Op Ed, New York Times, April 30, 2011

(27) Ian Fairlie, “Infant leukaemias near nuclear power stations,” CND Briefing, Jan 2010

(28) Sarah Bosley, “UK nuclear power plants cleared of causing leukemia: Government’s advisory committee says it is time to look elsewhere for causes of leukemia clusters,” Guardian, May 6, 2011

(29) 簡単なネット検索により判明: Link 1; link 2. また、 Helen Caldicott, Nuclear Power is Not the Answer, New Press, 2007; Rudi Nussbaum, “Clinging to the nuclear option,” Counterpunch, May 30 2011

(30) The Other Report on Chernobyl, Ian Fairlie and David Sumner, 2006. MEP Greens/EFA, Berlin, Brussels, Kiev; and Greenpeace. 2006. The Chernobyl Catastrophe: Consequences on Human Health, Amsterdam, the Netherlands, link

(31) Yablokov, Alexey et al. 2009. Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment. Annals of the New York Academy of Sciences 1181, link

(32) Mikhail Malko MV. 1998 “The Chernobyl accident: The Crisis in the International Radiation Community,” Research Activities about the Radiobiological Consequences of the Chernobyl NPT Accident KURR-KR-21, link

(33) Elisabeth Cardis et al. 2005. “Risk of thyroid cancer after exposure to 131-I in childhood,” Journal of National Cancer Institute 97: 724-734

(34) Rudi Nussbaum, “Childhood malignancies near German nuclear reactors” International Journal of Occupational and Environmental Health, 2009 (15) 3: 318-23。次の論文も参照せよ。Ian Fairlie, “Childhood cancer near German nuclear power stations” Journal of Environmental Science and Health Part C, 28: 1-21, 2010, 1-21.

(35) Charles Hawley, “A quarter century after Chernobyl: Radioactive boar on the rise in Germany,” Der Spiegel, July 30, 2010, link

(36) Link 1, 2

(37) Rob Edwards, “Revealed: British government’s plan to play down Fukushima,” Guardian, June 30, 2011. Link (“Read the emails here” has been blocked.) 次の記事も参照せよ。Also, John Vidal, “Fukushima spin was Orwellian,” Guardian, July 11, 2011, link

(38) “New Media and anti-nuclear activism in Japan, Asia-Pacific Journal, Nov 21, 2011

(39) Stephen Hilgartner, Richard Bell, Rory O’Connor, Nukespeak: The Selling of Nuclear Technology in America, Sierra Club Books, 1982, pp.74-6

(40) “Downplaying deadly dangers in Japan and at home, after Fukushima, media still buying media spin,” Extra! The Magazine of FAIR, the Media Watch Group, May 2011. メディアによる偏った報道に関するグロスマンの論文は読むに値する。Karlgrossman.blogspot.com

(41) “In the midst of Fukushima,” Counterpunch, March 18-20, 2011

(42) Ralph Martin, “When Japan sneezes, Germany catches a cold,” The European, April 29, 2011, link

(43) Gundersen, “Scientist Marco KaltofeNPResents data confirming hot particles,” Fairwinds, Oct 31, 2011, link

(44) Dr. Yamashita Shunichi, Democracy Now, June 10, 2011, link; from a lecture, Fukushima City, March 21, Links 1, 2

1 comment:

Anonymous said...

すばらしい資料を翻訳していただき、ありがとうございます。
日本の学者の多くが、チェルノブイリ研究に対する政治の影響に気づいていない(あるいはあえて知らないふりをしている)のが、福島の安全神話の流布につながっていると思います。