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Sunday, February 26, 2012

田中利幸「私たちは原発の動力源を忘れていないか?」ウラン問題再考 Yuki Tanaka: Uranium, the source of all nuclear problems - a critical overview of Australian Uranium mining and export

当サイトにも度々登場いただいている広島市立大学平和研究所教授、田中利幸さん(プロフィールはこの投稿の末尾)の最新の論考を掲載します。
・・・福島原発事故という、チェルノブイリ事故と並ぶ史上最悪の原発事故は、かくして、オーストラリアのウラン採掘・輸出にブレーキをかけるどころか、代替市場を求めてがむしゃらに採掘・輸出を推進させるという逆説的な結果を産み出している。

・・・私たちは、現在、福島第1原発から放出され続けている放射能の問題との対応に追われる毎日である。確かに、この問題はひじょうに重大であり、国内での反原発運動をさらに強め拡大させていく必要がある。しかし、その一方で、原発の動力源であり、原発問題の根源とも言えるウランの問題が、以上説明したような極めて憂慮すべき状況にあることにも目を向け、グローバルな観点から、広義の意味での「反核」市民運動を、私たちはいかに展開していくべきかについても真剣に考えなければならない状況にある。 (本文より)
福島をはじめ世の中の核被害の大元であるウラン採掘問題を掘り下げることなしに核問題は語れず、自分を住むカナダを始めとしたウラン産出国の市民は自国のみならず世界において核被害に加担していることを自覚し行動すべきであるとの思いを新たにしました。

田中氏は3月後半、カナダ・バンクーバーに滞在し、ブリティッシュコロンビア大学で21日に講演(21日)するほか、ピース・フィロソフィー・センター、バンクーバー九条の会主催で日本語講演(19日)も企画します。後日案内します。@PeacePhilosophy


ウラン問題再考 — 私たちは原発の動力源について忘れてはいないか? 豪州ウラン採掘・輸出政策の批判的検討を手がかりに —

田中利幸(広島平和研究所・教授)

はじめに

原発を運転するにも核兵器を製造するにも、天然ウランを精錬してできる粉末、いわゆる「イエロー・ケーキ」がなければ不可能である。

一方、現在、日本では「脱原発」という嵐が日本全国を吹き捲くっている。その嵐の目となっているのが、福島第1原発から絶え間なく放出され続けている「高レベル放射能」である。とくに、文科省が出した20ミリシーベルトという「安全基準」への激烈な批難、「安全神話」を作り出し原発推進政策をがむしゃらに進めてきた「霞ヶ関」の官僚と政治家、それに連なる学者、企業やマスメディアなどで構成されている「原子力ムラ」への痛烈な批判。こうした市民の深い怒りが、この嵐の力を衰えさせずに持続させている。かくして、これまで原発問題にほとんど無関心であった多くの市民が怒り立ち上がっていること、そのこと自体は極めて歓迎すべき状況変化である。

ところが、原発問題の最も根源的なウラン採掘問題について、日本のメディアも市民もほとんど無関心であり、あたかも原発はウラン無しで運転されているかのような意識の下で「脱原発」運動がすすめられている。

本稿では、したがって、我々日本の市民が長年にわたって原発で発電された電気の恩恵を受けてきた陰で、ウランの採掘・輸出をめぐって、ウランの最大生産国の一つであるオーストラリアでは、これまで何が起き、これから何が起きようとしているのかを検討してみたい。

オーストラリアウラン鉱マップ


オーストラリアにおけるウラン採掘・輸出の歴史的背景

オーストラリアのウラン推定埋蔵量は、世界推定埋蔵量の23%(38%という説もある)であると言われおり、世界一の埋蔵量を誇っている。これは、カザクスタンの15%、ロシア、南アフリカ、カナダ、米国、ブラジル、ナミビアの合計37%をはるかに超える量である。輸出量としては、現在は、カナダ、カザクスタンについで3番目。2010〜11年には7千トンの濃縮ウランを生産した。

オーストラリアが本格的なウラン採掘を開始したのは、核兵器製造のためのウラン発掘の要請を米英両政府から受け、1944年から探鉱を始めたのがその契機であった。1949年、北部特別州のラム・ジャングルで最初の鉱床を発見し、1954年から採掘を開始。1953年にはサウス・アリゲーター・リヴァー(北部特別州)、1954年にはメアリー・キャサリン(クイーンズランド州)、1956年には ウエスト・モアランド(クイーンズランド州)でも鉱床を発見。 同じく1954年からラジウム・ヒル (南オーストラリア州)でも採掘を開始。採掘されたウランは米英合同開発機構(ウラン獲得のために米英が共同で立ち上げた公的機関)と英国原子力エネルギー局に売却された。

なお、1952年〜57年の間、英国はオーストラリアのモンテ・ベロ島、イミュー、マラリンガなどで核実験を実施。採掘したウランが核兵器となってオーストラリアに戻ってくるという「ブーメラン現象」を起こし、その結果、アボリジニ住民と実験に参加した豪英両軍兵士に多くの被爆者を出した。1990年代末に、マラリンガ実験場跡地の汚染除去作業を、1億豪ドルを使い3年がかりで行ったが、どこまで放射能汚染除去ができたかは極めて疑問である。

ラム・ジャングルでの採掘開始にあたり、メンジス首相は「恐るべき核兵器ではあるが、自由世界圏を防衛するためにはウラン採掘は必要悪であり、そのためにオーストラリアはウラン供給でおおいに貢献する」という主旨のメッセージを発表し、米英の核兵器生産に全面的に協力する態度を表明した。しかしながら、1960年代に入るとウラン供給量が過剰となったため、ラム・ジャングル(1971年閉山)を除いて、他の全て鉱山は1964年までに一時閉山された。

ところが、1960年代末から70年代初期にかけて原子力発電用のためのウラン需要が増え出し、オーストラリアは再びウラン採掘を再開した。とりわけ、1973年のOPECの石油減産による石油危機のため、原発建設に動き出す国が増え、ウラン需要が増大したことがその主たる理由である。その結果、1970年代末までに、全国で60カ所近いウラン鉱床の所在が確認された。

いわば「第2次ウラン採掘ブーム」のこの時期に、大きな埋蔵量を持つ北部特別州での鉱山が複数発見された — それらは、レインジャー(1969年)、ナバレク とクーンガラ (1970年)、ジャビルカ (1971年)である。その上に、メアリー・キャサリンでの採掘が1976年に再開された。1970年8月から72年11月の間に海外への6売却の契約が結ばれ、74年から83年の間には10売却契約が成立したが、その契約先のほとんどが日本であった。この時期、日本は、田中角栄政権(72年7月〜74年12月)が作り出した「電源三法交付金」の下、がむしゃらに原発推進に乗り出した時であった。

1968年7月にNPT(核不拡散条約)が成立し、米英露の他59カ国がこの条約に署名した。ところが、オーストラリア政府は、「平和利用」のためのウラン輸出がこの条約によって妨げられるのではないかという懸念から署名に躊躇。70年2月に署名はしたものの、批准をしないままの状態がその後2年ほど続いた。ありあまる自国のウランを使って、オーストラリアも核兵器保有国になりたいというのが当時のゴードン首相の念願であったため条約批准に消極的であった、という説を唱える評論家もいるが、真意のほどは明らかではない。いずれにせよ、米英がオーストラリアの核兵器製造・保有を黙認するはずはなかった。

1972年末の総選挙で労働党が保守の自由党に勝利し、ゴフ・ウィトラム政権が成立するや、翌73年1月にNPTをすみやかに批准し、74年には、IAEA(国際原子力機関)の国際保障措置にも署名した。ウィトラム政権は、兵役や死刑制度の廃止、大学教育の無料化、健康保険制度の確立など様々な進歩的な政策を次々と導入した。ところが、ウラン問題に関しては、あくまでも「原子力平和利用」推進の立場で、原子力エネルギー産業開発政策をとり、とりわけ付加価値の多いウラン濃縮技術の開発の推進、すなわちウランを「イエロー・ケーキ」の形で輸出することを目指した。前述したように、1975年以降はウラン需要がとりわけ高まり、日本、イラン、イタリア、EECへの輸出が急増したのである。

しかし、この時期、ウィトラム政権が導入した他の政策や当時の核をめぐる状況が、オーストラリアのウラン採掘・輸出推進を、一時的にではあるが、減速させたことも確かである。とりわけ、次の3つの要因が、その減速には働いていた。

A. アボリジニ土地所有権の承認
「アボリジニの伝統的土地所有権の承認」という選挙公約に基づき、ウィトラム政府は1973年2月に、この問題を取り扱うウッドワード調査委員会を設置した。1974年4月にこの調査委員会の最終報告書が提出され、全てのアボリジニ特別保護区の土地、さらには空地の公有地で伝統的継承地と見なされる土地をアボリジニに返還することと、それらの土地における鉱物資源採掘に対するアボリジニの許可の必要性が主張された。最終的に、76年に、次期政権であるマルカム・フレイザー政権の下で、アボリジニ土地所有権法が成立した。この法律によってウラン採掘が以前ほど容易ではなくなったが、しかし、ウラン採掘を完全に停止させるまでの影響力をこの法律は有していないのが現実である。なぜなら、土地権や環境保護に関する法制からの「例外規定」として、「開発承認」という項目が設けられているからである。

B. カカドゥー国立公園の設置
オーストラリアでは、北部特別州の「カカドゥー」と呼ばれる自然豊かで広大なアリゲーター河川地域一帯の国立公園化は、1960年代半ばから提唱され始めていた。75年の野生生物保護法の成立により、79年に「カカドゥー国立公園」が正式に設置されるに至った。国立公園設置前に採掘され始めたジャブリカ、 レインジャー、 クーンガラのウラン鉱山は国立公園内にあるが、これらのウラン鉱山は国立公園指定地域から除外され、引き続き採掘が許可された。(ちなみに、「カカドゥー国立公園」は、1981年には世界遺産に登録されたが、98年に、「ウラン鉱山が自然環境を著しく破壊しつつある」として、UNESCOは「危機状況にある世界遺産」 として登録するか否かについて議論する会議を3回にわたって開催した。最終的にこの案は否決されたが、環境破壊の事態について「深く憂慮する」という主旨の声明を出した。)したがって、自然環境保護という観点から、70年代半ばは、国立公園内でのウラン採掘に反対する市民の意見が高まった時期でもあった。

C. 高まる反核実験運動
70年代初期はまた、フランスの南太平洋ムルラワ環礁における大気圏内核実験が、オーストラリア国内おける反核・自然保護運動を盛り上げる結果となった。70年代半ばにはウラン採掘反対団体、核エネルギーに反対するキャンペーン、地球の友、 オーストラリア自然保護協会などのNGOが次々と誕生し、反核実験、反ウラン採掘運動を全国で展開。採掘中のウラン鉱山のみならず、ラム・ジャングル のような閉山となったウラン採掘場から流れ出る放射能汚染も問題視されるようになった。こうした運動に、原子力科学者リチャード・テンプル、ロブ・ロボサム 、詩人のドロシー・グリーン、 作家ジュディス・ライト、 ノーベル文学賞受賞者パトリック・ホワイトといった著名人が加わった。こうした市民運動が、労働党のウラン政策に大きな影響を与えることとなった。

強まる市民運動のため、ウィトラム政権は、最大級のウラン鉱山、レインジャー鉱山における採掘・輸出ならびに環境問題に関するラッセル・フォックス判事を委員長とする調査委員会、いわゆるフォックス調査会を1975年7月に設置。輸出問題を議論した最初の報告書が、76年10月に発表された。この報告書が、最近まで続いてきたオーストラリアのウラン採掘・輸出政策の基礎を提供した。

この報告書が出される前に、ウィトラム政権は崩壊し、フレイザー保守政権が成立。新しく首相となったフレイザーは、報告書が出る前からウラン採掘・輸出支持を表明する一方で、副首相で国家資源担当大臣であったダグ・アンソニーが、報告書が出るまで結論は出せないと発表。トップの閣僚2人の意見が異なるという異例の事態となった。報告書の内容は、「平和利用」目的で売却するウランが軍事用に転用される危険性が極めて高いことを懸念しながらも(「既存の安全手段は単に幻想的な防御にとどまっているかもしれない」とまで述べているにもかかわらず)、NPT加盟国の中でウラン購入を希望する国家を注意深く選択し(つまり共産圏国家を除外するという意味)、2国間の協定でさらに軍事転用をしないという約束を取り付けた上で売却すべきであるという結論であった。翌年に出された、環境問題とアボリジニ土地所有権問題を取り扱った第2回報告書も、結果的にはウラン採掘を止めるような内容のものにはならなかった。

このフォックス調査会報告書に基づいて、1980年からウラン輸出が本格化し、オーストラリアは、日本、韓国、フィリッピン、英国、フィンランド、カナダ、スウェーデン、フランス、EUならびに米国と、ウラン使用に関して軍事転用しないという2国間保障協定を結んだ。しかしながら、軍事転用されていないという事実をオーストラリアが確認できる方法は全くないのが実情である。

一方、当時野党であった労働党は、1977年7月の党大会で「ウラン採掘一時停止政策」を打ち出し、政権を獲得した暁には、保守政権が結んだ全てのウラン鉱山採掘・輸出契約を一旦破棄すると発表。しかし83年に政権を奪還すると、84年の党大会でボブ・ホーク政権は「三鉱山(限定)政策」を採用し、北部特別州のレインジャー、ナバレクと南オーストラリアのオリンピック・ダムの三鉱山での採掘と輸出のみを許可するという、鉱山産業界との妥協策を打ち出した。

1996年3月、保守が再び政権に返り咲き、ジョン・ハワード政権になると、「三鉱山政策」を事実上破棄し、2001年には、南オーストラリア州のビヴァリー 鉱山での採掘開始を許可。同じく南オーストラリア州のハネムーン、北部特別州のジャブリカ、西オーストラリア州のイーリリーの各鉱山での採掘を開始させようとしたが、後述するような政治制度的問題やアボリジニ・グループからの反対にあって計画が一時うまく進まない状況に直面した。しかしハワード政権は、「世界温暖化問題」に取り組む方法として原子力利用をおおいに宣伝し、自国での原子力発電の導入まで提唱するようになった。2006年末、下院の工業・資源問題常任委員会は原子力を強く推進する内容の報告書を発表し、同じく、2006年には中国、2007年にはロシアへのウラン輸出を許可した。さらに、ハワード首相は、NPT加盟国でないインドへの輸出も許可されるべきとも主張しはじめた。彼はまた、「オーストラリアは21世紀の世界的規模でのエネルギー超大国になる」と豪語。さらには、北部特別州のマカティー・ステーションと呼ばれるアボリジニ所有地を放射性廃棄物の貯蔵場所にする案まで提案。こうしたハワード政権の態度が、国内の反核運動組織を刺激してかなり強い反原発導入運動を引き起こし、その結果、原発導入のアイデアはすぐにたち切れとなった。ウランを大量に輸出するオーストラリアには、原発は1基もないという、皮肉な状況となっている。ウラン輸出で利益を上げることには努めるが、金のかかる不経済な原発には手を出さない、というのがオーストラリア歴代政権の政策なのである。

2007年末の総選挙でハワード政権が終焉し、労働党ラッド政権が成立した。この労働党新政権は原子力発電導入には引き続き反対するも、選挙直前には労働党の伝統的な政策であった「三鉱山政策」を破棄して、基本的にはハワード政権の制限無しのウラン採掘・輸出政策をそのまま継承することとなり、放射性物質のマカティー・ステーションでの廃棄計画も引き続き検討中である。2009年には南オーストラリア州のフォー・マイル鉱山でのウラン採掘を許可し、その際、当時環境大臣であったピーター・ガレットが「環境に影響なし」というお墨付きを与えて、最終的なゴーサインを与えた。ガレットは、1970年〜80年代には、有名なロックバンド「ミッドナイト・オイル」のリード・シンガーで、反核・反ウラン採掘キャンペイーナーとして全国に知られた人物である。1980年代には核軍縮党(1984年結党、2009年廃党)の結成党員の一人となり、1989〜93年、1998〜2004年にはオーストラリア自然保護協会の会長まで務め、長年にわたってウラン採掘反対を唱えてきた人物である。その彼が、閣僚となるや一変して、「政府が決めたことには反対できない」と主張し、反核・反ウラン採掘運動家たちから顰蹙を買った。

2010年に労働党党首がラッドからジュリア・ギラードに変わり、ギラードがオーストラリア初の女性首相の座に着くと、労働党の政策はますます保守化。2011年末12月4日の党大会で、ギラードは、共産国である中国へのウラン輸出が許可されていながら、NPT批准国ではないといえ、民間利用のためにインドへのウラン輸出が許可されていないのは「非合理」と主張。米国も2008年にはインドと商業原子力技術の支援協定を結んでいるので、インドへのウラン輸出を解禁すべきであると、政策転換の容認を要望した。(インドは今後20年間に原発を30基増やす予定で、したがって大口のウラン購入国となる予定。)これに対し、フォー・マイル鉱山では環境大臣として採掘許可をおろしたガレット(現在は学校教育・若年/青年問題担当大臣)が、強く反対。投票の結果、206票対185票でインドへのウラン輸出許可案が承認されてしまった。かくして、ウラン軍事転用防止という点では極めて不備な、長年維持されてきたフォックス調査会報告書の基本政策ですら、労働党自らの手で廃棄されてしまい、今やオーストトラリアは、購入希望があれば、(米国が敵視しているイランや北朝鮮は別として)どこの国にもウランを売り渡すという無節操な国となってしまった。その結果、オーストラリア各地にあるウラン鉱床に、国内外の資源開発会社が群がりつつあるというのが現状である。

福島原発事故で日本の原発産業に急ブレーキがかかりつつあるため、オーストラリアは他のウラン大口市場を求めてインドや中国への輸出拡大にやっきになっているのである。日本の原発産業が、ヨルダン、ベトナム、インドなどへの技術販売にやっきになっているのも、福島原発事故で国内での事業拡大が望めなくなったからである。かくして福島原発事故は、様々な形で、ネガティブな影響を海外にもたらしつつある。

ギラードは2011年4月下旬、英国皇太子ウイリアム王子の結婚式に出席するために英国に向かう途中で日本に立ち寄った。日本滞在中はほとんど福島原発問題には触れず、電力エネルギーで困っている日本には、オーストラリアはもっと石炭を輸出する用意があると、親切にも申し出た。彼女の宮城県南三陸訪問は、外国の首脳としては被災地を最初に訪問した人物として報道され、地元の人たちに喜ばれたことは、なんとも皮肉である。

ウラン採掘・輸出をめぐって今何が起きているのか

ウラン採掘の最終決定権は各州政府にあるが、北部特別州の場合は「特別領域」であり正式な「州」ではないため、最終決定権は連邦政府にある。そのため、例えば、現在問題になっているアリス・スプリングの北に位置するアンジェラ・パメラ鉱床の開発には、労働党州政府は反対しているが、労働党政権の連邦政府が北部特別州政府の決定を覆す可能性が高い。アリス・スプリングからわずか25キロしか離れていないので、市の住民の飲料水である地下水を汚染する危険性が極めて高いと言われている。カナダの大手資源開発会社カメコがオーストラリアのウラン開発企業パラディン・エネルギー社との共同出資でこの鉱床の採掘を狙っている。中国国営原子力公社もアンジェラ・パメラ鉱床には強い関心を示しており、目下、オーストラリアのウラン探鉱会社エネルギー・メタルズ社の株の70%取得を目指している。

レインジャー鉱山は、前述したようにカカドゥ国立公園に囲まれている世界最大級のウラン鉱山であるが、環境汚染ではこれまでにたびたび問題を起こしている。例えば、2006年のサイクロン「モニカ」がこの地域を通過した際には、多量の雨水が放射能で汚染された鉱滓堆積ダムにたまって溢れ出し、近辺に流れ出した。昨年4月にも、この地域を襲った記録的大雨で、鉱滓堆積ダムが溢れ出す危険に曝された。このダムには100億リットルという大量の高濃度汚染水が閉じ込められている。これを処理する施設は全くなく、増える汚染水をただ単に溜め込み続けているというありさま。この30年間、毎日10万リットルの汚染水がカカドゥ地下の割れ目に漏れ出しているとも言われている。この鉱山は英国系の大手資源開発会社リオ・ティントの子会社ERA (豪州エネルギー資源会社)が運営しているが、2004年には、多くの労働者が汚染された水を飲んだり、汚染水でシャワーを浴びて被曝するという事故も起こしている。

この鉱山の問題は、ダーウインから230キロも離れた人里離れた地域にあるため、その激しい汚染状況が国民にほとんど知られていないことである。元々この地域はミラル族のアボリジニの所有地であり、彼らは毎年2億豪ドルを鉱山使用料として受け取っているが、アルコール中毒者が増え、金をめぐって諍いが絶えず、コミュニティーは崩壊状態にある。ミラル族の伝説によると、この土地が荒らされると、ドゥジャングという恐ろしい力が解き放たれ、世界中を皆殺しにしかねないということである。核兵器による人類破壊を警告するような伝説である。UNESCOがカカドゥ国立公園を「危機状況にある世界遺産」に登録しようと試みたのも、全く不思議ではない。

ミラル族の女性長老イボンヌ・マルガラルは、福島原発事故の後の昨年4月、大震災と原発事故の被災者への深い同情と謝意の気持ちを綴った手紙を潘基文・国連事務総長に送り、「私たちの土地から採掘されたウランが、福島第1原発事故による放射能汚染の原因の少なくとも一部になったことをひじょうに悲しく思う」と述べ、ウラン採掘の停止要求を訴えている。原発によって発電された電気の恩恵を受けて生活してきた私たち日本の市民こそ、アボリジニの土地を破壊し、放射能汚染をもたらしたことに謝罪の言葉を送るべきであろう。その意味では、私たちは、アボリジニの人たちに対しては放射能汚染「加害者」の立場にあるということを、明確に認識すべきではないだろうか。放射能による自分たちだけの被害のみを訴える「脱原発運動」は、自己中心的ではなかろうか。

北部特別州で最近、ウラン採掘を停止できた稀なケースとしてクーンガラ鉱山がある。この鉱山もカカドゥー国立公園内にあるが、昨年半ば、元々国立公園地域から除外されたこの鉱山地域を世界遺産に含める提案を世界遺産委員会が発表した。鉱山経営を行っているフランス国営企業アレヴァ(世界最大のウラン・エネルギー会社)は、なんとかこの計画を阻止しようと画策。オーストラリアではこの時、ちょうど総選挙を控えていたため、労働党政権が環境保護政策の宣伝としてこれを政治的に利用し、クーンガラ鉱山でのウラン採掘許可契約の延長をこれ以上しないことを公約した。この地域の土地所有権を持つアボリジニもこの地を国立公園に寄付することを申し出たため、クーンガラ鉱山は、ウラン採掘が停止される極めて稀なケースとなった。

南オーストラリアの州都アデレードの北500キロメートルに位置するオリンピック・ダム鉱山のウラン埋蔵量は、世界最大である。その濃縮ウラン年間生産量4千トンも世界最大級。乾燥地帯にあるこの鉱山は、主に地下水を使っているが、その量は毎日3.5万トン、製錬には毎日1千2百トンもの硫酸が使われている。この鉱山(金・銀・銅・ウラン鉱石を産出)を経営する英国系企業BHP ビリトン社が、この鉱山を3倍に拡張する計画を進めており、2011年10月10日、連邦政府と南オーストラリア州政府はこの計画を承認した。この拡張採掘では、幅4キロX3キロ、深さ1キロという巨大な穴が掘られる露天掘りとなり、年間4千万トン、100年間(埋蔵量から推測して100年間の採掘が可能)で40億トンにものぼるウラン鉱石採掘が行われる予定である。採掘時に発生するウラン残土、製錬によって排出される鉱滓の量は年間4千万トン。これら全てから放射能が放出される。使用する水の量は毎日15〜20万トンを超えると予測されている。積み上げられる放射能を帯びた鉱滓の砂は、季節風に運ばれ、東海岸のシドニーやメルボルンまで飛んでいく可能性も極めて高い。(この拡張採掘がもたらす危険性については、 http://www.roxstop-action.org/ を参照されたし。)

米国ジェネラル・アトミック社の提携会社、ヒースゲイト資源会社は南オーストラリアのビヴァリー鉱山採掘許可を、2010年に労働党州政府から受けた。2011年に操業を始めたハネムーン鉱山は、三井物産が49%の出資を行っている。

西オーストラリア州は2002年6月から労働党政権の下で、州内のいかなる鉱山でもウラン採掘を許可しないという政策をとってきた。したがって、当時の連邦政府ハワード政権の政策とは真っ向から対立するものであった。しかし、2008年末の州選挙で労働党が敗れ、自由党のコリン・バーネットが州首相になるや、前政権の政策を180度転換。このため、それ以降、次々とウラン採掘計画が進められている。つい最近、州議会野党・労働党の党首エリック・リッパーが引退し、新しい党首マーク・マックガワンに代わったが、マックガワンは新党首に就任したその日に、来年の州選挙で労働党が勝利した場合には、党公約のウラン採掘禁止政策を破棄して、すでに開発計画が決定されている鉱山についてはその継続を容認するという政策変更の意志を表明した。これは、もちろん連邦政府のウラン採掘・輸出の推進政策に影響された結果である。

西オーストラリア州最大のウラン鉱山はイーリリー鉱床で、ここもBHP ビリトン社が採掘権を確保した。近くにはレイク・メイトランド鉱床があり、メガ・ウラニウム社という会社が2013年からの操業予定であるが、2009年2月、このプロジェクトの35%が伊藤忠と関西・九州・四国電力の代理である日豪ウラン資源開発会社に売却された。その南東にあるムルガ・ロック鉱床はエネルギー・ミネラル・オーストラリア社が2014年から操業予定である。西オーストラリア州中央北部にあるキンタイヤー鉱床は元々リオ・ティント社が採掘権を確保していたが、これをカメコと三菱商事が共同で買入れを行い、2015年から操業予定である。

クイーンズランド州は現在、労働党が州政府の座に着いており、ウラン採掘許可を下ろさない政策をとっている。皮肉なのは、オーストラリア労働組合が昨年2月の全国大会で、州政府にウラン採掘禁止政策を廃止するよう求める決議を採択したことである。次の選挙で政権交代の可能性もあるため、資源開発会社もその機会を狙って、すでにいろいろ下準備を重ねている。例えば、2010年2月、日本の独立行政法人・石油天然ガス金属鉱物資源機構は地元の会社ボンダイ・マイニング社に出資し共同事業に乗り出している。中国企業ドラゴン・エネルギー社はディープ・イエロー社との共同事業をすでに2007年末に始めており、州内のウラン鉱床に強い関心を注いでいる。

ここ数年、中国企業のみならずインド企業も、オーストラリアでレアメタルやウラン確保目的で活発な投資活動を行っている。例えば、インドの最大企業の一つ、リライアンス工業社は、2007年にウラン探鉱オーストラリア社との共同事業に入り、南オーストラリアと北部特別州でのウラン確保にすでに乗り出していた。ハワード政権下での中国へのウラン輸出許可、ギラード政権のインドへのウラン輸出許可の背景には、すでに両国の企業が投資という形でオーストラリアに深く入り込んで、連邦政府に圧力をかけていたという事実がある。

結論:グローバルな観点からの反核運動を!

福島原発事故という、チェルノブイリ事故と並ぶ史上最悪の原発事故は、かくして、オーストラリアのウラン採掘・輸出にブレーキをかけるどころか、代替市場を求めてがむしゃらに採掘・輸出を推進させるという逆説的な結果を産み出している。その結果、オーストラリアは、これまで弱いながらも採掘・輸出にかけていた規制を、全て取払ってしまい、採掘も輸出もほとんど全面解禁状態となり、全国あちこちにウラン鉱山が出現するという、いわば「ウラン採掘・輸出の野放し状況」が起きている。

その結果は、国内では、放射能によるさらなる環境汚染と被曝、海外では原発の増加のみならず、原発で作られる核物質の軍事転用を拡大させることに必然的につながってこざるをえない。

私たちは、現在、福島第1原発から放出され続けている放射能の問題との対応に追われる毎日である。確かに、この問題はひじょうに重大であり、国内での反原発運動をさらに強め拡大させていく必要がある。しかし、その一方で、原発の動力源であり、原発問題の根源とも言えるウランの問題が、以上説明したような極めて憂慮すべき状況にあることにも目を向け、グローバルな観点から、広義の意味での「反核」市民運動を、私たちはいかに展開していくべきかについても真剣に考えなければならない状況にある。


田中利幸
1949年福井県永平寺町生まれ。西オーストラリア大学にて博士号取得。現在、広島市立大学広島平和研究所教授。「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」運営委員。主に戦争史、戦争犯罪史研究を専門とする。著書に『知られざる戦争犯罪』(大月書店、1993年)、『空の戦争史』(講談社、2008年)、Hidden Horrors: Japanese War Crimes in World War II (Westviews, 1996) , Comfort Women: Sexual Slavery and Prostitution during World War II and the US Occupation (Routledge, 2001)、 共著に『原発とヒロシマ 「原子力平和利用」の真相』(岩波ブックレット、2011年)、編著に『戦争犯罪の構造:日本軍はなぜ民間人を殺したのか』(大月書店、2007年)、共編著にBombing Civilians: A Twentieth-Century History (New Press, 2009), Beyond Victor’s Justice?: The Tokyo War Crimes Trial Revisited (Brill Academic, 2011)などがある。趣味は尺八古典本曲演奏。

1 comment:

  1. 落合栄一郎8:44 am

    原爆も原発も、もちろんウランに依存している
    し、それは、カナダ,オーストラリア、ナミビア,ア
    メリカを始めとする数カ国の鉱山から掘り出されてい
    る。ということは、ウランは地球上にかなりの量存在
    するのです。その上,地球全体にウランは、分布して
    いるのです。鉱山以外の地域の存在量は僅かですが、
    ゼロではない。これが、生物体内に入っているカリウ
    ムー40や炭素−14などの放射性物質などとともに
    バックグラウンド放射能を形成している。
     さて、鉱山にウランが局在しているかぎり、その放
    射能の影響は、その地域のみに限定されている。それ
    に近づかない限り、それによる放射能の影響は大部分
    の地球上の生命にとっては、無視できる。ところが、
    人間は、そのウラン鉱を掘り出し、運搬し、工場でウ
    ランを含む製品(原子力燃料/原発、原爆など)を作
    り上げ、それから新たな放射性物質を作り出し(核分
    裂の結果)、そして結局は環境に放り出している。こ
    れが人類がやっていることです。
     ウラン鉱を掘り出す過程からはじまって、ウランが
    ある限り放射線を出し続けているのですから、防御を
    充分にしないかぎり、放射線被曝は避けられない。
    オーストラリアにしろ、カナダ、アメリカにしろ、多
    くの場合、その鉱山開発にかりだされるのは原住民が
    多く、彼らに被曝による被害が出ているいることは、
    先頃のカナダ原住民に関する「Village of Widows」という
    ドキュメンタリーその他で、記録されているが、広く
    知られていない。
     実際,私は最初から申し上げているのだが、原爆/
    原発問題は最終的には、現存のウラン鉱をdisturbせず
    に、そっとしておくことが必要なのです。田中さんの
    論は、オーストラリアでの問題提起から、このことを
    言っているわけで、大変重要です。

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