Wednesday, November 04, 2026

カナダ9条の会主催のオンライン講演会「植民地支配をいかに裁くか~新中国の対日戦犯裁判と現在的意義~」報告 Webinar Report: Bringing Colonial Rule to Justice: PRC’s Trials of Japanese War Criminals and Their Relevance Today

カナダ時間で10月30日(日本時間では10月31日)、上海交通大学副研究員の石田隆至さん、明治学院大学教授の張宏波さんを講師にむかえ、カナダ9条の会主催のオンライン講演会「植民地支配をいかに裁くか~新中国の対日戦犯裁判と現在的意義~」を開催しました。日本、カナダ、米国、韓国、中国、スリランカ、ラオス、コートジボワールなどから合計131名がリアルタイム参加しました。大変な関心の高さだったと思います。

この講座はカナダ9条の会が主催、協賛はNPO中帰連平和記念館、撫順の奇蹟を受け継ぐ会神奈川支部、協力は Peace Philosophy Centre, Nikkei Vancouver for Justice でした。司会はカナダ9条の会運営チームメンバーおよびPeace Philosophy Centre代表の乗松聡子が務めました。


講演会では、戦後、中華人民共和国(新中国)が行った日本人戦犯裁判を、植民地支配そのものを裁いた歴史的な試みとして捉え、その現代的意義を考えました。

冒頭で司会の乗松は、カナダ9条の会がこの講座を行う意義を語りました。カナダも先住民族の土地を奪って成立した入植植民地主義国家であることを指摘しました。とりわけ乗松の住むブリティッシュ・コロンビア州の大半は先住民族との条約が結ばれないまま奪われた土地であり、今日もその権利の回復と和解が大きな課題となっています。乗松は、先住民族の子どもたちを家族から引き離し、強制同化し虐待した寄宿学校制度や、入植者によって持ち込まれた天然痘による先住民族社会の壊滅的被害にも触れ、カナダの植民地主義は決して過去の問題ではないと強調しました。最近の動きとして、BC州議会選挙で保守党が大勝し、先住民族の権利に関する国連宣言を実施するためのBC州法(DRIPA)を廃止するという動きに懸念が高まっていること、連邦レベルではカーニー首相が先住民族指導者たちと会い、植民地主義的法律と悪名高い「インディアン法」を改正あるいは廃止する議論を始めていることに触れ、「和解」への道のりはまだまだ遠いと述べました。

そのうえで乗松は、日本も近代化の過程で侵略と植民地支配を拡大してきた歴史を振り返りました。日本が侵略の歴史を十分に反省しないまま、現在、米国とともに中国を敵視し、軍備増強と軍事演習を進めている状況を問題視し、過去の植民地支配をいかに裁き、その歴史から何を学ぶかは、現在の戦争と平和に直結する課題であると位置づけました。カナダの先住民族に対する植民地支配と日本のアジア侵略を結びつけるこの問題提起をした上で講演に入りました。

講演で、石田隆至と張宏波の二人の講師は、第二次世界大戦後に行われた東京裁判やニュルンベルク裁判などが、侵略戦争や個々の残虐行為を裁いた一方で、植民地支配そのものの犯罪性を問わなかったことを指摘しました。その背景には、国際法の形成を主導した欧米諸国自身が植民地保有国であり、植民地支配を犯罪とする法制度を作ってこなかったという問題がありました。これに対し新中国は、侵略の罪を拡張することで、軍人による虐殺や拷問だけでなく、「満州国」の行政官、司法官、警察官など、植民地統治を担った文官たちの責任も追及しました。土地や資源の収奪、強制労働、奴隷化教育、アヘン政策など、植民地支配を支えた制度そのものを犯罪として捉える「構造としての戦争犯罪」という独自の考え方を示しました。張宏波氏は、自身の家族や親戚も中国東北部で日本の植民地支配の被害を受けたことに触れ、被害者の視点から植民地支配の責任を問うことの重要性を強調しました。

新中国の戦犯裁判のもう一つの特徴は、戦犯に対する人道的な処遇と、反省・更生を重視した政策でした。約1100人の日本人戦犯が収容されましたが、1956年の裁判では死刑・無期刑の判決は一人も出されず、多くが起訴免除となりました。戦犯たちは収容中の学習や中国人被害者との向き合いを通じて自らの加害責任を認識するようになり、帰国後の1957年には中国帰還者連絡会(中帰連)を結成しました。その後数十年にわたり、日本各地で自らの戦争犯罪を証言し、侵略戦争への反省と日中友好を訴え続けました。さらに晩年には、自費や寄付によって中帰連平和記念館を設立しました。石田氏は、戦争犯罪を犯した人々自身が加害の歴史を後世に伝えるために平和博物館を設立したことは世界的にも極めて珍しく、戦犯を単に処罰するのではなく、反省と更生を通じて平和の担い手へと変えていった新中国の政策の意義を示していると説明しました。

両講師はまた、東京裁判が昭和天皇や731部隊の責任を問わず、植民地支配や強制連行などの重大な犯罪も十分に裁かなかった背景に、米国の政治的介入と冷戦体制の形成があったことを指摘しました。欧米諸国による戦犯裁判には、自らの植民地支配や戦争犯罪を不問に付しながら、日本の犯罪を裁くことで戦後の国際秩序における自国の優位を正当化する側面がありました。一方、新中国の裁判は日本で長年「洗脳」や「政治的裁判」として否定的に扱われてきました。両講師は、こうした冷戦期以来の先入観を離れ、新中国の裁判が実際に何を裁き、何を実現したのかを検証する必要があると訴えました。また、2001年の国連ダーバン会議でも植民地支配の法的責任について十分な合意が得られなかったことを踏まえ、新中国による植民地支配の裁きは、今日の新植民地主義や他国への主権侵害の責任を問う上でも重要な先例となると論じました。

質疑応答では、戦犯教育と更生の実態、裁判の政治性、帰国戦犯たちの証言活動、日本社会に残る植民地主義的な差別意識、現在の中国をめぐる問題などについて活発な議論が交わされました。最後に乗松は、米国を中心とする中国封じ込め政策や、西側メディアによる中国についての情報の伝え方にも注意を促しました。そして、日本が中国をはじめとするアジアの人々に与えた甚大な被害という歴史の原点に立ち返り、新中国が植民地支配を「構造としての戦争犯罪」として裁いた画期的な経験から学ぶことを呼びかけました。カナダの先住民族に対する植民地主義も、日本のアジア侵略も、過去の歴史として片づけることはできません。植民地支配の責任を明らかにし、その構造を克服することが、現在の戦争を防ぎ、平和と正義を実現するための課題であることを確認する講演会となりました。

★★★

この講演会をすることになったきっかけは、「平和のための博物館国際ネットワーク」(International Network of Museums for Peace, INMP)の国際会議「真実と和解を通した平和構築」が今年8月にカナダのウィニペグにあるカナダ国立人権博物館で開催され、そこでINMPの団体会員であるNPO中帰連平和記念館の発表として、石田、張、乗松が共同発表をした内容をあらためて日本語でやろうということになったのです。このカナダでの発表について、NPO中帰連平和記念館の会報に寄稿した乗松の記事をここに紹介します。



今回の講演は未発表内容も含まれるため動画の一般公開はしませんが、講演の内容はほぼ石田隆至・張宏波の共著『新中国の戦犯裁判と帰国後の平和実践』(社会評論社、2022年)に沿っていました。まだの方は、ぜひこの際この本を手に取って読んでみてください。


(以上)

「アジアの台頭」は実は、侵略を乗り越えた「再興」であった:10月14日、ジェフリー・サックス教授の欧州議会での講演 “The Rise of Asia” Was Actually a Resurgence After Overcoming Invasion: Jeffrey Sachs’ October 14 Speech at the European Parliament

10月14日に欧州議会で行われたジェフリー・サックス教授の講演と質疑応答の日本語訳をお届けします。サックス教授の公式サイトに掲載された書き起こしをもとに、AIによる翻訳に手を加えたものです。強調のための太字、訳者注、ハイパーリンクはブログ主が加えました。

私がこの講演で特に目を開かされたのは、次の指摘です。

1820年に世界総生産の60%を占めていたアジアは、1950年には20%にまで落ち込みましたが、現在では約50%を占めています。

つまり、これまで「中国の台頭」「アジアの台頭」と呼ばれてきたものは、実は「再興」だったということです。植民地主義と帝国主義によって奪われたアジアの経済的な地位が、いま回復しつつあるという歴史的な視点です。ちなみにいうまでもなく、日本はこの歴史において侵略・植民地支配する側でした。

講演ではほかにも、ウクライナ戦争が防ぎ得た戦争であったこと、ソ連崩壊以降、米国と欧州がいかに繰り返しロシアを裏切ってきたかについて、詳しい解説があります。サックス教授の話に説得力があるのは、本人が講演の中で何度も強調しているように、歴史的な出来事の現場に実際にい合わせ、当事者たちと直接関わってきた豊富な経験に裏打ちされているからです。終わったばかりの中間選挙についても、最後のほうで意味深いコメントをしています。

講演のYouTube動画を下に埋め込みました。サックス教授の英語は比較的ゆっくりで、繰り返しも多く、一語一語はっきり発音しているので、聞き取りやすいと思います。ぜひじっくり読んで、あるいは聴いていただければと思います。@PeacePhilosophy

ジェフリー・サックス教授、欧州議会での講演

2026年10月14日、ベルギー・ブリュッセル

ジェフリー・D・サックスによる欧州議会での発言

動画記録を編集した書き起こし。催しは欧州議会議員フィディアス・パナヨトゥ(キプロス)が主催し、欧州議会議員ダニーロ・デッラ・ヴァッレ(イタリア、五つ星運動)が共同主催しました。

講演動画(YouTube)

はじめに

フィディアス・パナヨトゥ欧州議会議員:

皆さん、本日はこの素晴らしい催しにお越しいただき、本当にありがとうございます。こうした地政学的な大変動について議論することは非常に重要です。そのために本日は、地政学の分野で世界最高の人物だと私が考えるジェフリー・サックス教授をお迎えしました。私たち欧州人が何をすべきかについて、助言をいただきたいと思います。

また、共同主催者である、イタリアの五つ星運動所属の欧州議会議員、ダニーロ・デッラ・ヴァッレ氏もご一緒しています。

ジェフリー、どうぞ始めてください。まず10分から15分ほど、ご自身のお考えをお話しいただき、その後、欧州議会議員からの質問を受け、議論したいと思います。

ジェフリー・サックス:

ありがとうございます。皆さんとご一緒できて大変うれしく思います。この機会をいただき、また自由に意見を出し合う機会をいただいたことに感謝します。

この異常な世界で、どうすれば平和を実現できるのか

世界は今、非常に異常な状況にあります。米国が極めて深刻な政治危機に陥っていることは言うまでもありません。欧州もまた政治危機の中にあると言えるでしょう。欧州大陸では戦争が起きており、世界は急速に変化しています。

ですから、今は決して安全な時代ではなく、何が起きているのか容易に理解できる時代でもありません。しかし私は、建設的な観点から、私の考えを皆さんと共有したいと思います。つまり、どうすれば私たちは意識的かつ積極的に平和を実現していけるのか、ということです。

このまま進み続ければ、率直に言って、どんな恐ろしいことでも起こり得ます。欧州を覆っている戦争のレトリックには衝撃を受けますし、極めて危険です。それに加えて、皆さんの同盟国であるはずの米国では、政治が完全に機能不全に陥っています。

はっきり申し上げますが、米国の歴史上、これほどひどい大統領はいませんでした。人格という観点から見て、これほど無能で、不安定で、愚かで、危険な人物はいませんでした。この人物は、ほかのあらゆる欠陥に加えて、病的な人物です。

皆さんは本当に欧州を守らなければなりません。しかし、今はそれができていません。

議論すべきことは山ほどあり、どこから話を始めるかについても多くの選択肢がありますが、まずは大局的な話から始めたいと思います。

大きな流れとして、世界はこの四半世紀に劇的に変化しました。最も重要なのはアジアの再興、とりわけ中国の再興であり、アジアが世界経済と世界の地政学における中心的な地位を取り戻したことです。

私はこれを、全体として非常によいことだと考えています。危険なことだとは考えていません。

アジアは、1世紀半に及ぶ欧州帝国主義の後、極めて貧しい状態に置かれていました。第二次世界大戦後に実質的な独立を取り戻し、それ以来、貧困を大幅に解消し、繁栄する経済を回復してきました。

これは素晴らしいニュースです。なぜなら、40億人の人々の福祉、物質的生活条件、そして経済生活全般が著しく改善したことを意味するからです。

これは中国にも、インドにも、東南アジアにも、中央アジアにも当てはまります。そして、過去半世紀における世界の輝かしい成果の一つなのです。

ところが米国や欧州の政治階級の多くは、この変化を危機感をもって受け止めています。

ある意味では理解できますが、根本的に間違っています。

理解できるというのは、いわゆる西側世界、基本的には北大西洋世界が、ナポレオン戦争終結から2000年頃までのおよそ200年間、世界を仕切っていたからです。

まず英国が主導権を握り、19世紀から20世紀前半にかけて、史上最大の帝国を築きました。そして1945年以降、米国が大英帝国の後継者となりました。

これが西側世界であり、価値観の世界である、などと言われてきたわけです。

しかし、こうした西側の価値観とは、英国がいわゆる自由放任政策の下で、インドやアイルランド、その他多くの地域で何千万人もの人々を餓死させることを許した、その価値観でもありました。

それは、キプロスも含めた帝国支配と、帝国によるジェノサイドの世界でした。

私たち自身が自分たちのために掲げようとした価値観を除けば、そこは価値観の世界などではなかったのです。

中国の再興

こうしたことから導かれる重要な点の一つは、次のことです。

西側の覇権が始まる直前の1820年、私たちが測定できる限りでは、アジアは世界の総生産の約60%を占めていました。

ところが1950年には、その割合は約20%にまで低下していました。一方で、世界人口に占めるアジアの割合は、約60%のままでした。

アジアは、19世紀初頭から20世紀半ばまでのおよそ150年間、壊滅的な時代を経験したのです。

それは、英国がインドを支配し、西側が中国の大部分を実質的に支配していた時代でした。

また、中国で大規模な内戦、いわゆる太平天国の乱が起きた時代でもありました。おそらく史上最大の内戦であり、英国による対中戦争【注:アヘン戦争のこと】の後、19世紀半ばに数千万人の命を奪いました。

東南アジアが完全に植民地化された時代でもあり、欧州と米国の帝国主義、そして二度の世界大戦によって、この地域がさまざまな災厄に見舞われた時代でもありました。

何しろ中国は、1937年から1945年にかけての日本の侵略によって、1500万人から2000万人の命を失いました。あまり知られていませんが、中国にとって極めて残酷な大惨事でした。

こうしてアジアの世界総生産に占める割合は約20%にまで落ち込みました。一方、西側世界、つまり米国と欧州を合わせた割合は、第二次世界大戦の破壊を経た後でさえ、世界総生産の50%以上を占めていました。

これが脱植民地化時代の出発点でした。

1950年からの75年ないし76年間に何が起きたのでしょうか。

アジアが世界における地位を回復したのです。

1820年に世界総生産の60%を占めていたアジアは、1950年には20%にまで落ち込みましたが、現在では約50%を占めています。

西側の帝国支配の時代に生じた格差を完全に埋めたわけではありませんが、その大部分を埋めたのです。

私は開発経済学者です。中国では40年以上仕事をしてきましたし、インドでも断続的に40年以上仕事をしてきました。

私にとって、貧困がなくなり、経済発展が定着していく様子を見ることは、偉大な成功の物語です。

私は直接見てきた経験から言えますが、中国の人々はこれを成し遂げるために40年間、昼夜を問わず働き続けました。

夜にどこかへ行くと、竹の足場の上で、照明に照らされながら、一晩中建物が建設されていました。

人々は中国経済を築き上げ、生活水準は向上しました。

それまで飢えていた人々が、再び家族に十分な食事を与えられるようになりました。何しろ毛沢東による悲惨な大躍進政策では、1958年から1961年の間に数百万人が亡くなりました。

人々は子どもを学校に通わせられるようになり、1970年代後半以降は、子どもを欧州や米国に留学させることもできるようになりました。

当時の私の学生の多くは、現在では政府の高官や大学の上級教授になっています。そして、何十年にもわたる極めて成功した発展と勤勉な努力の結果として、良好で人間らしい生活を送っています。

ところが米国では、こうしたことすべてが災難だと受け止められ、戦争に備えるという話がされています。

米国はほとんど対中戦争を始めています。

なぜでしょうか。

中国が再び成長したからです。

米国にとって、中国は信じられないほど厚かましいことに、米国よりも大きな経済を持つようになった!ということなのです。

想像できますか。

これが中国の傲慢だというわけです。

もちろん、中国の人口は米国の4倍です。ですから、中国経済が米国より小さいままであるためには、一人当たり所得を米国の4分の1未満に抑え続けるしかありません。

しかし中国の人々は、そんな状態に甘んじてはいません。

当然の普通の生活を送りたいと決めたのです。

そうしたら、なんということだ!14億人の普通の生活を掛け合わせ、それを人口3億4000万人の米国と比べると、中国経済の絶対規模の方が大きくなってしまう!

米国にとってはこれが開戦理由に相当します。

よくも米国の覇権を脅かしたな、というわけです。

おっと失礼。『覇権』などという言葉は使ってはいけないか。

よくも米国の『優位性』を脅かしたな、ということです。その優位性こそが、米国の戦略目標なのです。

そして、もう一つ、とんでもない「けしからん国」があります。それはもちろん、ロシアです。

ロシアが何の罪を犯したのでしょうか。その国土面積が1700万平方キロメートルもあることのようです。

それがロシアがおかした最大の罪のようです。

なぜ私はそう言うのでしょうか。

1700万平方キロメートルもの国土を持つロシアは、1840年までには大英帝国の敵とされ、1945年に米国が大英帝国の地位を引き継ぐと、今度は米国の敵とされたからです。

ロシアやソ連が何をしようと、敵なのです。

そして、そのような態度を長く続けていると、最後にはウクライナ戦争に行き着くのです。

ここには議論すべきことがたくさんあります。

今私が述べたことだけで、私はプーチンの擁護者だとか、ロシアのプロパガンダを垂れ流す卑劣な代弁者だとか、そのほか考えられるあらゆる中傷を浴びることになります。

しかし私は37年間、現地で直接仕事をしてきました。

私は誰の擁護者でもありません。

ちなみに、私は誰からも報酬を受け取って仕事をしたことはありません。違う話を聞いている人がいるかもしれませんが、断言します。

これは40年前に決めた方針です。

当時、私がボリビアへの助言を始めた際、外国人顧問であるという理由で政治的な攻撃を受けました。

その場で私は、政府からは一銭も受け取らないと決めたのです。

それ以来、私は何十もの政府に助言してきましたが、収入は大学からの給与だけでした。

ですから、はっきり申し上げます。私がここで述べていることは、誰かのコンサルタントであるとか、誰かに雇われて報酬を受け取っているからでは、決してありません。

私は一度もそのような立場になったことはありません。帳簿を確認する必要すらありません。それが私の全職業人生を通じての方針だからです。

世界平和におけるゴルバチョフの役割

私はプーチンの擁護者ではありませんが、ミハイル・ゴルバチョフを大いに尊敬しています。

彼は私たちの時代で最も偉大な平和の人物だったからです。

彼は「欧州共通の家」を望んでいました。そして欧州には、それを実現する道が開かれていたのです。

実際、ドイツ再統一の際、ドイツ側からその約束がなされていました。

1990年1月31日、トゥッツィングでハンス=ディートリヒ・ゲンシャー外相は、ドイツ再統一に関連して、NATOは東方に拡大しないと明確かつ断定的に述べました。

その演説はインターネット上で見つかりますから、ぜひ探してみてください。

2月9日には、米国のジェームズ・ベーカー3世国務長官がゴルバチョフに対し、NATOは東方へ1インチたりとも進まないと述べました。

そして1990年2月10日、ヘルムート・コール首相もゴルバチョフに直接、同じことを伝えました。

私はその会談の場にはいませんでしたが、その数週間から数か月の間、ベルリンにいました。1990年、私はゴルバチョフの経済チームの顧問を務めていたからです。

1989年には、ポーランドの主要な外部顧問を務めていました。そして私は、ゴルバチョフがポーランドの民主的変革を可能にする様子を見ていました。

驚かれるかもしれませんが、ゴルバチョフは【ポーランドの】ヤルゼルスキ将軍に積極的に働きかけ、「連帯」運動のあの立派な若者たちを政府に参加させるよう伝えていたのです。

1989年の状況は、それほど革命的で、しかも平和的だったのです。

私はコール首相にもゲンシャー外相にも会いました。体制移行に伴う経済問題に取り組んでいたからです。

私たちが望みさえすれば、その後100年間の平和を手にすることができたのです。

というのも、ロシア人は70年間のボリシェヴィズムの後で、かなり疲弊していたからです。

あれは、経済制度として決して有効なものではありませんでした。

彼らはそこから抜け出したかったのです。

平和と協力と友好を求めていました。

エリツィンが私に対して最も頻繁に使った言葉は、「普通」という言葉でした。

「サックスさん、私たちは普通になりたいのです。政治的に普通になりたい。経済的に普通になりたいのです」

プーチン大統領が政権に就いた後、ドイツ連邦議会で演説したときや、欧州の諸機関を訪問した際に述べた、融和的な発言の数々を振り返ってみてください。

彼もまったく同じことを言っていたのです。

では、何が起きたのでしょうか。

ロシアに起きたことは、中国に起きたことと同じです。

皆さんの友人であり、同盟国であり、守護者であるはずの米国、つまり私の国は、1992年に、自分たちが今や世界を支配していると思い込んでしまったのです。

それは後にネオコン主義と呼ばれるようになりましたが、呼び方は何でも構いません。

民主党も共和党も、誰もがそう信じていました。

私はこれを直接見てきました。

というのも、1990年の私は、ジョン・メイナード・ケインズの著作を学生時代に読んで学んだ、基本的で素朴な考えを持っていたからです。

誰かが敗北したら、その相手を助けるべきだという考えです。そうすれば次の世代が自分たちに敵対することを防げるからです。

これはケインズが1919年の『平和の経済的帰結』で書いたことです。この本は、私個人にとっても、私の職業人生にとっても、最も重要な本でした。

ケインズが実質的に述べていたのは、よい経済政策とは、人間としてまともに振る舞うことでもあり、それこそが長期的には自分にとっても他者にとっても賢明なやり方だ、ということでした。

復讐心に駆られてはいけません。必ず自分に跳ね返ってくるからです。

そこで1990年、私は素朴な考えを抱きました。

ソ連を助けてはどうか、と。

ソ連は経済危機にあり、深刻な金融危機に陥っていました。しかし、ソ連を助けるのに、私たちにはほとんど費用がかからなかったはずです。

ゴルバチョフは改革を望んでいました。彼は平和の偉大な政治家でした。

私は、ポーランドに提案して採用されたものと同じような支援策を提案しました。

私は、われながらなんと説得力のある経済学者なのだろう、と思っていました。

しかし、ポーランド向けの提案が採用されたのは、ポーランドがNATOの東端を担う予定だったからです。

当時の私はそのことを知りませんでした。

地政戦略家たちがその提案を採用したのは、ポーランドが好きだったからではありません。シカゴやデトロイトにポーランド系の有権者が大勢いたことは確かですが、理由はそこではありませんでした。

ポーランドが私たちの側【西側】にいたからです。

ところが、同じ提案をソ連に対して行うと、完全に拒否されました。

その出来事から30年以上たったとき、つまり今から2年ほど前のことですが、ある人が1991年6月3日にホワイトハウスで開かれた国家安全保障会議の議事録を私に送ってくれました。

私の提案が拒否された会議です。

議事録は情報自由法に基づいて公開されていました。

私はそれまで見たことがありませんでした。ご希望の方が私に連絡してくだされば、お送りします。

あれは、想像し得る限り最も衝撃的な、米国の愚かさを示す記録です。

こう言うのも相当なことです。私たちの国には愚か者があふれているのですから。

ただし、私が言っているのは指導者たちのことです。一般の人々の方が、はるかによく理解しています。

彼らがその提案について何と言ったか、ご存じですか。

当時、行政管理予算局の局長だったリチャード・ダーマンは、こう述べています。

「よい広報パッケージを作るための材料は、すでに十分そろっている。項目をこれ以上増やす必要はない。今の段階で手持ちの資源を使い果たすべきではない。ミハイル・ゴルバチョフはショーマンだ。こちらが何をしようと、彼は圧力をかけてくるだろう」

私が彼の名前を挙げるのは、彼がかつてハーバード大学で私の同僚だったからです。

その後、行政管理予算局に入り、ゴルバチョフを支援するという考えを退けたのです。

その会議の議事録を読むのは、素人たちの茶番を見ているようなものです。

傲慢で無知な人間たちがテーブルを囲み、ダーマンの言葉を借りれば、次のようなことを議論しているのです。

「ほかの問題で協力したいと考えている政権をなだめるために、私たちが提供しなければならない最低限のものは何か」

これが米国の外交政策です。

これが皆さんの同盟国であり、守護者であり、偉大な救世主なのです。

今の専門用語を使えば、これが「パパ」なのです。

ロシアの「最大の罪」

【西側にとっての】ロシアの大きな罪は、中国の場合と同じように、たまたま国が大きいことでした。

私は欧州のロシア恐怖症についてドイツ語で本を出版したばかりです。昨日発売されました。

その第1章で、歴史家ジョン・ハウズ・グリーソンが1950年に発表した、素晴らしい研究を紹介しています。

『英国におけるロシア恐怖症の起源』(The Genesis of Russophobia in Great Britain)という研究です。

グリーソンは、今日の私たちにも完全に当てはまる、鋭い問いを立てました。

英国とロシアは、1813年と1814年にナポレオンを打ち破った第六次対仏大同盟では同盟国でした。

ところが約25年後には敵同士になっていました。

何が起きたのでしょうか。

なぜ英国人はロシア人を憎むようになったのでしょうか。

そこで彼は、英国議会議事録であるハンサードをはじめ、公開されているあらゆる記録を調べました。

庶民院での発言や、すべての演説を読みました。

この素晴らしい本で彼が導き出した結論は、ロシアは何もしていなかった、というものでした。

英国が勝手に、ロシアはあまりにも大きいのでインド、つまり英国の植民地のインドにとって脅威であり、カイバル峠を越えてインドに侵攻してくるに違いないと思い込んだだけだったのです。

これが「グレート・ゲーム」でした。

ちなみに、そんな考えは皇帝の頭にはまったく浮かんでいませんでした。

しかし英国は、自分たちでそうした話を繰り返して大騒ぎするようになり、1840年までにはロシアが敵になっていました。

1854年、英国はクリミアで戦争を始めました。

典型的な帝国主義者であるパーマストンが、この戦争の最も熱心な推進者となり、1855年からは首相を務めました。

なぜでしょうか。

話せば長くなりますが、基本的には黒海におけるロシアの力を粉砕するためでした。

1853年、ロシアはワラキアとモルダヴィアをめぐる危機の外交的解決案であるウィーン覚書を受け入れました。

紛争を起こす理由はなかったのです。

それでも英国は突き進み、パーマストンは、セヴァストポリへ進もうと言いました。

彼がそうしたのは、ロシアを無力な存在にし、大英帝国を脅かせないようにしたかったからです。

ちなみに、これが「西側の価値観」と呼ばれるものです。

その後、3年間に及ぶ血なまぐさいクリミア戦争が続きました。

さて、現在に話を戻しましょう。

私たちは今、第二次クリミア戦争のさなかにいます。

そして、パーマストンとナポレオン3世が最初のクリミア戦争を始めたのと、まったく同じ理由で、今の戦争を戦っているのです。

これはプーチンの戦争ではありません。

皆さん、これは私たちの戦争なのです。

起こり方は多少違いましたが、非常によく似ています。

1990年代、私たちの戦略家たちは、米国が世界の第一の大国なのだと思い込んでしまいました。

呼び方は何でも構いません。

私たちは世界唯一の超大国である。

私たちは不可欠な国家である。

あるいは、私が最も好まない国務長官の一人、マデレーン・オルブライトの言葉を借りれば、私たちはどの国よりも遠くを見通す国である、というわけです。

米国が自国について何と言っているか、調べてみてください。

米国の戦略家たちが考えていたのは、私たちにとっての脅威は何か、ということだけでした。

しかし実際には、脅威などほとんどありませんでした。

私たちはあまりにも強大で、誰も対抗できなかったからです。

唯一、脅威になり得ると考えられたのがロシアでした。

ロシアは大きい。だからロシアが三流国のままでいるように、あるいはブレジンスキーが望んだように、ロシアが分裂するようにしておかなければならない、ということでした。

なぜ今、私たちがこのクリミア戦争に巻き込まれているのかを理解したければ、ブレジンスキーの著書『グランド・チェスボード』を読んでください。

副題は「米国の優位性とその地政戦略上の要請」です。

この本は、米国がユーラシアにおける優位性をいかに維持するかを論じたものです。

言っておきますが、米国はユーラシアの国ではありません。

それなのに、米国はユーラシアで優位に立とうとしているのです。

そして欧州の皆さんは、それを手伝っているのですよね。

なんとご親切なことでしょう!

欧州の皆さんは私たちの軍事基地をすべて受け入れ、私たちの言うとおりに行動してくれるのです。

NATOの拡大

1990年1月と2月にゲンシャー、コール、ベーカーの各氏が述べたことに反して、実際に決定されたのは、NATOとイージス・ミサイルシステムでロシアを包囲することでした。

米国は2002年、正当な理由もなく弾道弾迎撃ミサイル制限条約(ABM条約)から離脱しました。

弾道弾迎撃ミサイルが存在しないことこそ、核安全保障体制を安定させる防壁だったにもかかわらずです。

米国は2002年にこの条約から離脱し、ポーランドとルーマニアにイージス・ミサイルシステムを配備し始めました。

ロシア側は、これは望ましくないと述べました。

しかも、事が起きてから初めてそう言ったのではありません。

1991年以降、毎年そう言い続けていたのです。

ドイツ統一に関する「2プラス4」協定の基礎となっていた言葉が完全に放棄されつつあることが、次第に明らかになっていたからです。

1994年までには、クリントンはNATOを拡大すると決めていました。

彼自身の国防長官だったウィリアム・ペリーは、本当に立派な人物ですが、これをひどいことだと考え、辞任を検討したほどでした。

米国を代表する政治家ジョージ・ケナンは、1997年に、NATOの拡大は冷戦後の米国政策全体の中で最も重大な過ちになるだろう、と書いたことで知られています。

ちなみに、決して温厚な人物ではなかったキッシンジャーが1994年に行った討論があります。皆さん、ぜひ見てください。

この討論も、今の戦争を理解する助けになるからです。

彼が討論した相手は、ソ連末期に米国大使を務めたジャック・マトロックでした。

かつて米国のメディアには、実際に報道というものがありました。

重大な問題について、大人同士が30分間、真剣に討論することができたのです。

今ではそのようなものはまったくありません。

1994年、ロバート・マクニールがNATO拡大についてキッシンジャーとマトロックにインタビューしました。

マクニールがマトロックに、NATOは拡大すべきかと尋ねると、マトロックは「いいえ」と答えました。

ロシアとの関係を改善しつつあり、危険は存在せず、何かを挑発する理由もない、というのです。

次にマクニールはキッシンジャーに向き直りました。

「キッシンジャーさん、NATOは拡大すべきでしょうか」

「はい、NATOは拡大すべきです」

「なぜですか。ロシアは脅威なのですか」

「いいえ、いいえ、ロシアは脅威ではありません」

「では、NATO加盟を求めている国々は危険にさらされているのですか」

「いいえ、まったく危険にさらされていません」

「では、キッシンジャーさん、NATOの拡大はロシアを敵対的にさせるのではありませんか」

「はい、そうなるでしょう」

「ではキッシンジャーさん、ロシアを敵対的にさせるのに、なぜNATOを拡大すべきなのですか」

するとキッシンジャーは、こう答えました。

ロシアが弱いときに敵対的にさせることができないなら、強くなったときにどうするのか、と。

これがその論理なのです。

こうしてNATOは拡大を進め、さらに拡大を続けました。

まず1999年に、ハンガリー、ポーランド、チェコの3か国が加盟しました。

次に、皆さんもよくご存じのように、2004年にはエストニア、ラトビア、リトアニア、スロベニア、スロバキア、ルーマニア、ブルガリアが加盟しました。

そして2008年、「天才」ジョージ・ブッシュと、「素晴らしい平和の使者」ディック・チェイニーが、ブカレストで開かれたNATO首脳会議で、ウクライナと、あの偉大な北大西洋の国ジョージアにまで拡大すると発表したのです。

ちなみにジョージアは北大西洋の国ではありません。

私は確認しました。

欧州の国ですらありません。

そして欧州には、もう一つ理解していただきたいことがあります。

アルメニアをこれに巻き込まないでください。

アルメニアも欧州の一部ではありません。

ウクライナで起きたような恐ろしいことが起きる前に、どうか放っておいてください。

皆さんはアルメニアでも、ウクライナとまったく同じ火遊びをしているのです。

さて、2008年のブカレストNATO首脳会議です。

初日、ブッシュは、ウクライナとジョージアへのNATO拡大を約束する必要があると言いました。

アンゲラ・メルケル首相はこう言いました。

「ジョージ、それはよい考えではないと思います。ロシアのレッドラインです。本当に危険です」

「アンゲラ、頼むよ。ここでは合意しなくてはいけない。私たちは西側同盟なのだから。ためらわないでくれ」

こうして圧力がかけられ、2日目に妥協が成立しました。

NATOはウクライナとジョージアに拡大するが、その時期は示さない、という発表でした。

2024年に出版されたメルケルの回顧録を見てください。

彼女は、ロシアではこれが宣戦布告に等しいものとして受け止められるだろう、と書いています。

私に言わせれば、ブカレスト首脳会議の2日目こそ、欧州外交政策の最後の日でした。

欧州は立ち上がり、こう言うべきだったのです。

これはばかげている。これは挑発だ。まったく必要のないことだ、と。

欧州はこれを断固として阻止すべきでした。

ところがメルケルは屈し、フランスも屈しました。

それが、欧州外交政策の声を聞いた最後の日となったのです。

率直に言って、それ以来、米国に対して誰も何も言わなくなりました。

最近になって例外的に言ったことといえば、せいぜい次のようなことだけです。

「お願いです、パパ、グリーンランドを侵略しないでください。欲しい基地はいくらでも差し上げます。何でも好きなことをしていただいて構いません。鉱物資源もすべて差し上げます。ただ、侵略だけはしないでください」

【注:「パパ」というのは、25年6月のNATO首脳会議で事務総長のマルク・ルッテがトランプを指してDaddyと言ったことが話題になったことを皮肉っている】

そして二つ目は、

「お願いです、ディーゼル取引はやめてください」

これはロシア産ディーゼル燃料の輸出に対する制裁を解除するための、トランプとプーチンの取引のことです。

もっとも、このディーゼル取引については、トランプが歴代大統領の中で最も愚かで無能な人物であることを示していると認めざるを得ません。というのも、彼は一つの考えを一日たりとも一貫して持ち続けることができないからです。いや、一日どころか、せいぜい15分でしょうね。

しかし欧州は、過去15年間に、ほかの多くの問題についても違うことを言えたはずなのに、そうしませんでした。

米国が何の挑発も受けていないのにイランを爆撃し、その指導者たちを殺害したとき、欧州から抗議の声が少しでも上がったと思いますか。

私は一つも聞いていません。

ペドロ・サンチェス(スペイン首相)を除けば、すべて問題ないようなのです。私はサンチェスを非常に尊敬しています。彼は、これは正しくない、と言いました。

すると数週間のうちに、彼の妻に対する司法手続きが再び動き出し、その対象も拡大されました。

つまり、こうした駆け引きは至るところで行われているのです。

しかし私の考えでは、欧州はブカレストNATO首脳会議の2日目に主権を放棄しました。

そして、そこから戦争への行進が始まったのです。

2014年、ウクライナで何が起きたのか

ヤヌコビッチ【注・マイダンクーデターの時点でのウクライナ大統領】は、実際にはなかなか賢明な人物でした。

彼はウクライナは中立であるべきだと言いましたが、それは正しかったのです。

ウクライナ国民も、約60対20%という圧倒的な割合で、NATOをここに持ち込まないでほしいと言っていました。

ところが米国は、この男を排除しなければならないと言いました。

これをマイダンの「尊厳の革命」と呼びたければ、そう呼んでも構いません。

私はクーデターと呼びます。

政権転覆作戦と呼んでも、カラー革命と呼んでもよいでしょう。好きな呼び方をしてください。

しかし、私の同僚であるビクトリア・ヌーランドはマイダンでクッキーを配り、米国はそれを実現するために約50億ドルを費やしていたのです。【注:マイダンクーデターを率いた当時米国国務次官補のヌーランドはその後コロンビア大学の教職に就いたためにサックスは皮肉をこめて「私の同僚」と言っている】

私たちはヤヌコビッチを排除する必要がありました。

なぜなら、NATOの拡大には、中立を求める国ではなく、西側同盟への参加を求める国が必要だったからです。

2014年2月21日、ドイツ、フランス、ポーランドの外相は、ヤヌコビッチとの間で、憲法に従って政権を継続させるための合意をまとめました。

統一政府を樹立し、2014年後半に選挙を実施するというものでした。

ところが、その翌日に暴力的なクーデターが起きたのです。

私が「暴力的」と言うのは、マイダンの路上で起きた殺害が、マイダン運動側の支配する建物から発砲した右翼勢力によって行われたことが、今では十分に明らかになっているからです。

その凄惨な詳細を知りたければ、イワン・カチャノフスキーの著作を読んでください。数百ページに及ぶ証言が収められています。

これは仕組まれたことだったのです。

翌日、ヤヌコビッチは失脚し、米国は直ちに新政府を承認しました。

米国は、「ちょっと待ってください。これは憲法に反しています。ウクライナの憲法が尊重されることを確認したい」とは言いませんでした。

欧州にも、「失礼ですが、私たちは前の晩に合意したばかりではありませんか」と言うだけの気概すらありませんでした。

一言もありませんでした。

欧州は直ちに足並みをそろえたのです。

こうしてクーデターが起こり、当然ながら、そこからすべてが続いていきました。

ロシアがクリミアとドンバスに介入しました。

もちろん介入します。ロシアは自分たちが何に直面しているかを知っているからです。

そして翌年2月、ロシアは実際には悪くない提案をしました。それがミンスク合意です。

ミンスク合意は非常に興味深いものです。

なぜなら、これはロシアが領土を要求するものではなかったからです。

プーチン大統領がピョートル大帝を気取ってロシア帝国を再建しようとしていたわけでもありません。

ブリュッセル、ベルリン、ワシントン、とりわけロンドンのばかげたプロパガンダで聞かされるような話とは、まったく違うものでした。

合意が求めていたのは、ロシア系住民が暮らす地域に自治権を与えることでした。

そして、この考えは、かなりの程度、どこから来たかご存じですか。

イタリアの南チロル地方にあるボルツァーノです。

メルケルは、南チロルのドイツ語系少数派の経験を知っていました。南チロルでは自治が非常にうまくいき、豊かな地域となっていたのです。

私たちはボルツァーノ市長と話しました。

市長によれば、メルケルは頻繁に訪れ、この仕組みがミンスクIIの素晴らしいモデルになると考えていたそうです。

実際にそうなっていたはずです。

ところが米国は「ノー」と言いました。

ウクライナは単一国家だ、というのです。

ミンスクII合意が署名され、その後、国連安全保障理事会で全会一致で承認されたにもかかわらずです。

米国とウクライナは「結構です」と拒否し、欧州はそれに従いました。

皆さんも覚えているでしょうが、ノルマンディー方式の協議がありました。

ドイツとフランスがミンスクII合意の保証国になることになっていましたが、両国は完全に沈黙してしまいました。

メルケル自身も後になって、これは単なる時間稼ぎの期間であり、本当の合意ではなかったと言いました。

ちなみに私は、彼女が最初からそう考えていたとは信じていません。

彼女はそこまでひどい人物ではありません。

しかし事後的にそう言うように指示されたのであり、実際にそうなったのです。

こうしてミンスクII合意は消えてしまいました。

そして、この話の非常に興味深い部分が続きます。

ところでトランプは、自分が大統領だったら戦争は起きなかったと言っています。

国際関係のもう一つの専門用語を使わせてもらえば、トランプはあらゆる問題について、史上最大の大ぼら吹きです。

彼はウクライナで、NATOと相互運用可能な100万人規模の軍隊が構築されるのを主導しました。

2017年から2021年にかけて、それを行ったのは彼(トランプ)なのです。

ウクライナ戦争は防ぐことができた

2021年12月、プーチン大統領はNATOと米国に対し、安全保障体制に関する協定案を提示しました。

その核心にあったのは、NATOをこれ以上拡大しないということでした。

ほかにも要求はありましたが、その中にはNATOが受け入れるべきではないと私が考えるものや、実際に受け入れることは決してなかっただろうと思うものもありました。

しかし核心は、NATOの拡大を止めることでした。

そこで私はホワイトハウス、つまりバイデン政権のホワイトハウスに電話しました。

彼らは私の友人のはずだと、私は思っていました。

国家安全保障担当大統領補佐官のジェイク・サリバンと話しました。

私はこう言いました。

「ジェイク、その提案を受け入れてください。戦争を回避する出口を選んでください。戦争を防ぐのです」

彼は答えました。

「いいえ、ジェフリー。NATOには門戸開放政策があります。NATOは拡大しないと宣言することはできません」

私は言いました。

「ジェイク、冗談でしょう。本気ですか。メキシコには中国の基地を受け入れる門戸開放政策がありますか。カナダにはウィンザーにロシアの基地を受け入れる門戸開放政策がありますか。その『開かれた門戸』とは何ですか」

彼は答えました。

「ああ、ジェフリー、心配しないでください。NATOがウクライナに拡大することはありません」

私は言いました。

「ジェイク、それは非常に興味深いですね。では、なぜそれを公に言わないのですか」

「いや、それを公に言うことはできません、ジェフリー。私たちには門戸開放政策があるのです」

そこで私は言いました。

「ジェイク、あなたたちは実際には起こりもしないことをめぐって、戦争を起こそうとしているのですよ」

すると彼は答えました。

「ジェフ、心配しないでください。戦争にはなりません」

そこで電話が切れました。

これが米国の外交政策です。

本当に、あの無能さを言葉で伝えることすらできません。一言一言が無能なのです。

米国は1823年以来、西半球における「門戸開放」を拒否してきました。それがモンロー主義です。

門戸など開かれていません。閉ざされているのです。

しかし、米国がウクライナに軍事基地を置けないなどと言うと、それはプーチンが独裁者だからだ、ということになるのです。

皆さん、いい加減にしてください。

私たちをこの状況に追い込んだのは、今まで誰が何を言って、なぜこういうことが起こったのか、どのような懸念があったのかなと、ここまでに事態になるまでの経緯を率直に見てこなかったからです。。

だからこそ、私たちはいま、この戦争の中にいるのです。

ちなみに、私は欧州の指導者の多くを知っています。全員ではありませんが。

そして、彼らが長年にわたり私に個人的に何を語ってきたか、また公には何を語っているかを知っています。

現在、欧州で政府の長を務めている人々の中には、2008年に私にこう言った人たちがいます。

「ジェフ、あなたの国の大統領は何をしているのですか。なぜNATO拡大を推し進めているのですか」

ところが今では、彼らはすべてを公然と擁護しています。

いったいどういうことなのでしょうか。

この問題について誰も真実を語れないのであれば、私たちは皆、殺されることになってしまいます。

これはプロパガンダではありません。

基本的な常識と、基本的な歴史の話なのです。

ですから私の考えでは、ロシアと戦争をする理由はありません。

中国と戦争をする理由もありません。

こうした戦争のどれにも理由はありません。

そして、ガザでジェノサイドを行う理由など、神に誓って、まったくありません。

あれは、米国とイスラエルが共謀して行っているジェノサイドです。

なぜなら、米国がパレスチナ国家を拒否権によって阻んでいるからです。

それだけのことであり、そこには独自の歴史があります。

ネタニヤフ氏の政党は1977年以来、ヨルダン川から地中海までのすべての土地がイスラエルの主権下に置かれると述べてきました。

ですから、今、私の学生たちが逮捕される原因となっている「川から海までFrom the River to the Sea」というスローガンは、実はネタニヤフのスローガンなのです。

パレスチナ人のスローガンではなく、リクードのスローガンなのです。

イラン戦争 

こうした戦争のどれにも理由はありません。

そして、ちなみに、ペドロ・サンチェスを除いて、米国によるイラン攻撃について、欧州から抗議の声が上がるのを私は聞きませんでした。

あの攻撃は、私たちが持つあらゆる国際的規範に対する、あからさまで殺人的な違反でした。

トランプは、自分より前の6人の大統領は誰もやれなかったと自慢しています。

そのとおりです。

本当にやる(イランを侵略する)ほど愚かなのは、あなただけなのです。

しかし欧州は何か言ってますか。

イランをめぐる欧州の姿勢について、一つ短い話をして、それから終わりにしたいと思います。

攻撃が行われた日、中国、ロシア、イランの国連代表部から、国連安全保障理事会で何か発言してもらえないかと頼まれました。

私は平和を信じており、他国の指導者を殺害することには反対だからです。

特に交渉の真っただ中にあるときに、そのようなことをするのは悪い考えだと思います。

イランの指導者たちが最高指導者の公邸に集まっていたのは、そのためでした。

翌週初めにウィーンで行われる交渉で、どのような立場を取るかを話し合うためだったのです。

すると、モサドが、彼らは全員集まるのだから、まとめて殺してしまえばよいではないか、と考えたのです。

そして愚かなトランプは、こう言いました。

「ああ、それは素晴らしい考えだ。私はベネズエラの大統領を誘拐し、今ではあの国の石油収入をすべて手にしている。だからイランでも同じことをやろう。そうすれば翌日には私が次の指導者を選べる」

彼は文字どおり、そう考えていたのです。

いずれにしても攻撃が行われ、その日の午後、安全保障理事会が開かれました。

私は証言するよう求められたので、安保理の会議場に行きました。

議長国は英国でした。

そして英国は、私の発言は議事規則上認められないと裁定しました。

証人は認められず、サックス氏にはこの議論で果たす役割はない、というのです。

これが英国です。

私はこの50年間で英国という国をよく理解するようになりましたが、念のため申し上げておくと、彼らはいまだに自分たちが大英帝国であると信じています。

そこで私は座っていましたが、最後にはまったく信じられないほどのショックに陥りました。

なぜなら、欧州の大使たちがそろって、イランが近隣諸国を攻撃したことを非難する発言から始めたからです。

作り話ではありません。

実際に起きたことです。

たまたま最初に発言したのはバーレーンでした。

ご存じのように、バーレーンにはペルシャ湾に展開する米国艦隊が駐留しています。

そのため、あの日イランが攻撃されたとき、イランは米国艦隊に反撃したのです。

私は今、実際の発言を引用します。多少言葉が違うかもしれませんが。

バーレーン大使は会議の冒頭で、こう述べました。

「本日、私たちはイランによるバーレーンへのいわれなき攻撃を非難するために集まっています」

私は、なんだそれ??と思いました。「いわれなき」???

しかし会議全体がこの調子でした。

フランス大使、英国大使、ギリシャ大使。

中には人間性を少しばかり感じさせる発言もありましたが、大半はそうではありませんでした。

すべてがイラン、イランは犯罪国家だ、という話でした。

米国はイランに対して戦争を始めるべきではなかった、と述べた欧州の代表は一人もいませんでした。

欧州は独自の外交政策を見いださなければならない

率直に言って、私は欧州を愛しています。

しかし、今の政治指導部は好きではありません。

私には理解できません。

欧州にはかつて、自分たちの声がありました。

米国に依存していた時代でさえ、そうでした。

ここには、実際に業績をあげた指導者たちがいました。

ヴィリー・ブラント、ヘルムート・シュミット、ヘルムート・コール、ゲアハルト・シュレーダー、そして私なら、ブカレストNATO首脳会議初日までのアンゲラ・メルケルも挙げます。さらにミッテランもいます。挙げればきりがありません。

この人たちは本物の人物でした。

自分で考え、話し合い、討論し、第二次世界大戦後の欧州の価値観を守るために立ち上がったのです。

それらは、欧州が常に持っていた価値観ではありませんでした。

しかし、第二次世界大戦後に学び取られ、掲げられた価値観でした。

付け加えれば、西洋文明の最良の部分に基づくものでした。

ですから、それは西側の価値観ではありましたが、それまで常に用いられてきた価値観とは違っていました。

彼らは印象的な人物たちでした。

声を上げ、イラク戦争に反対し、東方政策を支持し、さまざまな問題について忠告し、ヘルシンキ最終議定書、欧州安全保障協力機構(OSCE)、そして安全保障の不可分性を求めたのです。

それこそが、私の本当に望む欧州です。

私は、そのような欧州が存在することを知っています。そして、それが欧州市民の圧倒的多数の願いだと思います。

ですから、マクロン大統領の支持率を見つけるには、まもなく顕微鏡が必要になるだろうと言っても、私は驚きません。技術的には支持率がマイナスになることはないと思いますが、ゼロに近づくでしょう。

フランスの街頭に出ている何十万人もの若者たちが、そのことを示しています。

そしてメルツは、現代ドイツ史上、最も成功しておらず、最も支持されていない首相に違いありません。

彼は戦争を推進する人物だからです。なぜ彼が戦争を推進するのか、私には理解できません。

電話を取り、モスクワにいる相手に電話して、こう言うべきです。

「プーチン大統領、そろそろ私たちは話し合うべきです」

それこそが、就任初日に彼が真っ先にすべきことでした。

少なくとも試みることはできたはずです。彼は一度も試みませんでした。

それこそが私たちに必要な欧州です。

私は部外者ですが、欧州を愛しています。ですから、皆さんには欧州を諦めてほしくありません。

変化には何年もかかるとは思いません。必要なのは、理解の仕方と心の持ち方を変えることです。

私は、それを明日にでも行うことを勧めます。

この冬、ウクライナが凍えつく前に、苦しみを終わらせるためです。

欧州はウクライナを守っているのではありません。

欧州はウクライナを殺しているのです。

大勢の人々が命を落とすことになります。

安全な水もなくなるでしょう。

ロシアは今、勝つために戦争をしています。

なぜなら、欧州も毎日、自分たちは勝つために戦争をしていると言い続けているからです。

このような言葉を使うことは、核兵器の時代には完全な狂気であり、何が懸かっているかを考えても狂気です。

最後に申し上げます。

これは停戦の問題ではありません。

欧州の政治家が立ち上がり、次のように言うことなのです。

「プーチン大統領、NATOはウクライナにもジョージアにも拡大しません。ですから、戦争を終わらせましょう」

問題はそこにあるのです。

そして、そのような条件があれば戦争は終わります。

国境をめぐる意見の相違は残るでしょう。

なぜなら、国境について法的な最終決着がつくわけではないからです。

世界の多くの場所と同じように、休戦ラインと行政管理の境界線が設けられることになるでしょう。

それが何年も、あるいは何十年も続くかもしれません。しかし戦闘は止まります。

核戦争への行進も止まります。

そのために必要なのは、毎日「停戦が必要だ」と言うことではありません。「平和と安全保障の不可分性が必要だ」と言うことなのです。

そして、それは容易に実現できます。

なぜなら、この戦争の原因は完全に明らかだからです。

どうもありがとうございました。

[拍手]

★ここから質疑応答

EUの再軍備

フィディアス・パナヨトゥ:

10分か15分の予定が、1時間になりましたね。しかし素晴らしかったです。ありがとうございます。本当に興味深く、非常に刺激的なお話でした。

私から一つか二つ質問をして、それから会場の皆さんからの質問に移りたいと思います。質問はごく簡潔にお願いします。

この議会も、欧州全体も、準備を進めています。兵器の製造に巨額のお金が投じられています。

欧州の人口は4億5000万人で、ロシアは約1億4000万人です。

私たちがこれを支持していると言っているわけではありませんが、今後何が起きると思われますか。

欧州は戦闘を継続し、ロシアと力の均衡を保つことができると思いますか。

なぜなら、現時点ではロシアが勝っているからです。

外交こそが進むべき道であることは確かですが、今後何が起きるとお考えか、ぜひお聞かせください。

ジェフリー・サックス:

欧州で兵器が生産ラインから出てくる前に、ウクライナは破壊されてしまうと思います。

そして、たとえ兵器が完成したとしても、何も止めることはできないでしょう。

皆さんが対峙しているのは、核超大国です。

核超大国に対して「ロシアを打ち負かさなければならない」とか、「ロシアは敗北しなければならない」といった言葉を使うのは、理解しがたい過ちです。

それは問題の性質を取り違えた誤りであり、判断の誤りであり、全員を死に至らしめかねない誤りです。

ケネディ大統領の演説に有名な一節があります。その背景を説明しましょう。

皆さんもご存じだと思いますが、1962年10月のキューバ危機では、私たちは核による世界の終末に近づきました。

その歴史をご存じなければ、マーティン・シャーウィンの『Gambling with Armageddon(核の終末を賭けた危険な賭け)』を読んでください。

シャーウィンは、核の時代を研究した米国で最も偉大な歴史家です。

これはキューバ危機についての決定版ともいえる記録であり、想像以上に興味深い本です。

シャーウィンは、航行不能に陥ったソ連潜水艦が核弾頭を搭載した魚雷で攻撃する寸前まで行ったことを描いています。

米国の軍事ドクトリンに従えば、その攻撃は米国による全面的な核反撃を招き、おそらく文明を終わらせていたでしょう。

ケネディはその危機から抜け出す道を見つけました。

フルシチョフも同じように抜け出す道を見つけました。

ちなみに、二人とも偉大な人物でした。

なぜなら、二人の顧問たちは皆、戦争を始めるべきだと言っていたのに、ケネディとフルシチョフは、それはよい考えではない、この危機から抜け出す方法を見つけよう、と言ったからです。

そして実際に方法を見つけ、私たちは生き延びて、その出来事について語ることができているのです。

翌年、ケネディは世界を核戦争の瀬戸際から引き戻す決意を固めました。

そこから部分的核実験禁止条約が生まれたのです。

私はこの出来事について、『To Move the World: JFK's Quest for Peace(世界を動かす――JFKの平和への探求)』という本を書きました。

短くて、すぐに読める本です。

この本は、ケネディが1963年6月10日に行った有名な演説【注:当サイトに日本語訳あり】について書いたものです。

その演説でケネディは米国民に対し、私たちは相手側と平和を築く必要があると語りました。

彼はソ連に要求を突きつけたのではありません。

米国民にこう呼びかけたのです。

私たちは考えなければならない。さもなければ、皆死んでしまう、と。

フルシチョフはこの演説を読んで、平和を築きたいと述べました。

なぜなら、ケネディは、あなたはこれをしろ、あれをしろ、あなたは邪悪だ、とは言わなかったからです。

ケネディは、平和を実現できるように、私たち自身の姿勢を見直さなければならない、と言ったのです。

するとフルシチョフも、分かった、私たちもそうしよう、と言いました。

そして平和への動きが始まったのです。

ケネディが見事に示したのは、相手への敬意でした。

それは少しばかりの敬意などというものではありませんでした。

極めて雄弁な演説だったのです。

その中で彼は、次のように述べています。

「何よりも、核保有国は、自国の死活的利益を守りながらも、敵対する相手に、屈辱的な撤退か核戦争かの二者択一を迫るような対立を避けなければなりません。核時代にそのような道を選ぶことは、私たちの政策の破綻、あるいは世界全体の集団的な死への願望を示すものでしかありません」

なぜこれがそれほど重要なのか、説明しましょう。

ミサイル危機の後、重要な論点に満ちた演説の中で、ケネディは「何よりも」と言っています。

そして彼は、その言葉を文字どおりの意味で使っているのです。

何よりも、何をすべきなのでしょうか。

核保有国に、屈辱的な撤退か核戦争かという選択を迫ってはいけない、ということです。

ところがカラス氏【注:カヤ・カラスEU外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長】は、毎日のようにロシアに屈辱を与えたがっています。

バルト諸国は、毎日のようにロシアに屈辱を与えたがっています。

シコルスキ氏【ポーランド外務大臣】も、毎日のようにロシアに屈辱を与えたがっています。

私は喜んで実名を挙げます。なぜなら、私はこれらすべての国の政府と仕事をしてきたからです。

エストニアに対する貢献によって、エストニア政府から最高位の勲章を授与されています。

ポーランド政府からも、同国への貢献によって最高位の勲章を授与されています。

私はこれらの国々の敵ではありません。重要な局面で、これらの国々を助けてきたのです。

ロシアに屈辱を与えようとするのはやめてください。

ロシアに「屈辱的な敗北」を強いようとするのはやめてください。

何よりも、それを避けてください。なぜなら、それは死を望むことだからです。皆さんは本当に死を望んでいるのでしょうか。

愚かな米軍の将軍が、カリーニングラードを占領することなど問題なくできる、と言うのを望んでいるのでしょうか。

そしてプーチンが、ロシアはそれを守るためにあらゆる手段を使うと言うと、愚かな評論家たちが口をそろえて、「ああ、彼はただはったりをかけているだけだ」と言うのです。

私はこうした評論家たちには、本当にうんざりしています。核戦争が起きた後、彼らはどうするつもりなのでしょうか。

「ああ、すみません。はったりではありませんでした」とでも言うのでしょうか。

人類史上、誰よりもこの危機を実際に経験した人物が、相手に屈辱的な撤退を強いることを避けるよう警告しているのに、本当に屈辱を与えることが目的なのでしょうか。

では、ロシアと戦争をするために軍備を増強するというのは、一体どういうことなのでしょうか。

ロシアには、実戦配備されている核兵器が1600発あります。

何を考えているのですか。席に着いて、率直に話し合ってください。

そして、こうしたことにお金を浪費するのをやめてください。

先月発表されたPISA【OECDが実施している学力テスト】の成績を見てください。欧州の成績はよくありませんでした。

それも、パリの学生たちが街頭に出ている理由の一つです。学生たちは今、まともな教育を受けられていないのです。恥ずべきことです。

英国では医療制度を維持することすらできていません。

政府が財政破綻をかろうじて食い止めているような今、本当に第三次世界大戦を望んでいるのでしょうか。

いいえ、それはよい考えではありません。電話をかける方がはるかに安上がりです。

電話をかけるのに4500億ユーロも9000億ユーロもかかりません。

私は自分のZoomアカウントを使ってもよいと申し出たことさえあります。

コスタ議長(欧州理事会議長)でもメルツ首相でも、使いたいのであれば、私が費用を負担します。

電話をかけてください。ラブロフ外相と会ってください。私は彼を30年間知っています。彼は信じられないほど頭のよい人物です。彼と話してください。

歴史を振り返ってください。何ができるのかを話し合ってください。

受け入れられないこともあるでしょう。しかし、まったく正しいことも数多くあるでしょう。

それが外交というものです。ですから、軍備を増強するのは、よい考えではありません。

ロシアには、欧州に進軍する意図など少しもないからです。そんな意図はこれまで一度もありませんでした。

ナポレオンがロシアを脅かしたときと、ヒトラーがロシアを脅かしたときを除いては。

ロシアに少しばかりの余地を残してあげてください。

そうすれば、ロシアも皆さんに少しばかりの余地を残してくれるでしょう。

私の提案は、ウクライナを中立国にすることです。

それは皆さんの安全保障にも、ロシアの安全保障にも、ウクライナの安全保障にも役立ちます。

オーストリアの場合と同じです。1955年にオーストリアが結んだ取り決めは、なんと素晴らしいものだったでしょうか。

中立を宣言することで、冷戦による分断から抜け出したのです。

ちなみに、1952年にスターリンが提案した中立をドイツが受け入れていれば、冷戦は1952年に終わっていたかもしれません。

アデナウアー【コンラート・アデナウアー西ドイツ初代首相】はその提案を拒否しました。

なぜなら、統一された中立ドイツよりも、西ドイツが米国と結びついたままの分断国家である方がよい、と考えたからです。

ドイツの歴史家ロルフ・シュタイニンガーがこの問題を研究した際、英国の公文書館で一つの文書を発見しました。

アデナウアーが英国外務省の高官に伝えた内容を記録したものです。その中でアデナウアーは、実質的に次のように述べていました。

「私が統一と中立に反対するのは、スターリンを信用していないからではありません。ドイツ国民を信用していないからです」

信じられないことです。しかし、彼はそれを公には決して言いませんでした。こうして、1952年に冷戦を終わらせる機会を拒否したのです。

今すぐこの実際の戦争を終わらせたいのであれば、ウクライナは中立国になるべきです。

それだけです。

フィディアス・パナヨトゥ:

この問題に情熱をもって取り組んでくださっていることに感謝します。多くの人々が亡くなっているのですから。これは非常に、非常に深刻な問題です。

もう一つ、お礼を申し上げたいことがあります。先ほどポッドキャストを収録した際、私はキプロスが抱えている問題を取り上げました。キプロスはトルコに占領されています。

すると教授は、今申し出てくださったことと同じことを申し出てくださいました。

エルドアン大統領と友人関係にあるので、キプロス大統領とエルドアン大統領と一緒に話し合いの場を持ち、対話によって問題を解決できるようにしたい、ということでした。

さて、皆さんにも質問があると思います。

ダニーロ、いつでも発言してください。

まずスロバキアから始めましょう。

[笑い]

多極世界は可能か

欧州議会議員(スロバキア):

教授、スロバキアでは、あなたはまさに伝説的な存在です。

数年前、テレビ番組で司会者と討論されたことを覚えていらっしゃると思います。

あなたがロシアとウクライナについて真実を語ったために、その司会者が解雇されたのです。

本日はお越しいただき、そして素晴らしい講演をしていただき、ありがとうございます。

おっしゃったように、古い世界秩序は崩壊しつつあります。

この世界秩序は米国の覇権に基づくものでしたが、今、その古い秩序に代わる新しい世界秩序が生まれるかもしれません。

新しい世界秩序が、一方に米国、他方に中国、ロシアなどを含むBRICS諸国があり、両者の間の均衡、つまりバランスに基づくものになると想像できますか。

また、そのような枠組みの中で、欧州連合はどのような役割を果たすべきでしょうか。

現状では、私たちは米国の操り人形にすぎません。

エネルギー、経済、政治、軍事のすべてにおいて、米国に非常に依存しています。

そして、あなたがおっしゃったように、それは私たちにとってよいことではありません。

もう一つ、小さな質問があります。1990年代、西側はロシアを裏切りました。

もしゴルバチョフの顧問だったあなたが、タイムマシンに乗って過去に戻ることができるとしたら、そして彼らが裏切られることをあらかじめ知っていたとしたら、ゴルバチョフやほかの人々に、何を違うようにすべきだったと助言しますか。

ジェフリー・サックス:

私は、地域を基礎とした世界を信じています。

なぜなら、今日の世界では、どの国も単独では十分な規模を持たないからです。

スロバキアも、ドイツも、フランスも、米国も、中国も、単独では、脱炭素型のエネルギーシステムを構築したり、自然環境を守ったり、AIや今後直面するその他多くの課題に対処したりするには、十分な規模を持っていません。

ですから私は、強い欧州を支持しますし、世界のほかの地域についても、地域としてのまとまりを支持しています。

以前、私はほかの地域に対し、欧州連合を模範として、同じような連合を作るよう勧めていました。

私は何十年にもわたり、アフリカ諸国に対し、アフリカ連合を強化するよう助言してきました。

またASEANとも協力し、東南アジア諸国が連合としての力を強めることを支援しています。

ほかの地域についても同様です。

では、それは世界秩序にとって何を意味するのでしょうか。

私は現在、世界には四つの超大国があると考えています。

米国、ロシア、中国、インドです。

もちろん欧州も、経済面と生活の質という点では超大国です。

しかし、地政学的には超大国ではありません。

なぜなら、今の欧州には欧州自身の地政学が存在しないからです。

欧州には、欧州の利益を反映した地政学が必要です。

ただし、私が強調してきたように、それは平和に関する利益であって、ロシアとの戦争に向かう利益ではありません。

私はブロックではなく、列強の協調を信じています。

欧州が最も平和だった時代は19世紀でした。

もちろん完全ではありませんでしたが、「欧州協調」の時代だったのです。

1815年にナポレオンが敗北した後、まずオーストリア、プロイセン、英国、ロシアの4大国が協調体制を築きました。

そこにブルボン朝のフランスが加わり、5大国による欧州協調体制となりました。

それぞれ利益も違い、政治も違い、制度も違っていました。

それでも彼らは、欧州での戦争を避けるために定期的に協議しよう、と決めたのです。

この仕組みは、数十年にわたって非常にうまく機能しました。

もちろん、ギリシャ独立戦争やセルビア問題、1848年の諸革命など、多くの緊張がありました。

それでも欧州は、全面的な戦争を回避しました。

ドイツ統一戦争、イタリア統一戦争、クリミア戦争はいずれも大きな戦争でしたが、欧州全域を巻き込む戦争ではありませんでした。

1871年以降も、協調体制はなお有効に機能していました。

1870年代から1880年代にかけて、この体制を実質的に運営していたのはビスマルクでした。

彼は並外れて抜け目がなく、有能な首相で、実際に平和を望んでいました。

彼はドイツ統一を望み、そのためには戦争が必要でしたが、統一後は欧州の平和を望んだのです。

この協調体制が崩れ始めたのは1890年でした。

皇帝ヴィルヘルム2世がビスマルクを解任したときです。

ドイツとロシアの間には、ビスマルクがロマノフ家との間で交渉して結んだ秘密協定がありました。

どちらかが第三国に攻撃された場合、もう一方は中立を維持する、というものでした。

これが再保障条約です。

しかしビスマルクが失脚すると、この条約は更新されずに失効しました。

その後、ロシアはフランスと同盟を結びました。

1907年には英国も加わり、三国協商が成立しました。

これに対抗したのが、ドイツ、オーストリア=ハンガリー、イタリアの三国同盟です。

こうして1907年までに、欧州はもはや協調体制ではなくなりました。

二つのブロックに分裂したのです。

そして1914年6月28日、サラエボで大公が暗殺されると、この二つのブロックは一歩ずつ、第一次世界大戦という巨大な衝突へと向かっていきました。

私はブロックに反対です。

世界を二つに分割するという考えに反対です。

それはひどい考えだと思います。

私は同盟そのものも、まったく好きではありません。

私ならNATOを解体します。

そして、欧州は米国の同盟国ではない、と言います。

欧州と米国にはそれぞれの利益があり、共通の歴史的遺産と文化もあります。

しかし、私たちは同盟国ではありません。

私は同盟が好きではないのです。

私が好むのは法です。

国連憲章が好きです。

すべての国が共通の原則を守るという考えが好きです。

そして大国については、列強が協調するという考えが好きです。

これは1945年のフランクリン・ルーズベルトの構想でした。

彼はそれを「四人の警察官」と呼びました。

彼の構想では、国連には英国、ソ連、中国、米国という四人の警察官がいることになっていました。

そこに、極めて抜け目がなく成功した政治家だったド・ゴールが割り込み、フランスを五番目の警察官にしたのです。

しかし、もともとの考えは、これを大国間の協調体制にすることでした。

ちなみに、ルーズベルトは本当に偉大な人物でした。

驚くほど頭の切れる人物で、並外れて有能でした。

そして、彼が特に力を発揮したことの一つが、ヨシフ・スターリンとの反ヒトラー同盟を維持したことでした。

チャーチルにはできなかったでしょう。

チャーチルは、その意味ではまったく賢明ではありませんでした。

しかしルーズベルトは違いました。

そのことで誰もが彼を攻撃し、スターリンにすり寄った、などと言います。

しかしルーズベルトは、そんな見方よりもはるかに賢明でした。

彼は、私たちは戦争をするのではなく協力すべきだと、固く決意していたのです。

私がよく言うことですが、もし1945年に高血圧の薬があったなら、冷戦は決して起きなかったでしょう。

ルーズベルトは63歳という若さで亡くなりました。

非常に高い血圧を抱えており、1945年4月12日に突然亡くなったのです。

その後、誰もがトルーマンに、私たちはソ連との対決に向かっている、と言い始めました。

そして皆さんもご存じのように、5月8日のドイツ降伏からわずか数日後、チャーチルは自国の軍事計画担当者たちに、ソ連侵攻を検討するよう命じました。

「アンシンカブル作戦」です。

それはルーズベルトの構想ではありませんでした。

ルーズベルトの構想は、統治形態が大きく異なる四つの大国でも、実際に協力できるというものでした。

安全保障理事会は、見せ場づくりや対立の場ではなく、大国間の協調の場となるはずだったのです。

拒否権の本来の考え方も、現在私たちが考えているようなものではありませんでした。

共産主義者を阻止するためとか、相手側が何か恐ろしいことをするのを防ぐためのものではありませんでした。

拒否権の目的は、すべての大国が協調して行動することを保証することだったのです。

私は、米国、インド、中国、ロシアに協力してほしいのです。

ブロックは望みません。

中国に敵対する理由など、私にはまったく見当たりません。

中国が望んでいるのは、ただ普通であることです。

まともな生活を送りたいのです。

そして、米軍基地に取り囲まれたくないのです。

ちなみに米国には、史上最悪の国務長官の一人であるジョン・フォスター・ダレスが作った、狂気じみたドクトリンがあります。

チャーチルが彼を「Dull, Duller, Dulles」と評したことをご存じでしょうか。

「退屈、もっと退屈、ダレス」という言葉遊びですが、なかなか的確な要約です。

1951年、ダレスは実質的に、中国を外洋に出さないようにする必要がある、と述べました。

想像できますか。

中国が太平洋にアクセスできないようにするというのが、米国のドクトリンなのです。

これは「第一列島線」と呼ばれています。

狂気の沙汰です。

この世界で、あと何回戦争をしなければならないのでしょうか。

中国は太平洋に出てはいけない。

なぜなら、米国の国境は日本にあるからだ、というわけです。

どうやらそこが私たちの国境らしいのです。

ですから、私は中国に対抗するブロックなど望みません。

『フォーリン・アフェアーズ』の最新号には、カート・キャンベルとラッシュ・ドシによる、ひどい論文が掲載されています。

【How Alliances Survive: The Case Against Pessimism and the Path to a New Allied Orderという論文】

中国と力の均衡を保つためには、米国の同盟とブロックを拡大する必要がある、と主張するものです。

私はこれに対する反論を書きました。

それこそが私たちを第一次世界大戦に導いた論理であり、そこから抜け出す方法ではない、と述べました。

残念ながら、『フォーリン・アフェアーズ』は掲載してくれません。

ですから、皆さんがそこで読むことはできません。

別の方法でこの考えを伝えようと思っています。

しかし、いずれにしても、ブロックを作るのはやめましょう。

では、それは欧州にとって何を意味するのでしょうか。

逆説的なのは、欧州の諸機関が、私の考えでは誤った決定のために、人気と支持を劇的に失っていることです。

しかし、だからといって、ナショナリズムを強めれば欧州の問題が解決する、と考えるのは重大な間違いです。

問題はそこではありません。

よりよい決定をすれば、欧州の問題は解決するのです。

欧州の問題は、欧州全体の機関が存在することではありません。

問題は、間違った選択にあります。

欧州が分裂すれば、事態ははるかに悪化するでしょう。

なぜなら、規模が必要だからです。

実際、欧州には、いくつかの有力な存在が必要です。

エアバスは非常によい考えでした。

AIやその他の分野でも、同じような対応が必要です。

そうすれば、何もかも米国に完全に依存せずに済みます。

ですから私は、列強協調体制の一員としての強い欧州を支持します。

欧州の人々には、欧州を積極的に擁護してほしいと思います。

しかし、それは戦争に向かう欧州であってはなりません。

そんな欧州では皆が死ぬことになりますし、擁護すべきものではありません。

正しいものを擁護してください。

欧州はかつて、持続可能な開発、生活の質、平和的な制度、一つの地域を構成する国家間の統合、欧州グリーンディール、そして世界中が欧州に注目するような、数多くの本当に素晴らしい先駆的な取り組みを最も力強く推進していました。

それこそが大国としての地位です。

それこそが正しいことをするということです。

トランプ氏の妄想の世界の一部になることは、正しいことではありません。

ダニーロ・デッラ・ヴァッレ欧州議会議員:

フィディアスも言いましたが、EUは時に、再軍備やその他の地政学的選択を正当化するために、「戦略的自律性」という魔法の言葉を使います。

しかし、中国やロシア、ウクライナに関する決議を見ると、EUはしばしば米国の利益に奉仕しているように見えます。

現在のEUを一言で表すとしたら、どのように定義されますか。

もう一つ質問があります。

グローバル・サウスは、あなたが描かれたような事態を防ぎ、国際法と国連を再び機能させるために、何らかの行動を取ることができるでしょうか。

ジェフリー・サックス:

よい質問です。素晴らしいですね。

EUの最大の過ち

制度としての欧州連合が犯した最大の過ちは、NATOと欧州を同じものとして扱ってきたことです。

法的には、多くの点でそうなっているのは確かですし、皆さんの方が私よりうまく説明できるでしょう。

しかし欧州とNATOは、あたかも同じものであるかのように結びつけられています。

もちろん、両者は同じものではありません。

それなのに、あまりにも密接に絡み合っているため、これは戦略的自律性とは正反対の状態です。

両方の機関が同じ都市、つまりこのブリュッセルにあるのは、少し残念なことです。

NATOが別の場所にあれば、欧州にとってははるかによいでしょう。

個人的には、欧州の友人として、私はNATOを終わらせます。

NATOが何かの役に立っているとは思いませんし、皆さんを守っているともまったく思いません。

NATOを終わらせることで、考え方が明確になると思います。

私はNATOを終わらせます。

それだけです。

もちろん、それと並行して外交を進めますし、まずいくつかのことを確認します。

しかし、NATOは終わらせます。

欧州には、控えめながらも実質的な防衛力が必要です。

それは間違いありません。

このことは、特に核兵器の問題という、非常に微妙な問題を提起します。

これは向き合わなければならない現実の問題です。

しかし欧州に1000発もの核兵器は必要ありません。

また欧州は、自ら戦争を挑発しない限り、攻撃に対して脆弱なわけではありません。

ですから、カリーニングラードを1時間で占領できる、などと言うのはやめてください。

ロシアを挑発しないでください。

エストニアの友人たちに伝えてください。

あなたたちは小さな国なのだから、落ち着いてください。意地悪なことをするのはやめてください。そんなことをする理由はありません、と。

そうすれば、欧州の利益に基づく戦略的自律性を実現し始めることができます。

欧州とロシアは、自然な貿易相手です。

ロシアの国土は1700万平方キロメートルで、人口は約1億4500万人です。

そして天然資源に満ちています。

一方、欧州、とりわけ西欧は、非常に人口が密集した地域です。

世界でも最も人口密度の高い地域の一つです。

経済理論によれば、一方が土地に由来する資源を輸出し、他方が高度な技能を多く必要とする製品を輸出する。

これは双方にとって利益のある、素晴らしい交換関係です。

しかも、単なる理論ではありません。

1990年から2010年頃まで、あるいは2020年頃まで、実際にそうした関係が存在していたのです。

ノルドストリームは、欧州にとって素晴らしいパイプラインでした。

もちろん私は、いずれ化石燃料そのものを終わらせたいと考えていますので、時間をかけて段階的に廃止されることを望んでいました。

しかし、ロシアと欧州が自然な貿易相手であるという考えは、まったく正しいのです。

欧州は、20回に及ぶ制裁によって、自らに巨大な経済的災難をもたらしました。

制裁は実際にはロシアにそれほど損害を与えていません。

しかし欧州には大きな損害を与えました。

主要な貿易相手との関係を自ら断ち切ったのです。

それは非常に破壊的な行為です。

その結果、欧州経済が下降の悪循環に陥っているのが分かります。

ドイツは中国に工場を持っているので、生き残るでしょう。

しかしドイツ国内には、どのような工場が残るのでしょうか。

今後分かるでしょうが、以前よりはるかに少なくなるでしょう。

なぜなら、高価な米国産LNGを使っていては、ドイツの産業は競争力を維持できないからです。

そして中欧の多くの国々はドイツ経済に依存しているので、ドイツが落ち込めば、皆一緒に落ち込むことになります。

ケインズ主義的軍国主義について言えば、大量のミサイルを製造すれば生活の質が向上するという考えですが、私はお断りです。

生活の質は、ミサイルを作ることから生まれるのではありません。

欧州の人々が望むものを提供できる民間経済があることから生まれるのです。

そこで問題は次のことです。

欧州はロシアとの関係を断ち切りました。

しかしロシアは苦しんでいません。

なぜなら、ロシアはこう言ったからです。

「分かりました。私たちには別の相手がいます。欧州がそうであったのと同じように、貿易相手として機能する、人口が多く密集した大きな経済があります。それは中国です」

これは便宜的な結婚ではありません。

経済的に見て、まったく理にかなったパートナーシップです。

中国にとっても素晴らしいことです。

中国は人口が非常に密集していますが、今や、さらに1700万平方キロメートルに及ぶ天然資源にアクセスできるようになったからです。

そしてロシアには、人型ロボットが必要です。

広大な国土を持ちながら、人口が減少しているからです。

ですから中国のロボットが、ロシアの資源を採掘し、広大な土地で農業を行うことになるでしょう。

これは素晴らしいパートナーシップであり、ロシアは将来、国としても経済としても非常に成功するでしょう。

欧州は、これまで常にそうしてきたように、貿易をすべきです。

しかし、今の欧州はいったい誰と貿易をしているのでしょうか。

中国とは貿易できません。

ロシアとも貿易できません。

米国は皆さんと貿易したいと思っていません。

これはすべて自滅的です。

そこには経済戦略が存在しません。

私の基本的な考えは、ユーラシア大陸という超大陸には世界人口の約70%が暮らしており、世界経済の中心になるべきだというものです。

一方の端に欧州があり、もう一方の端に中国がある、素晴らしい場所です。

両者が結ばれ、その間にあるすべての地域が相互接続によって繁栄し、一つの平和で統合された超大陸となるべきです。

それが経済戦略です。

今、欧州がどのような経済戦略を持っているのか、私には分かりません。

誰とも貿易をしたがらず、ますます保護主義的になっています。

私がよく言うように、ドナルド・トランプは皆さんに液化天然ガスを売りたがっています。

なぜなら、ガス生産業者が彼の選挙運動の費用を負担しているからです。

そして皆さんは、それを買っています。

私ならパイプラインを修復し、ロシアとの経済関係を再構築します。

欧州議会議員(チェコ共和国):

教授、素晴らしい講演をありがとうございました。また、スロバキアでの講演についても感謝します。

というのも、現在スロバキアでは、ウクライナ戦争を始めたのはロシアだと考えている人は、わずか30~40%しかいないからです。

一方、17%はウクライナが始めたと考え、34%は西側が始めたと考えています。

これはGLOBSECの調査によるものです。GLOBSECは相手側から資金を受け取っているわけではありませんから、正直な結果を示さなければならないはずです。

私がお尋ねしたいのは、今後も西側、つまり米国とEUを合わせた勢力が、世界で支配的な力、あるいは大きな影響力を持つ勢力であり続けると、なぜ私たちは考えているのか、ということです。

私たちの人口は、基本的にASEANと同じくらいです。

米国とロシアの対立について語られますが、一方の人口は3億4000万人、他方は約1億4000万人です。

その一方で、世界の残りの数十億人は、漠然とした関心を持って眺めています。

世界の大国の真の経済力と比べれば、この対立は重要性を失い、自然に解消していくのではないでしょうか。

「グローバル・サウス」

ジェフリー・サックス:

これは、ダニーロからの質問にも関係しています。先ほど答えるのを忘れてしまった、いわゆるグローバル・サウスについての質問です。

ちなみに私は、この言葉が好きではありません。

なぜなら、グローバル・サウスのほぼ全体が北半球にあるからです。

私は地理が好きなのです。

私が使う言葉は、「新興市場国・発展途上国」、つまりEMDCsです。

興味深いことに、EMDCsは世界人口の85%を占めています。これは非常に大きな割合です。

そして現在、世界総生産の約60%を占めています。

そこで、いくつかの基本的な事実をお話しします。

数値は必ずしも正確ではありませんが、おおよそ次のようになります。

1950年、現在のEU加盟27か国と米国は、それぞれ世界総生産の約4分の1を占めていました。

つまり両者を合わせると、世界総生産の約半分を占めていたのです。

中国は数%でした。

現在、米国は世界総生産の約14%、EU27か国は約13%です。

つまり、両者の合計は50%から27%になったのです。

人口について言えば、私の記憶が正しければ、1950年には米国と欧州で世界人口の約20%を占めていました。

その人口で世界総生産の半分を占めていたわけですから、一人当たり所得は世界平均の2.5倍だったことになります。

現在、EUと米国の人口を合わせると約8億人で、世界人口の10%です。

2100年までには、どちらの割合もさらに大きく低下します。

世界総生産に占める米国と欧州の合計割合は、おそらく11%程度になるでしょう。

世界人口に占める割合は、米国が約4%、欧州が約3.4%となり、合わせて約7.5%になります。

つまり、西側が主導する世界という考えは、2世紀にわたって存在した興味深い現象でした。

その収支決算について、ここで改めて検討するつもりはありません。

しかし、同じことが再び起きることはありません。

はっきりさせておきますが、中国が西側に取って代わって世界の覇権国になることもありません。

理由は単純な算術です。

中国の人口は劇的に減少するからです。

中国では高齢化が進みます。

今世紀末に向けて、人口の年齢中央値は60歳に近づき、人口は10億人を大きく下回るでしょう。

国連の出生率中位推計によれば、世界人口100億人のうち、中国の人口は約6億3000万人になります。

つまり、中国の世界人口に占める割合は、現在の約17%から約6%へと低下するのです。

それが、中国の世界総生産に占める割合にどのような影響を及ぼすか、考えてみてください。

中国の割合は、現在の約20%を頂点として、その後は人口減少のために低下し始めるでしょう。

中国は世界の覇権国にはなりません。

中国は非常に成功した国であり、驚くほど平和的な国であり、そして高齢化が進む国なのです。

人口動向が最も劇的に変化する地域は、もちろんアフリカです。

今後、人口が非常に急速に増加する唯一の地域です。

インドの出生率は人口置換水準に近く、それを少し上回っています。

そのため、人口は2060年代初頭に約17億人でピークに達し、その後徐々に減少して、2100年には約15億人になると予測されています。

今世紀末には、インドの人口は中国の2倍以上になるかもしれません。

アフリカの人口は倍増する可能性が高く、それ以上になるかもしれません。

1950年、アフリカの人口は世界人口の約9%でした。

現在は約19%です。

人口は約2億3000万人から、現在の15億人へと増加しました。

2050年には約25億人となり、国連の中位シナリオによれば、2100年には約38億人になります。

ところで、欧州のためにも、そしてもちろん、それ以上にアフリカ自身のためにも、アフリカにとって群を抜いて最も戦略的に重要なことは、今すぐ子どもたちを学校に通わせることです。

子どもたちは学校に通えていません。

そして、誰もそんなことを気にかけていないのです。はっきり申し上げます。

IMFの誰も、世界銀行の誰も、ほかのどこの誰も、本当には気にかけていません。

人々が心配そうな顔をしていない、と言っているのではありません。

しかし、本当の意味で気にかけている人はいないのです。

つまり、次のように言う人がいないということです。

「何ということでしょう。私たちには、教育を受けずに成長することになる何億人もの子どもたちがいます。いったいどうなるのでしょうか」

誰もそう問いかけていません。

ここでも、この議会でも、皆さんの欧州対外行動庁でも、誰もそう問いかけていません。

何が問われていないのかを考えると、私は驚かされます。

こうしたことから申し上げたいのは、西側が世界を支配することはないということです。

その前に、私たちが自分たちを吹き飛ばしてしまわないことを願いましょう。

西側は今も世界を支配していません。

米国がイランを打ち負かせないことは明らかです。

おそらくイエメンも打ち負かせないでしょう。

そして皆さんも、ロシアを打ち負かすことはできません。

私たちは、以前とは違う種類の世界に生きているのです。

最もよいのは、こう言うことでしょう。

私たちは皆、この世界で一緒に生きていくしかないのです。では、どうすればよいのでしょうか、と。

その方が、「西側の価値観」や「ルールに基づく秩序」を要求するより、はるかによいでしょう。

そうした要求は茶番です。

ルールに基づく秩序とは、国際連合のことです。

米国がまさにそこから離脱してきた、あの国連です。

米国に基づく秩序も、西側に基づく秩序も存在しません。

断じて存在しないのです。

存在するのは、国連に基づく秩序です。

私たちはそれを守り、機能させなければなりません。

そして、私たちは皆、この世界で一緒に生きているのだと認識する国家間の協調体制を築き、非常に深刻な問題の数々にどう対処するかを考えるべきです。

さて、以上のことは欧州にとって何を意味するのでしょうか。

悪いことは何もありません。

世界人口の4%であろうと、8%であろうと、12%であろうと、それ自体に悪いことは何もありません。

問題は、私たちがどのような生活の質を享受しているかということです。

私たちは平和に暮らしているでしょうか。

教育があり、文化があり、人間としての良識があり、本当の価値観がある暮らしをしているでしょうか。

安定して自分たちの食料を確保できているでしょうか。

ここで築かれてきた素晴らしい文明を享受できているでしょうか。

それこそが本当の問題なのです。

何十年も前に私がこの仕事を始めた頃、まだ表計算ソフトすらなかった時代ですが、私は、世界に占める私たちの割合が低下していくことを予測できたでしょう。

私には、それはごく自然なことに思えました。

過去200年間と同じことが、同じ形で繰り返されることはないと思っていたからです。

そして私は、米国が自らの力をどう使うべきかを常に考えていました。

1990年代、私は自分自身にこう言いました。

米国が今持っている力を使って、米国がそれほど強大ではなくなったときにも私たちが暮らしたいと思える世界を築くべきだ、と。

しかし私たちは、結局それに取り組みませんでした。

代わりに、私たちはこれから先、見渡す限りの未来にわたって、永遠に世界を支配するのだと思い込んでしまったからです。

そして今、私たちは漫画に出てくるような大統領の下で、このゲームを繰り広げています。

もっとも、これでは漫画に失礼ですね。

しかも彼は、何一つ理解する能力がまったくないために、非常に危険な人物なのです。

こうして私たちは時間を失っています。

私たちがまだ相対的な影響力を持っているうちにすべきことは、将来自分たちが暮らしたいと思う世界を築く手助けをすることです。

私たちは今でも、非常に大きな発言力を持っているのです。

欧州の生活水準は世界で最も高く、生活の質に対する評価も世界で最も高いのです。

私は毎年『世界幸福度報告書』の作成に携わっており、その創設にも協力しました。

上位20か国のほとんどすべてを欧州諸国が占めています。

これが生活の質です。

世界のほかの地域に、どうすれば質の高い生活を送れるのかを教えてください。

それはロシアと戦争することではありません。

まったく逆です。

それは素晴らしい使命です。

だからこそ誰もが欧州に来たがるのです。

私たちは今月ローマに滞在していますが、世界中から人々が押し寄せ、街は人でいっぱいです。

食べ物、歴史、美しさ、気候、コンサート、そのほかあらゆるものを楽しむためです。

生活の質が非常に高いからです。

その生活の質は維持できますし、さらに向上させることもできます。

しかし、今のようなやり方ではできません。

中国との関係を断ち、ロシアとの関係を断ち、といったことを続けていては、できないのです。

米国の中間選挙

もう一点だけお話しします。

もっとも、私の考えはもう十分明確に伝わったと思いますが。

おそらく3週間後には、米国でも少し雲が晴れるかもしれません。

私は、選挙が実施され、平和的に行われ、票が正直に集計されることを願っています。

もはや何一つ当たり前とは考えられませんが、おそらくそうなると思います。

そうなれば、トランプは少なくとも連邦議会の一院で多数派を失うでしょう。

そして、それは非常に大きな違いをもたらします。

危険な時期になるでしょう。

なぜなら、トランプはさらに予測不能になり、米国の憲法上の規範や制度に対して、いっそう敵対的になるからです。

しかし同時に、実際の権力という点では、彼の力は大幅に弱まるでしょう。

これは覚えておくべきことです。

ただし、私が申し上げたいのは、米国は今後10年から15年間、政治危機の中に置かれるだろうということです。

これは単なるトランプ現象ではなく、彼が去れば乗り越えられるというものではありません。

私たちは混乱しています。

皆さんと同じくらい混乱しているのです。

今の米国では、どんな問題についても一貫した議論ができていません。

ですから、以前の「西側の正常な状態」に戻ることを期待しないでください。

それはもう終わったのです。

欧州は今こそ、自分自身の道を見いだす必要があります。

米国を敵にする必要はありません。

しかし、この大西洋をまたぐ同盟も、NATOという仕組みも、皆さんの利益にはなりません。

皆さんの利益は、中国、インド、ロシア、そしてアフリカとの関係にあります。

それは別のことなのです。

そして、外交を米国に依存しないでください。

もし欧州の指導者がもう一度、

「私たちも交渉のテーブルに着かせてもらわなければなりません。私たち抜きで交渉することはできません」

と言うなら、皆さん、そもそもそんなテーブルは存在しないのです。

ただラブロフ氏に電話して、話がしたいと伝えればよいのです。

米国はそれを止めることはできません。

皆さんがすべきなのは、それです。

そのために米国は必要ありません。

実際、クシュナー氏とウィトコフ氏について1時間もお話しするつもりはありませんが、彼らのやっていることは外交とは何の関係もありません。

ですから、どうか自分たち自身の外交を行ってください。

フィディアス・パナヨトゥ:

時間がなくなってきましたので、一つか二つだけお話ししたいと思います。

アフリカと、アフリカの教育について触れられたからです。

私が以前取り組んだことの一つに、世界で最も貧しい国、ブルンジの孤児院での活動があります。

そこに約20台のコンピューターとインターネット接続を設置しました。

太陽光パネルから電力を供給する仕組みです。

今では、そこで何百人もの子どもたちがインターネットを利用できるようになっています。

私は自分自身のお金と、GoFundMeによる資金調達で、個人的にこれを行いました。

もしご覧になっている方の中に、このような事業をもっと始めることに関心がある方がいらっしゃれば、欧州議会議員としての私のメールアドレスに連絡してください。

同様の事業をさらに立ち上げるきっかけにしたいと思います。

教育についてもう一つ申し上げたいことがあります。

私は、教育は欧州で私たちが取り組むべき最も重要な問題の一つだと思います。

私たちの教育制度は、ほとんどがうまく機能していません。

私の国、キプロスについてお話しします。

子どもたちは苦しんでいます。

子どもたちは携帯電話のある新しい時代に育ち、インターネットやその他の場所から膨大な情報を得ています。

ところが学校に行くと、まるで刑務所のように感じるのです。

ですから、私たちはもっと積極的に取り組み、教育制度を大幅に改善する必要があります。

ジェフリー・サックス:

実に興味深いですね。

先月OECDが発表したPISA調査を見てください。

非常に興味深い結果です。

数学と科学の世界ランキングで第1位なのは中国です。

もちろん中国全体ではありません。

北京、上海、江蘇省、浙江省という四つの地域ですが、他を大きく引き離して第1位です。

上位はすべて東アジアが占めています。

これは所得やGDPの水準の問題ではありません。

教育の問題なのです。

読解力、科学、数学について、客観的な試験で測定された教育の成果です。

欧州はそのずっと下の第二集団にいます。

そして、さらに深刻な問題があります。

PISAにはアフリカのほとんどの国が含まれていないのです。

アフリカ諸国は、ランキングの最下位にすら入っていません。

フィディアス・パナヨトゥ:

そのとおりです。

ですから、私たちには、非常に実践的で基本的な課題がたくさんあります。

おっしゃるように、これは考えるまでもなく当然取り組むべきことです。

ジェフリー、今回の欧州議会での時間はいかがでしたか。

ジェフリー・サックス:

今後もまた招いていただけることを願っていますが、私はここに来るのが大好きです。

ダニーロ、ありがとうございます。

そして皆さん、ありがとうございました。

本日お集まりいただき、ありがとうございます。

フィディアス・パナヨトゥ:

貴重なお時間を私たちと共有していただき、ありがとうございました。

おやすみなさい。

2026年10月14日

Thursday, October 22, 2026

再攻撃は近づいており、イランは準備ができている:ペペ・エスコバール Pepe Escobar with Andrew Napolitano: Another Attack Is Imminent, and Iran is Ready

アンドリュー・ナポリターノによるペペ・エスコバールへの10月22日のインタビューを日本語でまとめました。ペペはブラジル出身。今進んでいるユーラシア経済統合を20年以上現場で追い続けているベテランジャーナリストです。タイ、フランス、モスクワなどにも拠点をもち、ここまでラテンアメリカ、ユーラシア全域を足でまわって現地情報にもとづく発信ができるグローバル・ジャーナリストはまずいないかと思います。ペペの発信から目を離せません。翻訳はAI訳に乗松聡子が手を加えました。ところどころ説明やリンクも加えてあります。小見出しは乗松がつけました。(無駄話のような箇所は省いているところもあります。)@PeacePhilosophy 

2026年10月22日「Judging Freedom」

ブラジル大統領選は接戦

ナポリターノ:この日曜日(10月25日)だと思いますが、ブラジル大統領選の決選投票では、誰が勝つと予想していますか。

エスコバール: はい、日曜日です。非常に複雑です。誰を信頼するか、どの世論調査を信頼するか、そしてどのような情報操作を信じるかによって違ってきます。今は双方とも、度を越した印象操作を行っています。基本的には互角です。

ですから、勝敗を決めるのは、第1回投票で投票に行くことさえしなかった2,900万人の有権者の動向でしょう。

ナポリターノ: なるほど。つまり、米国の選挙人団のような制度ではなく、有権者による直接投票なのですね。

エスコバール: そのとおりです。

ナポリターノ: 1票差でも勝てるわけですね。

エスコバール: 文字どおり、1票差でも勝てます。

第1回投票の差は200万票余りでした。それほど大きな差ではありません。ルラとその陣営が、ようやくソーシャルメディアに全力で取り組むと決めたからです。この10日間ほどで、その200万票の差の一部を取り戻したかもしれません。だから互角なのです。

問題は、ボルソナロを上回るだけの勢いがあるかどうかです。これは非常に難しいところで、とりわけブラジル南東部で何が起きるかに左右されます。南東部は、生活水準が米国や欧州に近い地域です。国内でも豊かな地域で、通常はボルソナロ側が勝ち、彼の父親も勝っていた地域です。

ところが、第1回投票では何もしなかった人々が、今になって、ボルソナロ一族が実際に何をしようとしているのか、注意を払い始めました。数々のスキャンダルにもです。

とりわけ、ボルソナロ一族が政権に戻れば、ブラジルは資源収奪型の新植民地に成り下がり、トランプ政権、国際資本、そしてシリコンバレーのテクノ封建領主たちの意向に完全に従属することになります。人々は今になって、ようやくそれに気づき始めているのです。


マルコ・ルビオの傲慢

ナポリターノ: そうなれば、マルコ・ルビオ国務長官が支配者になる。キューバに対してそうなりたいと思っていて、ベネズエラに対してはすでにそうであるように。

エスコバール: ええ。そのマルコ・ルビオは、ちなみにラテンアメリカが嫌いです。スペイン語圏ではないブラジルも含めてです。

ルビオは、自分はキューバ人ではなく、イタリア人とスペイン人の子孫なのだと、好んで言います。

ナポリターノ: つまり、「私はあの人たちとは何の関係もない」と言っているようなものですね。

先日、そのルビオがギリシャで、まるでこの25年間眠っていたかのように語っていました。今も一極支配の時代であり、米国が覇権国で、その覇権を維持するために軍事力を使う、と。北京とモスクワでは、あれをどう受け止めたのでしょうか。

エスコバール: 私が本当に驚いたのは、この人物がアテネのアクロポリスの前に立ち、約2,500年前の歴史を持ち出して、ペルシャのクセルクセス帝はチンギス・ハンよりもひどい専制君主だった、そして「われわれこそが西洋文明の継承者なのだ」と言ったことです。その「われわれ」とは、もちろん、自国を例外的な存在とみなす帝国のことです。

それから2週間もたたないうちに、彼はどこにいたのか。サマルカンドのレギスタン広場です。サマルカンドは、世界でも最も美しい、ペルシャ文化の影響を受けた都市の一つです。

それでも彼は、その皮肉に気づいていません。


帝国のイラン再攻撃は近い

ナポリターノ: ペルシャといえば、もちろんイランの旧称ですが、イランは米国とイスラエルによる攻撃に備えているのでしょうか。

大統領は今や、攻撃が米国の選挙日後になると公言しています。もちろん、それで実際に攻撃が起きると決まったわけではありません。イスラエルの選挙ではなく、米国の選挙のことです。今日から10日後ですね。

エスコバール: イランは、文字どおり今から5分後に起こり得ることから、11月末までに起こり得ることまで、あらゆる事態に備えています。すべてのシナリオを想定して検討しています。

例えば、イスラエルの選挙前、今後数日のうちにイスラエルが攻撃する場合。米国の中間選挙後に米国とイスラエルが攻撃する場合。あるいは、ペルシャ湾の近くに、とりわけ海軍と空軍の戦力をすべて配置し終える11月末に、米国が攻撃する場合です。あらゆる事態に備えています。


イランは、米国が合意した「覚書」から動かない

基本的に、イランがパキスタンのアシム・ムニール元帥に間接的に伝えたのも、そのことです。あれは非常に重要な訪問でした。ムニールがイランを訪れたのは火曜日(10月20日)です。

ナポリターノ: 視聴者が話についていけるように確認します。パキスタンの陸軍トップのことですね。おそらく首相よりも強い権力を持つ地位です。

エスコバール: パキスタンを事実上動かしている人物です。

ナポリターノ: トランプが直接連絡を取れる相手でもあります。しかし、米国とイランの仲介役を務めようとしているのでしょうか。今週テヘランを訪れた際には、何があったのですか。

エスコバール: そのとおりです。これは非常に込み入った話です。

例えば、米国内や西側メディア全体で流されている説明では、ムニールはトランプ政権の最後通告を携えていたということになっています。

「核開発計画をやめなければ、ピックアックス山を爆撃する」というものです。

しかし、イラン側の情報源で、それを直接、間接、あるいはメディアを通じて確認したところはありません。

ただ、ムニールは会談した3人の重要人物に、あるメッセージを伝えたことは確かです。彼は3回、別々に会談しました。ガリバフ国会議長、ペジェスキアン大統領、そして最も重要なのが、政権のナンバー2で、最高国家安全保障評議会書記のモフセン・レザーイです。

私たちの側のメディアでも、モフセン・レザーイがムニールをぞんざいに扱ったという憶測が盛んに流れました。しかし、そうではありません。モフセン・レザーイは、愛想を振りまいてその場を取り仕切るような人物ではないのです。違うタイプです。

彼はペルシャ人ではなく、ロル人です。ロル人はイランの少数民族で、2,500年にわたって、あのような見事な外交上の働きかけをしてきたペルシャ人に比べると、やや荒っぽいところがあります。[笑]彼はタフです。非常にタフです。

そして基本的には、ガリバフとペジェスキアンが、それ以前にもっと外交的な言い方で伝えたことを、ムニールに伝えました。

「この事態から抜け出す道は一つしかない。われわれの7項目の要求だ」と。

それは基本的に、了解覚書 Memorandum of Understanding を絞り込んだものです。

ちなみに、この7項目は、ウィトコフとクシュナーがイスラマバードに来ていた前回の会合以来、米国側とのさまざまな間接協議で話し合われてきたものです。

つまり、イスラマバードの了解覚書を絞り込んだものです。当初の14項目が、今は7項目に集約されています。しかし、本質的には同じです。

「われわれの資金を返せ。制裁を終わらせろ。すべての戦争を終わらせろ」ということです。その戦争にはレバノンとガザも含まれます。トランプ政権がそれに従わないことは、私たち皆が分かっています。

しかし、モフセン・レザーイがムニールに伝えたのは、こういうことでした。

「戻ってトランプ大統領に伝えなさい。彼が当初の覚書に署名した内容に関わる、この7項目に従わないなら、交渉はない。それだけだ」と。


米イスラエルによる偽旗作戦が起こるかもしれない

ナポリターノ: なるほど。イラン側が、米国とイスラエルの攻撃が、例えば数時間以内に迫っていると判断した場合、先に攻撃するのでしょうか。それとも、まず攻撃を受けるまで待つのでしょうか。

エスコバール: 情報機関が、攻撃が起こる確率は90~100%だと確信していれば、先制攻撃に出るでしょう。50%、60%、70%程度なら、待つでしょう。しかし、絶対に確実だと判断すれば、先制攻撃に出ます。

そのことは、すでに繰り返し表明していますし、湾岸の産油君主国にも伝えています。ですから、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、クウェート、バーレーンなどで権力を持つ人々は、皆それを知っています。

イランは、こう伝えています。

「あなた方の領土から攻撃が行われれば、その代償を払うことになる。その代償は極めて大きい」と。

皆、そのことを承知しています。

ナポリターノ: 今や5日後に迫るイスラエルの選挙前、あるいは10日後の米国の選挙前に、偽旗作戦が起きることを懸念していますか。

米国やイスラエル、あるいは別の国への攻撃を、米国とイスラエルがイランの仕業だとするようなことです。フライドバイの一件のように。

エスコバール: フライドバイのあの一件ですね。そのとおりです。

はい。私たち独立した分析者は皆、特に今後数日間に、あの「死のカルト」が仕組む偽旗作戦を懸念していると思います。それは間違いありません。

ナポリターノ: 「死のカルト」というのは、モサドとネタニヤフのことですね。

エスコバール: 「死のカルト」というのは、外交的に穏当な言い方ですよ。[笑]

ナポリターノ: 何ということでしょう。イスラエルでは、あのガディ・アイゼンコット将軍によって、ネタニヤフ以上に人を殺す首相が誕生する危険があるのでしょうか。

エスコバール: 彼らは皆ひどいものです。彼らの間の違いは、ごくわずかです。過去、あるいは比較的最近、多少は受け入れやすい人物であるかのように振る舞っていた人々でさえ、基本的な考え方は同じです。

もちろん、ネタニヤフ自身が戦争犯罪者であり、ジェノサイドを行う戦争犯罪者です。そして、まさにジェノサイドを行う戦争犯罪者であるからこそ、イスラエルで今も非常に高い人気を保っているのです。

ですから、判断の基準そのものが、理解しがたいほど低くなってしまっています。

大きな違いはありません。これは戦争社会です。戦争なしでは、そしてジェノサイドや小規模なジェノサイドを次々と繰り返すことなしでは、生きていけない社会なのです。


米イスラエルの目的はイラン政権転覆

ナポリターノ: トリタ・パルシ(クインシー研究所共同創設者)の発言を紹介します。

「イスラエルの選挙まであと6日しかない。だから当然のように、ネタニヤフは、またも破滅的な戦争を始めるというシグナルを送っている。私はこれを極めて深刻に受け止める」

これは、イランが再び核爆弾を求めているとネタニヤフが述べ、イラン政権の打倒を呼びかけたことを受けたものです。

エスコバール: 彼がこの30年間言い続けてきた、同じたわごとです。

そして昨日か一昨日、イスラエルでの集会で、真の狙いが体制転換であることを、公の場ではっきり認めました。単刀直入にそう言ったのです。核の問題とは関係ありません。彼が望んでいるのは体制転換です。それだけです。

これは、戦争が始まる前に、彼がトランプに売り込んだ話そのものです。

ナポリターノ: 「週末だけで体制転換を実現できる」という話ですね。

エスコバール: そのとおりです。

ナポリターノ: それがトランプに売り込まれたたわごとであり、アヤトラ・ハメネイと、その家族の大半を殺害する動機になったわけです。

ワシントンは、イランを政治的、軍事的にだけでなく、経済的にも世界から孤立させられると考えているのでしょうか。もしそうなら、中国とロシアの存在が、耳にも目にも入っていないのでしょうか。


西側が概ね無視したアラグチ・ラブロフ会談

まだ公表されていない最新のコラムで、今週初めにテヘランで行われたラブロフとアラグチの会談(10月16日)について書きました。あの会談は非常に重要でした。アラグチが述べたことの一つですが、西側ではまったく報じられていません。西側の報道は皆無だったのではないでしょうか。

ナポリターノ: 今日、あなたから聞くまで、セルゲイ・ラブロフがテヘランにいたことさえ知りませんでした。

エスコバール: ほら、そうでしょう。またもや、ということです。

つまり、ラブロフがテヘランでアラグチと会い、ロシアとイランの協力について、あらゆることを話し合ったという事実を、米国では誰も知らないのです。

アラグチは、さまざまな発言の中で、「両国の歴史において、関係がこれほど緊密になったことは一度もない」と述べました。重要なのは、この「歴史上一度もない」という点です。

これは、私たちがこの番組で何か月も話してきたことを意味します。外務省だけでなく、首脳同士も含めた最高レベルで、あらゆることを話し合っているのです。


ラブロフ、西アジアの安全保障の不可分性を提案

そして、とりわけ外交政策上の四つの最重要課題、パレスチナ、レバノン、イエメン、ウクライナについて、詳しく協議しました。

この協議の後、ラブロフはある提案をしました。見事なものでした。私はそれを見たとき、こう思いました。

これは、特別軍事作戦が始まる前の2021年12月、安全保障の不可分性について、ワシントンとNATOに書簡を送り、米国側と進めようとしていたことと、まったく同じではないかと!

もちろん、そのとき米国とNATOから返ってきたのは、回答の体をなしていない回答でした。

アラグチとの会談後、ラブロフは、西アジアにおける安全保障の不可分性を提案しました。基本的には、湾岸のすべての産油君主国と、その周辺の他のアラブ諸国、そしてイランが同じテーブルにつき、安全保障の不可分性について話し合わなければならない、と述べたのです。

つまり、イランとロシアはすでに、メッカ防衛同盟をはるかに超えるものの可能性について、調整を始めようとしています。

メッカ防衛同盟は、基本的にはサウジアラビアの策略です。サウジアラビアは、自らの対イエメン戦争にトルコとパキスタンを引きずり込もうとしていました。そして今、トルコとパキスタンは、加わったことをひどく後悔しています。ですから、何とか立ち回ろうとしているのです。

これは安全保障の不可分性ではありません。

ロシアとイランが、ラブロフを通じて提案し始めているのは、全員が同じテーブルにつき、西アジア全体と、その周辺の国々が、真の安全保障の不可分性について話し始めることです。

もちろんサウジアラビアも含まれます。例えば、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、イランが同じテーブルにつくということです。それはまだ実現していません。


制裁を超えて、商取引を続けるイラン・パキスタン・ロシア・中国

ナポリターノ: モスクワと北京は、スコット・ベッセント商務長官による二次制裁、三次制裁をイランが回避するのを助けるため、何をしているのでしょうか。

エスコバール: 商取引は続いています。貿易も商取引も続いているのです。

中国の場合は、パキスタン経由です。これは非常に複雑な話で、今週初めにもラリー・ジョンソンと私で取り上げました。そして、ようやく最終的な、決定版といえる説明が得られました。

いくつかの事情が重なっていたのです。一つは、パキスタンがIMFの人質となっているために、その制約に従わなければならなかったことです。IMFに12億ドルの分割払いをしなければならず、米国に逆らうわけにはいきませんでした。同時に、ベッセントの二次制裁を非常に恐れていました。(訳者注:パキスタンにとっては、イランへの輸入代金の支払いを扱うと、自分たちの銀行まで米国の制裁対象になるかもしれないといった恐れがあった)

そこで、数日間、2日か3日、長くても4日ほど、(イランとパキスタンの)国境を閉鎖しました。国内の行政命令の一つを撤回したためです。その命令の下では、パキスタンの輸入業者は、イランから何かを輸入する際、多くの煩雑な手続きを経る必要がありませんでした。それを撤回したのです。

その結果、パキスタンの輸入業者は、ある日突然、イランからの輸入代金を支払うために、パキスタンの銀行を通さなければならなくなりました。

パキスタンの銀行が、当然ながら米国の金融システムにつながっていることは、皆が知っています。ですから、どの銀行も制裁対象になり得るわけです。パキスタン側は、それを回避する方法を探しています。

この措置を出したのは(パキスタンの)商務省でした。

そこで、パキスタンを実際に支配する人物であるムニールは、どうしたか。すぐにテヘランへ行き、こう言いました。

「もうこれで終わりだ。今後は、すべての国境を開放する」と。

本当にその後ずっと開放されているのかは、まだ分かりません。情報が食い違っています。

しかし、彼が自国の商務省の判断を覆したことは確かです。イランからパキスタンを通り、中国にまでつながる、このさまざまな面で重要な生命線は維持しなければならないと、イラン側に示す必要があると分かっていたからです。

中国にも、この陸上の生命線が維持されることが重要です。パキスタン経由で、多くの物資をイランに輸出しているからです。

ロシアの場合、生命線はカスピ海です。イランはカスピ海を通じて、多くの物資を輸出入しています。カスピ海そのものを船で渡る場合もあれば、周辺の補助的な道路を使う場合もあります。


イランの石油がロシアに売られ、米国に

そして、これは非常に重要ですが、イランはロシアに石油さえ輸出しています。その石油はロシアでディーゼル燃料に精製され、米国に売られます。さらに、その一部を米国が売って、途方もない利益を上げる。誰に売るのか。あの愚かな欧州諸国にです。

ナポリターノ: 何とも皮肉な話ですね。信じがたいほどです。 イラン産の石油がロシアで精製され、米国に売られる。

リンゼー・グラムの法案を支持する人々、つまり議会の大多数は、これを聞いたら髪をかきむしるでしょうね。[笑]

この先、何が起こると予想しますか。トランプはピックアックス山を爆撃しようとするのでしょうか。しかし、そこに何があろうと、非常に深い地下にあるので、手も足も出ない。それでも勝利を宣言して帰るのでしょうか。

エスコバール: それは、あり得るシナリオの一つです。

ただ、いつなのかは、まだ分かりません。中間選挙後かもしれませんし、11月末になってからかもしれません。11月については、この二つが最も可能性の高いシナリオです。


イランは備えができている

そして、米国側が流している説明によれば――繰り返しますが、テヘランでは誰も確認していません――、これは最後通告の一部だったということです。

「今すぐ核開発計画を放棄しなければ、ピックアックス山を爆撃する」と。

それほど露骨な言葉が、ムニールを通じてイラン側に伝えられたのかは疑問です。おそらく、ほかにも何らかの条件が間に挟まれていたのでしょう。しかし、爆撃の脅しがあったことは確かです。

ただし、イラン側には、もう脅しは通じません。脅しに反応しませんし、もはや気にしてもいません。

彼らが集中しているのは、自分たちの対応だけです。全員が、攻撃はあると確信しています。

全員というのは、ガリバフ、アラグチ、ペジェスキアン、モフセン・レザーイ、イスラム革命防衛隊の幹部たち、皆です。攻撃は起きると確信していて、5分後に攻撃があっても、すでに備えはできていると言っています。来月に攻撃があっても、やはり備えはできている、と。


パリは燃えている。フランス情報機関からの潜入も?

ナポリターノ: 終わる前に話題を変えましょう。あなたはパリか、そのすぐ近くに家をお持ちですよね。状況はどれほど悪いのでしょうか。この写真のように、パリは燃えているのですか。

エスコバール: 政府にとっては、悪夢といえるほどひどい状況になっていて、マクロンは今日、事実上、デモを禁止しました。

つまり、今や独裁体制のような状況です。労働組合が主催するものでなければ、デモはできません。そして、そのデモにも、途方もない数の許可が必要です。例えば、学生による自発的なデモは、今日から、事実上禁止されました。

しかし、最も重要なのは、あなたが今映している、ブラックブロックや、フランスで私有財産や公共の建物を攻撃する人々の映像です。その中には、多くの潜入者が含まれています。フランスの情報機関からの潜入者もです。

というのも、これは、支持率が1桁台の極めて低い水準にある政府にとって、この学生の抗議運動を犯罪扱いする、絶好の口実になるからです。これが最も重要な点です。

(以上)


Wednesday, October 14, 2026

ISFシンポジウム「イラン・ウクライナ危機と変容する世界秩序~日本はいかに対応すべきか~」報告と動画 ISF Public Symposium: “The Crises in Iran and Ukraine and the Changing World Order: How Should Japan Respond?” A Report and Video Links

 

右から木村朗ISF編集長、鳩山元総理、ノズドリェフ大使、イラン大使の通訳、セアダット大使、孫崎享氏、乗松聡子

10月9日、ISFシンポジウム「イラン・ウクライナ危機と変容する世界秩序~日本はいかに対応すべきか~」が成功裡に終わりました。衆議院第一議員会館の会場は200人ほどの参加者で埋め尽くされました。日本の元首相と、イランとロシアの大使が一堂に会し現在の世界状況と日本の役割を議論するという画期的なイベントが実現したことは、主催のISF独立言論フォーラムの木村朗編集長の快挙であったと思います。このような重要なイベントであったにもかかわらず日本メディアは一社しか来ておらず今のところ報道が出ていないようです。日本メディアがいかに米国に隷属しているかを象徴しているように思えます。

このようなイベントでコメンテーターを務めさせていただいたことは大変光栄で責任の重いことでしたが、聴衆の皆さんからはよかった、もっと聞きたかったという声を多くいただき、有難く思っております。

最近、英国の人気歌手エド・シーランの前座を務めたラッパーのマックルモアがステージで「Free Palestine」と言ったことで解雇されたことについて、従来なら、シオニストに支配されたショウビズの世界ではパレスチナ連帯側がキャンセルされてきたところを、今回は完全に逆転しエド・シーランが世界的に非難を浴びキャンセルされる結果となったという「事件」が起きました。これはひとつ、「山が動いた」と感じる一件でしたが、このシンポが大盛況であったことにも「山が動く」エネルギーを感じました。ノズドリェフ大使とセアダット大使の言葉には、西側帝国の横暴への「グローバル・マジョリティ」(「グローバル・サウス」改め)の抵抗と反撃のパワー、そして何よりも「誇り」を感じました。ロシアとイランが日本という場で一堂に会した歴史的瞬間であったと思いました。

あとは、日本が米国の奴隷状態から脱してグローバル・マジョリティの一員となるのみと思います。

ISFのYouTube チャンネルで動画が5部に分かれて出ています。ここに全部のリンクを紹介し、動画を埋め込みます。これからもISF独立言論フォーラムへの応援と支援をお願いします。これまでISFに載せていただいた乗松聡子の記事や翻訳記事はここで読めます。

第一部 鳩山友紀夫元総理のスピーチ

https://youtu.be/A5ld1taYTh0

 

 第二部 ニコライ・スタニスラヴォヴィチ・ノズドリェフ駐日ロシア大使 スピーチ

https://youtu.be/EUndWSCSKUU

 

 第三部 ペイマン・セアダット駐日イラン大使 スピーチ

https://youtu.be/TY3cChinhFA

 

第四部 外交評論家・孫崎享氏と、乗松聡子によるコメントと、ロシア大使による応答など

https://youtu.be/sVUHVBoNgTc

  

 第五部 孫崎氏と乗松によるコメントと、イラン大使による応答など

https://youtu.be/FH1dndyV7N0

Sunday, October 04, 2026

カナダ9条の会 オンライン講演会「植民地支配をいかに裁くか~新中国の対日戦犯裁判と現在的意義~」講師:石田隆至、張宏波 Webinar: Bringing Colonial Rule to Justice: PRC’s Trials of Japanese War Criminals and Their Relevance Today

オンライン講演会の案内です。カナダ9条の会主催、「NPO中帰連記念館」および「撫順の奇蹟を受け継ぐ会神奈川支部」協賛、「ピース・フィロソフィーセンター」および「Nikkei Vancouver for Justice」協力のイベントです。参加費無料。日本語で行います。ふるってご参加ください。

登録はこちらをクリックしてください。


植民地支配をいかに裁くか 

~新中国の対日戦犯裁判と現在的意義~


日本時間 10月31日(土)午前9時ー11時

【バンクーバー時間 10月30日(金)午後5時ー7時】

日本敗戦後シベリアに抑留されていた日本兵らのうち約1千人が、1950年にソ連から新中国に引き渡されました。中国で残虐の限りをつくした日本戦犯たちは収容中に人道主義的な扱いを受け、更生教育を通じて自身の罪を認め、反省を口にするようになりました。

1956年の特別軍事法廷では45人が起訴されましたが一人の死刑も無期懲役もなく、残りは起訴免除で釈放されました。今回のセミナーでは、新中国における対日戦犯裁判において、「満洲国」の植民地支配がどう裁かれたのかに焦点を当ててお話します。

講師プロフィール

◯石田隆至・・・1971年大阪生まれ。戦後和解の歴史社会学専攻。日本各地で帰国戦犯への聴き取り調査を重ねた後、2015年から中国の大連と上海で研究活動を行う。NPO中帰連平和記念館理事。

◯張 宏波・・・ 中国東北出身。戦後中日関係史専攻。1996年から一橋大学に留学。山西省に戦後も残留し、戦犯となった日本人の裁判に関する調査研究に従事。NPO中帰連平和記念館会員。

二人の共編著は『新中国の戦犯裁判と帰国後の平和実践』(社会評論社、2022年)、『私の戦後責任:花岡「和解」を問い直す』(日本東方出版社、2025年12月)ほか。


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Sunday, September 27, 2026

ISF公開シンポジウム「イラン・ウクライナ危機と変容する世界秩序~日本はいかに対応すべきか」ISF Public Symposium: “The Crises in Iran and Ukraine and the Changing World Order: How Should Japan Respond?”

10月15日追記:シンポは成功裏に終わりました。報告と動画集はこちらをご覧ください。

★★★

10月9日(金)、ISF独立言論フォーラム主催・村山談話を継承し発展させる会協賛で、公開シンポジウム「イラン・ウクライナ危機と変容する世界秩序~日本はいかに対応すべきか」が開催されます。鳩山友紀夫元総理、ニコライ・スタニスラヴォヴィチ・ノズドリェフ駐日ロシア大使、ペイマン・セアダット駐日イラン大使の講演会に、孫崎享さんとともにコメンテーターとして参加させていただきます。

申し込みフォームはこちらをクリックしてください。

メールでの申込は、公開シンポ、お名前を記載の上、info@isfweb.orgまでメールしてください。



Thursday, September 17, 2026

ギルバート・ドクトロウ博士:プーチン大統領はやっと本気で戦争を終わらせようとしている Dr. Gilbert Doctorow : Putin Taking the Gloves Off (to end the war once and for all)

9月16日のナポリターノ判事のYouTubeに登場したギルバート・ドクトロウ氏(ブリュッセルを拠点とする独立系の政治アナリスト。コロンビア大でロシア史博士号取得)の見解です。この人はどちら側にもつかずロシアや欧州現地での冷徹な観察にもとづく分析をする人で、ナポリターノのゲストの中では異色の存在といえると思います。

ドクトロウ氏の分析には日本を含む西側メディアでは見ることもない事実や洞察がいつも含まれております。先日ロシアがウクライナとポーランド国境を通る列車を襲撃したことの意味、いままで非常に抑制的であったロシアが、ウクライナが「パンドラの箱をあける」攻撃をしたことから「手袋をはずして」本気になっていること、ウクライナは海から、陸からの補給を絶たれ窮地に追い込まれており、冬を越せない可能性がある、そのせいで終戦が本当に近づいているのではないか、という見方です。だからゼレンスキー大統領も内心は必死で、「緊張緩和(デ・エスカレーション)」を強調しているのではないかと見ています。また、昨日アップしたラブロフインタビューにも出てきた、米国が裏切る結果となった「アラスカの合意」の内容についてもここでふたたび語られています。トランプ大統領がウクライナ戦争を終結させようという純粋な気持ちで二期目を迎えたことは本当であったろうが「ディープステート」CIAが妨害しているという見方をしています。ウクライナがロシア攻撃のために必要としていたインテリジェンス提供をトランプはほんの数日しか止められなかったことからも明らかであろうと。いつものようにAI訳に手を入れました。太字は乗松による強調です。@PeacePhilosophy

   

 

ギルバート・ドクトロウ:プーチン大統領が抑制を解く


ロシアの軍事戦略

アンドリュー・ナポリターノ判事: ギルバート・ドクトロウさん、ようこそ。親愛なる友人よ、ご存じのように、私は先日ロシアで10日間を過ごし、その間、何度もあなたのことを考えました。一緒に行けたらよかったのですが。さて、鉄道駅で起きた出来事について、少し時間をかけて分析したいと思います。正確には、ポーランドとウクライナの国境近くの駅をロシア軍が攻撃した、その前後に起きたことです。ボリス・ジョンソンがそこを通過した直後で、デービッド・ペトレイアス将軍が通過する予定だった直前でした。全体をどう見ていますか。これは明らかに意図的だったでしょう。明らかに何かを伝えるためだった。誰に、何を伝えようとしたのでしょうか。

ギルバート・ドクトロウ: ええ、まったくそのとおりです。これはメッセージ的行為でした。もしロシア側が、ここに来ていた国際法に最もはなはだしく違反した者たちや、ウクライナ人をこの戦争に駆り立て、声援を送ってきた者たちを殺害したければ、それはできたはずです。ペトレイアスを殺すことも、ジョンソンを殺すこともできた。しかし、そうしませんでした。ご存じのとおり、クレムリンの指導部は非常に慎重です。敵を暗殺することには関心がない。敵を打ち負かすことに関心があるのです。だから彼らを殺さなかった。殺そうと思えば殺せることを示し、そのメッセージは広く伝わりました。

昨日、ベルギーの主要なフランス語紙の一つ『ル・ソワール』を読んでいたのですが、この件を比較的大きく取り上げていて、二つの点を指摘していました。一つは、これはメッセージだったということ。もう一つは、ロシアが現在、国境をどのように封鎖しようとしているかを示したということです。この二つ目については、あの駅への攻撃をめぐる米国やその他の西側諸国での議論では、あまり取り上げられていません。私は1、2カ月前、ロシア側はドローンを使った消耗戦から、ウクライナへの西側の補給をすべて遮断する「締めつけ」の戦略に転じつつあるようだ、と指摘しました。ロシア軍人の生命に大きな犠牲をもたらす大規模な地上攻勢を行わず、ウクライナを降伏に追い込むという戦略です。

そのことに気づいたあと、気になったのは、この締めつけ策の半分しかすぐには実行されなかったことです。実行されたのは、爆撃やドローン攻撃、ウクライナの黒海沿岸の港湾施設、そしてドナウ川を挟んでルーマニアの対岸にある、ドナウ川経由の積み替え貨物を受け入れる港の破壊でした。ウクライナへの西側の補給について、海路と河川ルートが遮断され、黒海では船舶が攻撃されていました。ウクライナの港に近づく船も攻撃されました。こうして、ウクライナに西側の弾薬を運び込む最大の補給路は、事実上断たれたのです。

しかし、陸路については、数週間にわたって何の動きも見られませんでした。ポーランド南部からウクライナ西部のリヴィウ地方へと続く陸路は、西側からの弾薬輸送の主要ルートでした。ウクライナ軍が西側の補給に大きく依存していることも忘れてはなりません。完全に依存しているわけではありません。短距離ドローンは自国で何千機も生産しており、戦場で常時使われ、かなりの効果を上げています。ロシア軍が側面から戦車を大量投入するのを妨げているからです。ただし、ウクライナ側が使ってきた兵器のうち、とりわけ大きな損害を与え、ミサイルの代わりとして非常に有効なのは、長距離の精密攻撃ドローンです。これらは英国から、破壊される前のキエフ近郊にあった米国企業所有の工場から、そして西側のほかの供給元から得ていました。完成したドローンや組み立て用部品がウクライナに届かなくなれば、戦争を長く続けることはできません。「長く」とは、数週間からせいぜい数カ月以上、という意味です。

ロシア国内に大きな被害をもたらすだけの数のドローンがなければ、数でも補給でも勝るロシアの地上軍に対して、ウクライナ側は抵抗を維持できません。ですから、著名な人物たちの命が危険にさらされたために新聞で報じられた今回の攻撃が、ロシアには国境ぎりぎり、800メートルの地点まで攻撃できるという実演でもあったのは、非常に興味深いことです。私の見た米国の新聞には書かれていませんでしたが、昨日の『ル・ソワール』には、国境近くの駅周辺でドローン攻撃が2回あり、一つは国境から2キロ、もう一つはわずか800メートルの地点だったとありました。そこでポーランド側が「ロシアはEUとNATOのすぐ東側を攻撃している」と警鐘を鳴らしたのです。確かに近くまで来ましたが、きわめて制御された形でした。

ナポリターノ判事: これは、ロシアの情報収集能力が驚くほど広範囲に及んでいることの表れでもあると思います。誰がどの列車にいつ乗っているかを知っていたわけです。あなたには意外ではないかもしれませんが、私には目を見張ることでした。どうやって知ったかはともかく、知っていたことが重要です。元CIA長官で四つ星の将軍であるペトレイアスは、ロシア側が知っていると分かっているべきでした。ジョンソンが何を知っているのかは分かりません。道化のように見えますが、実は聡明な人物かもしれない。情報活動について理解している可能性もあります。ロシアの情報機関が、誰がいつどこにいるかを把握していたことは、あなたには驚きでしたか。

ドクトロウ: まったく驚きではありません。ウクライナの高官同士の話し合いに深く入り込む必要はなかったと思います。誰がいつごろウクライナへ行き、いつごろ出発するかは公開情報から分かるでしょうし、列車の外観も分かります。時刻表を追うこともできます。もっとも、そのうち何人かは通常のワルシャワ発着の時刻表にはない特別列車を利用していました。それでもロシア側は、列車がどこにいるか、かなり正確に見当をつけられたでしょう。列車がどの駅に、どれくらい停車するかも分かっています。ですから、ウクライナの最上層にまで浸透している必要はなかったと思います。ロシア側は自分たちの能力を示したかっただけです。

考えてみてください。キエフの軍事情報機関のトップの執務室がどの窓なのか、どうして正確に分かったのでしょう。その窓を狙ってドローンを撃ち込み、室内に入れたのです。もちろん、こういうことは調べれば分かります。だから私はとくに驚いていません。むしろ驚きであり、少なくともここ1、2年、非常に残念だったのは、ロシア側がこの能力を使わなかったことです。プーチン大統領が、ゼレンスキーによって「パンドラの箱」が開かれた(ウクライナがロシアの民間流通施設を攻撃したこと)、これからは相応の対応を取る、と宣言するまで使わなかった。その発言以前、ロシアは、ウクライナに大きな打撃を与え、西側の支援者や外交目的で訪れる人々すべてを危険にさらせるだけの能力がありながら、それを発揮していませんでした。

ナポリターノ判事: 昨日のゼレンスキー大統領の発言をご覧ください。緊張緩和について語った、なかなか興味深い、意外な発言です。

緊張緩和とインフラ

ウォロディミル・ゼレンスキー大統領〈映像〉: 現在、重要インフラに対する攻撃の相互停止について、米国から有力な提案が出ています。これが緊張緩和の最初の一歩、すなわちロシアによるわが国の重要インフラへの攻撃と、それに対するわが国の報復攻撃を止める一歩となるのであれば、ウクライナは緊張緩和を支持する用意があります。ロシアの戦時経済に対するわが国の的確な反撃によって、ロシア側が圧力を感じていることが分かります。これまでのところ、ロシアが戦争の終結を真に望んでいる様子は見られません。しかし、米国のパートナーが、ロシアにはこの殲滅戦争を終わらせる真の用意があり、それが誠実で長期的なものであると確認できれば、ウクライナも緊張緩和に向けた措置を取ります。平和が必要です。エネルギー、食料の供給路、重要インフラ。これらすべてを攻撃停止に関する議論に含めなければなりません。選挙のためだけではなく、将来にわたって通用する、強力で公正な解決策が必要です。パートナーからの具体的な提案を待っています。

ナポリターノ判事: エネルギー、食料の供給路、重要インフラ。この三つともウクライナには不足しています。そして冬が来ます。

ドクトロウ: これを少し解きほぐしたいと思います。彼の発言の背景にはいくつかの問題があります。一つは、この件で米国からどの程度の支持を得られるか。もう一つは、トランプ氏がゼレンスキーに対して、ロシアの製油所への攻撃をやめるよう求めていることです。世界的な軽油の供給に悪影響を及ぼし、それが米国での軽油価格の大幅な上昇につながっているからです。いまや1ガロン6ドルを超えています。もっとも、皆あまり口にしませんが、ここブリュッセルをはじめEU各地では1ガロン12ドルです。米国が風邪をひくと、欧州では肺炎になるわけです。

しかし、話を戻しましょう。トランプは「世界の軽油価格に影響するから、やめてくれ」と言ったのです。ゼレンスキーがそれを口にしなかったことに気づきましたか。彼は「重要インフラ」と言いました。まるで、あらゆる重要インフラへの攻撃を全般的に緩和することが議題に上っているかのようです。トランプが提案したのはそういうことではありませんし、プーチンが一応同意したのもそういうことではありません。

では、なぜゼレンスキー大統領は、重要インフラへの攻撃の停戦、あるいは停止が何を意味するのかについて、これほど曖昧で不透明な説明をするのでしょうか。最大の理由は、ウクライナがひどく苦しんでいることです。ゼレンスキーの背後で大きな影響力を持つブダノフ(ウクライナの軍人で、2020年から軍事情報機関のトップを務め、2026年1月にゼレンスキー大統領の大統領府長官に就任したキリロ・ブダノフ)自身によれば、ロシアはキエフの倉庫施設の90%を破壊しました。市内の至るところで食料が不足しているのはそのためです。ロシアはまた、キエフの集合住宅を暖め、家庭で使う温水を供給する水道・暖房設備の大部分を破壊しました。しかし、迫る冬に向けて主な問題となるのは暖房です。

私の見るところ、ロシアの戦略は現在、二つの面で非常によく機能しています。一つは先ほど話した「締めつけ」です。海路と陸路による西側からウクライナへの弾薬の補給を遮断すること。もう一つは、とくに冬のキエフを人が住めない場所にしてしまうことです。キエフは小さな地方都市ではありません。大都市であり、住宅のかなりの部分は高層建築です。20階に住んでいたら、水や薪を運び、暖を取るために住居内で禁じられた火を起こそうとしても、1日に何度も階段を上り下りすることはできません。単に大変なのではなく、不可能です。これは1944年のベルリンとは違います。あのころのベルリンには、人口の大きな部分を収容するこのような高層住宅はありませんでした。住めなくなるのです。ブダノフらは郊外へ避難するよう人々に勧めてさえいますが、それも非現実的です。誰もが田舎に家を持っているわけではなく、親類の家に受け入れてもらえるわけでもありません。そうなると実質的には国外へ出るしかなく、西欧に大きな混乱を生みます。これはベルリンの工場を爆撃するのとは違いますが、極めて効果的です。戦争は早期に終わると思います。

ナポリターノ判事: 映像を一つ流したいと思います。今週初め、ニューデリーで(BRICSサミットで)のプーチン大統領の発言を聞いたときも、あなたのことを思い浮かべました。かなり驚くべき発言があり、そこに込められたメッセージを読み解いていただきたいのです。

西側諸国についてのプーチン発言

ウラジーミル・プーチン大統領〈映像〉: 欧州全体で起きていることは、いわゆる西側による構造的な過ちの結果だと思います。NATOの東方拡大はわれわれには受け入れられないと、何度も言ってきました。しかし、ついにウクライナにまで到達した。これこそが、今日ウクライナで起きている悲劇の真の根本原因です。責任は西側のグローバリストのエリートたちにあります。いま彼らは、ウクライナ領内に軍隊をどう展開するか考えていると言っています。それはロシアとの戦争を意味します。私の理解では、欧州諸国の市民は何が起きているか分かっています。

ナポリターノ判事: 「ロシアとの戦争を意味する」。現在の、あるいは戦後のウクライナに、目的を問わず外国軍が駐留することを指しています。どう思われますか。

ドクトロウ: その発言には、私はそれほど興奮しませんでした。原則として、私が注意深く見ているのはロシアが何を「しているか」であって、何を「言っているか」ではありません。プーチン大統領を含め、ロシア側はこの3、4年間、いろいろなことを言ってきました。しかし、その(ロシアにとっての)「レッドライン」の数々は(西側によって)どんどん越えられてきてしまったのです。それによって、ロシアが抑止力を示す力は弱まりました。いまロシアはそれを逆転させつつあります。言葉はずっと厳しくなっており、あなたが示した例もまさにそれを表しています。言葉はさらに厳しくなりましたが、行動も強硬になりました。私が見ているのは、彼らの言葉だけではなく、現在の行動です。

彼が西欧について語ったことを細かく見てみましょう。もちろん、EU加盟27カ国の指導者たちの大多数は「愚か者を乗せた船」のようなものです。自らの破滅を招こうとしている。ロシアが本当に追い詰められたときの破壊力を、理解し始めてもいません。ただ、その中にも愚かではなく、しかも反対の意思を表明する勇気のある人が数人います。幸い、私の住む小さな国は、そうした一人であるデウェーフェル(ベルギー首相)が率いています。そういう意味では、欧州の全員が正気を失ったわけではありません。

プーチン大統領は(今回「西側」と言っているのは)間接的にエマニュエル・マクロンを指しているのだと思います。マクロンはこの「愚か者を乗せた船」の中でも最大の愚か者で、ウクライナへの軍隊派遣を公然と語っています。ただし、西側でウクライナを支持する人々はおおむね、戦闘が終わったあと、平和維持部隊として兵士を送ると言っています。当然、ロシア側はそれを一蹴しているので、実現するはずがありません。それが条件に入れば、和平条約も停戦も成立しないからです。

ナポリターノ判事: なるほど。ロシアで私が経験した興味深いことの一つに、ラブロフ外相との3時間にわたる夕食があります。食卓には私を含めて12人から15人ほどいました。

アンカレッジでの合意

ナポリターノ判事: そこで外相は、私がそれまで彼から聞いたことのないほど明確な言葉で、ロシア側の認識を語りました。プーチン大統領とトランプ大統領は、アンカレッジで米国側の提案に基づいて合意し、握手を交わした。ロシア側は米国が合意を守ると期待していたのに、米国側はその後、合意から離れてしまった、というのです。ラブロフ外相によれば、その提案は、ウクライナを恒久的に中立化し、ウクライナ全土でロシア語とロシア正教会を認め、ドンバスとクリミアを恒久的にロシアに帰属させるというものでした。もともとは米国側の提案で、プーチン大統領は非公式の場でいったん拒否したそうです。その後、ラブロフ外相を含む側近たちが受け入れるよう説得しました。

こうしてロシア側は受け入れる用意をしてアンカレッジに赴きました。そして実際に受け入れ、ラブロフ外相の目の前で握手を交わしたのです。プーチン大統領は通訳を介してトランプ大統領に「ゼレンスキーはどうするのか」と尋ねました。トランプ大統領は「ゼレンスキーのことは心配するな。私の言うとおりにする」と答えました。ところがアンカレッジを離れると、何も起きなかったのです。ここで、あの夕食の席で私たちに非公式に話したことを、ラブロフ外相が公の場でも裏づける発言をしています。

セルゲイ・ラブロフ外相〈映像〉: これは本気で言っているのですが、もし米国が、アンカレッジでの重要な合意から後退していなければ、そして欧州が米国をそうした重要な約束から引き離していなければ、私たちはもう丸1年、戦争の影のない平和の中で暮らしていたはずです。今日、私たちがこのような状況にあるのは悲劇です。それは明白な事実です。ここからどういう結論を引き出すかはあなたたちで判断してください。

ナポリターノ判事: あなたの考えは?

ドクトロウ: これもロシア側の視点から見る必要があると思います。今回の選挙や、ドナルド・トランプが初めて当選した選挙よりもずっと前にさかのぼって、大統領をめぐる米国政治をロシア側が全般的にどう見ているか、ということです。彼らは「ディープステート」を注意深く観察しています。トランプの2期目が始まった当初から、彼らはトランプ本人の誠意を疑ってはいなかったと思います。私も、この件で仲介役を務めようとする彼の誠意は疑いません。実現すれば彼にとって手柄になるだけです。しかしロシア側は、彼にはやり遂げられない、ディープステートがそれを許さない、と強く確信していました。ディープステートとは誰か。もちろんCIAです。

ご存じのとおり、CIAはウクライナに大きな拠点を持っています。ウクライナがロシア国内に対してドローン攻撃を続けるうえで極めて重要な米国の情報提供を、トランプがスイッチ一つで止められるなどということは、CIAには受け入れられません。攻撃の対象はロシアの奥深くだけではありません。トランプがCIAを押し切れば、議会で途方もない騒ぎになるでしょう。彼がそんな騒動を起こして得することはありません。ですから、ロシア側から見れば、問題はトランプ一人だけではない。問題はディープステートです。トランプが約束を守れないというだけではありません。約束を守ることを許されていないのです。

ナポリターノ判事: では、米国政府を動かしているのは誰なのですか。ホワイトハウスにいる、あの単細胞の人ではないのですか。

ドクトロウ: とはいえ、ホワイトハウスのその単細胞には大きな発言力があります。最も破滅的な過ちのいくつか、つまりイラン戦争は、その単細胞(トランプ)が犯したという点では意見が一致するでしょう。ですから、害を及ぼせるところでは、彼の責任をきちんと認めましょう。しかし、彼には良い面もあります。私は、彼がこの戦争を終わらせ、何らかの合意に達したいと心から望んでいたと思います。それは本心だったと思います。ただ、CIAによって手を縛られているのです。就任して最初の数週間に、彼が(ウクライナに対する)インテリジェンス提供を停止できたのはどのくらいの期間でしたか。数日だけです。それで終わりでした。そのとき決定権を握っていたのが彼だとは思いません。

ナポリターノ判事:いやあ、ギルバート・ドクトロウさん、非常に興味深いお話でした。親愛なる友人よ、これからご旅行に出られるそうですね。道中どうぞお気をつけて。また来週お会いできるのを楽しみにしています。ありがとうございました。

ドクトロウ: ありがとうございました。

(翻訳以上)