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Wednesday, February 27, 2013

時代を超えた戦争の教訓 今こそ読むべき スメドリー・バトラー将軍『戦争はいかがわしい商売だ』完全日本語訳 Smedley Butler, WAR IS A RACKET: Japanese Translation

Smedley Butler スメドレー・バトラー
Here is Japanese translation (by Yoshida Kensei) of General Smedley Butler's 1935 book War Is A Racket. Also see Douglas Lummis' article on Butler and his speech on the video.
 戦争、そして戦争準備のための軍備拡大というものは、企業体が力なき市民たちから財産や命を奪い私腹を肥やすための手段です。しかしそれはあからさまにはされません。企業体が支配する政府やメディアによるプロパガンダにより、ナショナリズムや脅威感が煽られ、市民たちは国同士の対立であると思いこまされます。そして「国」を守るため、「自由」や「民主主義」といったイデオロギーを守るため、という口実に乗せられて、本当は一番守るべきもの―自分や自分の愛するものたちの命や財産―を、国や企業体のために貢がされる仕組みなのです。数々の戦争体験からこの原理を見抜いていて、第一次大戦後から声を挙げていたのが、スメドリー・バトラー将軍でした。彼による本、War Is A Racket (「戦争はいかがわしい商売だ」)を読むと、この歴史の教訓がありながら人間は再び世界大戦を起こしてしまったという現実を突きつけられます。特に、核兵器をまだ知らないバトラー将軍が最後の方に発する警告には、胸を揺さぶられます。
 そして、偏狭なナショナリズムや排外主義がまん延し、それを抑制するどころか助長させる政府を選んだ今の日本でこそ読まれるべき本だと強く思います。2005年に沖縄のジャーナリスト、吉田健正氏が出した本『戦争はペテンだ―バトラー将軍にみる沖縄と日米地位協定』(七つ森書館、下方写真参照)には、バトラー将軍の本の全訳が掲載されているので、吉田さんと出版社の許可をいただき、ここに紹介できることになりました。

 沖縄の米軍基地は、1945年の沖縄戦における米軍の「英雄兵士」の名前がつけられていますが、本島中部の北中城村にあるキャンプ・バトラーは、皮肉にも、1898年の米西戦争など幾多の戦争で海兵隊の「英雄」として名を挙げて退役したあと、反戦運動家になったバトラー将軍の名前がつけられています。正式には、在日(在沖)米海兵隊基地司令部です。在沖米軍の大半は海兵隊ですので、キャンプ・バトラーは在沖米軍(空軍、陸軍、海軍)の総司令部を兼ねています。海兵隊司令官は、総司令官というわけです。海兵隊普天間航空基地、極東最大と言われてきた嘉手納空軍基地、97平方キロの面積を擁する北部訓練場など、多くの米軍基地を抱えさせられている沖縄を理解し、将軍が残した教訓が現代の世界にどう適用するかがよくわかる本です。ぜひこちらも読んでください。

 以下のバトラー将軍の文は、今度日本でも教科となると言われている「道徳」の副教材として配ったら最適なのではないでしょうか!将来、大事な命と財産を守る頼もしい若者たちが育つことでしょう。他にも戦争の仕組みがよくわかる本として推薦したい本に、ジョエル・アンドレアス著、きくちゆみ翻訳のマンガ『戦争中毒』(合同出版、2002年)、高岩仁著『戦争案内』(技術と人間、2004年)があります。

注:この投稿はリンク拡散、フェースブック等でのシェアは歓迎ですが、ブログ運営者によるこの前文以外の転載には吉田健正さんと出版社の許可が必要です。@PeacePhilosophy 

(3月1日 前文一部修正)

( 

戦争はいかがわしい商売だ
War Is A Racket


スメドリー・バトラー Smedley BUTLER
翻訳 吉田健正 Translated by YOSHIDA Kensei

もっとも古い悪質な商売
 戦争はラケット、すなわちいかがわしい商売だ。これまで、いつもそうだった。
 戦争は、おそらくもっとも古く、何にもましてもっとも金になり、はっきり言ってもっとも悪質な行為だ。唯一、国際的な広がりをもつ。そして、儲けをドルで、損失を命で勘定する唯一のものだ。
いかがわしい商売とは、大半の人々にとってはそうは見えないもの、と言ってよいだろう。その実体を知っているのは内部の少数グループだけだ。それは、大勢の人が犠牲を払って、ごくわずかな人々の利益のために行われる。ものすごく少数の人だけが戦争から膨大な利益を得るのだ。
第一次世界大戦では、一握りの人が戦いの儲けに浴した。この戦争〔第一次大戦〕で、少なくとも二万一〇〇〇人の百万長者や億万長者が新たに誕生した。それだけの人が、所得税申告で多額の利益を報告したというわけだ。ほかに申告をごまかした戦争成金がどのくらいいたかは、誰も知らない。
ところで、これら百万長者のうち何人がライフルを担いだだろうか。何人が塹壕を掘っただろうか。ねずみが走り回る地下壕でひもじい思いをするのがどういうものか、何人が知っていようか。銃弾や散弾や機関銃弾をよけながら、恐ろしい、寝られぬ夜を、何人が過ごしただろうか。敵が突く銃剣を何人がかわしただろうか。何人が戦闘で負傷し、あるいは殺されただろうか。
国々は、戦争に勝てば、それによって新たな領土を獲得する。単に奪い取るだけだ。この新しい領土は、戦血から金儲けをした同じ少数の連中が利用する。ツケを払うのは一般大衆だ。
 ツケって?
 それは恐ろしい計算になる。新しく建てられる墓石。めちゃくちゃになった遺体。粉々にされた心。失われた望みと家庭。経済的な不安定。憂うつと、それに伴う苦痛。何世代にわたって人々を悩ませ続ける税金。
 長い間、兵士として、戦争はいかがわしい商売だ、と私は疑ってはいた。しかし、退役して民間人になるまで、そのことをきちんと認識していなかった。世界的に戦雲が近づいている今〔一九三三年〕、私はそのことに向きあい、声を上げなければならない。
 今度もまた各国は敵と味方を選んでいる。フランスとロシアは手を組むことに同意し、イタリアとオーストリアも急ぎ同様の取り決めを行った。ポーランドとドイツは、とりあえず彼らのポーランド回廊紛争を忘れて、互いに色目を使いあっている。
 ユーゴスラビアのオブレノビッチ・アレクサンダー国王の暗殺が、ことを複雑にした。長い間仇敵だったユーゴスラビアとハンガリーは戦争寸前だったし、イタリアは参戦に乗り気だった。フランスとチェコスロバキアは待機していた。いずれにせよ、これらすべての国が戦争を待ち構えていた。実際に戦い、費用を払い、死んでいく大衆は別である。待っていたのは、戦争をたきつけ、安全な後方にとどまって金儲けができる人だけである。
 今、兵役についている人々は世界中で四〇〇〇万人もいる。ところが、政治家や外交官たちは、戦争は起きっこない、という。
 そんなはずがあるもんか! これら四〇〇〇万の男たちは、ダンサーになるための訓練を受けているというのか。
 イタリアでは違う。これらの男たちが何のために訓練を受けているか、ベニート・ムッソリーニ首相はご存知だ。少なくとも、彼はそれを認めるのにやぶさかではない。ご首領様(イル・ドュチェ)は、つい先日、カーネギー国際平和財団が発行する『国際和解』で、こう語ったのだ。

 「現時点における政治的思惑とはまったく別の人類の将来と発展を考慮し観察すると、ファシズムは永続的な平和の可能性も利便性も信じない。戦争のみが、あらゆる人的エネルギーを最高の緊張に運び、それに対応する勇気をもつ人々に高貴のスタンプを押す。」

 ムッソリーニはそのつもりなのだ。訓練の行き届いた彼の軍隊、彼のすごい航空隊、そして彼の海軍さえ、戦争の用意ができており、明らかにそれを待ち望んでいる。先日ハンガリーがユーゴスラビアと対立した際に彼がハンガリー側についたのは、その証拠だ。ドルフスが暗殺された〔オーストリアの首相兼外相だったドルフス・エンゲルベルトは、一九三四年、ナチスの武装蜂起により暗殺された〕あと、軍隊を急いでオーストリア国境に動員したのも、そうだ。戦争へ向けて武力を誇示しているのは、ヨーロッパにはほかにもいる。
 ムッソリーニと同じぐらい、いやそれ以上に平和を脅かしているのは、ドイツの軍備拡大を要求し続けているアドルフ・ヒトラーだ。フランスもつい最近、兵役期間を一二カ月から一八カ月に延長した。
 そう、多くの国が武器をもって野営している。ヨーロッパの狂犬どもがほっつき歩いているのだ。東洋では、もっと巧妙だ。ロシアと日本が戦った一九〇四年、われわれは旧友・ロシアを蹴って、日本を支持した。当時、きわめて寛容なわれらが銀行家たちは日本を財政的に応援した。ところが、今は、反日感情をかきたてようという流れになっている。中国に対する「門戸開放」政策とは、われわれにとってどういう意味をもっているのか。米国の対中貿易額は年間およそ九〇〇〇万ドルである。フィリピンの場合はどうか。米国は過去三五年間にフィリピンで約六億ドルを使ったが、わが国の銀行家や経済界や投機家たちが投資したのは二億ドル以下だ。(*一九一六~三一年の一米ドルは当時の日本円でおよそ二円。当時の物価や給料と現在の物価や給料を比較すると、当時の一米ドルは現在の日本円で四〇〇〇~五〇〇〇円に相当すると思われる。すなわち一億ドルは約四〇〇〇~五〇〇〇億円ということになる。)
 そこで、九〇〇〇万ドルの対中国貿易を救うため、あるいはフィリピンにおける二億ドル足らずの民間投資を守るため、われわれは日本への憎しみをかきたてられ、戦争をやれとかきたてられるのだ。何千億ドルかかるか、何万人もの米国人が命を失い、何万人もの人が身体に障害をきたすか精神のバランスを失うかも知れないのに。
 もちろん、この損失と引き換えに、利益もあるだろう。何百万ドル、何億万ドルものお金がふところに入るだろう。ごく少数の人々のふところに。武器メーカー、銀行家、造船業者、製造業者、精肉業者、投機家。彼らはうまみにありつけるだろう。
 彼らは、次の戦争への用意ができている。そうでないはずがないではないか。戦争はいい儲けになるのだから。
 しかし、殺される男たちは儲かるだろうか。彼らの母親や姉妹たち、妻や恋人たちは、どんな儲けになるだろうか。彼らの子どもたちは?
 戦争で大儲けするごく少数の人々以外に、誰が儲かるだろうか。
 それは国だろうか。国はどのような儲けにあずかるのだろうか。
 米国を例にとろう。わが国は、一八九八年まで北米大陸以外には、まったく領土をもっていなかった。当時、わが国の財政赤字は一〇億ドルちょっとであった。その後、米国は世界に目を開いた。そして、国父のアドバイスを忘れ、あるいは脇へやってしまった。われわれは「からみつく同盟(entangling alliances)」についてのジョージ・ワシントンの警告(*)を忘れて、戦争をやってしまったのだ。国際問題に首を突っ込んだ結果、戦争期間が終わった段階で、わが国の負債は二五〇億ドルに跳ね上がった。この二五年間におけるわが国の国際貿易収支は、二四〇億ドルの黒字であった。つまり、帳簿上、年々、負債が貿易黒字を少しずつ上回ったというわけだ。戦争がなければ、対外黒字は負債を帳消しにしたかも知れないのに。(*実際にはトーマス・ジェファソンの言葉。ただし、ワシントン大統領も一七九六年のお別れのスピーチで次のように述べている。「いかなる外国とも恒久的な同盟を結ばないというのがわれわれの真の政策である。……現行の関与は真摯に守ろう。しかし、私の考えでは、これらをさらに拡張するのは、不必要であり、賢明ではないだろう。ある程度の防衛体制をとるようにしておけば、われわれは非常事態に対しては暫定的同盟に安心して依存することができよう。)
 金や命で戦争のツケを払う個々の米国人にとって、外国での紛糾から遠ざかった方が(安全なのはもちろんだが)安くつく。酒の密造やその他の裏世界のいかがわしい商売と同じく、この商売もきわめて少数の人にとってはいかがわしい儲けになるが、費用は国民に回される。国民にとって一銭の得にもならないのに。

儲かったのは誰だ
 (第一次)世界大戦は、わが国の参加が短期間〔一九一四~一八〕であったにもかかわらず、米国は五二〇億ドルもの費用がかかった。ちょっと計算してみよう。これは、つまり、米国の男、女、子どもの一人一人に、四〇〇ドル〔現在の日本円で約一六〇万円〕もかかった、ということだ。しかも、負債はまだ返済していない。今返済中であるが、われわれの子どもたちも払い続けることになろう。その子どもたちもだ。
 米国の企業の利潤は、通常、六パーセント、八パーセント、一〇パーセント、あるいはときには一二パーセントといったところだ。ところが、戦時の利潤ときたら、なんと、二〇パーセント、六〇パーセント、一〇〇パーセント、三〇〇パーセント、ときには一八〇〇パーセントにまで跳ね上がる。まさに青天井だ。商売に限度はない。アンクル・サム〔米国政府。United States=U.S.をUncle Samと言い換えたもの〕には金がある。それを利用しようじゃないか。
 もちろん、戦時にこんなあからさまな言い方はしない。愛国心に訴えるとか、「本腰を入れてかかろう」といったスピーチに化粧して盛り込むのだ。そして、一方では、利潤は天井知らずに跳ね上がり、まんまと誰かのポケットに入る、という仕組みだ。いくつか実例を挙げよう。
 たとえばわれらが友、爆薬メーカーのデュポン。つい最近、その代表の一人が、上院委員会で、デュポンの爆薬によって戦争に勝ったとか、民主主義のために世界を救ったとか、と証言したのを覚えているだろう。第一次大戦で、この企業はどういう成果を上げたのだろうか。デュポンは愛国的な企業である。一九一〇年から一四年までの同社の平均収益は年間六〇〇万ドルであった。それほど大きくはないが、デュポンとしてはこれでうまくやっていけた。それでは、一九一四年から一八年までの戦時中の平均利潤を見てみよう。なんと、年間五八〇〇万ドルの利潤をあげている。通常の一〇倍近くというわけだ。通常でさえ、結構いい利潤をあげていたのに、それが九五〇パーセント以上も増えたのだ。
 愛国的に鉄道やガーダー(桁)や橋の製造を棚上げして、戦需品の製造に切り替えた小さな鉄鋼会社の場合はどうだろうか。一九一〇年から一四年までのベテルヘム鉄鋼の年間利潤は平均六〇〇万ドルであった。そして戦争がやってきた。同社は忠誠なる市民と同じく、ただちに武器製造に取り組んだ。彼らの利潤は跳ね上がっただろうか。あるいは、米国政府に製品を安売りしたのだろうか。実は、一九一四年から一八年までの利潤は年間四九〇〇万ドルに達したのである。
 ユナイテッド・ステーツ・スティールはどうだったか。戦争前の五年間における同社の利益は、年間一億五〇〇万ドルであった。それだけでもたいしたものだ。そして戦争がやってきた。利潤はアップ。一九一四年から一八年までの平均収益は年間二億四〇〇〇万ドル。悪くない。
 これは鉄鋼や爆薬からの利潤の一部だ。ほかにもある。たとえば銅。戦時にはこれもいい商売になる。
 たとえばアナコンダ。戦前(一九一〇~一四)の利潤は年間一〇〇〇万ドル。それが戦争期(一九一四~一八)には三四〇〇万ドルに増えた。
 ユタ・コッパー社は、戦前の年間五〇〇万ドルが、戦争期間には年間二一〇〇万ドルの利潤になった。
 これら五社と中小企業三社の利潤を合計してみよう。年間利潤は戦前の合計一億三七四八万ドルから四億八三〇万ドルに跳ね上がっている。およそ二〇〇パーセントの増大だ。
 戦争は儲かる? これらの企業にとってはね。だけど、儲かったのは彼らだけではない。ほかにもあった。たとえば皮革業界だ。
 セントラル皮革の戦前三カ年間の利益総額は三五〇万ドルだった。年間およそ一一六万七〇〇〇ドルということになる。ところが、一九一六年になると同社の収益は一五五〇万ドルにふくれた。つまり一一〇〇パーセント増というわけだ。ゼネラル化学の収益は戦前三カ年の年平均八〇万ドルちょっとから、戦後は一二〇〇万ドルに、すなわち一四〇〇パーセント増えた。
 ニッケルなしの戦争はありえない。そこで、インターナショナル・ニッケル社の年間収益はわずか四〇〇万ドルから七三五〇万ドルに跳ね上がった。悪くない。一七〇〇パーセント以上の増収だ。
 アメリカン精糖社の利益は、戦前三年間は年平均二〇万ドルだったが、一九一六年には六〇〇万ドルを記録した。
 企業収益と政府歳入について報告した第六五議会の上院資料第二五九を見てみよう。精肉業者一二二、綿織物業者一五三、衣料品メーカー二九九、製鉄所四九、石炭業者三四〇について、戦時期の収益を調べたところ、二五パーセントを割ったのは例外であった。たとえば石炭業者は資本金に対して一〇〇~七八五六パーセントの収益をあげた。シカゴの精肉業者は収益を倍増または三倍増した。
 もちろん、この大戦に融資した銀行家たちを忘れてはならない。最大の収益をあげたのがいたとしたら、それは銀行家たちだったのだから。銀行は有限責任企業というより合資会社であるため、株主に報告する義務はない。収益は巨大で、しかも秘密だ。銀行がいかにして何百万ドル、何億万ドルもの大儲けをしたのか、私には分からない。なぜなら、秘密が公表されることはないからだ。上院の調査機関をもってしてもだ。
 戦益にあずかったほかの愛国的業者や投機家の一部を紹介しよう。
 たとえば製靴業者。彼らは戦争が好きだ。いかがわしい儲けをもたらしてくれるからだ。製靴業界は、われらが同盟国への靴供給によって膨大な利益をあげた。爆薬メーカーや武器メーカーと同じように、製靴業者はおそらく敵にも売っただろう。一ドルは、ドイツから来ようがフランスから来ようが、一ドルに変わりないのだから。業者は、もちろん、米国国内でもうんと稼いだ。米国政府に鋲釘を打った軍靴を三五〇〇万足も納めたのだ。兵士が四〇〇万人だから、一兵士当たり八足またはそれ以上という計算になる。戦時中、私の連隊は一兵士当たり一足を支給されただけである。これら三五〇〇万足の一部は、まだどこかに残っているだろう。いい靴だったからね。いずれにせよ、戦争が終わると、米国政府には二五〇〇万足が残った。政府が購入し、支払った靴だ。それだけ企業は収益をあげ、ふところに入れたというわけだ。
 革はまだまだたくさんあった。そこで、業者は騎兵隊用に何万足というマクレラン鞍(サドル)を政府に売った。米国は海外に騎兵隊をもっていないのに! 誰かが革を何とかしなければいけなかったのだ。誰かが革で収益をあげる必要があった。そこで、われわれはたくさんのマクレラン鞍を手に入れたというわけだ。これらは、おそらく、まだどこかにあるだろう。
 蚊帳もたくさんある。蚊帳業者は海外勤務の兵士用に二〇〇〇万枚の蚊帳を売った。泥だらけの塹壕で寝ようとするときにつるして欲しい、と政府は考えたのだろうか。片手はシラミのたかる背中をひっかき、もう一つの手でちょろちょろ走り回るねずみを追いまわす兵士たちに。いずれにせよ、これらの蚊帳のうち一枚もフランスに届くことはなかった。
 それはともかく、思いやりのあるこれらの蚊帳業者たちは、すべての兵士に蚊帳をもっていって欲しかった。だから、さらに四〇〇〇万枚の蚊帳を政府に売り込んだ。
 たとえフランスに蚊帳がまったく届かなかったとはいえ、当時の蚊帳業者にはすばらしくいい商売になった。もしも戦争がもう少しでも長引いたなら、これら企画力あふれる蚊帳業者たちは蚊帳の注文が増えるように、蚊をフランス向けの積送品にして米国政府に売ったであろう。
 飛行機やエンジンの製造業者も、この戦争から正当な収益をあげようと考えた。当然ではないか。みんなやっていることだ。政府が、一度も使われることのなかった飛行機エンジンを製造するためにつぎ込んだ金額は――さてあなたは数え切れるだろうか――なんと、一〇〇〇〇〇〇〇〇〇ドル、そう一〇億ドルにのぼる。それだけの注文を受けながら、一機の飛行機も一基のエンジンもフランスに届くことはなかった。それでも、メーカーは三〇パーセント、一〇〇パーセント、あるいはもしかしたら三〇〇パーセントの収益を得たのだ。
 兵隊たちのアンダーシャツを一着作るのに一四セント〔約五六〇円〕かかる。メーカーは、それを三〇から四〇セント〔約一二〇〇~一六〇〇円〕で政府に売った。結構の儲けだ。靴下メーカー、制服メーカー、帽子メーカー、そして鉄かぶとメーカーも、それぞれの取り分にあずかった。
 戦争が終わると、背嚢(ナップサック)およびそれに入れるあれこれのもの約四〇〇万セットが、国内の倉庫に積み込まれた。ところが、中身に関する規則が変わったため、これらの品々は今やスクラップにされている。もちろん、業者は儲けたままだ。次の戦争のときも、また同じようにやるだろう。
 戦時中、儲けごとのためにすばらしいアイデアがいくつも生まれた。
 一人の才長けた愛国家は一二ダースの四八インチ・レンチを政府に売り込んだ。それはそれはすばらしいレンチだった。唯一の問題は、これほど大きなレンチを使わなければならないナットはたった一つしかなかった、ということだ。ナイアガラの滝のタービンを支えるナットだ。政府がこれらのレンチを購入し、メーカーが儲けを手にしたあと、レンチは貨物列車に積み込まれ、使い手を探して国内中をたらい回しにされた。しかし休戦協定が調印され、このメーカーは打撃をこうむった。レンチに合うナットを製造しようとしていたからだ。もちろん、これも政府に売るためである。
 別の人は、大佐たるものは車に乗るべきではない、馬にも乗るべきではない、とのすばらしいアイデアをもっていた。みなさんは、アンドリュー・ジャクソン〔米国第七代大統領。在任一八二九~三七〕が四輪荷馬車に乗っている絵を見たことがあるだろう。大佐用に、実に六〇〇〇台の四輪荷馬車が政府に売却された。そのうちの一台も使用されなかったのに、四輪荷馬車メーカーは儲けを手に入れた。
 造船業者も、儲けにあずかるべきだと考えた。たくさんの船を造り、そして大いに儲けた。三〇億ドル以上も。一部の船はちゃんと造られていたが、六億三五〇〇万ドル相当の船は木造で、まったく役に立たなかった。継ぎ目がはがれて、沈んでしまったのだ。それでも政府は代金を払い、誰かは儲けを手にした。
 統計専門家や経済学者によれば、政府の戦費は五二〇億ドルにのぼったという。そのうち三九〇億ドルは実際の戦争に使われた。この支出は、一六〇億ドルの収益を生んだ。こうして、二万一〇〇〇人もの百万長者や億万長者が誕生した。一六〇億ドルというのは、ばかにできる額ではない。かなりの額だ。それがごく少数の手に渡ったのだ。
 武器産業の戦時収益に関する上院委員会(ナイ委員会)の調査は、暴露された内容が大きな話題を呼んだものの、単に表面をかすっただけだ。
 とはいえ、何らかの効果はあった。国務省は「ここしばらく」戦争を回避する方法を研究しているし、陸軍省はほかの誰も知らないすばらしい隠しダマがあるという。政府は戦時の儲けを制限するための委員会を指名した。ウォール街の投機家を委員長に、陸軍省と海軍省の代表を十分参加させて。どのぐらい制限するかは不明だ。おそらく、今度の世界大戦で血をゴールドに変えた連中が稼いだ三〇〇パーセント、六〇〇パーセント、一六〇〇パーセントの収益を、少しは縮小しようということだろう。
 ただし、計画では損失――すなわち戦争を戦う人々の損失について制限する用意はないようだ。私が確認できた限り、兵隊が失うものを一個の眼や一本の腕だけに制限したり、傷を一つまたは二つだけに制限したりする計画はない。命の損失を制限する計画も。
連隊の一二パーセント以上が戦闘で負傷してはならないとか、師団の七パーセント以上が殺傷されてはならない、といった計画もない。
 もちろん、上院委員会はこんな些細なことにこだわってはならないのだ。

ツケを払うのは誰だ
 あの二〇パーセント、一〇〇パーセント、三〇〇パーセント、一五〇〇パーセント、一八〇〇パーセントというどでかい収益は、誰が負担するのだろうか。われわれみんなだ。そう、税金で。われわれが一〇〇ドル〔約四〇万円〕で自由公債〔米国政府が第一次大戦中に発行した証券〕を買い、銀行に八四ドルあるいは八六ドルで売り返したときに、われわれは銀行にそれだけ稼がせた。つまり、銀行は一〇〇ドルとプラス・アルファをいただいた、というわけだ。簡単な操作だ。銀行は証券市場をコントロールしているから、これらの公債の市価を下げるのはわけない。われわれ、つまり一般大衆は市価低下にびっくりして八四ドルか八六ドルで手放す。それを銀行が買う。それからこれらの同じ銀行が市価上昇を刺激し、公債は額面価格またはそれ以上に上がる。そして銀行は収益をあげる。
 しかし、最大のツケを払うのは兵隊だ。
 ウソだと思ったら、海外の戦場の米国人墓地を訪れてみたらよい。あるいは国内の在郷軍人病院へ行ってみたらよい。この原稿を書いている最中に、私は国中を回り、一八の在郷軍人病院を訪問した。これらの病院にずたずたになった人間がおよそ五万人も収容されている。一八年前に国から選ばれた男たちだ。ミルウォーキー〔米ウィスコンシン州の南東にある都市〕にある、生ける屍となった人が三八〇〇人も収容されている政府病院のきわめて優秀な外科医が私に言うには、在郷軍人の死亡率は国内に留まった人々の三倍も高いそうだ。
 正常な視点をもった青年たちが農場や企業や工場や教室から連れ去られ、軍隊に放り込まれた。彼らは改造され、作り直され、「回れ右」をさせられ、殺人を当然と教え込まれる。彼らは互いに肩の組みあいをさせられ、群集心理によって完全に改変される。われわれは、二、三年彼らを使用し、殺すこと、殺されることを何とも思わないよう訓練した。
 そして、突然、われわれは彼らを除隊させ、もう一度「転換」するよう申し渡す。今度は群集心理や、上官の助言や、全国的なプロパガンダなしに、自分で対処しなければならない。われわれはもはや彼らを必要としない。そこで、「三分間スピーチ」と言われた「自由公債(宣伝)スピーチ」もパレードもなしに、彼らを放り出す。これらの好青年たちのうち、多く――あまりに多くが自分自身による「回れ右」に失敗して、最後には精神的に病んでしまう。
 インディアナ州マリオンの政府病院では、一八〇〇人の青年たちが独房のような部屋に入れられていた。そのうち五〇〇人は、周囲とポーチのところに鉄条網をめぐらした、鉄格子つきの兵舎に。すでに精神が破壊された彼らは、もはや人間のようにさえ見えない。彼らの顔の何とひどいこと! 体はしっかりしているが、心はいかれているのだ。
 こういうケースは何万、何十万といる。そして、今も増加の一途をたどっている。戦争のものすごい興奮、その興奮からの突然の断絶。若い青年たちには、耐えられない衝撃だ。
 以上はツケの一部に過ぎない。命で戦益のツケを払った兵隊もいれば、肉体的に、精神的に傷つき、今なお戦益のツケを払い続けている人もいる。
 ほかの兵士たちは、居間の炉辺そして家族から切り離されて、すでに誰かの収益になった米国軍隊の制服を身につけたとき、胸の張り裂ける思いがした。ほかの人々が町や村で彼らの仕事や場所を占めている間、彼らは訓練キャンプで厳しい訓練を受け、しごかれ、それぞれのツケを払った。恐ろしさに子守唄を求めて死にゆく者たちのうめき声と叫び声を聞きながら、誰かを撃ち、自分自身が撃たれ、何日も腹を空かし、泥と冷気と雨のなかで眠る塹壕のなかで、彼らはツケを払ったのだ。
 ただ忘れてはならない。兵士はお金でもツケを払ったのだ。
 米西戦争(*)まで、米国には報償制度があり、兵士や水兵たちはお金のために戦った。南北戦争では、彼らは多くの場合兵役に入るまえにボーナスを支給された。政府や州は、兵役ごとに一二〇〇ドル〔当時のドル=円換算比率は不明だが、現在の日本円で年俸およそ三〇〇~四〇〇万円と考えてよいだろう〕も払った。米西戦争では、報償金が支払われた。船舶を捕獲すると、兵士も分け前にあずかった。少なくともあずかることになっていた。(*キューバとフィリピンをめぐって米国とスペインが争った戦争(一八九八年)。戦争の結果、スペインはキューバの支配権を失い、グアムとプエルトリコを米国に割譲し、フィリピンに対する主権を二〇〇〇万ドルで米国に譲った。これを機に、米国は国際的な権益をもつ世界国家として登場した。)
 その後、われわれはすべての報奨金を取り上げ、代わりに徴兵制を敷くことによって、戦費を引き下げることができると知った。兵士たちは自分たちの労働について交渉することはできなかった。ほかのみんなはできたのに、兵士たちには許されなかった。
 ナポレオンはかつて言った。「すべての人は勲章にとりつかれている。彼らは、のどから手が出るほど勲章を欲しがっている」と。
 若者たちは勲章を欲しがっていた。だから政府は、ナポレオンの教えに従って勲章制度を作った。若者たちを安く使えるようにするためだ。南北戦争まで、勲章なるものは存在しなかった。その後、連邦議会栄誉章が授与された。これにより、召兵が容易になった。南北戦争後は、米西戦争まで新たな勲章が発行されることはなかった。
 大戦では、われわれは若者たちが徴兵に応じるよう、プロパガンダを使った。入隊しないのは恥だ、と思わせたのである。
 戦争プロパガンダは醜悪で、利用できるのは神様さえ利用した。ごく少数の例外を除いて、聖職者たちも「殺せ、殺せ。殺せ」という合唱に参加した。ドイツ人を殺せ。神はわれわれの味方だ。ドイツ人が殺されるのは神の意志だ、と。
 ドイツでも、よき牧師は、神を喜ばせるために敵を殺せ、と人々に説いた。これは、人々の戦意と殺意を高めるための、一般的なプロパガンダだった。
 死ぬために戦場に送られる若者たちのために、すばらしい理想が描かれた。「すべての戦争を終わらせるための戦争」とか、「世界を民主主義にとって安全にするための戦争」とか。彼らが戦場にでかけ、彼らが死ぬことが、莫大な戦益になるのに、それは誰も彼らに言わなかった。彼らは、国内にいる自分たちの兄弟が作った銃弾で倒れるかもしれないのに、それは誰も彼らに告げなかった。彼らの乗った船は、米国の特許を得て建造された潜水艦によって撃沈されるかもしれないのに、誰もそれを言わなかった。彼らが言われたのは、「すばらしい冒険」になるということだけだった。
 愛国主義を兵士たちの頭にたたきこんだあと、彼らに戦争のツケの一部も払わせることが決定された。その代償として、政府は彼らに月額三〇ドル〔現在の日本円で約一二万円〕の大金を支払った。
 この大金と引き換えに、彼らは愛する人たちと別れ、仕事をなげうち、沼のように湿った塹壕に横たわり、缶入りのコーンビーフを食べ(手に入ればの話だが)、殺しに殺しまくり、そして殺されるのだ。
 だが、ちょっと待てよ。
 兵士がもらうのは、造船工場のリベット工や弾薬工場の労働者が安全な国内で稼ぐ日当よりちょっと大目の給与だが、その半分は彼の扶養家族のために即刻差し引かれる。家族が、村や町の負担にならないために。加えて、先進的な州で雇用主が払う事故保険金のようなものを、兵士にも払わせる。月額六ドルだ。一カ月に九ドル弱〔約三万五〇〇〇円〕が彼に残ったことになる。
 そして最大の侮辱。自由公債を買わざるを得ないので、弾薬も服も食料も、ほとんど自腹で払ったも同然、ということになる。大半の兵士は、給料日でも一銭もない。
 政府は、彼らに自由公債を一〇〇ドルで買わせた。そして、戦争から戻ったものの、仕事が見つからないという彼らから、八四ドルや八六ドルで買い戻した。兵士たちは、こうした公債を二〇億ドル分も買ったのだ。
 このように、兵士はツケの大半を払う。彼の家族もツケを分担する。彼と同じような傷心でもって。彼が傷つくことは、すなわち彼の家族が傷つくことだ。彼が塹壕に横たわり、銃弾の破片が彼の周りを飛び交う夜、彼の父、母、妻、兄弟、姉妹、息子たち、娘たちはベッドで横になり、寝つかれぬままにひたすら寝返りをうつ。
 彼が、眼や足を失い、あるいは心に傷を負って帰宅すると、家族も同じように、あるいは彼以上に苦しむ。そうだ、弾薬メーカーや銀行や造船会社や製造業者や投機家たちが稼いだ儲けに、家族も貢献したからだ。自由公債を買い、休戦のあと、手品のごとく操作された自由公債価格による銀行の収益に、家族も貢献したからだ。
 負傷兵や精神的に異常を来たした男たちの家族、そしてどうしても再調整できなかった人たちの家族は、今も苦しみ続け、ツケを払い続けているのだ。

いかがわしい商売をつぶす方法
 そうだ、戦争はいかがわしい商売だ。
 わずかの人が儲け、多くがツケを払う。
 しかし、それを止める方法はある。軍縮会議でそれを終わらせることはできない。ジュネーブの講和会議で根絶することも不可能だ。善意に満ちた、しかし非現実的なグループが決議によって戦争を撤廃することもできない。
 戦争を効果的につぶすには、戦争から儲けをなくせばよい。
 このいかがわしい商売をつぶす唯一の方法は、若者たちが徴兵されるまえに、資本家、事業家、労働組合指導者を徴兵することだ。政府は、わが国の若者たちを徴兵する一カ月まえに、資本家、事業家、労組指導者を徴兵しなければならない。銀行、投機家、武器メーカー、造船会社、航空機メーカー、戦時に収益をもたらす、その他もろもろのものを製造する企業の役員たち、部長たち、強力な経営幹部たちを徴兵せよ。そして、塹壕で若者たちが得ているのと同じ月三〇ドルを支払ったらよい。
 これらの企業で働くすべての従業員、社長、経営幹部、部長、課長たち、すべての銀行家たちにも、同じ給料を払ったらよい。
 そうだ。あらゆる将軍、提督、将校、政治家、官僚たち――この国のすべての人は、塹壕にいる兵士に支払われる月給以上の給料をもらってはならない。
 王様も大君も事業主もすべての労働者もすべての上院議員や知事や市長も、三〇ドルの月給の半分を家族に渡し、戦争危険保険に加入し、自由公債を買うようにさせたらよい。
 当然ではないか。
 彼らは、殺されたり、体を切り裂かれたり、心をずたずたにされたりする危険をまったく負っていない。泥だらけの塹壕に寝ているわけでもない。腹を空かすこともない。兵士とは違うのだ。
 資本家、事業家、労組指導者に、考える時間を三〇日間与えよう。そうすれば、戦争はなくなる。戦争のペテンとはおさらばだ。
 私はもしかしたら楽観的過ぎるのかもしれない。資本家にはまだ影響力がある。だから、実際に苦難を背負い、ツケを払っている一般の人々が、選挙で選んだ代表者に不正利得者ではなく自分たちの意思に従わせるよう決意しない限り、資本家たちは利益の剥奪を許さないだろう。
 戦争といういかがわしい商売をつぶす戦いに必要なもう一つの方法は、宣戦を認めるかどうかについて、限られた住民投票を行うことだ。すべての有権者ではなく、徴兵の対象になる人々だけによる住民投票にすればよい。戦争になれば巨大な収益をもくろむ弾薬メーカーの七六歳の社長や国際銀行の足を引きずって歩く頭取や軍服メーカーの斜視の工場長に、この国が参戦すべきかどうかについて投票させる意味はあまりない。彼らが銃を担がされ、塹壕で寝て、殺されることはあり得ないからだ。国家のために徴兵され、命を失うかもしれない人々だけに、参戦の賛否を決める特権がある。
 影響を受ける当事者だけに投票を制限するのは、数多く先例がある。米国の多くの州では、投票資格に制限を加えている。投票できるためには、たとえば読み書き能力がなければならない。州によっては、一定以上の財産がなければならない。大戦の徴兵でやったように、毎年、兵役年齢に達したらそれぞれの市町村で登録して、身体検査を受けるようにすれば簡単だ。身体検査にパスできる人、すなわち戦争になったら軍務につける人は、この限定的な住民投票で一票を投じる資格を得る。彼らこそが決定権をもつべきだ。連邦議員たちはほとんどがこのような年齢枠に入らないし、体も武器をもてるほどの状況にないから、議会が決定すべきではない。苦労する人だけが投票権をもつべきだ。
 いかがわしい商売をつぶす第三のステップは、米国の軍隊の目的を真に専守防衛とすることだ。
連邦議会が開会されるたびに、海軍増強支出問題が浮上する。重役椅子に座るワシントンの提督たち(かなりの数だ)は、すばらしく腕利きのロビーイストである。頭もいい。彼らは、「この国やあの国に対する戦争のために多くの軍艦を必要としている」と叫びはしない。とんでもない。彼らは、まず、米国がどこかの海軍大国から脅威を受けていると言う。この「敵国」の大艦隊が、明日にでも明後日にでもわが国を急襲し、一億二五〇〇万人を壊滅させるだろう、と言うのだ。いやはや。それから提督たちは海軍増強を訴え始める。何のために? 敵と戦うため? いやいや。国防だけのためだ。
 それから、思い出したように、太平洋における演習を発表する。国防のため、だとか。
 太平洋は巨大な海だ。太平洋に面するわが国の沿岸線はきわめて長い。演習は二〇〇~三〇〇マイルの沖合で行うのだろうか。いや違う。二〇〇〇マイル〔約三二〇〇キロメートル〕、あるいは三五〇〇マイル〔約五六〇〇キロメートル〕沖合だという。
 自尊心の高い日本人は、当然ながら、米国の艦隊がその沖合に近づくのを、表現し難いほど喜ぶだろう。ちょうど、カリフォルニア住民が、朝霧のなか、ロサンゼルス沖で日本艦隊が戦争ゲームをするのを見て、大喜びするのと同じように。
 米国海軍の船舶は、沿岸から二〇〇マイル〔三二〇キロメートル〕以内を航行するよう、具体的に法律で制限されている。この法律が一八九八年に存在していたら、メイン号がハバナ港にでかけることも、そこで爆破されることもなかっただろう(*)スペインとの戦争が起こり、結果的に多くの命が失われることもなかっただろう。専門家によれば、自衛のためには二〇〇マイルあれば十分だ。わが国の船舶が沿岸線から二〇〇マイル以上行けなければ、わが国が攻撃戦を始めることはない。飛行機は偵察のために沿岸から五〇〇マイル飛んでもよい。陸軍はわが国の領域から踏み出してはならない。(*一八九八年二月、船艦メイン号はハバナ港で爆発を起こした。原因は不明だったが、米国の議会内外で「メイン号を忘れるな」の合唱が起こり、米西戦争の引き金となった。)
 要約すれば、戦争のペテンをつぶすにはこれらの措置をとる必要があるということだ。戦争から利得を除外しなければならない。
 戦争の是非については、銃をとることになる若者たちに決めてもらわなければならない。わが国の軍隊を、国土防衛のためだけに限定しなければならない。

戦争はまっぴらご免だ
 戦争は過去の遺物だと考えるほど、わたしはバカではない。人々は戦争を欲していない。しかし、次の戦争に追い込まれることはない、というだけでは何の役にも立たない。
 思い起こせば、ウードロウ・ウィルソンは一九一六年、「国民を戦争に巻き込まなかった」というスローガンを掲げて、そして「国民を戦争に巻き込まない」という言外の約束のもとに、一九一六年に大統領再選を勝ち取った。しかしわずか五カ月後、彼はドイツに宣戦布告するよう連邦議会に要請したのである。
 この五カ月間に、国民は決心を変えたかどうか、聞かれることはなかった。軍服を着て戦場にでかけた四〇〇万の若者たちが、苦しみ、死ぬために進んででかけるか、彼らの意見も聞いていない。
 何が政府にそう簡単に決心を変えさせたのだろうか。
 それはお金だ。
 ご記憶にあると思うが、宣戦布告〔米国がドイツに宣戦布告したのは一九一七年四月六日〕の直前、連合国〔英国、フランスなど〕の委員会がやってきて、大統領を訪問した。大統領はアドバイザーたちを集めて話を聞いた。外交的な言い回しを除くと、その委員会の委員長が述べたのは、要旨、以下の通りであった。

 「もはやわれわれ自身をごまかしてもダメです。連合側の大義は失われました。われわれはあなたがた(米国の銀行、弾薬メーカー、製造業者、投機家、輸出業者)に五〇億ドルないし六〇億ドルの借金があります。
 もしわれわれが負ければ(米国の支援がなければ負けるに決まっています)、われわれ英国、フランス、イタリアはこの金を返済できません。……ドイツも返済しないでしょう。
 というわけで……。」

 もしも戦争交渉に関して秘密が禁止されていれば、もしも報道機関がこの会議に招かれていれば、もしも会議の模様がラジオで中継されていたならば、米国が大戦に参加することは絶対になかっただろう。しかし、戦争に関するほかのすべての会議と同じように、この会議も厳しい秘密に隠されて行われた。そして、若者たちは、「民主主義にとって安全な世界にするための戦争」とか「すべての戦争を終わらせるための戦争」だと言われて、戦場に送られたのだ。(*第一次世界大戦で、米国は当初中立を標榜し、和平の斡旋さえしていた。米国が参戦に踏み切ったのは、米国客船が次々とドイツ潜水艦に攻撃されて死者を出したためとも、米国の資本家が英仏に与えていた多額の借款の返済を確実にするためとも、言われる。戦後、米国は戦需景気によって不況から脱しただけでなく、史上初めて債権国となった。)
 それから一八年後、世界の民主主義はむしろ、その前と比べて少なくなった。しかも、ロシアやドイツやイギリスやフランスやイタリアやオーストリアが民主主義のもとにあろうが、君主制のもとにあろうが、米国にどう関係があるのだろうか。彼らがファシストであろうが共産主義者であろうが? われわれの問題は、われわれ自体の民主主義を守ることにあるのではないか。
 加えて、第一次大戦がほんとうにすべての戦争を終わらせる戦争であったか、われわれにそう納得させる証拠はほとんどない。
 もちろん、武装解除会議や軍備縮小会議が開かれてはきた。しかし、これらは何の意味もない。そのうちの一つは失敗したばかりだし、もう一つの結果も無効になった。このような会議にわれわれが送るのは、職業軍人や政治家や外交官だ。で、どうなる?
 これらの職業軍人は武装解除なんていやだ。戦艦なしの提督になんてなりたくない。司令権なしの将軍になんてなりたくない。いずれも、やる仕事がなくなるからだ。武装解除にも軍備縮小にも賛成できない。
 これらの会議では、戦争で利得を稼ぐ組織の、きわめて強力な腹黒い代理人たちが裏にひそんでいる。これらの会議が武装解除や厳しい軍備縮小につながらないよう見届けるのが、彼らの役割だ。
 こうした会議における国々の主目的は、戦争防止のために軍縮を達成するということではなく、自国は軍備を増強し、仮想敵国には軍備を縮小させることにある。
 少しでも現実性のある武装解除を実現する方法は、一つしかない。すべての国が集まって、すべての戦艦、すべての銃や砲、すべての戦車、すべての軍用機をスクラップにすることだ。これができるとしても、それだけでは不十分だ。
 専門家によれば、次の戦争は軍艦や大砲や銃、あるいは機関銃で戦われることはないだろうという。致命的な化学品やガスで戦われるのだという。
 各国は、敵を全面的に壊滅させるための、より新しい、より陰惨な方法を秘密裏に研究している。そうだ、戦艦は今後も引き続き造られるだろう。造船業者は利益をあげなければならないのだ。銃砲、火薬、ライフルも作られ続ける。武器メーカーは巨大な儲けをあげる必要があるのだ。そして兵士たちは軍服を着なければならない。軍服メーカーも稼ぐ必要があるのだ。
 だが、勝敗を決するのはわが科学者たちの技術と工夫だ。
 彼らに毒ガスや、悪魔的な破壊兵器をもっともっと作らせるようにすれば、彼らにはすべての人々のために繁栄を築く建設的な仕事をやる時間はとれない。彼らにこの有益な職務につかせることによって、われわれはみんな(武器メーカーでさえ)、戦争から得られる以上の利益を平和から得ることができるのに。
 だから、わたしは声をあげて言う。
 戦争なんてまっぴらご免だ!


*  *  *

(以下、吉田健正氏による解説)

 以上は、故スメドレー・D・バトラー米国海兵隊退役少将の小冊子の翻訳である。原名はWar Is A Racket(『戦争はラケットだ』)。ラケットとは、「いかがわしい商売」「恐喝」「ペテン」のことで、「ラケティア」は「ゆすり屋」や「不正な金もうけをする人」を意味する。
 本(五二ページのポケット版)はバトラーが一九三三年にコネティカット州の在郷軍人会で講演し、後に雑誌に掲載された文章が基になっている。その後、『リーダーズ・ダイジェスト』誌が付録として発行したが、これには有名なラジオ・アナウンサーだったロウェル・トーマスが、「彼の反対者さえ、公的問題におけるバトラー将軍の立場は、数知れない海兵隊キャンペーンにおいて彼の役割を浮き立たせたあの燃えるような誠実さと忠実な愛国主義に動機づけられていることを認める」という序文を書いた。同書は、二〇〇三年に「米国でもっとも勲章を受けた兵士による反戦論の古典」という副題をつけて再版され、また多くのインターネットサイトでも紹介されているように、今なお読み継がれている。二〇〇三年版には、米国アングラ文化のリーダーと目されるアダム・パーフレイ(The End of Passion, The End of Belief, The End of the World〔『情熱の終焉、信念の終焉、世界の終焉』〕やApocalypse Culture〔『終末論文化』〕の著者)が「戦争の英雄がいかにして企業悪事に警告を発したか」という十数ページの紹介文を書いているほか、スメドリーの文章を二本、そして戦争の悲惨さを示す写真を十数枚掲載している。

 (以上、吉田健正『戦争はペテンだ―バトラー将軍にみる沖縄と日米地位協定』の第1章「戦争はいかがわしい商売だ」を転載。)

Tuesday, April 17, 2012

沖縄についての「誤解」-沖縄県「地域安全政策課」主任研究員の米国シンクタンク寄稿文について


沖縄についての「誤解」-沖縄県「地域安全政策課」主任研究員の米国シンクタンク寄稿文について

2012年4月17日

ガバン・マコーマック 乗松聡子

新設された沖縄県地域安全政策課の吉川由紀枝主任研究員による、米国の戦略国際問題研究所(CSIS)への寄稿文(2012年4月5日付)について以下の報道がされている。

県研究員が県経済の基地依存否定(沖縄タイムス)http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-04-11_32333/

県「統合案支持ではない」三連協に説明(沖縄タイムス)
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2012-04-12_32376/

普天間移設 県研究員が統合提案(琉球新報)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-189809-storytopic-3.html

原文のリンクはここである。
Misunderstandings on the US Military Bases in Okinawa http://csis.org/files/publication/pac1224A.pdf

報道では嘉手納統合案に焦点が当たっているようだが、この論文には議論すべき重要な論点が他にもある。沖縄や日本の人々の目に触れることは大事であると信じ、以下に翻訳し、我々のコメントを後に記した。この投稿の理由は、この地域安全政策課が目指している、闊達な議論を促すという目的を共有するからである。コメントを歓迎する。

  沖縄米軍基地についての誤解

  吉川由紀枝

海兵隊普天間飛行場の移設問題は、日米間の長期間にわたる論争の種となってきた。関係者全員-米国、日本、沖縄-が、普天間は(住宅地に隣接しているため)危険であると合意し、事故リスクの除去と地元における米軍フットプリントの減少(負担軽減)という目的を共有し、日米同盟を強く尊重している中、この状況は特異なものである。二つの中央政府の大変な努力にもかかわらず、この問題はほとんど20年間も解決されない状態が続いている。

我々は、誤解のこじれを解き、意志疎通の不足を解決し、この問題を終わらせる必要がある。この問題については沖縄からの視点がほとんど語られていない。そこで、ここで沖縄についてのよくある誤解3点について述べ、沖縄が本当に何を欲しているのかを述べる。

誤解1「沖縄は基地経済に依存している」

米軍基地は、米軍資材調達、基地労働者の給与、地代(基地関連収入)によって地元経済に貢献している。このことから、基地収入の減少を懸念し、基地はそのままであるべきだという声がある。しかし実際は県GDPにおける基地収入の割合は低く、2006年には5.4%であった。沖縄返還時の1972年には15.6%だったことに比べれば顕著に減少している。

対照的に、1972年時と比べると、沖縄の主要産業、観光産業は2008年には基地収入より多くの収入をもたらした。1972年時に比べたら逆転したのである。1972年の観光収入は9千万ドル、基地収入は3億1670万ドルであった。2008年には観光収入は41億ドル、基地収入は33億ドルであった。したがって、一般的認識に反し、沖縄では他産業の方が経済効果をもたらす能力があり、基地収入より多くの収入をもたらしている産業もある。2010年には基地労働者は9135人だったのにくらべ情報産業では2万212人であった。

誤解2 「沖縄は米軍基地について『サラミ・テクニック』をもちいている」(訳注:サラミを薄く削り取るようなイメージから、少しずつ取り除いて最後には全部取っていくという意味)

普天間が返還されたら、沖縄は次から次へと返還を要求し、最後には全部の返還を求め、妥協を全く認めないだろうと思っている人がいる。この議論は、沖縄本島の南北の経済格差、海兵隊に対する強い感情、沖縄人が基地受け入れについて言っていることを無視している。一点目として、一般的に言うと、本島北部は山がちで、80%の人口が住む南部は平地である。沖縄が特定の土地の返還を要求するのは、その土地の経済的可能性を反映しているのである。

普天間と、2006ロードマップで返還されることになっている4基地(キャンプ桑江、キャンプ瑞慶覧、牧港サービスエリア[キャンプ・キンザー]、那覇港湾施設)は全部本島南部に位置し、沖縄の人々に返還されたら高い経済効果を期待できる場所である。野村総研の推計によると、この5基地が返還されたら経済効果は33倍になり得る。たとえば、普天間(481ヘクタール)が返還されたら、年間の商業活動はドル換算では現在の1億5千800万ドルの基地関連収入から激増して56億5千200万ドルとなる。北谷の美浜とハンビー地域(65.4ヘクタール)が返還された後、商業収入は4000ドルから6億9千580万ドルと大きく増加した。沖縄が海兵隊普天間飛行場、キャンプ・キンザーと他の南部の基地返還を要求する正当な経済的理由があるのは明白である。

二点目として、海兵隊削減は、地元住民の反対感情に大きな変化をもたらす。この反対感情は主に、海兵隊は他軍に比べたら犯罪数や事故数が多いということによる。例を挙げれば、2011年には、海兵隊が犯した、または関与した犯罪や事故は50件に上る。空軍は27件、海軍は7件、陸軍は6件であった。この5基地のうち4基地が海兵隊のものであるということは沖縄に歓迎されるもう一つの要素となるだろう-空軍を含め他軍を受け入れている地域はこの強い感情を共有していない。

三点目として、受け入れ地域が何を言っているのかにもっと目を向ける必要がある―宜野湾市は、沖縄県と同様に常に普天間返還を訴えてきた。嘉手納基地(南部のもう一つの重要基地)については、沖縄県と嘉手納基地を抱える地域は騒音を減らすことを欲している。

誤解3 「沖縄は金が欲しいだけだ」

多くの批判者たちは「沖縄は金が欲しいだけである。それで強気の交渉をしてきている」と言う。実際はそれどころか、沖縄は著しい経済発展をしてきており、東京が沖縄の基地への支持を金で買えるという一般認識は有効性を失ってきている。2010年名護市長選で辺野古案に反対する稲嶺市長が当選したことからも、沖縄を説得するのに金は適切な言語ではないことがわかる。政府が寛大な提供をしてきたにもかかわらず、名護市の一人当たりの所得は1997年以来、沖縄のそれよりも常に低い状態が続いている。

沖縄は日本の他地域との基地負担分担において、尊厳と公平性を求める。他の地域が米軍のフットプリント(駐留)を欲していないからというだけで沖縄が基地負担をすべきだ、という中央政府の説明は沖縄人に受容できるものではない。沖縄の「NO」に、どうして他地域からのそれと同じ重みを与えないのか。日本政府は本土25か所を検討したというが、あらかじめメディアにそれをリークして、各地域に「自分の裏庭に持ってくるな!」という反対感情を強化する時間をゆるし、それらの地域の苦情を受け入れ、そのまま先に進んだ。これでは真剣に検討したとは言えない。

鳩山首相は、日本と東アジアの安全保障のためには沖縄の米軍基地が必要であるという政府の主張に対する沖縄の人々の信頼を壊した。沖縄が抱く疑問への、明解で誠意のある回答を求めている。

どうして沖縄が1945年以来ほとんど変わらず、日本全体の74%の米軍基地を負担しなければいけないのか?一つの島に集中させるのではなく、仕掛け線として、沖縄を含め日本の西海岸沿いの何か所かに米軍基地を分散させる方が、オーストラリア、シンガポール、フィリピンを含む東アジア全般に武力を分散させる最近の米軍の戦略に沿ったものとなる。

沖縄は何を欲しているのか

先述の様に、沖縄にとって普天間と他4基地の返還には強い経済的理由があり、日米両政府がこの方向に動くように最大の尽力をすることを歓迎する。沖縄は、普天間返還と部隊移動の件を切り離すという最近の発表を評価する。しかし実際悪魔は細部に宿るというし、まだ細部が公開されていないので、沖縄は何ごとも声高に言うことは躊躇する。

仲井眞知事は、辺野古案を推進するには名護市長と県知事の両方の合意が必要だと信じる。名護市民は辺野古案に反対する市長を選び、知事は、少なくとも任期終了の2014年末までは、知事が立場を変えることのできるような政治的状況になる希望はほとんどないので、知事は日米に案を修正するように要請している。

辺野古案にもっと許容的な政治的状況をつくりだす可能性のある次の名護市長選まで待ったらいいという見方があるかもしれないが、市長選は2014年までないし、沖縄の人々はそこまで待てない。さらに、知事選が同じ年に予定されており、知事と名護市長が辺野古案を支持できるような政治的状況になっているかどうかはわからない。

大ざっぱに言って、沖縄の人々の中で基地に賛成の人(そのうち多くは防衛省からの請負事業から利益を得る人たち)は少数派であり、基地全ての返還を要求する反基地の人たちも少数派である。大多数は物言わぬ多数派であり、その人たちは穏健派で、アメリカ文化と(基地の)経済効果への憧れ(特に過去のそれら)と、米軍兵、特に海兵隊による犯罪と、騒音を含む基地がもたらす不都合に対する怒りと悲しみという感情を併せ持っている。鳩山首相のフリップ・フロップ(ころころ変わること)が、この物言わぬ多数派の人たちを遠ざけてしまったので、この人たちが辺野古案に支持を表明するのには時間がかかると見られる。(訳者注:4月12日の時点でプリントアウトした記事には、「大ざっぱにいって、沖縄では基地賛成は20%、反基地は20%、残りの60%は物言わぬ多数派」と、具体的な数字がついていたが、4月15日の時点でこの部分は削除されている。)

沖縄の人々にとっては、沖縄の政治的状況に従いながら、なるべく早くに米軍基地の具体的な削減をすることが一番の優先順位を持つ。沖縄の人々は、ジム・ウェブ上院議員、ジョージ・ワシントン大学のマイク・モチヅキ氏、ブルッキングズ研究所のマイケル・オハンロン氏などが提唱する代替案を知的に探究することを評価する。

次のような案はさらなる検討に値する。
-嘉手納基地のフットプリント(基地影響)を現在より減らしながら普天間の嘉手納基地統合をすること。私は、嘉手納のフットプリントを今のレベルより大きくする案はいかなるものでも地元に受け入れられないことをここで強調する。
-米国の海兵隊削減の線に沿った沖縄海兵隊の相当数の削減
-二段階の方法:まず暫定的に海兵隊を岩国、嘉手納、プラス/あるいは自衛隊基地に移動することで普天間を空にし、日本政府が普天間代替施設として適切な場所を探す時間をかせぎ、そしてその場所に普天間基地を移設する。

2012年4月、沖縄県庁は、地域安全政策課という、沖縄なりの代替案を作成し、それらについて外部の専門家や日米両政府と協議するための新しい部署を創設した。日本の一自治体としては踏み込んだ動きといえる。沖縄県庁は固定観念にとらわれない考え方をし、在日米軍の責任ある受け入れ地域として、地域安全保障に誠実な貢献をする者として、そして長年十分苦しんできて、今も苦しみ続けている沖縄の人々の誇り高き代表者として、この部署を設立した。

(翻訳 以上)

これに対し、我々は以下のような論点を提起したいと思う。

この論文は、「沖縄が基地経済に依存している」とか、メア差別発言に象徴されるように「沖縄が金目当てである」といった理解が間違っているという、重要な指摘を海外に対して発信している。基地負担や普天間移設候補地選びにおける本土の沖縄に対する差別を糾弾し、公平さと尊厳を求めていることも正当な議論といえる。

しかし、この論文は沖縄を在日米軍の「責任ある基地受け入れ地域」と呼び、現状の日米同盟と安保条約の無批判の受容を大前提としているように見える。まずはこの大前提に疑問を投げかけたい。この論文を読んだ沖縄の作家、浦島悦子氏はこう言う(著者へのメールにて)。

そもそも沖縄の米軍基地は、沖縄が責任をもって受け入れたものではなく、日米両政府によって押しつけられたものであり、それが今まで続いていることが極めて不当かつ異常であることが問題の本質です。「物言わぬ多数派」がそのことに気づき、考え、物を言うようになったからこそ、状況が変わり、知事も姿勢を変えざるを得なくなったのであり、彼らはもはや「物言わぬ多数派」ではなく「物言う多数派」となっています。

日米と沖縄が「日米同盟を強く尊重している」、とも述べているが、沖縄についてはどうだろうか。2009年の県民世論調査では、米軍の日本駐留を含む日米安保条約について「維持すべきだ」と答えたのは16.7%に過ぎず、10.6%が「破棄すべきだ」、42%が「平和友好条約に改めるべきだ」、と答えている。安保条約と米軍駐留自体にまったく疑問も呈さない姿勢で「沖縄の欲すること」を代弁できていると言い切れるだろうか。この論文は、被支配や戦争被害の「歴史」を乗り越え「現在」に生きることを訴え、日米軍事同盟の容認を前提にした「基地沖縄」の存在意義を強調し、厳しい批判の対象となった2000年の「沖縄イニシアチブ」の新バージョンように見える。4月2日『琉球新報』には、「沖縄イニシアチブ」で中心的役割を果たした高良倉吉氏(琉大教授)を地域安全政策課のアドバイザーに迎えるとあることからも、そう思えて仕方がないのである。

また、この論文には、南北の経済格差を指摘しながら、80%の人口を擁する平地の南部のために、「山がち」で人口も少ない北部が犠牲になってもいいような論調がある。これでは、日本における沖縄構造差別がある一方、「経済的ポテンシャル」の大きい南部を北部より優先させるという形で沖縄県内の構造差別を強化してしまうのではないか。基地返還の理由を経済的理由に絞り込み、辺野古案の懸念である、ジュゴンを含む大浦湾の生態系への影響や、人口の少ない地域の基地被害、とりわけオスプレイ配備により予想される被害の増大を考慮していないのではないか。この論文は、北部訓練場におけるヘリパッド移設やオスプレイ配備がもたらす地元住民への危険性増大や、やんばるの森の自然環境への影響にも全く触れておらず、北部切り捨て策であると思われるのではないか。

また、一番の問題は海兵隊であり、空軍等他軍の基地受け入れ地域の人々は米軍の犯罪や事故に対する「強い感情」を共有していないという見方も議論の必要があるのではないだろうか。嘉手納のフットプリントを増やさないといいつつも、受け入れ地域が欲しているのは騒音減少であり、海兵隊に対するものほどの強い反対感情はないので、普天間基地の統合をしやすいと論じているようにも読める。

さらにこの論文は、2010年知事選でも結果的に辺野古案を支持した候補に投票した人は2%程度だったこと、また数々の選挙、自治体決議、県民大会、世論調査、辺野古や高江で長期間続く市民による反対運動、不正アセスに対する県を挙げた怒りなどに見られるように、辺野古移設案には県民大多数の反対があるということを、民意の表れというより「政治的状況が許さない」という視点でとらえ、沖縄県知事は「政治的状況」さえ許せばいつでも辺野古案支持に戻りたいという姿勢を表明しているように見える。

仲井眞知事は、前知事選の直前に、従来の県内移設容認を翻して県外移設に立場を変えた。それは、県内の大多数が辺野古移設に反対しているという「政治的状況」があったからであった。この論文はそれを否定的にとらえ、その責任は、鳩山首相が沖縄の人々の米軍沖縄駐留への「信頼」を壊し、「物言わぬ多数派」を翻弄したせいとする。辺野古案反対が高まったことを否定的にとらえ、しかも全て鳩山氏の資質-「フリップフロップ」(ころころ変わること)のせいにしているように見える。沖縄のジャーナリスト吉田健正氏は、この論文の沖縄世論についての理解をこう見る(著者へのメールにて)。

吉川氏の「基地全ての返還を要求する反基地の人たちも少数派である。大多数は物言わぬ多数派」というのは、一昨年の県民大会や県議会決議で表明された全県的な基地反対、沖縄県民の戦争体験や占領下の戦後の人権や強制的土地接収の問題などに関する多くの人々の記憶、40年前の「本土復帰」で変わらなかった米軍基地の実態(現在も続く米軍優先の安保、沖国大への墜落ヘリ墜落や少女暴行事件や飲酒運転などの米軍関連の事故・事件、汚染問題)への悔しさを無視しています。世論調査の結果も無視しています。

鳩山氏の「最低でも県外」の公約は、沖縄の多くの人々の、諦めていた本来の希望を呼び起こしたのではないのか。鳩山氏が辺野古案に最終的に回帰して沖縄の多数の人々を失望させたのは確かだが、それは日本の官僚機構や米国が彼の言うことを聞くのを拒んだからではないか。鳩山氏自身にも責任はあるだろうが、彼のように虐待や威嚇にさらされた首相はいなかった。鳩山氏が潜在的な民意の目覚めのきっかけを作ったこと自体を非難し、その民意自体をまた鎮静することによって辺野古案を受け入れる「政治的状況」が生まれることを願う論調は、「沖縄の欲すること」を代弁しようとしているこの論文の目的自体に背くことなのではないか。沖縄の多数派が「辺野古案に支持を表明するのには時間がかかると見られる」ということは、鳩山氏のような「ころころ変わる」人間さえいなくなれば沖縄も名護市も辺野古案で説得し切れるだろうと言っているように聞こえる。「ころころ変わる」と言えば、仲井眞知事が同じくらい、いやそれ以上の「ころころ変わり」人間なのではないか。辺野古移設容認だったのが、2010年の知事選前に立場を変えた。しかし今も県内移設に明確に反対せず、また立場を変える余地を残しているようだ。「県外移設の方が早く解決できる」と言っていることから、辺野古案自体に根本的な問題はないと思っているようだ。

この論文の趣旨は、沖縄県民を代表して、よくある誤解を正し、「沖縄の欲するもの」を伝えることのようだが、県庁の新部署・地域安全政策課の主任研究員として、著者の吉川氏は県庁や知事の見解を読者に提示するものなのか、この課の研究の成果の一環として発表しているのかが不明であり、その辺を明らかにする必要があると思う。特に、県政府やその首長の方向性と、沖縄の市民社会とその自律性の間に横たわるギャップがあるとしたらそれをどうすり合わせていくのか。「沖縄の欲するもの」といった表現をするときの「沖縄の人々」とは誰のことを指しているのか。先に触れた琉球新報の記事や、沖縄タイムスの報道(リンク)によれば、地域安全政策課には、吉川氏の論文でも触れられているマイク・モチヅキ、マイケル・オハンロン両氏に加え、「米外交問題評議会(CFR)のシーラ・スミス上級研究員やライシャワー東アジア研究所のケント・カルダー所長」といった米国のアドバイザーがいるようだが、もっと重要なことは沖縄の市民社会とどのように関わっていくかということなのではないか。沖縄の人々で構成されるアドバイザーのグループというものを設置する予定はあるか。また、この地域安全政策課にどれだけ批判的能力を発揮する自由が与えられているのか。要するに、必要とあらば県庁や県知事を批判的に見ることができるのか。

繰り返すが、この論文が、沖縄経済の基地依存度に関する間違った認識を指摘し、本土が過重な基地負担を沖縄に押し付けている不平等性や差別を是正する重要性について述べていることは評価し、日本本土や米国に対して、何度言っても言い過ぎということはないと思う。県庁の中にできたシンクタンクとも言える地域安全政策課の研究成果が県内外、海外に広く知られ、沖縄の人々の声が政策決定に影響を及ぼしていくことに貢献してほしい。

以上

ガバン・マコーマック(オーストラリア国立大学名誉教授)と乗松聡子(在カナダ/ピース・フィロソフィー・センター http://peacephilosophy.com代表)は英文誌『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス』http://www.japanfocus.org (2002年設立、2008年琉球新報池宮城秀意記念賞受賞)のコーディネーターである。2012年7月、共著で Rowman & Littlefield 社から Resistant Islands: Okinawa Confronts Japan and the United States 刊行予定。

PDF版はここにあります。
https://docs.google.com/open?id=0B6kP2w038jEAVFBwSzRLUng0YVU

リンク歓迎、転載は自由ですが、全文と本記事のURL http://peacephilosophy.blogspot.ca/2012/04/blog-post_18.html を明記してください。その上で転載先のURLとともにご報告ください。この投稿についてのコメントや問い合わせ、転載の報告は、info@peacephilosophy.com にお願いします。コメントをいただく場合、公開していいかどうか付記してください。


追記:この投稿についてコメントしているサイトを紹介します。

Project Disagree 合意してないプロジェクト「主体的な安全保障?のつづき」
http://www.projectdisagree.org/2012/04/blog-post_18.html



Friday, September 30, 2011

From a Cold War Warrior to a Staunch Opponent of Imperialism: Special Lecture in Memory of Chalmers Johnson by Yoshida Kensei 冷戦兵士から反帝国主義者への変貌: チャルマーズ・ジョンソン追悼講演 by 吉田健正

2011年8月4-8日、沖縄国際大学と沖縄キリスト教学院大学で開催された国際会議DUO Dialogue Under Occupation の特別講義、吉田健正氏による故チャルマーズ・ジョンソン追悼講演の要旨とパワーポイントを紹介します。Yoshida Kensei, Okinawan jouranlist and author of Democracy Betrayed and numerous other books, gave a special lecture in memory of late Chalmers Johnson at the DUO (Dialogue Under Occupation) Conference, held at Okinawa International University and Okinawa Christian Unviersity from August 4 - 8.

チャルマーズジョンソン氏についてのこのブログの過去の記事もご覧ください。See past posts about Chalmers Johnson below (in English and Japanese).
Chalmers Johnson, 1931-2010

Chalmers Johnson's Op-ed in LA Times チャルマーズ・ジョンソン氏の論説、LAタイムズに掲載

Chalmers Johnson, 1931-2010 チャルマーズ・ジョンソンを偲び、遺志を引き継ぐ (吉田健正、平恒治両氏からの追悼の言葉を含む)
吉田氏のパワーポイントへのリンクはこちらです。Click below line for Yoshida's PowerPoint presentation (in Japanese).



 
講演要旨 Abstract of Yoshida's speech (see below)


冷戦兵士を反帝国主義者に変えた冷戦終結と沖縄訪問

吉田健正

[要 約]
 近年のアメリカ合衆国を、世界の政治史、アメリカの政治史の観点から見ると、どう位置づけられるか。その中で、沖縄はどのような役割を演じているのか。これら三つを重ねて論じる研究者は、昨年11月に79歳で亡くなったチャルマーズ・ジョンソン氏以外にいなかっただろう。

ジョンソン氏は、自らを冷戦戦士と呼んだ。中国や旧ソ連を敵視し、アレン・ダレス初代CA長官の下で中国やベトナムの国力評価コンサルタントを務め、ベトナム反戦運動を批判した。しかし、ソ連の崩壊は、彼を喜ばせる一方で、自国に対して懐疑的にし、彼の認識を大きく転換させた。冷戦終結後、世界最大の軍事大国になったにもかかわらず、米国はローマ帝国や大英帝国を引き継ぐ「帝国」の道を歩んでいたことに気づいたのである。君主国家のもとから、国民主権(民主主義)を掲げて立ち上げた「共和国」が世界中に軍事基地を構える「基地の帝国」へと変貌し、第二次大戦と冷戦を経て大統領の権限は強大化し、海外でスパイ活動、政府転覆、独裁国家支援、戦争を繰り返して恨まれ、国内では民主主義や経済発展を阻害する結果になった。ローマ帝国と大英帝国の歴史を繰り返したのである。このままだと、米国はさらに国際的な孤立を深め、内部矛盾を抱えて、崩落してしまうだろう、とジョンソン氏は憂慮した。

「基地の帝国」の例として、ジョンソン氏が注目したのは、沖縄である。狭小で貧しいこの県には、在日米軍基地の75%が配備され、米軍が基地の排他的運用権をもつほか、軍人・軍属・家族は日本政府の思いやり予算でショッピングモールやゴルフ場つきの暮らしをしている。婦女暴行、自動車事故も多いが、日米地位協定により治外法権さえ享受している。1995年の3人の米兵による少女レイプ事件は、日米関係さえ脅かしかねない反基地・反米運動を引き起こした。

この事件と抗議大会は、ソ連崩壊後の米国の基地帝国主義とともに、冷戦戦士・ジョンソン氏の目を覚まし、カリオルニア大学での地域(日本・中国・東アジア)研究家を反帝国主義者に変えた。ジョンソン氏は、2000年から2007年までに米帝国主義の実態と将来(傲慢に対する懲罰)について3部作を書き、「沖縄――冷戦の島」を編纂したほか、米帝国主義や沖縄に関する数々の論考を新聞などに投稿した(一部は『帝国の解体』にまとめられた)。

アメリカと他の英語圏(特に知識人、政治研究者、知的ジャーナリスト)における「沖縄問題」への関心や理解は、ジョンソン氏に負うところが大きい。氏の文章には、左翼イデオロギーとは異なる、元冷戦戦士・実証的研究者としての説得力がある。


YOSHIDA Kensei
吉田健正略歴
現糸満市出身(1941)。大阪外大(スペイン語専攻)中退のあと、名護英語学校→「オキナワ・モーニング・スター」記者を経てミズーリ大学でジャーナリズム専攻。「ウィークリー・オキナワ・タイムス」「沖縄タイムス」記者を経て、同大学院でジャーナリズム修士号。AP通信東京総局、ニューズウィーク東京支局を経て、駐日カナダ大使館で広報担当、学術交流担当→桜美林大学国際学部。2006年に退職→沖縄へ転居。

主著:『国際平和維持活動――ミドルパワー・カナダの国際貢献』(彩流社)、『カナダ――20世紀の歩み』(同)、『カナダはなぜイラク戦争に参戦しなかったのか』(高文研)『沖縄戦――米兵は何を見たか 50年後の証言』(彩流社)、Democracy Betrayed: Okinawa under U.S. Occupation (Western Washington University)、『戦争はペテンだ――バトラー将軍にみる日米地位協定』(七つ森書館)、『「軍事植民地」沖縄――日本本土との<温度差>の正体』(高文研)、『米軍のグアム統合計画――沖縄の海兵隊はグアムへ行く』(同)、『戦争依存症国家アメリカと日本』(同)

★このサイトの吉田健正氏の過去の記事はここをクリックしてください。

In Memory of Professor Chalmers Johnson

How the end of the Cold War and a visit to Okinawa turned a Cold War warrior into a staunch opponent of imperialism

YOSHIDA Kensei

Abstract

How should the United States be regarded in terms of world political history, and in terms of American political history? And what role does Okinawa play in this? Professor Chalmers Johnson, who passed away at 79 years old last November, was perhaps the only researcher that examined these three issues together.

Professor Johnson called himself a Cold War warrior. Viewing China and the former Soviet Union as enemies, he worked as a consultant under Allen Dulles, one of the earliest directors of the CIA. Johnson helped assessing the strengths of Vietnam and China and was critical of the anti-war movement during the Vietnam War. However, the collapse of the Soviet Union, which pleased him, caused him to look skeptically at the US, and led to a major change in his thinking. Johnson noticed that although the United States had become the world’s greatest military power, the country had begun to follow the path of an empire, in the tradition of the British and Roman Empires. The republic that was initially founded on the principle of popular sovereignty (i.e. democracy) in opposition to monarchy was now building military bases throughout the world and transforming itself into an “empire of bases.” After World War II and the Cold War, the powers of the President were greatly expanded, and the country increasingly became resented for its overseas espionage, overturning of foreign governments, support of dictatorships, and endless waging of war. The extensive network of bases also led to the obstruction of democracy and economic development at home. In other words, the US was repeating the history of the British and Roman Empires. Johnson was concerned that without a change of course, the US would find itself increasingly more isolated internationally, would face internal contradictions, and would eventually collapse.

Johnson focused his attention on Okinawa, as an example of the “empire of bases.” This poor and cramped prefecture hosts seventy-five percent of the US military bases in Japan. Not only has the US military been granted exclusive use rights for the bases, but also has been provided by the Japanese government with a “sympathy” budget that has made possible for base personnel and their families a lifestyle that includes shopping malls and golf courses. There have been numerous rapes and traffic accidents, but base personnel also enjoy the extraterritorial rights and protection provided by the Japan-US Status of Forces Agreement (SOFA). The 1995 case in which three US soldiers raped a young girl triggered anti-US and anti-base protests that were so intense that even the Japan-US relationship was threatened.

This case and the ensuing protests, along with the US empire of military bases that appeared after the fall of the Soviet Union, opened the eyes of the Cold War warrior Johnson and turned him into the anti-imperialist researcher of regional studies (on Japan, China, and East Asia) at the University of California. Between 2000 and 2007, Johnson wrote a trilogy of books analyzing US imperialism’s current situation and future (arrogance and its consequences), edited Okinawa: Cold War Island, and contributed numerous articles on US imperialism and Okinawa to newspapers and journals (some of which reappeared in Dismantling the Empire).

Much of the interest in and understanding of the “Okinawa problem” throughout the United States and other English-speaking countries (especially amongst intellectuals, political researchers, and astute journalists) owes a debt to the work of Chalmers Johnson. His writing, unlike much left wing ideology, has the persuasive power of both a former Cold War warrior and an empirical researcher.


A Profile of Kensei Yoshida
Kensei Yoshida was born in what is now Itoman, Okinawa in 1941. After dropping out of the Spanish program of Osaka University of Foreign Studies, Yoshida attended Nago English School. He then worked as a reporter for the Okinawa Morning Star before going to the United States, where he majored in journalism at Missouri University. After working as a reporter for the Weekly Okinawa Times and the Okinawa Times, he returned to Missouri University and completed a master’s degree in journalism. After working for AP Tokyo and Newsweek Tokyo Branch, and later as the spokesman and director of arts and science exchange at the Canadian Embassy in Japan, he became a professor of international relations at Obirin University. In 2006, he retired and moved to Okinawa.

Major Publications:

1. Kokusai heiwa iji katsudō: midorupawā kanada no kokusai kouken [UN Peacekeeping Operations: The Canadian Experience] (Sairyūsha Press)

2. Kanada: 20 seiki no ayumi [Canada in the 20th Century] (Sairyūsha Press)

3. Kanada wa naze Iraku sensou ni sansen shinakatta no ka [War against Iraq: Why did Canada not participate?] (Koubun Press)

4. Okinawasen: beihei wa nani o mita ka 50 nengo no shougen [The Battle of Okinawa: How US Servicemen Saw It 50 Years After the War] (Sairyūsha Press)

5. Democracy Betrayed: Okinawa under US Occupation (Western Washington University)

6. Sensō wa petenda: Batorā shōgun ni miru nichibei chii kyōtei [War Is A Racket: the Status of Forces Agreement in the Eyes of General Butler] (Nanatsumori Shokan)

7. Gunji shokuminchi Okinawa [Okinawa: A Military Colony] (Koubun Press)

8. Beigun no Guam tōgō keikaku: Okinawa no kaiheitai wa Guam e iku [Guam Integrated Military Development Plan: US Marines Are Relocating to Guam] (Kobunken Press)

9. Sensō izonshō kokka Amerika to Nihon [US and Japan: Countries Addicted to War] (Koubun Press).

Sunday, March 06, 2011

Yoshida Kensei: Yanbaru Forest for a World Heritage Site 吉田健正「やんばるの森を世界自然遺産に」

Okinawan journalist Yoshida Kensei's essay for Peace Philosophy Centre calls for Yanbaru Forest, Okinawa to be designated as a World Heritage site. US and Japanese governments are planning to build six helipads, reportedly including V-22 Osprey capable pads in the neighbourhood of Takae Village in the northwestern part of the main island of Okinawa, despite local residents' opposition. Yoshida proposes a variety of ways to preserve and utilize Yanbaru Forest for sustainable development, such as a research centre for clean water securement, utilization of herbs, biotechnology, an ecological museum, a rest & relaxation place for the elderly and families, a place for nature study, and forest and marine sports.

Yoshida Kensei, former professor of International Relations at Obirin University, is author of Democracy Betrayed: Okinawa Under U.S. Occupation.



Yanbaru Forest in Northern Okinawa (Photo by Shimoji Yoshio)


 
やんばるの森を世界自然遺産に


吉田健正

米軍がやんばるの森に広がる北部訓練場のおよそ半分を返還する代わりに、残った訓練場内に6つの軍事ヘリパッドを新設する計画が進んでいる。普天間の代替基地として合意されている辺野古の新航空基地にはヘリコプターと飛行機の機能をつなぎあわせた、離着陸時の轟音・突風・墜落で知られる兵士輸送機オスプレイV-22の配備計画が確実視されており、ヘリパッドも嘉手納空軍基地や辺野古基地、沿岸の艦船と直結することが容易に推定できる。

この地域で、米軍は歩兵演習、ヘリコプター演習、耐久訓練、負傷者救出・輸送訓練などを行ってきた。しかし一帯は、軍事基地より、はるかに自然公園に向いている。生物多様性に詳しい桜井国俊元沖縄大学学長の言葉を借りれば、沖縄は「東洋のガラパゴス」と呼ばれるほど、やんばるの森、辺野古・大浦湾の海域、泡瀬干潟を中心に、生物種に富む。やんばるには、沖縄本島中南部の住民に貴重な飲料水を提供するダムも多い。世界自然保護基金ジャパン(WWWジャパン)も、やんばるの森を「地球上でここだけに生息するノグチゲラ,ヤンバルクイナなど,数多くの固有種,固有亜種,絶滅のおそれのある種の重要な生息地」になっているとして、「優先的に保護すべき地球上の重要な自然環境のひとつ」に位置づけ、ヘリパッド建設の中止を求めている。

北部訓練場は、総面積約7,500ヘクタール、沖縄県最大の基地だ。南側には名護市の辺野古岳一帯から辺野古湾にかけてキャンプ・シュワブ、その南には名護市、宜野座村、恩納村、金武町にかけてキャンプ・ハンセンが広がる。上空もほぼ米軍の空域だ。

北部訓練場は、1996年12月の「沖縄に関する特別行動委員会(SACO)」の最終合意意により、半分以上の約3,987ヘクタールの返還が決まった。しかし、それには、次の2つの条件がついていた。

① 訓練場の残余の部分から海への出入を確保するため、……土地(約38ヘクタール)及び水域(約121ヘクタール)を提供する。

② ヘリコプター着陸帯を、返還される区域から北部訓練場の残余の部分に移設する。

北部演習場の約半分を返還する代わりに、ヘリパッド、沿岸へのアクセス・ロード、水域を確保して、辺野古弾薬庫のあるキャンプ・ハンセン、キャンプ・シュワブ、日米間で新たに建設が合意されている辺野古航空隊基地につながる一帯を軍事利用しようという計画である。

病院や消防署、学校などに設置されているⒽ印のついたヘリパッドは救援・救助用着陸帯だが、キャンプ・ハンセンに39か所(金武町調査)、北部演習場に22もあるというヘリパッドは兵員輸送や落下傘降下訓練などのための軍事用である。

新たに、国頭村に4か所、東村高江周辺に2か所、計6つが建設されるというヘリパッドには、主翼の両端につけたエンジン格納円筒とローター(プロペラ)を上に向けて垂直に離陸したあと、それを前に傾けて(ティルト)通常の飛行機のように飛び、再び上に向けて着陸するオスプレイ(V-22)用の着陸ゾーンも計画されているという。離着陸時の騒音や爆風がひどい上、試作機の墜落が相次ぎ、海兵隊員を中心にすでに30数人ものパイロットと乗組員の命を奪った、あの新型戦闘員輸送機である。昨年4月には、米空軍がアフガニスタンで実戦投入したオスプレイが、エンジントラブルが原因と見られる墜落事故で、兵士3人と軍事契約業者1人が死亡、16人が負傷している。ヘリコプターだとエンジントラブルが起きてもプロペラが自動回転するため軟着陸できるが、オスプレイの場合はそのような軟着陸ができないため、両翼のいずれか接地し、あるいは機体が制御不能になって墜落して分解することが多くの墜落事故の原因になっているようだ。兵員以外に、装備品を積むと、重量が増して離着陸に失敗するケースもある。

海軍(海兵隊)を中心に、ベトナム戦争時代の中型戦闘員輸送機CH-46の後続機として1980年代初めから開発に力を入れてきたが、ヘリと比べて価格が5倍も高い上に、戦場で離着陸して飛ぶには危険が多く、「完成品」とは言いがたい。開発計画も、ウソの調査報告や証言(V-22スキャンダル)に毒されてきた。格納庫に隠されたままの欠陥機も多いという。

米海兵隊は、2012年10月にミラマー基地(カリフォルニア州サンディエゴ)の第561中型ティルトローター中隊、13年4月に第562中隊(計24機)を普天間に配備し、普天間飛行場に配備中のヘリ2個中隊を順次ミラマー基地に移すと発表している(「沖縄タイムス」、2010年10月1日)。

日本政府は、「普天間代替航空基地」の建設が合意されている辺野古を含むやんばるの住民にとって騒音迷惑と危険性が高い上に、自然を破壊する恐れがあり、中南部の住民にとって必須の水源地を破壊する可能性が高いオスプレイ配備には、はっきり「ノー」をつきつけるべきである。

仲井真知事は、海兵隊のV-22沖縄配備計画について、「もし本当だとすると反対だ。特にオスプレイは危険な機種というイメージが非常に強い。騒音が低くなるとも思えない」と述べ、「馬鹿げている」と不快感をあらわにした(「沖縄タイムス」)。

米国がv-22の「実験・訓練場」として、米軍基地の災難に苦しめられ続けてきた沖縄に”V-22 disaster”をもたらすのを防ぐためにも、やんばるの森の世界自然遺産の登録は不可欠だ。

那覇防衛施設局の「環境影響評価図書(2006年)」によれば、ヘリパッド建設予定地とその周辺では、「植物で12種、動物で11種の固有種・固有亜種、177種(環境省)~188種(沖縄県)の絶滅のおそれのある種を含む4,000種以上の野生生物」が記録されているという。「これは、世界自然遺産の選定基準のひとつである「世界的な価値の絶滅のおそれのある種を含む生物多様性の保存のための重要な自然の棲み場所がある地域」という項目を十分に満たしている」(世界自然保護基金ジャパン)というから、県と国は、ただちにユネスコに世界自然遺産登録を申請すべきだろう。

日本は、1992年、ナイロビ(ケニア)で採択された国連の「生物の多様性に関する条約(生物多様性条約」に米国を含む他の167国とともにただちに署名した。外務省によれば、「人類は、地球生態系の一員として他の生物と共存しており、また、生物を食糧、医療、科学等に幅広く利用している。近年、野生生物の種の絶滅が過去にない速度で進行し、その原因となっている生物の生息環境の悪化及び生態系の破壊に対する懸念が深刻なものとなってきた」。そこで、「①生物の多様性の保全、②生物多様性の構成要素の持続可能な利用、③遺伝資源の利用から生ずる利益の公正で衡平な配分」を目的とする本条約が締結されたのだという。昨年10月に、第10回締結国会議(COP=コップ10)が名古屋で開催されたことは記憶に新しい。

生物多様性条約の当初締結国で、人類にとっての生態系破壊を懸念する日本は、当然ながら、自然を破壊する米軍基地を維持・増設するのではなく、国をあげてやんばるの森や辺野古・大浦湾海域などの保全に取り組み、国定自然公園→世界自然遺産登録への手続きを開始すべきであろう。

やんばるが世界自然遺産に登録され、そこを浄水確保、薬草活用、バイオテクノロジー研究、生態系博物館、老人や家族向けの憩いの里、自然学習教室、山地スポーツや海洋スポーツなどに活用して循環型の地域振興に役立つようにすれば、軍事基地の島は沖縄の自然、観光、生活だけでなく、人類の平和と未来のためにも大いに貢献するはずだ。

琉球王朝時代の名残をとどめる斎場御嶽から久高島の一帯、戦跡や平和祈念公園、島々の蒼い海と珊瑚礁と白浜も、あわせて国定公園や世界遺産の指定を受け、「やんばる基金」のようなものができれば、基地のない、自然豊かな平和と癒しと観光の県になる。そうした運動が、県内だけでなく、世界のウチナンチュ、日本本土、近隣諸国、自然破壊を懸念する世界の人々の間でも起こることを期待している。

吉田健正
1941年、沖縄県に生まれる。ミズーリ大学と同大学院でジャーナリズムを専攻。沖縄タイムス、AP通信東京支社、ニューズウィーク東京支局、在日カナダ大使館を経て、桜美林大学国際学部教授。2006年に退職後、沖縄に帰郷した。近著は『「戦争依存国家」アメリカと日本』(高文研 2010年)。

吉田健正さんのこのサイトでの過去の記事についてはこちらをご覧ください。

Friday, February 11, 2011

Media Criticism by Yoshida Kensei これでもジャーナリストか by 吉田健正

Okinawan journalist Yoshida Kensei's criticism of Kyodo News Agency's interview article of Dennis Blair, former top US Intelligence official (February 8, 2011).

沖縄在住のジャーナリスト、元桜美林大学教授、吉田健正さんに寄稿いただきました。共同通信ワシントン発の記事に関するメディア批判です。(元の記事は下記を参照)。


これでもジャーナリストか

                                   吉田健正

語るに落ちる、というのはこういうことを指すのだろう。

 共同通信の杉田雄心ワシントン特派員によれば、日米同盟に支障を来たさないため、「米政府は(日本に対する)圧力と取られかねない発言を極力封印する」という(『沖縄タイムス』、『琉球新報』、2月8日)。「ブレア氏の発言はこうした中で飛び出した」。

 ブレア氏の発言というのは、昨年5月まで米国家情報長官を務めたデニス・ブレア氏が、2月初めに共同通信との「単独会見」で、日本に憲法9条の「見直しを促した」という発言である。

 米国政府が日米同盟深化の観点から、こうした対日要求を「極力封印」していたのに、杉田特派員との「単独会見」に応じたブレア氏が、封印を破り、米国政府の「本音」を語った、というのである。「単独会見」というのは、報道機関が注目に値する特定の人物の見解を求めて行うか、特定の人物が自分の見解を発表するために報道機関に接触して実現するインタビューのことである。つまり、両者の利益が合致して成立する。今回の「単独会見」はどちらが接近して成立したか明らかでないが、いずれにせよ、杉田特派員が、ブレア退役海軍大将との会見に成功して、ジャパン・ハンドラーズとしてたびたび日本の主要メディアに登場したリチャード・アーミテージ元国務副長官と同じ「9条見直し」発言を獲得・報道したというわけである。

 ブレア氏に関する報道は、通常の記事と解説からなっているが、中身を読むと、杉田記者側が9条見直し論者のブレア氏に接近して単独会見に持ち込み、ブレア氏の発言を「米政府の本音」と見て、自らの同調意見を加えて発表した、ことがうかがえる。あるいは、杉田記者なら自分の発言を好意的にとりあげてくれると睨んだ前国家情報長官が、同記者にアプローチした可能性もある。

 記事は、バランスを欠いた日米安全保障体制に関するブレア氏(記事によれば、99年から3年間、「米太平洋軍司令官を務め、日米関係に精通。09年1月から昨年5月まで、「中央情報局(CIA)など米情報機関を統括する国家情報長官」」の発言を紹介した後、次のように書く。

 「(ブレア氏の発言は)北朝鮮の核・ミサイルの脅威が高まる中、『非対称』とされる日米安保体制の在り方をめぐり、米側に不満がくすぶっている現状を浮き彫りにした」

 ブレア氏との「単独会見」が「米側に不満がくすぶっている現状を浮き彫りにした」とは、恐るべき報道である。

 また「解説」では、ブレア氏が日本に憲法9条の見直しを「促し」たことは、「「外交辞令の裏に潜む米側の『本音』を代弁したと言える。菅直人首相は、国会答弁で集団的自衛権の行使を禁じる政府の憲法解釈見直しを否定しており、日米同盟の将来像をめぐる両国の溝を浮き彫りにした」と書く。ブレア氏の発言が米側の「本音」を「代弁」した、というのには、恐れ入った。

 ブレア氏一人の発言がなぜ「米側の不満」を言い表し、それがなぜ「不満がくすぶっている現状」を明らかにした、と総括できるのか。ブレア氏の発言と杉田記者の解釈は、どういう事実や政府内議論に裏付けられているのか、示されていない。情報の「ウラ」をとった形跡もない。

 一見、公式の場では語られることのない両国の見解の相違を伝えて、読者の思考を刺激するという体裁をとっている。しかし、その後の「米側には、日本の人的国際貢献への不満がくすぶっている」、「(こうした不満)の背景には、史上最大規模の財政赤字を抱えるオバマ政権が国防予算削減を求められ、余裕を失いつつあるという事情がある」とか、菅政権の防衛費の5年間据え置き方針は「米側には『期待外れ』(日米関係筋)と映る」という説明には、元軍人・ブレア氏の視点で米国の軍事的利益を代弁した「解説」にしか見えない。一人の退役軍人の発言を米国の「本音」として報道するやり方には、単に日本の読者を「洗脳」しようという意図があるようにしか見えない。

 駐米特派員の身分で、杉田氏は、「日米同盟深化」が米側の「期待外れ」に終わらないよう、「同床異夢」にならないよう、日本は米国の「本音」にしたがって憲法9条を改定すべし、というのだろうか。ブレア氏が唱える日本の軍備強化や米軍支援のための海外派兵は、日本の「国益」になるのだろうか。近隣アジア諸国との関係はどうなるのだろうか。日本の世論はどう反応するのだろうか。

 杉田特派員は、日本のジャーナリストというより、軍事的視点から日本国憲法の改定を求める一部米国「知日派」のエージェント(代理人)としか映らない。日本のジャーナリストであれば、日本の視点から、「日本国民の多くは憲法9条の改定を望んでいない」、「国民は日米同盟を支持するが、米軍基地の駐留にはどこでも反対している」、「世界の民主主義のために戦争するという米国は、なぜ沖縄住民の基地反対の民意を無視するのか」、「なぜオバマ政権は『史上最大規模の財政赤字を抱え』ながら、世界全体の国防費の40%以上を占める国防予算を削減できないのか」といった質問があってもよかっただろう。多くの国民が治外法権的で不公平と考える日米地位協定について、さらには「対テロ戦争」の正当性や有効性、戦争がイラクやアフガニスタン、米国社会に及ぼした影響などについても元国家情報長官に見解を求めるべきだっただろう。しかし、そういう観点からの報道はなく、杉田特派員は「日米同盟」や日本国憲法に関する元長官の意見と杉田自身の「本音」と合致した米国の意向を一方的に伝えたのみだ。

 特派員の仕事は、駐在する国や地域の声や動きを読者に伝えることにある。退職した一人の元軍人・国家情報長官に、米側に「くすぶっている(対日)不満」を語らせ、それを「米側の『本音』」と称して、特派員自身が外国政府の「本音」に基づいてあたかもオピニオン・リーダー(世論指導者)のごとく日本に圧力をかけるのは、本来の役割ではない。それでは、一部の外国人の単なるエージェント(代理人、代弁者)に堕してしまう。その外国人が、元太平洋軍司令官で、昨年までCIAや連邦捜査局(FBI)を統括した国家情報長官であれば、なおさら注意が必要だろう。


吉田健正
1941年、沖縄県に生まれる。ミズーリ大学と同大学院でジャーナリズムを専攻。沖縄タイムス、AP通信東京支社、ニューズウィーク東京支局、在日カナダ大使館を経て、桜美林大学国際学部教授。2006年に退職後、沖縄に帰郷した。近著は『「戦争依存国家」アメリカと日本』(高文研 2010年)

過去のこのサイトのメディア批判はこちらをご覧ください。

吉田健正さんのこのサイトでの過去の記事についてはこちらをご覧ください。

以下、2月8日の『琉球新報』に掲載された共同の記事。ネットでは47NEWSで読めます。英語版は Japan Times でよめます。


最後に、このサイトがメディア批判に力を入れているのは、特定のメディアや記者を非難するためではなく、マスメディアには、その責任と影響力の重さを認識しているが故に、政府や権力を批判する役割を忘れず、良心と公正さに基づいた報道をしてほしいという願いがあるから、ということを断っておきます。(PP)

Saturday, December 04, 2010

吉田健正 「NHKに問う」 Yoshida Kensei: Challenging NHK

Author Yoshida Kensei challenged the NHK program "Close-Up Gendai" on November 29.


以下、11月29日放映NHK「クローズアップ現代」についての吉田健正さんの意見で、12月5日「沖縄タイムス」に掲載されたものである。

私も吉田さんの意見に賛成である。このNHK政治部の山口記者は、仲井真さんが当選して「正直言ってほっとしたという気持ち」というのを他の番組でも言っていた。このことについては選挙後すぐ書いた英語投稿にも書いた。どうしてメディアの一記者が仲井真氏当選にそんなに「ほっと」するのか。「仲井真は辺野古を受け入れたことのある、県内移設反対とまで言わなかった人間だ。仲井真相手なら『負担軽減』と経済振興策のセットで辺野古案に向けて懐柔できる。ああよかった」ということか。どうして現政府の手先のような行動を取るのか。政府を批判するのではなく政府の代弁しかしないマスコミとは政府広報機関、大本営発表の媒体でしかなかった戦争中と何が違うのか。また、最近のマスコミは辺野古基地計画も含めて「負担軽減」と言いだした。大量の土砂を使い豊かな生態系を持つ辺野古の海を埋め立て、ヤンバルの頭上にオスプレイを飛ばすことのどこが「負担軽減」なのか。やはり「敗退」と「転進」と言った大本営を連想せずにはおれない。

NHKに問う


吉田健正

30分近く、「普天間基地は県外へ」という県知事選挙の流れ、二人の有力候補者の訴え、選挙結果、そして当選者の声を流した後、最後に急転してこれらの「民意」をしりぞけ、普天間の辺野古移設を説く政治部記者。

11月28日の沖縄県知事選挙を受けて翌日放映されたNHK番組「クローズアップ現代 沖縄の選択――普天間はどこへいく」を見て、最初の25分ほどの映像と最後の締めの間のあまりの落差に唖然とした。これは沖縄の民意と日米合意や権力に従うNHKの姿勢との落差だったのか、それとも沖縄の世論と東京の一記者の考え方との落差だったのか……。

番組によれば、県民の声も、二人の有力候補者の立場も、「普天間基地は県外へ」で一貫していた。当選した仲井真氏は、インタビューに答えて、普天間基地の危険性の早期除去の必要性、沖縄の過重負担軽減の必要性、それを解決しようとしない国に対する県民の苛立ちや怒り、全国が日米安保を負担するという必要性・公平性といった、県民の意思や自らの考えを繰り返し説明した。

しかし、番組の司会者や解説役を務めた政治部記者は、尖閣列島問題や朝鮮半島情勢といった、沖縄県ではなく国が対応すべき「周辺事態」を取り上げ、あるいは辺野古移設にこだわる民主党政権の基地負担の削減と経済振興という「懐柔策」を紹介するなど、最初から意図が見え隠れしていたが、番組の最後にそれが露呈した。

仲井真氏が、沖縄政策協議会が辺野古移設と経済振興を「リンク」させることには反対と述べたのに対して、記者は「名護も反発が強い……今後も鳩山への怒りが続いて県民感情は解消されないのか」と県内移設案に誘導しようとする。そして、仲井真氏が、「5・28(「県外」を「辺野古移設」に戻した日米合意)は頭越しで遺憾」「辺野古はまず不可能に近い」「普天間や海兵隊は沖縄を守るためだけではないので、日本全体で解決してもらいたい」と語ると、記者は「アメリカのスタンスは決まっている。普天間を辺野古に移設するか、普天間を固定化するか、の二者択一」と切り捨てた。

その上で、記者は打開策として、「(管首相は)どうして辺野古なのかをきちんと説明して、鳩山が県民の『県外移設』期待を裏切ったことについて『お詫び』するべき」と結んだ。沖縄の民意がどうであれ、日本は米国の意向に沿って辺野古移設を受け入れるべきだと、と主張したのである。

普天間の県内移設には反対という県民世論や二人の有力候補の声も、勝利した仲井真氏の、国は沖縄の民意をもとに米国と交渉すべし、日本の安全にとって安保が重要と言うのなら米軍基地を沖縄だけに押し付けるのではなく全国で考えるべしといった訴えも、完全に無視された。民意を代弁すべき公共放送NHKが、外国政府、国、防衛省、主要政党(自民党)の側に立って考え、65年間も米軍基地を背負わされてきた沖縄県民の訴えは切り捨てるというのは、あまりに一方的で差別的ではないか。ジャーナリズムから離れすぎていないか。NHKと国民は、それをヨシとしているのだろうか。(元大学教授)

Tuesday, November 23, 2010

To stop the Henoko base plan, IHA must win. 沖縄に基地を作らせないためには伊波候補が勝たなければいけない

Iha Yoichi (left), and Nakaima Hirokazu (right).
(Photo from Ryukyu Shimpo)
Okinawan journalist Yoshida Kensei, who just published a new book "War-dependent State US" and Japan (Kobunken, 2010) said: 新刊書『「戦争依存国家」アメリカと日本』(高文研)を出したばかりのジャーナリスト、吉田健正氏はこう語った。

"If Iha loses in this election, the anti-base movement will lose its credibility, and Okinawa will be ignored by the mainland Japan and the government, even more than it has been. Voices that oppose and call for revision of ANPO (Japan-US Security Treaty) will disappear not just from Okinawa, but all across Japan. Japan will reinforce its "client-state" position with the United States. This election has crucial significance: not just regional, but national, and international. This election will be a true test of Okinawan voters' citizenship. "

「知事選で伊波さんが負けたら、沖縄の基地反対運動は今後信用性を失って、これまで以上に日本本土・政府から無視される。伊波とともに、沖縄だけでなく日本からも、安保改定・反対の声は消え、日本の対米属国性はさらに強まる。それほど大事な選挙だと思います。沖縄の有権者の真価が問われます。」

According to Ryukyu Shimpo's latest poll (Nov. 20 - 22 ), 93% of Okinawans are "interested in this election," up from 88.5% in the preliminary survey done in the previous week. Only four days until the election, the atmosphere is maturing. A total of 97.5% of those surveyed are planning to vote, also higher than the previous survey. 琉球新報の最新の世論調査では沖縄県民の選挙への意識は日に日に高くなっているということだ。計97.5%の人が選挙に必ず行く多分行くと表明している。

Asked about their position on the "Futenma relocation" issue, 74.7% do not want a "replacement" base in Okinawa, whereas 13% wished the government's current plan (to build a base in Henoko) to be carried out. 普天間移設問題については、計74.7%の人が「国国外」「県外」「無条件撤去」を求めている。日米合意のまま(辺野古案)という人は13%だ。

"Voters should discern policy differences (of Iha and Nakaima) and vote," the Okinawan newspaper warns. While Iha Yoichi unequivocally opposes a new base in Okinawa, there has been some confusion by incumbent governor Nakaima's expression of his intent to call for relocation of MCAS Futenma "outside of Okinawa." However, throughout the campaign, he has avoided the question of whether he really opposed the government's plan to build a new base in Henoko. "It appears that Nakaima wants to gain Okinawans' support but wants to avoid confrontation with the Japanese government at the same time," the newspaper's editorial suspects. Iha, on the contrary, "will not accept any negotiation based on the current US-Japan plan and challenge the both governments to give up the plan." 琉球新報は社説で「違いを見極め選択したい」と言っている。伊波候補が県内移設に反対なのは疑いの余地はないが、仲井真候補については、「県内移設反対か」との問いには常に曖昧な逃げ方しかしていない。新報は「有権者からは県内に反対と見なされたいが、政府との決定的な対立は避けたいという姿勢に映る。」と見ている。それに比べ伊波候補は、「日米合意を前提とした協議には応じず、両政府に断念を迫るとしている。」

Yoshida Kensei says, "The difference between Iha and Nakaima is obvious when you look at which political parties are supporting them. " Iha is supported by parties (SDP, JCP, and Okinawa Social Mass Party) that clearly demand closure of Futenma and oppose another base in Okinawa, and Nakaima is supported by LDP and Komeito, both of which support the Henoko plan. DPJ, the ruling party has not endorsed any candidate, but having agreed to the renewed Henoko plan with US in May, it is obvious that they are hoping Nakaima wins." 吉田健正氏は言う。「二人の違いは、どの政党が支持しているかが物語っていると思います。一方ははっきりと普天間撤去、県内移設反対の政党、もう一方は県内移設支持の自民党と公明党。どの候補を支持するか表明していないものの、5月末に米国政府と辺野古移設で合意した政権与党・民主党も、誰に当選して欲しいかは明瞭だ。」

Many mainland and much of the English-language media seem to think both Iha and Nakaima are opposing the Henoko plan. NO. Iha is, but Nakaima isn't. 本土のメディアとアメリカ等英語のメディアは、伊波候補と仲井真候補が両方辺野古案に反対していると思っているところが多い。それは違う。伊波は反対しているが、仲井真は違う。

If we want to support Okinawans, the majority of who do NOT want another base in Okinawa, we must support Iha Yoichi for new governor of Okinawa. 沖縄では新基地は要らないとする人が完全な多数派だ。その民意を支持したいのなら、仲井真候補ではなく、伊波候補を支持しなければいけない。

Voting will take place on Sunday, November 28 (Saturday afternoon to Sunday early morning in North America). 投票は28日(日)。

PeacePhilosopher

For previous post on the Okinawa gubernatorial election, see HERE.

Sunday, November 21, 2010

Chalmers Johnson, 1931-2010 チャルマーズ・ジョンソンを偲び、遺志を引き継ぐ

The Nation: "Remembering Chalmers Johnson, 1931 - 2010" by Tom Engelhardt

Japan Times: "Japan hand Chalmers Johnson dead at 79" by Eric Johnston

 Foreign Policy in Focus: John Feffer on Chalmers Johnson's departure - "It's a Shame Chalmers Johnson Did Not Live to See the U.S. Air Base on Okinawa Closed" 

"The Impact Today and Tomorrow of Chalmers Johnson" by Steve Clemons on the Washington Note.

米軍事帝国への警鐘を鳴らし続け、沖縄や九条の強力な支持者であった国際政治学者チャルマーズ・ジョンソン氏が亡くなりました。享年79歳。ジョンソン氏の5月6日のLAタイムズへの寄稿は、彼の沖縄への最後の言葉となりました。(日本語での報道と、LAタイムズ紙寄稿の日本語版、5月7日『ダイアモンド オンライン』に掲載されたインタビューは、下方をご覧ください)

Chalmers Johnson died on November 20.

A great loss... of a conscientious public intellectual, so rare in this world. He was well-respected within the Japanese progressive community, for his support for Okinawa and for Article 9.

His statement that had the most influence on me was that Article 9 was an apology for Japan's neighbouring nations, and throwing that article would mean throwing that apology(Film Japan's Peace Constitution, directed by John Junkerman).

His Op-Ed in LA Times on May 6 became his last word for Okinawa (quoted below).

He won't just be remembered; he and his work will continue to live, through our work for Okinawa, Article 9, and a fair and just world.

Here are messages from two Okinawan scholars who worked with Chalmers Johnson.

Taira Koji, professor emeritus of economics, University of Illinois Urbana-Champaign 

Chalmers has been my number one teacher in matters political, especially since he began to pay attention to Okinawa's tragedy. Under his encouragement and guidance, I have written a few Okinawa articles that I otherwise would never have been able to put in proper form. I mourn my personal teacher/mentor's passing.

Yoshida Kensei, journalist, former professor of international relations at Obirin University

I, and I assume many other Okinawans, deeply regret Professor Chalmers Johnson's death. We lost a great intellectual who not only firmly believed in justice for U.S. foreign policy in general but tried to correct the injustice in Okinawa, an island which he called a "military colony."Personally, I am very thankful to him for his very kind preface to my book Democracy Betrayed: Okinawa under U.S. Occupation.

See below for videos of Chalmers Johnson's talks, his Op-Ed LA Times (in English and Japanese), and related news in Japanese, and another Op-Ed, Empire of Bases, on July 13, 2009 in New York Times. 以下、「軍事帝国主義はアメリカにとって自殺行為である」と訴えるジョンソン氏のトーク(10分ほど)です。

"Why should we be concerned about imperialism and militarism a problem? It is a suicide pact" - Chalmers Johnson Speaks Freely, from YouTube



OpEd LA Times, May 6, 2010  LAタイムズへの寄稿(日本語は下にあります)

Another Battle of Okinawa
Despite protests, the U.S. insists on going ahead with plans for a new military base on the island.

By Chalmers Johnson

May 6, 2010

The United States is on the verge of permanently damaging its alliance with Japan in a dispute over a military base in Okinawa. This island prefecture hosts three-quarters of all U.S. military facilities in Japan. Washington wants to build one more base there, in an ecologically sensitive area. The Okinawans vehemently oppose it, and tens of thousands gathered last month to protest the base. Tokyo is caught in the middle, and it looks as if Japan’s prime minister has just caved in to the U.S. demands.

In the globe-girdling array of overseas military bases that the United States has acquired since World War II — more than 700 in 130 countries — few have a sadder history than those we planted in Okinawa.

In 1945, Japan was of course a defeated enemy and therefore given no say in where and how these bases would be distributed. On the main islands of Japan, we simply took over their military bases. But Okinawa was an independent kingdom until Japan annexed it in 1879, and the Japanese continue to regard it somewhat as the U.S. does Puerto Rico. The island was devastated in the last major battle in the Pacific, and the U.S. simply bulldozed the land it wanted, expropriated villagers or forcibly relocated them to Bolivia.

From 1950 to 1953, the American bases in Okinawa were used to fight the Korean War, and from the 1960s until 1973, they were used during the Vietnam War. Not only did they serve as supply depots and airfields, but the bases were where soldiers went for rest and recreation, creating a subculture of bars, prostitutes and racism. Around several bases fights between black and white American soldiers were so frequent and deadly that separate areas were developed to cater to the two groups.

The U.S. occupation of Japan ended with the peace treaty of 1952, but Okinawa remained a U.S. military colony until 1972. For 20 years, Okinawans were essentially stateless people, not entitled to either Japanese or U.S. passports or civil rights. Even after Japan regained sovereignty over Okinawa, the American military retained control over what occurs on its numerous bases and over Okinawan airspace.

Since 1972, the Japanese government and the American military have colluded in denying Okinawans much say over their future, but this has been slowly changing. In 1995, for example, there were huge demonstrations against the bases after two Marines and a sailor were charged with abducting and raping a 12-year-old girl. In 1996, the U.S. agreed that it would be willing to give back Futenma, which is entirely surrounded by the town of Ginowan, but only if the Japanese would build another base to replace it elsewhere on the island.

So was born the Nago option in 1996 (not formalized until 2006, in a U.S.-Japan agreement). Nago is a small fishing village in the northeastern part of Okinawa’s main island and the site of a coral reef that is home to the dugong, an endangered marine mammal similar to Florida’s manatee. In order to build a large U.S. Marine base there, a runway would have to be constructed on either pilings or landfill, killing the coral reef. Environmentalists have been protesting ever since, and in early 2010, Nago elected a mayor who ran on a platform of resisting any American base in his town.

Yukio Hatoyama, the Japanese prime minister who came to power in 2009, won partly on a platform that he would ask the United States to relinquish the Futenma Marine Corps Air Station and move its Marines entirely off the island. But on Tuesday, he visited Okinawa, bowed deeply and essentially asked its residents to suck it up.

I find Hatoyama’s behavior craven and despicable, but I deplore even more the U.S. government’s arrogance in forcing the Japanese to this deeply humiliating impasse. The U.S. has become obsessed with maintaining our empire of military bases, which we cannot afford and which an increasing number of so-called host countries no longer want. I would strongly suggest that the United States climb off its high horse, move the Futenma Marines back to a base in the United States (such as Camp Pendleton, near where I live) and thank the Okinawans for their 65 years of forbearance.

Chalmers Johnson is the author of several books, including “Blowback” and the forthcoming “Dismantling the Empire: America’s Last, Best Hope.”

もう一つの沖縄戦

数々の抗議行動にもかかわらず、米国は沖縄の新基地建設計画の実行を主張

沖縄の軍事基地を巡り、米国は日本との同盟関係を永久に損なう瀬戸際にある。沖縄という小さな島々からなるこの県には日本における米軍基地の4分の3が存在する。 米国は環境に配慮が必要な沖縄の一地域に新基地建設を企てている。 沖縄県民はこれに猛反対で、先月には基地反対のため数万人が結集した。 日本政府は板挟み状態であったが、鳩山首相はついに米国の要求に屈したかのようである。

米国は第二次大戦以来世界130ヶ国に700あまりの基地を作ってきたのだが、沖縄の基地ほど悲しい歴史を持つものはまれであろう。

1945年、日本は敗戦国だったため当然どこにどのように基地が配置されるかについて何の発言権もなかった。本州では我々(米国)は単に日本軍の基地を接収した。しかし沖縄は1879年に日本に併合されるまでは独立王国で、日本は今でも沖縄を、米国がプエルトリコを見るような目で捉えている。 沖縄は太平洋戦争中の大規模な戦闘で荒廃しており、米国はただ欲しいままに土地を整地し、村人達の土地を没収したり、強制的にボリビアへ移住させたりしたのだ。

沖縄の基地は1950年から53年まで朝鮮戦争のために使われ、1960年から73年まではベトナム戦争のために使われた。 沖縄の基地は軍用機の補給所や飛行場としてだけでなく、米軍兵が休養したり余暇を楽しむ場所としても利用され、バー、売春、人種差別などのサブカルチャーを生んでいった。 幾つかの基地周辺地域では黒人と白人の米軍兵同士によるひどい喧嘩が多発し、両グループを別々の地域に居住させるようになった。

米国による日本占領は1952年のサンフランシスコ講和条約によって終わったが、沖縄は1972年まで米国の軍事植民地として残った。 20年もの間、沖縄県民は本質的に国籍 のない人々で,日米両国のパスポートも公民権も持てなかった。日本へ「復帰」した後でさえ、米軍は沖縄にあるおびただしい数の基地や沖縄空域の支配権を保持した。

1972年以来日本政府と米軍は、沖縄県民に自らの将来にかかわる決定権を与えずにきた点で共謀してきたが、この状況が変わりつつある。 例えば1995年に海兵隊員2人と船員1人が12才の女児を誘拐しレイプしたとして起訴されたが、これに対して大規模なデモが行われた。1996年、米国は宜野湾市に完全に囲まれている普天間基地を返還する事に積極的になると同意したが、しかし日本はその代わり沖縄県内に別の基地を建設しなければならないという条件付きであった。

そこで名護市への移設案が持ち上がった(これは2006年まで正式な日米合意とはならなかった)。名護は沖縄本島の北東にある小さな漁村である。サンゴ礁やジュゴンというフロリダのマナティーに似た、絶滅を心配される動物の生息する海がある。 米国海兵隊の基地を建設するということは、滑走路を造るためにマナティーの海が埋め立てられ、サンゴ礁は死滅するということである。 それ以来環境保護活動家が基地建設に反対し、今年初めの名護市長選挙では同市の米軍基地建設反対を訴えた市長が当選した。

昨年、鳩山由紀夫氏が日本の総理大臣となったが、彼の率いる民主党は普天間の返還と海兵隊員の沖縄からの完全な撤退を米国に求めるという公約によって選挙に勝ったようなものであった。しかし鳩山首相は今月4日、沖縄を訪れ、県民に対し深く頭を下げて米国の要求を呑むように頼んだのだ。

鳩山首相の態度は臆病で卑劣だと思うが、日本をこのような屈辱的な袋小路に追い込んだ米国政府の傲慢さの方が更に遺憾である。 米国はその軍事基地の帝国を保持することで頭が一杯になってしまったようだが、我々にはもはやそんな資金もないし、基地の「受け入れ国」の多くがますます反対の声を大きくしてきている。米国は高慢さを改め、普天間基地を米国本土の基地(私の家の近所にあるキャンプ・ペンドルトンなど)に戻し、65年間も耐えてきた沖縄の人々に感謝するべきであろう。

チャルマーズ・ジョンソン氏は「ブローバック:アメリカ帝国への報復」などの執筆者で「Dismantling the Empire: America’s Last, Best Hope」の刊行を予定している。

以下、共同ニュースより。

チャルマーズ・ジョンソン氏死去 米国際政治学者

 チャルマーズ・ジョンソン氏(米国際政治学者)関係者によると、20日、米カリフォルニア州サンディエゴ近郊の自宅で死去、79歳。死因は不明。

 31年、アリゾナ州生まれ。カリフォルニア大バークリー校で博士号取得。62年から92年まで同校などで教壇に立ち、94年にカリフォルニア州でシンクタンク「日本政策研究所」を設立、所長を務めた。

 著書に「アメリカ帝国の悲劇」「アメリカ帝国への報復」など。ことし5月には米紙で「米国は(沖縄の)米軍普天間飛行場を米国の基地に移設し、沖縄の人たちの65年間の辛抱に感謝すべきだ」と主張した。(ロサンゼルス共同)

2010/11/21 17:00 【共同通信】

Op-Ed New York Times, July 13, 2009 2009年7月、アメリカの軍事基地帝国について書いたNYタイムズへの寄稿文です。

Op-Ed Contributor

Empire of Bases

By CHALMERS JOHNSON

Published: July 13, 2009

The U.S. “Empire of Bases” — at $102 billion a year already the world's costliest military enterprise — just got a good deal more expensive.

As a start, on May 27, we learned that the State Department will build a new “embassy” in Islamabad, Pakistan, which at $736 million will be the second priciest ever constructed — only $4 million less, before cost overruns, than the Vatican City-sized one the Bush administration put up in Baghdad.

Whatever the costs turn out to be, they will not be included in the already bloated U.S. military budget, even though none of these structures is designed to be a true embassy — a place, that is, where local people come for visas and American officials represent the commercial and diplomatic interests of their country.

Instead these so-called embassies are actually walled compounds, akin to medieval fortresses, where American spies, soldiers, intelligence officials and diplomats try to keep an eye on hostile populations in a region at war. One can predict with certainty that they will house a large contingent of Marines and include roof-top helicopter pads for quick getaways.

While it may be comforting for State Department employees working in dangerous places to know that they have some physical protection, it must also be obvious to them, as well as the people in the countries where they serve, that they will now be visibly part of an in-your-face American imperial presence.

We Americans shouldn’t be surprised when militants attacking the U.S. find one of our base-like embassies, however heavily guarded, an easier target than a large military base.

And what is being done about those military bases anyway — now close to 800 of them dotted across the globe in other people’s countries? Even as Congress and the Obama administration wrangle over the cost of bank bailouts, a new health plan, pollution controls and other much needed domestic expenditures, no one suggests that closing some of these unpopular, expensive imperial enclaves might be a good way to save some money.

Instead, they are evidently about to become even more expensive. On June 23, we learned that Kyrgyzstan, the former Central Asian Soviet Republic that back in February 2009 announced it was going to kick the U.S. military out of Manas Air Base (used since 2001 as a staging area for the Afghan war), has been persuaded to let us stay.

But here’s the catch: In return for doing us that favor, the annual rent Washington pays for use of the base will more than triple from $17.4 million to $60 million, with millions more to go into promised improvements in airport facilities and other financial sweeteners.

I suspect this development will not go unnoticed in other countries where Americans are also unpopular occupiers. For example, the Ecuadorians have told us to leave Manta Air Base by November. They could probably use a spot more money.

And what about the Japanese who for more than 57 years have been paying big bucks to host American bases on their soil? Recently, they reached a deal with Washington to move some American Marines from bases on Okinawa to the U.S. territory of Guam. In the process, however, they were forced to shell out not only for the cost of the Marines’ removal, but also to build new facilities on Guam for their arrival.

Is it possible that they will now take a cue from the government of Kyrgyzstan and just tell the Americans to get out and pay for it themselves? Or might they at least stop funding the same American military personnel who make life miserable for whoever lives near the 38 U.S. bases on Okinawa.

In fact, I have a suggestion for other countries that are getting a bit weary of the American military presence on their soil: Cash in now, before it’s too late. Either up the ante or tell the Americans to go home. I encourage this behavior because I’m convinced that the U.S. Empire of Bases will soon enough bankrupt our country.

This is, of course, something that has occurred to the Chinese and other financiers of the American national debt. Only they’re cashing in quietly in order not to tank the dollar while they’re still holding onto such a bundle of them. Make no mistake, though: Whether we’re being bled rapidly or slowly, we are bleeding; and hanging onto our military empire will ultimately spell the end of the United States as we know it.

Count on this: Future generations of Americans traveling abroad decades from now won't find the landscape dotted with near-billion-dollar “embassies.”

Chalmers Johnson is the author most recently of a trilogy: “Blowback: The Costs and Consequences of American Empire”; “The Sorrows of Empire: Militarism, Secrecy, and the End of the Republic,” and “Nemesis: The Last Days of the American Republic.” This article first appeared at TomDispatch.com.

Agence Global

以下、5月7日に『ダイアモンド オンライン』に掲載されたインタビュー。

元CIA顧問の大物政治学者が緊急提言

「米軍に普天間基地の代替施設は必要ない!日本は結束して無条件の閉鎖を求めよ」 

独占インタビュー チャルマーズ・ジョンソン 日本政策研究所(JPRI)所長

普天間基地問題の決着期限が迫るなか、鳩山政権は辺野古沿岸につくる桟橋滑走路と、徳之島の既存の空港を併用する移設案を提案した。しかし、地元や米国側の同意を得られる見通しは立っておらず、日本国内は鳩山政権批判一色に染まっている。しかし批判するだけでは何も変わらない。そもそも同基地の代替施設の不要論は米国内にもある。東アジア研究の大家で、CIAの顧問を務めた経験もあるチャルマーズ・ジョンソン 元カリフォルニア大学政治学教授は、日本国内にはすでに十分すぎる米軍基地があり、日本国民は結束して普天間基地の無条件閉鎖を求めるべきだと提言する。


(聞き手/ジャーナリスト・矢部武)
チャルマーズ・ジョンソン

Chalmers Johnson

著名な国際政治・東アジア研究者。米国の覇権主義、軍事優先主義を厳しく批判した著書が多く、東アジアにおける米国の帝国主義的政策は必ず報復を受けると分析した”Blowback”(邦題「アメリカ帝国への報復」(2000年、集英社)はベストセラーに。カリフォルニア大学で政治学博士号を取得し、同大学で教授、政治学部長、中国研究センター所長などを歴任。その後、日本および環太平洋地域の国際関係を研究する民間シンクタンク“日本政策研究所”(JPRI)を設立。

―鳩山政権は普天間問題で窮地に立たされているが、これまでの日米両政府の対応をどう見るか。

まったく悲劇的だ。両政府は1995年の米兵少女暴行事件以来ずっと交渉を続けてきたが、いまだに解決していない。実を言えば、米国には普天間飛行場は必要なく、無条件で閉鎖すべきだ。在日米軍はすでに嘉手納、岩国、横須賀など広大な基地を多く持ち、これで十分である。

 そもそもこの問題は少女暴行事件の後、日本の橋本首相(当時)がクリントン大統領(当時)に「普天間基地をなんとかしてほしい」ということで始まった。この時、橋本首相は普天間飛行場の移設ではなく、無条件の基地閉鎖を求めるべきだったと思う。

―普天間を閉鎖し、代替施設もつくらないとすれば海兵隊ヘリ部隊の訓練はどうするのか。

 それは余った広大な敷地をもつ嘉手納基地でもできるし、あるいは米国内の施設で行うことも可能だ。少なくとも地元住民の強い反対を押し切ってまでして代替施設をつくる必要はない。このような傲慢さが世界で嫌われる原因になっていることを米国は認識すべきである。

 沖縄では少女暴行事件の後も米兵による犯罪が繰り返されているが、米国はこの問題に本気で取り組もうとしていない。日本の政府や国民はなぜそれを容認し、米国側に寛大な態度を取り続けているのか理解できない。おそらく日本にとってもそれが最も簡単な方法だと考えているからであろう。

フランスならば暴動が起きている


―岡田外相は嘉手納統合案を提案したが、米国側は軍事運用上の問題を理由に拒否した。

 米軍制服組のトップは当然そう答えるだろう。しかし、普天間基地が長い間存在している最大の理由は米軍の内輪の事情、つまり普天間の海兵隊航空団と嘉手納の空軍航空団の縄張り争いだ。すべては米国の膨大な防衛予算を正当化し、軍需産業に利益をもたらすためなのだ。

 米軍基地は世界中に存在するが、こういう状況を容認しているのは日本だけであろう。もし他国で、たとえばフランスなどで米国が同じことをしたら、暴動が起こるだろう。日本は常に受身的で日米間に波風を立てることを恐れ、基地問題でも積極的に発言しようとしない。民主党政権下で、米国に対して強く言えるようになることを期待する。

―海外の米軍基地は縮小されているのか。

 残念ながら、その動きはない。米国は世界800カ所に軍事基地を持つが、こんなに必要ない。世界のパワーバランス(勢力均衡)を維持するためなら、せいぜい35~40の基地で十分だ。米国政府は巨額の財政赤字を抱え、世界中に不必要な軍事基地を維持する余裕はないはずだ。

―日本では中国や北朝鮮の脅威が高まっているが。

 日本にはすでに十分すぎる米軍基地があり、他国から攻撃を受ける恐れはない。もし中国が日本を攻撃すれば、それは中国にこれ以上ない悲劇的結果をもたらすだろう。中国に関するあらゆる情報を分析すれば、中国は自ら戦争を起こす意思はないことがわかる。中国の脅威などは存在しない。それは国防総省や軍関係者などが年間1兆ドル以上の安全保障関連予算を正当化するために作り出したプロパガンダである。過去60年間をみても、中国の脅威などは現実に存在しなかった。

 北朝鮮は攻撃の意思はあるかもしれないが、それは「自殺行為」になることもわかっていると思うので、懸念の必要はない。確かに北朝鮮の戦闘的で挑発的な行動がよく報道されるが、これはメディアが冷戦時代の古い発想から抜け出せずにうまく利用されている側面もある。

―米軍再編計画では普天間の辺野古移設と海兵隊のグアム移転がセットになっているが、辺野古に移設しない場合、グアム移転はどうなるのか?

 米国政府はグアム住民の生活や環境などへの影響を十分に調査せず、海兵隊の移転計画を発表した。そのため、グアムの住民はいま暴動を起こしかねないぐらい怒っている。グアムには8千人の海兵隊とその家族を受け入れる能力はなく、最初から実行可能な計画ではなかったのだ。

―それでは米国政府が「普天間を移設できなければ議会が海兵隊のグアム移転の予算を執行できない」と強く迫っていたのは何だったのか。

 自らの目的を遂げるために相手国に強く迫ったり、脅したりするのは米国の常套手段である。

―海兵隊をグアムに移転できない場合、米国政府はどうするか。

おそらく米国内に移転することになろう。それでも海兵隊部隊の運用上、問題はないはずだ。

―日本では普天間問題で日米関係が悪化しているとして鳩山政権の支持率が急降下しているが。

 普天間問題で日米関係がぎくしゃくするのはまったく問題ではない。日本政府はどんどん主張して、米国政府をもっと困らせるべきだ。これまで日本は米国に対して何も言わず、従順すぎた。日本政府は米国の軍需産業のためではなく、沖縄の住民を守るために主張すべきなのだ。

日本人が結束して主張すれば米国政府も飲まざるを得ない

―米軍基地の大半が沖縄に集中している状況をどう見るか。

 歴史的に沖縄住民は本土の人々からずっと差別され、今も続いている。それは、米軍基地の負担を沖縄に押しつけて済まそうとする日本の政府や国民の態度と無関係ではないのではないか。同じ日本人である沖縄住民が米軍からひどい扱いを受けているのに他の日本人はなぜ立ち上がろうとしないのか、私には理解できない。もし日本国民が結束して米国側に強く主張すれば、米国政府はそれを飲まざるを得ないだろう。

―今年は日米安保50周年だが。

 日本にはすでに世界最大の米海軍基地(横須賀)があり、各地に空軍基地も存在する。これ以上の基地は必要ない。東アジアのどの国も日本を攻撃しようなどとは考えないだろう。日本政府は巨額の「思いやり予算」を負担している。自国の外交・防衛費をすべて負担できない米国のために、日本が同情して払っているのだ。 

―普天間問題を解決できなければ両政府がどんなに同盟の深化を強調してもあまり意味がない、との指摘もあるが。

 それは米国が軍事力優先の外交を展開しようとしているからである。一般の米国人は日本を守るために米国がどんな軍事力を持つべきかなどほとんど関心がないし、そもそも米国がなぜ日本を守らなければならないのか疑問に思っている。世界で2番目に豊かな国がなぜこれほど米国に頼らなければならないのか理解できない。それは日本人があまりに米国に従順で、イージーゴーイング(困難を避けて安易な方法を取る)だからではないか。