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Thursday, June 09, 2011

オーストラリアからの手紙と、ヘレン・カルディコットNYT紙寄稿和訳:「安全な被曝量というものはない」 Unsafe at Any Dose: An Op-Ed in NYT by Helen Caldicott (Japanese Translation)

Here is a Japanese translation of Helen Caldicott's Op-Ed in the New York Times on April 30. See this link, or below, for the original article in English.

ティルマン・ラフピーター・カラモスコス田中利幸ガバン・マコーマック各氏に続き、原発問題について、オーストラリアに活動拠点を置く専門家、ヘレン・カルディコット氏の声を紹介します。この記事の訳者はやはりオーストラリア在住、震災と原発事故の被災地である福島県南相馬市出身の椎根智子(しいね・ともこ)さんです。椎根さんからこの翻訳文が届いたときのお便りには、カルディコットさんの講演会に出て、彼女と直接話したときの報告、そして現在の椎根さんの家族が置かれている状況などが書かれていたので、許可をもらってここに一緒に掲載します。また、この投稿のコメント欄には、椎根さんから追加で送られてきた、事故から今に至るまでの、南相馬の詳しい状況が書かれていますので併せてお読みください。(PPC)

わたしは現在オーストラリア在住ですが、出身は福島県の南相馬市で、原発事故で家族も影響をうけ、避難したくとも旦那に反対されているといった小さい子供をもつ友人もいて毎日遠くから見守るだけで心を痛めておりました。
じつは5月早々、この人の講演会(小さなものでしたが、近くの大学であったので)へいったんです。ものすごくパワフルな人で、でもすごくわかりやすく、たぶん京大の小出教授に次ぐ分かり易さで(話方は全然違いますが)ありました。まずは福島第一原発のこと、それから原発の仕組みと産業について、そしていかにうそでかためられてきたか、そして核兵器との関連と核兵器によって破壊されているイランやイラク、アフガニスタン等の現状などを伝えてくださいました。

そしてこういうのです。「最近ね、教育改革がどうのこうの、教員の質がどうのこうの、子供を取り巻く教育環境がどうのこうのと言う人がいるけどね、核があるかぎり、原発だろうが兵器だろうがかわりはない、そんなものがいまだにあるかぎり、子供の安心な未来はない。未来が確保されていないのに、教育がどうのこうのなんて無意味だとあたしは思うわ。まずは原発をとめて、核兵器をとめて、ウラン発掘をとめなくては。」「勇気をもって、ガッツをもたなければいけないわ。あたしは医者だから、もし患者がガンにかかっていたら、その患者が落ち込んで、ふさぎこんでというリスクを承知したうえで、勇気をもって告知しなければならない。真実をつたえていかなければならない。それと同様にあなたたちも、勇気をもって、核の無意味さと恐ろしさを全力をもってつたえてゆかなければならない。」「あたしはもう72歳。あなたの子供たちのためには、あなたたちこそがぜったい原発をとめる、ウラン発掘をやめさせることをしなければ。やるかやらないか、どっちなの?わたしはやんないわよ。」「政治家にまかせて、ラクしてきていまこんなことになったのはわたしたちのせいでもある。声をあげてゆかなくてはだめよ」等々。

彼女に講演のあとに、実はわたしは南相馬出身なんです、でも弟が一人帰っているし、両親ももう一人の弟のいる福島市にいるんです、といったら、「どうして?」といいながら涙ぐんで、ハグしてもらいました。彼女はチェルノブイリのこともよくしってて(あたりまえなんですが)、本当に福島のそして日本の人びと、ひいては北半球の人びとの健康を心配しておられました。
彼女のスタイルはいまの日本社会にはインパクトがありすぎるかもしれません。でも、原発がいかに嘘でかためられた危険なものかをあのように具体的にしめしてくれて、核兵器のおそろしさと非情さをつたえてもらえれば、今の日本ででもぜったい目覚める人がいるはずだともおもいました。

2011年4月30日ニューヨーク・タイムズ寄稿
http://www.nytimes.com/2011/05/01/opinion/01caldicott.html

安全な被曝量というものはない 

ヘレン•カルディコット
オーストラリア・シドニー

(翻訳 椎根智子・乗松聡子 協力 松崎道幸)

6週間前、日本の福島第一原子力発電所での原子炉損傷を初めて耳にした時、私にはすでに「その後」がわかっていた。格納容器や燃料プールのいずれかが爆発するようなことがあれば、北半球で何百万といった規模でガンが増えるであろうということだ。

原子力発電推進派の多くが、このことを否定するであろう。先週(4月末)、チェルノブイリ原発事故25周年を迎えたが、チェルノブイリ事故の影響で死亡した人はほとんどなく、被害者の二世にも遺伝的異常は比較的少なかったと主張する人は少なくなかった。このような主張は、石炭などと比べいかに原子力が安全か、という議論への安易な飛躍を招いてしまうし、福島近辺に住む人びとの健康への影響は大したことはないだろうという楽観的な予測にもつながるおそれがある。

しかし、このような見方は、間違った情報に基づいており、短絡的である。原発事故の健康被害について、一番よく知っているのは私たち医者である。チェルノブイリによる死亡者数については、これまで激しく論争がなされてきた。国際原子力機構(IAEA)は、ガンによる死亡者数をおおよそ4000人程度と予測したが、2009年にニューヨーク科学アカデミーより出版された報告書では、百万人に近い人びとが、ガンやその他の病気で既に死亡していると報告している。また、高い被曝線量が多くの流産を引き起こしたので、実際遺伝子に損傷を受けた胎児でどれだけの数が生まれ出ることができなかったのか、私たちは知るよしもない(ちなみにベラルーシとウクライナの両国には、奇形で産まれて来た子供たちで一杯のグループホームがある)。

原子力事故には、終わりというものがない。チェルノブイリの放射性物質の影響の全容が明らかになるまで、これから何十年も、場合によっては何世代もかかるのである。

ヒロシマ•ナガサキの経験からわかるように、ガンにかかるのには長い年月を要する。白血病になるのは5年から10年ほどであるが、固形ガンでは15年から60年を要する。さらに、放射線による突然変異のほとんどは劣性である。わたしの専門である嚢胞性繊維症などの特定の病気をもつ子供ができるのは、何世代もかけて、二つの劣性遺伝子がそろうからである。チェルノブイリとフクシマから放出した様々な放射性物質同位体が原因で、遠い未来に渡り、一体どれくらいのガンや他の病気が引き起こされるか、わたしたちには到底想像はつかない。

医者はこのような危険性をわかっている。医者である私たちは、白血病で死にかかっている子どもの命を救おうと必死になる。乳ガンの転移で死にゆく女性の命を何とか救おうとがんばる。しかし医学的見解では、不治の病に関して唯一頼りになるのは予防なのである。故に、核産業に属する物理学者たちに真っ正面から立ち向かうことができるのは、われわれ医者なのだ。

核産業に関係する物理学者たちは、もっともらしく放射線の「許容線量」について話す。彼らは一律に体内の放射性物質を無視する。内部被ばくというのは、原子力発電所、あるいは核兵器実験によって出された放射性物質が身体の中に摂取された、あるいは吸い込まれることを言い、少量の細胞に対し非常に高い線量を与える。原子力産業の物理学者たちは、原発、医療用のX線、宇宙や大地からの自然放射線といった、一般的には内部被ばくよりも害の少ない、外部被ばくの原因となる同位体のことばかり話すのである。

しかしながら、医者は、放射線の線量に安全なレベルなどないことを、そして放射線の線量は累積するということを知っている。その放射線によって変異が起きた細胞は、概して有害である。私たちは皆、何百種類もの病気の遺伝子を持っている。嚢胞性繊維症、糖尿病、フェニルケトン尿症、筋ジストロフィーなどである。今現在記録されている遺伝病の数は2600を越え、そのうちのいずれも、放射線による変異によって引き起こされる可能性があるのであり、実際にこれらの病気は、人為的に引き上げられてきているバックグラウンドの放射線レベルと共に増加するだろう。

これまで長い間、核産業に雇われた物理学者たちは、少なくとも政治力とマスメディアの世界において、医者をしのいできた。1940年代のマンハッタン計画から、物理学者たちは米国議会へ、いともたやすく出入りしてきた。彼らは核エネルギーを利用するのに成功し、そして核兵器や原子力発電推進のロビー活動においては、核エネルギーと同様の力を発揮した。物理学者たちは米国議会に入り込み、議会は事実上彼らに屈服した。彼らの技術的進歩は誰もが認めるところだが、その弊害は、何十年も後になってから明らかになる。

それに比べ医者は、議会からほとんどお誘いも受けず、核問題に関してほとんど情報のアクセスや助言の機会がない。私たち医者は、通常はガンの潜伏期間や放射線生物学の目覚ましい進歩について触れ回ったりはしない。しかしその結果、私たちは、政策立案者や一般市民に対し、放射線の長期的危険性や害においての説明を十分にしないでここまで来てしまった。

医者はガン患者が来ても、例えば1980年代にスリーマイル島の風下に住んでいませんでしたか、とか、スリーマイル島近くの牧草地で草を食んでいた牛のミルクを使ったハーシーズ社のチョコレートを食べましたか、などとは失礼になるので聞けない。私たちは、初めから大災害を止めようと戦うよりも、起きてしまった後に処理しようとするが、それではいけない。医者は核産業に立ち向かわなければならない。

原子力はクリーンでもなく、持続的でもなく、また化石燃料の代替となるものでもない。それどころか、原子力は実質上地球温暖化を悪化させるものである。太陽光、風力、地熱利用と、節約を組み合わせることにより、私たちのエネルギー需要は満たされる。

当初は、放射線がガンを引き起こすなど全く思いも寄らなかった。マリー•キュリー夫人とその娘は、自分たちが扱った放射性物質によって死ぬことになるとは思っていなかった。しかし、マンハッタン計画の初期の原子力物理学者たちが放射性元素の有毒性を認識するまでに、長い年月はかからなかった。私は、彼らの多くと知り合いである。彼らは、ヒロシマ•ナガサキにおける自分たちの罪が、核エネルギーの平和利用によって赦免されることを願っていたが、実際にはその罪はより重くなるだけであった。

物理学者の知識によって核の時代は始まった。医者の知識と、威信と、正当性をもてば、核の時代を終わらせることができる。

ヘレン•カルディコット— PSR(Physicians for Social Responsibility 「社会的責任を果たすための医師団」)創設者。著書に Nuclear Power Is Not the Answer などがある。


The New York Times
April 30, 2011

Unsafe at Any Dose

By HELEN CALDICOTT
Sydney, Australia

SIX weeks ago, when I first heard about the reactor damage at the Fukushima Daiichi plant in Japan, I knew the prognosis: If any of the containment vessels or fuel pools exploded, it would mean millions of new cases of cancer in the Northern Hemisphere.

Many advocates of nuclear power would deny this. During the 25th anniversary last week of the Chernobyl disaster, some commentators asserted that few people died in the aftermath, and that there have been relatively few genetic abnormalities in survivors’ offspring. It’s an easy leap from there to arguments about the safety of nuclear energy compared to alternatives like coal, and optimistic predictions about the health of the people living near Fukushima.

But this is dangerously ill informed and short-sighted; if anyone knows better, it’s doctors like me. There’s great debate about the number of fatalities following Chernobyl; the International Atomic Energy Agency has predicted that there will be only about 4,000 deaths from cancer, but a 2009 report published by the New York Academy of Sciences says that almost one million people have already perished from cancer and other diseases. The high doses of radiation caused so many miscarriages that we will never know the number of genetically damaged fetuses that did not come to term. (And both Belarus and Ukraine have group homes full of deformed children.)

Nuclear accidents never cease. We’re decades if not generations away from seeing the full effects of the radioactive emissions from Chernobyl.

As we know from Hiroshima and Nagasaki, it takes years to get cancer. Leukemia takes only 5 to 10 years to emerge, but solid cancers take 15 to 60. Furthermore, most radiation-induced mutations are recessive; it can take many generations for two recessive genes to combine to form a child with a particular disease, like my specialty, cystic fibrosis. We can’t possibly imagine how many cancers and other diseases will be caused in the far future by the radioactive isotopes emitted by Chernobyl and Fukushima.

Doctors understand these dangers. We work hard to try to save the life of a child dying of leukemia. We work hard to try to save the life of a woman dying of metastatic breast cancer. And yet the medical dictum says that for incurable diseases, the only recourse is prevention. There’s no group better prepared than doctors to stand up to the physicists of the nuclear industry.

Still, physicists talk convincingly about “permissible doses” of radiation. They consistently ignore internal emitters — radioactive elements from nuclear power plants or weapons tests that are ingested or inhaled into the body, giving very high doses to small volumes of cells. They focus instead on generally less harmful external radiation from sources outside the body, whether from isotopes emitted from nuclear power plants, medical X-rays, cosmic radiation or background radiation that is naturally present in our environment.

However, doctors know that there is no such thing as a safe dose of radiation, and that radiation is cumulative. The mutations caused in cells by this radiation are generally deleterious. We all carry several hundred genes for disease: cystic fibrosis, diabetes, phenylketonuria, muscular dystrophy. There are now more than 2,600 genetic diseases on record, any one of which may be caused by a radiation-induced mutation, and many of which we’re bound to see more of, because we are artificially increasing background levels of radiation.

For many years now, physicists employed by the nuclear industry have been outperforming doctors, at least in politics and the news media. Since the Manhattan Project in the 1940s, physicists have had easy access to Congress. They had harnessed the energy in the atom, and later physicists, whether lobbying for nuclear weapons or nuclear energy, had the same power. They walk into Congress and Congress virtually prostrates itself. Their technological advancements are there for all to see; the harm will become apparent only decades later.

Doctors, by contrast, have fewer dates with Congress, and much less access on nuclear issues. We don’t typically go around discussing the latent period of carcinogenesis and the amazing advances made in understanding radiobiology. But as a result, we do an inadequate job of explaining the long-term dangers of radiation to policymakers and the public.

When patients come to us with cancer, we deem it rude to inquire if they lived downwind of Three Mile Island in the 1980s or might have eaten Hershey’s chocolate made with milk from cows that grazed in irradiated pastures nearby. We tend to treat the disaster after the fact, instead of fighting to stop it from happening in the first place. Doctors need to confront the nuclear industry.

Nuclear power is neither clean, nor sustainable, nor an alternative to fossil fuels — in fact, it adds substantially to global warming. Solar, wind and geothermal energy, along with conservation, can meet our energy needs.

At the beginning, we had no sense that radiation induced cancer. Marie Curie and her daughter didn’t know that the radioactive materials they handled would kill them. But it didn’t take long for the early nuclear physicists in the Manhattan Project to recognize the toxicity of radioactive elements. I knew many of them quite well. They had hoped that peaceful nuclear energy would absolve their guilt over Hiroshima and Nagasaki, but it has only extended it.

Physicists had the knowledge to begin the nuclear age. Physicians have the knowledge, credibility and legitimacy to end it.

Helen Caldicott, a founder of Physicians for Social Responsibility, is the author of “Nuclear Power Is Not the Answer.”

This article has been revised to reflect the following correction:

Correction: May 4, 2011
An Op-Ed essay on Sunday, about the health effects of radiation, imprecisely described the accomplishments of the Manhattan Project. In producing an atomic bomb, the project used fission, which splits the atom, not fusion, the process that occurs in the sun when atoms fuse together.

2 comments:

  1. (6月8日、私からのメールへの返事として、訳者の椎根さんが、南相馬のご家族のこと、福島の厳しい状況を詳細に教えてくれました。許可を得てここに共有します。)

    お忙しいところ、お返事ありがとうございました。

    私自身、いまでも実家の南相馬市があのようなことに
    なってしまっているのが信じられません。

    > 南相馬出身でオーストラリアにいらしゃるとは。弟
    > さんは「帰った」というのは
    > どこからどこに帰ったのですか。ご両親は南相馬か
    > ら福島に避難したということ
    > ですか。津波の被害に遭われましたか。ご苦労が尽
    > きないと察します。

    上の弟ですが、福島市から南相馬へかえったというこ
    とです。地元企業内では「自主避難なのだからかえっ
    てきて当然」という風潮で、しかも線量計をもって作
    業員の心配をしている所などひとつもないよと言って
    おりました。そんなところへ忠誠心もってもしかたな
    いから、と何度も言ったのですが、弟の会社はトヨタ
    自動車などの下請けで、一刻も早く復興をと願う国か
    らみても、工場が稼働してもらわないと自動車産業に
    さらに被害が及ぶのでどうせ避難区域も広げないだろ
    う、別に忠誠心があるわけでもないが残ってる仕事も
    あるし、今はそれをやるだけだと、いわれました。

    実家は地震で二階が少し損傷したが、津波は数百メー
    トル手前で止まったとのことです。しかしそれでも内
    陸部に3キロはきているのでびっくりいたしました。

    上の弟の話ですが、3号機水素爆発後15日だったと
    思いますが、福島の下の弟のところへ両親をなんとか
    とどけたあと、一旦南相馬にもどった上の弟に、わた
    しはなんどもなんども福島へ戻るよう
    言いました。ガソリンも給油できず、お店もしまって
    あのときは本当に陸の孤島化していて(今もある意味
    そうですが)、実家の後ろの病院でものすごく困って
    る、とも聞きましたが、もうこれは個人でどうのこう
    の出来る規模ではないと何度もいいました。弟は「心
    配してくれてるのは分かる。でもな、今朝2ー3件さ
    きのSさんちのばあちゃんがうちのドア叩いてさ、
    いったいどうなってるんだってきくんだよ。そのばあ
    ちゃん一人暮らしでさ、電気と電話通じないから、た
    ぶんなんも知らなかったんだとおもう、地震はともか
    く、津波が国道まできてたとかさ(そこから国道まで
    1キロ無い)、原発で爆発があったとかさ。だから、
    なんでゴミ出しの日なのに市役所ではゴミ集めしない
    のか、とか聞いてくるんだよ。おれも一生懸命説明し
    たんだ、市役所がもう機能してない、みんな避難して
    るんだと。でもどうしてもわからないらしい。こうい
    う人がまだまだいっぱいいるんだ。携帯やインター
    ネットしないお年寄りとかがいっぱいいるんだよ、
    と。そういう人たちを見捨てて自分だけ避難なんてで
    きないと。弟たちは結婚しておらず、もちろん子供も
    いません。それから彼もいってましたし私もそうなの
    ですが、うちから福島第一原発まで約24キロだった
    なんて知りませんでした。

    それから下の弟が言ったのですが、13日14日あた
    り、南相馬の友人たちに早く避難するように何度も連
    絡したが、みんな自分や配偶者の家族を置いてはいけ
    ないというのでした。
    最近になってやっと、国どころは福島県でさえも実は
    放射性物質拡散予測のデータをもっていたのに地元に
    発表しなかったなどと報道されはじめましたが、それ
    でもいまでも「あのときはしかたなかった」という感
    が抜けない感じがします。地元民を全く信用していな
    い、昔もそして今現在も。家族を置いてゆけないと腹
    をくくっている勇気ある地元民たちにむかって、いま
    だにパニックをおそれてそうした、そうするしかな
    かったなどというのなら、まったくもってゆるせませ
    ん。水をもとめてパニクったのは東京都民ではありま
    せんか、といいたい。下の弟の友人に家が津波で全壊
    してしまった人がいます。幸い家族は無事でしたが、
    祖父母と父母を宮城県の親戚において、奥さんと子供
    3人を白河(福島県内)のアパートを借りておいて、
    自分は南相馬の親戚の家に居候して、出勤しているそ
    うです。勤めている地元の工場を止めないでくれと埼
    玉の社長さんのところへ嘆願しにいったそうです。そ
    うしなければやっていけない、市内でひらかれた東電
    の説明会にもいったけど、仮払い金に関しては国と提
    携してやってゆくというばかりで、なんの具体策もな
    かったとのことです。津波の被害から家族でやっと抜
    け出して、茫然自失としているところに、原発事故で
    放射能の恐怖が避難所をかけめぐり、それでも行政か
    らはなんの支援もなく、取り残されてしまったといい
    ます。おこさんたちがちょっとまえまで、家の絵を描
    いたかと思うと、いきなり青のクレヨンでがーっとぬ
    りつぶすんだとも言っていました。
    >
    > 南相馬からは、汚染の低い地域(沿岸に近い方)か
    > らより高い福島に避難したケー
    > スがあると聞いております。ご心配ですね。

    まったくそのケースです。でもあの段階では、飯舘村
    の北西の方向がたしかに線量高いよねと上の弟とは
    いっておりましたが、福島に居る下の弟のところへい
    くしかなかったのです。
    南は福島原発、そして北の相馬のほうも津波で壊滅状
    態、抜けられるのは福島市方面しかなかったのです。
    実際悔やまれました。何度も何度も両親にも弟たちに
    もこっちにくるようあるいは
    他へ避難するよういいましたが、両親はもうこれ以上
    避難したくない、早くかえりたい、の一点張りで、弟
    たちも生活のあてがなくなることは考えられず、移動
    はすることはないといいます。
    わたしも初め驚愕しましたが、福島市の方では最近だ
    んだん20ミリシーベルト問題等でおこさんを持つ保
    護者の方々を中心に線量を心配する人びとが増えまし
    たが、3月の段階ではほとんどそんなことはなかった
    ようにおもいます。線量に関しては、学校がはじまる
    まえにいろいろ心配する声があがってそこでがんばっ
    てやっと線量計がどうのとこぎつけ、それから保護者
    たちががんばってあそこまでいったわけですが、そち
    らのほうで小学校の教師をしている同級生に「心配だ
    からもっと遠くへ行くべきだよ」と何度も連絡しまし
    たが、いざとなったら会津に親戚がいるから大丈夫と
    の返事。
    福島県知事も、これ以上子供たちをばらばらにさせた
    くない、という想いがあるようで、行政からの避難あ
    るいは疎開等の動きはまだみえません。新聞によれば
    たとえば岡山知事などが直接福島県の知事を直接訪問
    して、2000人規模でうけいれることができるから
    ぜひと申し出たそうですが(福島ミンポウ、   )
    はい行かせて下さい、とは答えておりません。

    他に小さい子供さんがいる友人が福島にいるのです
    が、彼女は本当はできれば子供をつれて避難あるいは
    疎開をしばらくしたいのですが、旦那さんにとどまっ
    てほしいといわれているし、南相馬から義理の妹さん
    とおいっこめいっこがきているし、両親も最近南相馬
    へもどったがそれまで一緒にいたし、それらのひとび
    とを残して自分たちだけどこかへいくことは考えられ
    ないといいます。避難とか疎開という言葉に、とても
    地元では抵抗があるのではないかという感じを受けま
    した。彼女によれば、それでもママ友のほとんどは県
    外出身者で、みんな福島市をはなれて実家にもどって
    おられるそうです。家族内でももめているケースも少
    なくないそうです。わたしはあきらめず、とりあえず
    やんわりと「どうせ近いうちに子供つれできてくれる
    ようお願いする予定だったんだし、避難とかそういう
    ことでもなくホームステイみたいな感じでくればいい
    じゃない」と説得を続けることにしてます。

    (続く)

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  2. (続き)

    > 現在の
    > 南相馬市の状況、ご家族やお友達の状況などをもう
    > 少し付け加えていただければ
    > 更にいいです。

    ぜひお願いいたします。
    いつも乗松さまのサイトでしっかりした知識と、こう
    いう勇気ある人びともいるんだと励まされておりまし
    た。ありがとうございます。

    現在の南相馬の状況ですが、下の弟が福島から月に二
    回程度南相馬へボランティアをしに行き始め、その活
    動報告がてらちょこちょこ直接の情報を得ています。
    青年会議所の中心的存在の友人がいて、ぜひ福島で
    やっているような原発関係の講演会や映画の上映した
    いんだけど、といったところ、今のこってる避難民た
    ちは心が病んでいる状況だから
    これ以上避難しろとか地元から声をあげてゆけとかそ
    ういうものはやめて欲しい、といわれたそうです。別
    に地元の線量が気にならないということではないので
    すが、自主避難地域であるので
    直接原発立地の他の町とくらべてまったく上からある
    いは東電からなんの支援もないのに逃げろといわれて
    も、今残っているひとたちはいく所がないからいると
    いう人びとがほとんどなのです。
    ボランティアいくたびに顔をだしているという南相馬
    市災害ボランティアセンターというところがあるので
    すが、長期的にそして定期的にボランティアできるひ
    とを募集しているとのことですが
    国が一応「緊急避難準備区域」と指定している以上、
    放射能のこともあるし、大々的に募集しにくいんだよ
    ね、と言っておられた方々もいたとのことでした。
    最近南相馬市の友人たちと飲んだが、子供はみんな県
    外へ避難させているが、これから梅雨と台風のシーズ
    ンだけどどうするのと下の弟がきいたところ、正直ど
    うしていいかわからないけど、どうにかなるっしょ、
    との回答だったそうです。どうしていいかわからない
    けど、みんないるから大丈夫なのでは、という態度。
    ふざけているのではなく、本当に困惑しているんです
    ね。

    それから緊急時避難準備区域となっており、定義的な
    ことを申しますと本来であればいざというとき自力で
    避難することの難しい子供や妊婦さんや介護を必要と
    する人びと(お年寄りなど)はいては居るべきではな
    いのですが、外の避難所生活にたえきれず戻って来た
    り、もともと避難さえできない人びともたくさんい
    て、地元の災害ボランティアセンターのボランティア
    さんが自力で介護必要な人びと約300名を探しだ
    し、支援している、とボランティアへいっている下の
    弟からききました。母校である南相馬市立原町第一小
    学校は避難所になっており、それでも全校生徒の3分
    の一は残っていて、区域外の鹿島小学校まで通って、
    学校生活をはじめておられるとのことです。校長先生
    と電話で一度お話させていただいたのですが、その後
    いただいたお手紙に、地震津波の災害だけでなく、原
    発事故によってフクシマという名がネガティブなイ
    メージとなって全世界へ知れ渡っているようでそれが
    とても悲しいといっておられました。

    市長もテレビやユーチューブで市の窮状を訴えて一躍
    有名にはなりましたが、それとは全く別に産業廃棄物
    問題で地元の土地を買い上げ、暴力団関係の企業がか
    らんでいるという産業廃棄物処理場の建設をやめても
    らうようここ十年ほど福島県等も相手に裁判をおこし
    ていたのですが、それが逆にスラップ訴訟となり、今
    年5月13日仙台高裁で企業の活動を妨害した等の理
    由で1億5千万円の損害賠償を払うように求められま
    した(地裁では3億円であった)。そのことは福島県
    の地元紙にはでてませんで、仙台の新聞社河北新報で
    知りました。そういうことはまったく市長はいってお
    りませんし、
    それがすごいところだとおもいますが、放射線量より
    もまずは復興しなくては、という姿勢で(地元企業に
    も押されているのだろうと弟はいっておりますが)、
    先月も新潟の避難所までいって南相馬市民に帰って来
    るよう訴えてきたそうです。連休あけに地元の大手
    スーパーイーオンが再開し、品不足ではなくなったと
    のことですが、帰って来ている市民の実際の数は把握
    できていないようです。
    6月5日づけの福島民友新聞記事ですが、南相馬の仮
    設住宅で入居決定者の2割が辞退だそうです、これに
    は正直びっくりいたしました。

    すみません、ついいろいろと書き連ねてしまいまし
    た。感情がまだまだ昇華しきれず、しかしそれでは人
    の耳には入らないだろうとも思い、しかしあのような
    事故を目の当たりにしながらも
    いまだに醜態をさらけだし、利権と欲にからまれ、被
    災地(福島だけではありません)へ迅速な意義と誠意
    のある政策がとられず、怒りさえも超えてしまうよう
    な、なんとも口にあらわすことのできない心境です。
    それでも、やはり家族や地元の人びとならびに被災さ
    れた皆様のことを思うと、今の自分ができることなど
    微力ですが、それでも決してあきらめず、長期的に外
    への発信や、時期がきたら
    地元のみんなの話を心からきけるような人間となって
    書いたり、日本全国そして全世界の脱原発のために皆
    とともに立ち上がり、福島の真の復興のために尽くす
    つもりでおります。
    それから今いるオーストラリアでの反ウラニウム採掘
    運動にも参加してゆくつもりです。

    乗松さまのサイトに、ぜひ協力させてください。

    よろしくお願いいたします。

    しいねともこ

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