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Thursday, August 16, 2007

(Japanese) On August 15th, 2007 日本降伏記念日に寄せて

I would like to share my thoughts on August 15th, the 62nd anniversary of Japan's surrender. Sorry this is all in Japanese... I will write in English when I am ready.

日本降伏の日に 東京にて

2007年8月15日

この日
人間の犯した罪の計り知れなさに
ただ圧倒され 祈るばかり
自分はその「人間」の一人であるから
その罪は全て 自分自身の中にある

7月10日から12日
韓国・ソウルに行った
洗練された伝統と その美意識に触れるたび
このような豊かな文化を 尊び 学ぶことをやめ
軍靴で 踏みにじった 植民地化の罪を感じ入る

ナヌムの家は元日本軍「慰安婦」の住む家
韓国語のできない自分をうらみつつ
ハルモニたちに出会う
歴史館に飾られた 彼女たちの絵ほど 
摘み取られた青春 奪われた人生を 
語るものは ない

西大門刑務所跡は 日帝時代 独立を目指した人たちが
拷問 処刑された場所
この場所で何を学んだか まだ言葉にはならない
ただ確かに言えるのは
何か知っていたつもりの自分は
何も知らなかったということ

根津公子さん
「君が代」不起立で停職処分中の 東京都の教員
7月18日に「停職出勤」を訪ねる
養護学校の前 登校をためらう子に付き添う優しさと
自分の信条を裏切らず 行動で示す勇気
私は校門前 根津先生の一人の教え子となる

父は今80歳 降伏の日は 海軍兵学校生として迎えた
広島の閃光も 瀬戸内海の 小島から見た
この父と戦争のことを語るのが 今の自分には宝石の時間
当時の男の子は 最初から死ぬのが当たり前だったと 父は言う
問題は 死ぬか否かではなく どう死ぬかだけであったと

その父と最近繰り返している「戦争デート」 
6月27日 映画「日本の青空」を観た
戦時を生き抜いた 民権思想家たちの献身 
今 憲法という形で 引き継がれる

7月26日 映画「特攻 - Tokko 」を観る
自分と同世代の 日米の女性が
特攻隊員たちの心を ドキュメントした
狂信者でも 殉国者でもない 
ただ 生きたかった 若者たち
当たり前のことを言ってくれて ありがとう

8月2日から10日 京都 広島 長崎 東京
日本とアメリカの 学生たちの平和学習の旅
通訳として付き添った
原爆投下後 62年 
日米の若者は歴史を共に見つめる

8月5日 広島の平和資料館へ
何度行っても慣れるということはない
重い気持ちで出た瞬間
出口に 新生児を抱いた人がいた
ああ私たちは あなたに何を残したのだろう
言葉を失った ただ ありがとう そこにいてくれて

近藤紘子さん  
ジョン・ハーシー著「ヒロシマ」は
きのこ雲の下で 何が起きていたか
はじめてアメリカに知らしめた
その本の中の 谷本清牧師 
自ら被爆しながら 昼夜徹して けが人をみた
紘子さんは 谷本牧師の 長女
母とともに 瓦礫の中から這い出した 奇跡の命

資料館出口で呆然としていた 自分の前に現れたのは
底抜けに元気な 紘子さんの姿 笑ってしまった 
参加者の中 被爆者の紘子さんが一番元気だった
何年も何年も あの資料館には入ることができなかった
人を連れていっても 外で待っていたという紘子さんが

8月6日 広島「縮景園」 元浅野泉邸 
原爆後 何百、何千というけが人が集まった場所
閑静な日本庭園の土の中には 無数の死者がいる
紘子さんは 遠くを見るように語った
被爆者で埋まった庭園 8月6日の夜は 静かだったという 
誰一人として 声をあげなかったという 

8月8日 長崎の被爆者 下平作江さんの証言を聞いた
母を求める8歳の妹を連れ 10歳の少女は焼け跡をさまよう
黒こげの死体が母とわかり、手を伸ばしたら 崩れ落ちた
淡々と語る下平さんの横で 言葉をひとつひとつ 受け取る
通訳ノート 綴られる言葉は何だろう 真っ白になる

8月9日 長崎 城山小学校に行く 
62年前1500人の児童のうち 1400人が死んだ
学校の体育館を埋める 子どもたち
みんな生きている 歌っている 
平和って何? 友だちを思いやること 食べ物を大事にすること
会場にこだまする声 わが子の肌を思う

8月9日 朝鮮人被爆者の慰霊式に参加 すごい人出
高實康稔さんは訴えた
「原爆しょうがない」発言は許せない
同時に 歴史をねじ曲げる 他のたくさんの発言にも
同じくらいの厳しさで接して欲しいと
本式典でも これを聞いてほしかった

高實さんは 「岡まさはる平和資料館」理事長
日本の加害に焦点を置いた 国内随一の場所
長崎 26人聖人殉教地のすぐ近く
日米の学生たちは 原爆資料館とともに
全員ここを訪れる
人間性という言葉が 体を離れていく
足震え 座り込む若者たち
核兵器も 銃剣も 同じ人間が使ったのだ

日本は「唯一の被爆国」と 多くの人は言うが
本当にそうなのか
朝鮮をはじめ 多数の国の人たちが被爆した
今でも世界中にいる
原爆と 核実験の 被害者たち
被爆は日本人だけのものではない 人類のものだ


8月12日 アメリカの大学生 先生を連れ
靖国神社に行く 
二礼二拍手一礼 丁寧に従う参拝者たち
先祖の墓でした作法と同じだ
でも この神社ではできない 私はできない

靖国の遊就館は 軍国主義 ナショナリズム博物館
気になるのは 展示されているものよりも 展示されていないもの
ここには民間人の犠牲は 存在しない
尊いのは 軍人の命だけ 祀られたくない人々も
「岡まさはる資料館」を ここの隣に 作ったらどうか

遊就館に 北村西望の作品があった
長崎の平和祈念像を作った 同じ人だ
特攻兵士をたたえる像だった
アメリカン大の先生は 「矛盾していないか?」と聞く
はい、もちろん。 でも 「平和への願い」の下に
そんな矛盾が まかり通ってしまうことがあるんです

そして今日 降伏の日を迎える
東京下町 深川にて
62年前の大空襲で 
人々が 子ども達が
大火に焼き尽くされた町
となり町の 靖国神社では
国の代表者たちが 頭を垂れている

たくさんの矛盾をかかえ 迎えるこの日
悲しむ人たち 祝う人たち たくさんの思い と 涙
誰も完全ではない ただ互いに学び合い 前に進むことしかない
平和は 自分の中から 創り始める 
終わりのない道 その第一歩を踏み出す

この日 私は 長い間「ごめんなさい」と言えなかった人に
心から謝った 
その人のきれいな顔は 涙でより美しくなった

かけがえのない 出会いへの 感謝の気持ちとともに

聡子

6 comments:

  1. 日本は記録的な猛暑のようですね。今日は素晴らしいメッセージを有難う御座いました。心打たれました。お父様との”戦争デート”素晴らしいですね。聡子さんのような人が日本にたくさんいたらと願わずにいられませんでした。先日アメリカ人のジャーナリストがCBC Radio で話していましたが”最近8月6日は貴方にとってどんな意味のある日ですか?” と東京の街頭で聞いたらなんと半分近くが何の日かわからないとか、特別な日とは思わないという返事が返って来たとインタビューで言っているのを聞き驚愕しました。恐らく彼等は戦争に関するTVの報道も見ないでしょうし、仮に見たとしてもパネルのあちら側の事でで心に留まらないのでしょうね?それだからこそ根津先生のような方が今の人たち(特に子供達)には必要なのだと思います。お互いに思いやりのある心を持っていれば人の痛みも感じられるはずなのですが。。。。日本での滞在も後10日ほどですがお父様をはじめご家族で思い出深い時をお過ごしください。再会を楽しみにしています。

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  2. 金田千寿10:47 pm

    8月15日に寄せた思いをシェアしてくだって、ありがとうございます。

    読んでいて、ところどころで涙が出そうになりました。パワフルにつづられた文章が、私にも追体験させてくれたのだと思います。

    「何か知っていたつもりの自分は
    何も知らなかった」というくだりは、ぐっときました。私も同じです。皆さんとこうして出会えて、いろいろなことを教えていただいている自分は幸運です。さまざまな情報をメーリングリストに載せてくださり、その一つ一つを感謝の気持ちで読ませていただいています。

    日本での残りの日々、体に気をつけて、実り多きものでありますように。

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  3. 降伏記念日によせて書かれた文章読みました。戦争に関して何か学ぶ度にいつも私も自分の無力感に打ちのめされそうになります。一体何が出来るのかと。一体どこから手をつければいいのかと。でも無力感を感じながらも、過去の事実を見つめ続ける、そしてその結果としての現在を見つめ続ける、ことが最初の一歩なのでしょうね。私が現在の聡子さんの理解のレベルに達するのは一体いつになることやらと思いました。

    猛暑の日本からVancouverに帰ってきたら涼しくてびっくりするかも。残りの滞在楽しんでくださいね!

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  4. 8月15日は韓国ではご存知のように”光復節”と呼ばれる日本からの解放を記念す
    る日です。今年はVancouverにいて、ことさら共に語り合う人もなく、ああ、8月1
    5日だなあと思いつつ一日が過ぎました。高校生の頃、8月15日をキャンプで過ご
    したことがありましたが、”光復節の朝”だと言って大粒の涙をぽろぽろこぼしてい
    た牧師を、毎年この頃になると思い出します。

    NHK「日本のこれから」で、憲法九条についての徹底討論の番組があるのは知ってお
    りましたが、日本放送へのアクセスもなく、忘れかけていました。それをVancouver
    で観る機会を設けてくださるご予定と伺い、とても嬉しく感謝しております。

    いろいろの気持ちとともに、勇気を出されて日本や韓国への旅をされているようにお
    見受けしました。どうぞご健康にはくれぐれも留意なされてさらにいい旅を続けられ
    ますように、そしていい出会いがありますように。お帰りを楽しみにお待ちしており
    ます。

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  5. しらいし ようこ9:13 pm

    読ませてもらいました。そして考えたよ。
    本当に、人間ってどうして戦争を繰り返すのだろうね・・・もう、ずっと昔から
    戦争ばっかりだ。

    父が亡くなったのが終戦の日なんで、この数年は全くそこまで気が回ってなくて
    ・・・。毎年、法事の準備でバタバタしていたのと、精神的な余裕がなかったの
    と。
    でも、今年は七回忌で、法事を7月に済ませていたので、数年ぶりに落ち着いて8
    月15日を母とすごした。で、「あ、お父さんの命日は終戦の日なんだ・・・」と
    気がついたんだ。子どものときに8月の登校日に全校生徒があつまってみた映画
    「はだしのゲン」も、新バージョンでやってたので改めて観た。あと731部隊の
    特集や特攻隊の特集も。

    戦争のことは、正直なところ触れるのが怖いよ。自分の好きな日本がこんなおろ
    かなことをしたんだって実感せざるを得ない。つらいね。
    本当に多くの国の人たちにむごいことをした日本。でも、今、セーフコミュニティ
    を通して多くのアジアの方たちと知り合うなかで、みんなとても私にやさしい。
    「ヨーコ、ヨーコ」とかわいがってくれる・・・・。
    そのハザマにいる自分・・・。言葉にできない複雑な感情を覚えるよ。

    それに、戦争を考えると、当時の日本の一般の人たち、韓国や中国、東南アジア
    の人々・・・・当時の心の痛みが自分の心に入りこんでくるような、シンクロす
    るような苦しさを感じる・・・・。ヘンなのかな?

    さと子さん、お父さんと戦争デートしてるっていいね。
    私は、祖父しか経験していないから、祖父からフィリピンでの経験などいろいろ
    聞きたいんだけれど、どうやら言いたくないみたいなんだよね。母も叔父、叔母
    もだれも祖父からは戦争のときの話を聞いていないんだ。
    きっと、口にできないくらいの過酷な経験だったんだろうと思う。だからこそ、
    今、これほど仏さまに寄り添って生きているんだろうなぁ。

    戦争って結局、こういう一般の市民が一番つらい思いをするんだ。


    そうだ、昨日、パムがSevern Cullis-Suzukiのスピーチを送ってくれた。
    彼女が12歳のときに国連の会議の場でのスピーチで伝説になってるんだね。
    今までしらなかった。
    彼女のスピーチ、子どもから大人への訴えに、心が震えるような感覚を覚えまし
    た。
    大人になるっていうのは、彼女のようにすんだ心が失われていくことなのなら、
    大人ってかわいそうなおろかな存在だなぁ・・・なんて考えてしまった・・・。

    では、体に気をつけてね。

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  6. さとこさん、今回の聡子さんの詩を読んで、はずかしながら
    泣けてきてしまってね。 ちょうどお話会が済んで読んだから、
    とくに、、、ね。涙が。
    なんと短い文章に、心が入っていることか。言霊が、わたしの気持ちをぬけていきました。

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