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Saturday, November 01, 2008

(Japanese) A Report of the 6th International Conference of Museums for Peace

平和のための空間を世界中に創る



―第六回国際平和博物館会議の報告―

ピース・フィロソフィー・センター
乗松聡子

10月6日から10日まで、京都と広島で開催された『第6回国際平和博物館会議―平和創造のための空間としての平和博物館』(立命館大学国際平和ミュージアム、京都造形芸術大学、広島平和記念資料館等共催)に参加してきた。この会議は1992年以来イギリス、スペイン等でほぼ3年に1回開かれ、日本での開催は1998年以来2回目となる。今回は23カ国を代表する70人ほどの日本外からの参加者を含む約3,000人が参加した。世界には150余の平和博物館があり、そのうちの40%は日本にあるということから、日本で開催するときは大規模になるということだ。海外から参加した博物館の例としては、英国の「ブラッドフォード平和博物館」、スペインの「ゲルニカ平和博物館」、韓国の「平和博物館建立推進委員会」、中国の「中国人民抗日戦争記念館」、インドの「ノーモア広島・ノーモア長崎平和博物館」、カンボジアの「カンボジア史料センター博物館」、等があった。 (写真は立命館大学平和ミュージアムで撮った全体写真)

6日初日の開会式の後は、「平和のための博物館国際ネットワーク」総括コーディネーターのピーター・ヴァン・デン・デュンゲン氏(英国ブラッドフォード大学教授)が「平和のための博物館―その過去・現在・未来」と題する基調講演を行った。その中で、「平和博物館」という呼び方を「平和のための博物館」と変更したことに触れた。それは定義として「平和博物館」と名乗っていない博物館でも、民俗資料館、美術館、図書館等で平和創造を念頭に置いて活動をしている機関と幅広くネットワークし協同関係を築くためだ。立命館平和ミュージアム名誉館長の安斎育郎氏は、この例として、東京大空襲を展示している江戸東京博物館、高知市立自由民権記念館を挙げていた。この会議には今回はカナダからの参加は自分を含めて2団体であったが、例えば、ウィニペグに建設予定の「カナダ人権博物館(The Canadian Museum for Human Rights)」 は今後この世界ネットワークに参加するには最適といえよう。 (写真は中国からの参加者と)

平和博物館というと、何を展示する場所なのか、思う人もいるだろう。日本で多くの人になじみのある平和博物館といえば、広島にある平和記念資料館や長崎の原爆資料館がある。また今回の会議の開催地の一つでもあり、日本では唯一大学が運営する平和博物館である立命館大学国際平和ミュージアムも、日本を代表する平和博物館の一つといえる。平和博物館とは、過去の戦争の悲惨さを展示し、それを繰り返さないための教訓とするという考え方をとっているところが多い。大会の趣旨説明によると、「個人の体験は時とともに失われがち」だが、「それを社会的記憶として世代を越えて伝え、平和を創造するために積極的に役立てる」ために、平和のための博物館活動は効果的な方法であると定義している。10日7日に記念講演「平和・平和博物館・平和のための博物館の定義」を行った安斎育郎氏によると、「平和」とは単なる「戦争の不在」ではない。ノルウェーの平和学者ヨハン・ガルトゥングを引用し、平和とは「人間がその可能性を十分に発揮できなくするような暴力の不在」である。その「暴力」とは、戦争に代表される「直接的暴力」だけでなく、貧困や差別、地球上の少数の人間が大半の資源を独占しているといった要因による「構造的暴力」、平和憲法により直接的暴力の少ない日本でも精神的に追い詰められる人が多く自殺率が高いといった現象に代表される「文化的暴力」がある。それら全ての暴力の不在を目指し、人の能力を最大限に花開かせることができるようにするための空間としての平和博物館がある。

この会議は10月6日から8日は立命館大学、9日が京都造形芸術大学、10日は広島の平和記念資料館で開催された。6日と7日は基調講演の他、19の分科会に分かれ、約70団体が「平和博物館の開設運動」「平和教育の拠点としての平和ミュージアム」といったテーマで発表を行った。この中で私のピース・フィロソフィー・センターは、「市民でつくろう『平和のための空間』」というテーマの分科会で、自宅を拠点とした小さな平和センターのネットワークを拡げる提案をした。また、「ピースサイトとピースツアー」という分科会で、立命館大学教授の藤岡惇氏と学生たちと共に、1995年から続く日米(08年からはカナダも)学生の広島長崎への旅についての報告をした。 (写真は同分科会で発表したきくちゆみさんと)

今回は全国の日本の平和博物館・資料館の参加があったが、分科会「虐殺・捕虜・戦犯たちの経験を伝える博物館」「日本の戦争・平和展示の現在」等では加害の展示についての真剣な討論があったことが印象に残っている。日本には平和博物館が60近くあるが、空襲や原爆等日本側の被害についてのものが多く、アジア太平洋戦争における日本軍の加害行為について率直に展示しているところは少ない。これらの分科会では、千葉の「国立歴史民俗博物館」、大阪の「ピースおおさか」、埼玉の「中帰連平和記念館」、日本軍慰安婦問題を扱う東京の「女たちの戦争と平和資料館」等の発表者や参加者たちが、加害展示の方法、右翼の攻撃や政治との関係について多様な意見を交わした。また、基調講演やいくつかの分科会の中では、虐殺の残酷な写真等をどこまで展示すべきかという議論もされた。西ミシガン大学の吉田俊准教授(写真)が基調報告で、「愛国心や憎しみをあおる博物館は平和博物館とはいえない」と論じたことを受け、日本の加害展示に重点を置く長崎の「岡まさはる記念平和資料館」の高實康稔館長は、「まず真実を知ることから始めることが大事だ」と訴え、私が個人的に話した中国の参加者は、「加害側と被害側の愛国心は別個に扱わなければいけない」と語っていた。

9日の京都造形芸術大学でのプログラムでは、千住博学長が基調講演や対談で、平和のための芸術の大切さを訴えた。学生による平和をテーマにしたアート展示が並ぶキャンパスで、千住氏は、「自分の傷や痛みを直視し解決していく学生の『平和』にリアリティーのある創作が見られる。身近なことに世界平和との関連を見出していくことが大切だ」と伝えた。講演のほかに、狂言や和太鼓の上演、茶会の実演など、京都にある芸術大学ならではの多彩なプログラムであった。

会議の最終日10日は場所を変えて広島の平和資料館主催のプログラムで締めくくった。資料館や平和公園の見学のあと、秋葉広島市長が講演で国ではなく市を中心とした平和組織「平和市長会議」を中心とした核廃絶運動「2020ビジョン」について語った。2010年までに核兵器禁止条約を締結し、2020年までに完全な核廃絶を目指す計画だ。「姉妹都市というのはよくあるが姉妹国ということは聞いたことがない。国同士は軍事同盟を結び、『姉妹』といった女性的な言葉は絶対使わない。市民の安全に本当に責任があるのは市であり、国がつけるような嘘はつけない。」という秋葉市長の発言に会場の多くの人は大きくうなずいていた。 (写真は広島平和資料館でガイドの説明をうける日本国外からの参加者)

カナダには、前述のように広義における「平和のための博物館」と言えるものは存在するが、本格的な「平和博物館」は私の知る限りでは存在しない。会議関係者間では、次回の平和博物館会議は北米で行うのが理想であるが、アメリカは911事件以降外国人のビザが取りにくくなっているので、カナダはどうかという声も出た。今後カナダでも平和博物館が各地にできることを期待する。平和博物館運動に参加することに興味のある人はinfo@peacephilosophy.com まで連絡をいただければと思う。


(この記事の短縮版が日系ヴォイスの11月号に掲載されます。)

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