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Tuesday, August 16, 2011

高實康稔: 8月9日 長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼早朝集会メッセージ Takazane Yasunori: A Message for the Early Morning Gathering to Remember Korean Victims of the Atomic Bombing on Nagasaki, August 9

Here is a keynote speech by Takazane Yasunori at the gathering to remember the Korean A-bomb victims of the Nagasaki bombing held annually on the early morning of August 9. See history of this gathering in the report of the same meeting last year.


長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼早朝集会メッセージ


高實康稔氏は、朝鮮人被爆者、強制連行他、日本の加害に
重点を置く「岡まさはる記念長崎平和資料館」館長も務める。
 六六年前、米軍が投下した原子爆弾がこの松山の上空で炸裂し、日本人のみならず万余の朝鮮人が犠牲となりました。私たちはその死を悼み決して忘れないために、今日ここに集っています。異郷の地で、米軍の原爆攻撃に遭い、尊い命までも奪われた無念は、どれほど思いを馳せても足りません。それは単に戦争や爆撃を憎むといったものではなかったに違いありません。懐かしい故郷を後にして、はるばる長崎にまで来るに至った因果が一瞬脳裏をかすめ、許し難く思ったことでしょう。被爆者に国境はないとはいえ、朝鮮人被爆者の証言は原爆地獄の「あの日」から始まることはなく、「もう一つ、もう一つのあの日」から始まります。日本の朝鮮侵略がもたらした苦難の道が不運にも原爆地獄へと導いたからです。

 米国の原爆使用はもとより許せるものではありません。日本の侵略戦争に対する報復として正当化する意見が今なお米国内で多数を占める現実は、日本の侵略戦争と同様ナショナリズムの極みであり、空前の破壊力に加え放射線の害毒を伴う非人道的な新兵器であったことを米国民は自覚する必要があります。米国政府はこの非人道性を事前に十分認識しえたが故に批判を恐れて放射線障害の報道を抑圧したことは明らかです。平和条約によって双方が賠償請求権を放棄したとはいえ、国家といえども個人の賠償請求権を奪うことはできないのであり、加えて原爆使用の国際法違反は永久に残ります。私は核兵器廃絶のためにも、せめて道義的責任の自覚を持てと米国政府と国民に訴えたい気持ちでいっぱいです。
献花のために並ぶ参列者。この早朝集会が始まったのは1979年。
最初は数十人だったが今は毎年200-400人が集まる。

 しかし、他方、日本政府が韓国・朝鮮人被爆者をはじめ、在外被爆者を援護の対象から排除してきた積年の歴史もまた許せるものではありません。在外被爆者に対する援護は三〇件を超える裁判闘争によって国側を敗訴に追い込み、少しずつ内外平等な援護へと前進してきたのに過ぎません。今なお医療費の支給に上限を設けて差別し、被爆者健康手帳の取得には証人を求める冷酷かつ最早不可能な条件を課しています。国の敗訴によって撤廃された違法な「四〇二号通達」に対する無反省の証拠といわざるをえません。植民地支配と侵略戦争に対する戦後日本の無反省・無責任な態度も被爆者問題に限らず枚挙に暇がありません。この現実を前に、「日本は原爆二発によって戦争責任を免れた」という見方さえあります。加害の歴史を顧みず、ひたすら原爆被害を強調し、被害者意識のみに立って核兵器廃絶を訴えれば、アジア諸外国の人々の共感を得ることはできません。加害責任に目をつむるエゴイズム以外の何ものでもないからです。

 私は本日のこの集会に在日韓国・朝鮮人とともに韓国からも参加してくださっていることに一つの希望を抱きます。在韓被爆者を大多数とする在外被爆者の平等な援護は、当事者の止むに止まれない要求を支援する日韓の市民の熱い連帯によって一歩一歩前進してきました。それは歴史認識を共有して差別の壁に挑戦する闘いでもありました。若い世代を含むこの連帯感をさらに強めて、日本の排外的な過去と現在を克服していければと願わずにはいられません。その一つの重大な現実として朝鮮民主主義人民共和国在住の被爆者の問題があります。約二千人が当地へ帰国したとみられる被爆者は今ではおよそ四百人しか生存していないといわれていますが、世界中でこの四百人だけが援護の対象から除かれています。国交がないことは理由になりません。同国を敵視して、南北分断を助長してきたのは戦後日本政府の一貫した政策であるからです。朝鮮侵略の加害責任を果たすためにも国交正常化が急務であるとともに、その時を待つまでもなく被爆者援護を早急に実現することが被爆者援護法を遵守するための義務であるはずです。

 以上の観点に立ち、私は日本政府に対し、次の五点を強く要求します。
一、「四〇二号通達」を反省し、在外被爆者の手帳取得の条件を緩和すること
一、在外被爆者の医療費を、国内の被爆者と同様、全額支給すること
一、朝鮮民主主義人民共和国在住の被爆者に被爆者援護法適用の道を開くこと
一、日朝ピョンヤン宣言に基づき、朝鮮民主主義人民共和国と国交を正常化すること
一、「慰安婦」問題やBC級戦犯問題など、未解決の問題に誠実に対処すること

 東日本大震災から五ヵ月になろうとしています。私はこの間の報道をめぐっても、歴史認識の浅さを思わずにはいられませんでした。日本軍「慰安婦」問題の解決を求めてソウルの日本大使館前で九五〇回以上も続く「水曜デモ」が、大震災の犠牲者を悼んで急遽「沈黙デモ」に変更されたことをハルモニたちの深い人間愛に沿って告げる記事にはついぞ接しませんでした。また、在日韓国・朝鮮人も生命と財産の甚大な被害に見舞われましたが、様々な角度から被災・救援・復旧・復興の現状と問題点が報道されたのにもかかわらず、在日韓国・朝鮮人の被災、東北朝鮮初中級学校の校舎全壊や福島朝鮮初中級学校生徒の新潟移動、日本人被災者への救援炊き出しなどはほとんど報道されませんでした。高校無償化政策からの朝鮮高級学校排除に象徴されるように、日本の社会における人権感覚の未熟さと民族差別の根深さを痛感する思いでした。

福島第一原子力発電所の事故は明らかに人災でした。「安全神話」を鼓吹した人々の罪は重く、究極的に制御不能な原発からの脱却こそは、世界三〇数カ国に在住する被爆者の切なる願いであり、再び被爆者をつくらないために原発の廃止をここに強く訴えて、メッセージを閉じさせていただきます。

最後になりましたが、早朝にもかかわらず、本集会に参加してくださいました皆様に厚くお礼を申し上げます。

二〇一一年八月九日

長崎在日朝鮮人の人権を守る会代表 髙 實 康 稔

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