ペペ・エスコバールが「Strategic Culture」に3月1日に出した記事の日本語版である。彼は比ゆ的な表現が多いのでところどころ【】で訳者解説をつけた。
この戦争は、エスコバールが言うように、1979年のイラン・イスラム革命以来47年間の米国からの敵視と制裁に耐えてきたイランとそれを支えるグローバルサウスと、「エプスタイン・シンジケート」と著者が呼ぶ米イスラエル西側連合の闘いである。西アジアの米国の時代は終わるであろう。イランはこの日のために準備を重ねてきた。地下基地で最新鋭のハイパーソニックミサイルを準備してきた。交渉がまとまりそうなタイミングで攻撃を仕掛けるような野蛮な者たちを相手にしていることもわかっていた。ハメネイ師は自分が殺されることがわかっており、用意を周到にした上で、どこにも逃げず、誇り高い殉教を選んだ。イランの人々はハメネイ師の遺志を受け継ぎ、米イスラエルの帝国主義と闘わんと恐れずに路上に出ている。イランは中国やロシアから最先端のインテリジェンスのバックアップを受けている。ハメネイ師はイランが核兵器を持たせないように導いた立役者だったという。そのハメネイ師を殺した米イスラエルは、この戦争は「核問題」などでは全くないことを自ら証明した。ネタニヤフの長年の夢であるイラン転覆作戦に、トランプとペンタゴンが引きずられた。トランプはネタニヤフからどんな弱みを握られているのであろうか。イスラエルロビーだけでは説明がつかない何かがありそうである。(@PeacePhilosophy 乗松聡子)
こちらはきょうの(北米時間3月4日)ジャッジ・ナポリターノとペペの対談。この記事の内容をもとにしている。
以下は、動画の翻訳ではなく、エスコバーの記事の翻訳です。
西アジアを揺るがした10時間
Ten hours that shook West Asia
ペペ・エスコバール
2026年3月1日
私たちは、米国後の西アジア秩序への入り口に、まさに到達しつつあるのかもしれない。
10時間。 イランが次のことを行うのに要した時間である。
湾岸全域において「混沌・略奪・常時攻撃の帝国」を包囲状態に置いた。
米軍の主要軍事基地27か所を執拗に爆撃し、甚大な被害を与えた。
西アジアにおけるすべての米国およびイスラエルの資産と利益が、報復の正当な標的であると決定した。
ホルムズ海峡を封鎖した(その後解除されたが、ロシアと中国の船舶にのみ自由通航を認めた)。
次に起こること:もし米軍艦艇が撤退しなければ、撃沈される。
この一連の出来事は、予想どおり「作られつつある欺瞞」として展開した。戦争は西アジアの死のカルトの指導者によって命じられた。大量虐殺的な精神異常者であり、その後「シオンの翼」に逃げ込み、ベルリンへと逃亡した【ネタニヤフのこと】。彼の米国側の相棒、ネオ・カリグラ――誇大妄想のナルシス――は、マール・ア・ラーゴからこの戦争を共同で命じた【トランプのこと】。
彼らの初日の「壮大な成功」は次の通りである。
最高指導者アヤトラ・ハメネイを斬首攻撃で殺害したこと。
そしてイラン南部の小学校で、100人以上(現在も増え続けている)の少女たちを殺害したことである。
予想どおり、これはベイルートでのヒズボラのサイイド・ナスララの暗殺の焼き直しでもあった。【24年9月27日にイスラエルに殺害されたヒズボラ指導者】
オマーンでの間接的な「交渉」の最中、トランプ2.0チームはテヘランに対し、最終的な微調整を必要とする提案を明確にするよう求めていた。
オマーンの外相バドル・ビン・ハマド・アル・ブサイディは、イランが初めて次の点に同意したことを確認した。
核爆弾のための核物質を「決して」蓄積しないこと、
濃縮物質の備蓄をゼロに保つこと、
既存の備蓄を希釈すること、
そしてIAEAによる完全な査察を認めること、である。
会合は土曜日の朝、テヘランで行われ、イラン指導部の最高幹部が集まった。
エプスタイン・シンジケート【米イスラエルを指す】はその会合を爆撃し、最高幹部とともに最高指導者アヤトラ・ハメネイを殺害した。混沌の帝国は交渉などしない。それを武器として利用するだけである。
しかし体制崩壊や政権転覆に直結するような即時の崩壊は起きなかった。攻撃から30分も経たないうちに、テヘランの指導部は驚異的で電撃的、かつ大規模に調整された反撃を開始した。24時間連続発射モードで行われ、これによりエスカレーションの枠組みと、戦場における耐久性の優位が確立された。
例えばイランの戦術は、12日間戦争のときとはすでに大きく異なっている。バーレーンへの第2波攻撃では、米国の防衛システムを完全に混乱させる大規模な弾道ミサイルの集中攻撃の後にのみ、シャヘド136の自爆ドローンを使用した。その結果、高価な迎撃ミサイルが早期に大量消費された。ドローンはその後に到来した。
初日だけで、イランは1,200発以上のミサイルとドローンを発射した。テヘランは数万のミサイルとドローンを備蓄している。米国の迎撃ミサイルは数日で枯渇する見込みだ。THAAD1基のコストは1500万ドルである。この計算は明らかに帝国側に有利ではない。
殉教から復讐へ
イランがドバイの米国資産を攻撃したことは、巧妙な戦略的行動である。これは、隠れ家となっている米軍要員やCIAの秘密拠点を破壊することと結びついている。ドバイのけばけばしい富の象徴――ブルジュ・ハリファ、ブルジュ・アル・アラブ、パーム・ジュメイラ【ドバイの富を象徴する建造物】――はすべて炎上している。
正しく指摘されているように、ドバイの人口の88%は外国人である。ここは世界のマネーロンダリングの首都であるだけでなく、国旗を持つ特別経済区のようなものであり、現在は銀行取り付け騒ぎの危険に直面している。
そもそもUAEは生産資本主義の意味での「生産」をほとんど行っていない。税金ゼロのサービス経済であり、華美な富と安全を中心に成り立っている(その安全も今や失われた)。
ドバイはまた、ネオ・カリグラに対して巨大な影響力を持っている。いわゆる「トランプ・コイン」、個人的投資、「平和評議会」(実際には戦争評議会)への寄付などがある。
航空業はドバイGDPの27%、UAE全体の18%を占める。ドバイ空港が暗闇に沈むことは絶対的な災害である。エミレーツ航空、エティハド航空、カタール航空といった巨大航空会社と巨大空港は、世界輸送ネットワークの重要な拠点である。
ドバイが暗闇に包まれることは、トランプにとって非常に悪いビジネスである。MbZ(ムハンマド・ビン・ザーイド)がすでに停戦を懇願する電話をかけていることは疑いない。さらにテヘランは、シェブロンとエクソンモービルも正当な攻撃対象であると明言した。だからこそネオ・カリグラはすでに初日に停戦を望み、イタリア外交ルートを通じてイランに伝えていたのである。【トランプは攻撃初日にイタリアを通じてイランに停戦を申し出た。】
テルアビブの大量虐殺的異常者が、まだ準備の整っていない無敵艦隊を抱えたネオ・カリグラに戦争を強いたのかどうか、さまざまな憶測が飛び交っている。しかし事実は、ペンタゴンが戦略的主導権を失ったということである。【米国はイスラエルのいいなりに、準備さえできていない戦争を決行した】
脚本はテヘランで書かれている。これは消耗戦となり、テヘランはあらゆる可能なシナリオを事前に検討している。
すべてがどのように進んだかを要約すると次の通りである。
斬首攻撃。
専門家会議が数分で招集。
革命防衛隊は1時間以内に「最大限の武力」で反撃。
死のカルトと石油チワワたち【イスラエルと、湾岸の米国同盟国たち】に攻撃を浴びせた。
後継メカニズム:整備済み。
指揮系統:整備済み。
政権転覆:なし。
帝国の戦略的支配:ゼロ。
殉教から復讐へ。
グローバル・サウス全体がこれを見ている。
完全な戦略的断絶
複数の革命防衛隊筋によれば、アヤトラ・ハメネイは一連の指令を通じて、すべてを極めて詳細に準備していた。
彼は国家安全保障会議書記アリー・ラリジャニや指導部メンバーに対し、イランがエプスタイン・シンジケート【米イスラエル】の軍事力にどのように抵抗するかだけでなく、自身を含む暗殺の試みにどう対処するかも指示していた。
ハメネイは、各軍事指揮と政府役職について、少なくとも四層の後継体制を指名していた。だからこそ斬首攻撃の後でも、すべての重要決定が記録的な速さで行われたのである。
大量虐殺的な米国・イスラエルのコンビは、これから何が起こるか理解していない。彼らはシーア派世界全体を侮辱しただけでなく、数億人のスンニ派ムスリムも敵に回した。
これは完全な戦略的断絶である。ワシントンとテヘランの関係は、もはや引き返せない地点に到達した。
「政権転覆」という幼稚な発想とは逆に、ハメネイ殺害は国内のコンセンサスを強化し、無制限の報復を正当化し、湾岸からレバントに至る多方面の対決【ペルシャ湾地域から東地中海まで、西アジア全体に広がる戦線】を解き放った。
イランの当面の戦術は明確である。イスラエルの防空を飽和させ、迎撃ミサイル危機を引き起こすことだ。そうなればイスラエルの将軍たちは停戦を懇願するだろう。イランは同時にイスラエルのインフラと経済を破壊し続け、数日以内に体制を崩壊させる可能性もある。
ロシアと中国はその間、影で動き、イランの防衛ネットワークを維持するだろう。
西アジアの石油とガスが数日でも止まれば、世界経済は大きな衝撃を受ける。イランはすべてのシナリオを想定しており、圧力を自由にかけたり緩めたりできる。
グローバル・サウスは、47年間の制裁の中で帝国の巨像と戦いながら、イランの指導部がどのように連帯と明確な目的を示しているかを学ぶことになる。この抵抗そのものが、すでに奇跡と言える。
そして今、西アジアから米軍の軍事的存在が終焉に向かう道が開かれるかもしれない。それはソレイマニ、ナスララ、そしてハメネイに至る殉教者の系譜が思い描いてきたものである。
我々は、米国後の西アジア秩序への入口に到達しているのかもしれない。そのとき、その恐ろしい死のカルトは、哀れな不寛容の神とともに戦略的泥沼に沈み、抑止力を失い、偏執に取りつかれ、複数の非対称的圧力と戦うことになるだろう。
(翻訳以上)
元記事はここです。
No comments:
Post a Comment