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Thursday, October 10, 2013

真崎久子: 侵略国家カナダとインディアン寄宿学校、そして「真実と和解」 Truth and Reconciliation Commission of Canada


侵略国家カナダとインディアン寄宿学校、そして「真実と和解」
Truth and Reconciliation


真崎久子

カナダという国家は、ヨーロッパからやって来た人達が、先住民の暮らしていた大陸を侵略するという形で成立しました。 

残虐な殺戮や戦争が繰り返されたアメリカに対し、カナダの侵略は、主に政策という形で行われました。その中のひとつ、インディアン寄宿学校政策は「先住民の心と文化と人間関係を壊す」という方法で、先住民社会を内側から破壊しました。その被害は、元寄宿学校生だけではなく、その子や孫の世代にまで引き継がれ、今だに解決されていません。ダウンタウンイーストサイドなどでホームレスになっている人達を含めて、心の拠り所、社会的な行き場を失った先住民達、その多くが寄宿学校の被害者なのです。 

開拓時代のカナダでは、東海岸から西へと事実上の侵略は進んでいきましたが、それは多くの場合、表面上は先住民社会とカナダ政府間の条約締結という形をとっていました。条約は不平等、内容もカナダ側から破られる事が殆どでしたが、それでも友好的な関係を結ぶ努力は双方から為されました。インディアン寄宿学校は、その条約の、先住民の教育を保証するという約束を実現するという名目で1840年代に始まり、120年以上続きました。 

寄宿学校は、カナダ政府が教会に運営を委託し、先住民の村から子供達を強制的に学校に収容し、彼らの言語と文化と信仰を剥奪し、英語(仏語)と白人文化とキリスト教を強要する同化政策でした。先住民は人種も文化も劣っているという偏見から始まり、侵略と植民地支配という暴力的な目的で運営されたこれらの学校では、生徒達は日常的に心身の虐待を受け、性的虐待も発生。生活基準が満たされない劣悪な環境の中、自殺を含めて、15万人のうち4千人の子供達が在学中に死亡。無事生き延びた子供達も、学校を離れた後、その多くが、文化も家族などの人間関係も人間性も失い、心の傷も癒される事なく、暴力や自己破壊、アルコールや薬物依存などに苦しみ、自殺、事故死、中毒死などで最後を遂げた人達も多かったのです。 

ところが80年代、勇気ある元寄宿学校生達がカナダと教会を相手取って、訴訟を起こします。そして訴訟という形の抵抗運動は広がり、前代未聞の集団訴訟へと発展し、最高裁判所勝訴。それを受けた政府は、2007年の補償と2008年のカナダ政府の正式謝罪という形で寄宿学校問題を解決しようとします。 

補償のひとつとして、Truth and Reconciliation Commission(TRC)が設立され、インディアン寄宿学校を生き抜いたサバイバー達の証言を聞き、寄宿学校に関する史料を収集し、同時に寄宿学校についてのカナダの一般市民への認識を深める役割を担いました。その活動のひとつとして「真実と和解」Truth and Reconciliation と称される、証言や和解への模索などで構成されたイベントも2010年からカナダ各地を巡り、バンクーバーでは、2013年9月18日から21日まで、PNEで開催されました。 

カナダ国家の侵略は、条約締結と政策という見えにくい形で、友好や援助という衣を被せて行われて来ました。寄宿学校も表面上は、教会が「先住民に教育を授ける」善意の援助として説明され、その暴力性が認識しにくい状況だった事もあり、カナダの一般市民には「侵略」という意識が薄いのが実情です。住民侵略や弾圧は今も続き、 かつて先住民のテリトリーだった大地の殆どが、こうしてカナダに奪われ続けていますが、その過程はやはり見えにくい形で、主に政策と関わって内情が知らされないまま行なわれているため、一般市民はその暴力性に気づかないまま容認。そんな今「和解」という言葉が語られます。でも、それを、今までの友好と援助の皮を被った暴力の連鎖を断ち切った、対等な関係へと転換するにはどうすればいいのでしょう。 

移住者として、この地の歴史も現状もよく知らないまま、無意識のうちに侵略搾取側としてカナダに暮らす事になってしまった私は何をどうすればいいのか。。。また、日本人として生まれ育ち、15年戦争/太平洋戦争の侵略側としての責任を負ってしまった私は、何をどうすれば。。。それ以前に「抑圧したりされたり」を繰り返す日常の中、壊された人間関係を回復して和解へと辿り着くにはどうすれば。。。そんな私達に「真実と和解」は、多くを考えさせてくれます。 

私自身は、まずは真実を知る事、体験する事からだと思いました。被害体験を乗り越えてサバイバーとして生き抜いた元寄宿学校生達とその生き様に触れ、彼らの口から「真実」をしっかり聞き、自分の心で感じて受け止め、自分の役割を考えたい、と。こうして「真実と和解」バンクーバーイベントに参加しました。その体験を読んで下さい。 

(先住民に関してもう少し知りたい方は indigenousfoundations.arts.ubc.ca TRCについてもう少し知りたい方はtrc.caを参考にしてください。)
 

「真実と和解」体験記:
Truth and Reconciliation in Vancouver, Sept. 18-22

                              

Truth and Reconciliation Vancouver Eventが終わりました。4日間のフォーラムや展示などのPNEでのイベント後の最終日はReconciliation Walk。でもその日は雨。8時半にクリーンエリザベスシアター前に集合してコーラスと開会式。結局7万人が集まり、10時半から歩き始め、チャイナタウンまで回って、サイエンスワールド横に着いた時は皆ずぶぬれ。ますます激しくなる雨の中、最後のスピーチの数々を聞いて、震えながら帰って来ました。

インディアン寄宿学校。。。それまで私は、この残酷な歴史と、どう向き合えばいいのかずっと分からないままでした。大学で先住民学を学んでいた間も、部外者が土足で立ち入ってはいけない様な気がして、自分がどう関わっていけばいいのかはわからないまま。今回も「分からないけれど大事だから取りあえず行きたい」という動機でした。 

PNEでのイベントは18日の日の出と共にSunrise Ceremonyから始まりました。聖なる火をおこし、Great Spirit に導きを祈り、先祖に見守って下さい、勇気と癒しをください、と祈る人々。こうして何千年も前からの信仰と伝統と文化を引き継ぎ、先住民として生きて来た人々から、寄宿学校は、信仰も伝統も文化も、人間性も、命さえ、魂さえも奪いました。それでも、この人達は今もこうして「先住民として生きたい」と心の底から願い、先住民としてこの歴史に向き合うため、この日も、伝統的な祈りから一日を始めていました。彼らの文化と伝統と人間性と魂を破壊した、カナダ国家やキリスト教会と向き合い、その非道を証言するために。そして、それを通して、今も続けられる、先住民に対してのカナダの暴力的な弾圧に抵抗し、自分たちの、そして子供達やその先の子孫達を守り、先住民としての生き方を取り戻すために。 

4日間ずっと燃え続け、人々とイベントを見守ってくれる聖なる火の回りで、寄宿学校体験を生き抜いたサバイバー達が祈っていました。そして回りの人達も、サバイバー達を支えようと祈っていました。何とかこの「証言」をやり遂げて、元寄宿学校生がずっと縛られて来た過去のトラウマから解放されますように、そして子供達が先住民としての人生を取り戻す事が出来ますように。その共通の祈りと、寄宿学校経験の苦しみを通して、サバイバーはお互いを支え合い、回りの人達は、苦しみながらも果敢に闘う彼らの傍らに寄り添い、苦しみを共に背負い、支え、彼らの勇気から力をもらって、共にTruth and Reconciliationイベントにのぞみました。そして、後ろの方でその様子を見守っていた私も、その中で自然に自分の役割に気づきました。サバイバー達が、その仕事をやり遂げる事が出来る様、こうして後ろで共に祈りながら支える事。彼らのたたずまいからにじみ出る苦しみや強さを受け取り、ただ一緒にそこにいる事。イベントを通しての私の役割はそれでした。 

PNEで4日間、いくつもの会場で同時に行われたイベントは、フォーラムや証言や映画やアートや歴史展示やマーケットなど多彩でしたが、主なイベントは二種類ありました。サバイバーのTruth Telling、つまり真実を語る場。そして、カナダ側のExpressions of Reconciliationつまり、先住民を不当に差別し苦しめた寄宿学校問題を解決し、共に生きる和解の方法を探り、その決意を表明する場。私は4日間、両方のイベントに参加しましたが、出来る限りサバイバーと共にいて、カナダに対して真実を訴えようとする彼らの行為を支えていました。 

思い出すのもつらいという寄宿学校体験の殆どの証言が個室で行われました。が、体験を分かち合うという勇気ある決断をしてくれた人達は、Sharing Circle の輪の中で寄宿学校と自分の人生を語り、その後ろを取り巻く私達一般聴衆は、それに耳を傾けました。 

サバイバーの多くが、5、6、7歳で家族から引き離され、寄宿学校に連れて行かれたそうです。村を出た事もなく、ずっと大家族や親戚に守られて先住民として幸せにすごしていた子供達の多くが、家畜用トラックに詰め込まれたり、見た事もない汽車や船に乗せられたりして、遠くの知らない場所へと連れ去られました。子供を寄宿学校に入れないと、親が刑務所送りになるという条件下、親も子も涙を流して別れた。それでも抵抗した親の子供は、病気で病院に入れられ、そのまま寄宿学校へと騙され連れて行かれたと語っていました。寄宿学校に着くと、服を脱がされ、シャワーを浴びさせられ、髪を切られ、つまり先住民としての誇りを剥奪されて、制服を着せられ、先住民の言葉を話すと殴られました。学校内では男女が分けられ、学年が分けられ、お互い口を聞くなと命令され、仲のいい兄妹、姉弟や友人達は引き離されました。そして、それからは暴力と強姦が当たり前の様に繰り返される日々。告解室で強姦を繰り返す神父、個室の掃除当番係を指名し、掃除をさせて強姦する神父。研修と称してお互いの寄宿学校を行き来しては「どの子がいい?」と接待代わりに生徒達に性の相手をさせる牧師達。大部屋に並んだ寝台を見回りながら、その中の生徒達に性行為を強要する修道女や修道士と世話係。 個室へと連れ込む神父や牧師。毎晩聞こえる啜り泣き。今晩は誰が相手に選ばれるのか、怯えながら床に着いた子供達。その苦しみに耐えかねて自殺する子。3時間の授業の後は、掃除や洗濯や畑仕事などをさせられ、でも、その畑で作った農作物は生徒の口に入る事もなく、食事に出るのは少量の傷みかけた粉ミルクやパンやお粥や肉など。虫のわいた豆スープを虫ごと食べさせられ、それに気づいた料理係の生徒が虫を取り始めると、修道女に殴られ、スープを虫ごと火にかけさせられた。”dirty Indian” “stupid Indian”などと罵られ、耳が聞こえなくなる程はりとばされ、コンクリートに突き落とされ、腕全体が腫れる程手のひらを鞭打たれ、2週間以上座れなくなる程お尻を鞭打たれる。そんな中、子供達の間にも暴力が広がり、上級生達に殴られ、虐められ、強姦されるという事態まで引き起こされます。寄宿「学校」と言うけれど、その「学校」で教わったのは学業ではなく、自分を蔑む事、人を憎む事、信用しない事、嘘をつく事、盗む事、暴力を振るう事だった、そうでなければ生き延びられなかった、と、何人かのサバイバー達は証言していました。そして、そんな「学校」から出た後の人生も、先住民としての生き方の指針や先住民の人間関係を失ったまま、自虐と人間不信と憎しみと暴力から逃れる事が出来なかった。その過去から逃れようとアルコールやドラッグにはまり、何度も死のうとした。今だに人と親しくなる事は出来ない、魂を失ったまま、だと訴える人々。”I was a little girl/boy/child!”と、多くの人が叫ぶ様に訴えていました。あんなに小さな子供達が家族の愛情から引き離され、先住民としての誇りをはぎ取られ、恐怖空間に閉じ込められ、人間関係も人間性も壊されたのです。そして「罰」を与えられるのは自分が悪いからだ、自分が先住民である事がいけないのだ、と、全てを背負い、その傷を心の中に封じ込め、壊れた心を抱えて大人になれないまま、自分を責めて生きて来たのです。 

今初めて話す、と、6歳の時に初めて強姦された話を語った屈強そうな男性は、その場で泣き崩れました。おじいちゃん、おばあちゃん、そして私と同年齢の人達が、当時の子供に戻って震え、泣き崩れる、そんな場面に何度も出会いました。多くの人達は、これらの過去を誰にも話す事なく、自分の心に押し込んだまま、胸に抱えて生きて来たのです。そして癒される事のないまま次の世代の子供達が生まれ、暴力を振るったり、アルコールやドラッグに溺れたり、愛するという事を知らない親に、多くの子供達が育てられる結果になりました。サバイバーにはそれらの子供達もインタージェネレーショナルサバイバーとして含まれていて、彼らの体験も語られました。村に生まれる子供を次から次へと寄宿学校へと奪っていく政府。そこで暴力をふるわれ、死んでいった子供達。肉体は生き残っても死んでいった文化と人間性と魂。「体にいい」と薬を飲まされ、弱っていった子供達。妊娠が分かると中身を偽って渡された堕胎薬。病気だと言われて連れて行かれた人体実験病院。それらの中を生き延びても、そのトラウマは次世代へと引き継がれていく。。。寄宿学校を含めたカナダの先住民政策は、正真正銘の民族撲滅ジェノサイドでした。このTruth and Reconciliation Eventの4日間は、サバイバーひとりひとりから、こういう話が語られた続けた時間でした。個室の中で、そして、黙って聞いてくれるサークルの人達の前で、そんな中を生き抜いてきたサバイバー達は、それぞれ真摯に、自分の人生を語り続けました。 

教会と向き合おうとしたサバイバー達は、Church Listening に参加し、そこで教会の牧師や修道女などに自分の体験を語り、謝罪を受けました。個室で聖職者と向き合った人達もいましたし、Circleで教会関係者と共に輪の中に座って寄宿学校について語り、その後ろに座った私達と、体験を分かち合ってくれた人達もいました。そこでの聖職者達は、サバイバー達に、寄宿学校での悲惨な経験と共に、”I hate you!” “You destroyed my life!”という感情を何度もぶつけられ、うなだれていました。彼らは事前に、本で読んだり話に聞いたりしていた寄宿学校の運営そのものの暴力と、聖職者達が個人的に毎日の様にふるっていた暴力に驚愕し、その事を深く悔いていたのでしょう。そして、謝罪と共に、教会は変わっていきます、と伝えようと、ここにやって来たのでしょう。多分謝罪内容も事前に準備して。それでも、実際に「寄宿学校体験」を生きて来たサバイバーの前に、そんな言葉は虚しかった。。。19日のlisteningの最後に、謝罪の証として、教会員有志が祈りをこめて編んだというショールが贈られました。が、サバイバー達の立場を理解しているとは全く思えない教会側の謝罪の後に贈られたショールは、当然の様に何人かに突き返され、受け取った他のサバイバー達も割り切れない様子でした。 

それでも、そうしてサバイバー達から直接、怒りと悲しみと苦しみをぶつけられる事を通して、聖職者達は変わっていきました。私は19日、20日、そして最終日21日とChurches Listening Circleに出席しましたが、その中で、教会の人達がどんどん変わっていく様子に驚きました。サークルの進め方も日ごとに変わり、教会が最後に謝罪してキリスト教による癒しを説くのではなく、聖職者もサバイバーも同じ立場でサークルに参加して順々に自分の思いを語り、先住民の聖職者達にも参加してもらって接点を探り、最後には先住民のヒーラー達の語りと、先住民の祈りで終わる、という形になり、最終日にはショールも気持ちよく受け取ってもらえる様になっていました。聖職者達は、共に座って耳を傾ける事を通して、サバイバー達の苦しみを感じ取り、彼らの怒りと悲しみを浴び、感情を揺さぶられ、寄宿学校とは何だったのか、サバイバー達が訴えようとしているものは何なのか、を、ひとりの人間として真剣に問い、考え、変わっていったのでしょう。彼らは、教会の代弁者としてではなく、その教会に深く関わるひとりの人として、寄宿学校に誠実に向き合う姿勢を学んだのです。それと共に、サバイバー達の方も、和解の入り口に立てた様に感じられました。和解Reconciliationというものは、歴史的事実を確認して為されるものではなく、人間同士がこうして出会い、被害者がその苦しみを怒りや悲しみとして加害者にぶつけ、加害者がそうしてぶつけられた感情を通して過去を知り、被害者に共感して初めて成り立つ、衝突と人間を媒介にしてしか成り立たないものなのだ、と、その場所で私は気づきました。衝突の中で感情を揺さぶられ、人間として共感して、自分の問題として過去の暴力をとらえ、自分自身がその暴力を取り除く責任を背負い、その方法を探っていく事なのだ、と。謝ろうとしても、その態度に反発され、助けようとしても拒絶され、そんな中、失敗を繰り返しながら、それならどうすればいいのか考え続け、何度でもやり直しては非難を浴び、その過程で一体何が必要とされているのかお互いが考え、理解を深め、人間関係を取り戻していく、それが和解というものなのではないか、と。 

後ろでずっと見守っていた私達も、ただそこにいるだけで変わっていきました。私自身も毎日、サバイバーの傍にいて、サバイバーの真実に触れ、自分の生き方や考え方が大きく揺り動かされていきました。彼らの苦しみに触れ、それを耐え抜いて生きて来た彼らの強さから力を受け取り、その苦しみを少し担える所まで少しずつ成長していきました。「ただ傍にいて耳を傾ける」というそれだけで、サバイバー達が「証言」という大仕事をやり遂げる支えになっているという事が実感されましたし、サバイバー達が、そんな大作業を果敢にやり遂げていく姿に感動し、苦しみと闘いを「共に担う」力をもらいました。Truth and Reconciliation Eventに絡む政治的な要素とは無関係に、そしてカナダ側のReconciliationアジェンダとは無関係に、先住民の人達は、毎朝の祈りから「証言」に向かい、その一日を、聖なる火と清めの煙、ドラムや歌を含めた祈りでお互いを支え、大いなる魂に導かれ、先祖に守られて、真実を訴える、というTruth Tellingをやり遂げました。そして、私自身、傍に寄り添う事以外何もしませんでしたが、それが、彼らのTruth Tellingをしっかり支え、そのメッセージを受け取ったのです。そういう意味で「真実」は、語る人と聞く人の共同作業でした。 

愛と赦しと癒しを説く聖職者と、教会やカナダの不当な暴力に怒りをぶつけるサバイバー達の溝を見ながら、それならどうすればいいのだろう、と私は考えていました。確かに加害者を赦さなければ、サバイバー達には、癒しも心の平安もやって来ません。でも、赦してしまえば、教会もカナダも自分たちの非道に気づく事はなく、今も続く支配と弾圧と暴力から、先住民達は逃れる事は出来ない。だからこそ、サバイバー達がこれまでずっと自分たちだけで担って来た責任の荷を、私達が少しでも引き受け、それらの支配と弾圧と暴力に対してしっかりと抵抗していかなければならないと思いました。これは先住民のためという以上に、私自身が支配や暴力や略奪に満ちた所で生きていくのがつらいからです。西洋の植民地文明に壊されてしまったのは先住民の暮らしだけではありません。今でも暴力的に略奪した資源開発で、環境を破壊し付近の人々の日常を破壊しながら経済を成り立たせているカナダは、その過程で人の暮らしに暴力を持ち込み、人間関係を断ち切っていったのだと思いますし、弱者を踏みつけにした搾取構造の中で暮らす私自身は、幸せではありません。カナダの殺伐とした人間関係、特に若い人達が、人間としての価値観を育てられる事のないまま、お金で買う幸せを求め、それが人から奪い人を傷つけるものだと気づかないまま自己中心的に育っていく様子には絶望的になります。そんな中、自然の声を聞き、その中での自分の役割を見いだす祈りと共にある日々、家族や親戚や友人達とのあたたかい人間関係、7世代先の幸せのために選ぶ人生、など、先住民文化をこの地に取り戻す事が出来れば、私達自身も子供達も、その次の世代も、もう少し幸せになれるのではないか、と思うのです。今のカナダ社会を先住民への暴力から解放する事は、カナダ社会全体を暴力から解放する事につながり、先住民文化が豊かに蘇る事は、彼らの地で暮らす私自身の暮らしが豊かになる事につながる。だから私は自分達の幸せのためにも、サバイバー達が闘って来た国家や文明の暴力と闘いたいし、サバイバー達と共に暴力から自分や社会を解放して癒されたいのです。こうして私自身は、Truth and Reconciliation Eventを通して、サバイバー達の真実に振れ、寄宿学校と自分との関わりと、その中での自分の役割を見いだしました。 

この4日間で、400人以上のサバイバー達が「証言」をやり遂げたそうです。家族や親戚や友人達に、そして先住民コミュニティに支えられ、そして私達の様に後ろでじっと聞いていた人達に支えられ、サバイバー達の大仕事は終わりました。それまで閉ざされていた心が開かれ、真実が語られ、聞かれたのです。 

そうして終わった4日間の明くる日のReconciliation Walkは雨。イベント中はずっと晴れていたのに、最終日の早朝に少し雨が降り、またやんで、その明くる日は本当の雨降り。私にはそれが、亡くなった元寄宿学校生達の涙の様に感じられました。 

何人ものサバイバー達は、寄宿学校以後「泣いた事がない」と語っていました。あの辛い日々を乗り切るのには、感情に蓋をするしかなかった、と。過去を胸に封じ込め、感情のない人間として生きてきた、と。その過去がやっと、こうして胸から流れ出し、私達の胸へと流れ込み、亡くなってしまった元寄宿学校生達が安心して、サバイバー達と共に、さめざめと泣く事が出来る様になった気がしました。 

Reconciliation Walkの雨は、清めの雨、とスクオミッシュのチーフは語っていました。全てを洗い流し、命を潤す恵みの雨の中を歩きながら、私は思っていました。思い切り泣いて下さい。そして悲しみや苦しみを洗い流し、心の平安を取り戻してください、私達が、あなたの悲しみや苦しみや闘いを少しずつ担いますから、と。この5日間は、私にとっても本当に大きな心の旅でした。 

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まさき・ひさこ 1963年生。京都に育つ。高校卒業後、ブリティッシュコロンビア大学に留学、以後、バンクーバー在住。2008年にunclassified student として復学、先住民研究の基礎と政治理論を学ぶ。4女の母。

 

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