2月25日の、「安倍元首相の国葬を許さない会」主催で古賀茂明さんの講演会がありました。最後に私が「中国と断絶したまま孤立する日本でいいのか」というテーマで20分発言させていただきましたのでその発言内容をここにアップします。2月28日、米国・イスラエルがとうとうイランに戦争を仕掛けました。この戦争は「核問題」などと何の関係もない政権転覆のための侵略戦争です。大量破壊兵器の嘘を使って正当化したイラク戦争と同じことをまたやっている。米イスラエルはパレスチナ人に対するのと同様、イラン人を人間とも思わぬかのように学校を爆撃、子どもたちを殺しました。この日の発言でも訴えましたが、このようなテロ国家米国と「同盟国」でいいのかという問いを強調したいと思います。
中国と断絶したまま孤立する日本でいいのか
乗松聡子
憲法9条は謝罪
こんにちは、乗松聡子です。安倍元首相の国葬を許さない会からのお招きを感謝しております。私は留学をきっかけに通算30年カナダに住んでいます。
2000年代初頭、しばらく離れていた日本で、憲法を改変して戦争ができる国になろうという動きが加速していることを知り、2005年、バンクーバー9条の会の創立に加わりました。設立記念講演として、地元のブリティッシュコロンビア大学で教えていたこともある加藤周一さんに話していただきました。加藤さんは、「(太平洋に面している)バンクーバーは西洋と東洋が出会う場所」なので平和のための活動にふさわしい場所だと言っていたことが印象に残っています。
9条の会の活動として、ジャン・ユンカーマン監督の「映画 日本国憲法」をカナダ各地で上映しました。映画に登場した人のうち、チャルマーズ・ジョンソン氏は元CIAの保守派でしたが、当時の大田昌秀知事の招きで沖縄に行き、米軍基地の被害を目の当たりにして以来、一貫した帝国批判を行った人でした。
ジョンソン氏は映画の中で、憲法9条そのものが、日本が侵略したアジア諸国に対する「謝罪」という意味を持つと言っていました。 同時に、「9条の放棄はこの謝罪の放棄を意味する」とも言っていました。
立命館大学の君島東彦教授も、「6面体としての9条」という理論において、9条2項は、第二次世界大戦における枢軸国でアジア太平洋全域を侵略・支配した日本に対する「懲罰的意味」が含まれていると論じています。
2月8日の選挙の直後、高市首相が自衛隊を明記する憲法改正に意欲を示したとの報道に対し中国国防部の蔣斌(しょう・ひん)報道官が「日本は軍国主義という誤った道を再び歩もうとしている」と批判したというニュースをみました。
私は、いかに正論とはいえ他国の憲法に立ち入るのはどうかという印象も持ったのですが、この、謝罪として、懲罰としての9条の意味を思いだし、あらためて、侵略戦争の反省の上に持つことになった憲法9条は日本だけのものではなく、中国などの被害国もステークホルダーなのだと認識しました。
高市首相は「台湾発言」を撤回せず開き直る
もちろんこのような懸念は、高市首相が昨年11月7日、いわゆる「台湾有事」が、安保法制における集団自衛権の行使を可能とする「存立危機事態」になり得るという国会答弁を行って以来撤回もしていないという状況だからこそ発信されたものでしょう。
高市首相は中国の激しい反発と批判、渡航自粛や日本海産物の輸入停止、軍民両用品の輸出規制強化などを受けても断固撤回を拒み、今に至ります。
それどころか1月23日の衆議院解散後、選挙公示の前日である26日に各党党首と出演したテレビ番組で、「台湾有事」の際日米両国が現地に滞在する日本人や米国人の救出作戦を行うと指摘し、「(日本と)共同で行動をとっている米軍が攻撃を受けたとき、日本が何にもせずに逃げ帰ると日米同盟は潰れる」とまで語りました。選挙前の大事な時期にこのような開き直りまでやってのけたのです。
おそらく、高市首相はこれが選挙にプラスになりこそはすれマイナスにはならないとわかっていたのでしょう。2010年ごろ、当時のオバマ政権が「アジアに基軸を転換する」として、経済力と軍事力を強める中国に照準を当て、米国の属国である日本は棚上げしていた尖閣諸島問題を顕在化させ、いわゆる自衛隊の「南西シフト」、つまり鹿児島から沖縄、台湾に至るまでの列島の軍事要塞化の加速がはじまりました。これと同時に、日本政府やメディアは中国に対するネガティブキャンペーンを大々的に展開してきました。
世論調査によると、日本人の中国に対する意識は2000年代半ばぐらいまでは比較的良好だったのに、2010年代になってからは8割台から9割台が良くない印象を持っているという「好意の欠如の高止まり状態」が続いています。日本人の8割から9割は中国人の知り合いもいないという調査もあることから、日本人の大半は交流したこともない相手の国を嫌っているということになります。メディアの影響でしょう。
「戦争は人の心の中で生まれる」とユネスコ憲章は言っていますが、いま、日本の大衆の心の中では中国に対する戦争の準備がかなり出来上がってしまっているような気がします。高市首相は対中国強硬姿勢を取ることによって自分の人気が落ちるどころかかえって上がることがわかっていたのでしょう。2月8日の選挙の結果がそれを如実に物語りました。
私は高市氏の「台湾発言」以来、中国各地の友人や北米の中国出身の友人たちと会話を重ねてきました。中には中国政府に批判的な友人もいますが、その人でさえ、こと高市首相が台湾への介入を示唆したことについては、「14億の中国人は決して許さない」というのは誇張ではないと言っていました。
高市首相の「台湾発言」にお墨付きを与えてしまった選挙
実際のところ、対中強硬姿勢は高市首相が始めたことではないですし、日本が主導権を取ってきたとも言えません。「27年までに台湾有事が起こる」といった言説を広めてきたのも、21年のデービッドソン・インド太平洋司令官をはじめとする米軍、米政府や情報機関の高官たちです。日本は米国の中国敵視政策の中に組み込まれているのです。それは同じく地域の米国の属国である韓国、フィリピン、オーストラリアなども同様です。
米国政府が昨年11月末に発表した国家安全保障戦略、それに沿って国防省が1月に発表した国家防衛戦略においても米国は「集団的防衛の負担の共有」による「中国の抑止」を求めており、高市氏の強硬姿勢もトランプ政権の戦略に沿った行動と言えます。中国にそれが見えていないはずはありません。
ここからは私の見解ですが、中国は、意図的にこれが高市首相個人の問題である、つまり、高市首相さえ「台湾」発言を撤回するか、あるいは退陣することによって区切りをつけようとしているように見えます。その目的は日本の背後にいる米国とは全面的な対立を避けたい、また、日中関係に打開策をオファーするため、という目的があるような気がします。
私は、日本の有権者としては、いわゆる戦略的投票ということはしたことがなかったですが、今回ばかりは、日中関係のために高市政権を倒す可能性のある野党第一党に投票しようと思い、鼻をつまんで中道に投票しました。高市を退陣させるか、それが無理でも議席数を失わせることで責任を取らざるを得ない状況に持ち込む淡い期待がありました。
結果は惨敗でした。日本政治の右傾化が言われて久しいですが、左派の政党が選挙のたびに弱体化しており、今回の選挙でもう風前の灯になったような政党もあります。私は自分の戦略的投票によって、加速する左派政党の衰退の一端を担ってしまいました。
高市自民党の大勝によって、日本市民は高市氏の「台湾」発言に事実上のお墨付きを与えてしまいました。選挙期間中、日中関係を軽視していたように見えたメディアの責任も大きいと思いますが、先述したような日本に定着してしまっているかに見える嫌中感情も大きく貢献したと思います。中国の友人たちには、非常戒厳令を発した尹錫悦大統領を罷免に追い込んだ韓国市民のように、善良な日本市民も高市首相を退陣させるに違いないと、期待していました。いまその友人たちに顔向けもできません。
やられた国の立場に立って考える
私はこのような発言で、中国寄りだとか、日本人じゃないとか、言われるときがありますが、戦争を止めるには、戦争を防ぐには、相手の立場を理解することは最低限求められることです。ましてや、日本が侵略戦争や植民地支配で痛めつけ、まだその傷跡が残っている国々と接するときには、特に意識して、やられた側の立場に立つことが大事と思います。
昨年「戦後80年」と言われた節目に、どれだけの日本人が、大日本帝国から侵略された国や人々の立場に立って戦争を振り返ったでしょうか。大日本帝国の対中国侵略戦争は、1874年の台湾侵攻までさかのぼる必要があります。これは明治政府が琉球王国を清国との繋がりを断たせ、強制併合していく中で起きたことでした。1894―5年の日清戦争で、日本は台湾を中国から奪いました。中国の人々にとって「台湾」は日本の侵略戦争、軍国主義の象徴なのです。
中国侵略戦争が、日本人がいういわゆる「15年戦争」よりずっと前に始まっていたことは私は自分の家族の系譜からもわかっています。私の祖父は、1896年に中国にわたり、1927年日本に戻るまでの30年間、漢口の日本人入植地に住み、新聞というメディアを使って中国の世論を操作するプロパガンダ作戦に参加していました。日本のスパイだったのです。
わたしは過去2年間に5回中国に行きました。上海、南京、新疆ウイグル自治区の各地、香港、瀋陽、撫順、北票、阜新、成都、重慶、常徳、廠窖(しょうこう)、長沙、武漢などです。各地で経済やインフラの目覚ましい発展、そして多文化共生社会に圧倒された旅でしたが、同時に、日本の侵略戦争の爪痕を目の当たりにしました。南京大虐殺はよく知られていますが、旅をすると、地名さえ知らなかった多くの場所で強制連行があり、南京大虐殺と同様の虐殺、性暴力、略奪行為を行っていたことがわかります。行けば行くほど、自分の知っていたことは氷山の一角だったということに気づかされ恥ずかしくなります。
みなさんは、自分の母が、娘が、強姦された上で残忍な方法で殺されたら、許すのに何年かかるでしょうか。私だったら、永久に許すことはできません。許されるはずもない罪を数限りなく犯した日本を、中国は、敢えて日本の軍国主義と人民を分けて考え、賠償を求めることもなく許したのです。しかしそれは、二度と台湾に介入しないという約束をすることによってこそ可能になったのです。
だからこそ日本の政治家が台湾への介入を語るということは即、日本の軍国主義と侵略戦争の再来ということになるのです。それも現役の首相が国会の場で行った。この重大さを日本人はわからず、日本のメディアもこれを軽視して、中国以外と付き合えばいいんだ、みたいな論調ばかりです。それで高市自民党の選挙による大勝ちを招きました。
あらためて、日本は、1972年の日中共同声明の「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」という中国の立場を理解し尊重するという約束と、その後、1978年の日中友好平和条約、1998年の日中共同宣言、2008年の日中共同声明という日中関係4文書で繰り返し約束した「一つの中国」の尊重を、中国に再確認すべきです。高市氏がこれを行う可能性はいまや大変薄いですが、誰かがやらないと日本は中国の信頼を永遠に失います。高市氏は、「対話の扉は開かれている」などと聞こえのいいことを言って、中国側が対話を拒んでいるかのような演出をしていますが、相手の足を踏みつけながらその足をどかさずに「対話しよう」などという言葉を誰が信じられるでしょうか。
戦争と制裁で帝国を維持する米国に隷属したままでいいのか
高市首相が1月26日、「台湾で米軍が攻撃されて日本が何もしなければ日米同盟がつぶれる」と言ったのは語るに落ちるというか、本音が出たのだと思います。高市氏にとっては市民の命よりも、また、日中関係よりも、日米軍事同盟とそれで潤う軍需産業が大事なのです。
西側諸国の中国脅威視も日本と大差ありませんが、それでも世界最大級の経済大国と関係を遮断してその国のためになるはずはありません。昨年末から今年にかけて、フランス、英国、ドイツ、カナダ、韓国、など西側諸国の首脳も北京を訪問しています。米国さえいてくれればいいと思っている高市首相だけが完全に中国と遮断しているのです。
いま一度言いたいです。日本は米国に隷属したままでいいのかと。米国が敵視する中国、ロシア、朝鮮など隣国を右へ倣え、で敵視して、孤立したままでいいのかと。トランプのベネズエラ、イラン、キューバなどに対する内政干渉と威嚇を見て、米国の帝国主義が復活したなどという人もいますが、米国は建国以来「帝国」でなかったことなどありません。米国議会調査局によると米国は建国後、約500回にわたり他国への武力介入をしており、そのうちの半数はなんと冷戦終了後にやっています。
第二次大戦後、米国は37の国々で2千万人を殺したというレポートもあります。ガザと西岸地区のパレスチナ人殺戮も続いています。いわずもがな、海外に800とも1000ともいう軍事基地を展開しています。こんな国はどこにもありません。きょう(2月25日)ここに来る間、トランプ大統領の一般教書演説を聞きました。イランに核兵器を持たせないために戦争をやろうとしています。イランは核兵器を持つ計画はありません。これは「大量破壊兵器」の嘘でイラクを侵略したイラク戦争と同じです。20年以上たってまた同じことをやっている。議会もそれを止めようとしません。
日本は、1945年の敗戦後、事実上の植民地である沖縄を米国に差し出し、アジア最大の米軍ホスト国となりました。横須賀や佐世保、岩国の海軍施設、横田飛行場、嘉手納飛行場などは、旧日本軍の基地が米軍に受け継がれた基地です。日本は、敗戦後「平和」どころか、米帝国の一部となって、度重なる侵略戦争に加担してきました。もはや「戦後」という言葉などなんの意味もないかのようにも思えてきます。
そしてもう一つの、見えにくい戦争があります。制裁です。米国と西側諸国は40か国、世界の3分の1の人口に対し経済制裁を行っています。医学誌「ランセット」の2025年の報告書では、1971年から2021年までの50年間米国やEU諸国による制裁で年間約56万人が死んでおり、それは戦争による死者数と同等であるという報告が出ました。そのうち半数は子どもです。制裁は、脆弱な人口ー女性、子ども、高齢者、障がい者、病人を直撃します。日本も米国に同調して制裁を行う側にあります。私たちはいまこうやって話している間にも世界中で人殺しをしているのです。
日本よ アジアに戻ろう
昨年6月、トランプ関税で世界が動揺していたときに上海にいました。上海の研究者の友人は私にこう言いました。「これで日本もアジアに戻ってくるのではないか」と。いわゆる同盟国にさえ容赦ない関税を加えてカナダの併合まで言い出すトランプ政権を見限って、明治以来「脱亜入欧」状態だった日本がアジアに戻り、「アジアのことはアジアで決める」、自己決定権を取り戻すのではないかという意味でした。しかし日本は直近の選挙結果からも、米国一辺倒の道を選び続けているように見えます。
私の住むカナダはいま米国と距離を置き貿易相手国を多様化する方向性で進んでいます。カナダ人も8割かそれ以上が米国との関係に懸念を抱いているという数字も出ています。カーニー首相は先のダボス会議で西側諸国が標ぼうしてきた「ルールにもとづく国際秩序」がもう機能しなくなったと発言し世界中の注目を浴びました。米国はいまキューバに石油供給を遮断して人道危機が起こっていますが、カナダが支援を名乗り出ています。カナダのこのような傾向はトランプ政権が終わったらまた変わるのではないかとも予想しますが、注視すべき動きです。
米国ときたら旧態依然としたままです。先のミュンヘン安全保障会議で、米国のマルコ・ルビオ国務長官は西側帝国主義の維持を訴えました。5世紀の間、西側諸国は拡張を続け、巨大な帝国を築き上げたが、「神なき共産革命」と「反植民地的蜂起行動」によって今はコロンブス時代以来初めて縮小していると。だからこそ米国と欧州諸国は手を取り合って、この高貴な文明を継承していこうと言っていたのです。耳をうたがいました。
世界ではBRICS諸国に代表されるグローバルサウス、いまやグローバルマジョリティである勢力が、自分たちを5世紀にわたり苦しめてきた西側帝国主義をもう許さないと結束しています。これは虐げられてきた国々が主権と自己決定権を求める当然の脱植民地の動きです。この時代において、ルビオはよくここまで言えたものだと思いました。それも会場でスタンディングオベーションを受けました。米国と欧州の、一握りの白人金持ち国による世界支配への執着は並々ならぬものです。
1924年、孫文が神戸で行った「大アジア主義演説」を思い起こします。孫文は、「日本はすでに西洋の物質文明の力を得たが同時に東洋固有の道徳文明も持っている。今後、日本は西洋の覇道の「鷹犬(手先)」となるのか、それとも東洋王道の「干城(守り手)」となるのか。それは日本国民が慎重に考えるべき問題である」と言いました。
この後、大日本帝国は独自の「覇道」を加速させ、アジア太平洋全域を侵略、支配した末1945年に崩壊しました。その後まさしく西洋の覇道の手先となって今にいたります。このままでいいのでしょうか。いいわけはありません。日本は日本が本来存在するアジアに戻るべきです。そのためには米国の傀儡政権を倒さないといけません。現在のところ希望は薄いですが、中国をはじめ、非西側世界、グローバルマジョリティの世界と市民レベルで繋がっていくことは一つの希望への道ではないかと思っています。
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