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Monday, April 21, 2008

核燃料再処理工場の建設をめぐる2本のドキュメンタリー映画を観て。

                     Peace Journalist 菊野由美子


   「ここに建てられなければ、どこにも建てられない!」という法務大臣の言葉に、ドイツでも保守色の濃いバイエルン州ヴァッカースドルフの人々は、「私たちは何でも言うことを聞くバカだと思われている!」と激怒し、立ち上がった。
1985年に核燃料再処理工場の建設地に決まったドイツ南部の小さな村で繰り広げられた住民の反対運動を記録したドキュメンタリー映画「核分裂過程」(1987年ドイツ)が、4月19日、東京代官山のBAR 60’Sで「再処理工場を知る会」主催で上映された。このドキュメンタリーは、美しい映像、斬新なカメラ割りや音楽を見方につけ、核エネルギーの危険性を訴えることはもちろん、民主主義や報道のありかたに大きな疑問を投げかける作品に仕上がっている。

再処理工場というのは、原発で出される使用済み核廃棄物が集められ、化学処理されプルトニウムが生産される場所だ。ここでは電気エネルギーは生み出されない。プルトニウムだけが“製品”である。再処理工場では1日で原発1年分の放射能を出し、それを大気中や海へ放出している。さらにプルトニウムは原爆の材料である。

ヴァッカースドルフの住民は、命の森、風、水を守るべく、様々な抗議活動を行い、ドイツ中から、または近辺諸国からも支援者をひきつけ、数万人規模のデモや集会を行ない、1989年に建設中止を勝ち取った。その過程の苦悩は計り知れないが、インタビューに答えるすべての人々は、「おかしいと思ったことを意見し、やるべきことをやった。」という達成感に溢れていた。伐採作業が始まった森では、小屋やテントからなる「丸木小屋村」を作り、警察に撤去されても作り続けた。最終的に木が伐採され、鉄柵が張り巡らされた場所に集まる。そこへ警察や機動隊が送り込まれ、ガス弾や催涙剤入りの水が集会者に向けて放水される。デモを禁止する法律まで決められたが、毎週日曜日には、「デモ」ではなく「散歩」として建設予定地を歩いた。そして「集会」ではなく「ミサ」として集まり続けた。
住民の一人は言う、「暴力は望まない。しかし引き下がらない。」


そんな彼らをマスコミや政治家は共産主義者や無政府主義者の「ゲリラ」や「過激派」と呼ぶ。
住民の多くは、今まで政治に口を挟んだりしたこともなく、穏やかな生活をしていた人ばかりで、抗議活動を行うような人は自分の利益以外は何でも反対する輩だ、と冷めてみていた人々だ。だが、その彼らが変わった。ある女性教師は言う、「始めは見ていたけど、女性が機動隊に髪を引っ張られているのを見ていられなくなった。スピーチするのも怖かったが、地元の人が出なければならないと思った。」年配の男性が言う、「政治家は自分たちの都合のいい法律をつくる。選挙で58%の指示を得ているからいいのだと言う。これでは独裁民主制でナチのころを思い出させる。


  さらにこの再処理建設問題は、今まで仲良く付き合ってきた地域住民の絆さえ、反対と賛成に意見が分かれることでギスギスした状態になった。家族でも意見が分かれ、暗い影を落とす。
機動隊とデモとの激しい攻防戦の映像と一緒に、「・・・君たちには何もしていないじゃないか。仲良くやっていけるはずなのに・・・」と歌が流れる。


  この映画で個人的に心を閉ざしたくなるほど衝撃を受けた場面がある。それは緑豊かな森の木々が伐採される様子である。大きな木々が、まるで親指と人差し指で「ポキッ」と折られるような、しなやかで不気味な動きをする重機に3秒ほどで切断され、それを別の機械が2秒ほどですべての枝を剃り落としていく。伐採された場所は、切り残された幹がまるで墓標のように立ち並んでいた。木々たちの声にならない悲鳴が聞こえてくるようだった。でも、木々の悲鳴を受け取る責任が私にあるのだと思い、気を持ち直した。


  今ドイツでは、「脱原子力法」が定められ、新しい原発建設は禁止され、現在の19基は、2020年までに停止することになっている。私は質疑応答のときに質問した。「2020年に停止される原発で働いている人達の再就職は保障されているのか?」答えは、「CO2を排出しない新しいエネルギー産業を開発中で、そこで新しい雇用が考えられる。また、停止した原発の解体工事の雇用などがある。」ということだった。




  2本目は、「第八の戒律」というタイトルだ。モーゼの十戒の八番目にある「偽りの表現をしてはならない。」を意味する。この映画は、ヴァッカースドルフでの建設は阻止したが、その核廃棄物はフランスのラアーグで再処理することになった続編である。



フランスやイギリスでは、欧州各国や日本からの核廃棄物が大量に送り込まれ、40年以上にわたって放射能が海へ、大気中へ垂れ流しされている。タイトルに意味されるように、政治家や核開発企業の発言のあいまいさや矛盾点がするどく指摘されている。工場主は、英仏海峡ではプルトニウムは検出されていないと主張するが、海洋研究所の調査ではプルトニウムは検出され、その近辺でのガン発生が激増している。住民が、「人間のやることに100%はないから、反対しているのだ。」と言うと、「その最終リスクを最小限にするために、巨額な資金をつぎ込んで対策するのだ。」と反論する。また、「原子力開発を進めないことは、経済や社会を麻痺させてしまうことになる。」と政治家が声を荒げる。しかし、チェルノブイリの原発事故で、住民は買い置きの穀物や冷凍食品やチーズなどしか口に入れられず、外出もできなく、まさに町がゴーストタウンと化したのだ。


  なぜ、彼らはこのような矛盾を生んでも核開発にしがみつくのか、ほんとうの原子力開発の目的は何なのか?そんなことを考えずにいられない。そして今、青森県六ヶ所村の再処理工場問題に日本人はどう向き合うべきなのか。日本の問題、いや、世界の問題と受け止めて「意思表示」し、「行動」しなければならない。

「核分裂過程」の自主上映に興味のある方は、http://www.bekkoame.ne.jp/ha/kook/index.html
(「核分裂過程」の上映を実現させる会)へアクセスしてください。

3 comments:

  1. 由美子さん記事をありがとう。知らなかったことも多く大変ためになりました。市民たちの勇気ある行動のおかげで再処理工場建設を止めることができたヴァッカースドルフのケースは私たちに勇気を与えてくれると共に、六ヶ所村のことは地元の人の問題だけではなく私たち一人一人の問題なのだということを心から実感しました。さっそく行動に移そうと思います。バンクーバーで六ヶ所村のことを広めます。由美子さん本当にありがとう。

    聡子

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  2. ひとつ、質問ですが、
    > > 再処理工場では1日で原発1年分の放射能を出し、それを大気中や海へ放出している。さらにプルトニウムは原爆の材料である。> > >
    この部分はびっくりしましたが、これは基準にかなう放射能の量なのでしょうか。> この原発一年分の放射能が全部毎日大気中や海に放出されているということなのでしょうか。

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  3. 由美子2:04 pm

    ドキュメント映画や、購入した資料からだと、放出している放射能は「ごく微量」と政府も原発会社も言っています。
    このあいまいな発言から、「基準」というもの自体がないように思われます。
    映画の中でも、「放射能は自然界にもあるものだから、少々原発から放出してもそれは影響ない」とか、
    住民がなぜ垂れ流しするのか?と原発会社につめよっても、「政府が許可しているから」という答えだけなのです。

    私は今回初めて知ったのですが、原発から出る放射能は、事故の時だけだと思っていたのですが、
    日常の運転からも毎日”微量”の放射能を大気中に、海に放出しているようです。

    なので、「再処理工場では、通常に稼動しているだけでも、1日で、原発の通常運転時に放出している放射能量の1年分が
    垂れ流しされるほど、再処理工場での放射能生産量が高い」のだそうです。

    答えになりましたでしょうか?

    由美子

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