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Tuesday, June 19, 2012

絶対に許してはいけない:政府はSPEEDI予測を隠し、陰で活用し、結果をまた隠し、住民を放射線にさらした。

(7月3日追記。2日の共同の報道「拡散予測330枚未公表 原子力機構『内部検討用』」によると、WSPEEDIの予測図330枚が未公表のままになっていたと日本原子力研究開発機構が発表したということだが、当ブログ史上最多の10万強のアクセスがあった下記投稿に、この報道で隠されている真実の一端がある。NHKは4月初めにWSPEEDIを入手していた。情報隠ぺいがあったとしたらメディアも共犯であったことは確かである。

もう一度必見。Peace Philosophy Centre 2011年5月16日投稿:
 4月中旬、NHKに一瞬映った 「WSPEEDI」 3月15日被ばく予測マップ→5月18日NHKから返信、4月4日のニュースと確認 )

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6月18日、このような報道が流れた(共同)。
米国の放射線情報、避難に使わず 政府が福島原発事故直後
http://www.47news.jp/CN/201206/CN2012061801002364.html
 東京電力福島第1原発事故直後、米軍機を使って測定した原発周辺の放射線分布地図を米国側から提供されたにもかかわらず、日本政府はこの地図を公表せず住民の避難に生かしていなかったことが18日、分かった。/ 放射線分布地図は米エネルギー省が軍用機で原発の半径45キロ圏を昨年3月17~19日にかけ測定。第1原発の北西方向約25キロにわたり、放射線量が1時間当たり125マイクロシーベルト以上の地域が広がっていることが確認された。8時間で一般の人の年間被ばく線量限度に達する高い数値。/ 米国は測定結果を昨年3月23日(日本時間)に公表した。
米エネ省が3月22日から航空モニタリング検査発表をしていたのはネット世界では多くが知っていた。23日に政府が限定的なSPEEDIを発表しはじめたのもUSが発表したから仕方なくしたのだろうと思っていた。今になってなんだ、と思う。(米国エネルギー省ウェブサイト「福島地域からの放射線モニタリングデータ」
http://energy.gov/articles/us-department-energy-releases-radiation-monitoring-data-fukushima

日本はSPEEDI情報を日本市民よりも先に文科省が外務省を通じて米軍に提供していたという報告を思い出してほしい。
拡散予測、米軍に提供 事故直後に文科省(共同)
http://www.47news.jp/CN/201201/CN2012011601002390.html
東京電力福島第1原発事故直後の昨年3月14日、放射性物質の拡散状況を予測する緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)による試算結果を、文部科学省が外務省を通じて米軍に提供していたことが16日、分かった。  SPEEDIを運用する原子力安全委員会が拡散の試算結果を公表したのは3月23日。公表の遅れによって住民避難に生かせず、無用な被ばくを招いたと批判されているが、事故後の早い段階で米軍や米政府には試算内容が伝わっていた。
 そのときの当サイトの投稿。

「日本政府は米軍の安全を日本市民の安全より優先させた」 http://peacephilosophy.blogspot.ca/2012/01/tomodachi-information-control-operation.html

徹底的に記録する。こういうのもあった(東京)。
SPEEDI 住民に公表前、測定活用 浪江の高線量地把握 2012年6月12日 朝刊  
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012061202000090.html
福島第一原発事故が発生した四日後の昨年三月十五日、文部科学省が緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)による予測結果を基に、原発の北西約二十キロの福島県浪江町に職員を派遣し、実際に高い放射線量を測定していたことが十一日、分かった。  SPEEDIによる放射性物質の拡散予測が事故後初めて公表されたのは昨年三月二十三日で、住民避難に役立てられなかった予測を、政府は公表前から活用していたことになる。  政府の住民軽視の姿勢があらためて浮き彫りになった。  文科省によると、同十五日夕に福島県入りした同省職員から測定地点の指示を求められ、文科省はSPEEDIの試算結果を基に場所を指定。同日午後九時前、毎時三三〇マイクロシーベルトと高い数値を実際に測定し、翌十六日未明に公表した。  同省は原発から一ベクレルが放出したと仮定し、風向きなどの気象条件から、どの方角に放射性物質が拡散しているか把握する試算を同十一日夕に開始。同十五日は、原発から南向きに流れていた風が昼ごろから夕方にかけて時計回りに回転し、北西向きに変化していたことが判明しており、この予測を基に職員に測定地点を指示したという。

上記を踏まえた上でこの呆れる平野文相の発言を読んでほしい。(時事)。
「反省すべきは反省」=米放射線測定データ未活用-文科相  
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012061900247
東京電力福島第1原発事故の直後に、米国が実施した航空機モニタリング(放射線測定)のデータを、提供を受けた文部科学省と経済産業省原子力安全・保安院が住民避難などに活用しなかった問題について、平野博文文科相は19日の閣議後会見で、「政府という観点で活用していなかったのは大変残念。反省すべきは反省すべきだという認識だ」と述べた。(2012/06/19-10:21)

要するに、順番が逆。米国情報を日本政府が市民に知らせなかった​のではなく、日本政府が最初から市民に知らせないつもりでSPE​EDI情報を米国にだけ渡して調べさせたのである。文科省はSP​EEDI情報を事故直後3月14日に米国に提供し、米エネルギー​省はその情報をもとに航空モニタリングを行った。また、文科省は自らの職員もSPEEDIの予測で高汚染が予測された浪江町に派遣した。その結果SPE​EDI予測が正確であったことが立証された文科省は怖くなっ​てSPEEDIの情報は極力隠し、米国モニタリング情報が3月2​2日以降エネ省のサイトで堂々と発表された後も無視してなかった​ことにした。その隠蔽に大手メディアは全て加担した。米国はこの​情報を自国民の避難に使ったが、日本政府からの重圧か、気を遣ってか、エネ省のサイトに調査結果をさりげなく置いただけで日本​市民に積極的に伝えようとはしなかった。そして米国に追随するよ​うに、文科省は申し訳程度に3月23以降小出しにSPEEDIの​情報を出しはじめた。情報隠ぺいに必死になっていた政府の避難政​策は後手後手となり、結局、高汚染地域だと事故当初からわかって​いた飯館村の避難がほぼ完了したのが5月末、3ヵ月間住民を放置​し多量の放射線に晒すという大罪を犯した(6月20日追記:5月25日東京新聞報道「飯舘村指定に3週間も 助言チーム、至急避難提言 政府の対応遅れ」では小佐古内閣官房参与ら専門家の助言チームの強い提言があったにも関わらず政府は避難区域見直しを渋った経過が報道されている。)平野文相は今になって​「反省すべきところは反省」とか言ってしらばっくれているが、米​国にだけSPEEDI情報を提供し調査させ、その結果を国民から​隠したのは政府の確信犯罪である。

冒頭の報道に戻るが、頭にくるのは、ネットでは公表されていた米エネルギー省の情報に目をつぶって全く報道せず、政府に重圧を与えることもしなかったメディアに対してである。政府がこの情報を使わなかったなどとよく言えるものだ。メディアが今になって自分たちの責任逃れをしているとしか思えない。

このSPEEDIとそれに伴うモニタリングの情報を住民避難に生かさなかった政府+東電、メディアの共犯、そしてトモダチ米国の加担は絶対にこのままにしてはいけない。「煽るな」といった脅迫を受けながらも、ネット言論者が事故直後からずっと訴え発信してきたことが、遅すぎる今になって次々と、後付のアリバイのように「こんなこともありました」といった風に報道されていく。無力感にさいなまれながらも、諦めてはいけないと自分に言い聞かせる。@PeacePhilosophy

参考報道

東京新聞 2012年5月25日
飯舘村指定に3週間も 助言チーム、至急避難提言 政府の対応遅れ

東京電力福島第一原発事故で、小佐古敏荘(こさことしそう)内閣官房参与(当時)らの「助言チーム」が昨年三月末、高い放射線量が計測された福島県飯舘村への立ち入り制限を政府に提言したにもかかわらず、政府が避難の対象区域とするまで三週間以上を要したことが分かった。その間も多くの村民が村にとどまり、無用の被ばくをした可能性がある。
助言チームは、官邸の信頼を失った原子力安全委員会に代わる提言機関として昨年三月十六日、当時の菅直人首相の要請で発足。小佐古氏や近藤駿介原子力委員長、原子力に詳しい民主党の空本誠喜(そらもとせいき)衆院議員らが提言づくりに参加した。
三月中旬以降、原発から二十~三十キロ圏の屋内退避の対象区域より遠くでも高線量が計測されたが、安全委事務局は二十二日に「区域の変更は不要」との考えを国の原子力災害対策本部に示した。
これに対し助言チームは二十四日、避難区域見直しの検討を官邸に提言。三十一日には「(三十キロ以遠の)立ち入り制限措置を至急決定すべきであり、強く提言する」と、異例の表現で訴えた。特に飯舘村の名を挙げ「立ち入り制限を検討すべきことは、文部科学省の土壌モニタリングの結果から明らか」だと指摘している。
文科省の計測で、実際に原発から北西に三十三キロ離れた飯舘村長泥(ながどろ)などで線量が高くなっていた。だが、災害対策本部が避難区域見直しの助言を安全委に要請するのは、四月十日になってから。政府は翌日、安全委の助言に基づき、五月までに避難するよう求める計画的避難区域などの設定を発表したが、対象区域の発表は四月二十二日にずれこんだ。
飯舘村は事故後、希望する村民の自主避難を支援したが、三月三十一日時点で、三分の二が村内にとどまっていた。門馬伸市副村長は「すべてにおいて情報が遅かった。もう元には戻れないのだから、今さらどうしようもない」と話した。
助言チームから立ち入り制限が提言されたことは、知らなかったという。村の一部は年間線量が五〇ミリシーベルトを超え「帰還困難区域」となる可能性が高い。
災害対策本部の事務局を務める経済産業省原子力安全・保安院の担当者は「提言を受けて検討を始めたが、検討に時間がかかった」と釈明している。
助言チームの座長だった空本氏は「縦割り行政で責任の所在があいまいだった。官邸がしっかり対応すべきだった」と、提言が迅速に生かされなかったことに苦言を呈した。

2 comments:

  1. Anonymous12:49 am

    慰霊の日前の6月の沖縄から書込みしています。
    力強いメッセージいつもありがとうございます!
    無力感、共感です。でも私も諦めません。私達は決して一人ではありません。平和の種はまかれ確実に育っています。ゆっくりと着実に歩みより手を取り合ってゆきましょう。皆さんと創る明日が未来が楽しみです。これからもよろしく。

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  2. 一人ではないと、勇気づけられるお言葉をありがとうございます。

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