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Tuesday, April 16, 2013

田中利幸時評: 「戦争責任の欠落と広島」、「北朝鮮第3回核実験の歴史的背景-『核抑止力』再考の必要性」

広島市立大平和研究所教授、田中利幸氏による最近の論考2稿、田中氏に許可を得てここに掲載します。@PeacePhilosophy


戦争責任感の欠落と広島

 
田中利幸(広島平和研究所)

安倍晋三第2次内閣が組閣された直後の昨年末、安倍内閣は、戦時中の従軍慰安婦問題に関して、旧日本軍による慰安婦募集の強制性を認めた1993年8月の「河野洋平官房長官談話」について、「見直しを含めて有識者が検討するのが望ましい」という公式見解を発表。これが、長年にわたって日本の保守政治家の歴史認識(正確には歴史認識の「貧困性」)を批判してきた韓国や中国のみならず、欧米諸国においても厳しい日本政府批判を再発させた。

そのため、安倍晋三は、1月の東南アジア訪問や2月の訪米中には「慰安婦問題」のみならず、日本の戦争責任問題に関わるような議題に触れることは極力避けた。国外では戦争責任問題言及の回避に努める一方で、国内では国家ナショナリズムを煽る言動をとるというのは、言うまでもなく、安倍晋三に固有な特徴ではなく、彼の祖父・岸信介や大叔父・佐藤栄作をはじめ、戦後の歴代の日本の首相の多くがとってきた態度である。2千万人以上に及ぶアジア人を戦争犠牲者にしたことに関して、それを政治的に正当化するどころか、日本軍が行った様々な残虐犯罪行為の事実すら否定しようとする、彼ら政治家の驚くべき「無責任さ」の原因はどこにあるのであろうか。(余談であるが、このような無責任な政府の首相を三人も一家族から出したという国は世界でも稀ではなかろうか。)

一方、史上初の原爆攻撃によって即時に8万人近い市民が無差別殺戮され、その後もこれまで放射能被曝による無数の犠牲者を出してきた広島では、アメリカが犯した重大な「人道に対する罪」という戦争責任を明確に問題にした市長はこれまで皆無である。前市長である秋葉忠利は、市長時代には「憎悪なき和解」をモットーとして、原爆攻撃でアメリカ政府に謝罪を求めるのではなく、「和解」することが重要であると繰り返し述べた人物である。

「和解」とは、加害者が自己の責任をはっきりと認め、犠牲者に「謝罪」し、犠牲者がその「謝罪」を受け入れ、相手を赦すことで初めて成り立つものであることは、現在「いじめ問題」で悩んでいる子供にとってすらあまりにも当然のことである。アメリカ政府は、周知のごとく、謝罪するどころか、戦後一貫して、「原爆攻撃が戦争終結をもたらした」という神話に基づく正当化を行ってきた。「謝罪」しない加害者と「和解」できるはずはないのであり、そのような相手には、まずは「責任」の所在と重大性をいかに認識させるか、その方法を考えなくてはならない。現市長・松井一實もまた、オバマ大統領の広島訪問を強く要望しており、訪問してもらえるなら「謝罪」は要求しないと明言している。

では、広島市長が、「慰安婦問題」で韓国政府に対し、あるいは「南京虐殺問題」で中国政府に対して、「謝罪はしないが和解しようでなないか」などと提案できるであろうか。

日本の戦争責任問題に対する安倍晋三の態度と、原爆攻撃に対する歴代広島市長の態度は、実は単なる個人的レベルの問題ではなく、日本国民の間に一般的に見られる「戦争責任感の欠落」を典型的に表出しているものであると私は考える。自国が他国民に対して犯した犯罪の責任を明確化し、いかにその責任をとるべきかを徹底させないため、他国が自国民に対して犯した戦争犯罪の責任もうやむやにして済ませてしまう。その悪循環を繰り返しているため、いつまでも戦争責任問題ではなんら解決の糸口が見つからない。我々にとって重大な課題は、真に普遍的な意味での「責任意識」を国民レベルでいかに養うかであろう。
 
日本の戦争責任資料センター 会報 『Let's』2013年3月号掲載)
 
 

北朝鮮第3回目核実験の歴史的背景 

— 「核抑止力」再考の必要性 —

 
田中利幸(広島平和研究所) 

北朝鮮は本年2月12日、2006年10月と2009年5月に続く3度目の地下核実験を強行した。今回の実験に使われたのは、比較的小型のものであるが、爆発力ではこれまでにない強力なプルトニュウム型爆弾と推定される。この実験行為を国連憲章7章で規定された「平和に対する脅威」と見なし、北朝鮮に対して追加制裁を行う決議を国連安全保障理事会が3月7日に全会一致で採択。即日、この追加決議ならびに3月11日から始まるはずである米韓合同軍事演習に反発して、北朝鮮は朝鮮戦争の休戦協定の白紙撤回を宣言し、「先制核攻撃の権利を行使して侵略者の拠点を破壊し、国家の利益を守る」という極めて威嚇的な声明まで発表した。かくして、北朝鮮の米韓ならびにその同盟国である日本に対する態度は、ますます激化しつつあるように見える。 

北朝鮮は、昨年12月12日にはロケット発射による初の人工衛星打ち上げに成功している。この3段ロケット発射は、日米韓が「事実上のミサイル発射実験」と称したように、核弾頭を搭載すればICBM(大陸間弾道ミサイル)として使用できることは明らかである。この人工衛星打ち上げと今回の小型核爆弾の実験によって、北朝鮮は、核弾頭を搭載したICBMでアメリカ大陸を攻撃することができる能力を持ったことを明確に示威したわけである。今回の核実験直後の北朝鮮の威嚇的態度の背景には、「核攻撃能力」を自国が確実に保持したという自負があることは明らかである。

今回の核実験を2月に実施したことには、外交的なタイミングも計られていたと思われる。アメリカではオバマ政権2期目の開始時であり、中国、韓国、日本の全ての国で新政権がスタートしたばかりのこの時期に核実験を行うことで、「北朝鮮を重視せよ」というメッセージを各国に送るという意味が含まれていたと考えるべきであろう。今回のみならず、北朝鮮の強行的な言動には、実は常に外交的なメッセージが含まれていることを我々は冷静に洞察する必要があり、威嚇的言動に対して同じような威圧的言動で対応しても、なんら問題解決にはならない。北朝鮮側は、同時に、米中という軍事大国に対抗できる軍事力=核攻撃力を保有したということを自国民に誇示することで、金正恩体制という比較的新しい体制に対する国民の支持を強化するという、国内向けの政治目的も含まれていたと見るべきであろう。とりわけ、核ならびにロケットという「科学技術」の面での高い能力の誇示は、若年層にアピールするところが多いはずである。

北朝鮮問題を冷静に判断するためには、北朝鮮が長年にわたり自国民を窮乏化させながらも、多額の予算を軍事費に注ぎ込み、ここまで核開発を推進してきた政策的・戦略的意図と歴史的な背景について、我々はもう一度振り返ってみる必要がある。 

1980年代末から90年代初期にかけて冷戦が終焉を迎えると、北朝鮮もまた南北対話政策を打ち出し、90年秋には南北首脳会談を開き、相互尊重ならびに共存をめざす努力を開始した。翌91年7月30日には、「朝鮮半島非核化共同宣言」を北朝鮮側が提案し、その年末の12月23日には「南北間の和解と不可侵および協力交流に関する合意書」が取り交わされ、韓国との共存のみならず、その同盟国であるアメリカや日本との修交にも努めた。その8日後の12月31日には「朝鮮半島の非核化共同宣言」草案が採択され、「核兵器の実験、制作、製造、受領、所有、貯蔵、配備及び使用」を一切行なわず、「原子力エネルギーは平和目的のみに利用する」ことを、北朝鮮は韓国と共に約束したのである。しかも、この宣言を足がかりに、92年1月には米国との交渉にも乗り出し、南北が統一されるならば、それ以後も米軍の駐屯を認めてもよいという、驚くべき条件まで北朝鮮は米国に提示して譲歩したのである。かくして92年1月21日には、「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」が正式調印されたが、1月7日に予定されていた米韓合同軍事演習「チームスピリット」が中止されたことも北朝鮮側の態度を友好的なものにしたことは間違いない。現在の北朝鮮をめぐる政治危機を考える時、この90年代初期の状況を私たちはもう一度思い起こし、なぜ現在のような危機的状況に変化してしまったのかを深く考察すべきであろう。

こうした朝鮮半島非核化と南北統一へ向けての積極的な動きにもかかわらず、1992年、ブッシュ(父親)政権が「2つの朝鮮」、すなわち「南北共存」を拒否し、核エネルギー問題で北朝鮮に圧迫を加えた。その後もアメリカは、北朝鮮に対する圧迫・封じ込め、敵視政策という強硬政策を次々と押し進めたため、結局は北朝鮮を核兵器保有国にしてしまった。極め付きは、ブッシュ(息子)政権が、2002年1月29日の一般教書演説で、反テロ対策の対象として、北朝鮮、イラン、イラクの3カ国を「悪の枢軸」と名指しで呼んだことである。2002年の段階では、おそらく北朝鮮のウラン濃縮は純粋に発電用のものであったと推測されるのであるが、これをアメリカ側は、「核兵器開発のため行っているという情報を得た」と発表。北朝鮮側は「なんの根拠資料もなしに、われわれが核兵器製造を目的に濃縮ウラン計画を推進し、朝米基本合意文に違反しているとの言いがかり」をつけたとアメリカを非難。その年の11月にはKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)が、北朝鮮への重油提供を停止してしまった。 

このときすでに、ブッシュ政権は、イラクのみならず、北朝鮮への軍事攻撃の口実を作り上げようと画策していたのではないかと推測される。こうしたアメリカの敵対的、威圧的態度に反発して、2003年1月10日、北朝鮮は「核拡散防止条約(NPT)脱退宣言」という強硬手段をとった。2003年3月には、ブッシュ政権は、核兵器を含む各種の大量破壊兵器をすでに製造し隠し持っているという虚偽の口実で違法な軍事攻撃をイラクに対して開始。当然、北朝鮮もイランも、次は自国がアメリカの軍事攻撃の対象となるであろうと、その可能性の高いことを深く懸念し、具体的な防衛戦略を練り上げなくてはならない必要性に迫られた。北朝鮮のような小国が核大国による軍事攻撃を避けるための最も有効な手段は、核兵器ならびに核兵器運搬手段=ICBMの保有であると考え、イラク戦争以後は、北朝鮮はこの2つの開発をがむしゃらに押し進めてきたわけである。その結果が、昨年末の人工衛星打ち上げと今回の核実験である。 

2009年にオバマが米国大統領に就任して、米朝関係は好転するかと期待されたが、オバマは基本的に北朝鮮とイランを「ならず者国家」視するブッシュ政策をそのまま継承し、一方で「核兵器廃絶」という理想を掲げ、現実には核兵器予算を拡大しながら、しかも北朝鮮との交渉継続を怠った。したがって、2009年4月5日の北朝鮮ロケット発射は、こうした オバマ政権に対する北朝鮮の繰り返しの不満表明という意味を含んでいたのである。このロケット発射に対して、日本側は、あたかも北朝鮮がミサイル攻撃をしかけてくるがごとくに国民の恐怖感を煽り、この機会をミサイル防衛システム配置と軍備拡張の正当化のためにおおいに利用した。オバマ大統領も、この発射を「挑発行為」であり「国際法違反」と批難した。では、毎年のごとく、米兵2万5千人あまりを動員し、原子力空母や原潜を使って、北朝鮮との戦争を想定して行う大規模な米韓合同軍事演習は、北朝鮮に対する「挑発行為」ではないのか。長距離大陸間弾道ミサイルを多数保有し、いまだに未臨界核実験を実施する国家の大統領が、北朝鮮のロケット発射や核実験を「違法」と主張する権利があるのだろうか、という疑問が起きてきて当然である。 

こうした日米韓3国の反応が、さらに北朝鮮をして、2009年5月25日に2回目の核実験を強行させるまでに追いつめてしまった。その核実験に対して、オバマ大統領は 「核抑止力」で自国と同盟国を防衛すると公言し、日本でも核武装必要論を堂々と唱える政治家も現れるという事態を生み出し、核のカードには核のカードで対応するという、全く非生産的で馬鹿げた悪循環の繰り返しを産み出してしまった。 

さらに、2010年3月26日に起きた、韓国海軍哨戒艦「天安」の沈没事件を、米韓両国は、ひじょうに疑惑の多い「証拠」で北朝鮮による軍事挑発と決めつけ、この「北の挑発」 に警告するとして米韓合同軍事演習を日本海で行った。動員された兵員は8千人、航空機は最新鋭ステルス戦闘機F22を含む200機、そのうえ、米空母ジョージ・ワシントンやイージス艦など20隻という大規模なものであり、この米韓の動きこそ「軍事挑発」であり「平和に対する脅威」と呼ぶべき超圧的なものであった。これに対する北朝鮮の反応は、予期されたごとく、「核抑止力」を使っての対抗であり、オバマの核抑止力政策には核抑止力で応酬するという、悪循環をまたしても強めてしまった。ちなみに、最終的に、2012年8月27日、韓国地雷研究所は、沈没は、韓国海軍が1970年代に配置してそのまま放置しておいた機雷が爆発の原因である可能性が高いと発表したが、韓国のメディア以外、アメリカでも日本でもほとんどこの発表については報道しなかった。 

北朝鮮がここまで核開発を推進し、アメリカに対して威嚇的な態度をとり続ける理由として、「悪の枢軸」の一つと呼ばれたイランに対する好戦的なアメリカの戦略が、ブッシュ政権以来、基本的に変わっていないこともあげられる。オバマ政権は、インド洋のディエゴ・ガルシア島の米軍基地に(核弾頭のとりつけ可能な)トマホークミサイルを搭載した原子力潜水艦を結集させており、ペルシャ湾にはイージス艦を含む多数の米軍艦船を常時航海させ、事実上の「臨戦態勢」をとっている。こんな危険な状況では、「我々もいつ攻撃されるか分からない」と北朝鮮側が考えるのも不思議ではない。 

北朝鮮問題を考える上で、最も根本的な問題は、アメリカであれ北朝鮮であれ、核兵器保有国が共通して重要戦略とみなし、且つその正当性を常に主張してやまない「核抑止力」である。この「核抑止」思想そのものが徹底的に否定されない限り、核廃絶は不可能であることは言うまでもない。「核抑止」思想を否定する思想を世界の多数派にするためには、「核抑止政策」と呼ばれるものが、実際は「政策」などではなく、重大な「犯罪行為」であるという認識を普遍化する必要がある。「核抑止政策」は、 ニュールンベルグ原則によって規定されている「平和に対する罪」である。なぜなら、「核抑止力」の実態は、核兵器を使って無差別大量虐殺=「人道に対する 罪」を犯す計画を立て、且つその準備をしているということに他ならない。このことを、我々は市民運動の中で繰り返し言い続け、ことあるごとに強調し、一般市民の考え方を変革していかなくてはならない。

(『インパクション』188号 2013年1月 に掲載)

 

★★★

 

このサイトの過去の田中利幸氏による投稿より。
 
 
 

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