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Monday, June 10, 2013

鳩山由紀夫元首相からの『沖縄の〈怒〉』第五章「鳩山の乱」へのコメント

ガバン・マコーマック、乗松聡子著『沖縄の〈怒〉-日米への抵抗』(法律文化社、2013年4月刊行)の第五章「鳩山の乱」を読んだ鳩山元首相から、5月16日に出版社に直接コメントが届きました。ここに紹介します。

説明を追加



「鳩山の乱」(沖縄の〈怒〉)を読んで

鳩山由紀夫

 正直に申し上げて、ウィキリークスの公開した文書を含めて、私自身の知らなかった事実もあり、よくここまで調べ上げたものだと感心しました。

 私はオバマ大統領はもちろん、アメリカ側の誰からも、直接に「辺野古に戻せ」と求められたことはありませんでした。20091217日のクリントン国務長官とのコペンハーゲンでの会談で、「普天間飛行場を辺野古に移転する案の代替案についての再検討が実効可能な案に結実しなかった場合は、日本政府は2006年の普天間移設合意に立ち戻ると確認した」と薮中次官がルース大使に伝えたようですが、このような確認をした事実はありません。大体、クリントン長官とは会談ではなく、歓迎宴でクリントン長官とは同じテーブルで隣り合わせになったので、最終判断を5月末まで延ばしたことを踏まえて、「このまま無理に決めても結果的に辺野古は無理である。新たな選択肢を考えているので、暫く待ってほしい」と長官に申し上げたのです。薮中次官は同じテーブルではなかったので、このやり取りは全く聞いてはおりません。したがって、鳩山自身が2009年末に半ば諦めて辺野古を容認していたということはありません。ただ、この一件でも明らかなように、鳩山の意向とは裏腹に、外務省、防衛省の官僚たちは「最後は辺野古しかない」とのメッセージをアメリカ側に送り続けていたことは事実でしょう。

 私は直接に恫喝を受けた覚えはありませんが、「沖縄政策を変えるな」、「インド洋から撤退するな」、「東アジア共同体構想はけしからん」と、アメリカのいわゆるジャパンハンドラ―と呼ばれている方々を中心にさまざまな恫喝まがいの言葉が鳩山政権に対して投げかけられていたことをあらためて理解しました。しかしそれは交渉の相手側のことであり致し方ないとして、本来ならば日本側に立ってアメリカと交渉すべき日本の関係閣僚や官僚たちがおしなべて私の性格批判を含めて、「最低でも県外」を推し進めることをサボタージュしていたことに対して、しっかりとした手を打てなかったことは、私の戦略性の欠如であり、意志の薄弱さであったと誠に申し訳なく思っています。

 結果として「茶番劇」となってしまい、日本の「二度目の敗戦」をもたらしてしまったことで、特に沖縄のみなさまに〈怒〉を与えてしましましたことをお詫びします。しかし、「鳩山には日本に対するビジョンがあった」と書いていただき感謝します。現在の日本にはビジョンがなく、アメリカ依存症がさらに強まった感すらいたします。私どもの取るべき道は、徒に尖閣などの領土問題で緊張を高め、慰安婦問題などの歴史認識で挑発を続け、だから日米同盟を軍事的に高めることは必然だと言うのでしょうか。それとも、東アジア共同体構想を前進させ、領土問題や歴史認識に関して合意を目指す努力を行い、緊張を緩め、日米同盟は多角的に進化させつつ、沖縄を中心として米軍基地の負担を軽減させていく道を選ぶべきでしょうか。安倍政権は前者の道を求めているように見えます。私は後者の道を日本は歩むべきであると強く信じています。日本が正しい道を歩み始めたとき、沖縄の〈怒〉は〈喜〉に代わって行くに違いありません。

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