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Sunday, August 18, 2013

「日本の食事も映画もすばらしいが、政府は低劣」-オリバー・ストーン、日本へ自省を促す: 広島企画の報告(田中利幸)

オリバー・ストーン&ピーター・カズニックの広島での講演のホスト役を務めた広島平和研究所教授の田中利幸さんによる報告です。広島九条の会のニュースレター用に書かれたものを転載許可していただきました。


8月5日ゲバントホールにおける
イベントのチラシ
 
 
8.6ヒロシマ平和へのつどい2013」特別企画報告

田中利幸

 特別企画の背景

今年の「8.6ヒロシマ平和へのつどい2013」は、85日午後1:30より、特別企画、オリバー・ストーン、ピーター・カズニック対談「アメリカの世界支配と日米安保」を開催した。恒例の「つどい集会」は、この特別企画が終了した後、夕方6時から開催した。

毎年84日から7日まで、2030名ほどのアメリカ人学生グループを立命館大学の学生たちと一緒に広島に学習旅行に連れてくる私の友人、ワシントン郊外にあるアメリカン大学のピーター・カズニック准教授から、今年は、映画監督オリバー・ストーンが同行するので、ストーン監督が講演できるような特別企画を計画してもらいたいという要請が私にあったのは、確か4月の中旬だったと記憶している。この時点ではすでに数百名を収容できる会場はほとんどどこも予約ずみ。幸いにして、85日終日空いている300名収容のゲバント・ホールをなんとか確保できた。 

カズニック准教授は、アメリカ近現代史を専門とし同大学の核問題研究所の所長も務めている。彼は、1995年スミソニアン博物館でエノラ・ゲイ爆撃機展示が行われた際、原爆の人的被害の説明を一切含めないという決定が行われたことに対する抗議表明として、アメリカン大学学長を説得して同大学で「原爆投下」問題に関する学会開催を実現させた。以来17年間にわたり米国人学生を毎年8月に広島・長崎に学習旅行に連れてきており、私が彼らに原爆投下問題に関するテーマで講義をするのが毎年の恒例となっている。カズニックは、自分が教えるアメリカ現代史で、ストーン監督が制作した政治的テーマの様々な映画例えば『プラトーン』、『JFK』、『ニクソン』、『ウオール街』などを学生に観せながら授業をすすめるという興味深い授業方法を長年とってきた。そんなことからストーン監督と親交を深めてきたこともあり、2008年から、彼はストーン監督と共同で、ドキュメンタリー映画『もうひとつのアメリカ史』10部作のための脚本執筆に専念してきた。昨年秋に映画と同時に著書も完成し、映画はアメリカ各地のみならず南米、ヨーロッパ、オーストラリア、ニュージーランドなど世界各地で上映され、好評を博した。アメリカやイギリスでは、すでにDVD版が売り出されている。著書のほうもアメリカではベストセラーの一冊となり、日本でもすぐに翻訳本が早川書房から出版された。映画はNHKBS放送ですでに数回放送済みである。 

ドキュメンタリー映画の内容と「対談」準備

85日当日は、最初に、このドキュメンタリー映画『もうひとつのアメリカ史』10部作のうちの第3部『原爆投下』を上映した。NHKからの特別許可を得て、テレビ上映では上映時間の都合上カットした部分を元にもどし、オリジナルのままの長さのフィルムを上映できた。会場となったゲバント・ホールは、当日1週間前までは申込者数が200名ほどしかいなかったため、会場を埋めることができるかどうかかなり心配したが、最終的に、カナダのバンクーバー在住の乗松聡子さん(「ピース・フィロソフィー・センター」というウエッブ・サイトを運営)にツイッターで情報を拡散していただいたおかげで、満席となった。ちなみに、乗松さんが、今回のオリバー・カズニック日本講演旅行(広島の後、長崎・東京・沖縄訪問)の全体のコーディネーターという重要な役目を果たされた。 

3部『原爆投下』の骨子は、戦争終結のために実際には原爆投下は必要ではなかったのであり、当時はすでに日本政府が降伏の条件を探りつつあったし、最終的にポツダム宣言を受諾した理由にはソ連の満州侵攻や日本国内の政治状況など様々な要因が働いていたというものである。原爆投下後は「原爆投下で戦争が終結していなければ、結局は百万人という死者がでたであろう」という原爆投下正当化のための「神話」が作り上げられていった。さらに、ルーズベルト大統領時代の一時期に副大統領を務めたヘンリー・ウォレスというひじょうに進歩的で人権意識が高く平和主義的な人物が、極めて凡庸なトルーマンを支援した保守一派の裏工作が成功せずに、大統領になっていたならば、戦争終結のあり方のみならず、戦後社会のあり方も違っていたであろうという意味深いメッセージを含んでいる内容となっている。 

当初の計画では、ストーン、カズニックに、最近、沖縄基地問題で共著本を出版した乗松聡子さんを加えた「対談」を私の司会で、映画上映を終えた30分後の午後3:15から始める予定であった。しかし、3人の会場到着が少々遅れたため、午後3:30から開始。それでも予定通り90分にわたる極めて内容の濃い議論ができた。 

私は、この「対談」のために前もって6つの質問を用意しており、前日の84日夜に3人と夕食をともにした折に、これらの質問について事前に打ち合わせをするつもりであった。ところが、ストーン監督は、来日直前にスペインと韓国を訪問するという強行スケージュールをこなしており、しかも時差ボケも加わって、疲労困憊の状態。食事途中でその場でぐっすり寝込んでしまい、相談などできる状況ではなかった。したがって、翌日の議論は文字通り「ぶっつけ本番」で行ったが、6問のうち5問について議論することができた。 

「対談」の一部紹介とストーン発言

この紙面では議論の内容を詳しく説明している余裕がないので、そのうち2問に関する議論を簡潔に紹介しておく。 

質問:ヘンリー・ウォレスのような真の平和主義者、民主主義者が有力な政治家となれるような政治社会環境が、戦後は、アメリカ、日本のみならず、世界中でほとんど失われている(例外:日本の石橋湛山195612月〜571月総理大臣在任期間65日、南アフリカのマンデラなどごく少数)。ウオレスのような倫理的想像力をそなえた政治家が十分に活動できるような社会を、アメリカでも日本でも再び作り上げるにはどうしたらよいのか?軍産複合体制と関連する問題なので、ひじょうに難しいとは思うが。

答え(カズニック):アメリカでの黒人民権運動家であったマーチン・ルーサー・キング牧師のような傑出した指導者が指導者たりえたのは、キング牧師の優れた能力そのものだけに帰せるものではなく、彼を支えた幅広く力強い大衆運動があったからこそである。すぐれた政治家を産み出すには、多くの市民を巻き込む幅広い大衆的な民主主義運動が不可欠であることを私たち市民が明確に自覚する必要がある。 

質問:「慰安婦」問題、「侵略戦争」定義問題、「ワイマール憲法とナチス」解釈問題と、日本の政治家の、あまりにも低劣な「歴史認識」を露呈する発言が頻発している。歴史教育の重要性を痛感させる出来事である。アメリカでは、お2人の今回のドキュメンタリー映画/著書もそうであるが、ハワード・ジンの著書『民衆のアメリカ史』のような、アメリカ史を根本的、批判的に見直す、すばらしいベストセラーがある。にもかかわらず、これらがアメリカ市民の間の支配的な歴史観を形成するものとはなっていないように思える。それはなぜなのか?正しい歴史認識を市民の間で構築するための助言は?

答え(オリバー):ジン教授や私たちの今回のドキュメンタリー映画/著書は、確かに一時はベストセラーとなっているが、アメリカ全体の映画や出版状況からみれば、まだまだ少数派のレベルを脱してはいない。しかし、主流派とは異なった、且つ主流派の歴史認識の仕方に常にチャレンジするような、このような映画番組制作や著書出版を地道に続けていくことが、最終的には大衆意識を変革するためには必要不可欠であり、日本でもそのような活動を推進していくことが重要である。私自身、ベトナム戦争に兵士として関わり、1986年に映画「プラトーン」を制作するまでは、ベトナム戦争は「正しい戦争」だという誤った考えを持っていた。子供の頃受けた教育でも、「原爆投下」をはじめアメリカが行ってきた戦争行動は全て正しいと教わってきた。しかし、映画制作のためにいろいろ学んだ結果、私の歴史認識は根本的に変わった。 

つまり、この2つの質問に対する2人の答えに共通する考えは、草の根運動である市民活動に必要なのは、大衆の歴史認識を変革するような幅広い且つ力強い運動を地道に続けていくこと。さらに、そうした意識変革のためには大衆文化である映画という媒体も多いに活用すべきである、ということであろう。 

私の記憶に鮮明に残ったストーンの言葉は、翌日86日午後のHANWA/NODU共同集会での次のような発言であった。「ドイツの食事や映画はまずいが、ドイツ政府は優れている。逆に、日本の食事も映画もすばらしいが、政府は低劣である。」「(戦争加害責任を明確に認識するためには)日本人は、まず自分自身を憎悪することから始めるべきだ。自分の欠点を憎むことで自分を変革することが自分を進歩させる。」 

 完 

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