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Monday, August 26, 2013

オリバー・ストーンが訪れた長崎「岡まさはる」平和資料館館長、高實康稔氏による朝鮮人原爆犠牲者追悼のメッセージ

毎年8月9日、長崎原爆の日の早朝は、1979年市民によって建立された「長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼碑」の前で追悼集会が開かれます。日本で唯一ともいっていい、日本によるアジア諸国への加害の歴史の展示に特化した平和資料館「岡まさはる記念長崎平和資料館」は今夏、オリバー・ストーン監督が訪問したことでも注目を浴びました(参照:岡まさはる資料館のブログ長崎新聞報道同行した川崎哲さんのブログ)が、その資料館の館長である高實康稔長崎大学名誉教授によるこの早朝集会でのメッセージを紹介します。

このブログで紹介した過去のメッセージも参照→2011年2010年

ちなみにこの追悼碑はオリバー監督も8月8日に訪れています。そのとき熱心に説明版を読んでいた様子の写真です。

オリバー・ストーン監督、長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼碑前の説明版前で
8月10日、「岡まさはる記念長崎平和資料館」を訪れたオリバー・ストーン監督に説明する
高實館長(左)と通訳でアテンドした川崎哲氏(右)。(写真は川崎氏提供)
 

 
長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼早朝集会メッセージ
 

8月9日早朝集会で話す「岡まさはる記念長崎平和資料館」
館長の高實康稔氏。
 
 米軍が長崎の街に原爆を投下したあの日から六八年の歳月が流れました。原爆犠牲者は日本人だけではありません。国も広島県・市、長崎県・市も朝鮮人被爆者の実態調査をしたことはありません。しかし、約一〇パーセントは朝鮮人であったことが、民間の調査によって明らかにされています。長崎原爆では犠牲者一万人余と推定され、私たちの追跡調査によって確認された多数の入市被爆者を含めれば、総数は三万人近くに達し、いびつで不合理な形状をした現在の認定被爆地域が正当公平に拡大されるならば、三万人を優に超えるということができます。

 朝鮮人被爆者が日本の植民地支配と侵略戦争の犠牲者であることはいうまでもありません。一四歳で端島(軍艦島)に強制連行され、配置換えによって三菱造船所で被爆した徐正雨さん、徴用を逃れようとして母親の実家で官憲に捕まり、殴打のうえに丸坊主にされて三菱造船所に強制連行された金順吉さん、お二人の生前のお姿が瞼に浮かびます。徐さんも金さんも原爆の恐怖を語る前に、屈辱を強いられた強制連行の体験を告発せずにはいられませんでした。ここに日本人被爆者との明らかな違いがあり、朝鮮人被爆者には原爆以前の「もう一つのあの日」があることを知らなければなりません。ましてや「日本は唯一の被爆国」という言い方を耳にするとき、二重苦、三重苦の朝鮮人被爆者の存在を無視しているように思えてなりません。

 政権に復帰した安倍首相は、「侵略という定義は、学界的にも国際的にも定まっていない。国と国との関係において、どちらから見るかにおいて違う」と国会で答弁し、侵略自体を否定する不見識きわまりない歴史観を示しました。内外から強い批判をあびたのは当然のことですが、韓国・朝鮮人被爆者を最大多数とする在外被爆者は耳を疑い、深く傷つけられたのは言うまでもありません。植民地支配の故に原爆地獄にまで叩き込まれ、そのうえ日本国内の被爆者と平等な待遇も受けられずに差別されてきたのも、こうした歴史の歪曲と排外思想の現れにほかならないからです。在外被爆者は今なお医療費の支給を制限され、新たに被爆者健康手帳の交付申請をしても証人や証拠資料という無理難題を押し付けられて交付を拒絶される事例が多発しています。二〇〇三年に「四〇二号通達」が廃止されるまで、在外被爆者は無権利状態に置かれ、被爆者手帳は紙切れ同然であったことを思えば、これほど理不尽なことはありません。この「通達」の撤廃も在外被爆者の積年の裁判闘争によって勝ち取られたものでした。さらには、朝鮮民主主義人民共和国在住の被爆者は完全に見捨てられ、今なお何の援護も受けられない状況にあります。「通達」を撤廃したにも拘わらず、被爆者援護法の適用から完全に排除しているからです。国交がないのは台湾も同じであり、理由になりません。戦後六八年間、加害責任が清算されないまま国交がないのは、唯一日朝関係だけであり、日朝ピョンヤン宣言に基づいて国交を正常化する努力を怠った日本政府の責任も重大です。

 原爆を投下して未曾有の被害をもたらし、人類を核の恐怖に陥れた責任はもとよりア

メリカ合衆国にあります。日本の侵略戦争に対する報復であったにせよ、日本に反省と

正しい歴史認識が求められるのと同時に、アメリカ合衆国も核兵器使用という人類への敵対行為を反省し、率先して核兵器を廃棄すべきです。今や人類は核兵器廃絶に向けた国際的な歩みを着実に踏み出しています。すなわち、二〇一〇年、核拡散防止条約(NPT)再検討会議が「核兵器使用による人類への破滅的結果」に対する「深い憂慮」を表明したのを皮切りに、同会議準備委員会において「核兵器の人道的影響に関する共同声明」が昨年春に続いて今春四月にも発表され、賛同する国は一二カ国から七〇カ国へと広がっています。しかし、日本政府は「いかなる状況下でも核兵器が使用されないことが人類生存のためになる」と訴えるその声明に賛同しませんでした。「いかなる状況下でも」というのは米国の「核の傘」に依存する体制上認められないとの判断によると報じられていますが、国境を越えて原爆の恐ろしさを訴えてきた被爆者を愚弄するのみならず、世界の願いを踏みにじる信じ難い行為といわざるをえません。「唯一の被爆国」を名乗りながら、世界を失望させた罪は計り知れません。日本政府は直ちに前言を撤回し、共同声明への参加を表明するとともに、核兵器廃絶運動の先頭に立つべきです。

 

 以上の見地に立って、私は次の五点を強く日本政府に求めます。

一、在外被爆者にも国内被爆者と同様に医療費を全額支給すること

一、在外被爆者に対する被爆者健康手帳の交付に便宜を図ること

一、朝鮮民主主義人民共和国在住の被爆者に速やかに被爆者援護法を適用すること

一、日朝ピョンヤン宣言に基づいて日朝国交正常化を実現すること

一、NPT再検討会議準備委員会における共同声明に参加すること

 

 最後になりましたが、早朝にもかかわらず、本集会に参加してくださいました皆様に心から感謝申し上げ、メッセージを閉じさせていただきます。

 

 二〇一三年八月九日

長崎在日朝鮮人の人権を守る会代表  高 實 康 稔

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