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Thursday, September 05, 2013

田中利幸: 68年目の8.6 と8.15を迎えて考えたこと - この「無責任国家」にいかに対応すべきか - Yuki Tanaka: Reflections 68 Years On: How to Address an Irresponsible State

An expanded version of this essay is published in English on the Asia-Pacific Journal: Japan Focus.

田中利幸さん広島平和研究所教授)の書下ろしエッセイを紹介する。私はここで田中さんが提起している問題意識に賛成する。日本政府が原爆の非道性について米国に抗議したのは広島原爆投下直後一回のみで、天皇は降伏時に原爆という「科学技術」による「被害」のせいで負けたと言うことによって自らと日本の戦争加害責任を隠ぺいし、日本は、原爆で戦争が終わった(戦争を終えるには原爆が必要だった)という神話を作る必要があった米国と利益が一致した。その後米国による放射能被害隠蔽、原爆使用を正当化した上での核兵器による戦後世界支配を日本は許し加担してきており、その無責任体制は福島第一原発事故を招きその対応にも色濃く表れている。最後に引用している伊丹万作(1900-1946, 脚本家・映画監督。伊丹十三の父)が死の直前に残した言葉「『だまされていた』といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。」は、311をきっかけに「安全神話にだまされていた」と認識した私を含む多くの市民たちが自省をこめて耳を傾けなければいけない言葉である。無責任なのは国家だけではなく、そのような国家を許す我々市民一人一人なのだということを肝に念じつつ自ら責任ある言動をとらなければいけない。(@PeacePhilosophy 乗松聡子

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★9月9日追記:最初の二行を以下のように訂正しております。
(誤)
1945年8月6日、広島への原爆攻撃後の16時間後、トルーマン大統領はアメリカ国民向け声明ラジオ放送で次のように述べた。  
(正)
1945年8月9日、ポツダム会談からワシントンに戻ったばかりのトルーマン大統領は、アメリ
カ国民向け声明ラジオ放送で次のように述べた。

8月4日、アメリカン大学と立命館大学学生たちを相手に原爆、原発など核の非道性について講義する田中利幸さん
(アステールプラザにて。写真:Koki Norimatsu)
 

68年目の8.6 と8.15を迎えて考えたこと

       — この「無責任国家」にいかに対応すべきか —

田中利幸

1945年8月9日、ポツダム会談からワシントンに戻ったばかりのトルーマン大統領は、アメリ
カ国民向け声明ラジオ放送で次のように述べた。
世界は、最初の原爆が軍事基地である広島に投下されたことに注目するであろう。それは、われわれがこの最初の攻撃において、民間人の殺戮をできるだけ避けたかったからである。もし日本が降伏しないならば、……不幸にして、多数の民間人の生命が失われるであろう。 原爆を獲得したので、われわれはそれを使用した。われわれは、真珠湾において無警告でわれわれを攻撃したものたち、アメリカの捕虜を餓死させ、殴打し、処刑したものたちに対して、戦争の国際法に従うすべての虚飾をもかなぐり捨てたものたちに対して、原子爆弾を使用した。(強調:田中)
ここでトルーマンは、原爆によって一瞬にして推定7万から8万人の市民を無差別殺戮した犯罪行為を、「民間人殺戮をできるだけ避けるため」というあまりにも皮肉な口実で、正当化している。周知のように、米国では、この原爆攻撃正当化論が戦後ますます誇張され、原爆が使われていなければ戦争は終結していなかったかのような神話が作り上げられ、その神話が今も大多数の米国民の意識の中に深く根をおろしている。原爆攻撃のもう一つの理由として、日本軍が犯した様々な戦争犯罪に対する報復攻撃であったことをトルーマンは説明したわけであるが、自分が命令した原爆投下自体が、人類史上最も残虐な戦争犯罪の一つであるという自覚が、ここでは完全に欠落している。

一方、日本政府は、長崎原爆投下直後の1945年8月9日、米国に対する抗議文を、スイス政府を通じて外務大臣東郷茂徳の名において送った。この抗議文の中で日本政府は以下のように述べた。

聊々交戦者は害敵手段の選択につき無制限の権利を有するものに非ざること及び不必要の苦痛を与ふべき兵器、投射物其他の物質を使用すべからざることは戦時 国際法の根本原則にして、それぞれ陸戦の法規慣例に関する条約付属書,陸戦の法規慣例に関する規則第二十二条、及び第二十三条(ホ)号に明定せらるるところなり.

抗議文はさらに,米国を以下のように厳しく非難している。

米国が今回使用したる本件爆弾は、その性能の無差別かつ惨虐性において従来 かかる性能を有するが故に使用を禁止せられをる毒ガスその他の兵器を遥かに凌駕しをれり、米国は国際法および人道の根本原則を無視して、すでに広範囲にわたり帝国の諸都市に対して無差別爆撃を実施し来り多数の老幼婦女子を殺傷し神社仏閣学校病院一般民衆などを倒壊または焼失せしめたり。而していまや新奇にして、かつ従来のいかなる兵器、投射物にも比し得ざる無差別性惨虐性を有する本件爆弾を使用せるは人類文化に対する新たなる罪悪なり。
この抗議文の起案者が国際法を熟知していたであろうことは疑いがない。広島・長崎への原爆攻撃のみならず、他の都市への空襲も、国際法(ハーグ条約)違法であるという鋭く厳しい無差別大量殺戮糾弾となっている。しかし、これが、日本政府が原爆投下に関して出した最初で最後の抗議文であった。

1945年8月15日、終戦の詔勅にて天皇裕仁は次のように述べた。    
敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来ス ルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政 府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ……     朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス
つまり、原爆という恐るべき残虐な兵器が開発された今、戦争を継続するならば日本民族の滅亡を招くだけでなく、人類の文明をも破滅しかねない。よって無条件降伏を受諾する。日本と共に「終始東アジア諸国の解放に協力してくれた同盟諸国」に対しては遺憾の意を表せざるを得ないと述べたわけである。しかしこの詔勅の要旨は、原爆投下だけを降伏決定要因とし、アジア太平洋各地で日本軍が犯した戦争犯罪やアジア各地で起きていた抗日闘争を徹底的に無視するどころか、戦争は「アジア解放」のためであったとの自己正当化のための「原爆被害利用」のなにものでもなかった。かくして終戦の詔勅は、「非人道的な原爆のゆえに降伏せざるをえなかった」という神話を国民に信じさせ、戦争犠牲者意識だけを煽ることによって、天皇自身をはじめとする戦争指導者の戦争責任はもちろん、日本国民がアジア太平洋の様々な人たちに対して負っている責任をも隠蔽する手段の一つに「原爆投下」を利用した。トルーマン大統領が、戦争終結を早め「多数の民間人の生命を救うため」に原爆を投下したと述べて、アメリカ政府が犯した重大な戦争犯罪の責任をごまかす神話を作り上げたと同様に、日本政府もまた原爆投下を政治的に利用して、自国の戦争責任を隠蔽した。

1945年8月16日に天皇から新内閣の組閣を命じられた東久邇宮(ひがしくにのみや)は、戦時中の日本の最大の欠点は「科学技術」を軽視したことであると述べ、自国の敗北の原因を敵国の最新科学技術=原爆に求めた。新内閣の文部大臣に就任した前田多門も、就任直後の記者会見で「われらは敵の科学に敗れた。この事実は広島市に投下された1個の原子爆弾によって証明される」のであり、「科学の振興こそ今後の国民に課せられた重要な課題である」と述べた。かくして、戦後の新内閣もまた、自国がアジア太平洋各地で15年にわたって犯した様々な戦争犯罪も米国の戦争犯罪も全く眼中になく、「科学技術」という狭い技術的要因にのみ敗戦の理由を求め、「原子力平和利用」を含む科学技術振興に向けての下地を作ることに熱意を燃やした。

1955年、広島・長崎の被爆者5名が日本政府に対して被害補償を求めて提訴した「原爆裁判」(いわゆる「下田裁判」)による被告=日本政府の答弁において、日本政府は次のように主張した。
原子爆弾の使用は日本の降伏を早め、戦争を継続することによって生ずる交戦国双方の人命殺傷を防止する結果をもたらした。かような事情を客観的にみれば、広島長崎両市に対する原子爆弾投下が国際法違反であるかどうかは、何人も結論を下し難い。のみならず、その後も核兵器使用禁止の国際協約はまだ成立するに至っていないから、戦時害敵手段としての原子爆弾使用の是非については、にわかに断定することはできないと考える。…… 国際法上交戦国は中世以来、時代に即した国際慣習及び条約によって一定の制約をうけつつも、戦争という特殊目的達成のため、害敵手段選択の自由を原則として認められてきた。
かくして日本政府は、「下田裁判」では、その10年前の原爆投下に対する抗議文で展開した判断を180度転換して、基本的にはアメリカ側の原爆投下正当化論を受け入れる主張を行った。それどころか、戦争に勝利するためには、いかなる方法を使うことも、ほとんどの場合、許されるという主張で、米国の原爆による無差別殺傷を全面的に肯定したのである。

長年にわたって日本政府が原爆被爆者救済政策に極めて後ろ向きであった理由の一つは、アメリカの戦後の核兵器による世界支配をそのまま受入れ、アメリカの核抑止力に依存するという、日本の政策そのものにあった。しかも、放射能被害に関する医学的調査については、内部被爆を全く無視したアメリカのABCC(原爆調査委員会)が作り出した被爆許容量をそのまま受け入れ、放射能汚染の深刻さをはなはだしく軽視してきた。それが福島原発事故による放射能被爆と汚染の深刻さの軽視、ひいては原発事故に関して政府、政治家が負うべき国民に対する「政治責任」という認識の驚くべき欠落も産み出してきた。

今また、安倍晋三や橋下徹といった政治家たちが、日本の「侵略戦争」、「慰安婦問題」その他の戦争責任問題で、そのような歴史的事実があったことすら否定し、自国の戦争責任を否定しようとやっきになっている。このような無責任国家がなぜ産まれたのであろうか。

この原因は、前述した「原爆殺戮の被害」を「自己の戦争犯罪」の隠蔽のために利用したという「終戦の詔勅」に起源すると筆者は考える。「原爆殺戮の被害」を政治的に利用しているため、その根本問題である「人道に対する罪」の責任追求をせず、あいまいな形のままにしておく。一方、隠蔽し続ける「自己の戦争犯罪」に対する責任は、当然問わない。したがって、加害と被害の両方の責任問題について有耶無耶なままにし続けるのである。

つまり、自分たちが他者=アジア人に対して犯した様々な残虐行為の犯罪性とそれに対する自己責任を明確に且つ徹底的に認識しないからこそ、他者=アメリカが自分たちに対して犯した同種の犯罪がもつ重要性も認識できない。他者=アメリカが自分たちに対して犯した残虐行為の犯罪性とその責任を徹底的に追求しないからこそ、自分たちが犯した犯罪の被害者=様々なアジア人の痛みとそれに対する責任の重大性にも想いが及ばない、という悪循環を多くの日本人が繰り返している。その一方で、政府は、基本的には政府が責任を負うべき様々な政治社会問題で、国民の「自己責任」ということをますます強調することで「責任逃れ」を行っている。

そのため、結局、日本では、政府ならびに政治家は、自国民に対して為政者として政治責任を負うのであり、我々国民には政府、政治家に対してそのような政治責任を果たすように要求する権利を持っていると同時に、果たさせる国民としての義務があるという意識すら根付かないままになってきた。その重大な究極的結末の一つが、福島原発事故であり、今我々が直面している、(大量の高濃度放射能汚染水を太平洋に放出している)放射能汚染や原発再稼働、原発輸出をはじめ、憲法改悪、戦争責任否定など安倍晋三内閣が進めている「自己崩壊政策」とも称せる破壊的な政策である。

伊丹万作は終戦後1年目の1946年8月に「戦争責任者の問題」という小さなエッセイ を書いている。その中で彼は次のように述べている。
多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。おれがだましたのだといった人間はまだ一人もいない。民間のものは軍や官にだまされたと思っているが、軍や官の中へはいれば、みな上の方をさして、上からだまされたというだろう。上の方へ行けば、さらにもっと上のほうからだまされたというにきまっている。……… だまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作さなくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己のいっさいをゆだねるようになってしまった国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。………  
「だまされていた」といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。(強調:田中)
伊丹のこの言葉は不幸にも的中していた。戦後これまで何度も国民がだまされた重大な ケースの中に「非核三原則」や「原発安全神話」が含まれている。「だました者」の責任 追求は、同時に「だまされた者」の責任追及でもなければならない。

したがって、原発問題や核兵器問題で我々が根本的に問われているのは、単に環境・エネルギー問題や放射能汚染・被害者対策問題だけではなく、真に普遍的な意味での確固たる「責任意識」を国民レベルでいかに養うかであろう。

「民を殺すは国家を殺すなり。真の文明は山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし。」これは、日本初の公害問題と言われる足尾銅山鉱毒事件を告発した政治家であり草の根活動家・思想家であった田中正造の言葉である。明治以来現在まで、日本の歴代政府は「植民地拡大戦争」や「経済発展政策」で国内外の多くの「民を殺す国家」を作り上げることに常にやっきになってきた。このような無責任極まりない政治家・政府に対して我々は厳しい「責任追求」を行っていかなければならない。それが我々市民の「責任」であり「義務」でもある。反核運動、反原発運動はそのような意味での「責任追求運動」でなければならない。

— 完 —

田中利幸さんは今夏オリバー・ストーン監督の広島における原爆関連施設の案内役も務めた。
(左から報道陣、アメリカン大学のピーター・カズニック教授、オリバー・ストーン監督、田中氏)

1 comment:

  1. 素晴らしい内容のお話を、ありがとうございます。
    早速ですが、転載させて下さい:ブログは http://yokoblueplanet.blog112.fc2.com です。
    よろしくお願い致します。

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