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Tuesday, October 01, 2013

オリバー・ストーンとピーター・カズニック来日総括の寄稿「日米は歴史偽造のパートナーである」(ハフィントン・ポスト) Oliver Stone and Peter Kuznick, The U.S. and Japan: Partners in Historical Falsification (Huffington Post)

オリバー・ストーンとピーター・カズニックが8月の日本訪問の総括として『ハフィントン・ポスト』Huffington Post に寄稿した記事の和訳を紹介する。「語られないアメリカ史 The Untold History of the United States」を語り続ける二人の来日の結論が「米国と日本は歴史偽造においてもパートナー同士である」であるとしたら、日本人としては自らを省みらざるを得ない。日本でも「語られない日本史」を語らなければいけないのだ。@PeacePhilosophy   

★写真は翻訳記事に独自につけたものです。★リンク拡散歓迎ですが、写真も含め転載はお控えください。★翻訳は投稿後微修正することがあります。


オリバー・ストーンとピーター・カズニック、長崎の爆心地に献花する(2013年8月8日)

The U.S. and Japan: Partners in Historical Falsification
http://www.huffingtonpost.com/oliver-stone/the-us-and-japan-partners_b_3902034.html

アメリカと日本:歴史偽造のパートナー
2013年9月10日

オリバー・ストーン、ピーター・カズニック

翻訳 酒井泰幸 翻訳協力 乗松聡子

 私達は先日、広島、長崎、東京、沖縄を巡る12日間の講演ツアーから戻った。8月6日の記念式典の前に広島で合流したのだが、その前にオリバーは、上海から500キロメートルたらずの距離にある韓国の済州(チェジュ)島で、工事が進む韓国海軍基地に反対している活動家たちを応援してきた。ピーターは、アメリカン大学の核問題研究所が行う毎年恒例の日本スタディーツアーの参加者たちと京都にいた。原爆投下の記念日の前後に広島と長崎にいるということは、私達二人にとって強烈な体験だった。と同時に、現代における帝国存続のためには、過去の過ちを隠して取り繕うことがいかに不可欠であるかということを再認識させられた。これは日米両国が過去68年にわたって力を合わせてきた企てなのである。

 両国の支配層がこの共生関係から利益を得てきたことは疑いようもない。日本が先ごろ中国にその座を追われるまで、アメリカと日本は世界の経済大国トップ2だった。両国は、世界で軍事支出が最も多い5カ国の中に入る。第二次世界大戦が終わって以来、日本はアジアにおけるアメリカ政策の要であり、現在でもそれは続いている。

  私達の今回の訪日に先立って、10部からなる映像ドキュメンタリー・シリーズ『オリバー・ストーンが語るもう一つのアメリカ史』がNHKで放映され、好評を博した。その書籍は今年前半に日本で刊行され、すでに5万部近くを売り上げている。広島の原爆資料館では時間外特別見学を許されたのだが、到着したときゆうに100人は超える記者とテレビカメラに取り囲まれた。世界的な防衛至上主義国家となっている米帝国に対する私達の批判が、日本でどれほどの関心を呼びおこしたかをはっきり認識したのはそのときだった。

8月4日、広島平和資料館の時間外開館で被爆者
近藤紘子氏(オリバーとピーターの間)の説明を受ける。
(写真:朝日新聞社)
広島からこの旅を始めたのは良いことだった。ピーターは1995年いらい京都の立命館大学と共同で毎年夏に学生を連れて広島を訪れていた。オリバーにはこれが初めての広島だった。ピーターは20年にわたり原爆投下について研究と執筆を続けてきた。オリバーは『もう一つのアメリカ史』へと実を結んだ5年間の調査研究の一環として、学術文献と映像資料の収集に没頭した。しかし、どれほどの予備知識があっても、広島を訪れると激しく感情を揺さぶられる。

 私達は、戦後アメリカ帝国を分析するうえで、1945年8月の原爆投下を中心に据えた。核の専売特許によって、アメリカは自国の意思を世界の他地域に押し付ける自信を得た。原爆投下後、アメリカ政府の高官は、これらの野蛮な行為を正当化する物語、真実とは似ても似つかない物語を、急いで紡ぎ出した。大衆には、原爆は戦争を早急に終わらせるために狂信的な日本人の上に慈悲深くも落とされたと伝えられた。原爆はまた本土侵攻を避けることによって人命が救われたとされ、トルーマンによると50万ものアメリカ人が命びろいしたということにされている。アメリカに他の選択肢はなく、原爆投下という行為は、正当化されただけではなく、人道的であったとされた。本土侵攻で命を落としていたであろう全ての日本人のことも考えてみよというわけだ。

 この歴史の言説からは、不都合な事実がいくつか抜け落ちている。日本の命運はすでに尽きようとしていて、5月以降は受け入れ可能な降伏の方法を模索していた。ダグラス・マッカーサー将軍は、[ドゥワイト・]アイゼンハワーと[ヘンリー・]アーノルドの2人の将軍、[ウィリアム・]リーヒ、[アーネスト・]キング、[チェスター・]ニミッツの3人の元帥など、戦後原爆投下を否認した要人に名を連ねるが、そのマッカーサーは、もしアメリカが天皇制維持を保証したなら、日本は5月には降伏していただろうと主張した。傍受された日本の電文からは、これが事実であったことが確認されている。トルーマンは7月18日の電文から「日本の天皇が電報で和平を求めている」と述べた。トルーマンはソビエト連邦が間もなく参戦することを知っていたし、そのソ連の侵攻を日本が最も恐れていたことも知っていた。5月に日本の最高戦争指導会議は、「ソ連の参戦は帝国にとどめの一撃を加えるだろう」と言明した。ポツダム会談で、トルーマンはソ連が太平洋戦争に間もなく参戦するという確証を得て、「そうなればジャップは終わりだ」と書き記した。彼は妻に、これで戦争は1年早く終わるだろうと語った。1945年7月6日に、連合諜報委員会(Combined Intelligence Committee)は、「ソビエト連邦の参戦で、日本は完全な敗北が避けられないことを納得するだろう」と報告した。

 8月9日、日本が占領していた満州国にソ連が侵攻し、戦争は急速に終結へと向かった。その同じ日、アメリカは長崎を破壊した。日本の指導者にとって、この無感覚で恐ろしい行為によって何かが根本的に変わるということはなかった。その年の3月以来、アメリカは合わせて100以上もの日本の都市を焼夷弾で爆撃し破壊していたのである。広島と長崎はこれに新たな2つを加えただけだった。しかし、ソ連の満州侵攻によって、鈴木貫太郎首相らは、ソ連に降伏するぐらいなら、可能なうちにアメリカ人に降伏するほうが良いと悟った。原爆投下は、ソ連が日本に侵攻し、ヤルタ会談で連合国がソ連に約束した戦利品を受け取る前に戦争を片付けるために、アメリカが企んだことであった。そして人類の歴史上さらに重要なことは、日本が戦争を終わらせようと躍起になっていたことを熟知していたソ連に対して、アメリカは「国益」を守るためなら完全に無慈悲になることを示すために、原爆を投下したということなのだ。
O. Stone and P. Kuznick,
The Untold History of the United States
(Simon & Schuster, 2012)

 この凶暴の物語をアメリカの慈悲心の物語へと作り替えるには並はずれた巧みさと、言いなりのマスコミ、そして無批判の教育機関の支配層を総動員する必要があったが、トルーマンと彼の擁護者たちはこれを見事にやってのけた。第二次大戦を「善い」戦争(確かに必要な戦争ではあった)として神聖化し、誰も口を挟むことができないようにしてしまった。アメリカ例外主義の神話、つまり自由を愛するアメリカ特有の優しさと利他的犠牲の精神の物語についても同様であった。

 第二次大戦に関する第二の根本的な神話は、アメリカがヨーロッパ戦線で勇敢に戦って勝利したというものだが、チャーチルが認めたように、「ドイツ軍事力のはらわたを切り裂いた」のは、実はソ連だった。ソ連はこの戦争のほとんどの期間で200ものドイツの師団に立ち向かったが、アメリカとイギリスを合わせても相手にした師団の数は10にしかならない。実際、[ジョージ・]マーシャルとアイゼンハワーの2人の将軍は、アメリカはノルマンディー上陸作戦までドイツと正面から対戦せずに、北アフリカ、地中海、その後ビルマでの大英帝国の国益を援護し、「端の方を小突いていただけ」だったと憤慨していた。アメリカの物語は決まったように、そして紛らわしくも、ソ連が戦局を逆転させたずっと後のノルマンディーから始まるのだ。

 そしてこの戦争の第三の神話は、冷戦はソ連の領土拡張主義と西側資本主義勢力への敵意によって生み出されたというものだ。実は、アメリカとソビエト連邦が協力し指導力を分担する多極的な世界というルーズベルトの構想を、トルーマンは就任後2週間もたたないうちに根本的に切り崩し、不信と敵意の政策を始めた。

したがって私達は、戦争についてアメリカ人が学ぶことはほとんど全て、実際に起こったこととは正反対であると主張する。驚くことに、日本の生徒に教えられている第二次大戦の歴史は、同様に偽りに満ちた不誠実なものだ。今日の日本で、南京大虐殺と朝鮮人女性の性奴隷化については、ある程度知られており論争もあるが、アジアの他地域における戦時日本帝国の猛攻撃に伴う残虐行為と無慈悲な殺戮についてはほとんど議論されることがない。日本による短い統治の間に百万人をゆうに超えるベトナム人が死んだことや、インドネシアやマレー半島、フィリピン、台湾、ビルマなど戦地のいたる所で、男女かまわず行われた残虐行為について、知る人はほとんどいない。そして日本の降伏そのものが、哀れみ深い天皇が臣民をこれ以上苦しませないために自らを犠牲にする思し召しという無意味な話で包み隠された。
8月10日、「岡まさはる記念長崎平和
資料館」で高實康稔館長(左)から説明
を受ける。(写真提供:川崎哲)

 この口実は戦後も続いた。極東国際軍事裁判では、日本が中国人その他の民間人を空襲で殺害したことに対して、日本の指導者たちは何の罪も問われなかったが、これはアメリカが日本の民間人を焼夷弾で焼き殺したことや、原爆投下というもっと深い戦争犯罪と比較されないことを確実にしておくためだった。焼夷弾攻撃について、陸軍長官のスティムソンはトルーマンに、アメリカが「残虐行為ではヒトラーの上を行ったという評判」を得ることは望まなかったと告白した。また原爆投下について、トルーマンの個人的な参謀長であったウィリアム・リーヒ元帥は、「日本は既に敗北し降伏の用意があった」と宣言し、アメリカの指導者たちは軍事目標を攻撃するのだと主張したが、「それを通り越して、可能な限り多くの女子供を殺した。これこそ彼らがずっとやりたかったことだった」と、トルーマンの伝記作者のジョナサン・ダニエルズに対して1949年に語った。アメリカは実際には何十人ものA級戦犯を不起訴にして釈放し、恩赦もした。その多くは戦後アメリカの命令に従った。その中に、日本テレビの創設者で、現在日本最大の新聞である読売新聞の社主だった正力松太郎がいる。核兵器の使用を正当化するため原子力の平和利用を売り込むアイゼンハワーの働きかけの一環として、彼はCIAや米国海外情報局と緊密に連携し原子力を日本に導入した。アイゼンハワーこそが、大量の核兵器を蓄積し(就任時には約1000発だった核兵器が、彼の予算が執行され終わる頃には3万発になっていた)、トルーマンがちらつかせたオムニサイド(皆殺し)の可能性を、それ以後の人類を悩ませ続ける現実に変えた張本人である。

 岸信介も釈放された戦犯の一人だった(訳者注:原文では「恩赦 pardon」という言葉になっているが、岸は不起訴で釈放されているので「釈放」と訳している)。彼は1957年に日本の首相になり、歴史捏造者の家系を築くことになった。岸は、広く「安保」として知られている相互協力及び安全保障条約を押し通した。この条約は日本における米軍基地の駐留を認めたものである。岸は、大衆による激しい反対運動のために辞任に追い込まれた。岸はすでに、日本の憲法は核兵器の開発を禁じていないと主張して大衆の怒りを買っていた。これは、アメリカが起草した平和憲法の反軍事的な第9条を圧倒的多数が歓迎した国にあっては異端の説であった。憲法9条は、「日本国民は国権の発動たる戦争を永久に放棄」し、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持してはならない」と規定する。朝鮮戦争以後、アメリカの指導者は、日本が憲法9条を無効化し、地域防衛でより大きな役割を果たすように圧力をかけていた。岸政権は、核兵器を搭載した米軍艦が日本の港に入ることを白紙委任する「密約」を交わして大衆を欺いた。
早川書房刊日本語版、第一巻。

 岸の弟、佐藤栄作は1964年に首相になり、日本が独自の核兵器計画を開始することを個人的に支持した。彼は1967年に、日本は核兵器を作らず、持たず、持ち込ませないという「非核三原則」を打ち出した。後に佐藤は、アメリカ大使を相手にこの宣言を「ナンセンス」だと述べ、非核原則違反を継続した。1971年に、彼の政権は沖縄を日本に返還する条約を調印したが、アメリカは沖縄の軍事基地を維持することが明記された。1969年に彼は、沖縄が1972年に返還された後も、緊急事態の場合はアメリカが沖縄に核兵器を持ち込むことを許す密約を交わした。前年のヘンリー・キッシンジャーに続き、1974年に彼がノーベル平和賞を受賞したことは、国際危機の平和的解決を見出す努力をさらに愚弄するものとなった。

 岸の孫である右翼の安倍晋三が、2012年12月の選挙で当選したことで、この嘘と欺瞞の環が一周した。安倍は以前にも総理大臣を1年間つとめたが、不興をこうむって辞任している。彼は歴史を否定することで悪名高く、中国に対する日本の残虐行為の真実性に疑問を呈し、日本軍兵士への性の提供を強制された女性たちに対する日本の謝罪を取り消すことをほのめかした。

 3年間の民主党政権が失敗に終わった後、安倍自民党は権力に復帰した。民主党の敗北は、日本国民の改革への希望に悲惨な一撃を加えた。民主党の鳩山由紀夫は2009年9月に首相に選ばれ、数十年間ほとんど絶えることのなかった自民党支配を終わらせた。彼は、沖縄県内の大規模なアメリカ海兵隊基地を普天間から辺野古に移転する計画を阻止し、完全に沖縄県外へ移転することを約束した(訳者注:原文では「国外」とあるが、鳩山の公約「最低でも県外」に合わせて「県外」と訳してある。著者の了解済)。普天間とその他の米軍基地は、米帝国の活動にとって非常に重要であるが、小さな沖縄県には在日米軍基地の74パーセントが集中し、沖縄の人々は心底これを嫌っている。鳩山の抵抗はノーベル賞を受賞したバラク・オバマによって潰され、鳩山政権は崩壊へと転落していった。『もう一つのアメリカ史』を熱心に推薦した鳩山に私達が会ったとき、私達が見たのは、侵略を続ける米軍基地の帝国に抵抗を試み、道半ばで潰された男の姿だった。

8月12日、鳩山元首相との面会。左から、藤田幸久参議院
議員、鳩山氏、オリバー、ピーター、乗松聡子。
(写真:鳩山由紀夫事務所)
オバマは、人間の品格と社会正義、沖縄の人々の意思よりも、アメリカ帝国の維持が優先されると明確に示した。歴代大統領の中でこの姿勢に例外が生じたのはジョン・ケネディーと、ほんの束の間ではあったがジミー・カーターのときだけであった。沖縄の人々は新たな海兵隊基地の建設に反対し、自分たちの土地が、朝鮮戦争をはじめとする米国のアジアでの戦争の全てで発進基地として使われることに反対して力強く戦ってきた。オバマのいう「アジア回帰」、つまり米国とその同盟国による「防衛」費膨張の口実である新しい冷戦の中で中国を「封じ込め」る計画の中、沖縄は同様の役割を果たすように仕向けられている。

 アサド政権が化学兵器を使用した疑いを、超えてはならない「一線」と捉え、アメリカはシリアへの攻撃を準備しているが、アメリカがこのような問題を大量破壊兵器の使用と関連させるのは、アメリカの国立航空宇宙博物館が広島への原爆投下で大量破壊兵器時代の幕開けを告げた飛行機であるエノラ・ゲイを誇らしげに展示していることを考えると、非常に奇妙なことに思えるだろう。ここには、自国の歴史を捨て去る国でだけ見えなくなる皮肉がある。キング牧師の言葉では「世界最大の暴力提供者」であるにもかかわらず、独善的に世界の警察官という役割を自認する国なのだ。ウッドロウ・ウィルソンが1世紀近く前に言った。「アメリカは世界の救い主」だとアメリカの指導者たちが信じているかぎり、外交のかわりに武力を用い、アメリカは1945年の原爆投下で全面的に非難されることを回避したという事実に裏打ちされた「力は正義なり」という信念に固執し続けるだろう。元国務長官のマデレーン・オルブライトが全く臆面もなく宣言したように、「もし我が国が武力を使わねばならないとしたら、それは我々がアメリカだからだ。我が国は無くてはならない国なのだ。」 

 世界の他の地域がアメリカによるシリアでの軍事行動をどのように見ているかを理解するために、意外な人物の言葉が役に立つ。サミュエル・ハンティントンはこう書いた。「西側諸国は思想や価値観、宗教の優越性で勝利したのではない…むしろ、組織的暴力の行使における優越性によって世界の中で勝利したのだ。西側の人々はしばしばこの事実を忘れる。西側以外の人々は決してこのことを忘れない。」


「語られないアメリカ史」The Untold History of the United States は10月15日、 Warner Brothers 社からDVDが発売、Simon & Schuster 社からペーパーバック版の本が出る予定である。(訳者注:日本では、「オリバー・ストーンが語るもう一つのアメリカ史」という題で、本は早川書房から1-3巻発売中。NHK BS1で今年放映された。今後DVD発売予定。)


(翻訳 以上)


8月14日、沖縄・名護市で海兵隊新基地建設に反対する稲嶺進市長を訪問、応援。
(写真:琉球新報社)

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