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Saturday, December 26, 2015

アンドレ・ヴルチェク: 改革され、矯正され、陵辱されたユネスコ Andre Vltchek: Reformed, Disciplined and Humiliated UNESCO 

 南京大虐殺のユネスコ世界記憶遺産への登録をめぐり、日中間の小競り合いはユネスコを巻き込み、分担金の支払い停止へとエスカレートしそうである。
 そもそも世界記憶遺産とは何だったのか、ユネスコとは何だったのか。
 2000年代初めに飛び交っていた「ユネスコ改革」という言葉は、放漫財政を断罪するという論調で報じられていた。しかしユネスコは設立当初から、他の国連機関とは異なる真に国際主義的な目標を持っていたために、アメリカをはじめ西側資本主義陣営の利害と対立してきた。
 その理想が記されているユネスコ憲章の前文は、第二次世界大戦が無知と偏見から生じたものだという反省に立ち、日本国憲法前文とも重なる。
 この、帝国主義に対抗してでも人道主義を広めて行こうというユネスコの理想主義的な本質を骨抜きにすることが、じつはユネスコ改革の真意だったのだ。そして、ユネスコ破壊の鉄槌を振り下ろしたのは、アメリカに追随する松浦晃一郎という日本人事務局長だった。脱退していたアメリカは、思い通りに「改革」されたユネスコに再び迎え入れられたが、パレスチナが加盟していることを盾に分担金を拒否し続けている。
 ユネスコと日本国憲法を破壊しようとする力の根源は、同じものだ。
オンライン・マガジン「New Eastern Outlook」に掲載されたアンドレ・ヴルチェクの論考を翻訳して紹介する。
(前文・翻訳:酒井泰幸 翻訳協力:乗松聡子)

原文は Reformed, Discplined and Humiliated UNESCO

改革され、矯正され、陵辱されたユネスコ


2015年11月20日
アンドレ・ヴルチェク

 最近の安倍晋三内閣の暴走は明らかだ。軍事力をひけらかし、憲法を軍国主義化し、完全武装の日本を作ろうとしている。そして必要もないのにけんかをふっかけるのは、往々にして米国と欧州諸国のジャパン・ハンドラーたちへの忠誠を示すためである。

 ガーディアン紙によれば、いま「日本は南京大虐殺の登録問題をめぐってユネスコへの分担金を停止すると脅している。」

「南京大虐殺に関する、論争を呼んでいる中国の文書を、日本の抗議にもかかわらずユネスコが世界記憶遺産に登録した後、日本はこの国連組織への資金提供を撤回すると脅しをかけ続けている。」

 1937年の末、6週間にわたり、中国の都市南京で日本帝国陸軍は何十万人もの人々を残虐な方法で殺害した。この恐ろしい事件は「南京大虐殺」、あるいは2万人から8万人の女性が性的な暴行を受けたことで、「レイプ・オブ・南京」として知られている。

 南京大虐殺が実際に起きたことを疑う者は狂人だけである。安倍内閣でさえそのことに異議を唱えてはいない。しかし日本は「相談されなかった」ことで「怒って」いる。日本は実際南京だけで約30万の中国人を虐殺したと認めることも拒否している。

 日本の傲慢はとどまるところを知らない。「リベラル」だと言われる日刊紙の朝日新聞は最近、中国の学者と報道関係者たちを、独立性を保って調査する「自由がない」から南京の犠牲者数を知り得ないだろうとの主張で侮辱した。まるで日本のメディアと学者の大多数は、どこかの石頭で卑屈な西側諸国への協力者集団ではないとでも言うかのようにである。

 話をユネスコに戻そう。世界記憶遺産は、かつて進歩的で反帝国主義であったこの組織の、最後の大事業の一つである。これは、無数の人道に対する犯罪とともに、西側諸国の覇権、植民地主義、戦争に対する勇敢で断固とした抵抗運動を、風化させず不滅のものとする事業である。そして登録リストに目を通せば、チリ、パラグアイ、アルゼンチンから、アンゴラ、南アフリカに至るまで、あらゆるところでの犯罪のほとんどが、実際には西側の帝国主義に後押しされた極右政権によるものだったことが明らかになる。

 このリストには1955年にインドネシアのバンドンで開かれたアジア・アフリカ会議や、世界中の多数の文化遺産も含まれている。

 創設当初から、西側同盟諸国はユネスコとその姿勢に対し常に嫌悪感を表していた。西側諸国は資金提供を最低ぎりぎりまで減らし、世界への影響力を削ぐために、あらゆる努力をしてきた。



 かつて国連教育科学文化機関(ユネスコ)は、地球上で最も偉大な教育者、思想家、科学者、芸術家たちを結び付け、進歩的で独立した世界の頭脳のように機能しようと試みていた。

 ユネスコの初代事務局長だったジュリアン・ソレル・ハクスリーは、イギリス人の科学者で国際主義者だった。『すばらしい新世界』を著した小説家で哲学者のオルダス・ハクスリーを兄に持つ。

 ユネスコに大きな影響を与えたのは、キューバの教育システムと、マルクス主義イデオロギー、そしてアフリカと全世界で繰り広げられていた反植民地主義・反帝国主義の闘争だった。

 その歴史を通じて、ユネスコのスタッフは多くの重要な国際主義者や反帝国主義思想家で占められていた。この事実は、当然ながら西側諸国と西側寄り反帝国主義諸国を激怒させた。1956年に南アフリカはユネスコを脱退し、この国が再加盟したのは、アパルトヘイトが終わりネルソン・マンデラの指導の下での1994年のことだった。

 アメリカは1984年に「この組織は腐敗が蔓延しソビエト連邦の影響を過度に受けている」と宣言してユネスコを脱退した。「アメリカはユネスコの創設時に加盟したが、その後1984年に脱退したのは、アメリカ外交政策とユネスコの目標の食い違いが拡大したからである」と、アメリカ国務省の公式サイトに記されていた。

 1980年代には、イギリスとシンガポールも脱退した。

 この状況が変わったのは、ユネスコがいわゆる「改革」を断行してからで、特にもう一人の西側寄り下僕官僚の日本人、松浦晃一郎が事務局長(1999〜2009年)となった後である。アメリカで学んだこの日本のキャリア外交官は、パリに本拠を置くこの組織を1999年に引き継いだ。それ以来、松浦氏はアメリカの復帰に向けて絶え間なく陳情運動する一方、反帝国主義の「強硬派」幹部たちをユネスコの要職から追放した。彼の指揮下で、ユネスコは牙を抜かれ、西側に服従し、技術官僚が力を持つようになった。彼はあらゆるイデオロギー的原理をまんまと剥ぎ取ってしまった。要するに、彼はユネスコを単なる「もう一つの国連機関」に作り変えてしまったのだ。

 松浦の在任中、「我々にできることは皆無だ」と複数のユネスコ職員がパリで私に語った。「これで、おそらく我々が知るユネスコは終わった。独立を保ち進歩的な国際的抵抗運動は終わったのだ。」

 ニューヨーク・タイムズは2002年に「ユネスコの代表はいかにワシントンを再加盟に導いたか」と題する記事で以下のように報じた。

「松浦晃一郎事務局長は…3年をかけてワシントンで精力的に陳情活動し、この修復された国連機関が、…特にアメリカのために、価値ある国際フォーラムとなるであろうことを、政府と議会に説得した…松浦氏がインタビューで語ったところによると、言い換えれば、腐敗が蔓延しソビエト連邦の影響を過度に受けていると断罪して18年前に脱退したユネスコを、アメリカは外側から改革させようと出来る限りやってきたが、今や内側から同様の圧力をかけ続ける時が来たのだ。」

 ニューヨーク・タイムズはこれを皮肉や嫌味で書いたのではない。[アメリカにとっては]世界はこのように機能すべきものだったのだ。「特にアメリカのために、価値ある国際フォーラム!」 こんなもののために、この国連機関は存在していたのだろうか。一人の日本の官僚にとってはその通りだったかもしれないが、世界にとってはどうだったのか?

 イギリスは1997年、アメリカは2003年、シンガポールは2007年に再加盟した。その後のユネスコは完全に変わってしまった。



 過去においてさえ、ユネスコは国際主義的でしばしば共産主義寄りの姿勢を、周期的に放棄させられてきた。チャールズ・ドーンとクリステン・ゴドシーは学術報告書「冷戦下における識字の政治問題化〜共産主義、ユネスコ、世界銀行〜」で次のように述べた。

「冷戦時代を通じて、ユネスコ事務局長たちは、文盲を根絶するための明確な戦略を立てるとともに、識字プロジェクトを完全実施するのに必要な資金を確保すべく奮闘した。それに加えて、世界保健機関のような他の国連機関と同様に、冷戦の緊張によってアメリカからの批判に曝された。それは、ユネスコは共産主義の影響下に入っており、基礎教育という目標は「アメリカの理想と伝統に反する」というものだった。さらに、その成功が広く知られた1961年キューバの「大衆」識字運動の後、キューバと共産主義を連想させるようになった「大衆的」(つまり意識喚起のような政治社会的目標の達成を意図した識字教育を言う言葉)ではなく、(職業訓練に向けた識字教育を言う)「機能的」という言葉でユネスコの識字計画を再定義するよう、ジョンソン政権は圧力を強めた。」



 2011年にパレスチナは、107の加盟国が賛成、14カ国が反対票を投じた結果、ユネスコ加盟国となった。2011年11月4日付のイスラエルの新聞ハアレツは以下のように書いた。

「アメリカで1990年と1994年に可決された法律は、パレスチナを正式加盟国と認めるいかなる国連組織にも財政的な貢献はできないと定めている。その結果、ユネスコ予算の約22%を占めるまでになっていた資金供与を停止した。」

 すぐにイスラエルはユネスコへの支払いを凍結し、パレスチナ政府に制裁措置を課した。国連機関内部での民主主義と自治などはその程度のものだ!西側同盟諸国はまたしても明確なメッセージを送った。「言われた通りにしろ。さもないと飢え死にさせるぞ。」

 そして、ユネスコは想像しうる最悪の仕打ちを受けた。アメリカは加盟国として留まり、デマと影響力を振りまき続けたが、同時に、何十年も前に作ったアメリカ至上主義の異様な「法律」とやらの影に隠れ、支払いを拒んでいる。

 中東では、ユネスコはシリア政府と直接やり取りしようと試みているが、西側とイスラエルの権益が引き続きユネスコに入り込み、「対抗勢力」への協力を押し進めている。

 そして今、日本はさらに10パーセントの出資を停止すると脅している。

 ユネスコ職員の一人は最近の展開を憂慮している。

「現在はこの組織にとって非常に困難な時代で、もし日本が支払い拒否や減額を決定すれば、ますます厳しくなるだろう。何年も前にパレスチナがユネスコの正式加盟国になったとき、アメリカとイスラエルは出資を停止した。それは20パーセント以上の減額だった。現在日本は最大の出資国で、約10パーセントである。日本にとって、実際これは単にお金の問題ではなく、第二次世界大戦中に中国で行った忌まわしい行為を否定することなのだ。」



 私がユネスコのことを思うとき、より良い世界のため、教育と文化への権利のために闘った親しい友人たちのことを思い出す。ユネスコ職員は世界の隅々まで、西欧帝国主義に陵辱された地域にさえ、出向いて行った。職員の多くがそこへ行った理由は、彼らが真の国際主義者、真の反帝国主義者、真の革命家であったからなのだ。

 1973年9月11日にアメリカに資金援助されたアウグスト・ピノチェト将軍の軍事クーデターの直後、チリの首都サンティアゴの美しい邸宅で、ユネスコ職員がアレンデ政権の要人たちに政治亡命を提供したことも、私は覚えている。

 あの時代以来、西側とその下僕たちはユネスコをねじ曲げてしまったのだ!

 しかし全てが失われたわけではない。この組織の使命をまだ信じている人々がいる。松浦のような人々が「特にアメリカのために、価値ある国際フォーラム」へと作り変えてしまう前に存在した、最初のユネスコを取り戻すために闘う意思を持った人々がいる。

 エクアドルのラファエル・コレア大統領は、2013年11月20日、ユネスコの第37回総会で、加盟195カ国を前に演説した。彼の演説は詩的・哲学的で、ラテン的であり、この組織を初期に作っていた根源的なペーソス(悲哀)に満ちたものだった。

「ユネスコの使命は、平和を強固なものにし、貧困を根絶し、持続可能な開発と異文化間の対話を支援するために貢献することだが、これは慈善よりも正義に依拠しているのだ。もし知識が私有財産化されず人類全体への奉仕のために供されるなら、最貧国の発展を加速できるだろう。これら最貧国は慈善よりも、技能・科学・技術を切望している。現在の世界に働く力学と人類の現状を考えれば、これはユートピア主義であるという事実に、私は他の誰よりも気付いている。しかし、ユネスコはユートピアのために作られたのだ。『収奪された大地〜ラテンアメリカ五百年』を著したウルグアイ人の作家エドゥアルド・ガレアーノはかつてこう言った。『ユートピアは地平線上にある。私が2歩だけ近付くと、それは2歩だけ遠ざかる。私がさらに10歩進むと地平線は10歩逃げていく。私がいくら歩いても、そこにたどり着くことはない。ならばユートピアを目指す意味は何なのか? それはこういうことだ。歩き続けろ、と。」

 彼がモンテビデオで私に語ったように、エドゥアルド・ガレアーノにとって「ミューズ」(文芸の女神)といえるものは二つあり、それは「現実」と「ユートピア」であった。ユネスコもそれらを共有していた。

 しかし帝国主義がこれらの「ミューズ」を破壊し、かわりにニヒリズムと、西欧の「価値観」と、市場経済の実利主義を注入した。

 ユネスコ職員はこの組織の当初の価値観を守るために立ち上がるべきである。ユネスコは、ワシントンや東京のいじめっ子などではなく、もう一度人類に奉仕すべきなのだ!



 2015年11月11日に、アメリカは任期4年のユネスコ執行委員に選出された。賛成は158票だった。2011年以降支払いを拒否してきたこの国が、投票権をすでに失っていたことを考えると、それは本当に奇怪な出来事であった。


アンドレ・ヴルチェク(Andre Vltchek)は哲学者、小説家、映画制作者、調査記者である。彼はウェブサイト「Vltchek’s World」の制作者で、熱心な Twitter ユーザーであり、特にオンライン・マガジン「New Eastern Outlook」に多数寄稿している。

初出:http://journal-neo.org/2015/11/20/reformed-disciplined-and-humiliated-unesco/




参考:
「松浦改革」の詳細についてはル・モンド・ディプロマティーク2009年の記事を参照。この記事へのユネスコ事務局長官房からの抗議文(2009年10月26日)、松浦晃一郎前ユネスコ事務局長からの抗議文(2010年1月26日)も公開されている。

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