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Monday, May 16, 2016

田中裕介:歴史に何を学ぶか ­– 80年後に甦った「石の声」 Yusuke Tanaka Introduces New Publication: Torn Memories of Nanking

日系カナダ人のコミュニティ、歴史、文化を伝える雑誌、『The Bulletin(げっぽう)』5月号に載った田中裕介氏の記事を許可の上転載します。


歴史に何を学ぶか ­– 80年後に甦った「石の声」

田中裕介(トロント在住)

 年末の帰省便の機内で「日本の一番長い日」(原田眞人監督・2015)を見た。敗戦後の日本の方向性を決めた御前会議での政府首脳陣の苦悩は、緊迫感に溢れていて、復路でも再度鑑賞した。日本が無条件降伏するかどうかを迫られた時、青年将校が叫ぶ。「続行あるのみ!わが軍は局地戦では負けていても、戦争には勝っている!」。まるでプロ野球の放送席インタビューの台詞だなと思った。負けたチームの監督が「試合には負けましたが、プレーでは勝っていました。次に繋がるよい試合が出来たと思います」と言う負け惜しみだ。 この論法で突き進むならば、全滅する最後の一人まで「負けていない」ことになる。これは、降伏はしたが正義の戦争だったと正当化する大東亜戦争史観である。

 全ての戦争は政治の破綻である。先ず国民の生命の安全を託された政治家が戦場に赴くべきだと思う。殺し合いで平和が達成できるのなら政治家はいらない。
著者の松岡環さん(413日、
トロント大での出版記念会で田中撮影)
 一方に、「南京大虐殺はあったのか、なかったのか」という日本人が飽きずに繰り返す議論がある。これは世界中の歴史学者を敵に回して、「なかったのだ」と主張する、いわば現代版「大本営発表」の妄信でしかない。当然にも「100人以上の犠牲を出した惨禍の都市や村は、中国全土で390カ所を数えました」という作家・松岡環さんの言説をも否定することになるだろう。初の英語による、南京戦での加害者と被害者の両方の証言集が4月に北米で出版された。

●リドレス以後の日系内部の変節
 193712月初頭から6週間ほどで30万人の中国人を日本兵が殺害したとされる事件が、来年2017年で80周年を迎える。僕は1989年に日系ボイスの日本語編集者になってから、「人権問題の番犬たれ」というNAJC(全カナダ日系人協会)の 使命を担って、この問題を取材してきた。リドレス運動では、中国系、韓国系、先住民など20以上の民族系団体が支援してくれた。だから、今度は恩返しをする番だとするNAJCの姿勢は明快だった。だが、じきに決着する問題だと楽観していたが、25年経ても解決の目処はつかない。

 慰安婦問題も南京虐殺事件も、日本は世界を敵に回してしまい、本丸しか残っていない。政府が動かなければ埒があかないのは確かだ。2009年、NAJCトロント支部長が僕のデスクに来て、「これは日本と中国、韓国の問題であり、カナダが取り組むべき問題ではない。どこかで線引きすべきなのだ。でなければ、そのうちあんたとショーダウン(決闘か?)することになるだろう」と言われた。紙面で取り上げるなという圧力のつもりだったのだろう。

 だが、公の場でそんなことを発したら、カナダ市民から袋叩きにあうだろう。経済専門家マイケル・ジュノー・カツヤはその共著「Nest of Spies」(2009)で、カナダのアルファという人権団体は「中国政府のスパイである」と書いた。直ぐに告訴されて該当箇所が削除され、謝罪と賠償が課された。日本の戦争責任問題は、アジア系カナダ市民が今も抱える人権問題なのだ。僕自身が身をもってそれを実感した。

 1992年、戦後初の天皇による中国公式訪問に際して、トロントでは、南京事件の真相究明、謝罪、教科書への記述など5つの要求を提出して一万名の署名が集められ、250名が日本総領事館まで行進をして届けた。記者会見では、実際に日本軍に暴行をされた数人が現れて証言した。幼い頃、目の前で母親が強姦されるのを目撃した女性は絶句したまま、通訳と一緒に泣き続けた。ところが、その後、仕事場のある中華街を歩いていたら、買い物袋を抱えて急ぎ足で歩くこの女性とすれ違ったのである。その一瞬、自分が暮らすこの街が戦時中の中国の重慶や南京と時空を超えて繋がっているのだと悟った。

 そして、24年。史実の真偽を議論せずに、どう認識するかという議論にすり替えているのは、世界広しと言えども日本人くらいだろうと思う。「いくらなんでも3週間でそんなに殺せるはずはない。せいぜい5万人くらいだろう」と問題の焦点をはぐらかす作家がいる。「残念ながらそれを証明する書類はみつからなかった」と意図的に焼却された事実を顧みず、一次資料の欠如を吹聴する歴史家がいる。証拠として「ジョン・ラーベの日記」が出版されると、「ナチ党員のラーベが書いたものは信憑性に欠ける」と言い捨てて旭日旗を仰ぐ青年を知っている。

 トロントにワーホリで来た旭日旗青年と一年間付き合った。彼は第二次大戦中のいわゆる戦記物を愛読しており、とてつもなく戦史に詳しい。聞けば、父親は自衛隊員だという。「南京戦は迫撃砲戦だけで、掃討作戦でいくらかの死者はあったようですが、大量虐殺などなかったというのが歴史家の常識です。第一、日本人はそんな残虐なことをするようには教育されていない。そう思いませんか」と逆に、僕の《日本人性》が問われた。この根拠皆無の選民意識こそが二千万とも言われる殺戮を許したのである。何も変わっていない。

●新刊書「引き裂かれた記憶・南京戦」

 1980年代、小学校教員だった松岡環さんは、在日コリアンの教え子から「生徒には勉強しろと言うてるけど、先生は何を勉強しとん?」と、日本のアジア侵略の歴史の無知さを指摘された。そこで、1988年に南京への学習ツアーに加わったのが転機になったという。1997年から南京戦に従軍した三重県の元兵士たちを訪ね歩き聞き取り調査を重ねて、「南京戦­­−元兵士102名の証言」(2002年)にまとめた。何度も訪ねてゆくうちに、齢80を超えた元兵士たちは次第に話し始め、その数250名にのぼった。

 一方で、休暇を利用して頻繁に南京に通い、市内で老人たちを見かけると、「1937年当時、あなたは南京にいましたか」と捜し回り話を聞いた。「犠牲となった人たちも驚くほど協力的でした。わざわざ日本人が聞きに来てくれたと喜んでくれたのと、私が何も知らない女性だったこともよかったのかも知れません」という。中国側の聞き取りは300名に及んだという。

 だが、強姦されたことを認めた女性は、南京市内ではわずか「7名」。「家族が犠牲になったと語る人はいても、本人は決して語りませんね。夫や家族にもひた隠しにしているのです」。

 トロントの移住者女性から「もし慰安婦が20万人もいたのなら、何故もっと早くから名乗り出てこなかったのですか」と問われたことが2度ある。言外に韓国政府が仕組んだやらせだと言いたいらしい。僕は「日本でも新聞を通じて女性たちが募集され戦地に送られました。戦後、名乗り出た女性はいますか」と逆に質問した。答えは「たった一人城田すず子さんを除いて皆無」なのである。これが何を意味するかを、どうか考えてほしい。「石の声」を探してほしい。

 松岡さんによると、南京戦に加わった元日本兵たちは、「上海陥落から南京に至るまでは能弁に語るのですが、南京ではどうしましたかと聞くと、『(軍人会の)軍恩新聞に話したらダメやと書いとるやないか』と口を閉ざすのです」。掟破りの罰則は村八分だ。その恐怖と恥と世間体が真実を隠蔽しているのだ。

 もう一つ残念なことは、保守派が訴える「国益を守れ」と、真相究明を訴える活動家たちに投げつけられる「売国奴」という誹謗だ。こんな頑迷固陋な人たちのために、如何に莫大な「国益」を日本が国外で失ってきたことか。多民族社会の北米で感じる近年の日本の地位低迷、影の薄さをみれば明らかだ。真の「国益」とは、 平和の維持である。海外から日本を見た時、軍国主義の象徴である旭日旗を振り回し、非戦日本の誇りを踏みにじるこういった「売国奴」こそ排除されなければならない。

 インタビューの最後に、海外からも支援しますと言うと、松岡さんは「外圧はダメです」と意外な反応が返ってきた。「外圧で政治が変わっても、社会は変わりません。内側から変化していかなければなりません」という。確かにそうだ。憎悪で充満したヘイトグループに外圧を加えてもいたずらに弾け飛ぶだけだ。彼らの憎悪をしぼませることができるのは、外圧ではない。内側から風穴を開ける日本人内部からの知性と理性だけだろう。

JCCAブルテン20165月号掲載記事を許可を得て転載しました。

“TORN MEMORIES OF NANKING”「引き裂かれた記憶・南京戦」は、既に出版されている「南京戦・閉ざされた記憶を尋ねて−­元兵士102人の証言」(2002年)と「南京戦・切り裂かれた受難者の魂­−被害者­­120人の証言」(2003年)から抜粋し再編集した初の英訳証言集。英語版は Toronto ALPHA 発行。問い合わせはinfo@alphaeducation.orgへ。


田中裕介(たなか・ゆうすけ)
元日系ボイス・マネージングエディター​ 。
​​現在は日系メディア等に寄稿している。トロント憲法九条の会、広島長崎記念日連合委員、トロント・コリアン映画祭理事。1994年以来トロントで「語りの会」を主宰し、海外にも出張し英語で日本の昔話、アイヌ民話や創作話などをギターの弾き語りをまじえて演じている。1951年札幌市出身。早大卒。


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