Saturday, June 13, 2026

『朝鮮新報』より転載:5月9日、群馬での追悼、モスクワへの思い/乗松聡子 May 9: Commemoration in Gunma, and Victory Day in Moscow

『朝鮮新報』連載「私のノート 太平洋から東海へ」9回目(26年5月19日)の乗松聡子の記事を転載します。

〈私のノート 太平洋から東海へ 9〉5月9日、群馬での追悼、モスクワへの思い/乗松聡子

2026年05月19日

 5月9日、「戦後80年を問う群馬市民行動委員会」(アクション80)による追悼集会に参加しました。群馬では、1995年、「戦後50年を問う群馬の市民行動委員会」(アクション50)が結成され、県内での朝鮮人強制連行の歴史の調査が進み、追悼碑を建てる市民の動きが加速しました。県議会での全会一致の採択を経て、2004年に、県立公園「群馬の森」に朝鮮人強制連行犠牲者追悼碑が建立されました。

その碑は、今はありません。12年頃から右翼団体の追悼碑への攻撃が始まり、県も右翼の歴史否定に迎合するように碑の設置期間更新を不許可とし、「追悼碑を守る会」による訴訟も最終的に敗訴しました。24年1月末、県が代執行として撤去を強行、「記憶 反省 そして友好」と刻まれた追悼碑を破壊しました。

私は昨年9月、「守る会」の石田正人さんの案内で追悼碑があった跡地を訪ねました。現地で起動すれば碑がそこにあるように見えるアプリで、壊された碑と出会うことができました。石田さんは、「強制連行で亡くなった人たちの浮かばれない魂が、せめて祖国がどこにあるかわかるよう、碑と塔に刻まれているスリットごしに見ると朝鮮半島の方向がわかるようになっていた」と教えてくれました。

追悼集会のあと、強制連行の調査を長年してきた歴史研究者の竹内康人さんの講演がありました。資料によると、群馬県内では、わかっているだけでも42か所の事業所で、6千人ほどの朝鮮人が強制労働に就かされました。中国人、台湾人の強制労働もありました。もちろんこれは群馬県に限ったことではありません。日本に連れてこられた労務動員だけでも約80万人、軍務・軍人動員を合わせると100万以上、朝鮮内や海外も含めると約800万人が動員されたのです。

この紛れもない歴史を率先して否定しているのは日本政府です。21年4月、菅内閣は強制連行、強制労働の用語を「適切ではない」と閣議決定し、教科書からもこれらの用語を外させました。15年、「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録にあたり日本政府は、「意思に反して連れてこられ、厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者がいたこと」を理解できるように、また「犠牲者を記憶にとどめるため」に、東京・新宿区に「産業遺産情報センター」を設置しました。ここには私も最近を含め複数回行きましたが、実際は、約束した目的とは真逆の、強制連行や強制労働そのものの否定が行われています。

群馬で大日本帝国の強制労働で命を奪われた人々を記憶・追悼していた5月9日の同日、モスクワではナチス・ドイツに対する戦勝81周年の記念式典・パレードが行われていました。ナチス・ドイツを倒した最大の功労者はソ連です。軍民合わせ約2700万人が亡くなりました。現在のロシア人は誰しもが家族や祖先の戦争体験を引き継いでいます。プーチン大統領も、両親が、推定100万人以上の市民が餓死・凍死したと言われるレニングラード包囲戦(1941年9月―44年1月)を生き抜き、当時2歳の兄は飢えと病気で亡くなりました。

旧ソ連をはじめとする連合国の人たちが共に手を取り合ってファシズムに打ち勝った日を祝う日のはずなのに、今年はウクライナによるテロ攻撃から守るために式典の縮小を余儀なくされました。2014年、米国オバマ政権が仕掛けた「マイダンクーデター」で政権転覆され、ウクライナは事実上米国が支配する国となりました。「マイダン」以前はロシアとウクライナは共に戦勝記念日を祝っていました。独、仏、英などの西側首脳が参加するときもありました。今ロシアは、その西側の支援を受けたウクライナの攻撃を警戒しながら戦勝記念日式典を行わざるを得ないのです。

22年2月24日から始まったロシアの特別軍事作戦について、西側諸国の政府やメディアは、ロシアが「Unprovoked(いわれなき)」戦争を仕掛けたという言説を連日流し、西側市民のこの戦争についての歴史的理解を阻んできました。しかし西側でも、多くのジャーナリストや学者が抵抗言説を築いています。例を挙げれば、米国の介入主義を批判するスコット・ホートン氏は7千ものソースを使い、ソ連崩壊時からいかに米国がロシアを挑発し続けたかという700ページに及ぶ本「Provoked(挑発)」を著しました。NATO東方拡大をはじめ、30年に及ぶ米国による挑発抜きにこの戦争を語ること自体が歴史否定行為なのです。

特別軍事作戦以来の西側による歴史否定を挙げだしたらキリがありません。昨年、プーチン大統領や金正恩総書記も出席した「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利記念日」を受けてEUのカヤ・カラス外交安全保障上級代表は「中国とロシアが第二次世界大戦で共に勝利した? そんなの聞いたことない」と言ってのけました。無論、アジア側で帝国日本のファシズムと闘った最大の功労者は1千万人かそれ以上という犠牲を出した中国です。ドイツのメルツ首相は、EU加盟国で唯一今回のモスクワ戦勝記念日に参加したスロバキアのフィツォ首相を非難しました。ドイツの路上では、戦勝記念日にロシアの旗をふった人が警察に捕まりました。ドイツはナチスの歴史に向き合っている国ではなかったのでしょうか? いまや、中国の戦勝記念日式典を「反日」と呼ぶ日本と同レベルに堕落したのでしょうか。

そんな中、今回画期的だったのが、朝鮮人民軍の陸・海・空軍の軍人120人余がモスクワでのパレードに参加したことです。ロシアのクルスク防衛戦への貢献を評価されました。またこれは、日帝に植民地支配されながらも独立への闘いを続けた朝鮮も、第二次大戦の勝者であるという意味があると私は思いました。クルスク戦では朝鮮兵も多数が戦死しました。ウクライナとロシアの戦死者も含め、ロシアに対する米国の挑発がなければ死ななくて済んだ若者たちだと思うと、胸が締めつけられる思いがします。

モスクワ・赤の広場を闊歩する朝鮮人民軍の軍人たち(朝鮮中央通信=朝鮮通信)

しかし少なくとも朝鮮は、歴史の正しい側についているのです。金正恩総書記はさる2月の朝鮮労働党第9回大会で、「今後も、自主勢力は強くなり、進歩的な闘争によって公平かつ正義の多極世界の建設が促され、その中心にわが国家が立っている」と言いました。私は、歴史否定と闘うことによって、多極世界の建設に貢献したいと思っています。


プロフィール

ジャーナリスト。東京・武蔵野市出身。高2,高3をカナダ・ビクトリア市の国際学校で学び、日本の侵略戦争の歴史を初めて知る。97年カナダに移住、05年「バンクーバー9条の会」の創立に加わり、06年「ピース・フィロソフィー・センター(peacephilosophy.com)」設立。英語誌「アジア太平洋ジャーナル」エディター。2人の子と、3匹の猫の母。著書に『沖縄は孤立していない』(金曜日、18年)など。19年朝鮮民主主義人民共和国を初訪問。世界の脱植民地化の動きと共にありたいと思っている。

(本連載は、反帝国主義、脱植民地主義の視座から日本や朝鮮半島をめぐる諸問題や国際情勢に切り込むエッセーです)

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ウェブ版ではhttps://chosonsinbo.com/jp/2026/05/18sk-40/