香港の「民主活動家」黄之鋒(ジョシュア・ウォン)が香港高等法院で「共謀」を認めたことを受けて、フォローしているジャーナリストたちのよくまとまっている投稿を翻訳して紹介する。
ジェームズ・ウッド: 中国在住の英国系オーストラリア人 🇨🇳|地政学アナリスト|著述家|中国を中心に発信。https://x.com/commiepommie/status/2095064558138425709
黄之鋒(ジョシュア・ウォン)は今日、香港高等法院に出廷し、自らの言葉で共謀を認めた
アンジェロ・ジュリアーノ:1995年から香港在住。地政学、金融アナリスト。https://x.com/angeloinchina/status/2095427525098820055
香港――西側メディアが聞きたがらなかったこと黄之鋒(ジョシュア・ウォン)が、反逆および外国勢力との結託により終身刑を言い渡される可能性に直面している今、私はこれを書いている。 西側はすでに、彼を聖人に祭り上げる準備を始めている。いい加減にしてもらいたい。 2019年、私は香港の添馬公園に立ち、カメラが聞きたがらなかったことを語った。これは「民主化運動」などではなかった。米国によるカラー革命の試みだった。全米民主主義基金(NED)、米国国際開発庁(USAID)、ソロスのネットワーク、西側の政治家、そして一握りの現地の手先が、実在した逃亡犯条例改正案をめぐる対立を混乱へと変えようとしたのだ――街を破壊し、「一国二制度」を崩壊させ、香港を中国に突きつける短剣として利用しようとした。 私はそれを現地で体験した。私はそれに反対する声を上げた。私たちは、街を火の海にしようとした、資金援助を受けた暴徒たちと闘った。その後、私は殺害予告を受けた。構わない。私は西側の編集者たちを喜ばせるために、そこにいたのではない。 黄之鋒は、学生の英雄だったことなど一度もない。彼は「国際戦線」にとって都合のよい顔だった。ペロシやルビオらに働きかけ、制裁を懇願し、自らの街に外国からの圧力を招き入れた。それは異議申し立てではない。帝国を自分の家に招き入れ、それを自由と呼ぶ行為である。 結託という行為には、れっきとした名前がある。そして今、それは法廷で裁かれている。 カラー革命は自由ではない。それは政権転覆のためのソフトウェアである。手口は毎回同じだ。 実際に存在する不満を乗っ取る 資金、訓練、スローガン、カメラを大量に投入する 抗議活動を暴力へと激化させる ワシントンとNGO組織網の意向に従う政府を樹立する 主権を奪い、それを「価値観」と呼ぶ ウクライナは、その典型例である。マイダンは、欧州と尊厳を求める運動として売り込まれた。しかし、それがもたらしたのは、支配された国家、宗教のごとく崇められるNATO、そして代理勢力と化した国だった。その道は戦争へと直結した。断層線上で起こされるカラー革命は、人々を「解放」するものではない。戦場を準備するものだ。 昨年、同じ茶番がネパールを襲った。汚職に対する若者の怒りは本物だった。だがその後、Discordを通じた動員が行われ、省庁が焼かれ、政府は数日で倒された。そして、お決まりの道化たち――自称「中国専門家」たち――は、まるで祭りでも始まったかのように喝采した。 なぜか。 彼らは、人々がすでに聞きたがっていた物語を語ったからだ。調査などしない。この種の作戦がどのような結末を迎えるかについての歴史的知識もない。彼らは格好よく見られたかった。真実を犠牲にして再生回数を稼ぎたかったのだ。 それは分析ではない。コンテンツにすぎない。 影響力には責任が伴う。彼らは前者を手にし、後者を投げ捨てた。 日本を見よ。フィリピンを見よ。作戦が成功したときに出来上がる完成品がこれだ。必ずしも街頭に戦車が並ぶわけではない。基地、条約、メディア、そして米国の優先事項を避けられない運命として扱う政治階級――帝国の道具である。 この点は、いくら強調してもしすぎることはない。こうした革命が邪悪なのは、国民が決して外部に委ねてはならないもの、すなわち自分たちの問題を自分たちで解決する権利を奪うからだ。 主権は、真の民主主義の土台である。主権がなければ、残るのは国旗と議会、そして外国人の操り手だけだ。 2019年の香港は警告だった。 ウクライナは、その代償だった。 ネパールは、評論家たちが今なお喝采する再演だった。 黄之鋒の裁判は、自国に対して外国の力を招き入れることは活動家としての行為ではないと、改めて思い起こさせるものだ。それは裏切りである。 この干渉の時代が終わることを願う。 民族自決。平和。相互繁栄。そして何よりも主権を。
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