Showing posts with label Narusawa Muneo 成澤宗男. Show all posts
Showing posts with label Narusawa Muneo 成澤宗男. Show all posts

Thursday, November 22, 2018

元徴用工韓国大法院判決への日本政府、メディアの反応のおかしさ 川上詩朗弁護士のインタビュー&報道の異常 (週刊金曜日から転載)Shukan Kinyobi articles on the Japanese government and media's frenzy over Korean Supreme Court's ruling to order Japanese company to pay compensation to former forced labour victims

許可を得て『週刊金曜日』11月16日号から重要な記事二つを転載します。


川上詩朗弁護士は、日本の90名以上の弁護士が署名した「元徴用工の韓国大法院判決に対する弁護士有志声明」を率いた人です。


参考


高井弘之「徴用工問題」は「日韓請求権協定で、完全かつ最終的に解決済み」とは本当か?(レイバーネット 11月1日)

醍醐聡
外務省条約課・国際法課と交わしたやりとりメモ~元徴用工の賠償請求について~(11月12日)
1965年日韓協定の実質は経済協力協定、個人の請求権は未解決(醍醐聡ブログ 11月16日)
    
徴用工判決ヒステリーの日本マスコミが触れない事実…安倍政権が新日鉄住金に圧力をかけ“和解”を潰していた!(リテラ 11月1日)

【動画】徴用工判決と日本政府のブーメラン事情

Tuesday, May 30, 2017

「現代の特高警察」である公安が「現代の治安維持法」である共謀罪を手にしたらどうなるか―――「週刊金曜日」共謀罪特集転載

5月26日『週刊金曜日』の「共謀罪」特集は重要です。転載許可を得てここに掲載します。★週刊金曜日の許可なしでこれらの記事画像は使わないでください。この投稿リンクを拡散することで広めてください。

「共謀罪」は5月23日衆議院本会議で賛成多数により可決されてしまいました。この記事で成澤宗男氏が書くように、共謀罪がなくとも警察・公安は日常的に市民活動の監視を行っており、ここにリストアップされているような異常な弾圧行為を行ってきています。成澤氏によると公安とは戦前の特高警察をGHQが再組織してできた機関。「戦前に拷問や獄中の虐待で194人を殺害し1503人を獄中での病死に追いやった」という集団が温存されました。その公安が「治安維持法」と酷似する「共謀罪」を手にしたら、すでに行われているこのような違憲行為・不当弾圧がますます増えるでしょう。海渡雄一弁護士はいまからでも反対世論を盛り上げれば廃案の希望はあると言います。この投稿のリンクを拡散してください。http://peacephilosophy.blogspot.ca/2017/05/blog-post_30.html



★週刊金曜日の許可なしでこれらの記事画像を転送・転載したりしないでください。この記事の内容は、このページのリンクを拡散することで広めてください。

Thursday, September 01, 2016

「日本会議」と戦後という時代(成澤宗男講演レジュメ) Muneo Narusawa: "Nippon Kaigi (Japan Conference)" and Post-War Japan (Lecture Notes)

『週刊金曜日』の大分読者会主催による成澤宗男氏の講演「安倍政権の右傾化の真実を解き明かす 日本会議と安倍政権」(8月27日 14時~ 於大分市コンパルホール視聴覚室)のレジュメが大変わかりやすく、掲載許可をもらいましたのでここに転載します。成澤氏は6月に出た週刊金曜日刊『日本会議と神社本庁』の編著者でもあります。

成澤宗男編著『日本会議と神社本庁』(金曜日)

「日本会議」と戦後という時代


                  週刊金曜日 成澤宗男

Ⅰ 戦前と戦後―その継承と断絶

●私たちは戦後を、「GHQの占領下で改革が実施され、戦前から解放された時代」と見なしている。だが、逆にこれによって「日本の伝統が破壊された」と見なす集団がいる。それが、戦前、天皇制軍国主義のイデオロギー装置(国家神道)だった神社本庁を中心とする右派勢力に他ならない。日本は戦後70年以上たっても思想的な内戦状態にあり、戦後についてのコンセンサスが存在しない。

●戦後、「護憲派」は改憲さえ実行されなければよしとする姿勢に終始した。どれだけドイツのような「過去の克服」に意識的であったか疑わしい。自ら戦前の歴史検証や戦争犯罪の追及、戦前を戦前たらしめながら戦後も生き延びたイデオロギー(天皇・靖国思想)の切開等について受け身に終わった。その原因として、「護憲派」の代表格だった日本社会党の結党時の指導者の大半が、天皇制に屈服した翼賛派であった点が大きい。

●こうした現状を探っていくと、日本の近代化まで辿り着く。近代化の端緒となり、江戸幕府の廃止が宣言されたのは、186813日の明治天皇の名による「王政復古の大号令」に他ならない。近代化が同時に「王政復古」となり、欧州諸国のように近代化で進行した政教分離が、逆に日本では近代化が同時に政教一致の神権国家として出発した。これが、1945815 日までの全歴史過程を基本的に規定した。

●日本型のファシズム(軍国主義)を特徴付ける①国家神道(教育勅語)による精神支配②他民族蔑視に基づく植民地支配③特高・憲兵による異常な暴力支配④絶え間ない侵略―といった特徴はすべて明治期に形成され、大日本帝国の統治は77年間に及んだ。ナチスドイツが、19333月の全権委任法成立から194558日のベルリン攻防戦で降伏するまで12年と2ヵ月しか延命しなかったのと比較を絶する。それだけ日本という国家は、圧倒的に未だ精算できないほどの長期間のファシズム(軍国主義)を経験したという過去を濃厚に引きずっており、その事実を軽んじてはならない。


Ⅱ 日本会議とは何か(マクロの視点)

●「日本会議」とは、敗戦直後から神社勢力が開始した「(占領政策からの)日本回復の運動」の延長上に生まれた団体と言える。神社本庁は、1966年に実現した「紀元節復活」(建国の日制定)から挫折した靖国神社国営化運動を経て、1979年の「一世一代の元号制度復元」(元号法制定)まで、一貫して右からの運動を担った。同時に、戦前は国家神道に包摂され、天皇制国家と侵略戦争を支えた右派宗教勢力も同盟して運動の一翼を形成した。

●特にそうした右派宗教勢力の中でも最も活動がエネルギッシュで、イデオロギー的に過激であったのが「生長の家」であった。さらに「生長の家」の学生信者でもさらに思想的に強固で、6869年の全国学園闘争で左翼と渡り合った経験を有する活動家を中心とする「日本青年協議会」(70年結成)が、元号法制化運動の過程で神社本庁の政治運動の事務局を占有する。以後、1981年に結成された「日本を守る国民会議」と、その発展組織である1997年結成の「日本会議」も、事務局の中心は「日本青年協議会」が担っている(「日本会議」と「日本青年協議会」は都内の同じマンションの同じフロアに本部を置く)。

●よく組閣のたびに、「日本会議」の「国会議員懇談会」のメンバーが閣僚に何人いるなどと騒がれるが、「日本会議地方議員連盟」と同様、その大半は「お付き合い」で加わっており、極右分子はそれほど多くない。「日本会議」系の各級議員の多さは今日の社会の右傾化の結果であって、「日本会議」自体が右傾化を生んだのではないし、領導したのでもない。また、「安倍内閣を操る」だの「黒幕」といった指摘は過大評価だ。

●なぜこれほど「日本会議」が騒がれるかといえば、安倍個人との近似性から、そうした権力を握った極右と同様の集団であるため、存在が実態以上に大きく見えているだけだろう。ただ、現在の政権、及び国会内に安倍一派をはじめとする「日本会議」とパイプが太い議員(衛藤晟一、山谷えり子等)がいるため、ロビー活動は以前よりやりやすくなっていると思われる。「教育基本法改悪」の際の地方議会の「意見書」採択、及び同時進行した中央での集会開催、議員工作を見ると、その影響力は侮れないのも事実だ。

●「日本会議」は、「なぜ戦後70年経っても過去の克服を否定する勢力が強靱に社会に根を張っているか」という問題を提起し、「日本会議」だけがこうした問題のすべてを代表しているわけではない。もし安倍が退陣して極右色を薄めた政治家が首相になれば、その存在感は薄れていくだろう。問われているのは「日本会議」をも生んだ①憲法への敵視②歴史修正主義③隣国蔑視④「反日」という用語に象徴される偏狭なナショナリズム――等を特徴とする、戦後史総体における逆流集団の闘いのための分析である。


Ⅲ 日本会議の地域での活動(ミクロの視点)

●現在、地域で改憲の実働部隊となっているのは、「日本会議」以上にその同一組織である「美しい日本の憲法をつくる国民の会」(共同代表に櫻井よしこ、「日本会議」会長の田久保忠衛ら)に他ならない。この組織は神社本庁とその政治団体・神道政治連盟の肝いりで各地方組織が結成され、正月元旦には全国の主要神社が初詣客を目当てに、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の改憲署名コーナーを設置した。1000万筆を目標とする改憲署名は今年53日段階で7002501筆に達しているが、提出用ではなく、「改憲を実現するための情報提供や国民投票の際の呼びかけ」に活用するという。つまり、独自の名簿作りのための材料集めだ。

●こうした「草の根レベルの右派大衆運動」は、最近始まったのではない。全盛を極めたのが、80年代の半ばに全国的に広がった統一協会(現世界平和統一家庭連合)の政治組織・国際勝共連合主導による「スパイ防止法制定運動」だろう。おそらく、地域での動員数と集会の開催数、地域有力者層への浸透の度合いでは、現在の改憲運動は「スパイ防止法制定運動」に及ばないと思われる。また現在、地方議会の改憲決議・意見書採択は20144月段階で37の県議会、1548の市町村で実現しているが、「スパイ防止法制定」は1662だった(19866月)。

20131月段階で、日本会議の地方支部は210あるとされ、その後も増加傾向にあるが、休眠状態になっている支部もある。各地では、神社の地方組織の中に事務所を置いている例も多く、役員も神社関係者が必ず加わっている。「211」と「815」には、地方組織が神社の行事を共催しているケースが目立つ。神社本庁の力なしに、地方の「日本会議」や「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の運動も成り立たないだろう。

●現在の「日本会議」と「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の主要な活動は、街頭でのビラまき、集会開催、そして映画の上映会が主だ。無論、こうした活動については地域差があり、最も活発なのが大阪市と名古屋市だ(大分県は最低調県の一つ)。改憲が主要テーマの集会は、講師に櫻井や、生長の家元信者で「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の幹事長・百地章日大教授、舞の海、ケント・ギルバード、『産経』関係者らが目立つ。また、かなりの勢いで上映会が広がっているのは、改憲ドキュメント映画『世界は変わった 日本の憲法は?』(総指揮:百田尚樹、監修:櫻井、百地 語り:津川雅彦)だ。

資料編

日本会議の「全国各地の国民運動と行事案内」(2016年)
【静岡】9月24日(土) 日本会議静岡富士支部設立総会(講師 桂福若氏)
【愛知】9月16日(金) 愛知県 憲法改正推進者の集い(会員限定)
【兵庫】9月4日(日) 憲法改正の発議を求める兵庫県民集会
【広島】9月17日(土) 広島 教育講演会(講師 野々村直通氏)
【広島】9月11日(日)憲法を改正しよう!講演会
【大阪】9月17日(土) 日本会議大阪 大阪市支部第6回セミナー
【宮崎】10月2日(日)憲法講演会(講師ケント・ギルバード氏)
【宮崎】8月15日(月)戦没者を追悼し平和を祈念する宮崎県民の集い
【広島】8月15日(月) 戦歿者追悼平和祈念の集い
【長野】9月8日(木)日本会議長野北信支部講演会
【東京】8月1日(月) 日本会議東京都本部板橋支部講演会
【兵庫】8月27日(土)教育講演会(講師 渡部 毅氏)
【埼玉】9月10日(土) 憲法講演会「目覚めよ日本、憲法改正の必要性」
【愛知】8月4日(木) 日本会議・春日井支部講演会
【東京】7月18日(月・休) 世田谷・目黒支部講演会
【福岡】 8月7日(日) 英霊顕彰・県民の集い
【福岡】7月21日(木)緊急時局講演会
【福岡】7月19日(火)日本会議福岡 筑豊支部研修会
【広島】8月6日(土)広島平和ミーティング(講師 櫻井よしこ氏)
【広島】7月31日(日)日本会議廿日市支部 時局講演会
【大阪】8月15日(月) 戦没者追悼祈念講演会
【愛知】平成28年8月5日~7日 もうひとつの戦争展
【長野】 7月16日(土) 日本会議長野中信支部記念講演会
【神奈川県】 7月23日(土)日本会議神奈川湘南東支部 講演会
【東京】日本会議東京都本部 目黒・世田谷支部「憲法講演会」
【三重】6月26日(日)日本会議三重四日市支部講演会(講師 ケント・ギルバード氏)
【愛媛】 6月9日(木) 日本会議愛媛県本部 憲法講演会
【広島】 6月12日(日) 日本会議広島三原支部 記念講演会
【広島】 6月5日(日) 日本会議広島福山支部 記念講演会
【広島】 6月19日(日) 日本会議広島中央支部 講演会
【兵庫】7月18日(祝・月) 美しい日本の憲法をつくる兵庫県民の会総会
【神奈川】6月26日(日)  日本会議神奈川定期総会・記念講演会
【東京】憲法講演会(基調講演 山谷えり子氏)
【沖縄】5月15日 沖縄県祖国復帰44周年記念大会
【東京】6月5日(日)日本会議東京都本部 調布支部総会記念講演会


Tuesday, January 05, 2016

南京大虐殺資料の「ユネスコ世界記憶遺産」登録批判に見る、安倍自民党の極右体質 Registration of Nanjing Massacre Documents with the UNESCO Memory of the World - Japanese politicians' criticism reveals their far right-wing nature

2016年になりました。今年もよろしくお願いします。年始初の投稿はこのブログでもお馴染みの成澤宗男氏の書き下ろしです。南京大虐殺は、広島、長崎の原爆投下や、ナチスのホロコーストなどと並んで私たちが永遠に記憶していかなければいけない、人類史上最悪の大虐殺の一つです。日本の政治家や右翼がいくら否定しても世界は覚えている。世界遺産への登録は当然のことです。南京大虐殺は1937年12月13日の南京城陥落の日から6週間ぐらいが一番酷かったと言われています。ということは、翌年1938年の1月末までは犯罪が集中する日々が続いていたということです。12月に記憶する日を設けるだけでなく、翌年になっても記憶しなければいけない。きたる1月27日は、国際ホロコースト記憶デイでもあります。新年、無念と屈辱の中で殺されていった無数の人たちのことを記憶し、人種差別や戦争をなくしていく決意を新たにしたいと思います。@PeacePhilosophy 


南京大虐殺資料の「ユネスコ世界記憶遺産」登録批判に見る、安倍自民党の極右体質

―日本が目論む戦略的対外発信力」とは何なのか―

                  成澤宗男(ジャーナリスト)

序章
この年の10月から11月にかけて、日本政府・外務省や自民党、右派メディアが一斉に、中国による南京大虐殺関連資料のユネスコ(国際連合教育科学文化機関)世界記憶遺産登録に対して猛烈な抗議の声を上げた。だが、これがどれだけ異常極まる事態であったか、未だに多くの日本人たちが気付いている形跡は乏しい。おそらく近年、日本がこれほどまでに理性と道義を喪失している実態を雄弁に示したケースは稀だろう。

第1章 「30万人」が問題なのか
最初に政府の側から騒ぎ立てたのが、官房長官の菅義偉であった。菅は1012日に放映されたBSフジ番組で、この登録に対し、拠出金停止もほのめかして「事実をめぐり意見が分かれているのに、一方的に中国側の意向に基づいてユネスコが指定するのはおかしい」と批判。翌13日の記者会見では、中国側の登録が「政治利用」で、ユネスコも「一方的に決めて政治問題にすべきではない」と批判。さらに、中国がユネスコに提出した資料を「本物か検証できないし、政府として文書を見ることもできない」としながら、一方で「(南京で)非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない」と、「(中国側が主張しているとする30万人の犠牲者数について)政府として具体的な数の断定は困難だ」と発言した。
この記者会見で、菅が「非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない」と述べる一方で、「事実をめぐり意見が分かれている」というのは奇異に感じる。では、中国側の「30万人の犠牲者数」という主張が問題なのだろうか。外務省の外務報道官の川村泰久は、「犠牲者数三十万人以上という中国の主張が既成事実となり『負の歴史』の宣伝に利用されかねない」(『東京新聞』1011日付)と述べたといいうからそうなのだろうが、これも実におかしな理屈だ。
2010131日、「日中有識者による歴史共同研究」の成果である「報告書」が発表された。この「共同研究」は外務省のHPによると「20054月の日中外相会談において、町村外務大臣(当時)より日中歴史共同研究を提案、翌5月の日中外相会談において、詳細は事務当局間で議論していくことで一致」したというから、「報告書」は半ば日本政府の公式見解と見なされて良いだろう。そこでは南京大虐殺について、以下のような記述がある。
「日本軍による虐殺行為の犠牲者数は、極東国際軍事裁判における判決では20 万人以上……、1947年の南京戦犯裁判軍事法廷では30 万人以上とされ、中国の見解は後者の判決に依拠している。一方、日本側の研究では20 万人を上限として、4万人、2万人など様々な推計がなされている」――。
 すると日本側は、「20 万人を上限」とする見解を示していたことになる。繰り返すように「非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない」と認めたのであれば、「中国側が主張する30万人の犠牲者数」との違いは10万人になる。日本政府・外務省が、自国が認めた「20 万人を上限」とする数字と10万人違っていたことが、ユネスコへの拠出金停止をほのめかすまでに菅が憤るような理由になるのか。
 しかも、「非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない」にもかかわらず、犠牲者数が仮に「4万人、2万人」であったら、前出の川村は「負の歴史」ではないと考えているのか。中国側が宣伝しようがしまいが、「2万人」もの非戦闘員を殺害したらそれは大変な虐殺行為なのであって、日本人自身が誰よりも真っ先に「負の歴史」として刻むべきだろう。

第2章 「政治利用」という批判の「政治」性
 この程度の理屈すら分からなそうな男が「外務報道官」というから空恐ろしくなるが、そもそも中国側の資料は、「30万人」という犠牲者数を前面に出しているのではない。中国は2014年にも南京大虐殺関連資料を世界記憶遺産に登録申請しているが、その内容(英文)はユネスコのHPに掲載してあるから、菅の「本物か検証できないし、政府として文書を見ることもできない」などという批判は、まったくのデマに過ぎない。HPに掲載された「Documents of Nanjing Massacre」の「Summary」(要約)では、1948114日に下された東京裁判判決に登場する「後になされた評価では、日本軍占領期の最初の6週間に南京やその近郊で殺害された市民や捕虜の全体数は20万人を超える」との一文を、そのまま引用しているだけだ。しかも、「Comparative criteria」(比較の基準)の「People」では、これと同じ表現で「20万人以上」という数字が引用されているが、「少なくとも30万人」という表現も、連合国軍がBC級裁判の一環として設置した南京戦犯裁判軍事法廷の判決の引用という形式を取っている。
 「日中有識者による歴史共同研究」の「報告書」も同様だが、中国側が「三十万人以上」という数字の「主張」にこだわっているのでは毛頭ない。当然だろう。「20 万人を上限」にしようが「少なくとも30万人」だろうが、その歴史上特筆すべき残虐性は何ら変わるものではないからだ。にもかかわらず、自国が「20 万人を上限」とする評価もあり得ると認めながら、「犠牲者数三十万人以上という中国の主張」などという話を捏造し、しかもその数字が「既成事実」になるとして問題視しているのが、この国の主張なのだ。それがどれだけ事実に反しているか、外務当局は知るべきだろう。
 そもそも「政治利用」だとか「政治問題」などと口にすること自体、自身の「政治」性を物語っていよう。ユネスコは1979年、ポーランドの旧アウシュビッツ強制収容所を世界遺産に登録したが、当時のドイツ連邦共和国が「政治」云々と騒ぎ立てただろうか。誰が申請しようが、南京大虐殺関連資料が世界記憶遺産に登録されるのは、南京大虐殺というその空前の「負の歴史」からして何ら不自然ではない。にもかかわらず「政治利用」などという恨みがましい用語が出るのは、それを吐いた者たち自身が、歴史の真実に対して過度に「政治」的に振る舞っているからに他ならない。
 思い起こせば、戦後の歴史教科書は紆余曲折があったが、少なくとも中学校では1984年版、高校日本史では1985年版、小学校では1992年版から全教科書に「南京大虐殺」の記述が存在した。しかし、次のような経過は、今回のユネスコに対する批判を考える上で忘れてはならないだろう。
「自民党は九三年八月に『歴史・検討委員会』を設置し、次のような結論をまとめて九五年八月一五日に発表した。①日本の戦争は侵略戦争ではない、②『慰安婦』や南京事件などの加害は事実ではない、③これらのことを教科書から削除するために新しい教科書のたたかいが必要、④前述①②のような歴史認識を国民に定着させるために、学者を中心とした国民運動を展開する。
これを受けて、九六年夏から、中学校教科書を『自虐・暗黒史観教科書』と攻撃し、教科書から『慰安婦』や南京事件記述を削除せよ、という激しい攻撃がはじまった」(注1)
 よく知られているように、安倍晋三は極右・歴史修正主義者の牙城であるこの「歴史・検討委員会」に委員として加わり、続いて一連のこうした「攻撃」の先頭に立った「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(現日本の前途と歴史教育を考える議員の会)の事務局長を務めた。菅義偉も、後者に所属している。しかも安倍は、南京大虐殺を「捏造」とする一派に与している事実を隠してはいない。 
 名古屋市長の河村たかしが2012220「一般市民(へ)のいわゆる虐殺行為はなかった」「南京事件はなかったのではないか」と述べて大問題になった際、「南京の真実国民運動」(代表=渡部昇一)が「広告主催者」となり、同年の『産経新聞』83日付と924日付に、「私たちは、河村たかし名古屋市長の『南京』発言を支持します!」という意見広告を掲載した。そこで安倍は、「元内閣総理大臣・衆議院議員・自民党」の肩書きで、「呼びかけ人」の筆頭に名を連ねている。つまり河村と同様に、南京大虐殺の否定論者に他ならない。

第3章 啞然とする自民党の歴史認識
安倍政権が今回、これほど「政治」な動きをしたのは、もともとこの一派の大半は南京大虐殺が「事実ではない」と考えているか、あるいは「事実であって欲しくない」と強く願望しているからこそなのだ。こうした安倍のようなメンタリティの同類が、自民党の「外交・経済連携本部国際情報検討委員会」の委員長である衆議院議員の原田義昭だろう。
 原田は102日、同「検討委員会」の会合後、記者団に「南京大虐殺や慰安婦の存在自体を、我が国はいまや否定しようとしている時にもかかわらず、申請しようとするのは承服できない」(『朝日新聞』電子版102日付)と語ったという。
これこそが、安倍政権と自民党の本音に他ならない。この集団によれば、対外的には政府が南京大虐殺の事実を「否定できない」と表明していながらも、あくまでこの事件は本来「事実ではない」か「事実であって欲しくない」ものであるから、この問題で何か起きると、「今や否定しようとしている時」だと主観的に思い込みたがる。だからこそ、中国のユネスコ登録申請に過度に「政治的」に反応するのであって、それ自体、安倍政権・自民党の歴史修正主義という「政治」的本質の裏返しといえよう。
 では、原田自身、南京大虐殺について、どのような見解を有しているのか。それを示しているのが、1022日に放送されたTBSラジオの荻上チキのインタビュー番組における発言だ。多少引用が長くなるが、その以下の書き起こし(注2)を読むと、驚くべきことに原田がおよそ南京大虐殺に関する初歩的知識すらないどころか、中国の世界遺産登録の経過すらろくに把握していない事実がうかがえる。
荻上チキのインタビューを受ける原田義昭。
全文書き起こしはここ

「荻上 そもそも今回登録された資料というのはどういうものなのでしょうか?
原田 これはね、南京事件のね、中国側が、みた、例えば南京のときに、30万の人間がね、虐殺されたと。こういうようなことも含めた、あることないことのね、データだと。まずいうならね、そもそも何を登録するかについても一切公表しない。終わってからも公表していないんですよ。事前はね、それを見せないっていっても公表しない」

 論ずるにも値しない虚言だが、ユネスコのHPを検証する努力すらもしていないのは、次のやり取りでも如実に示されている。

「荻上 個別の、今回の中国が出した資料については確認されていないわけですね?
原田 していません。申し上げたました通りにね、それを事前に、そこがね、みなさん、あなたたちの関心からすると、そこを出しなさいと言ってきたらしいんですよ。
荻上 そちらのほうはわかったんですけど、例えば、個別の何があったのか評価はできない。一方で、今回出した資料がどういったものかが確認できない。となればどうみても捏造だというのは、何に対して憤っているのかというのが、おそらくリスナーにわかりづらいと思うんですね。
 原田 いやいや、しかしね、そもそもですよ。やっぱりね、情報公開してですよ、その上でみんなの評価を受けるというならわかるんだけどね。そもそも隠すこと自体がね、聞きたい側からするとね、見たい側からすると、隠すこと自体がおかしいじゃないか、と。いまあれでしょ、物事の個人情報とかなんとかだってね、やっぱりね、隠すことに意味がある。ないしは情報公開出来ない立場からするとね、なにかそこに隠さないといけない理由があるじゃないかと。相手方からすると、そこにこそ聞きたいんだと」

 いったい、原田は何を言いたいのか。「そこを出しなさいと言ってきたらしいんですよ」とは、まったく意味不明だが、「隠す」という語を連発する前に、そもそも自分の発言には責任を持つという意識すらあるのか疑わしい。繰り返すようにユネスコも中国側も、HPに資料を公開しているのだ。このいい加減さは、虐殺事件そのものの話に入っていくと、顕著になる。

「荻上 例えば外務省がウェブサイトに出しているような、人数の、大小は問わず、わからないけれども、そうした殺害行為があったことは事実だと認めていることについてはいかがでしょうか?
原田 表現にもよりますけどね、それこそね、今の時代だってですよ、言っちゃ悪いけど、いろいろな事件、殺害が行われていますからね。しかし戦中の一番難しい時期ですから、混乱したときだから、そりゃなかったとはいいませんけども。
荻上 その混乱というのは、例えば全体が混乱している中で、個々人の兵士が勝手にそうした行為を行ったことを混乱と表現しているということですか?
原田 私はそういう風に理解していただいていいと思いますよ。軍として日本の国軍が組織的に虐殺する必要性もなかったわけですし。
荻上 その場合の組織的というのは、例えば命令書があるないことを組織的というのか、それとも現地の部隊が、例えば捕虜の方々を縛っている状態で銃で殺すようなことも組織的というのか、どのあたりのニュアンスを示しているのですか?
原田 そのへんも私もね、いま質問のように、厳格にはいま申し上げませんけどもね。多少の混乱が南京があったということはね、あったかと思いますよ。
荻上 部隊による捕虜の殺害というのはどうでしょうか?
原田 そりゃ、個別には私はコメントできません。
荻上 だけれども全体としては捏造だと……。
原田 そりゃそうそう。
荻上 感じるわけですね。
原田 そう。それは間違いなく捏造だと思っています」

 第4章 誰が「名誉」を汚しているか
一体、「委員長」がこんな程度のやり取りしかできない「外交・経済連携本部国際情報検討委員会」とは何なのか。初歩的な知識さえないから「そりゃなかったとはいいませんけども」などと矛盾したことを平気で言い、具体的な質問を突っ込まれると「個別には私はコメントできません」と逃げるのだ。「個別」も何も、「捕虜の殺害」という南京大虐殺の基本中の基本の事実認識さえまともに答えられないで、どうして「間違いなく捏造だ」と言い切れるのだろうか。原田の支離滅裂ぶりは、質問されるたびにさらにひどくなっていく。

「荻上 例えば当時の人口について、(注=原田が)10数万人しかいなかったのに、という話がありました。これに関して、当時の南京市の人口統計であるとか、あるいはラーベなどの、個人が書いた推計などについて、触れた機会はありますか?
原田 僕はあのデータも随分読んでいます。
荻上 どういったデータでしょう?
原田 いやいや具体的な名前を言っているわけじゃないけども、まず南京の、そのときの、あれだけのメディアだのマスコミだの入っているにもかかわらず、南京についてですよ、事件があった直後のあれについて、まったく国際的な情報が入っていないということ。
荻上 つまり虐殺と言われるような……。
原田 そんなことは今だけですよ。それは、全市民を越えるくらいのあれはですよ、やるなんてことは、大新聞も書くでしょうよ。
荻上 整理すると、当時の人口を越えたような虐殺人数になっているじゃないかというのがひとつと、もしそういった行為があったならば海外メディアは当時報じていただろう、と。日本のメディアも報じていただろうということになるわけですね。
原田 もちろんそう。
荻上 これについて二つ事実確認をしたいのですが、当時10数万人というのは、あくまで南京の城の中の、なおかつ安全区と呼ばれるところの人口であって、全体としては南京市、南京城周辺の人口としては100万人前後。で、事件の前にどれだけ減ったのかという議論がされているのが一点あります。それから報道に関しては、国内だけではなくて、ニューヨークタイムズやワシントンポストなど、当時、南京でこういった事件があった。こういったようなケースがあったということ自体は報じられているんですけども、これに対してはどうお感じになっていますか?
原田 いや、私はね、ちょっと服部さんね。
荻上 私、荻上です。
原田 え?
荻上 こちらはスタッフの名刺で。
原田 ああ、そうかそうか。
荻上 私、荻上と申します。
原田 荻上さんね、私はね、今日は南京のそこまでのあれはちょっとね、いろいろ準備しておかなかったからね、あれです。だけども結論から言うとね、少なくともそういう議論があるんですよ。いいですか? そういう議論があるにもかかわらず、その議論がありながらね、そういう事実をね、ここに、ユネスコの記憶遺産に刻印しようとすること自体がね、もう基本的に問題なのであって。
荻上 それはプロセスの問題ということですね?
原田 いやいや、プロセスだってね、まずね。中身に入る前にね、プロセスでね、明らかに間違っているんだから。内容に入る前にね、それがおかしいじゃないか。それにね、プロセスに反論があるならやってみなさいよ、と。その上でね、学者も含めて、政治家も含めて、はっきり議論してね、どちらが正しいか、どちらが誤っているのかをね、議論させればいいだけのことなんだよ。それがね、荻上さんね、プロセスだからって、プロセスのほうが大事なんですよ」

それまで「捏造」という語を盛んに連発しながら、個別論議になると、急に「いろいろ準備しておかなかったからね」と逃げる。聞かれたのは、「準備」以前の基本的知識に関する問題であるにもかかわらずだ。おまけに中国側の提示した資料すら何も目も通さずに非難するという、議論の「プロセス」を本人が最初から欠いているのに、今度は「中身に入る前にね、プロセスでね」と言い出す。原田はこのインタビューで、自身の主張を裏付けるような文献も資料も、一切具体名を提示できなかったが、さすがにこれほどの醜態をさらしたために内心、少しは惨めさを感じたのだろうか、「荻上さんね、それはね、やっぱりね、私どもの名誉を、もう少しね、守る立場から勉強してもらわないとダメですよ」などと捨て台詞のような発言を残している。だが自分の無知を棚に上げている原田のような言説こそ、日本の「名誉」を毀損しているのではないのか。
 
 第5章 外務省の「情報発信」とは?
この「外交・経済連携本部国際情報検討委員会」は143月に設置されているが、同年6月に「攻めの情報戦略を!!」と題した「中間とりまとめ」を、安倍や菅らに提出している。以下は、その「趣旨」だ。
「国際環境が一段と厳しさを増す中、日本の内政外交に対し中国、韓国などの反日宣伝とも思える情報が溢れている(例、慰安婦像、日本海呼称問題、靖国、安重根像など)。二国間(バイ、ローカル)の案件でも米国を含む第三国際社会に持ち出すことにより国際的に転化し、ひいては我が国の国益を毀損することにもなる。
 我が国は外交では『広報活動』の充実に努めてきたが、国として主権や国益を守り抜くためには、単に『中立』、『防御』の姿勢から積極的に攻める『情報発信』や攻める『情報戦略』に点ずることが必要である」――。
 すると原田は翌年、自ら「情報発信」するために、TBSのラジオ番組に出演したのだろうか。南京大虐殺も「反日宣伝」に違いないからかもしれないが、繰り返すように、もし何かが「国益を毀損」しているとしたら、それは基本的知識も皆無なのに、「捏造」とまくし立てるだけの原田のような国会議員の「委員長」が存在しているということ自体が元凶なのではないか。
 同じ自民党衆議院議員の稲田朋美(注3)は1110日の衆議院予算委員会で、「中国の南京事件に関する資料が記憶遺産になったことは非常に遺憾であります。まず、何が登録されるか全く明らかにされていません。いまだに明らかにされていません。その資料が真実かどうかも明らかにされず」云々と述べているが、虚言癖は極右の本質的属性なのだろうか。こういう手合いらが「与党」でいられることに、つくづくおぞましさを感じざるを得ない。
 さらに、自民党に輪をかけて、外務省も今回、信じられない対応をした。外務省のHPには「歴史問題Q&A」というコーナーがあり、「問6南京大虐殺に対して、日本政府はどのように考えていますか」という問いの回答として、「日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています」と明記している。
 ところが外務省は、捕虜虐殺を考慮しないなど問題はあるが、まがりなりにも南京大虐殺について「否定できない」とする一方で、何と歴史学者でもない南京大虐殺の否定論者である明星大学教授の高橋史朗を、「バランスの取れた研究者だ」(『毎日新聞』11月6日付朝刊)と称して登用し、ユネスコ世界記憶国際諮問委員会に提出した中国側への反論の「意見書」を作成させたのだ。
 1128日、東京都内で「『南京大虐殺』の歴史捏造を正す国民会議」なる団体の集会が開かれ、「参加者からは、虐殺の証拠が存在しないことを政府が対外発信するよう求める声が相次いだ。同会議議長の渡部昇一上智大名誉教授は『組織的な虐殺はあり得なかったと断言できる』と指摘」(『産経』電子版1128日付)したという。
また「国民会議」は109日、安倍や菅らに、「今回の登録承認は、歴史的事実に基づいておらず、中国の政治的宣伝に乗せられた決定である」とし、「このような政治宣伝に乗せられた国連教育科学文化機関(ユネスコ)に対し、約50億円にのぼる拠出金・分担金等を凍結・停止」するよう求めた「声明文及び要請状」を送っている。
そして高橋史朗は、こうした主張をする「『南京大虐殺』の歴史捏造を正す国民会議」の「呼びかけ人」の一人なのだ。どこをどう見たら、「バランスの取れた」などという評価が可能なのか。そういう虚言を弄する外務省は自身のHPの記述が高橋らの主張と矛盾するはずだが、いつから否定論に与するようになったのだろう。
 高橋は、自身が理事に収まっている極右の「シンクタンク」である「国家基本問題研究所」(理事長・櫻井よしこ)のHPに、「『南京』『慰安婦』の記憶遺産阻止へ何が必要か」と題し、「①日本軍の蛮行を写したとされる16枚の写真②虐殺犠牲者を米人牧師ジョン・マギーが撮影したとされる「マギー・フィルム」③2万人以上の強姦があったと主張する『中国人慰安婦』(オックスフォード大学出版)に引用されている中国人女性、程瑞芳の日記」等々、中国側が登録申請した南京大虐殺関連の資料5点の「批判」を試みている。
 なぜか外務省は高橋の「意見書」を公開していないが、前出の『毎日』の記事によれば、「意見書」と、この「『南京』『慰安婦』の記憶遺産阻止へ何が必要か」は内容が重なるようだ。そして奇妙なのは、そこでは中国側の資料の多くを含む東京裁判と南京軍事法廷の戦犯裁判関連資料について、いずれも一切言及がない点だ。

 終章 
それはそうだろう。ポツダム宣言に則った東京裁判、及び計47BC級戦犯裁判の一つである南京軍事法廷を、日本政府や外務省が今さら否定できるはずもない。195198日に日本が調印したサンフランシスコ講和条約の第11条には、「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする」と明記されているからだ。
そして、それらの判決文も、『日中戦争 南京大残虐事件資料集第1 極東国際軍事裁判関係州量編』(洞富雄編。青木書店)や、中文の『南京大屠殺史料集』に収められている。今さら菅や極右たちが「本物か検証できないし、政府として文書を見ることもできない」などと主張するのは実に奇妙だ。それこそ単なる蒸し返しに過ぎず、そんなことをして何の意味があるのか。本音は南京大虐殺の否定論だが、本音を直に言えないため、本質から外れた論議に時間を費やしてウサを晴らしているのだろう。
ちなみにそれ以外の中国側が登録申請した資料の『南京事件資料集①アメリカ関係資料編』(南京事件調査研究会編訳。青木書店)に収められており、1510月の段階でいくらでも「検証」が可能なのだ。
 外務省は148月に発表した翌年度の予算概算要求の重点項目で、筆頭に「戦略的対外発信」を掲げた。内容は、「日本の「正しい姿」の発信(領土保全,歴史認識を含む)、日本の多様な魅力の更なる発信(海外の広報文化外交拠点の創設を含む)、親日派・知日派の育成,在外公館長・在外公館による発信の更なる強化」というもの。何やら、自民党の「外交・経済連携本部国際情報検討委員会」の「中間とりまとめ」と似た表現だが、そんな大言壮語をする前に、極右の門外漢に「意見書」を作成させるような「政治的」動きをしながら、中国側のユネスコへの資料登録を「『負の歴史』の宣伝に利用されかねない」などと、見当外れの批判をするような姿勢を改める方が先決だろう。
また、『産経』の電子版1120日付に、「対中韓『歴史戦』に備え 外務省職員の定員、大幅増を 自民党外交再生戦略会議の決議案判明」という見出しの記事が掲載された。それによると、「自民党外交再生戦略会議(議長・高村正彦副総裁)がまとめた決議案の全容が19日、判明した。国際テロリズムの脅威や慰安婦問題など『歴史戦』に対抗できる強い外交基盤を構築するよう求めている」、「決議案は、伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)が開催される来年を「わが国のプレゼンスを向上させ、『地球儀を俯瞰(ふかん)する外交』を一層強力に推進する好機」と説明。靖国神社参拝や慰安婦問題で中国や韓国が仕掛ける『歴史戦』をにらみ、戦略的対外発信力を強めることを求めている」――という。
 自民党は、「歴史戦」などというおどろおどろしい用語を使ってはいないはずだが、それでもこの記事通りなら、政府と与党は「戦略的対外発信力」と称して、歴史修正主義を世界に唱えるつもりのようだ。それを『産経』あたりが「歴史戦」と煽るのは目に見えているが、この国は今後も米国に媚びへつらう一方、隣国との永続的和解という課題を投げ捨て、安倍一派流の恥知らずな過去の歴史に対する居直りと偽造に満ちた姿勢を強化させていくのだろうか。一連のユネスコをめぐる「騒動」は、それが杞憂に留まらない確実性を如実に示したように思える。

(注1)俵義文「教科書の戦争記述が変化した背景」『教科書から消される「戦争」』(金曜日刊)収録
(注2【全文起こし】自民党・国際情報検討委員会委員長・原田義昭 衆議院議員インタビューURLhttp://www.tbsradio.jp/ss954/2015/10/post-313.html
(3)稲田については、次のようなニュースがある「自民党は11日、日清戦争から東京裁判、GHQ(連合国軍総司令部)の占領政策などを検証する安倍晋三総裁(首相)直属の新組織を立ち上げることを決めた。結党60年を迎える今月中に発足させ、トップには谷垣禎一幹事長が就く。稲田朋美政調会長が6月、東京裁判について『判決理由にある歴史認識はあまりにもずさん。日本人による検証が必要だ』などと設置を明言した。ただ、こうした動きは歴史認識を重視する中国や韓国だけでなく、戦勝国・米国の反発を招く恐れがあるため、穏健派の谷垣氏をトップにし、結論はまとめない勉強会形式にした模様だ」(『朝日新聞』電子版1112日)
 極右「日本会議」の「国会議員懇談会」顧問の谷垣が、「穏健派」なのか。いずれにせよ稲田のこうした試みは、要注意だろう。


成澤宗男(なるさわ・むねお)
1953年、新潟県生まれ。中央大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了。政党機関紙記者を務めた後、パリでジャーナリスト活動。帰国後、衆議院議員政策担当秘書などを経て、現在、週刊金曜日編集部員。著書に、『オバマの危険』『9・11の謎』『続9・11の謎』(いずれも金曜日刊)等。

このブログにおける過去の成澤氏による寄稿はこちらをクリック

UNESCO関連ではこちらの投稿も重要。