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Wednesday, July 25, 2012

米軍事基地帝国の今:水草のように歯止めなく世界中に増殖している小規模軍事基地「リリー・パッド」(デイヴィッド・ヴァイン、アメリカン大学)David Vine: The Lily Pad Strategy (from TomDispatch - Japanese Translation)

David Vine 氏の著書
主流メディアに抗し、先進的な記事で問題提起を続け、米国の代替メディアの代表格の一つとなった『トムディスパッチ』に7月15日掲載された、アメリカン大学で教鞭を取る人類学者デイヴィッド・ヴァイン氏の記事『リリーパッド戦略』は日米安保、在日米軍基地問題を世界的視野で捉えるために必読の記事であると思い、ここに田中泉氏の翻訳により紹介します。(原文は『トムディスパッチ』の編集人、トム・エンゲルハート氏の紹介文「デイヴィッド・ヴァイン-米国軍事基地帝国は拡大している」で始まっています。下記リンク参照)このヴァイン氏は、全世界の米軍基地を現地調査しており、著書に『恥辱の島ディエゴ・ガルシア米軍基地の秘められた歴史』(プリンストン大学出版、2009年)があります。2010年12月にはアメリカン大学の学生たちを引率して沖縄にも来ました。その旅の準備として訪ねた国務省でブリーフィングをしたケヴィン・メア日本部長の沖縄差別発言が2011年3月に報道され激しい批判を浴びたことはまだ記憶に新しいのではないかと思います。@PeacePhilosophy

Tomgram: David Vine, U.S. Empire of Bases Grows
The Lily-Pad Strategy
How the Pentagon Is Quietly Transforming Its Overseas Base Empire and Creating a Dangerous New Way of War
http://www.tomdispatch.com/archive/175568/


―リリー・パッド戦略―

国防省がひっそりと海外基地帝国を変容させ、
戦争の危険な新戦略を編み出す手法

デイヴィッド・ヴァイン
田中泉訳



翻訳のPDF版はこちらから


先月、暗い灰色をした米空軍C-17輸送機の内部に足を踏み入れた私が最初に目にしたのは、ぽっかり空いた光景だった―何かが欠けていたのだ。正確には左腕が欠けていた。肩のところからもげていて、そこは応急処置として絆創膏で覆われていた。分厚くて青ざめた肉の先端にはところどころ鮮血が散っていた。さばかれた食肉のようだった。顔と遺体の残りの部分は、毛布、キルト製の米国旗、包帯、テープ、ワイヤー、点滴装置、医療用モニターで覆い隠されていた。

その男性と、重傷を負ったもう2人の兵士―1人は2本の足があった場所に足の切れ残りがあり、もう1人は太ももから下がなかった―は、体中に管を挿し込まれていて、意識もなく輸送機の壁にくくりつけられた担架に横たわっていた。ドイツのラムスタイン空軍基地に着陸したばかりだった。兵士の残った腕の刺青には「不名誉より死を」とあった。

彼らのような犠牲者をどのくらい見かけるのか、空軍医療班のメンバーに尋ねてみた。するとこの便もそうだったが、多くの兵士がアフガニスタンから運ばれてくるということだった。「アフリカの角(訳注:アフリカ大陸東端のソマリア全域とエチオピアの一部などを占める半島。Horn of Africa)からもいっぱい来る」とも。「メディアでは報じられていないがね」

「アフリカのどこから?」と私は聞いた。詳しいことは知らないが一般的には「角」からが多く、しばしば瀕死の重傷を負っているとのことだった。アフリカにおける主要な米軍基地であるキャンプ・ルモニエを指して「ジブチから大勢だ」と彼はつけ加えながら、同地域の「他のいろいろな場所」からも来ると言っていた。

約20年前、ソマリアの「ブラック・ホーク・ダウン」事件(*)で死者を出して以降、アフリカにおける米軍の犠牲者について我々はほとんど何も耳にしてこなかった(例外として先週、マリでの謎の自動車事故で、特別作戦部隊のメンバー3人が、米軍情報筋により“モロッコ人娼婦”と身元を判定された女性3人と共に殺された事件について、奇妙な報告書が出ていた)。アフリカからラムスタイン空軍基地に到着する患者数の増加は、21世紀の米軍の戦略が大きく変容していることを示している。

これらの犠牲者たちは、アフガニスタンやイラクとはかなり離れた場所からの負傷兵の数が増大していく、その先陣となる可能性が高い。キャンプ・ルモニエのような、比較的小さな基地の使用が増えているからである。米軍の戦略立案者たちはキャンプ・ルモニエを未来の米軍基地のモデルと考えている。ある学者の説明によれば「米国が過去に軍事的プレゼンスを維持したことのない諸地域に散らばっている」基地である。

ラムスタイン基地は米国の1つの町ぐらいの大きさのある怪物のような基地で、数万人の米国人で埋まり、PXやピザ・ハットなど本国の快適な設備が揃っている。ここが米軍基地の代表格だった時代は終わりつつある。しかし、国防総省が荷をたたみ、世界における任務を縮小させて帰国するなどとは一瞬たりとも思ってはいけない。実際、近年のできごとを元に考えるとその逆が正しいかもしれない。冷戦期に作られた世界中の巨大基地コレクションが縮小される一方、海外基地のグローバルなインフラは、そのサイズも範囲も著しく拡大されている。

ほとんどの米国人は知らないが、米国政府による地球の要塞化は着々と進んでいる。それは米軍が「リリー・パッド=蓮の葉」(池の蛙がそこから獲物に向かって飛ぶイメージ)と呼んでいる、新世代の基地のおかげである。小さくて、秘密主義で、外からアクセスできない施設だ。その駐留兵の数は限定的で、設備等も質素で、武器や弾薬などが実戦配備されている。

ジブチからホンジュラスのジャングル、モーリタニアの砂漠からオーストラリアの小さなココス諸島に至るまで、国防総省は世界中でできるだけ多くの「リリー・パッド」を、できるだけ多くの国で、できるだけ速く作ることを追い求めている。そのような基地にはたいてい秘密主義の性質があるため統計データを集めるのは難しいのだが、国防総省はおそらく2000年頃から、「リリー・パッド」などの小さな基地を50カ所以上建設してきたうえ、さらに数十カ所以上の建設計画を暖めているとみられる。

『米国の町:帝国の前哨地を建設する America Town: Building the Outposts of Empire』の著者であるマーク・ギレムが説明しているように、地元住民、世間の注目、反対運動の可能性を「回避」するのが新しい目標である。「戦力投射のために」、米国は「隔離された自己充足型の前哨地を」世界中に「戦略的に配備」したいのだ。その戦略を最も声高に提唱しているアメリカン・エンタープライズ・インスティテュート(訳注:米国の保守シンクタンク)の面々によれば、米軍は「21世紀の“世界機甲隊”」であり、最終目標は「フロンティア基地の世界的なネットワーク作り」であるべきらしい。

競争の激しさを増し、かつてなく多極化している世界において、少しの力で多くを達成して米国の世界支配を維持するというのが、進化しつつある米国政府の軍事戦略の狙いだ。「リリー・パッド」基地は、その致命的に重要な部分となった。世界の基地建設をリセットするこの政策が米国の長期的スタンスの心臓部となりつつあるのだが、驚くことに一般の関心はほとんど集まっていないし、議会による適切な監視もほとんど行われていない。一方、アフリカからの最初の犠牲者たちの到着が示しているように、米軍は世界の新しい地域や新しい紛争に関与しつつあり、それに伴って悲惨な影響が起こりうる。
 

基地帝国を変容させる
   
米軍は、そのほとんど知られていない、膨大な海外の基地コレクションを拡大しようとしているのではなく、むしろ縮小させている最中なのだと、読者は思っているかもしれない。米軍は実際、イラクに建設した大小505の盛大な基地群を閉鎖させられたし、現在はアフガニスタンの兵力を削減するプロセスが始まっている。欧州では、ドイツにあるいくつもの巨大基地を国防総省は閉鎖し続けているし、2つの戦闘師団もまもなく撤退させる見込みだ。世界の駐留米軍は約10万人まで縮小されることになっている。
   
それでも米国の海外基地コレクションはゆうに世界史上最大のままとなる。全米50州とワシントンDC州の外部には、1000以上の米軍施設があるからだ。そこにはドイツと日本に何十年も前からある基地や、エチオピアとインド洋セイシェル諸島にある完成したての無人機の基地、さらにはイタリアや韓国にある米軍の休暇用リゾートまで、すべてが含まれる。

アフガニスタンでは、米国率いる多国籍軍がいまだに450以上の基地を占領している。米軍は合計すると約150カ国になんらかの形の軍事的プレゼンスを持っている。それ以外にも航空母艦タスクフォース―浮動型基地―や、宇宙における重要かつ成長中の軍事的プレゼンスもある。米国は現在、推計で毎年2500億ドルを海外の基地や駐留軍の維持に費やしている。

キューバのグアンタナモ・ベイなどいくつかの基地の歴史は、19世紀後半までさかのぼる。ほとんどの基地は第2次世界大戦の最中かその直後に、北極も含むすべての大陸において建設や占領をされたものだ。米軍はソ連邦崩壊後に海外基地の約60%を撤退させたが、冷戦時代の基地インフラは比較的そのままの姿で残った。スーパーパワー敵国の不在にもかかわらず、ドイツだけでも約6万人の駐留米軍が残っている。

しかしブッシュ政権は2001年初頭、つまり9/11攻撃の前でさえ、基地および駐留軍の大々的な配置換えを世界規模で開始していた。それは今日、オバマ政権による「アジア回帰」戦略として続いている。ブッシュの当初の計画では海外基地の1/3以上を閉鎖し、東と南に駐留米軍を移転させることになっていた。中東、アジア、アフリカ、南米で紛争の発生が予想される地域に近づけるためだ。国防総省はより小ぶりで柔軟性の高い「前線基地」と、さらに小ぶりな「安全保障拠点/リリー・パッド」とに焦点を当て始めた。駐留米軍を主に集中させるのは、数を減らした「主要作戦基地」(MOB) ―ラムスタイン、太平洋のグアム、インド洋のディエゴ・ガルシアなど―に限定することとなり、それらの基地は拡張が予定された。

この計画では「統合」と「閉鎖」の語法が使われていたにもかかわらず、国防総省は9/11以降、実は基地インフラを劇的に拡大してきた。イラン以外のペルシャ湾沿岸諸国のすべてと、アフガニスタンでの戦争にとって致命的に重要な中央アジア諸国にある、何十もの主要基地もそのうちだ。


基地リセットボタンを押下する
   
オバマが最近発表した「アジアへの回帰」計画が示唆しているのは、「リリー・パッド」基地とそれに関連する出来事が爆発的に増加していくにあたり、東アジアが中心に来るであろうことだ。既に米海軍はオーストラリアでダーウィンの共用基地に落ち着こうとしている。他にも国防総省はオーストラリアのココス諸島で無人機の偵察基地の建設をしようと、またブリスベンとパースでは兵を駐留させようと、精を出している。タイでは海軍が新規に寄港する権利とウタパオでの「災害救援時ハブ空港化」とを求め、国防総省が交渉を行っている。

フィリピン政府は1990年代初めに巨大なクラーク空軍基地とスービック・ベイ海軍基地から米国を追い出したが、2002年1月以降、同国南部では600人もの米軍特別作戦部隊がひっそりと活動している。両国政府は先月、クラーク基地およびスービック基地の米軍による将来の使用に関して、またベトナム戦争時代からある、その他の修理・供給用中継基地に関しても、合意に達した。時代の変化を示す兆候というべきか、米国政府の代表者らはなんと2011年にはかつての敵であるベトナムとの防衛協定を調印した。そして、米海軍によるベトナムの港の利用を増やすことについての交渉が開始された。

アジアの他の場所では、グアム近郊の小さな島テニアン島に国防総省は滑走路を再建したほか、将来はインドネシア、マレーシア、ブルネイに基地を建設することを検討している。一方インドとは強固な軍事関係を押し進めている。米軍はこの地域で毎年170回以上の演習を行い、250回以上寄港している。韓国の済州島では、米国のミサイル防衛システムの一環となる予定の基地を韓国軍が建設中で、米軍が定期的にアクセスすることになっている。
   
太平洋指令部指令官のサミュエル・ロックリアー3世海軍大将は、「ただ一カ所にとどまっていては、やるべきことができないのです」と述べた。軍の戦略立案者にとっての「やるべきこと」とは、この地域の新興パワーである中国を孤立させ、(冷戦の語法でいえば)「牽制する」ことであるのは明白だ。これは、この地域全体に新しい基地を「ばらまき浴びせ」ることを意味しているようだ。日本、韓国、グアム、ハワイにはすでに数十年間にも渡って中国を包囲してきた200以上の米軍基地があるが、それらに加えてである。

そしてアジアはことの始まりに過ぎない。アフリカでは2007年以降、国防総省が無人機による偵察用に「約1ダースもの空軍基地」をひっそりと建設した。キャンプ・ルモニエのほか、米軍はブルキナファソ、ブルンジ、中央アフリカ共和国、エチオピア、ケニア、モーリタニア、サントメ・プリンシペ、セネガル、セイシェル、南スーダン、ウガンダに軍事基地を建設したか、まもなく建設する予定だ。国防総省はさらに、アルジェリア、ガボン、ガーナ、マリ、ナイジェリアその他でも基地建設の可能性を調査している。

来年には、3000人の戦闘部隊サイズか「おそらくもっと多い」数の駐留米軍が、演習や訓練のためにアフリカ大陸のあちこちに到着する。その近くのペルシャ湾では、海軍が「浮動型前進基地」または「母艦」を建設している。ヘリや巡察機用の海上版「リリー・パッド基地」として使う目的である。同地域では駐留軍を莫大な規模で増強させている。

中南米では、1999年にパナマから、2009年にはエクアドルから米軍が追放された後、国防総省はオランダ領アンティルのアルーバとキュラソー、チリ、コロンビア、エルサルバドル、ペルーで、新基地の建設ないしは既存の基地の格上げを行った。そのほか国防総省は、ベリーズ、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、パナマ、コスタリカ、さらにはエクアドルにおいてさえ、米軍の駐留が可能な軍事基地や警察基地の建設に資金を拠出した。2008年、米海軍は同地域を偵察するため、1950年以来活動を停止していた第4艦隊を復活させた。米軍はブラジルにも基地を欲しがっているかもしれない。パラグアイとアルゼンチンでは緊急人道支援という建前で基地を建設しようとして失敗した。

最後に、ヨーロッパの米軍基地は、1990年代の介入でバルカン半島に到着して以来、旧ソビエト帝国の東欧ブロックの一部の国々へと東進してきた。国防総省は現在、ルーマニアとブルガリアで戦闘部隊サイズの駐留軍展開の支援能力がある軍事基地を、またポーランドでミサイル防衛基地と飛行施設を建設中だ。過去にブッシュ政権は、CIAの秘密収容所をリトアニアに2つとポーランドに1つ維持していた。国防総省はミサイル防衛システムの効果をまだ証明できていないが、そのためのレーダー基地をチェコ共和国の市民たちが拒否したので、今度はルーマニアが地上配備型ミサイルを置くことになっている。

   
米国の新しい戦争の方法
   
現状を読み解く役に立ちそうなのは、石油が豊富なアフリカ西海岸のギニア湾にあるサントメ島とプリンシペ島のどちらかに「リリー・パッド」基地が建設されようとしていることだ。ある米国政府の役人は、「もう一つのディエゴ・ガルシア」と描写した。インド洋にあるディエゴ・ガルシアの基地は、この数十年間、中東のエネルギー供給における米国支配の確立に役立ってきた。アフリカに新しい巨大基地を建設する自由を持たない国防総省は、サントメ島やアフリカ大陸に増加中の他の「リリー・パッド」基地コレクションを使って、もう1つの致命的に重要な産油地域の支配を試みている。

西アフリカから遠く離れた中央アジアでは19世紀以来の「グレート・ゲーム」の競争が熱気と共に蘇り、グローバル化してアフリカ、アジア、南米の資源豊かな土地へと拡大している。米国、中国、ロシア、およびEU各国は、経済的・地政学的な覇権を巡ってますます激しさを増す競争の泥沼にはまっている。
   
特に中国政府はこの競争を主に経済面から遂行しており、世界中を戦略的な投資で点々と攻めている。米国政府は、世界に対して使えるワイルドカードとして懲りずに軍事力に焦点を当ててきた。そして新基地やその他の形の軍事力で地球上を点々と攻めている。この新たな21世紀の軍事戦略についてニック・タースが書いている。「ユーラシア大陸での総力侵攻や大規模な占領はもう終わった」。「その代わり、考えてみよ。特別作戦部隊…代理軍…スパイ・諜報活動の軍事化…無人飛行機…サイバー攻撃。いっそう軍事化された“民生”政府機関と国防総省との共同作戦だ。」

この前例なき長距離の空軍力・海軍力に加えて、地球上のどの国も出し抜く武器輸出....軍事諜報活動、偵察、相手国の人心を勝ち取るための機能を司っているのが明らかな「災害人道援助」ミッション....米軍の通常部隊の世界へのローテーション配備....寄港や共同軍事演習および訓練任務の拡大―それによって米軍は、世界中の既成事実化した「プレゼンス」をものにするし、海外の軍隊を代理軍に変える役にも立つ。

そして大量の「リリー・パッド」基地だ。
   
軍の戦略立案者たちは、小規模の軍事介入が果てしなく続く未来を描いている。その作戦上、大きな、地形的に散らばった基地のコレクションは、常時使用できる施設であり続けるだろう。かれらが望んでいるのは、できるだけ多くの場所に基地をおいておきつつ、イラク侵略前のトルコの時のように米国が万が一基地の使用を拒まれた場合は、どこか利便性の良い近隣の別の国に頼めるようにしておくことだ。言い替えれば、天井知らずの柔軟性と、地球上どこで起きることにも驚くほど迅速に対応できる能力とを国防総省の役人らは夢みているのである。つまり、地球全体の軍事的支配のようなものだ。

「リリー・パッド」基地などの戦力投射形態には、軍事的利便性があるだけではない。これらは同盟関係を構築して維持し、海外の市場や資源、投資のチャンスに対して米国が特権的アクセスを得るための政治的・経済的なツールでもある。米国政府はリリー・パッド基地などの軍事的プロジェクトを使って東欧、アフリカ、アジア、南米の国々を米軍に-そして継続する米国の政治的・経済的覇権に-できるだけ緊密に縛っておきたいのだ。つまり一部の国々がかつてなく強硬に独立を主張したり、中国などの新興大国に近づいたりしている時にあって、軍事力を使って米国の影響力を固め、可能な限り多くの国々を米国の軌道の中におさめておくことを期待しているといえる。


危険なリリー・パッド基地
   
より小さな基地に依存することは、沖縄や韓国などでしばしば怒りを買ってきた巨大な基地を維持するよりもずっと賢く、費用対効果も優れているかのように思えるかもしれないが、リリー・パッド基地は米国と世界の安全をいくつかの方法で脅かすものである。

まず「リリー・パッド」という呼び方は誤解を招く。なぜならそのような施設には、設計面その他からしても、あっという間に肥大化した怪物に成長する可能性があるからだ。

2番目に、米国政府の中に未だに残っている「民主主義を広める」だのという語法にも反し、リリー・パッド基地の建設を増やすことは実際のところ、専制的で腐敗していて殺傷好きな国々との協力関係を確実に増加させてしまう。

3番目に、その大きさにかかわらず、軍事施設が地域社会に与える被害については立証されたパターンがある。リリー・パッド基地は地元の反対を間違いなく遮蔽してくれるかのように見えるが、過去には、たとえ小さな基地であっても、しばしば怒りと抗議運動を引き起こしてきた。

最後に、リリー・パッド基地の拡散が意味しているのは世界を広範囲に渡ってこっそり軍事化することだ。基地には、本物のリリー・パッド―水草―のように、成長して歯止めなく増殖する性質がある。基地にはまさに、さらなる基地を発生させる傾向がある。他国との「基地競争」を招き、軍事的緊張を高め、紛争の外交的な解決にフタをしてしまうのだ。だいたいもし中国、ロシア、イランが独自のリリー・パッド基地をメキシコかカリブ海に1つでも作ろうとしたら、米国はどう対応するだろうか?

特に中国とロシアにとっては、国境付近におけるこれまで以上の米軍基地の存在は、新たな冷戦の勃発を招きかねない。将来の中国軍の脅威に備えての新基地建設というが、それは[予言したという事実がその実現をもたらす]自己達成的予言といえるものだ-要するに、アジアにそのような基地があると、防衛の対象のはずの脅威を逆に作り出してしまう可能性が高い。基地は中国との悲惨な戦争の確率を低めるのではなく、高めてしまうだろう。
   
しかし嬉しいことに、近年、共和党上院議員のケイ・ベイリー・ハチソンや共和党大統領候補ロン・ポールから民主党上院議員のジョン・テスター、NYタイムズ紙のコラムニストのニコラス・クリストフに至るまで、あらゆる政治的立場の人々が海外基地を批判的に精査するようになってきた。財政赤字を削減する方法を皆が模索している時だ。海外基地の閉鎖は簡単な節約方法となる。1000以上の基地を国外に持つ余裕など米国にはないのだということを、影響力を持つ人々がどんどん認めるようになっている。
   
それ以前の帝国がそうだったように、英国もやはり、1960年代と1970年代の経済危機の最中、残っていた海外基地のほとんどを閉鎖に追い込まれた。米国が遅かれ早かれそのような方向に進むことに疑いの余地はない。唯一の疑問は、米国が自らの選択によって基地を手放し、軍の世界展開を縮小させるのか、それとも英国のように、消えゆく大国として、弱い立場から、基地を諦めざるを得なくなるのかどうかだ。
   
もちろん、今とは別の道を自ら選択しない場合は、経済だけに留まらない悪影響があるだろう。リリー・パッド基地の拡散、特別作戦部隊、無人機による戦争が続けば、米国は新たな紛争や戦争に引きずり込まれていく可能性が高くなる。そして未知の形の報復や、莫大な死と破壊が生ずるだろう。そうなると我々は、アフリカの角からホンジュラスに至るまで、あらゆる場所から到着する輸送機の増加を覚悟した方が良いということになる。そこには手足をもぎ取られた負傷者だけではなく、棺桶が乗せられているだろう。

デビッド・ヴァインはワシントンDCのアメリカン大学人類学科助教授で、『恥辱の島ディエゴ・ガルシア米軍基地の秘められた歴史』(プリンストン大学出版、2009年)の著者。NYタイムズ紙、ワシントンポスト紙、ガーディアン紙、マザージョーンズ誌などに多数寄稿している。現在は米国外にある1000以上の軍事基地に関して執筆中。

*脚注
 「ブラック・ホーク・ダウン」事件については、米国の反体制知識人ノーム・チョムスキー氏が200712月にKhaleej Times紙に寄稿した論考The Somalia syndromeに、次のような記述があります。
1992年、部族を基盤とした民兵組織がソマリアの独裁政権を転覆させ、続いて飢饉が起きたのち、米国は何千人もの兵士を疑わしい「救援活動」と称する人道作戦に援護派遣した。しかし199310月の「モガディシュの戦闘」の最中に、ソマリアの民兵2人によってブラックホークヘリ2機が撃墜され、推定1000人のソマリア人と共に米軍のレンジャー部隊隊員18人が死亡した。
米軍は直ちに撤退を始めたが、その殺人的な比率(ソマリア人と米軍の犠牲者数のひらき)は維持された。「米軍退却の最終段階では、米軍に向けて撃たれた弾丸1発につき100発で応酬していたように見えた」とロサンゼルスタイムズ紙記者ジョン・ブレイザーが報道した。ソマリア人側の犠牲者について、作戦を率いた米海兵隊アンソニー・ズィンニ大尉は「遺体の数は数えていません・・・興味ありません」と取材陣に述べた。
CIA職員らが私的に出した結論によれば、ソマリアの作戦では米兵34人が死亡し、ソマリア人犠牲者―民兵および市民―の数は7000人から10000人だった可能性がある。フォーリン・ポリシー誌でチャールズ・ウィリアム・メインズが報道した。
その「救援活動」では、救援されたのと同程度の多くのソマリア人が殺された可能性があるのだ。その後ソマリアは、残虐な地方の軍閥の手中に残された。
またチョムスキー氏はThe New Military Humanism - Lessons From Kosovo, Pluto Press, 1999の中で、この時のソマリア人犠牲者の2/3が女性と子どもだったと書いているようです。

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