Tuesday, December 13, 2022

南京大虐殺85周年の日、済州島の追悼集会へのメッセージ Nanjing Massacre 85th Anniversary: My message to the friends of Jeju 제주의 친구들에게 보내는 연대 메시지 南京大屠杀85周年,济州岛追悼仪式信息

侵華日軍南京大屠殺遭難同胞紀念館で、今年も南京大虐殺の犠牲者を追悼するおごそかな国家公祭が行われた。式典には幸存者(南京大虐殺のサバイバー)も参加した。(写真はCGTNの式典中継より)

12月13日は南京大虐殺の被害者、幸存者、遺族に思いを馳せ、ネヴァー・アゲイン、再不戦を誓う日です。今年は85周年。この日は南京では午前10時に車はクラクションを鳴らし、船は汽笛を鳴らし、道ゆく人は立ち止まり、追悼の沈黙をします。

2016年から始まっている、韓国・済州島の平和を愛する人たちが集まり、日本軍の南京爆撃に使われたアルドゥル飛行場の格納庫跡前で行う追悼行事が今年もあります。私も例年どおりメッセージを送りました。英語、韓国語、日本語の順番で下に紹介します。


12月14日追記:済州島の催しの報告は「クロムビ岩を愛する」カンジョン村の人々のサイト、ここにあります。YouTubeではここにアップされています。

A Solidarity Message to my friends in Jeju 

This December marks the 85th anniversary of the Nanjing Massacre, in which hundreds of thousands of Chinese POWs, unarmed soldiers, and civilians were unlawfully and brutally massacred, for weeks and months from the beginning of December 1937 till around the end of March 1938 under the occupation of the Imperial Japanese Army. Women and girls were raped, then killed, and houses were looted, and put on fire.

The 85th anniversary is another significant landmark and we Japanese must take this history to heart, and renew our pledge never to allow such atrocities to happen again. This year also marks the 50th anniversary of the normalization of China-Japan diplomatic relations in 1972. In Japan, however, there is ever-increasing China-bashing rhetoric across the government’s narratives and the mainstream media. 

The Japanese government, taking advantage of the fear-mongering among the public arising from the war in Ukraine and the rhetoric over the so-called “Taiwan Emergency,” accelerates the militarization of the Ryukyu Island Chain and the mainland of Japan, and plans to double its military spending by increasing taxes and issuing war bonds, to be a de-facto NATO member contributing 2% of the nation’s GDP to the military. 

The war preparation and history denial go hand in hand. The Japanese government, the media, and the public by large refuse to accept the Korean Supreme Court’s ruling that Japanese corporations must pay reparations to the victims of forced labour, and continue to deny their responsibility for the wartime military sex slavery. Next year, 2023, will mark the 100th anniversary of the massacre of thousands of Koreans in the aftermath of the Great Kanto Earthquake of 1923, one of the worst hate crimes of human history. This is another undebatable history which is under an increasing threat of public denial. 

The other day, Japanese actress Maki Yoko’s comment that she was ashamed to be Japanese when she learned about her country’s colonial history, came under fire among Japanese netizens. Unfortunately, I feel the same way as Maki did, as long as the Japanese government and the majority of the public act the way they do now. At the same time, I feel we need to do more to mobilize and activate the not many but not few Japanese who squarely face history and build friendship, not war, with Korean and Chinese neighbours, 

I heard that there is a plan to turn Alddreu into a peace park. I am hoping that the project will facilitate the preservation of the history of Alddreu Airfield, that it was Imperial Japan’s launchpad in their air attacks against Nanjing. I hope more people in Korea, Japan, China, and the world, will know this history and particularly the fact that people of Jeju-do gather on December 13 to remember the history. I so wish to be there in person and one day I will. Thank you for allowing me to be part of your memorial again. 

In memory of the victims of the Nanjing Massacre, and with love and solidarity with friends of Jeju-do, 

Satoko Oka Norimatsu 乗松聡子(노리마츠 사토코)

Director, Peace Philosophy Centre

Vancouver, BC, Canada 

November 29, 2022


캐나다 밴쿠버에서 :제주의 친구들에게 보내는 연대 메시지

올해 12월은 1937년 12월 초부터 1938년 3월 말까지 일본 제국군의 점령 하에

수십만 명의 중국군 포로와 비무장 군인, 민간인이 불법적이고 잔인하게 살해된 난징

대학살 85주년이 되는 해입니다. 여성과 소녀들은 강간당하고, 죽임 당했으며 집들은

약탈당하고, 불에 탔습니다.

85주년은 또 하나의 중요한 지표이며 우리 일본인들은 이 역사를 가슴에 새기고

다시는 이러한 잔학 행위가 일어나지 않도록 하겠다는 약속을 새롭게 해야 합니다.

올해는 1972년 중일 국교 정상화 50주년입니다. 하지만 일본 정부와 주류 언론들은

중국을 비난하는 수사만을 늘어놓고있습니다.

일본 정부는 우크라이나 전쟁으로 대중의 공포를 조장하고 소위 ”대만 비상사태”를

내세우며 류큐 열도와 일본 본토의 군사화에 박차를 가하고, 국가 GDP의 2%를

군사비로 지출하는 실질적인 NATO 회원국이 되기 위해 세금 인상과 전쟁 채권

발행으로 군사비 지출을 2배로 늘리려 합니다.

전쟁 준비와 역사 부정은 밀접하게 관련(연결)되어 있습니다. 일본 정부와 언론,

국민은 일본 기업은이 강제징용 피해자에게 배상금을 지급해야 한다는 한국 대법원의

판결을 받아들이지 않고 위안부 문제에 대한 책임을 계속 부인하고 있습니다. 내년

2023년은 인류 역사상 최악의 증오범죄 중 하나인 1923년 관동 대지진 조선인 학살

사건 100주년이 되는 해입니다. 이 사건 또한 역사 부정 위험이 증가하고 있는

절대적인 역사(사건)입니다.

얼마전 일본 여배우 마키 요코가 일본 식민지 역사를 접하고 일본인인 것이

부끄럽다고 한 발언이 일본 네티즌들 사이에서 화제 였습니다. 일본 정부와 대다수

국민들이 지금처럼 행동하는 한, 유감스럽지만 저도 마키와 같은 감정을 느끼며

지금보다는 더 많은 일본인들이 역사를 직시하고 한국과 중국에 사는 이웃 국민들과

전쟁이 아닌 우호 관계를 맺을 수 있도록 더 많은 노력이 필요하다고 생각합니다.

알뜨르 비행장을 평화공원으로 만들 것이라고 전해 들었습니다. 이 계획이 일제의

난징 폭격에 사용된 발사대였던 알뜨르 비행장의 역사를 잘 보존할 수 있기를

바랍니다. 한국, 일본, 중국, 세계의 더 많은 사람들이 이 역사에 대해 그리고 12월

13일에 제주도에 있는 사람들이 모여 이 역사를 기억한다는 사실을 알기를

바라겠습니다. 언젠가 그곳에서 함께하기를 마음 깊이 기원하며, 또 다시 여러분의

추모식에 제가 참여 할 수 있게 해주셔서 감사합니다.

난징대학살 희생자들을 추모하며 사랑과 연대를 담아 제주도의 친구들에게

Satoko Oka Norimatsu 乗松聡子(노리마츠 사토코)

평화 철학 센터 대표, 캐나다 밴쿠버

2022 년 11월 29일 (번역: 수산)


済州の友人たちへ連帯のメッセージ 

南京大虐殺は、1937年12月初めから1938年3月末頃まで、日本軍の占領下で数週間から数カ月にわたって、数十万人の中国人捕虜、非武装兵士、民間人が非合法かつ残忍に虐殺された事件で、今年の12月は85年目にあたります。女性や少女はレイプされ、殺され、家屋は略奪され、放火されました。
85周年という大きな節目を迎えた今、私たち日本人はこの歴史を胸に刻み、二度とこのような残虐行為を起こさないという誓いを新たにしなければなりません。また、今年は1972年の日中国交正常化から50年という節目の年でもあります。しかし、日本では、政府の言説や主要メディアにおける中国バッシングのレトリックがますます強まっています。 
日本政府は、ウクライナ戦争やいわゆる「台湾有事」レトリックで高まっている国民の恐怖心を利用し、琉球列島と日本の軍事化を加速させ、増税と戦時国債発行による軍事費の倍増を計画し、GDPの2%を軍事費に充てる事実上のNATO加盟国となることを計画しています。 
戦争準備と歴史否定は背中合わせです。日本政府、マスコミ、一般大衆は概ね、日本企業は強制労働の被害者に賠償金を払えという韓国大法院の判決を拒否し、戦時中の日本軍性奴隷制度の責任を否定し続けています。来年2023年は、人類史上最悪のヘイトクライムの一つである1923年の関東大震災後の数千人の朝鮮人虐殺から100年目にあたります。これももうひとつの、議論の余地のない史実でありながら、社会全体で否定の圧力が高まっている歴史です。 
先日、日本の女優である真木よう子さんが、自国の植民地支配の歴史を知り、日本人であることが恥ずかしくなったと発言し、日本のネットユーザー間で炎上しました。残念ながら、日本政府や大多数の大衆が今のような行動をとる限り、私も真木さんと同じように感じています。同時に、歴史に正面から向き合い、隣国のコリアや中国と、戦争ではなく友好を築こうとしている、多くはないが少なくもない日本人をもっと動かし、運動を活性化する必要があると感じています。 
アルドゥル公園を平和公園にする計画があると聞きました。大日本帝国が南京を空襲した際の出撃起点であったというアルドゥル飛行場の歴史が、この事業によって保存されることを期待しています。コリア、日本、中国、そして世界の多くの人々にこの歴史を知ってもらい、特に12月13日に済州島の人々が集まり、この歴史を記憶していることを知ってもらいたいと思っています。私はその場に直接立ち会いたいと強く願い、いつの日かそうするつもりです。再び追悼の場に参加させていただき、ありがとうございました。

南京大虐殺の被害者を偲び、済州島の友人たちへの愛と連帯を込めて。

乗松聡子(노리마츠 사토코)
ピースフィロソフィーセンター 代表
カナダ、BC州バンクーバー 

2022年11月29日

過去の投稿より:


2020年

2019年

2018年


Monday, December 12, 2022

杉田水脈氏のバンクーバー映画会「潜入」事件の続き およびカナダでの「歴史戦」について(ツイートまとめ)Japanese Diet member Sugita Mio's attacks on history and minorities, and Canada's "History War" (continued from previous post)

See here for my English article describing Canada's "History War." 

参考写真:2015年~2018年、バンクーバーの地元の週刊日本語新聞『バンクーバー新報』は、日本政府と日本右派、地元右派による、「慰安婦像」や「南京の日」に反対するなどの「歴史戦」の事実上機関紙と化した。

前回の投稿に続いてツイートしたことをまとめておく。杉田水脈氏がバンクーバーで取った行動やその後の報告は、右派が第日本帝国の加害の歴史を否定する「歴史戦」の一環であるという捉え方をしてこそ本質がわかると思う。

海外で広島、長崎の原爆投下を記憶させようと頑張っている人たちが日本軍「慰安婦」や南京大虐殺については手のひらを返したような態度を取る有様をたくさん見てきました。被爆者像がバンクーバーの公立公園にあるのに「少女像」があってはいけない説得力のある理由をいまだ一度も聞いたことない。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600589948671098881

2019年、当時の在バンクーバー日本総領事と面会させてもらいました。ネトウヨとかでは全然ない、穏やかな人でいい会話が持てましたがやはり私と鹿毛さんに対し注意を促す発言がありました。安倍政権下、日本政府が「歴史戦」を主導していることを実感した日でした。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600591057305350144

面会中、側にいたスタッフは必死にメモを取っており、これは霞が関に報告するためなのかと思いました(私なんかのために・・・)。当時の総領事もこのスタッフの人も韓国の専門で韓国の日本大使館にいたことがあるとのことでした。韓国語習得のコツなども教えてもらったのですよ。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600592974219743233

2015年「少女像」、2018年「南京大虐殺の日」で日本政府、右派、現地日本移民右派の間で盛り上がった「歴史戦」直後に、韓国通の総領事がバンクーバーに着任したのはなにか偶然ではないような不思議な気がしたのを覚えています。偶然かもしれませんが。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600594076415709184

総領事からは、もう二度とこのようなこと(慰安婦「像」が建つとか、「南京大虐殺の日」を設けるとかの動きを指して)はないように、協力してほしいみたいに、念を押されました(私に言われても・・・😅)。私の主張は、「日本人がこれらに反対するのは恥ずかしい」という一点だったのに。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600594769759305728

世界中にある広島・長崎原爆や、ホロコーストの記念碑や記念館などに現地の米国系やドイツ系が束になって反対運動を展開したら、やっぱり恥ずかしいですよね?同じことを「少女像」について日系がこぞって反対するのが「当然」とされ、異議を唱える人間が村八分になるっていう異常な状態だったんです。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600596425083346946

鹿毛達雄さんが亡くなった今年、鹿毛さんの名誉のためにも、当時のことを振り返っている日々です。これだけ日系社会に寄与し日系人強制収容「リドレス」に貢献した人が、他の日系人要人が受けているような表彰は一切ないですし(鹿毛さんは別に欲しくなかっただろうけど)。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600597641716715520

強いていえば、名作 OBASAN で知られる日系カナダ人作家ジョイ・コガワ氏が日本政府から旭日章を受けた2010年、総領事邸での祝賀行事のスピーチで、冒頭に鹿毛さんと私の名前を挙げて、「表彰」してくれたのはびっくりだったが興味深い体験であった。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600599191310733312

コガワ氏は、重圧を恐れずに「南京大虐殺の日」設立を支持した日系カナダ人である。日系カナダ人強制収容のリドレスが実現したとき、カナダの他民族の支援と祝福を受けた。その日系人が、「少女像」や「南京大虐殺の日」を設定する動きに連帯できないのは嘆かわしいと言っていた日系人の一人である。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600600163265183744

山口智美さんが「ポリタス」というネット番組に出てこのときのことを語ってくれた。 

(杉田水脈氏がバンクーバーでの上映会を「反日集会」と称して産経新聞のサイトに報告したとき虚偽があったので産経新聞に抗議して修正してもらったが杉田氏は無反応だった件について)

今久々に産経記事読み返してますw。「歴史戦」の典型ですが地元の右派が杉田氏とか「なでしこ」とかとつながっていてこういう活動を「通報」するんですよね。この時の杉田氏もそういう呼びかけに応じてカナダまで来たようです。この映画会も地元のインフォーマントと一緒に来てた可能性有りです。 https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600371926014521349

(山口氏からの返答)「本には地元の3人の日本人と一緒に来たと書いてありました。」https://twitter.com/yamtom/status/1600337330291625984

産経に直させたところは現在「『BCアルファ』にかかわっている日本人」とある箇所です。当初杉田氏は、私と鹿毛さん両方を「カナダ抗日連合会」に「所属」していると記述していたんです。まず「カナダ抗日連合会」なる団体は存在しないし、これが「BCアルファ」を指すとしたら「所属」などしてない。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600374676311904256

BC ALPHAの行事に参加したことはあるんで「関わっている」と記述する分には問題ないんです。「抗日連合会」も訂正させました。別に自分の団体じゃないから自分が直接の被害者ではないですが間違いは間違いなんで。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600375530091872256

今の記述だと「アメリカに本拠地を置く『世界抗日戦争史実維護連合会』のカナダ支部である『BCアルファ』」ってありますが私は「支部」ではないと聞いたことがあります(双方独立した団体だと)。だからここも今も間違ってる可能性あります。まあ私もよく知らないからそれ以上主張しませんでしたが。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600375957923459073

あとこの記事はこの映画会を私が「主催」していると言っていますが、これはBC州の公立大学であるサイモンフレイザー大学の研究所と私のピース・フィロソフィー・センターの共催だったんです。大学のHPに今も情報がありますよ。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600377425413931009

実際は大学の研究所が主催で、協力した私の団体も名前を加えてもらったという理解が正しいです。杉田氏は、外国でご自分がどこにいるのかわからなかったのでなければ、このように私が個人で「主催」した映画会であったような言い方をして、大学が行った映画会であるということを隠したと思います。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600378340757893121

地元の大学が「反日集会」を主催したなんて書いたらあまり説得力を持たないでしょうw。結果として「反日工作活動」wにいそしんでいる個人が開いた映画会であるかのような印象を生み出す記事になってますね。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1600379951429353472

山口さんのおかげでこの出来事がより多くの人に知られるようになって有り難いです。これはバンクーバーのサイモンフレーザー大学のInstitute for Transpacific Cultural Research研究所やコミュニケーション学部が主体となって企画した映画上映会+監督トークでした。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1602079120439283712

Institute for Transpacific Cultural Researchの女性教授(日系カナダ人)が中心となって企画したことを付け加えておきます。そこには日本軍「慰安婦」問題で博論を書いた日本出身の女性学者も来ていました。杉田氏も認めているように会場には日系人や日本出身者が多かったのです。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1602079898415534080

なかには広島原爆の被爆者もいました。このように日本にゆかりを持つ人たちが、日本の沖縄に対する植民地支配を学び考える映画会に参加したことはとても意義のあることと思いました。杉田氏と一緒に来ていた地元の右派の人たちも、何かを学び取ったのではないかと思います。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1602081038477701120

この写真を見ると、私がカメラを向けたときうつむいているのが杉田水脈氏で、他の人たちは熱心にユンカーマン監督の話を聞いているように見えます。杉田氏が英語を解するか知りませんが、解さないとしたらまあ、「潜入」のスリルを楽しむぐらいのことしかすることがなかったのでしょう。https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1602082247511011329

まとめ以上。

ここで触れている、杉田水脈氏による産経の記事で私が間違いを産経に直してもらったという記事は以下です。ひどい内容なので別に勧めてませんがリンク置いておきます。

杉田水脈のなでしこリポート(23)沖縄の基地反対運動を美化したドキュメンタリー映画…私には見るにたえない作品でした

カナダの「歴史戦」は主に、2015年バンクーバー近郊のバーナビー市の公園に日本軍「慰安婦」を記憶する「平和の像」を建立する計画をめぐって、そして2018年、連邦議会で「南京大虐殺を記憶する日」を制定する動きを巡ってでした。それに対し日本政府、日本の右派、カナダの日本移民の右派、日本の「歴史戦」に影響を受けた地元の日系カナダ人などがネットや日本語新聞、地元での署名運動、直訴行為などで反対運動を展開しました。私は、上述したように、加害国にゆかりのある日本出身者や日系人がこれらの動きに反対するのは恥ずかしいとの考えから「反対運動に対する批判」の言論を展開しました。この時期のことについては、2019年11月に、「歴史戦」研究の専門家である山口智美さん(モンタナ州立大学)がバンクーバーに来たときにUBC(ブリティッシュコロンビア大学)でUBC日本研究所・コリア研究所共催で講演していただいたときに、補足として私もカナダでの動きについて報告しました。山口さんをお招きしたこの催しによって、カナダにおける「歴史戦」が決して孤立した出来事ではなく、米国をはじめ世界中で日本政府、日本右派が展開してきた「歴史戦」の一環として整理することができました。これらの講演録は『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス』に掲載されています。(2020年3月15日付)

Tomomi Yamaguchi, "The 'History Wars' and the 'Comfort Woman' Issue: Revisionism and the Right-wing in Contemporary Japan and the U.S." 山口智美「『歴史戦』と『慰安婦』問題:現代日本と米国における修正主義と右派」https://apjjf.org/2020/6/Yamaguchi.html

Satoko Oka Norimatsu, "Canada's 'History Wars': The 'Comfort Women' and the Nanjing Massacre" 乗松聡子「カナダの『歴史戦』:『慰安婦』と南京大虐殺」https://apjjf.org/2020/6/Norimatsu.html

自分の記事の日本語訳は準備中です。できたらこのブログにアップします。

@PeacePhilosophy


Tuesday, December 06, 2022

杉田水脈衆議院議員は日本軍「慰安婦」、南京大虐殺の歴史を攻撃し、沖縄について考える映画会を「反日集会」と呼び、市民活動に関わる個人を誹謗中傷した。

This article focuses on LDP Lower House Member Sugita Mio's attacks, not just on racial and sexual minorities and women's rights, but on the history of the Japanese military sex slavery, the Nanjing Massacre, and the ongoing oppression of Ryukyu/Okinawa by Japan and the U.S. 

Reference: Satoko Oka Norimatsu, Canada's “History Wars”: The “Comfort Women” and the Nanjing Massacre (Asia-Pacific Journal: Japan Focus) 

For English translation of LDP Lower House member Sugita Mio's series of racist and discriminatory statements, see: Satoko Oka Norimatsu and Mark Ealey, Japan’s Far-right Politicians, Hate Speech and Historical Denial – Branding Okinawa as “Anti-Japan” (Asia-Pacific Journal: Japan Focus) 

2016年11月、バンクーバーのサイモンフレイザー大学で映画『沖縄 うりずんの雨』(ジャン・ユンカーマン監督)の上映&監督トークが行われた。ここに「潜入」した杉田水脈氏はその後、この映画会を「反日集会」と呼んで記事を書いたり、そこにいた参加者の写真を撮って無断でネット番組で晒したりの中傷活動を展開した。

今になって杉田水脈衆議院議員の差別発言が問題になっているのはなぜかと思ったら、それは、今年の8月に第二次岸田改造内閣で総務大臣政務官という役職につき、にわかに過去の発言が問題視されているからのようだ。山口智美氏(モンタナ州立大学准教授)に教えてもらった。それを受けて、かねてから発信したいと思っていたことをツイートしたのでここでまとめておく。

杉田氏もネトウヨたちも、私たちのことを「反日」「極左」呼ばわりする表現の自由はある。私が杉田氏を右翼、差別主義者と呼ぶ自由があるのと同様に。しかし事実と違うことだけは許せない。表現の自由を超えている。産経新聞があっさりと訂正を認めたのもここの線を引く主張が認められたからであろう。 

 一番許せなかったのは、英語記事でも書いたように、杉田水脈氏はこの映画会で、バンクーバー地元で歴史家・人権活動家として尊敬されている鹿毛達雄氏に親しげに語りかけ、正面の写真を撮って、カナダの反日活動報告と称して櫻井よしこ氏のネット番組で無断で暴露したことだ。 ここでも日系メディアがスルーするのは、鹿毛さんは日系人に対するカナダ政府の不当な差別を糾弾しただけではなく、大日本帝国の残虐な歴史についても積極的に発言し被害者に寄り添ってきたことだ。鹿毛さんの人権活動はナショナリズムに動機づけられたものではなかった。
 
先月、鹿毛さんを偲ぶ会が日系ヘリテージセンターで開催されたが、日系社会のたくさんの要人を含む、また先住民族の方々も含む、何百人もの人が訪れた。鹿毛さんを批判していた人もその中にはいた。考えは違っても鹿毛さんの人柄と業績をリスペクトしていたのだろう。

杉田氏が鹿毛さんに話しかけたときも写真を撮ろうとしたときも、きっと鹿毛さんは誰に対してもそうするように、好意的に応対したのだと想像する。その好意を無にして、櫻井よしこ氏の番組でネタにしてせせら笑った杉田水脈氏と櫻井よしこ氏、「恥を知れ」と言いたい。

ツイッターのスレッドはここです。

★★★

この12月は南京大虐殺85周年という大事な節目である。上述の英語記事でも書いたが、杉田氏は南京大虐殺否定にも積極的に参加している。2018年9月19日、「南京戦の真実を追求する会」第七回講演会「外務省目覚めよ!南京事件はなかった」が開催され、杉田氏はそこに招待された4人の国会議員の一人であった(あとの3人は希望の党の中山成彬衆院議員、自民党の原田義昭衆院議員、国民民主党の渡辺周衆院議員、すべて当時)。南京大虐殺は不完全とはいえ日本政府も認めている史実であるが、それさえも不服とし「外務省目覚めよ!」とのたまう集団である。その中で、その当時進行していたカナダの連邦議会が「南京大虐殺を記憶する日」を定めるという動きについて杉田氏や原田氏が発言していたのである。杉田氏は当時も「LGBTは生産性がない」発言で大変な問題になっていた時期だった。杉田氏はこの集会でも、私と鹿毛さんを「(カナダの反日活動の)中心人物」であると名指しで非難した。また、ここでも映画『うりずんの雨』のバンクーバーでの上映会(16年)に行き「潜入ルポ」を書いたことを報告していた。よほどこのときの潜入行動が気に入っていたらしい。議員浪人時代のスリリングで楽しい活動であったのだろう。しかしこの18年の南京否定集会の時点では杉田氏は国会議員に復活していた。国会議員が何百人もの聴衆の前で一般人を名指しで糾弾するその影響力を考えてほしかった。

いずれにせよ、杉田氏の過去の発言を問題視する国会議員やメディアや評論家は、杉田氏による日本軍「慰安婦」や「南京大虐殺」の歴史への攻撃、「沖縄」の歴史と現在を伝える映画会を「反日集会」と呼んで攻撃するヘイトの言動も問題視すべきであると思う。

@PeacePhilosophy 


Thursday, November 24, 2022

私たちはミサイル基地建設を阻む!緊迫する石垣島と与那国島 (11月26日14時~ウェビナー)We refuse the missile base construction on Ishigaki and Yonaguni Islands!

ウェビナーの案内です。無料です。米国と、日本を含む従属国たちによる中国包囲網、対中国戦争準備が、九州と台湾を結ぶ島々において恐ろしいペースで進んでいます。軍事ジャーナリストの小西さんらが開催してきた「島々シンポジウム」で、石垣島と与那国島からの現況報告と基地阻止・戦争および戦争準備反対の貴重な声を聞くことのできるシンポジウム、お見逃しなく。登録はここをクリックしてください。私も、この「島々」軍事化に加担しているカナダから発言します。@PeacePhilosophy 乗松聡子


●緊急シンポジウムー日米共同統合演習で与那国島に上陸した、機動戦闘車・米海兵隊――この事態に抗する与那国島からのアピール Emergency Symposium - U.S. Marines and Mobile Combat Vehicles Landed on Yonaguni Island for Japan-U.S. Joint Joint Exercise - Appeal from Yonaguni Island against this situation.

●2022年度内の、石垣島へのミサイル基地開設を強行しようとしている自衛隊――今、年末の「防衛計画の大綱」などの大改定に向かってとんでもない大軍拡(防衛費の2倍化)を打ち出し、石垣島配備予定の地対艦ミサイル射程の1500キロや、超高速滑空弾の射程千キロ、さらには「敵基地攻撃能力」をもつトマホーク保有・配備さえ主張されている。The Self-Defense Forces are trying to force the opening of a missile base on Ishigaki Island by the end of 2022. The government is also advocating the possession and deployment of Tomahawks with "enemy base attack capability," as well as the 1,500 km range of surface-to-ship missiles to be deployed on Ishigaki Island and the 1,000 km range of ultra high-speed glide bombs.
そして、「台湾有事」が声だかに叫ばれる中、石垣島では、シェルター設置さえ唱え始められた。
島の住民の命を全く軽視した、政府の戦争態勢づくりを、私たちは阻む。
――石垣島の住民たちの、与那国島の住民たちの声を、聞こう!And, amidst the clamor of a "Taiwan contingency," government started talking about installation of shelters on Ishigaki Island. We must block the government's war preparations utterly disregards the lives of the island's people. 
--Let us hear the voices of the residents of Ishigaki Island and the residents of Yonaguni Island!

●日時 11/26(土)14:00~16:30
●場所 zoomウェブセミナー (登録はここ)
●無料(カンパ歓迎)
●パネラー
山里節子さんと「いのちと暮らしを守るオバーたちの会」の皆さん
●普天間明日香さん・通崎彩子さんら「普通に暮らしたいズ」の皆さん
●山田和幸さん(与那国島在住)
●ゲスト カナダから乗松聡子さん(The Asia-Pacific Journal: Japan Focus editor、Peace Philosophy Centre Director)
●司会・進行
・FUJIKOさん(うたうたい、島じまスタンディング) 
・石井信久さん(島じまスタンディング)
●解説 小西誠(軍事ジャーナリスト)
*主催 第Ⅱ期「島々シンポジウム」実行委員会
*寄付・カンパのお振込み
(現地の人々にお渡しします!)
・郵便振替 00160-0-161276(名義・社会批評社)(「島々基金」とお書き下さい)
*クレジットでのカンパができます(ただし、11/26(土)の20:45までの受付です。)
https://passmarket.yahoo.co.jp/.../detail/02ct5kirgqp21.html

Saturday, November 12, 2022

広島の人々は今も強制労働で作られた発電所から電力を享受している Visiting Hydroelectric Power Plants in Hiroshima Made with Forced Labour from Korea and China

 「広島安野・中国人被害者を追悼し歴史事実を継承する会」のHPに載せて頂いたフィールドワークの感想文をここに転載します。


広島の人々は今も強制労働で作られた発電所から電力を享受している

 

2022年11月9日 乗松聡子

中国電力安野発電所

  9月17日、まだ残暑厳しい広島を訪れた。カナダ、千葉、仙台、福岡、山口、広島地元から集まった30代から60代までの小グループが、川原洋子さんの案内で安野発電所のフィールドワークを行った。川原さんは、1992年から30年ににわたり、安野発電所における中国人強制労働の真相究明と和解への取り組みを続けてきた、「広島安野・中国人被害者を追悼し歴史事実を継承する会」の事務局長である。

川原洋子さん

 小柄な体から信念に満ちたエネルギーが伝わってくる川原さんに挨拶しながら、私は心中自らに問うていた。この15年、日米学生の広島・長崎の旅に参加し被爆者の通訳や学生たちのリーダーを務めてきて、朝鮮人被爆者の話も聞き、長崎では、大日本帝国の加害に焦点を置いた「岡まさはる記念長崎平和資料館」にも欠かさず訪問してきた。その旅の歴史の中で、川原さんに会う機会が今までなかったのはなぜなのか。広島市内から車で一時間ほど足を伸ばせば見学ができる安野発電所に行ったことがなかったのはなぜなのか。

 答えは難しくはない。自分の無知と怠慢以外にはない。今夏、横浜での「戦争の加害パネル展」(記憶の継承を進める神奈川の会主催)を訪問した。2016年から続いている、日本では珍しい「加害」に焦点を置いた戦争記憶の展示である。ここでは今年画期的な特別展「軍都・広島と戦争加害」展示があった。この展示作成に参加した、広島の市民団体「ラジカルバナナ」の小島亜佳莉さんと金井良樹さんとは以前から親交があったこともあり、今回広島訪問にあたり「加害中心の見学」をしたいとの希望を伝えた。それでお二人が川原さんを紹介してくれたのである。

 「広島」は被爆地として知られるが、「強制連行」という角度から学ぶことを自分は怠ってきた。「朝鮮人強制連行真相調査団」編著の「朝鮮人強制連行調査の記録 中国編」(柏書房、2001年)にあった、広島県の強制連行マップ(125頁)には愕然とした。軍需工場や基地、発電所、鉱山、造船、鉄道などの建設現場で朝鮮人連行、朝鮮人がいたと確認されている場所、中国人連行のあった場所、連合国捕虜が動員された場所など50箇所以上が確認されており、その数を上回るほどの未調査地・調査対象地が記されていた。広島のマップといえば、原爆の爆心地を中心とした同心円状の被爆マップを見ることが多かったが、これは私が見たことのない広島のマップであった。

王泊ダム慰霊塔

 1910年の韓国強制併合直後から朝鮮人動員は始まった。1939年以降の「募集」「斡旋」「徴用」という形の戦時強制動員が行われる前であっても、日本の植民地支配下ですでに「自由」が奪われた状態において、生活の糧を失った人たちが日本に職を求めざるを得なかったのだ。だから「自由意思」で来たとは言えないし、その労働実態はまさしく奴隷労働といえるものであった。広島でも戦争政策が強化される中で電源開発が進んだ。太田川水系では「併合」直後に建設された亀山発電所(運転開始は1912年)から、1946年に運転開始した安野発電所を含む9箇所の水力発電所で数千人規模の朝鮮人が動員されたという。今回は、金井さん、小島さんの案内で、安野発電所と同じ太田川水系の王泊ダムと下山発電所の建設(1933-34年)現場で亡くなった朝鮮人や日本人労働者について学んだ。34年には発電所工事場のダイナマイト爆発で25人(うち14人が朝鮮人)が即死する事故が起き、慰霊塔が建てられている。
王泊ダムについて説明する
金井さん(右)、小島さん(左)

このように、すでに30年余にわたって大規模な朝鮮人動員がなされてきた中、戦争の終盤においては中国人さえもが動員されたのである。1942年に「華人労務者内地移入に関する件」が閣議決定され、43年から中国人を日本に強制連行した。全国の鉱山、港湾、発電所や飛行場建設など135箇所の事業場に約4万人が強制連行され、7千人が命を奪われた。西松建設(当時は西松組)は1944年4月に中国人動員を厚生省に申請し許可され、安野発電所建設工事のために360人の中国人を連行した。「外務省報告書」の記載によると、帰国までの約1年間に、112人が負傷、269人が病気になり、29人(船中死亡3人、原爆死5人、殴打致死2人を含む)が死亡したという。帰国した中国人たちは、強制労働による病気や怪我を負って帰った人も多く、貧困に喘ぎ大変な苦労の人生を歩んだ。

1992年以来川原さんらは、「事業場報告書」や「外務省報告書」をもとに、中国での生存者や遺族への聞き取り、当時を知る地元住民の聞き取りを行い真相究明に務めてきた。中国が戦勝国であったことから、外務省はこのような資料を作成せざるを得なかったということだ。「これらの資料があったから裁判も闘えたし、和解にもっていくことができた」と川原さんは、「資料の重み」について語った。逆にそのことは、植民地支配下に動員された朝鮮人については資料が不足し、真相究明の道のりは遠いことを示唆していると私は感じた。

安野中国人受難之碑 碑文

安野発電所横にある、和解事業の一環として建てられた「安野中国人受難之碑」にはこうある。「・・・太田川上流に位置し、土居から香草・津浪・坪野に至る長い導水トンネルをもつ安野発電所は、今も静かに電気を送りつづけている。」これにはびっくりした。今でも広島の人々は強制労働により作られた発電所から電力を享受していたとは!それを意識して生活している人はどれぐらいいるのだろうか??

碑の前で川原さんは語った。1993年に安野の被害者2人が戦後初めて来日し、「安野発電所が今も動いて電気を送っている」ことにとても衝撃を受けていたと。「西松が今もあるなら謝罪と補償を求めたい」という被害者の希望を受けて西松建設との交渉を開始した。被害者の要求は3項目あり、「謝罪」、「記念碑・記念館」を作ることと「しかるべき賠償」であったという。

川原さんによると、繰り返しの補償交渉に対し西松建設側は「国策だったから一企業ができることはない」などと言って責任を認めなかったという。しかしそもそも西松建設を含む日本の産業側が労働力不足を補うために日本政府に強く求めて中国人連行を制度化させたということではないか。それを「国策だった」と言って逃げるのはあまりにも無責任であると思った。被害者と支持者たちは、その後交渉は打ち切り、訴訟に踏み切ったという。

川原さんの説明をきく

98年に原告5人(被害者3人、遺族2人)が360人の被害者を代表し、西松建設を提訴、地裁は敗訴、高裁は逆転勝訴したが最高裁で再び逆転敗訴した。しかし「西松建設を含む関係者において、本件被害者らの被害の救済に向けた努力をすることが期待される」という最高裁の付言が、後の和解につながったという。2009年10月23日、360人について和解が成立した。西松建設は強制連行・強制労働の事実を認め、被害者と遺族に謝罪を表明し、和解金として2億5千万円を支払った。和解金には360人分の補償のほか、記念碑の建立、追悼の集い、被害者や遺族を中国から招く費用なども含まれていた。

一番忘れられない体験は、安野発電所を作るときに労働者が上り下りさせられたという果てしなく長い階段を私たち見学者も登ったことである。中国人強制労働者たちは、昼食には小さな万頭一個しか出ないのにそれを食べに飯場に降りて、仕事に戻るのにまた同じ階段を登らされたという。食べた分はその上り下りだけで消費してしまいそうだ。重い荷物を持たされ登らされたことも。靴も擦り切れ、裸足で登った人もいただろう。私は、登りながら、息が切れてだんだん無言になっていくうちに意識は自分の内面に向かった。被害者たちは、骨と皮のようにやせ細った体で、一段一段階段を上りながら、どんなことを考えていたのだろう、と思いを馳せた。どれだけ無念であったであろうか。

 安野発電所強制労働の被害者の人たちが求めていたものの中でひとつ、「記念館」は実現していない。私はこれこそが広島に必要なものなのではないかと思った。安野発電所の強制労働の歴史を含む、「加害の広島」を展示するような記念館があったらいい。広島を訪れる誰もが立ち寄れるようなところにそのような「記念館」を作ることが、いま広島に、ひいては日本の人々に、求められているような気がする。大日本帝国の残虐の歴史は日本では概して語らない、教えない、それどころか歴史を捻じ曲げたり否定したりする風潮が蔓延している。きたる12月は、日本が中国に対して行った残虐行為を代表する大規模戦争犯罪「南京大虐殺」の85周年である。安野発電所で酷使され、尊厳を奪われた人たちの体験を思い出しながらこの重要な節目を迎えたいと思う。このフィールドワークによって、広島は自分にとって二度と同じ場所ではなくなった。

 2010年以来、「安野中国人受難之碑」前で、中国から遺族を招き「平和と友好を祈念する集い」が毎年開催されている。和解が成立した10月23日の記念日に合わせ、10月第3日曜日に開催されているようだ。私も次の機会にぜひ参加したいと思う。そして広島の強制連行全体の真相究明と記憶継承について自分ができることをやっていきたいと思う。 

この貴重な学びの体験を与えてくださった川原さん、小島さん、金井さんに心から感謝します。 

安野中国人受難之碑

(のりまつさとこ カナダ・バンクーバー在住 ピース・フィロソフィー・センター代表/「平和のための博物館国際ネットワーク」共同代表/「アジア太平洋ジャーナル・ジャパンフォーカス」エディター)


★安野発電所の中国人強制連行については川原さんら「広島安野・中国人被害者を追悼し歴史事実を継承する会」のサイトに大変詳しいです。ぜひ訪問し、被害者の証言などを読んでください。⇒https://keishousurukai.com/index.html 


Friday, November 11, 2022

ヒューライツ大阪『国際人権ひろば』2022年5月号(No.163) より:カナダの多文化主義の光と影 Lights and Shadows of Canadian Multiculturalism: HURIGHTS OSAKA

一般財団法人 アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)の「国際人権ひろば」2022年5月1日発行163号に掲載していただいた記事を許可をもらって転載します。

「カナダの多文化主義の光と影」 

乗松聡子(ピース・フィロソフィー・センター代表)

多様な民族的・言語的背景の人々からなる社会

 2015年11月、約10年続いた保守党政権を倒した自由党のジャスティン・トルドー党首が新しく首相の座に就いた。自称フェミニストの彼はさっそくジェンダーバランス内閣を導入し、内閣お披露目の場では報道陣を前に「だって今は2015年だから」と誇らしげに語った。その後二度の総選挙で自由党は第一党を維持し、7年目の今、内閣39人のうちLGBTQ2S+(性的マイノリティ)のメンバーが3人いるのをはじめ、障害のある人、先住民族、難民出身の人、アジアやアフリカを背景に持つ人など、トルドーが「カナダのように見える」と言った多様性内閣は健在である。国会議員の女性比率は約30%(世界58位)で、約10%で低迷している日本に比べたらジェンダー平等は進んでいると言えるのであろう。

 カナダは5年ごとに国勢調査を行う。データが揃っている最後の調査が2016年のものだが、約3500万人の人口のうち、自認による民族的ルーツは250以上ある。100万人以上いるルーツは、多い順に、カナダ、イングランド、スコットランド、フランス、アイルランド、ドイツ、イタリア、華人、ファーストネイションズ、南アジア、ウクライナ、オランダ、ポーランドである。人口の約22%は「ビジブル・マイノリティー」(白人でも先住民でもない)である。一方、人口の約22%が外国出身者である。バイリンガル(英語とフランス語)は約18%。約800万人が公用語以外の母語を持ち、約20%が家庭で2つ以上の言語を話す。ちなみに私は日本出身の移民で、「ビジブル・マイノリティー」にも該当し、公用語以外を母語に持ち、カナダ生まれの子がいる家庭で英語と日本語を使う典型的な移民一世である。

多文化主義を法制化した世界初の国

 カナダの多文化・多民族・多言語社会を下支えしているのが「多文化主義(multiculturalism)」政策である。歴史的に英仏戦争に勝利した英国系が中心となって作った国であり、フランス系が抑圧された背景から、フランス語圏のケベックのナショナリズムが台頭し、1960年代のレスター・ピアソン首相の時代に二言語・二文化主義への道が拓かれた。次のピエール・トルドー首相時代に公用語法(1969)が定められ二言語主義が法的に保障された。と同時に、英語系でもフランス語系でもない移民集団からの不満も高まり、1971年、多文化主義を国家の政策と位置づける。カナダは1867年の連邦結成以降も、英国からの独立を段階的に獲得してきたが、1982年には独自の憲法「権利と自由憲章」が成立、その27条に多文化主義が書き込まれる。1988年、ブライアン・マルルーニ政権下で「カナダ多文化主義法」として多文化主義を法制化した世界初の国となった。

植民地主義と人種主義の「歴史」

 このように多文化主義「先進国」であり、自然も豊かで、寛容な国といったイメージのあるカナダではあるが、現実はどうなのか。2015年11月、就任直後に英国の議会で演説したトルドー首相は、カナダの強みとしての「多様性」を強調しながら、「…先住民族にとっては、カナダの現実は易しく平等で公平と言えるものではなかったし、今もそうではありません…私たちの歴史には暗い過去もありました。華人への人頭税、第一次・二次大戦時の、ウクライナ系、日系、イタリア系カナダ人の強制収容、ユダヤ人やパンジャブの難民を追い返したこと、私たちの国にも奴隷制があったこと」と言った。カナダは植民地主義や人種主義の歴史を背負っているからこそ、そこから脱するために少しずつ歩んでいると言ってもいいのかもしれない。とりわけ先住民族についてはカナダの植民地主義は「歴史」ではなく現在進行形の構造的暴力である。

 ネイティブ・ランド・デジタル(native-land.ca) というサイトがある。先住民族の視点から、民族のテリトリー、言語、植民者と交わした条約などの条件で地図を表示できる。これを見ると、近現代の入植者により「多様性」が謳われるはるか前から、カナダと米国の国境が引かれるはるか昔から、すでに北米大陸は「多様(diverse)」な土地であったことがわかる。現在カナダと呼ばれる土地に人類が到達したのは氷河期末期(8万年前から1万2千年前)ぐらいであろうと言われている。15世紀末ごろから欧州人の入植があり、その時点での北米の先住民族の人口は、諸説あるが200万から1千万人、62語族の400以上の言語があったと推察されている。欧州人との接触がきっかけで先住民族が免疫をもたなかった様々な病気で人口が激減し、戦争や植民地主義的政策など、全て入植者がもたらした要因で苦しめられた。2016年の国勢調査ではカナダに先住民族は約170万人、人口の約5%を占めている。カナダでは先住民族は主に「ファーストネイションズ」と呼ばれるが、現在、全国に630以上のコミュニティがあり、50以上のネイション(民族)と、50以上の言語がある。カナダでは他に、欧州の入植者と先住民族の混血の子孫である「メイティー」と、北部に住む「イヌイット」の人たちがいる。

先住民族に対する同化政策

 カナダ現代社会に今も深い影を落としているのが「インディアン・レジデンシャル・スクール」という強制同化政策であった。連邦化したカナダは「インディアン法」(1876)を定め先住民族を居留地(Reserve)で管理した。カナダ初の首相となったジョン・A・マクドナルドは1883年に寄宿学校制度を導入する。彼が同年議会で語った「学校が居留地にある場合、子どもは野蛮人である両親と暮らし、野蛮人に囲まれている...子どもは単に読み書きのできる野蛮人になるだけだ」という言葉が当時の植民地主義を象徴している。一世紀以上にわたり約15万人の子どもたちが親元から引き離され、全国に139校あった政府とキリスト教教会各派が運営する寄宿学校に送られた。多くの場合劣悪な住環境で栄養も悪く、学校とは名ばかりで実質強制労働をさせられ、指導的立場にいる聖職者による性的、肉体的、精神的虐待が横行した。逃亡すれば捕まり拷問を受ける、先住民族の言葉を使ったら舌に針を刺される、神父により性暴力を受け妊娠させられる(生まれた子は葬り去られる)といった残酷さだ。死亡率も高かった。2021年以来全国各地の寄宿学校跡に、地中レーダー技術を使って、子どもたちが埋葬されていた「墓標なき墓」が何百という単位で発見され続けている。

 先住民族が政府を相手取ったカナダ史上最大の集団訴訟の結果、2006年に「インディアン・レジデンシャル・スクール和解協定」が成立し、2008年には当時のスティーブン・ハーパー首相(保守党)が国会で謝罪した。協定の一環として、記憶の継承、和解と癒やしを目指す目的で2010年から全国7箇所で「真実と和解委員会」が開催され、約7000人の体験者に聞き取りを行い、一般のカナダ人がこの歴史を知ることができるような催しが持たれた。私の住むバンクーバーでも2013年9月に4日間開催され、地元の大学生は参加するために大学の欠席を許された。私も学びに行ったら、偶然小学生の娘のクラスの子たちと遭遇した。日本もこのように、アイヌ、琉球/沖縄、朝鮮の人たちに対して行った植民地主義政策とその被害を学ぶために国費を投じて一般の日本人が被害者証言を聞き歴史を学ぶ機会を提供するようになって欲しいと思う。しかし、残念ながら今の日本政府は、国費をかけて日本軍「慰安婦」や強制連行の歴史を否定するという真逆の方向に走っている。

多文化主義の課題

 カナダの植民地主義もまだまだ続行中である。先住民族はいまだに、糖尿病が多いなど健康の問題、低所得、高失業、犯罪の被害者にも加害者にもなる確率が高い、若者の自殺が多いなどの課題がある。ブリティッシュコロンビア州北部で、先住民族の同意を十分得ずしてパイプライン建設が強行されている地では「“和解”は死んだ」とのスローガンが掲げられた。

 「和解(reconciliation)」は、カナダと先住民族との関係改善を象徴する言葉である。しかし「多様性」と同様、「和解」もマジョリティ側(加害側)の言葉である。「和解」はマジョリティ側が押し付けるものではなく、カナダが構造的差別をやめ、脱植民地化が具体的に進むにつれて徐々に実現してくるものなのではないか。2021年末、Walrusというネット媒体の特集「多文化主義は未完成」に寄稿した先住民のライター、ダニエル・パラディス氏は、「多文化主義は、『カナダ』を正当化し強化するための道具であり続けているが、先住民族を最小化し抹消する道具でもあり続けている」と指摘した。先住民族を置き去りにしたカナダの「多文化主義」に突きつけられた挑戦である。私も、そのカナダを構成する一人として、受け止めている。

(コーストサリッシュ族の土地にて)

★「国際人権ひろば」の購読、バックナンバーについてはこちらをご覧ください。




Wednesday, November 09, 2022

沖縄タイムス:金武町など取材 ジャーナリストのマーティンさん ドキュメンタリー制作 Journalist Abby Martin covered the PFAS contamination issue in Kin Town, Okinawa for a documentary film: Nov 7, 2022 from the Okinawa Times

 

10月4日、金武大川にて。仲間一金武町長にインタビューするアビー・マーティン氏

米国のジャーナリスト、アビー・マーティン氏の沖縄取材についてはここにまとめを書きました。

『沖縄タイムス』11月7日版に、アビー・マーティン氏の金武町取材の記事が出ました。お知らせします。@PeacePhilosophy 


アビーさん一行は10月1日から6日 まで沖縄で取材しました。他の関連報道や発信もここに記します。

東アジア共同体研究所琉球沖縄センターの若者グループ YouFO との交流。

沖縄TV(OTV)によるアビーさん来沖特集(10分の映像) 

キャンプ・シュワブゲート前で琉球新報の取材を受けました(10月3日)。 

初日(10月2日)、嘉数高台での取材を、沖縄タイムスが取材してくれました。