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Tuesday, April 01, 2025

ダグラス・マクレガー「米国はイスラエル・ファーストで動いている」(動画要約)Judge Napolitano with Douglas Macgregor: Will the US Attack Iran For Netanyahu? Japanese summary

米国のアンドリュー・ナポリターノ元最高裁判事は社会的保守派でリバタリアン思想を持つコメンテイターであるが、米国の介入主義的外交政策には厳しい姿勢を持っており、いまや50万人を超えるサブスクライバーを持つYouTube チャンネル「Judging Freedom」では右から左まで幅広く、事実をしっかり語るゲストを招いて人気を博している。世の中はだらだらと続く動画ばかりだが、彼の対談は毎回30分でバサっと切られるので見易く、とにかくそのゲストの顔ぶれがすごい。米国帝国主義を支える西側メディア(日本もふくめ)の嘘や不足している部分を補うには最適のチャネルの一つといえるだろう。わたしは見るばかりで日本語で紹介することを怠ってきたが、いまAIの力も借りて、ジャッジ・ナポリターノの対談をもっと紹介していきたいと思う。とりあえずは元陸軍大佐の軍事・政治評論家のダグラス・マクレガー氏の25年4月1日の動画を要約する。

以下、AIによる要約をチェックしながら補足した。YouTube動画は、⚙歯車じるしの「設定」から「字幕」を選び「自動翻訳」から「日本語」を選べば、日本語の字幕を自動生成しながら観ることもできる。(100%正確ではないが、ナポリターノやマクレガーのようにはっきり英語を話す人たちの字幕の正確度は高い)

🇮🇷 アメリカはネタニヤフのためにイランを攻撃するのか?

  • マクレガー氏は、アメリカがイランに対して軍事行動を取る可能性について懸念を示す。ネタニヤフのためにやりかねない。

  • 現在、イラン周辺には米軍基地が約10カ所、兵力は5万人以上に達しており、緊張が高まっている。イランは「攻撃されれば報復する」と明言し、「ガラスの家にいる者は石を投げるな」と警告。

  • イランの現大統領は戦争を望んでいない。真剣に、イランを取り囲んでいる米軍がイランからのミサイル攻撃に耐えられないと判断、撤退させることによって米軍を守ろうとしているように思える。米国と新しい協定を結びたがっている。

  • しかし米国の政策は実際ネタニヤフが握っている。

🇪🇺 欧州はロシアと本気で戦争しようと思っているのか

  • 英仏独を中心としたEU諸国は、ロシアとの戦争準備をしているように見せかけているが、実質的な軍事力の増強は進んでいない。軍事力増強が具体的に実を結ぶのはだいたい10年はかかる。

  • 英仏独のグローバリスト・エリートはすでに弱まっている力にすがりついているように見える。英仏独はいずれも経済危機や財政制約から本格的な軍拡は困難であり、マクレガーはEUの発言を「虚勢」だと見ている。

🇨🇳 ヘグセスが煽っているが、アメリカは中国と戦争できるのか?

  • 地理的に離れすぎているので海や空を通じた弱い補給体制に頼らなければいけない。日本、沖縄、オーストラリアといったところにある基地に頼らなければいけないがこれらも信頼に値しない。固定されたところにあるからである。固定されているものはどれも破壊され得る。

  • 台湾を巡る対立があるが、中国は自国周辺海域では圧倒的な優位を持っており、アメリカが勝つのは困難。ここでもただ虚勢をはっているだけに見える。

  • アメリカはインフラや兵站の脆弱さから、中国との長距離戦争には向いていない。

🇾🇪 イエメンでの爆撃は正当化できるのか

  • 米国によるイエメンでの爆撃(過去48時間で65回)は、イランへの示威とされる。イエメンの人たちの抵抗への決意は強固になる一方。実際イエメンのフーシ派を弱めることになんの役に立ってもいなく米国は愚かな姿をさらしているだけ。

  • 地上戦を避ける限り、根本的な変化は起こらないが地上戦はできない。いまの米国海兵隊には海路で各地点に移動し上陸して敵を根絶することはできないという論文がある。

🇮🇱 イスラエルの影響とトランプ政権

  • マクレガーは「現政権はイスラエル第一であり、ネタニヤフが実質的にアメリカの政策を動かしている」と批判。アメリカの国益とは全く関係なくイスラエルのための政策を行っている。

  • ガザでの国連職員15人がイスラエル軍により次々と殺された。殺害についても、アメリカ政府は明確な非難を避けて、「ガザで起こっていることはすべてハマスのせい」としている。国務省の報道官タミー・ブルースはイスラエルの立場を代弁しているだけ。政権の他の誰もが同じ話し方をする。

  • ネタニヤフは、米国で起こっている反対運動を、極左とイスラム過激派によるユダヤ人への攻撃だと断定し、弾圧すべきだと主張。マクレガーは、米国がこれに追随し「パレスチナ人は死んで当然」という風潮があることに懸念を表明。米国人が多く死ぬような闘いにならないかぎり一般の米国人は関心を持たないだろうと予想。

🇷🇺 ロシアと米国

  • トランプはプーチンを脅し落とせるか?いや、プーチンは脅しには屈しない。トランプには丁寧に応答し、ロシアの利益にかなえば行うというだけ。

  • ロシアはウクライナ戦争で事実上勝利しており、軍事技術や経済の健全さでアメリカを上回っている。ロシアは急いでいない。

  • アメリカは自滅する可能性がある、とマクレガーは警告。

(以上)


Sunday, March 30, 2025

「偉人」の性加害に長崎人権平和資料館はどう向き合ったか:「週刊金曜日」24年11月22日号から転載 How do we respond when respected figures commit sexual assault? -- The case of Nagasaki Museum for Human Rights and Peace

長崎人権平和資料館は、資料館がその名を冠していた平和活動家・元長崎市議・牧師であった者の性暴力の発覚を受け、二次加害防止として、23年10月に閉館、23年11月にいまの名前に改名し、24年4月に再開館しました。そのいきさつをジャーナリストの室田康子さんが取材し、『週刊金曜日』24年11月22日号に「『偉人」の性加害に長崎人権平和資料館にどう向き合ったか」というテーマで2つの記事

  • 長崎人権平和資料館 性暴力への「画期的な対応」がなされるまで
  • 性加害を告発した郡司真子さんインタビュー「20代の長崎で時間は止まったまま」

が掲載されました。記事にあるように私、乗松聡子は被害を告白した郡司真子さんと資料館の橋渡しの役割をつとめました。週刊金曜日、室田さん、郡司さんの許可を得て、ここに記事のテキストを転載します。一人でも多くの人に読んでもらいたい、考えてもらいたい、性暴力がない社会を作る一端を担ってもらいたいと思っています。@PeacePhilosophy  ★この投稿の無断転載を禁じます。共有にはこの投稿のURLを使ってください。週刊金曜日のバックナンバーはこちらで購入できます


注意:性被害の実態を報道するため、この記事には性暴力の描写が含まれています。フラッシュバックなどの心配がある方はご注意下さい。


「偉人」の過去の不正義にどう向き合ったか(上)

長崎人権平和資料館 性暴力への「画期的な対応」がなされるまで/「人権保障なくして平和なし」の思い込めて


平和や人権尊重を求める運動や組織が「偉人」と仰いできた人の過去の不正義を突き付けられたとき、どのような対応をしたのか。平和運動家、岡正治の性加害を告発された「岡まさはる記念長崎平和資料館」と、ジャーナリストむのたけじの差別発言に抗議をされた「むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞」(名称はいずれも当時)。二つの組織の対応を検証するとともに、その過程ではほとんど表に出ることがなかった被害者の訴えを伝えたい。


 JR長崎駅を背にして坂を上って約10分。キリスト教弾圧で信者らが殉教した西坂公園の近くに「岡まさはる記念長崎平和資料館」が開館したのは1995年10月のことだ。その前年に死去した平和運動家で牧師の岡正治(享年75)の名を冠したこの資料館は、岡らが掘り起こした朝鮮人被爆者の実態や戦時下の日本による強制連行の調査資料などを展示し、日本の加害責任を訴えようと市民によって設立された。展示物はすべて手作り。運営も市民ボランティアが支えてきた。修学旅行生や海外旅行者も訪れる被爆地ナガサキの「知る人ぞ知る」名所だった。

「あの岡さんがまさか」

 2023年、その資料館が大きく揺れた。5月、会員の乗松聡子さんから理事に「ネットに岡正治から性暴力を受けたという女性の投稿がある。対応しなければならないのではないか」と連絡があったことが始まりだった。乗松さんはカナダ在住で人権や社会正義について研究・執筆しており、日本に滞在中だった。

 指摘された投稿は「すき焼き鍋の話」というタイトルで、名前は伏せられていたが「聖職者で活動家で市議だった人」「平和と人権のために尽力し、長崎の偉人として記念資料館まである人物」と書かれていて、容易に岡のことだと推測できた。郡司真子と投稿者名も書かれていた。

 長崎の民放局で記者をしていたとき、他社の記者らと岡の自宅ですき焼き会をした。他の記者が社からの呼び出しで帰り、一人で皿洗いをしていると、岡が「最後の恋だと突然羽交い絞めにしてきた」という。さらに「道具を股間に押し当てられ」「本当に怖かった」。その後も岡に記者クラブで待ち伏せされることが続き、疲弊していく。これ以前にも警察幹部から性暴力を受けており、絶望して記者を辞めることを決意した、とつづられていた。

 初めて読んだとき、乗松さんはためらったという。自身も平和運動に携わり、岡正治や資料館を評価して会員になった。しかし、知ったからには何もしない選択肢はないと思った。ところが驚いたことに、何人かの理事は投稿された20年の時点でこの文章を読んでいた。にもかかわらず「そんな昔のこと」「当人が亡くなっていて反論のしようがない」「何が目的かもわからない」などと対応せずにいた。

 改めて理事会で投稿のことが共有された。初めて知った人は「あの岡さんがまさかという思いで、なかなか受け入れられず、しばらく思考停止で落ち込んだ」という。一方で、「下ネタが好きな人だったが、行動に出ていたとは」という声もあった。岡と面識のない30代や40代の理事は「衝撃だった。でも絶対に対応しなければならない」と前向きだった。崎山昇理事長や新海智広副理事長も動き出した。まず被害者の話をきちんと聞こうと、性暴力についての知識もある乗松さんが投稿者の郡司さんに会うことになった。

 8月に東京でおこなわれた聞き取りは2時間以上に及んだ。岡の性暴力は投稿に書かれた1回だけでなく、その後も「謝りたい。平和運動の新しいネタもある」と言って郡司さんを呼び出し、キスをしたり体に触ったりしていた。乗松さんは、当時の岡の様子や活動を知る人たちへの聞き取りも進めた。岡は牧師として勤めていた教会に来る若い女性と恋愛関係になったり、信者から相談された性にまつわる話を長崎市政記者室で面白おかしく話したりしていたという証言が複数の人から出てきた。

 9月の理事会で、対応が固まった。館名から岡の名前を外す。休館して展示を変更する。具体的には、個人顕彰をやめ、「岡正治記念コーナー」と岡の盟友で初代理事長だった故高實康稔さんのコーナーをなくし「性差別と性暴力」のコーナーを新設する。休館は10月から24年3月末までの半年間。思い切った提案だったが、理事の間で反対はなかった。内容を聞いた乗松さんは「ここまでやるのかと迅速な決断に驚いた」という。ただし、なにより被害者への謝罪が優先だと主張した。

 崎山理事長と理事会一同からの謝罪文が9月末に郡司さんに届けられた。文書には、20年時点で投稿を読んでいた者がいたにもかかわらず対応が遅れたこと、郡司さんの苦しみに寄り添ってこなかったことへのお詫びの言葉があった。「(岡が)権力的立場を利用して、人権と尊厳を踏みにじる行為をした」と認め、「社会正義や人権を重んじる社会運動の中にも根強く存在する性差別に対し、常に自覚的であり、改善のために発言・発信・行動していく資料館に変わっていきたい」と書かれていた。

 郡司さんは、通り一遍ではない謝罪文に驚いたという。「被害を明らかにしても、ずっと無視され続けてきた。告白したのは個人的な恨みからではなく、社会運動の中での性暴力、報道取材現場での性暴力の問題を改善したいという思いから。それを理解してもらえてうれしい」と述べ、「画期的な前代未聞の動き」と評価した。

顔の見える相手とガチに

 しかし、理事会の方針がすべての会員にすんなり受け入れられたわけではない。10月、公式発表を前に会員やボランティアを対象に開かれた説明会は大荒れだった。「男女のことだから真相はわからない」「性暴力といえるのか」と、被害者への「二次加害」といえる発言が飛び出した。「公になったら右翼などから攻撃されて資料館が立ちいかなくなる」「閉館までする必要があるのか」という声もあった。批判的な意見の多くは、岡に尊敬の念を抱き、ともに活動してきた人たちからだった。たとえ性加害があったとしても、そんなことであれほどの功績がある岡を地に落としてしまってよいのか――。

 それに対する理事の福田美智子さん(44)の答えは明快だ。「岡は自身の平和運動家としての権威を性暴力の道具にしていた。記者との『教えてやる』『教えてもらう』という権力関係を利用して性暴力に及んだ。功績は別ということはありえない」。また、30代の理事は「朝鮮人被爆者の実態が明らかになった現状が、岡が成し遂げたことの延長線上にある。それで十分で、さらに個人をたたえる必要はない」と割り切っている。

 説明会での激しいやりとりは、同じ運動をしている人の中でも性暴力に対する考え方に大きな隔たりがあることをあらわにした。福田さんは、性暴力の問題を矮小化する背景には性差別意識があると指摘する。「運動の中で女性が裏方的な仕事に回ることも多く、女性たちの働きが小さく見られがちな面がある」。

 資料館を守るために問題に目をつぶろうとする流れもあった。「右傾化する社会で、こんなことで仲間割れしてはいけない」という声も出た。先の30代の理事は「これまで運動で自分たちが『相手』としてきたのは日本政府や右翼、無関心層など、顔が見えない人だった。それが今回は自分の周りにいる顔の見える人になった。その人たちとガチに話さなければならないのがきつかった。でも、そこから逃げてはいけない」と振り返る。

 波乱はあったが、理事会の方針が変わることはなく、資料館のホームページに公表するとともに記者発表をした。崎山理事長は「権威ある男性を疑わず被害者の証言を重大に捉えない、内面化された性差別意識やジェンダーバイアスがあった」とコメントした。新聞やテレビがいっせいに「岡正治氏が『性暴力』」「資料館は名称変更、一時休館へ」と報じた。11月の総会を経て、館の名称は「長崎人権平和資料館」になった。「人権保障なくして平和なし」の思いが込められている。

運動の分岐点になれば

 2024年3月には、社会学者の梁・永山聡子さんを講師に迎えて学習会が開かれた。梁・永山さんは、韓国で20年に人権派弁護士として知られた朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長(当時)が元秘書からセクハラを告発されて自殺した後、被害者に対して猛烈なバッシングが起きたことを話した。

 「被害者は、信じてもらえないことやお前のせいで英雄が傷ついたと言われることが一番つらい。韓国では性暴力相談所を中心に多くの社会運動団体が協力して彼女を支えた。大事なことは一資料館のみの問題にせず社会運動全体で取り組むこと。資料館にとって、被害者を守りながら性差別・性暴力に取り組むトップランナーになれるチャンスでもある」と訴えかけた。そして「長崎での対応がこれからのリベラルな運動の分岐点になりうる」と期待を寄せた。

 4月、資料館は長崎人権平和資料館として再出発した。二階にある「性差別と性暴力」のコーナーには、岡正治の性加害や資料館の対応、「二次加害」とは何かを説明するパネルが展示された。しかし、これらはまだ半分。9月に資料館を訪れると、壁には「その他のパネルについては現在作成中です」と紙が張られていた。今後は日本社会と性暴力を考える展示や被害者支援の情報も出していく予定という。ボランティアで運営に携わる人たちにさらに大きな課題が課せられた。半分空白の壁は、資料館をつくり変えていく遠い道のりを象徴しているように見えた。

(以上、『週刊金曜日』24年11月22日号34-37ページのテキスト転載)


「偉人」の過去の不正義にどう向き合ったか(上)

性被害を告発した郡司真子さんインタビュー

「20代の長崎で時間は止まったまま」

「わたしが声をあげていたら、後輩たちが傷つくことはなかったのではないか」


――長崎へは就職で?

 1992年に大学を卒業して長崎文化放送にアナウンサー兼記者として入社しました。局では女性として初めて警察取材を担当し、毎日警察署を回っていました。その年の冬、長崎警察署の幹部から電話がきて「事件のことで話がある。会わないか」と言われました。思案橋の小料理屋でビールを飲みながら話を聞いていたら、突然気を失ってしまったのです。気づいたらホテルの部屋で裸にされてベッドにいました。意識がない間にレイプされて、写真まで撮られていました。

「特ダネを取っていけ」

――気を失わされて……。

 警察幹部はビールに睡眠導入薬を入れたと言っていました。もうろうとした頭で「これは犯罪じゃないですか」と言うと、「事件には絶対できない。しようとしてもつぶしてやる」とすごまれました。薬のせいでとにかく気持ちが悪く、タクシーで家に帰るのがやっとでした。当時知識があれば、病院に行ったり性暴力被害の救済機関に相談したりしたでしょうが、できなかった。1カ月ぐらい具合の悪い日が続きました。

――すぐに被害を訴えることができなかった。

 言ってもしょうがないと思ってしまったのです。相手が警察だから握りつぶされると思ったし、被害者だと主張するとアナウンサーとしての生命が絶たれてしまう。立場を失うのが怖かったのです。そのうちまたその警察幹部から「取材のネタを提供するから」と言われて会い、ホテルに行きました。そんなことが5回ぐらいあった。すごく気持ち悪くて嫌なのに、断りきれませんでした。

――職場の上司に相談は?

 私たちのことが噂になって、長崎県警の(不祥事や服務規定違反を調査する)監察官から事情を聞きたいと呼び出され、その前に報道制作部長や先輩記者に相談しました。こんな関係を続けるのはつらいと言うと、部長から「お前が悪い。わきが甘かった。誘うようなことをしたのではないか」と言われ、「だが記者として生き残るすごいチャンスだ、これを道具にして特ダネを取っていけ」と諭されました。もう正常な判断ができない状態でした。県警の監察官にはレイプのことは話さず「あくまで警察幹部と記者の関係」で通しました。その後、幹部は転勤し呼び出しはなくなりましたが、どうしても警察の取材を続けるのがつらく、長崎市政の担当に変えてもらいました。

――そこで、岡正治からの性被害に遭ったのですね。

 岡は平和運動の大物で、被爆問題を担当する市政記者にとって重要な取材対象でした。94年の春、岡の自宅に市政担当の記者4人が集まってすき焼きを食べながら懇談する会があったのです。夜遅くなって、他の3人の記者が社に呼び出されて帰り、私は皿洗いをしてから帰ることになりました。

 すると岡は五輪真弓の「恋人よ」のレコードをかけ、下着姿になって「好きだ」とか「パパと呼んで」とか言いながら後ろから抱きついてきました。隣の部屋にはいつの間にか布団が敷かれていた。私が警察幹部から性暴力を受けたことを知っていて「清めてあげる」とも言われました。もうびっくりしてしまって。「すみません、遅いから帰らないと」と言って必死で逃げてきました。

記者としていいのか

――被害はそのときだけではなかった。

 記者室に電話がかかってきて「この前のことを謝りたい。平和運動の新しいネタもあるから」と言われ、仕方なく家に行きました。そうしたら謝罪などなく、「付き合いたい」と言われて押し倒され、キスをされ下半身を触られました。フリーズして動けなくなっていると、タオルの上に性具を並べて「どれがいい」と。「お願いだからやめてください」と言って必死で帰ってきました。

それからも記者室や市役所の周りをうろついたり電話がかかってきたりして、怖くて。その年の夏に突然亡くなったと聞いたときは、正直言ってホッとしました。

――お別れの会に取材者として行ったそうですね。

 たくさんの人が参列して、みんなが岡のことを持ち上げていました。でも、私はこの人の秘密、本当の姿を知っている。そのことを書かなければと思いました。それなのに、あの日私が書いたのは結局、立派な偉人でしたという原稿だった。記者としてこれでいいのか。この日私はテレビ局を辞める決意をしました。警察幹部に加え岡からも性暴力を受けて、絶望したからです。

その後、遺品整理の取材に行き、すき焼き鍋をもらいました。岡にされたことは絶対に忘れない。岡のひどい面を知った自分には、それを明らかにする責任がある。自戒として鍋を持っていようと思ったのです。

――鍋は今も手元に?

 いいえ。翌年テレビ局を辞めた後、結婚して夫の転勤で香港に行きました。鍋も持っていったのですが、香港で中国語を学び現地放送局の同時通訳などをして、生まれ変わったような気持ちになりました。もう自分はあのことにこだわらず生きていこうと、鍋を捨てました。

――それで忘れることができましたか。

 忘れることなどできません。帰国して子どもが生まれ、その子に発達特性があったことから発達支援の仕事に携わりました。二人の子育てをし、会社をつくって経営の苦労もしました。いいこともあったし、いろんな体験もしてきた。なのに、それよりも長崎での3年間の記憶が人生で一番重い。自分が人間として尊重されていないと知った23、4歳のときから、時間が止まっている気がします。あのときの衝撃があまりに大きくて、それが解消されていないのだと思います。

言えるまでに27年

――2020年にネット上の「note」やツイッター(現「X」)で自身の性被害を告白しました。

 そのころ、フリースクール東京シューレで起きた性暴力の被害者を支援したり、性暴力に抗議するフラワーデモに参加したりして、私も被害者だと気づいたのです。それまでは、あんなことがあったのは自分にスキがあったからだ、嫌なのに関係を続けてしまったのは自分が弱かったからだと思っていました。でも悪いのは加害者で自分は悪くなかったと気づいた。自分に起きたことを言えるようになるまで27年かかりました。

――同年3月に長崎であったフラワーデモで、警察幹部から受けた性暴力を訴えました。

 私の被害のことを知った新聞労連(日本新聞労働組合連合)の人から話をしてほしいと言われたのです。私の被害は、取材の現場で起きました。長崎文化放送は朝日新聞や長崎新聞と資本関係があり、私が勤務していた当時の部長やキャップ(指導的な立場の記者)も両新聞社から出向してきていました。彼らは私を助けてくれませんでした。何としてでもネタを取ってこいという文化の中で、女性の人権など無視されてきた。私が声をあげていたら、長崎市の部長から性暴力を受けて提訴した女性記者(22年に勝訴)のように後輩たちが傷つくことはなかったのではないか。そう考えて長崎に行ったのです。あの後、スピーチで名前を挙げた先輩男性から「自分は被害の実態を知らなかった。名前や新聞社名を出さないように」という手紙が来ました。

 フラワーデモで、私は性被害に遭ってすごくつらかったと話してからやっと、あの警察幹部に会う夢を見なくなりました。以前は、怖くて「あーっ」と叫びながら目覚めることが何度もあったのです。

時効の壁に阻まれて

――そして、同じ年の7月に岡正治の性加害を告発しました。

 やっと言えるようになった。でも3年近く何の反応もなかったので、23年になって岡まさはる記念長崎平和資料館(当時)の会員である乗松聡子さんから連絡をもらったときはとても驚きました。わかってくれる人がいた、自分はなかったことにされなかった、と思いました。資料館が私に謝罪し、きちんとした対応を取ったことは画期的です。

――それに比べて、長崎県警は何の対応もしていません。取材を申し込みましたが、「事実かどうかも含めてコメントできない」という返事でした。

 私の被害は時効で裁判を起こすことはできませんが、道義的責任はあると思います。個人的には、あの警察幹部に会って「あれは同意ではなかった。性暴力だった」と伝えたい。

――今は性暴力をなくすための活動を精力的にしています。

 発達支援が必要な女の子たちが性被害に遭うことが多く、それを防ぐ運動や法整備の働きかけをしています。踏みにじられた私の尊厳はまだ回復していませんが、性暴力防止の活動が自己治療の一環にもなっています。

聞き手・まとめ 室田康子   

むろた やすこ ジャーナリスト。

(以上、『週刊金曜日』24年11月22日号37-39ページのテキスト転載)


関連報道の例:









Friday, March 28, 2025

沖縄県主催シンポジウム「日米安保体制と沖縄-沖縄の歴史から考えるアジア太平洋地域の平和構築-」の動画アップ Okinawa Symposium "The Japan-U.S. Security System and Okinawa: Building Peace in the Asia-Pacific Region through the Lens of Okinawa's History”

25年2月5日、アメリカン大学のピーター・カズニック教授を招いて開催された沖縄県主催シンポジウム「日米安保体制と沖縄-沖縄の歴史から考えるアジア太平洋地域の平和構築-」の動画がアップされたので紹介します。The video of the symposium titled "The Japan-U.S. Security System and Okinawa: Building Peace in the Asia-Pacific Region through the Lens of Okinawa's History," hosted by Okinawa Prefecture on February 5, 2025, with Professor Peter Kuznick from American University as a keynote speaker, is now up on YouTube. Film director Oliver Stone sent a message too, read by Peter Kuznick. 


関連記事


Thursday, March 06, 2025

「ヨーロッパはNATOではない:独自の外交政策が必要」ジェフリー・サックス、欧州議会で熱弁 Jeffery Sachs: Europe is Not NATO and Needs its Own Foreign Policy

コロンビア大学のジェフリー・サックス教授はいま西側でのもっとも良心的であり理性的な有識者の一人である。2月19日欧州議会で講演し、欧州諸国やソ連、ロシアの経済アドバイザーを務めた経験を踏まえ、第二次大戦後、欧州がNATOという米国主導の軍事同盟と一体化して独自の外交を失ってしまった経緯に警鐘を鳴らし、米国とは距離を取って独自にロシアと、戦争ではなく外交を築くことを強く訴えた。各国の外交官が戦争司令官に成り果てた姿を憂い、ロシアとの外交を復活させることを提唱した。講演録が記事として出た Consortium News からAI翻訳の力を借りて日本語訳を紹介する。(翻訳はアップ後変更する可能性があります) 
これを読めばウクライナ戦争への理解も深まるでしょう。@PeacePhilosophy 


この講演の一部に日本語字幕がついて拡散された映像がこちらです。


以下、全文の翻訳です。

Jeffrey Sachs: The Geopolitics of Peace

ジェフリー・サックス:「平和の地政学」

原文:https://consortiumnews.com/2025/02/27/jeffrey-sachs-the-geopolitics-of-peace/

著者は、ヨーロッパの議員たちに対して、戦後のアメリカの操作的な外交政策を説明し、ウクライナに関する神話を打ち破り、独立したヨーロッパの外交政策を求めて訴えている。

これは、2025年2月19日に欧州議会で行われたジェフリー・サックス教授の講演「平和の地政学」の編集済み記録である。本イベントは、元国連事務次長で現BSW欧州議会議員のミヒャエル・フォン・デア・シューレンブルク氏が主催した。本記録は明瞭化のために編集され、注釈が付けられている。

ジェフリー・D・サックス

序論

皆さん、この場に集い、一緒に考える機会をいただきありがとうございます。現在は非常に複雑で、急速に変化し、そして極めて危険な時代です。だからこそ、私たちは明確な思考を持つことが必要です。特に私は皆さんとの対話に関心があるので、できる限り簡潔かつ明確にお話ししたいと思います。

私は東ヨーロッパ、旧ソ連、ロシア、ウクライナで起こった出来事を、ここ36年間にわたって間近で見てきました。1989年にはポーランド政府の顧問を務め、1990年から1991年にかけてはゴルバチョフ大統領の経済チームの、1991年から1993年にはエリツィン大統領の経済チームの、そして1993年から1994年にはウクライナのクチマ大統領の経済チームの顧問を務めました。

また、エストニアの通貨導入を支援し、旧ユーゴスラビア諸国、特にスロベニアにも関わりました。マイダン革命後、新政府から招かれてキーウを訪れ、マイダン広場を案内されながら、数多くのことを直接学びました。

私は30年以上にわたりロシアの指導者とも交流を続けてきました。また、アメリカの政治指導層についても間近で見てきました。例えば、前財務長官のジャネット・イエレン氏は、52年前に私のマクロ経済学の素晴らしい教師でした。私たちは半世紀にわたる友人関係にあります。

私はこれらの人々を直接知っています。こう話すのは、私の見解が二次的な情報やイデオロギーに基づくものではなく、私自身が目にし、経験してきたことに基づいているからです。ヨーロッパで起こった出来事について、ウクライナ危機だけでなく、1999年のセルビア、イラクやシリアを含む中東の戦争、スーダン、ソマリア、リビアを含むアフリカの戦争といった文脈も含めてお話ししたいと思います。これらは、極めて誤ったアメリカの政策の結果です。私の話は驚くべき内容かもしれませんが、私はこれらの出来事について経験と知識を持って語っています。

アメリカの外交政策

これらの戦争は、アメリカが主導し、引き起こしてきたものです。そして、これは過去30年以上にわたって続いてきました。特に1990年から1991年の時期、そしてソ連崩壊を経て、アメリカは「世界を支配できる」と考えるようになり、他国の意見やレッドライン(越えてはならない一線)、安全保障上の懸念、国際的な義務、あるいは国連の枠組みを考慮する必要がないとする姿勢を取りました。このことを率直に言わざるを得ませんが、ぜひ理解していただきたいと思います。

私は1991年に、ゴルバチョフへの財政支援を得ようと必死に努力しました。私は彼を現代における最も偉大な政治家の一人と考えています。(この取り組みは、ハーバード大学ケネディスクールのグレアム・アリソン教授が主導し、ゴルバチョフの経済顧問であるグリゴリー・ヤブリンスキーと共に進められ、その成果は『Window of Opportunity: The Grand Bargain for Democracy in the Soviet Union』(Pantheon Books, 1991)として出版された。)

最近、国家安全保障会議(NSC)の議事録を読んだところ、1991年6月3日に私の提案について議論された内容が記録されていました。それを初めて読んで、ホワイトハウスが私の提案を完全に却下し、ソ連の財政安定化や改革支援のための財政援助を求める私の訴えを、まるで笑い飛ばすかのように退けたことを知りました。そのメモには、アメリカ政府が「最小限の支援で破滅を防ぐが、それ以上のことはしない」と決定したことが記録されています。

リチャード・ダーマン(当時、米国行政管理予算局〈OMB〉)は、次のように述べています。

「米国の利益を定義する際には、ある程度マキャベリズム的である必要がある。我々が他の問題で協力を望む政権を宥和させるために必要な最低限の支援とは何か? つまり、物事を前進させるための最低限の条件とは何か? 私は、ソ連の崩壊について心配する必要はないと考えている。これが我々の内部的な理解であるならば、あとは公に発表すればよい。」

さらにダーマンはこう付け加えています。

「私は真剣であるように見せたいが、自分たちを欺くつもりはない。我々には、すでに優れたPR戦略のための材料が十分に揃っている。」 (強調は原文より。)*)

彼らは、それがアメリカの仕事ではないと判断しました。むしろその逆です。(詳しくは、私の論文「ネオコンは1990年代初頭にどのようにして覇権を平和よりも優先させたのか」を参照。)

1991年にソビエト連邦が崩壊すると、この見解はさらに誇張されました。そして、具体的な事例を挙げることもできるが、その見方は、「我々(アメリカ)が主導する」というものでした。[ディック]・チェイニー、[ポール]・ウォルフォウィッツ、そして多くのよく知られた名前の人物たちは、文字通り「これはもはやアメリカの世界であり、我々は好きなようにやる」と信じていました。我々は旧ソ連の残滓を整理し、ソ連時代の同盟国を一掃する。イラクやシリアのような国々は消えるだろう、という考えだったのです。

そして、私たちはこの外交政策を基本的に33年間経験してきました。ヨーロッパはその代償を大きく支払ってきました。というのも、この期間中、ヨーロッパには私が把握できる限り、独自の外交政策が存在しなかったからです。発言力もなく、団結もなく、明確さもなく、ヨーロッパの利益もなく、ただアメリカへの忠誠だけがありました。

時折、意見の相違が生じることがあり、それはとても素晴らしい瞬間だったと思います。最後に重要な意見の相違があったのは、2003年のイラク戦争直前でした。このときフランスとドイツは、アメリカが国連安全保障理事会を無視して戦争を始めることを支持しないと表明しました。この戦争は、ネタニヤフと彼のアメリカ国防総省内の仲間たちによって直接仕組まれたものでした。(詳しくはデニス・フリッツの著書『Deadly Betrayal: The Truth about why the United States Invaded Iraq』(OR Books、2024年)を参照。)

これは因果関係や相互作用があったと言っているのではないのです。私は、この戦争がイスラエルのために行われたと言っているのです。ポール・ウォルフォウィッツとダグラス・フェイスが、[イスラエルの指導者]ベンヤミン・ネタニヤフと協力して進めた戦争でした。

そして、それがヨーロッパが最後に声を上げたときでした。当時、私はヨーロッパの指導者たちと話をしたが、彼らは非常に明確な立場をとっており、理不尽な戦争への反対を表明する彼らの姿勢を聞くのは実に素晴らしいことだった。しかし、それ以降、特に2008年以降、ヨーロッパは完全に声を失った。1991年以降、2008年に至るまでに起こったことは、アメリカが「一極体制(ユニポーラリティ)」とは、NATOがブリュッセルからウラジオストクまで一歩ずつ拡大していくことだと決定した、ということでした。

NATO拡大

NATOの東方拡大には終わりがなかった。これこそがアメリカの一極世界です。子供の頃に「リスク」というボードゲームで遊んだことがある人なら、アメリカの考え方がわかるでしょう。つまり、盤上のあらゆる場所に自分の駒を置くことが目的なのです。アメリカ軍基地が存在しない場所は、基本的に敵と見なされます。アメリカの政治的な言葉の中では、中立という言葉は汚れた言葉なのです。

中立という言葉は、アメリカの思考においておそらく最も忌み嫌われる言葉です。もし敵なら、それははっきりしています。しかし、中立である場合は「陰で反対を目論む者」と見なされる。なぜなら、本当はアメリカに反対しているが、それを表向きは隠しているだけだと思われるからです。表面上は中立を装っているにすぎないと。これがまさにアメリカの考え方であり、この決定は1994年に正式に下されました。クリントン大統領がNATOの東方拡大を承認したのです。

思い出してほしい。1990年2月7日、ハンス=ディートリッヒ・ゲンシャーとジェームズ・ベイカー三世がゴルバチョフと会談した。ゲンシャーはその後の記者会見で「NATOは東方へ拡大しない」と明言していました。

ドイツと米国はワルシャワ条約機構の解体を利用しないと約束しました。この約束は、法的・外交的な文脈でなされたものであり、単なる口約束ではないことを理解してほしいです。これらの約束は、第二次世界大戦の終結に向けた交渉の核心であり、ドイツ再統一への道を開くものだったのです。

NATOが東へ一歩たりとも拡大しないという理解が成立していました。(これは口頭での合意ではあったが、ゴルバチョフは米国とドイツに対し、NATOを東方へ拡大しないという米独の誓約の重要性を強調していた。)そして、それは明確であり、無数の文書に記録されています。ジョージ・ワシントン大学の国家安全保障アーカイブを調べれば、何十もの文書を見ることができます。「What Gorbachev Heard About NATO」というウェブサイトを見てください。いま米国がこの約束について語ることはすべて嘘ですが、アーカイブには明確な証拠が残っています。(主要な文書の多くはここここにある。)

それで、1994年にクリントンがNATOをウクライナまで拡大する決定を下しました。これは米国の長期的な計画であり、特定の政権に依存するものではないです。これは30年以上前に始まった米国政府のプロジェクトなのです。1997年、ズビグニュー・ブレジンスキーは『大いなるチェス盤(The Grand Chessboard)』を執筆し、NATOの東方拡大について述べました。

この本は単なるブレジンスキー氏の思索の産物ではありません。この種の本が出版される仕組みとして、これはすでに米国政府が下した決定を公に説明するためのものだったのです。この本では、ヨーロッパの東方拡大とNATOの東方拡大が同時に進行し、結びついた出来事として描かれています。そして、その本には、「ヨーロッパとNATOが東方に拡大する中でロシアはどうするのか?」という問いを扱ったよくわかる章があります。

私はズビグ・ブレジンスキーを個人的に知っていました。彼は私にとても親切だった。私はポーランドに助言をしており、彼も大いに助けてくれました。彼は非常に賢い人物だったが、それでも1997年にはすべてにおいて、間違っていました。

1997年、彼はロシアがNATOとヨーロッパの東方拡大を受け入れる以外に選択肢がない理由について詳細に記しました。

(以下は、『大いなるチェス盤』118ページにおけるブレジンスキーの記述です:)

「ロシアにとって唯一の現実的な地政学的選択肢――それは、ロシアに現実的な国際的役割を与え、また、自国の変革と社会的近代化の機会を最大限に高めることができる選択肢――はヨーロッパである。そして、それは単なるヨーロッパではなく、拡大するEUとNATOによる大西洋をまたぐヨーロッパである。そのようなヨーロッパは、第三章で述べたように、形成されつつあり、またアメリカとも緊密な関係を維持し続ける可能性が高い。ロシアが危険な地政学的孤立を回避しようとするならば、まさにこのヨーロッパと関係を築かねばならないのである。」

実際、彼はヨーロッパの東方拡大について述べており、それは単なるヨーロッパではなく、NATOの拡大でもあるとしています。これはアメリカの計画であり、プロジェクトなのです。そして、ブレジンスキー氏はロシアが決して中国と同盟を結ばないと説明しています。それは考えられないことだと。そして、ロシアは決してイランとも同盟を結ばないと述べています。

ブレジンスキー氏によれば、ロシアにはヨーロッパ以外の選択肢はありません。そのため、ヨーロッパが東へ拡大していく以上、ロシアにはそれを阻止する手立てがないというのです。これがまた、あるアメリカの戦略家の主張です。なぜアメリカが常に戦争を続けているのか、不思議ではないでしょうか? アメリカという国の特徴の一つは、常に「相手が何をするか分かっている」と考えていることですが、実際にはいつも間違えているということです。そして、その理由の一つは、アメリカの戦略家が用いる非協力ゲーム理論にあります。この理論では、相手側と実際に対話することなく、相手の戦略を「知っている」ことになっているのです。これは実に便利で、時間の節約になります。なぜなら、外交を行う必要すらないからです。

黒海戦略

このプロジェクトは1994年に本格的に始動し、おそらく昨日までの約30年間、一貫した政府方針として継続されてきました。(ここで言及しているのは、2025年2月12日のトランプ・プーチン電話会談と、それに続く一連の声明のことです。)

これは30年にわたるプロジェクトです。ウクライナとジョージアがその鍵を握っていました。なぜでしょうか? それは、アメリカがすべての戦略をイギリスから学んだからです。

アメリカは、いわば「英国帝国の後継者」になろうとしているのです。そして、イギリス帝国が1853年にパーマストン卿(正式には、パーマストン子爵)とナポレオン3世と共に理解していたこと、それは「黒海でロシアを包囲し、東地中海へのアクセスを断つこと」でした。

現在目の当たりにしているのは、21世紀においてアメリカが同じことを実行しようとしている様子なのです。アメリカの構想は、ウクライナ、ルーマニア、ブルガリア、トルコ、ジョージアをNATOに加盟させ、黒海を封鎖することでロシアの国際的な地位を奪い、ロシアを単なる地域大国にまで弱体化させることでした。ブレジンスキー氏は、この地政学的戦略について明確に述べています。

パーマストンの後、そしてブレジンスキーの前に、1904年にはハルフォード・マッキンダーがいました。彼はこう述べています。「東ヨーロッパを支配する者はハートランドを支配する。ハートランドを支配する者は世界島を支配する。世界島を支配する者は世界を支配する。」(1919年、マッキンダーは『民主主義の理想と現実(Democratic Ideals and Reality)』を執筆し、1904年の著作『歴史の地理的枢軸(The Geographical Pivot of History)』を発展させました。)

私は歴代の大統領やその側近たちを知っていました。クリントン、ブッシュ・ジュニア、オバマ、トランプ、バイデンと続く中で、大きく変わったことはありません。むしろ、一歩ずつ悪化していったように思います。

私の考えでは、バイデンが最悪でした。その理由の一つは、彼がここ数年、まともな判断ができる精神状態ではなかったからかもしれません。これは皮肉ではなく、真剣にそう思っています。アメリカの政治システムは「イメージのシステム」です。それは毎日メディア操作を行うシステムであり、広報戦略によって成り立つシステムなのです。

大統領がほとんど機能していなくても、2年間政権を維持し、再選を目指すことができるのです。唯一の問題は、90分間ひとりで演説の舞台に立たなければならなかったことでした。そして、それがすべての終わりとなりました。もしその「手違い」がなかったら、彼は午後4時以降に眠っていようと、再選に向けたキャンペーンを続けていたでしょう。これが現実なのです。誰もがそれを受け入れています。私が今言っていることは不作法とされるでしょう。なぜなら、私たちはこの世界でほとんど何事についても真実を語ることがないからです。

このプロジェクトは1990年代から続いてきました。1999年にベオグラードを78日間連続で爆撃したのも、このプロジェクトの一環でした。「国境は神聖なものだ」と言われますよね? ただし、コソボを除いては。国境は神聖なものですが、それはアメリカが変更しない限りの話です。スーダンを分断したのも、同様のアメリカのプロジェクトでした。南スーダンの反乱について考えてみてください。それは単に南スーダンの人々が反乱を起こしたから起きたのでしょうか? それとも、私がCIAの作戦マニュアルをお見せしたほうがいいでしょうか?

大人として、この問題の本質を理解しましょう。軍事作戦には莫大な費用がかかります。装備、訓練、基地、情報収集、資金が必要です。そして、それらの支援は大国から提供されるのであり、単なる地域の反乱から生じるものではありません。南スーダンがスーダンを部族間の戦争で打ち破ったわけではないのです。スーダンの分断は、アメリカのプロジェクトでした。私はナイロビに頻繁に訪れましたが、そこでアメリカの軍関係者や上院議員、あるいはスーダンの内政に「深い関心」を持つ人々に何度も出会いました。あの戦争もまた、アメリカが単独で覇権を握ろうとするゲームの一部だったのです。

アメリカの外交政策とNATOの拡大

そして、ご存じのように、NATOの拡大は1999年にハンガリー、ポーランド、チェコ共和国の加盟から始まりました。ロシアはこの動きに非常に不満を抱いていましたが、これらの国々はまだロシアの国境から遠く離れていました。ロシアは抗議しましたが、もちろん何の効果もありませんでした。

その後、ジョージ・ブッシュ・ジュニアが大統領に就任しました。そして、9.11が発生した際、プーチン大統領はアメリカへの全面的な支援を約束しました。しかし、その直後、2001年9月20日頃、アメリカは「5年間で7つの戦争を実行する」と決定したのです。

この件については、ウェズリー・クラーク将軍の発言を映像で確認することができます。(2011年の*Democracy Now!*のインタビューで、クラーク将軍は、国防総省の高官から「我々は7つの国の政府を攻撃し、破壊する予定だ。まずイラクから始め、その後シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランへと進む」と告げられたと語っています。)

クラーク将軍は1999年にNATOの最高司令官を務めていました。そして、2001年9月20日頃にペンタゴンを訪れた際、アメリカが「選択的に行う7つの戦争」について記されたメモを渡されました。実際のところ、これらはネタニヤフの戦争だったのです。

アメリカ政府の計画は、一部は旧ソ連の同盟国を一掃すること、そして一部はハマスやヒズボラの支援者を排除することを目的としていました。ネタニヤフ氏の構想は過去も現在も一貫しており、「1948年以前のパレスチナ全域には、一つの国家しか存在しない」というものです。そう、その国家はイスラエルです。イスラエルがヨルダン川から地中海までの全領土を支配するのです。

そして、もし誰かが異議を唱えれば、その人物や政権を打倒する。もっと正確に言えば、それを行うのはイスラエルではなく、イスラエルの「友人」であるアメリカです。これが今朝までのアメリカの外交方針でした。今後どうなるかはまだ分かりません。唯一の変化は、もしかするとイスラエルではなく、アメリカが「ガザを所有する」可能性がある、ということです。(これはトランプ大統領の発言によるものです。)

ネタニヤフ氏のこの構想は少なくとも25年以上前から存在しています。その起源は、1996年にネタニヤフ氏と彼のアメリカの政治チームが作成した 「Clean Break(クリーン・ブレイク)」 という文書にまで遡ります。この文書の目的は、二国家解決の構想を終わらせることでした。この文書はオンラインでも確認できます。

(1996年、ネタニヤフとそのアメリカ人顧問団は、高度戦略政治研究所(Institute for Advanced Strategic and Political Studies)とともに、「クリーン・ブレイク:王国を守るための新戦略(Clean Break: A New Strategy for Securing the Realm)」という文書を発表した。この新たな「クリーン・ブレイク」戦略は、「土地と引き換えに平和を得る」という枠組みをイスラエルが拒否することを求めるものであった。

これは、地域の平和と引き換えに1967年に占領したパレスチナの土地から撤退するという考え方を否定するものであり、むしろ、イスラエルが中東の地図を自らの望む形に作り変え、「平和のための平和」を確保するまで、占領政策を継続することを提唱するものであった。すなわち、この地域の地図を塗り替えるという構想は、イスラエルの支配に反対する政権を打倒することを含意していたのである。)

したがって、これらは長期的なアメリカのプロジェクトです。「これはクリントンのせいなのか? ブッシュなのか? オバマなのか?」と問うのは誤りです。アメリカ政治を日々の出来事や年ごとの変化として捉えるのは退屈な見方に過ぎません。アメリカ政治とは、そのようなものではないのです。

1999年のNATO拡大の後、次の拡大は2004年に行われ、さらに7か国が加盟しました。バルト三国、ルーマニア、ブルガリア、スロベニア、スロバキアです。この時点で、ロシアは非常に強い不満を抱いていました。このNATO拡大の第二波は、ドイツ再統一の際に合意された戦後秩序を完全に覆すものでした。要するに、これはロシアとの協力的な取り決めに対するアメリカの根本的な裏切り、あるいは欺瞞だったのです。

周知のとおり、先週ミュンヘン安全保障会議(MSC)が開催されたばかりですが、プーチン大統領は2007年のMSCにおいて「いい加減にやめてください!」と発言しました。しかし、当然のことながら、アメリカはそれに耳を傾けることはありませんでした。

2008年、アメリカは長年の計画であったウクライナとジョージアのNATO加盟を、ヨーロッパに強引に押し付けました。これは長期的なプロジェクトです。私は2008年春、ニューヨーク市で行われた外交問題評議会(Council on Foreign Relations)の会合で、サーカシビリ氏の演説を聞きました。

彼は、「ジョージアはヨーロッパの中心に位置しており、したがってNATOに加盟する」と語りました。私はその場を退出し、妻に電話をかけ、「この男は正気ではない。彼は自国を滅ぼすつもりだ」と伝えました。

その1か月後、ロシアとジョージアの間で戦争が勃発し、ジョージアは敗北しました。最近のトビリシでの出来事もまた、ジョージアにとって決して良いものではありません。欧州議会議員(MEP)が現地に赴き、抗議活動を煽ることは、ジョージアを救うどころか、むしろ完全に破壊へと導くものです。

2008年には、よく知られているように、元CIA長官であり当時アメリカの駐ロシア大使であったウィリアム・バーンズ氏が、長文の外交公電を国務長官のコンドリーザ・ライス氏に送っています。その公電は「Nyet means Nyet(ノーはノーを意味する)」という有名なタイトルが付けられていました。バーンズ氏のメッセージは、「NATO拡大に反対しているのはプーチン大統領だけではなく、ロシアの政治階級全体である」というものでした。

この公電の存在が明らかになったのは、ジュリアン・アサンジ氏のおかげです。現在、アメリカ政府や主要新聞は、この件について国民に一切知らせていません。したがって、私たちはアサンジ氏に感謝しなければなりません。この公電の詳細を読むことができるのは、彼の尽力があったからです。

ご存じのとおり、ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ氏は2010年にウクライナの中立政策を掲げて大統領に当選しました。当時、ロシアにはウクライナに対する領土的な関心や野心は一切ありませんでした。私はその時期、断続的に現地に滞在していたので、よく知っています。

2010年にロシアが交渉していたのは、セヴァストポリ海軍基地の2042年までの25年間のリース契約でした。それだけのことです。クリミアやドンバスに関するロシア側の要求は一切なく、そうした話は全く存在していませんでした。「プーチンがロシア帝国を再建しようとしている」という考えは、子どもじみたプロパガンダに過ぎません。失礼ですが、そのような話を信じるのは浅はかです。

日々の出来事や長年の歴史を知る人なら、このような主張がいかに幼稚なものであるか分かるはずです。しかし、なぜかこうした幼稚な主張のほうが、大人の議論よりも広まりやすいのです。2014年のウクライナでのクーデター以前には、ロシアによる領土的な要求は一切ありませんでした。しかし、アメリカはヤヌコーヴィチ氏が中立を支持し、NATO拡大に反対していることを理由に、彼を打倒する決定を下しました。これは「政権転覆作戦(Regime Change Operation)」と呼ばれるものです。

1947年以降、アメリカは約100回にわたり、政権転覆作戦を実行してきました。その多くは、ここにいる欧州議会議員の皆さんの国々を含め、世界各地で行われています。

(政治学者リンジー・オルークは、1947年から1989年の間にアメリカが実行した64件の秘密裏の政権転覆作戦を記録し、「政権転覆作戦、とりわけ秘密裏に実施されたものは、影響を受けた地域において長期的な不安定化、内戦、人道的危機を引き起こすことが多い」と結論づけている。詳しくは、オルークの2018年の著書『Covert Regime Change: America’s Secret Cold War』を参照のこと。

1989年以降についても、CIAがシリア、リビア、ウクライナ、ベネズエラをはじめとする多くの国々で活動していたことを示す十分な証拠が存在している。)

それがCIAの本業です。そのことをぜひ知っておいてください。これは非常に特殊な外交政策の形です。アメリカ政府では、相手側が気に入らなければ交渉するのではなく、秘密裏に政権を転覆させようとします。それがうまくいかなければ、公然と転覆を試みます。そして、常に「我々のせいではない」と主張します。「相手が侵略者であり、敵である」と言うのです。

彼らは「ヒトラーだ」とされます。このレトリックは2~3年ごとに繰り返されます。サダム・フセインであれ、バッシャール・アル=アサド(シリアの元大統領)であれ、プーチンであれ、非常に便利な言い方なのです。アメリカ国民に示される唯一の外交政策の説明は、「我々は1938年のミュンヘンと同じ状況に直面している。我々は相手と交渉することはできない。彼らは邪悪で妥協の余地のない敵だ」というものです。

これが、政府や大手メディアから常に聞かされる唯一の外交政策のモデルです。そして、大手メディアはそれを完全に繰り返します。なぜなら、メディアは完全にアメリカ政府の支配下にあるからです。

マイダン革命とその後

2014年、アメリカはヤヌコーヴィチ政権を打倒するために積極的に動きました。コロンビア大学の同僚であるヴィクトリア・ヌーランド氏と、アメリカの駐ウクライナ大使ジェフリー・パイアット氏の電話が傍受されたことは、誰もが知っています。これ以上の証拠はありません。ロシアがこの通話を傍受し、インターネット上に公開しました。

興味深いことに、この件に関与した人物たちは、その後バイデン政権下で昇進しました。これが「仕事」なのです。マイダン革命が発生した直後、私は連絡を受けました。「サックス教授、新しいウクライナ首相が経済危機について話をしたがっています」と。そのため、私はキエフへ飛び、マイダン広場を案内されました。そして、アメリカがマイダン周辺にいたすべての人々のために資金を提供し、「自発的な」尊厳の革命を支援したことを聞かされました。

皆さん、どうか冷静に考えてみてください。マイダン革命のとき、なぜ突然ウクライナ国内に無数の新しいメディアが登場したのでしょうか? これらの組織はどこから生まれたのでしょうか? これほど多くのバスはどこから来たのでしょうか? そして、なぜあれほど多くの人々が一斉に集結できたのでしょうか? 冗談ではありません。これは計画された活動だったのです。そして、それは秘密でも何でもありません。ただし、欧米の市民にとっては知らされていないだけです。それ以外の世界の人々は、このことをよく理解しています。

クーデターの後、ミンスク合意、特に「ミンスク2」が締結されました。これは、イタリアにおけるドイツ系住民のための南チロル自治をモデルとしたものでした。また、ベルギーもミンスク2をよく理解できるはずです。なぜなら、この合意は東ウクライナのロシア語話者に対する自治と言語権を保障するものだったからです。ミンスク2は国連安全保障理事会において全会一致で支持されました。(ミンスク2は、2015年2月17日に採択された国連安保理決議2202により正式に承認されました。)

しかし、アメリカとウクライナは、この合意を履行しないことにしました。さらに、ノルマンディー・プロセスの保証国であったドイツとフランスも、それを放置しました。ミンスク2の無視は、アメリカの単独行動主義のさらなる表れであり、ヨーロッパはいつものように、完全に無力な補助的役割を演じるに過ぎませんでした。たとえ、ヨーロッパがこの合意の保証国であったとしても。

トランプ氏は2016年の大統領選に勝利し、その後ウクライナへの武器供給を拡大しました。ドンバスでは、ウクライナ軍の砲撃によって何千人もの命が失われました。しかし、ミンスク2合意が履行されることはありませんでした。

そして2021年、バイデン氏が大統領に就任しました。私はより良い展開を期待しましたが、再び深く失望しました。私はかつて民主党の党員でしたが、今ではどの党にも属していません。なぜなら、どちらの党も結局は同じだからです。民主党は次第に完全な好戦派へと変わり、党内には平和を求める声が一つもなくなりました。これは、ほとんどの欧州議会議員についても同じことが言えます。

2021年末、プーチン大統領はアメリカとの関係において、最後の協議の機会を提案しました。彼は、ヨーロッパ向けとアメリカ向けの2つの安全保障協定案を示し、そのうちロシア・アメリカ間の草案を2021年12月15日に正式に提示しました。

その後、私はホワイトハウスの国家安全保障担当補佐官であるジェイク・サリバン氏と1時間の電話会談を行いました。そして、「ジェイク、戦争を回避してほしい。戦争は避けられる。アメリカが『NATOはウクライナに拡大しない』と言えば、それだけで戦争は防げる」と懇願しました。彼は私にこう答えました。「ああ、NATOはウクライナに拡大しない。心配することはない。」

私は「ジェイク、公にそれを発表してください」と言いました。

彼は「いやいや、それは公には言えない」と答えました。

私は「ジェイク、実際には起こらないことで戦争をするつもりなのですか?」と尋ねました。

彼は「心配するな、ジェフ。戦争にはならない」と言いました。

彼らは決して賢い人々ではありません。率直に言わせてもらえば、彼らは本当に賢くないのです。彼らは自分たちの間でしか話をせず、誰とも対話をしません。彼らがしているのは、ゲーム理論のシミュレーションです。非協力ゲーム理論では、相手と交渉せずに独自の戦略を決めます。これが非協力ゲーム理論の本質です。これは交渉理論でも平和構築理論でもありません。ただの一方的な非協力的戦略なのです。もし正式なゲーム理論を理解していれば、これが何を意味するのかがわかるでしょう。

彼らが使う理論は、このようなものです。この種のゲーム理論は、元々RAND(ランド)研究所で実用化されました。そして、今でも彼らはこれを続けています。2019年にはRAND研究所が「ロシアを拡張させる:有利な立場からの競争(Extending Russia: Competing from Advantageous Ground)」という論文を発表しました。

驚くべきことに、この論文(公開文書)は、アメリカがロシアをどのように挑発し、敵対し、弱体化させるべきかを論じています。それが文字通りの戦略なのです。我々はロシアを挑発し、分裂させ、政権交代を起こさせ、もしかすると国内の不安や経済危機を引き起こすことを狙っているのです。

これが、ヨーロッパの皆さんが「同盟国」と呼ぶ存在です。私は、そんな冷たい現実の中で、サリバン氏との苛立たしい電話をしていました。その日はスキーを楽しもうとしていたのですが、外の寒さに凍えながら話していました。

「戦争にはならないよ、ジェフ。」

その後、何が起こったかは周知のとおりです。バイデン政権はNATO拡大について交渉することを拒否しました。NATOの最も愚かな考えは、1949年のNATO条約第10条に基づく「オープンドア・ポリシー」です。これは、加盟国の政府が承認すれば、NATOはどこへでも拡大できるというものです。隣国、例えばロシアの意向は一切考慮されません。

私はメキシコやカナダの人々には「そんなことを考えもするな」と助言するでしょう。もしそんなことがあったらトランプがカナダを占領したいと思うかもしれない。カナダ政府が中国に対して「オンタリオに軍事基地を作りませんか?」と持ちかけることも可能かもしれない。しかし、私はそれを勧めません。アメリカは「オープンドアだから、それはカナダと中国の問題であって、我々には関係ない」とでも言うでしょうか? そんなはずはありません。アメリカは即座にカナダに侵攻するでしょう。

しかし、ヨーロッパの政治家、欧州議会、NATO、欧州委員会の大人たちは、「ロシアにはNATO拡大について発言権がない」という馬鹿げた決まり文句を繰り返しています。これは全くのナンセンスです。地政学の初歩以前の話であり、何も考えていないに等しいのです。

そして、ウクライナ戦争は2022年2月に激化しました。それは、バイデン政権がNATO拡大について真剣な交渉を行うことを拒否したからです。

ウクライナ戦争と核軍備管理

プーチン大統領の戦争における意図は何だったのでしょうか? その意図をお伝えします。それは、ゼレンスキー大統領に中立政策を受け入れさせる目的でした。この動きは、侵攻開始から数日以内に始まりました。この基本的な点を理解するべきです。ロシアが数万の軍隊でウクライナを征服しようとしたというプロパガンダを信じるべきではありません。

皆さん、基本的なことを理解してください。ロシアの侵攻の目的は、NATOをウクライナに進出させないことでした。では、NATOとは一体何でしょうか? それは、アメリカの軍事力そのものです。アメリカのミサイル、CIAの展開、その他すべてを含んでいます。ロシアの目的は、アメリカを自国の国境から遠ざけることでした。

なぜロシアはこれほどまでに関心を持つのでしょうか? 仮に中国やロシアがリオ・グランデやカナダとの国境に軍事基地を設置しようとしたらどうなるでしょうか? アメリカは激怒するだけでなく、10分以内に戦争が勃発するでしょう。1962年にソ連がキューバでこれを試みたとき、世界は核戦争の瀬戸際に立たされました。

この問題をさらに深刻化させたのは、アメリカが2002年に一方的に「弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約」を破棄し、それによって核軍備管理の枠組みによる相対的な安定を崩壊させたことです。

この点を理解することは極めて重要です。核軍備管理の枠組みは、大部分が「先制攻撃(指導部殲滅攻撃)」を抑止することを目的としています。そして、ABM条約はその安定性を維持する上で不可欠な要素でした。

しかし、アメリカは2002年に一方的にABM条約を脱退しました。この決定にロシアは激しく反発しました。私がこれまで説明してきたNATOの拡大は、アメリカが核軍備管理の枠組みを破壊する中で進行してきたのです。

2010年以降、アメリカはポーランドにイージス弾道ミサイル迎撃システムを配備し、後にルーマニアにも導入しました。当然のことながら、ロシアはこれを快く思っていません。

2021年12月から2022年1月にかけての交渉で議題となっていた問題の一つは、アメリカがウクライナにミサイルシステムを配備する権利を主張するかどうかでした。元CIA分析官のレイ・マクガバン氏によれば、2022年1月にブリンケン国務長官はラブロフ外相に対し、「アメリカはウクライナにミサイルシステムを配備する権利を留保する」と伝えたそうです。

皆さん、これが皆さんの「同盟国」なのです。そして今、アメリカは中距離ミサイルシステムをドイツに配備しようとしています。覚えておくべきことは、アメリカが2019年にINF(中距離核戦力)条約を破棄したことです。現在、核軍備管理の枠組みは事実上存在していません。(アメリカは2019年2月2日から6か月間の停止期間を経て、同年8月2日にINF条約から正式に離脱しました。)

ロシアの侵攻から数日後、ゼレンスキー大統領が「ウクライナは中立化に応じる用意がある」と発言したとき、和平合意は手の届くところにありました。私はこの交渉の詳細をよく知っています。なぜなら、主要な交渉担当者や仲介者と詳細に話をしただけでなく、他の公的な発言からも多くを学んだからです。

2022年3月に交渉が開始された直後、プーチン大統領が承認し、ラブロフ外相が提示した文書が両者の間でやり取りされました。この交渉はトルコの仲介者によって進められていました。私は2022年春にアンカラへ飛び、仲介者から直接、詳細な経緯を聞きました。

結論はこうです。ウクライナは和平合意に極めて近づいていましたが、一方的に交渉を放棄したのです。

ウクライナ戦争の終結

ウクライナが交渉から手を引いた理由は何か。それはアメリカがそうするように指示したからであり、イギリスもそれに拍車をかけたからである。ボリス・ジョンソン元英首相(BoJo)が2022年4月初旬にキーウを訪れ、同じ主張をウクライナに伝えた。

キア・スターマー英首相はさらに悪く、より好戦的である。それは想像を絶することだが、事実である。ボリス・ジョンソンは、「この戦争で争われているのは、ウクライナではなく、西側の覇権そのものだ」と説明している。これはインターネットで確認できる。

ミヒャエル・フォン・デア・シューレンベルクと私は2022年春にバチカンで専門家グループと会合を持ち、戦争の継続からは何も良いことが生まれないことを説明する文書を作成した。(バチカンでの会議は、「2025年のヨベル記念:時代の兆しに希望を」というフラテルナル・エコノミー・セッションであった。)

私たちのグループは、ウクライナが直ちに交渉を開始すべきだと強く主張した。なぜなら、交渉を遅らせることは、大量の死者を出し、核戦争のリスクを高め、さらには戦争そのものに敗北する可能性を高めるからである。しかし、この主張は全く受け入れられなかった。

当時私たちが書いた内容について、今でも一言も変えたいとは思わない。あの文書には何一つ間違いはなかった。アメリカがウクライナに交渉をやめるよう説得して以来、おそらく100万人のウクライナ人が死亡または重傷を負っている。

しかし、アメリカの上院議員たちは信じがたいほど冷酷でシニカルである。彼らは、この戦争を「アメリカの資金の素晴らしい使い道」だと言っている。なぜなら、アメリカ人は死んでいないからである。これは完全な代理戦争である。

ニューヨーク州近郊のコネチカット州選出のリチャード・ブルメンタール上院議員は、これを公然と発言した。ミット・ロムニー上院議員も同じことを言った。「アメリカにとって最高の投資だ。なぜなら、アメリカ人は死なないからだ。」これは現実離れした発言である。

そして昨日に至るまでに、アメリカのウクライナ・プロジェクトは完全に失敗した。

このプロジェクトの根本的な狙いは、「ロシアが屈服する」というものであった。ズビグニュー・ブレジンスキーが1997年に論じたように、アメリカ側は「ロシアには抵抗する力がない」と確信していた。アメリカは、自分たちが優位に立っていると信じていた。

「アメリカが虚勢を張れば勝てる。ロシアは本気で戦おうとはしない。ロシアは本格的に動員しない。我々がロシアをSWIFT(国際金融取引ネットワーク)から排除すれば、ロシア経済は崩壊する。制裁でロシアをひざまずかせる。HIMARSが彼らを打ち負かす。ATACMSやF-16で止めを刺せる。」

正直に言って、私はこのような話を50年以上も聞き続けてきた。アメリカの国家安全保障関係者は、何十年にもわたり、ナンセンスなことを言い続けてきた。

私はウクライナ側に何度も訴えた。「中立を維持してください。アメリカの言うことを聞いてはいけません。」

私は、ヘンリー・キッシンジャーの有名な格言を繰り返した。「アメリカの敵であることは危険だ。しかし、アメリカの友人であることは致命的だ。」これはヨーロッパにも当てはまる。もう一度言う。「アメリカの敵であることは危険だ。しかし、アメリカの友人であることは致命的だ。」

トランプ政権について

最後に、ドナルド・トランプ大統領について少し話をして締めくくりたいと思います。トランプ氏は、バイデン政権の「負け戦」を引き継ぎたくはありません。だからこそ、トランプ氏とプーチン大統領は戦争を終わらせることで合意する可能性が高いのです。

たとえヨーロッパが引き続き好戦的な姿勢を取ろうとしても、それは関係ありません。戦争は終わるのです。ですから、その考えを捨ててください。どうか同僚にも伝えてください。「もう終わりだ」と。戦争が終わるのは、トランプ氏が負け戦を抱え込みたくないからです。今行われている交渉によって救われるのは、まずウクライナであり、次にヨーロッパなのです。

ここ最近、株式市場が上昇しているのは、交渉と和平の可能性という「とんでもないニュース」のせいです。この和平交渉の可能性が、ここ欧州議会では強い拒否反応をもって受け止められていることは知っています。しかし、これは皆さんにとって最も喜ばしいニュースなのです。

私はいくつかのヨーロッパの指導者に働きかけてきました。「キーウへ行くのではなく、モスクワへ行きなさい」と伝えてきました。相手と交渉をしてください。皆さんは欧州連合(EU)です。4億5000万人の人口と20兆ドル規模の経済を持っています。それにふさわしい行動を取るべきです。

欧州連合はロシアの主要な貿易相手であるべきなのです。ヨーロッパとロシアの経済は相互補完的であり、双方にとって有益な貿易関係を築く絶好の条件が揃っています。

ところで、もし誰かが「アメリカがノルドストリームを爆破した件」について議論したいのであれば、私も喜んでお話しします。

トランプ政権は本質的に帝国主義的です。トランプ氏は、大国が世界を支配するものだと明確に信じています。アメリカは容赦なく冷酷であり、そしてそれはヨーロッパに対しても変わりません。ワシントンにすがるようなことはしないでください。それは何の助けにもならず、むしろアメリカの冷酷さを助長するだけでしょう。その代わりに、真のヨーロッパ外交を確立すべきです。

私は、これから平和の新時代に入ると言っているわけではありません。しかし、今は明らかに異なる政治の時代に入っています。それは、大国間政治への回帰です。ヨーロッパには独自の外交政策が必要であり、「ロシア恐怖症(ルソフォビア)」だけを基盤とした外交政策では不十分です。

ヨーロッパには、現実的な外交政策が必要です。ロシアの立場を理解し、ヨーロッパ自身の立場を理解し、アメリカとは何なのか、アメリカが何を目指しているのかを理解した上で、ヨーロッパがアメリカの支配下に置かれるのを防ぐような外交が必要なのです。トランプ政権下のアメリカがグリーンランドに軍隊を派遣することは、決してありえない話ではありません。冗談ではなく、トランプ氏自身も冗談で言っているわけではないでしょう。

ヨーロッパには本物の外交政策が必要です。「トランプ氏と交渉して、妥協点を見つける」という程度の外交では不十分です。それがどういう結果をもたらすか知りたければ、あとで私に電話してください。

どうか、ヨーロッパ独自の外交政策を持ってください。皆さんはこれからも長い間、ロシアと共に生きていくことになります。だからこそ、ロシアと交渉してください。ヨーロッパとロシアの双方にとって、現実的な安全保障問題が存在しています。しかし、大げさな言葉やロシア恐怖症に基づく政策は、ヨーロッパの安全保障にも、ウクライナの安全保障にも、何の役にも立っていません。

皆さんが賛同し、今では先頭に立って推進しているこのアメリカの覇権的行動が、約100万人のウクライナ人の犠牲を生む結果となったのです。

中東と中国について

アメリカは30年前に完全にネタニヤフ氏に外交政策を委ねました。イスラエル・ロビーがアメリカの政治を支配していることに疑いの余地はありません。これがどのように機能しているのか、私は何時間でも説明できます。それは非常に危険な状況です。私は、トランプ氏がネタニヤフ氏の影響によって政権を崩壊させないこと、そしてさらに悪いことに、パレスチナの人々を壊滅させないことを願っています。私の考えでは、ネタニヤフ氏は戦争犯罪人であり、国際刑事裁判所(ICC)によって正式に起訴された人物です。

ヨーロッパが中東との国境に平和をもたらす唯一の方法は、二国家解決です。しかし、それを阻んでいる唯一の障害は、国連安全保障理事会におけるアメリカの拒否権です。この拒否権は、イスラエル・ロビーの圧力によるものです。もしEUが影響力を持ちたいのであれば、アメリカに拒否権を撤回するよう求めるべきです。この点では、EUは世界の約160か国と足並みを揃えることができます。パレスチナ国家の承認に反対しているのは、基本的にアメリカ、イスラエル、ミクロネシア、ナウル、パラオ、パプアニューギニア、アルゼンチン、パラグアイだけです。(国連はパレスチナを正式な加盟国として迎えることで中東紛争を終わらせることができます。詳細は私のこの記事をご覧ください。)

中東は、EUが大きな地政学的影響力を発揮できる地域です。しかし、ヨーロッパはイラン核合意(JCPOA)やイラン問題について沈黙し、さらにヨーロッパの約半分の国が、イスラエルの戦争犯罪や二国家解決の阻害についても沈黙してしまっています。

ネタニヤフ氏の最大の夢は、アメリカとイランの戦争です。そして、彼はその夢を諦めていません。アメリカとイランの戦争が勃発する可能性は決してゼロではありません。しかし、ヨーロッパが独自の外交政策を持てば、それを防ぐことができます。私は、トランプ氏がアメリカ政治に対するネタニヤフ氏の支配を終わらせることを願っています。たとえそれが叶わなかったとしても、EUは世界の他の国々と協力し、中東に平和をもたらすことができます。

最後に、中国について言及しておきます。中国は敵ではありません。中国は単に成功を収めた国です。それゆえに、アメリカは中国を敵視しているのです。なぜなら、中国の経済規模は(国際的な価格基準で測ると)アメリカを上回っているからです。アメリカは現実を受け入れようとしません。しかし、ヨーロッパはそうすべきではありません。繰り返しますが、中国は敵ではなく、脅威でもありません。それどころか、貿易や地球環境の保全において、ヨーロッパにとって自然なパートナーなのです。

以上です。ありがとうございました。


質問と回答セクション

聴衆の質問: ヨーロッパは軍事支出を増やすべきでしょうか?

ジェフリー・サックス: 私は、ヨーロッパがGDPの2~3%を統一されたヨーロッパの安全保障構造に投資し、それをヨーロッパ内部およびヨーロッパの技術に活用することには反対しません。ただし、アメリカがヨーロッパの技術の使い道を決めるような状況にはすべきではありません。

例えば、オランダは極端紫外線リソグラフィ(EUV)を用いた最先端の半導体製造装置を唯一生産しています。その企業はASMLですが、アメリカがASMLのすべての政策を決定しているのが現状です。もし私がヨーロッパの立場なら、安全保障や技術をすべてアメリカに委ねることはしないでしょう。

私は、ヨーロッパ独自の安全保障体制を持つことを提案します。そうすれば、独自の外交政策の枠組みを持つことも可能になるからです。ヨーロッパは、アメリカとは異なる多くの価値観を持っています。

例えば、ヨーロッパは気候変動対策を重視しています。一方、我々の大統領はこの問題について完全にどうかしています。ヨーロッパは、社会民主主義の理念や、道徳的な価値観を大切にしています。

ヨーロッパは多国間主義を支持し、国連憲章を尊重しています。しかし、アメリカはこれらの価値を一切重視していません。最近、アメリカの国務長官マルコ・ルビオは、南アフリカへの訪問を中止しました。その理由は、議題に平等と持続可能性が含まれていたからです。これは、アングロサクソン的なリバタリアニズムの極端な姿を示しています。アメリカには、「平等主義」という言葉がほとんど存在しませんし、「持続可能性」も重要視されていません。

現在、国連には193の加盟国がありますが、そのうち191か国は持続可能な開発目標(SDGs)の計画を国連のハイレベル政治フォーラム(HLPF)に提出しています。しかし、たった3か国だけ提出していません。それが、ハイチ、ミャンマー、そしてアメリカ合衆国です。バイデン政権の財務省でさえ、「持続可能な開発目標(SDGs)」という言葉を使用することを許されていませんでした。このような状況だからこそ、ヨーロッパは独自の外交政策を持つべきなのです。

私は毎年2つのレポートを発表しています。ひとつは世界幸福度報告(World Happiness Report)です。2024年の報告では、上位10か国のうち8か国がヨーロッパの国々でした。ヨーロッパは世界で最も高い生活の質を誇る地域なのです。アメリカの順位は23位でした。

もうひとつは持続可能な開発報告(Sustainable Development Report)です。2024年の報告では、持続可能な開発のランキングで上位20か国のうち19か国がヨーロッパの国々でした。アメリカの順位は46位でした。

ヨーロッパは、この生活の質を守るために、独自の外交政策を持つべきです。私はかつてから欧州安全保障協力機構(OSCE)の大ファンであり、今でもOSCEこそがヨーロッパの安全保障のための適切な枠組みであると信じています。これは本当に機能する可能性があるのです。

聴衆の質問: ヨーロッパはロシアとどのように外交的に関与すべきでしょうか?

ジェフリー・サックス: ヨーロッパがロシアと直接交渉すべき極めて重要な問題が数多くあります。そのため、コスタ大統領やヨーロッパの指導者に対し、プーチン大統領との直接対話を開始するよう強く促したいと思います。なぜなら、ヨーロッパの安全保障が交渉の俎上にあるからです。

私はロシアの指導者たちを、何人もよく知っています。彼らは優れた交渉者です。そして、皆さんは彼らと交渉すべきです。しっかりと交渉すべきなのです。

私はロシア側にいくつかの質問を投げかけるべきだと考えます。この戦争を恒久的に終わらせるためには、どのような安全保障の保証が必要なのか? バルト諸国に対する安全保障の保証はどうなるのか? 交渉のプロセスの一環として、自分たちの懸念を相手側に直接問いかけることが重要です。

私はラブロフ外相を30年来知っています。彼は極めて優れた外交官です。彼と対話してください。彼と交渉してください。彼の考えを聞いてください。そして、皆さんの考えも交渉の場に提示してください。

最も重要なのは、大声での非難をやめ、好戦的な姿勢を捨て、ロシア側と対話することです。そして、アメリカとの交渉の場に入れてもらおうと必死になる必要はありません。皆さんはアメリカと同席する必要はありません。皆さんはヨーロッパなのです。ヨーロッパとして、ロシアと対話すべきなのです。外交政策を誰にも委ねてはなりません。アメリカにも、ウクライナにも、イスラエルにもです。ヨーロッパとしての外交政策を維持してください。それが基本的な考え方です。

聴衆の質問: ポーランド、ハンガリー、チェコ共和国などの国々はNATO加盟を望みました。ウクライナもそうです。なぜ彼らが加盟することを認めるべきではないのですか?

ジェフリー・サックス: NATO加盟は、ハンガリー、ポーランド、チェコ共和国、あるいはウクライナが独自に決定できる選択ではありません。NATOはアメリカ主導の軍事同盟です。1991年当時も現在も、ヨーロッパが直面している課題は、いかにして平和を確保するかということです。

もし私が1991年に決定権を持っていたなら、ワルシャワ条約機構が解体された時点でNATOも解体していたでしょう。そして、ソ連が崩壊した時点では、なおさらそうしていたはずです。

仮に国々がNATO加盟を求めてきたとしても、私は当時のアメリカ国防長官ウィリアム・ペリーや、外交の重鎮ジョージ・ケナン、そして最後の駐ソ連アメリカ大使ジャック・マトロックらが1990年代に語っていたことを伝えたでしょう。彼らは皆、こう言っていました。

「あなた方の気持ちは理解する。しかし、NATOを拡大するのは良い考えではない。それは容易にロシアとの新たな冷戦を引き起こす可能性があるからだ。」

この点について詳細に記録した非常に優れた新刊があります。ハーバード大学出版局から刊行されたジョナサン・ハスラムの**『Hubris(傲慢)』**という本です。この本は、NATO拡大の歴史を詳細に記録し、アメリカがいかに傲慢で、ロシアの「レッドライン」について議論しようともせず、交渉もせず、約束を守ることもなかったかを説明しています。

聴衆の質問: この敗戦の長期的な影響は何でしょうか?

ジェフリー・サックス: 私たちは今、人類史上最大の技術革新の時代に生きています。現在可能になっていることは本当に驚くべきことです。例えば、化学の専門知識をほとんど持たない人物が、AIとディープニューラルネットワークにおいて卓越した才能を発揮し、その結果としてノーベル化学賞を受賞しました。デミス・ハサビスです。彼と彼のチームであるDeepMindは、AIを活用して長年生化学者たちを悩ませてきたタンパク質の折りたたみ問題を解決する方法を見出しました。

つまり、もし私たちが知恵と資源、そしてエネルギーを正しい方向に向けることができれば、気候安全のために世界のエネルギーシステムを変革することができます。生物多様性を保護することも可能です。すべての子どもたちに質の高い教育を提供することもできます。今、私たちは実に多くの素晴らしいことを実現できるのです。では、成功に必要なものは何でしょうか? 私の考えでは、最も重要なのは平和です。

そして私が基本的に伝えたいことは、根本的に避けられない対立など存在しないということです。私が研究してきたあらゆる紛争は、ただの誤りに過ぎません。私たちは生存圏を求めて戦っているわけではありません。この考えは、本来マルサスに由来し、後にナチスの思想として広まったものですが、常に間違っていたのです。これは根本的な知的誤解でした。

人類は長年にわたり、「この地球上には全員が生き延びるだけの資源がない」という恐れから、人種間の戦争や国家の存亡をかけた戦争を繰り広げてきました。しかし、経済学者として断言できます。私たちの地球には、すべての人の持続可能な発展を支えるのに十分な資源があります。十分にあるのです。

私たちは中国と対立しているわけではありません。ロシアとも対立していません。もし私たちが冷静になり、長期的な視点を持つことができれば、その未来は非常に明るいものになるでしょう。つまり、私たちが自滅しなければの話です。これが私の主張です。もし私たちが平和を築くことができれば、将来の展望は非常に良いものとなるのです。

聴衆の質問: この紛争を解決する方法として、ウクライナのフィンランド化を進めるべきだと思いますか?

ジェフリー・サックス: 素晴らしい質問です。フィンランド化について一つの側面をお話しします。フィンランド化によって、フィンランドは世界幸福度報告で何年も連続して1位になりました。フィンランドは豊かで、成功し、幸福で、安全な国です。私が話しているのは、NATO加盟前のフィンランドについてです。

つまり、「フィンランド化」はフィンランドにとって素晴らしいものでした。スウェーデン、フィンランド、オーストリアが中立だったとき、それは賢明な選択でした。ウクライナが中立だったときも、それは賢明でした。もし二つの超大国があるならば、それらを少し距離を取らせるのが得策です。もしアメリカに少しでも分別があったなら、これらの国々をアメリカ軍とロシアの間の中立地帯として維持したはずです。しかし、アメリカにはそのような分別はほとんどありませんでした。

ジェフリー・D・サックスはコロンビア大学の大学教授であり、持続可能な開発センターの所長を務めている。2002年から2016年までアース・インスティテュートを指揮し、現在は国連持続可能な開発ソリューションネットワークの会長および国連ブロードバンド委員会の委員を務めている。

(翻訳以上)


参考記事:ジェフリー・D・サックス「CIAはいかに世界を不安定化させるか」



Friday, February 28, 2025

東京の空を米軍に占拠されていても「あ、そうなんだ」で終わる:ストックホルム症候群の日本 A Viral Clip from the FCCJ Press Conference -- Tokyo's sky is occupied by the U.S. military

沖縄県の招聘でアメリカン大学のピーター・カズニック教授と訪沖し、シンポジウムや各地の視察を行った後、2月7日に、東京の外国特派員協会でピーターとともに記者会見を行った。


Press Conference: Trump, Okinawa & The US-Japan Alliance 
「記者会見:トランプ、沖縄、米日同盟」
会見はYouTubeにアップされている。

この記者会見のメディア報道はこの投稿にまとめてある。(下のほう)

この中の乗松聡子の発言の一部が、字幕付きでソーシャルメディアでかなり拡散された。字幕をつけてくれた人には感謝する。ここで紹介しておきたい。

ひとつだけ、わたしが Korea, DPRK と言ったときに「北朝鮮」と訳していた。この呼称は国名ではなく、当事国も拒否しており、差別的呼称であるので、日本語では「朝鮮民主主義人民共和国」あるいは「朝鮮」と訳してほしかった。

インスタでも広まったようで、しばらく連絡取り合っていない遠くの友人からも「見たよ」という声が入ってきた。

そこまでのことを言ったという認識がなかったので戸惑ったが、友人が「多くの人が思っているけど言えないことをうまく言葉にしたんだよ」と言ってくれたので、そういう効果はあったのかもしれない。

その国の首都の上空が他国軍に支配されている国など他にあるだろうか?

@PeacePhilosophy

 

Wednesday, February 26, 2025

いまこそ「加害」を考える 戦後80年: 沖縄県戦後80年シンポジウム「日米安保体制と沖縄-沖縄の歴史から考えるアジア太平洋地域の平和構築-」より Satoko Oka Norimatsu's speech from the Okinawa Symposium, Feb 5, 2025

アメリカン大学のピーター・カズニック教授を迎え、2月5日に開催された、沖縄県戦後80年シンポジウム「日米安保体制と沖縄-沖縄の歴史から考えるアジア太平洋地域の平和構築-」での乗松聡子の発表原稿をここに掲載します。実際は他の登壇者の発言を受けて補足したり、一部はQ&Aの時間に話したりしているので、完全にこれの通りではないのですが、ほぼこの内容に沿って話しました。


2.5シンポジウムより(琉球新報ホール)


いまこそ「加害」を考える 戦後80年

乗松聡子

 ご紹介をありがとうございます。今回、沖縄県、玉城デニー知事のご配慮で、ピーター・カズニック教授とともに沖縄を訪問させていただく機会を深く感謝いたします。

 きょうは「戦後80年」のテーマのシンポジウムということで、ピーター・カズニック教授とオリバー・ストーン監督の活動を織り交ぜながら、「平和教育」について考えてみたいと思います。

 わたしにとって、平和教育とは「平和のための教育」です。平和教育において3つの大切な柱があると思っています。それは1)歴史を被害者の立場から理解すること、2)終わっていない戦争を終わらせること、3)きたる戦争を起こさせないこと の3つです。きょうは時間の関係からおもに1)について話したいと思います。

被害者の立場で歴史を学ぶ

 わたしがピーターに初めて会ったのは2006年のことでした。ピーターは1995年以来、アメリカン大学の学生たちを連れて、京都の立命館大学の藤岡惇(あつし)教授が指導する学生たちと共に、8月の原爆投下の記念日に広島と長崎を訪れるという平和学習の旅を続けており、私は06年にこの旅で被爆者の通訳をつとめたことがきっかけで、それ以来毎年参加することになりました。

 この旅でピーターから学んだことは、原爆を投下した加害国である米国の大学教授が、毎年広島と長崎を訪れ、学生とともに被爆者の証言をきき、米国の責任を追及する姿でした。これはたとえば、日本の大学教授が毎年学生を連れて南京を訪れ、南京大虐殺のサバイバーの証言を聞くような営みです。自国で反発を受けることもあるでしょうし、容易なことではないと思います。

 私はカナダで、アジア系移民の多い街・バンクーバーに住みながら、日本の沖縄に対する植民地主義を含む、日本の加害の歴史に重点を置いた活動や執筆をしてきました。その中で、ピーターのように、米国の加害の歴史を教え、学生に対し、被害者の立場に立つように導く教育者に出会ったことは自分にとって大きなインスピレーションとなりました。

 「平和教育」において、自国でなじんだ歴史の見方を転換し、相手の立場にたつ、やられた側の立場に立って考えるということは欠かせないことです。現在の日本と琉球・沖縄、日本と朝鮮・韓国、日本と中国の間に横たわる歴史認識の問題は、すべてと言っていいほど、加害国の日本が、やられた側の立場に立って歴史を学ぶ機会を、教育で十分に提供していないことに起因していると思います。

「加害”も”」ではなく「被害”も”」

 わたしも高1まで日本で教育を受けましたがそのような視点が欠如していました。高2、高3と、カナダの国際学校で学び、シンガポール、インドネシア、フィリピン、中国などのクラスメートからはじめて、日本がそれらの国を侵略し残虐行為を行ったということを教わり、衝撃を受けました。それが今の活動の基礎になっています。

 こういった発言によって、私は日本の右派から「反日」といったレッテルを貼られていますが、海外に30年住んで日本を外から見てきた者としても、大日本帝国の歴史は、ひとえに侵略戦争と植民地支配の歴史であったことは明白であり、まず「加害」を語るのは当たり前のことです。しかし、日本での「戦争記憶」は、広島、長崎の原爆投下、全国の都市への焼夷弾空襲など、日本が始めた戦争における、最後の半年ほどに集中した、日本における被害に限定されがちです。

 よく「“加害も”学ばねばいけない」という人がいます。もちろん何も学ばないよりはいいのですが、わたしは、「も」の場所が間違っていると思っています。日本が開国時から70年余行ってきた戦争の終盤で、「日本の市民“も”被害を受けた」のです。「も」をつけるとしたら「被害」のほうなのです。「70年の“加害戦争”の終盤に、日本人の“被害”もあった」という理解がより史実を反映していると思います。

「広島・長崎」と「沖縄」は違う

 沖縄のみなさんに言うまでもないですが、琉球/沖縄は、大日本帝国初期に強制併合・侵略・支配された地域の一つです。他には、アイヌモシリ、朝鮮、台湾、満州、南サハリンなどがあります。このような歴史からも、わたしは、日本の平和教育の「三大聖地」であるかのごとく、「広島・長崎・沖縄」がセットで語られる傾向があることは、問題なのではないかと思っています。

 いずれも民間人の大量殺戮という共通点はあるものの、琉球・沖縄は日本による被害を受けた国や地域の一つです。日本の「皇土」を守るための「捨て石」とされた「沖縄戦」、スパイ視による住民虐殺、「強制集団死」にも象徴されています。

 それと対比し、広島・長崎は日本国内の軍事拠点でした。原爆投下は大量の民間人を殺し、米国による許されない戦争犯罪ではありますが、日本における侵略戦争の拠点だったのです。簡単に言えば、沖縄は日本にやられる側、広島・長崎は「やる側」だったのです。この3つを同列に考えることで、日本の琉球/沖縄に対する歴史的加害の構造を見えなくしてしまう恐れがあるのです。

現在の基地構造につながる歴史認識

 これは現在の日米安保構造を理解する上でも重要なことです。同じ米軍基地でも、沖縄のそれは日本に支配された土地に置かれています。沖縄が選択して置いたわけではありません。沖縄が始めたわけでもない日本の戦争で沖縄が戦場とされたのと同様です。日本の米軍基地は、日本が、少なくとも日本のマジョリティが選択して置いているのです。

 よく、在日米軍専用基地の7割が沖縄に集中させられているという不平等が指摘されます。それはその通りなのですが、数値的な不均衡に加え、沖縄に置かれた基地と日本のそれは歴史を鑑みればその本質が異なるということを認識する必要があります。沖縄に置かれた基地は日本の植民地主義の表象、「差別」なのです。そしてそれは米軍基地だけではなく、米軍との一体化が進んでいる自衛隊も、ヤマトにある自衛隊と沖縄にあるそれとでは意味合いが異なります。

 これは沖縄の方々には自明かと思いますが、ヤマトの人々にはもっとわかってもらわなければいけない点です。日本人は、琉球・沖縄に対し、自分たちが加害者であるという点が抜け落ちがちなことが多いのです。そこをもっと歴史的な観点から発信していきたいと思っています。それが、沖縄の自己決定権行使を裏付ける歴史認識になると思っていますし、日本人としての責任だと思っています。

★★★

終わらない戦争を終わらせる

 オリバー・ストーン監督が2013年にピーターと来沖したときのシンポジウムで「戦争は終わっていない」と断言したように、沖縄に2日間滞在しただけで、基地だけでなく、不発弾、沖縄戦被害者の遺骨で埋め尽くされている沖縄で「戦争が終わっていない」ことは明らかでした。また、東アジアの平和には「朝鮮戦争」を終わらせることが不可欠です。ロシアとは平和条約締結にも至っておらず、ここでも「終わっていない戦争」があります。現在、朝鮮戦争を蒸し返して東アジア版NATOを構築するような動きさえあります。平和のためにはまずは終わっていない戦争を終わらせる必要があります。

来たる戦争を起こさせない

 ピーターとオリバーが言ったように、わたしたち海外の人間たちは、繰り返し沖縄の軍事支配をやめよ、戦争準備をやめよと米国および世界に発信してきました。ピーターとオリバーはこの「The Untold History of the United States」(語られない米国史)という本で米国の終わらぬ戦争を徹底的に批判しています。この本の中には沖縄についての10箇所の記述があります。2018年に基地反対の民意を背負ってデニー知事が当選したことを書いていますし、沖縄や韓国での基地をなくす平和運動が「数々の不利な状況にもかかわらず継続している」と書いています。この本は米国の新政権で国家情報長官Director of National Intelligenceに任命される予定のトゥルシ・ガバードTulsi Gabbard氏に絶賛されており、影響力をますます発揮しています。今回、ピーターが7年ぶりに沖縄に来て、見聞きし、体験したことを米国に持ち帰り、アジアでの米国の戦争準備をやめさせる勢力の一端を担ってほしいと思っています。

(以上)

関連投稿:

Saturday, February 15, 2025

米国国務省HP「米国台湾関係」ページがが2月13日付で更新され「台湾独立を支持しない」の文言が削除された U.S. State Department webpage on the "U.S. Relations With Taiwan" deleted "We do not support Taiwan independence" on its February 13 revision

国務省のHP「米国ー台湾関係」

わたしは、2月5日沖縄県主催のシンポジウムの討議の時間に、米国国務省のHP「米国と台湾関係」の引用をした。米国は台湾についての正式な立場はこういうものだという意味で抜粋した。

2月5日時点での文面:

The United States approach to Taiwan has remained consistent across decades and administrations.  The United States has a longstanding one China policy, which is guided by the Taiwan Relations Act, the three U.S.-China Joint Communiques, and the Six Assurances.  We oppose any unilateral changes to the status quo from either side; we do not support Taiwan independence; and we expect cross-Strait differences to be resolved by peaceful means. We continue to have an abiding interest in peace and stability across the Taiwan Strait.  Consistent with the Taiwan Relations Act, the United States makes available defense articles and services as necessary to enable Taiwan to maintain a sufficient self-defense capability -– and maintains our capacity to resist any resort to force or other forms of coercion that would jeopardize the security, or the social or economic system, of Taiwan.

AI翻訳:

アメリカ合衆国の台湾に対するアプローチは、何十年にもわたり、政権が変わっても一貫しています。アメリカ合衆国には、台湾関係法、米中三つの共同コミュニケ、そして六つの保証によって導かれる、長年にわたる「一つの中国」政策があります。私たちは、いかなる側による現状の一方的な変更にも反対しており、台湾の独立を支持していません。また、両岸の相違は平和的手段によって解決されることを期待しています。私たちは、台湾海峡の平和と安定に対して引き続き深い関心を持っています。台湾関係法に従い、アメリカ合衆国は、台湾が十分な自衛能力を維持できるよう、防衛用の武器やサービスを必要に応じて提供しています。また、台湾の安全や社会的・経済的な体制を危険にさらす、武力行使やその他の強制的手段に対して抵抗する能力を維持しています。

(黄色い部分は、更新後に消えた表現) 

URLはこれである。https://www.state.gov/u-s-relations-with-taiwan/

ところが、2月13日付けでこれが修正されていた。国際政治・軍事評論家のブライアン・ベルレティック氏がXでスクリーンショット付で指摘している。


更新の日付は2月13日だ。更新前のバージョンの日付はベルレティック氏のスクショによれば22年の5月28日だ。私も2月5日に参照したときにその時期だったことを覚えている。

いま、国務省HPに行ってみたら、やはり文言が変わっている。現時点(日本時間2月16日)当該箇所をコピペする。

The United States’ approach to Taiwan has remained consistent across decades and administrations. The United States has a longstanding one China policy, which is guided by the Taiwan Relations Act, the three Joint Communiques, and the Six Assurances. We continue to have an abiding interest in peace and stability across the Taiwan Strait. We oppose any unilateral changes to the status quo from either side. We expect cross-Strait differences to be resolved by peaceful means, free from coercion, in a manner acceptable to the people on both sides of the Strait. Consistent with the Taiwan Relations Act, the United States makes available defense articles and services as necessary to enable Taiwan to maintain a sufficient self-defense capability – and maintains the capacity to resist any resort to force or other forms of coercion that would jeopardize the security, or the social or economic system, of the people on Taiwan.

AI訳:アメリカ合衆国の台湾に対するアプローチは、何十年にもわたり、政権が変わっても一貫しています。アメリカ合衆国には、台湾関係法、米中三つの共同コミュニケ、そして六つの保証によって導かれる、長年にわたる「一つの中国」政策があります。私たちは、台湾海峡の平和と安定に対して引き続き深い関心を持っています。いかなる側による現状の一方的な変更にも反対しています。私たちは、両岸の相違が、強制力のない形で、そして双方の人々に受け入れられる平和的手段によって解決されることを期待しています。台湾関係法に従い、アメリカ合衆国は、台湾が十分な自衛能力を維持できるよう、防衛用の武器およびサービスを必要に応じて提供しています。また、台湾の人々の安全や社会的・経済的な体制を危険にさらす、武力行使やその他の強制的手段に対して抵抗する能力を維持しています。

(緑のハイライトは、更新前にはなかった表現) 

ベルレティック氏が指摘するように決定的な修正は「台湾の独立を支持していません」という文言がなくなったことだ。これは「支持しない」姿勢を明確に表明しない、憂うべき後退と見られる。

ChatGPT は Before, After のパラグラフの相違を以下のように分析した。たしかに「平和的手段で解決することを期待」の部分に、「強制のない形で、両岸の人々が受け入れられる形での解決を期待」という条件が付け加えられている。

これらの変更箇所は解釈が可能だが、今は、一番明白な変更である「台湾の独立を支持しない」削除に注目する必要がある。

ベルレティック氏は、”国際法および世界中の国々の「一つの中国」政策は、台湾が中国の一部であり、中国には北京にある中華人民共和国という唯一の政府が存在することを認めるものである。台湾における分離主義を支持する試みは、国連憲章の下で中国の主権および領土の一体性を直接侵害する行為であり、戦争行為である。”と論じている

これが米国の中国への踏み込んだ挑発と読み取れるものなのか。米国政府の意図を問いたい。

@PeacePhilosophy