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Thursday, December 12, 2024

「ノーベル賞に沸く日本、抜け落ちた視点」:『朝鮮新報』から転載 The Nobel Peace Prize for the A-bomb Victims and the U.S. Impunity

 日本被団協のノーベル平和賞授賞は、長年の被爆者の核兵器をなくすための運動が評価された結果で、意義深いことです。この授賞の知らせを受け、思うことを書いた記事が『朝鮮新報』10月30日号に掲載されました(URLは、https://chosonsinbo.com/jp/2024/11/28sk-35/)。

ノーベル平和賞受賞式のタイミングで、なるべく多くの人に読んでもらいたく、許可をもらって下に転載します。

授賞式に、大韓民国の被爆者が招待されたことはよかったですが、朝鮮民主主義人民共和国の被爆者の存在には触れられもしませんでした。いわずもがな、被爆時は朝鮮半島は分断されておらず日本の植民地支配下に置かれていました。日本人は植民地支配の責任からも、また分断に責任を負う側の者としても、朝鮮人被爆者を同等に扱わなければいけないと思います。朝鮮人は、被爆者のうち1割ほどをしめ、死亡率も日本人より高かったのです。植民地支配のゆえに被爆させられたのであって、日本で被爆したあと海外に移住した人と一緒に「在外被爆者」として扱ってはいけないと思います。また、これは歴代の広島と長崎の「平和宣言」にも言えることなのですが、無数の民間人の上に原爆を投下した米国の責任が全く問われることはなく、授賞スピーチでもどの国が落としたのかという端的な事実にさえ言及がありませんでした。そして現在の「ロシアの核の脅威」と、ロシアが名指しされ、それこそ核兵器を実際に使った上謝罪さえせず、第二次大戦後も、冷戦終了後も常に核の脅威で世界を支配してきた米国が完全に免罪されています。核の使用に言及したイスラエルの閣僚に触れていますが、イスラエルは米国の援助なしにはパレスチナに対する攻撃を行うことはできません。これも米国がやっていることなのです。授賞演説を行った被団協の田中煕巳代表委員とは、何度も交流させていただいた、尊敬する人です。2016年オバマ大統領が来広したときも、米国に対して厳しい責任追及をする姿勢を持っていました。田中氏は実際、広島で「死が落ちてきた」と、原爆を天災であるかのように言ったオバマ大統領を批判していました。今回、米国を完全に免罪した授賞スピーチが、田中氏の本心であったとは思いたくありません。私は以下転載する『朝鮮新報』の記事では、「米国の民間人大量虐殺の被害者がノーベル平和賞を授賞するのは画期的である」と書きましたが、その本質が全くかき消されてしまったといえると思います。要するに、案の定、世界の覇権国である米国と、この賞の選考を行うノルウェーも含む西側連合に都合のいい賞として演出されたということです。 本当に核戦争を防ぎ核兵器をなくしていくには、米国という最大の脅威から目を背けていては、目的を達することはできません。

以下、転載です。

 

〈私のノート 太平洋から東海へ 1〉ノーベル賞に沸く日本、抜け落ちた視点/乗松聡子

2024年11月02日 06:00

寄稿

私は日本出身でカナダに通算30年住むジャーナリストの乗松聡子です。朝鮮新報に連載させていただけることを大変光栄に思うと同時に、重責を感じています。日本社会は、朝鮮学校差別をはじめ、過去に40年間朝鮮を植民地支配した責任に向き合おうとしていません。米国は一国覇権を維持するため、言いなりにならない中国、ロシア、朝鮮に「新冷戦」をしかけ、朝鮮戦争を終結させ東アジアに平和をもたらす動きを妨害しています。日本も、私が住むカナダも、米国とその属国で成る「西側連合」の一員として、朝鮮に対する威嚇と挑発を繰り返しています。私は一日本人として、また一カナダ人としても、この終わらない植民地主義を是正する動きの一端を担いたいと思っています。

さる10月11日、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がノーベル平和賞を授賞するというニュースが駆け巡りました。私は、日米の大学生が共に広島・長崎を旅する学習旅行で、2006年から19年にかけて被爆者の通訳を務めた経験からも、「二度と自分たちのような被爆者を生まない」ための国際的運動が認められたことに感慨を覚えました。とりわけ、西側の価値観に偏る傾向のあるノーベル平和賞が、米国による民間人大量虐殺の被害者に授与されたのは画期的でした。

と同時に、日本のメディアの論調が「日本のノーベル平和賞授賞は1974年の佐藤栄作氏以来」(10月12日NHK)などと言いながら、「日本の授賞」と位置づけていることに懸念を感じます。授賞したのは、被爆者であり、米国による原爆投下につながった戦争をそもそも起こした「日本」ではありません。また、日本メディアは、「核の脅威」として、ロシア、中国、朝鮮民主主義人民共和国のみを挙げ連ね、世界最大の「核の脅威」であり、実際に子どもたちの上に原爆を落とした戦争犯罪者である米国やその同盟国の核を免罪しています。

何よりも、被爆者の10人に1人は朝鮮人であったという事実が抜け落ちています。広島ではおよそ5万人の朝鮮人が被爆、うち3万人が死亡、長崎では2万人の朝鮮人が被爆、うち1万人が死亡したと言われています。広島・長崎にいた朝鮮人は、植民地支配が故に日本に暮らさざるを得ず、自分たちが始めたわけでもない戦争の中で、米国が日本を標的に落とした原爆に巻き込まれました。その上被爆後も差別され、医療や支援が行き届かなかったという二重、三重の被害を受けたのです。とりわけ、朝鮮半島に帰還した約2万3千人の被爆者のうち2千人ほどが朝鮮民主主義人民共和国に帰国しており、その方々は被爆者援護法も適用されず見捨てられたままです。現在は生存者も僅かになっていると聞いています。

2019年7月、「韓国の広島」と言われる陜川を在日朝鮮人の友人と一緒に訪問しました。原爆投下時広島にいた朝鮮人は陜川出身者が多かったのです。被爆二世で、生まれつきの骨の病気を抱え、息子が脳性麻痺を患う韓正淳さんは、「日本には、朝鮮人を犬のように使った責任を、米国には、核兵器を人間に対して使った責任を問いたい」と言っていました。2歳で被爆した韓国原爆被害者協会陜川支部長の沈鎮泰さんは、16年オバマ大統領の広島訪問の際来日したところ、関西空港で入管に3時間も足止めを食らった経験を話しながら、「植民地支配の上に原爆を受けた自分たちが、その上犯罪者扱いされた」と悔しそうに語りました。


陜川原爆被害者福祉会館近くの慰霊閣には1千以上の朝鮮人犠牲者の位牌が祀られている
(2019年7月22日 筆者撮影)

陜川訪問後に行った釜山の「国立日帝強制動員歴史館」ではこう展示してありました。「全体の原爆被害者の約1/10に該当する朝鮮人の死亡は57・1%であり、全体の33・7%に比して非常に高い。日本は二つの都市における惨状を大々的に広報し、反戦平和を全世界に訴えている。反戦平和は、人類が共栄するための普遍的価値である。しかし、誰が言うかによりこの意味合いはかなり変わる。日本は反戦平和を叫ぶ前に戦争加害に対する痛切な反省とともにその事に対する責任を負う姿勢を見せなければならないはずだ。」侵略戦争や植民地支配の責任は語らずに、普遍的「平和」や「反核」を語るだけのことが多い日本人に対する強烈なメッセージであると思いました。

私は、このような理由から、日本人が原爆被害を考えるとき、まず第一に、朝鮮人被爆者のことを考えるべきではないかと思っています。日本被団協のノーベル平和賞の授賞式には、朝鮮と韓国の被爆者団体の代表者を招待してほしいと願っています。


プロフィール

ジャーナリスト。東京・武蔵野市出身。高2,高3をカナダ・ビクトリア市の国際学校で学び、日本の侵略戦争の歴史を初めて知る。97年カナダに移住、05年「バンクーバー9条の会」の創立に加わり、06年「ピース・フィロソフィー・センター(peacephilosophy.com)」設立。英語誌「アジア太平洋ジャーナル」エディター。2人の子と、3匹の猫の母。著書に『沖縄は孤立していない』(金曜日、18年)など。19年朝鮮民主主義人民共和国を初訪問。世界の脱植民地化の動きと共にありたいと思っている。

★★★

以上、『朝鮮新報』からの転載でした。

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