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Wednesday, July 17, 2013

「動物農場」:オーウェルの真意 ‘Animal Farm’: What Orwell Really Meant

 ソ連が崩壊した今でも、オーウェルが『動物農場』に込めたメッセージは色あせていない。オーウェルがこの寓話に込めた教訓は、具体的なスターリン批判を超えて、あらゆる権力は腐敗するという普遍的なものであったということが、彼の残した手紙の中に語られていた。
 いま日本で進行しつつあるのは、オーウェルが動物農場で描こうとした、権力欲の深い人々に率いられた共謀的な革命ではないのか。現状を失いたくないと考える日本の人々は、悲観的になって、アベノミクスより他に「仕方がない」、つまり手放しの資本主義以外に選択肢はないと思い込んでいる。憲法が解体されようとしているのに、日本人は地に足の付いた感覚を忘れている。人に優しい独裁主義などというものは存在しない。
 書評誌ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックスに、刊行予定のオーウェル書簡集の予告としてその一部が掲載された。
(前文、翻訳:酒井泰幸)

「動物農場」:オーウェルの真意
2013年7月11日
ジョージ・オーウェル

http://www.nybooks.com/articles/archives/2013/jul/11/animal-farm-what-orwell-really-meant/

以下は、ジョージ・オーウェルがドワイト・マクドナルドに宛てた手紙からの抜粋で、アメリカで動物農場が出版されて間もない1946年12月に書かれた。この書簡集の編者、ピーター・デービソンによれば、マクドナルドはオーウェルに次のように書いたという。(脚注もデービソンによる。)
 

  • 彼[ドワイト・マクドナルド]が知る反スターリン主義の知識人たちが主張したのは、『動物農場』の喩えは、革命はいつも負け犬にとって惨めな形で終わるので、「革命を非難して現状の方を是認することになる」という意味だということだった。彼[マクドナルド]自身は、この本はロシアだけを対象にしていて、革命の哲学についてのより広い意見は含んでいないように読んだ。「私の知る左派の何人もが、誰に言われるともなく自らの意見として、口々にこの同じ批判をしたことに強い印象を受けました。なぜなら、私がこの本を読んだとき、そんなふうに思いもしなかったし、いまでもそうは思っていないからです。どちらの見方があなた自身の意図に近いとおっしゃるのでしょうか。」
オーウェルの返答は、8月にLiveright社から刊行予定の『George Orwell: Life in Letters(ジョージ・オーウェル:手紙に見る人生)』に収録される。


動物農場へのご質問に関する返答:
もちろん私は第一にロシア革命に対する風刺を意図していました。しかし私はそれがより広い適用範囲を持つことをこそ意図し、その種の(自覚していないが権力欲の深い人々に率いられた、暴力的・共謀的な)革命は、支配者を取り替えることにしかならないのだということをも意図しました。大衆が油断せず、指導者たちが役目を終えたらすぐに追い出す方法を知っている時にだけ、革命が抜本的な改善につながるということを、この話の教訓にしようと意図していました。物語の転換点は、豚たちがミルクとリンゴを自分たちのために確保した時(クロンシュタットの反乱)だったということになります。
1) その時、もし他の動物たちが地に足の付いた感覚を持っていたなら、物事は上手くいっていたでしょう。もし人々が、自分は「現状」を失いたくないと考えるなら、それはつまり、人々は悲観的になって、独裁主義や手放しの資本主義以外に選択肢はないと思い込んでいるのだと、私は思います。トロツキー派の人々の場合、1926年頃までのソ連で起きた出来事に責任を感じており、その頃を境に突如として退行が起こったと思わざるをえないという別の問題が加わります。しかし実は、この成り行き全体は予測可能だったと思いますし、バートランド・ラッセルのような何人かの人々は、ボルシェビキ党の性格そのものからこれを予見していました。私が言おうとしたことは、「自分で成し遂げるのでなければ革命を手にすることは出来ない。優しい独裁主義などというものは存在しない」ということでした。2)
ジョージ・オーウェル(アメリカ初版2013年)
 

注1) クロンシュタットとは、フィンランドまで数マイルの距離にあるサンクトペテルブルクの入り口を守る海軍基地で、1704年にピョートル大帝によって築かれた。「動物農場」の転換点は1921年のはじめにここで起きた出来事に関係している。食糧不足と圧政により、レニングラード[現在のサンクトペテルブルグ]で一連のストライキが発生し、3月にストライキはクロンシュタット海軍基地の水兵に援護を受けた。革命支持者が自分たちの政府に反対しただけでなく、1917 年革命を成功に導いた都市当局と海軍軍人による反乱という意味で、これは最初の重大な反乱だった。トロツキーとミハイル・トゥハチェフスキー(1893〜1937年)は 反乱を鎮圧したが、反乱軍によって被った損害は無駄にはならなかった。間もなく、改革の必要を認めた新経済政策が発表された。トゥハチェフスキーは1935年にソビエト連邦の元帥に任命されたが、2年後に彼はスターリンの粛正で処刑された。ラジオドラマ版の脚本の提出まで1週間ほどに迫っていた時、マクドナルドが動物農場で「転換点」の重要性を分からなかったという事実が、オーウェルがラジオドラマ版で「転換点」を強調した理由だったのかもしれない。彼は次の会話を加えている。

 クローバー:リンゴを着服するなんてフェアだと思うかい?
 モリー:なんだって、リンゴをみんな自分の懐に入れたのか?
 ムリエル:俺たちには1個も無しかよ?
 牛:平等に分けてくれると思ったのに。

残念ながら、レイナー・ヘッペンスタールは放送時にこれらの台詞を脚本から削除した。

注2) 1946年9月6日、イヴォンヌ・ダヴェからオーウェルへの手紙で、動物農場のフランス語版のタイトルを最初は『URSA—Union des Républiques Socialistes Animales[動物社会主義共和国連邦](=熊のURSA)』にしようと決めたと彼女は書いたが、「残念だが、スターリン主義者たちを刺激しすぎることを避けるため」変更された。



(参考)
『動物農場』全文の日本語訳はここで読むことができます。
http://blog.livedoor.jp/blackcode/archives/1518842.html

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