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Friday, November 11, 2022

ヒューライツ大阪『国際人権ひろば』2022年5月号(No.163) より:カナダの多文化主義の光と影 Lights and Shadows of Canadian Multiculturalism: HURIGHTS OSAKA

一般財団法人 アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)の「国際人権ひろば」2022年5月1日発行163号に掲載していただいた記事を許可をもらって転載します。

「カナダの多文化主義の光と影」 

乗松聡子(ピース・フィロソフィー・センター代表)

多様な民族的・言語的背景の人々からなる社会

 2015年11月、約10年続いた保守党政権を倒した自由党のジャスティン・トルドー党首が新しく首相の座に就いた。自称フェミニストの彼はさっそくジェンダーバランス内閣を導入し、内閣お披露目の場では報道陣を前に「だって今は2015年だから」と誇らしげに語った。その後二度の総選挙で自由党は第一党を維持し、7年目の今、内閣39人のうちLGBTQ2S+(性的マイノリティ)のメンバーが3人いるのをはじめ、障害のある人、先住民族、難民出身の人、アジアやアフリカを背景に持つ人など、トルドーが「カナダのように見える」と言った多様性内閣は健在である。国会議員の女性比率は約30%(世界58位)で、約10%で低迷している日本に比べたらジェンダー平等は進んでいると言えるのであろう。

 カナダは5年ごとに国勢調査を行う。データが揃っている最後の調査が2016年のものだが、約3500万人の人口のうち、自認による民族的ルーツは250以上ある。100万人以上いるルーツは、多い順に、カナダ、イングランド、スコットランド、フランス、アイルランド、ドイツ、イタリア、華人、ファーストネイションズ、南アジア、ウクライナ、オランダ、ポーランドである。人口の約22%は「ビジブル・マイノリティー」(白人でも先住民でもない)である。一方、人口の約22%が外国出身者である。バイリンガル(英語とフランス語)は約18%。約800万人が公用語以外の母語を持ち、約20%が家庭で2つ以上の言語を話す。ちなみに私は日本出身の移民で、「ビジブル・マイノリティー」にも該当し、公用語以外を母語に持ち、カナダ生まれの子がいる家庭で英語と日本語を使う典型的な移民一世である。

多文化主義を法制化した世界初の国

 カナダの多文化・多民族・多言語社会を下支えしているのが「多文化主義(multiculturalism)」政策である。歴史的に英仏戦争に勝利した英国系が中心となって作った国であり、フランス系が抑圧された背景から、フランス語圏のケベックのナショナリズムが台頭し、1960年代のレスター・ピアソン首相の時代に二言語・二文化主義への道が拓かれた。次のピエール・トルドー首相時代に公用語法(1969)が定められ二言語主義が法的に保障された。と同時に、英語系でもフランス語系でもない移民集団からの不満も高まり、1971年、多文化主義を国家の政策と位置づける。カナダは1867年の連邦結成以降も、英国からの独立を段階的に獲得してきたが、1982年には独自の憲法「権利と自由憲章」が成立、その27条に多文化主義が書き込まれる。1988年、ブライアン・マルルーニ政権下で「カナダ多文化主義法」として多文化主義を法制化した世界初の国となった。

植民地主義と人種主義の「歴史」

 このように多文化主義「先進国」であり、自然も豊かで、寛容な国といったイメージのあるカナダではあるが、現実はどうなのか。2015年11月、就任直後に英国の議会で演説したトルドー首相は、カナダの強みとしての「多様性」を強調しながら、「…先住民族にとっては、カナダの現実は易しく平等で公平と言えるものではなかったし、今もそうではありません…私たちの歴史には暗い過去もありました。華人への人頭税、第一次・二次大戦時の、ウクライナ系、日系、イタリア系カナダ人の強制収容、ユダヤ人やパンジャブの難民を追い返したこと、私たちの国にも奴隷制があったこと」と言った。カナダは植民地主義や人種主義の歴史を背負っているからこそ、そこから脱するために少しずつ歩んでいると言ってもいいのかもしれない。とりわけ先住民族についてはカナダの植民地主義は「歴史」ではなく現在進行形の構造的暴力である。

 ネイティブ・ランド・デジタル(native-land.ca) というサイトがある。先住民族の視点から、民族のテリトリー、言語、植民者と交わした条約などの条件で地図を表示できる。これを見ると、近現代の入植者により「多様性」が謳われるはるか前から、カナダと米国の国境が引かれるはるか昔から、すでに北米大陸は「多様(diverse)」な土地であったことがわかる。現在カナダと呼ばれる土地に人類が到達したのは氷河期末期(8万年前から1万2千年前)ぐらいであろうと言われている。15世紀末ごろから欧州人の入植があり、その時点での北米の先住民族の人口は、諸説あるが200万から1千万人、62語族の400以上の言語があったと推察されている。欧州人との接触がきっかけで先住民族が免疫をもたなかった様々な病気で人口が激減し、戦争や植民地主義的政策など、全て入植者がもたらした要因で苦しめられた。2016年の国勢調査ではカナダに先住民族は約170万人、人口の約5%を占めている。カナダでは先住民族は主に「ファーストネイションズ」と呼ばれるが、現在、全国に630以上のコミュニティがあり、50以上のネイション(民族)と、50以上の言語がある。カナダでは他に、欧州の入植者と先住民族の混血の子孫である「メイティー」と、北部に住む「イヌイット」の人たちがいる。

先住民族に対する同化政策

 カナダ現代社会に今も深い影を落としているのが「インディアン・レジデンシャル・スクール」という強制同化政策であった。連邦化したカナダは「インディアン法」(1876)を定め先住民族を居留地(Reserve)で管理した。カナダ初の首相となったジョン・A・マクドナルドは1883年に寄宿学校制度を導入する。彼が同年議会で語った「学校が居留地にある場合、子どもは野蛮人である両親と暮らし、野蛮人に囲まれている...子どもは単に読み書きのできる野蛮人になるだけだ」という言葉が当時の植民地主義を象徴している。一世紀以上にわたり約15万人の子どもたちが親元から引き離され、全国に139校あった政府とキリスト教教会各派が運営する寄宿学校に送られた。多くの場合劣悪な住環境で栄養も悪く、学校とは名ばかりで実質強制労働をさせられ、指導的立場にいる聖職者による性的、肉体的、精神的虐待が横行した。逃亡すれば捕まり拷問を受ける、先住民族の言葉を使ったら舌に針を刺される、神父により性暴力を受け妊娠させられる(生まれた子は葬り去られる)といった残酷さだ。死亡率も高かった。2021年以来全国各地の寄宿学校跡に、地中レーダー技術を使って、子どもたちが埋葬されていた「墓標なき墓」が何百という単位で発見され続けている。

 先住民族が政府を相手取ったカナダ史上最大の集団訴訟の結果、2006年に「インディアン・レジデンシャル・スクール和解協定」が成立し、2008年には当時のスティーブン・ハーパー首相(保守党)が国会で謝罪した。協定の一環として、記憶の継承、和解と癒やしを目指す目的で2010年から全国7箇所で「真実と和解委員会」が開催され、約7000人の体験者に聞き取りを行い、一般のカナダ人がこの歴史を知ることができるような催しが持たれた。私の住むバンクーバーでも2013年9月に4日間開催され、地元の大学生は参加するために大学の欠席を許された。私も学びに行ったら、偶然小学生の娘のクラスの子たちと遭遇した。日本もこのように、アイヌ、琉球/沖縄、朝鮮の人たちに対して行った植民地主義政策とその被害を学ぶために国費を投じて一般の日本人が被害者証言を聞き歴史を学ぶ機会を提供するようになって欲しいと思う。しかし、残念ながら今の日本政府は、国費をかけて日本軍「慰安婦」や強制連行の歴史を否定するという真逆の方向に走っている。

多文化主義の課題

 カナダの植民地主義もまだまだ続行中である。先住民族はいまだに、糖尿病が多いなど健康の問題、低所得、高失業、犯罪の被害者にも加害者にもなる確率が高い、若者の自殺が多いなどの課題がある。ブリティッシュコロンビア州北部で、先住民族の同意を十分得ずしてパイプライン建設が強行されている地では「“和解”は死んだ」とのスローガンが掲げられた。

 「和解(reconciliation)」は、カナダと先住民族との関係改善を象徴する言葉である。しかし「多様性」と同様、「和解」もマジョリティ側(加害側)の言葉である。「和解」はマジョリティ側が押し付けるものではなく、カナダが構造的差別をやめ、脱植民地化が具体的に進むにつれて徐々に実現してくるものなのではないか。2021年末、Walrusというネット媒体の特集「多文化主義は未完成」に寄稿した先住民のライター、ダニエル・パラディス氏は、「多文化主義は、『カナダ』を正当化し強化するための道具であり続けているが、先住民族を最小化し抹消する道具でもあり続けている」と指摘した。先住民族を置き去りにしたカナダの「多文化主義」に突きつけられた挑戦である。私も、そのカナダを構成する一人として、受け止めている。

(コーストサリッシュ族の土地にて)

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