『琉球新報』4月20日(日)書評欄に掲載されたものです。
この本については以前もこのブログで紹介したのですが、なかなか具体的な言葉になっていませんでした。今回、言葉にすることを自らに課すことができたので、この機会をいただきよかったと思っています。この書評は、沖縄の新聞に依頼されたものの、最初から沖縄県外の日本の人々に読んでもらうことを意識して書きました。この本そのものが、日本の人々が読むべきものであるからです。ぜひ、読んでください。@PeacePhilosophy
Peace Philosophy Centre, est. 2007, provides a space for dialogue and facilitates learning for creating a peaceful and sustainable world. ピース・フィロソフィー・センター(2007年設立)は平和で持続可能な世界を創るための対話と学びの場を提供します。피스필로소피센터(2007년 설립)는 평화롭고 지속 가능한 세계를 만들기 위한 대화와 배움의 장소를 제공합니다. 和平哲学中心(成立于2007年)致力于提供一个对话与学习的平台,以建设一个和平且可持续的世界。Follow X: @PeacePhilosophy ; Email: peacephilosophycentre@gmail.com
Wednesday, April 23, 2014
Tuesday, April 22, 2014
What Happened to Japan's Plan for "Zero Nuclear Power by Year 2030"? - A column by SAITO Minako 斎藤美奈子コラム(東京新聞)英訳
Here is an English translation of Satito Minako's column that appeared in Tokyo Shimbun on April 16. 4月16日『東京新聞』の斎藤美奈子氏による「本音のコラム」の英訳です。
The Focus of Our Attention
By SAITO Minako,
Translation by Yayoi KOIZUMI
By SAITO Minako,
Translation by Yayoi KOIZUMI
Tokyo
Shinbun, April 16, 2014,
From
Column of Hon’ne (true inner
feelings)
“Nuclear energy is an important base-load power
source”; “We will continue to restart the nuclear power plants that meet
regulation standards.” The basic energy plan, approved by the government in a
cabinet meeting on April 11th, made a malevolent return to the state of energy plan to the level similar
to what it was prior to 3.11. The
content of the new plan makes you stop and say, “are you serious?”
Whatever
happened to the policy put together two years ago, by the Noda Yoshihiko administration
(of Democratic Party of Japan), touting to “make operation of nuclear power
plant to zero within the 2030s”? That particular policy was created legitimately,
having gone through proper channels of hearings, public comment period, and use
of deliberative poll to gauge public opinions.
Even
though it was its own party’s policy which was rejected by the Abe LDP administration’s
new plan, the Democratic Party has not guts to fight; the party representative
Kaieda Banri failed to express a clear opposition against the plan as he meekly
called it to be “impossible to evaluate.”
Worse, on April 4th, in the lower house, the party voted yes
to the Nuclear Power Agreement Approval Plan (原子力協定承認案), which will allow
Japan to export nuclear energy. This, is the kind of attitude that drives away even
more supporters from the party, hmm-hmm.
About
the Fukushima nuclear accident, the new plan says: “we would like to face steadfastly
with the heartaches of those who have been affected by the accident.” Is this an emotional sort of issue for them, one
you can conveniently put aside only by acknowledging “the heartaches of the
victims”?!
Even
worse: on April 11th, to the inquiry by the former Prime Minister
Kan Naoto, about the basis for their claim for “the strictest standard in the
world” applied for the safety and restart of nuclear power plants, a person in
charge from the Energy Ministry responded: “I am unable to answer the question.”
While
such issues of grave importance were being discussed in the Diet, our media instead
was making a hoopla about Ms. Obokata Haruko’s STAP cell’s existence. (1)
That’s
science, but these nuclear issues are also science. Both are science. Ask
yourself: which one should we focus our attention to?
SAITO Minako (斎藤美奈子, 1956-) - Saito is an award-winning
literary critic, feminist writer, prolific author. More
information about Saito is available on a Japanese-language website
managed by her publishing agent and also on Japanese
Wikipedia.
Yayoi KOIZUMI is a Ph.D. candidate in the field of East Asian Literature, Religion, and Culture at Cornell University. She is working on a dissertation on the representations of people of African
descent in Japan since the WWII. She can be contacted at yk234 at cornell.edu.
descent in Japan since the WWII. She can be contacted at yk234 at cornell.edu.
Note
(1) Obokata Haruko, a female scientist, is currently under media fire
for the charges of perjury in one of her high-profile work on STAP cell. See: https://en.wikipedia.org/wiki/Haruko_Obokata
and https://en.wikipedia.org/wiki/Stimulus-triggered_acquisition_of_pluripotency_cell
Thursday, April 10, 2014
集団自衛権行使を容認することは67年間守り抜いてきた「新憲法という時代の精神」をぶっ壊すこと:大江健三郎
無謀無策なアジア太平洋戦争を起こし、甚大な被害を出して敗北した日本。戦争で死んだ人を記憶するとき「この人たちの犠牲があるから今の平和や繁栄がある」という言い方をする人がいるが、これには大きな問題がある。戦争で無駄死にさせられた内外の民間人も兵士も、後世の平和や繁栄のために死んだのではない。家族の幸せも生きていく喜びも全て奪われていった人たちの無念を思うと、「あの犠牲があるから今の平和がある」なんて失礼な言い方はできないはずだ。アジア太平洋戦争で無為な殺戮を大量に行った反省から日本国憲法が生まれたのである。「あの犠牲があるから今の○○がある」とどうしても言いたいのなら、それは日本国憲法であり、憲法を守り戦争や戦争準備をしないことによってしか、その人たちの無念と怒りと生きたかった気持ちを生かす道はない。それが、ここで大江健三郎氏がいう、「新憲法という時代の精神」である。憲法9条の最後の砦である集団自衛権行使権禁止を解除するという違憲行為によって、国外で再び戦争ができる国になることは絶対許されないのである。戦争で殺された人たちの無念さを忘れず二度と同じ過ちを犯さないためにも。@PeacePhilosophy
2014年4月8日、東京・日比谷野外音楽堂で開かれた「解釈で憲法9条を壊すな!4・8大集会」における大江健三郎氏の演説
http://www.youtube.com/watch?v=EP0HHWZMBAM
撮影=レイバーネットTV。
沖縄での5月3日の憲法イベント紹介!
2014年4月8日、東京・日比谷野外音楽堂で開かれた「解釈で憲法9条を壊すな!4・8大集会」における大江健三郎氏の演説
http://www.youtube.com/watch?v=EP0HHWZMBAM
撮影=レイバーネットTV。
以下は「しんぶん赤旗」に掲載された要旨です。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-04-10/2014041003_01_1.html
4・8大集会/大江健三郎さんのスピーチ (要旨)時代の精神・憲法守るため漱石の「示威運動」を今こそちょうど100年前に小説家の夏目漱石は『こころ』を書きました。英文学者の漱石は、デモンストレーションという言葉を翻訳して「示威運動」という訳語を作りました。この言葉は、少しも流行しませんでした。日本で「示威運動」という言葉が流行しなかったのは、ずっとデモンストレーションというものがない社会体制だったからです。しかし、漱石は、「示威運動」が重要だといいました。
漱石が死んで30年たって、あの大きい戦争が始まり、広島、長崎を経験して戦争に敗れました。
そして67年前、私は12歳でしたが、日本人は新しい方針をつくった。新しい憲法をつくりました。そして憲法を自分たちの新しい精神として、新しい時代の精神として生き始めたわけです。
私はもう79歳です。私の人生はこの新憲法という時代の精神のなかでおこなわれたんです。戦争をしない、民主主義を守るという根本の精神がすなわち私の生きた時代の精神なんです。それを私は死ぬまで守り抜きたいと思っています。
夏目漱石が「非常に危ない時代」だといったのは、明治の終わりにもう彼はそういう危機を感じ取っていたからです。いまのまま日本がすすんでいくと、大きいゆきづまりに出あうに違いないと彼はいった。そして30年たってあの戦争が起こりました。
ところが、いまの政府は、いろんな犠牲によってできあがり、私たちが67年間守り抜いてきた時代の精神をぶっ壊してしまおうとしています。それも民主主義的な方法じゃない。内閣が決めれば、日本が集団的自衛権を行使して、アジアでおこなわれる、あるいは世界に広がっていくかもしれない戦争に直接参加する。保守的な政府すらも守り抜いてきたものを民主主義的でない方法で国民投票もなしに一挙にぶち壊して新しい体制に入ろうとしているわけです。
いま、日本人の時代の精神がもっとも危ないところに来ていると思います。戦争しない、民主主義を守るという、67年間続けた時代の精神を守るために私たちにとりうる方法は、漱石のいう「示威運動」すなわちデモンストレーションです。
私たちが未来の子どもたちに守りうる時代の精神、次の世代のためのもっとも大切な、もっとも難しい仕事がこの集会、デモから始まるんだということを改めて強く自覚したい。しっかり歩きましょう。
沖縄での5月3日の憲法イベント紹介!
Friday, April 04, 2014
『琉球新報』連載「OKINAWAへ 海外識者メッセージ」シリーズ全12回 Messages to Okinawa, from 12 signers of the international action to oppose US military expansion in Okinawa
琉球新報
に1月28日から3月21日まで随時掲載された「OKINAWAへ~海外識者メッセージ
」シリーズ(1-12回)は、5回目まではウェブサイトに掲載されました。リンクは、
第1回 ピーター・カズニック(米国)
第2回 ジョセフ・ガーソン(米国)
第3回 ジョン・フェファー(米国)
第4回 ケビン・マーティン(米国)
第5回 アレクシス・ダデン(米国)
6回目以降はされていないようなので下に紹介します。
このシリーズは、1月7日に最初の29人、1月28日に第二弾で103人体制で発表した「海外識者・文化人声明」の賛同者の中から12人の人たちに寄せてもらったメッセージをまとめたものです。このグループが呼びかけている辺野古基地反対・普天間基地返還の署名運動はまだ続いていますので、まだ署名していない方はお願いします。誰にでも署名いただき、世界中どこにいても署名できるものです。日本語版はhttp://chn.ge/1glVJSw。英語版は http://chn.ge/1ecQPUJ。
第6回 3月12日 スティーブ・ラブソン(米国)
第7回 3月13日 ガバン・マコーマック(オーストラリア)
第8回 3月14日 ブルース・ギャグノン(米国)
第9回 3月16日 ハーバート・ビクス(米国)
第10回 3月18日 デイビッド・スズキ(カナダ)
第11回 3月20日 ジョイ・コガワ(カナダ)
第11回 3月21日 ノーマ・フィールド(米国)
第1回 ピーター・カズニック(米国)
第2回 ジョセフ・ガーソン(米国)
第3回 ジョン・フェファー(米国)
第4回 ケビン・マーティン(米国)
第5回 アレクシス・ダデン(米国)
6回目以降はされていないようなので下に紹介します。
このシリーズは、1月7日に最初の29人、1月28日に第二弾で103人体制で発表した「海外識者・文化人声明」の賛同者の中から12人の人たちに寄せてもらったメッセージをまとめたものです。このグループが呼びかけている辺野古基地反対・普天間基地返還の署名運動はまだ続いていますので、まだ署名していない方はお願いします。誰にでも署名いただき、世界中どこにいても署名できるものです。日本語版はhttp://chn.ge/1glVJSw。英語版は http://chn.ge/1ecQPUJ。
第6回 3月12日 スティーブ・ラブソン(米国)
第7回 3月13日 ガバン・マコーマック(オーストラリア)
第8回 3月14日 ブルース・ギャグノン(米国)
第9回 3月16日 ハーバート・ビクス(米国)
第10回 3月18日 デイビッド・スズキ(カナダ)
第11回 3月20日 ジョイ・コガワ(カナダ)
第11回 3月21日 ノーマ・フィールド(米国)
Wednesday, April 02, 2014
福島の検診で発見された小児甲状腺がんの男女比は、自然発生型よりもチェルノブイリ型・放射線被ばく型に近い:松崎道幸医師
北海道深川市立病院の松崎道幸医師からの投稿です。 以下松崎氏より。
福島甲状腺がんが被ばくと関連するかどうかを、性比(男女比)で分析したファイル を作りました。
被ばくと関係のない「自然発生」甲状腺乳頭がんは、10代では、男性の5倍以上女性 に発生します。(米国NCIのレポート) ところが、チェルノブイリ型では、2倍程度、医療被ばく型では1倍程度です。 福島の甲状腺がんは1.1~1.6倍ですので、これまでに発見された福島の甲状腺 がん(及び疑い例)は、性比から言うと、自然発生ではなく、チェルノブイリ型、医 療被ばく型に極めて近いのです。 もちろん、いろいろな留保は付けていますが、福島の放射線被ばくとの関係を慎重か つしっかりと監視してゆく必要があると思っています。
(強調はブログ運営者による)
以下でダウンロードできます。
PPT版
http://yahoo.jp/box/gWkAQe
PDF版
http://yahoo.jp/box/8tV1B3
松崎医師は、311直後から、重要な論考や翻訳を当ブログに寄稿しつづけてくれています。過去の関連投稿(14件)はこちらをクリックしてください。

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Tuesday, March 25, 2014
ニューヨークタイムズ「アンネ・フランクからハロー・キティーまで」New York Times - From Anne Frank to Hello Kitty
加藤典洋によるニューヨーク・タイムズの論評を翻訳して紹介する。彼によれば、歴史と正面から対峙することを避け無害化する姿勢はハロー・キティーに象徴され、日本人はアンネ・フランクまでも「かわいい」化して受容してきた。日本の右翼団体がナチスの象徴を多用するようになってきたことは、日本社会に噴出した矛盾に対してこの「かわいい」化がもはや効力を失ってしまったことの現れであると加藤は見る。
From Anne Frank to Hello Kitty
http://www.nytimes.com/2014/03/13/opinion/kato-from-anne-frank-to-hello-kitty.html
[前文・翻訳:酒井泰幸]
加藤典洋
2月の末に、公立図書館の職員が、何百冊もの『アンネの日記』が破損しているのを見つけて警察に通報した。破れた本の中で微笑むアンネ・フランクの引き裂かれた写真という、おぞましい映像が報道された。まだ犯人は特定されていないが[訳注:原文発表当時][1]、器物損壊の続発は、1月に超国家主義団体、在特会のメンバーが集会でナチスの旗を羽織って行進した頃から始まったように見える[2]。
日本の右翼がナチスの象徴を引っぱり出すのは新しい現象である。冷戦の間、彼らは憎悪をソビエト連邦と共産主義に向けたが、最近では中国と韓国、そして次第にアメリカへと注目を移してきた。戦時中の日本同盟国の旗を打ち振るのは、右翼が日本の帝国主義的な過去を遠回しに賛美する方法である。おそらく、図書館でのアンネの日記の破損は同じ感情の表現だったのだろう。
私の見るところでは、これはもっと広い何かの兆候でもある。過去の数十年にわたり、日本は戦時中の歴史に正面から向き合うことを避ける仕組みを作り上げてきた。そこでは、触れるには苦痛が大きすぎることがらを、純粋にきれいで、そして無害なものにすることによって和らげてきた。それはつまり、「かわいく」することだった。しかしこの方法はもはや機能しなくなっているように見える。
「かわいい」という言葉は、小さいとか愛らしいという意味だが、1960年代まで保たれていた旧来の権威主義的な父親像が、当時の社会政治的風土の変化によって奪われてしまった1980年代に、「かわいい」は日本文化の特定の筋で中心的なものになった。何かを「かわいい」化するというのは、自分がその保護者になることで、対象を非敵対化し無力化する一つの方法だった。1988年に一つの有名な例があった。高校生の少女が死期の迫っていた天皇裕仁のことを「かわいい」とコメントし、天皇の戦争責任を不問にしたと伝えられた。ハロー・キティーは、耳にピンクのリボンをつけた白い猫で、日本の「かわいい」文化を究極まで具現化したものである。彼女には背景がなく、口がない。歴史の呪縛から抜け出し、歴史について語ることを止めたいという衝動を、彼女は体現している。
私が数年前に発表した「グッバイ・ゴジラ、ハロー・キティー」[3]というエッセイの中で、ゴジラは日本の戦没者の象徴であり、忘却されつつあることへの怒りを吐き出すために帰ってきたのだと主張した。1954年に最初に作られたゴジラは恐ろしかった。ゴジラは海から現れて、1945年に東京を空襲に来たB-29とほとんど同じ経路をたどり、まだ戦災復興の途上にあった東京を破壊した。しかし50年で28本の続編が作られる間に、まずゴジラは多くの怪獣の中の一つに成り下がり、次に飼い慣らされ、おどけた親ばかの父親を演じた。つまり、ゴジラは「かわいい」化されたのだ。
日本には、「かわいい」化されたアンネ・フランクもある。
1月にイスラエルの新聞ハアレツは、日本でのアンネ・フランクの人気を調査した記事を掲載した[4]。その記事はフランス人ジャーナリストのアラン・リューコウィッツ(Alain Lewkowicz)氏へのインタビューをもとにしている。彼は「マンガの国のアンネ・フランク」[5]という対話型のiPadアプリの作者で、これは写真や対話がちりばめられたマンガ仕立てになっている。アンネ・フランクの物語は日本でいつも人気がある。しかし、彼女がホロコーストを公然と非難し、人種差別に反対する警告を発したと知られているにもかかわらず、日本でのアンネ・フランクは「第二次世界大戦の究極の犠牲者を象徴」していて、アンネと同じように日本人はアメリカによる広島と長崎への原爆投下の犠牲者だと多くの日本人が思っていると、リューコウィッツ氏は主張する。日本は犠牲者なのであって「けっして加害者ではない」のだと彼は言う。
非常に多くの日本人、特に若い世代は、第二次大戦中に日本が行ったことについて驚くほど無知なので、日本人はこのヨーロッパのユダヤ人との「犠牲者の親戚関係」を共有できるのだとリューコウィッツ氏は示唆する。リューコウィッツ氏がハアレツ紙に書いたように、日本人は「自分の軍隊が同じ時代に朝鮮半島や中国で作り出した無数のアンネ・フランクたちのことは考えないのだ。」
この主張には説得力があると私は思うが、ここにあるのはそれ以上のものだ。日本でのアンネ・フランクの受け止められ方は、戦争に端を発する未解決問題を「かわいい」化するもう一つの例である。ハアレツ紙の記事が指摘したように、アンネの日記は、本そのものの翻訳だけでなく、少なくとも4編のマンガ版と3本のアニメ映画を通して、日本での異常なほどの人気を獲得した。そこで語られる物語の少女は、どこから見てもハロー・キティーと同じくらいかわいいのだ。
したがって、東京の図書館でアンネの日記が何百冊も破られた最近の事件は、日本のかわいさの文化が有効性の限界に達したことを示しているのかもしれない。
第二次大戦での敗戦いらい日本の社会が抱え込んできた矛盾は、無視できないほど深くなった。日本のアメリカ依存が終わる見込みはなく、日本が直面する諸問題に対する合理的な政治決着はありそうもないことを人々がとうとう認識し、ニヒリズムの感覚が拡がりつつある。安倍晋三政権の反動的政策は、日本の民主主義が機能していないという感覚を強化してしまった。我々が目にしたくないもの全てが突如として目の前に立ち現れてきた。
アンネの日記に対する醜い仕打ちについて何か前向きなことを言えるとすれば、日本社会が「かわいさ」に別れを告げて、アンネ・フランクとその数え切れない姉妹たちの真の歴史に「ハロー(こんにちは)」を言うように促すかもしれないということだろう。
加藤典洋は文学者で早稲田大学教授。この記事はマイケル・エメリックが日本語から英語に翻訳した[ものを、酒井泰幸が日本語に再翻訳した]。
(終)
訳者による参考リンク
[1] アンネは書いてないと主張=日記めぐり逮捕の男供述-書籍連続破損事件・警視庁
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201403/2014031400895&g=soc
[2] 過激な反中デモに非難殺到!デモ隊がナチス党旗を羽織り、「ジーク・ハイル」と叫ぶ!HP上に「ナチ党旗・ハーケンクロイツは認めます」との記載も!
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-1623.html
[3] Goodbye Godzilla, Hello Kitty - The American Interest 加藤典洋 2006年
http://www.the-american-interest.com/articles/2006/09/01/goodbye-godzilla-hello-kitty/
[4] 戦争被害者として共感?『アンネの日記』日本で人気の理由 イスラエル紙が分析
http://newsphere.jp/world-report/20140208-3/
[5] 「漫画の国のアンネ・フランク」~BDドキュメンタリーとは?~ 漫画、音声、映像、インタビューをコラージュして社会を描く
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201402270029414
http://www.nytimes.com/2014/03/13/opinion/kato-from-anne-frank-to-hello-kitty.html
[前文・翻訳:酒井泰幸]
アンネ・フランクからハロー・キティーまで
2014年3月12日加藤典洋
2月の末に、公立図書館の職員が、何百冊もの『アンネの日記』が破損しているのを見つけて警察に通報した。破れた本の中で微笑むアンネ・フランクの引き裂かれた写真という、おぞましい映像が報道された。まだ犯人は特定されていないが[訳注:原文発表当時][1]、器物損壊の続発は、1月に超国家主義団体、在特会のメンバーが集会でナチスの旗を羽織って行進した頃から始まったように見える[2]。
日本の右翼がナチスの象徴を引っぱり出すのは新しい現象である。冷戦の間、彼らは憎悪をソビエト連邦と共産主義に向けたが、最近では中国と韓国、そして次第にアメリカへと注目を移してきた。戦時中の日本同盟国の旗を打ち振るのは、右翼が日本の帝国主義的な過去を遠回しに賛美する方法である。おそらく、図書館でのアンネの日記の破損は同じ感情の表現だったのだろう。
私の見るところでは、これはもっと広い何かの兆候でもある。過去の数十年にわたり、日本は戦時中の歴史に正面から向き合うことを避ける仕組みを作り上げてきた。そこでは、触れるには苦痛が大きすぎることがらを、純粋にきれいで、そして無害なものにすることによって和らげてきた。それはつまり、「かわいく」することだった。しかしこの方法はもはや機能しなくなっているように見える。
「かわいい」という言葉は、小さいとか愛らしいという意味だが、1960年代まで保たれていた旧来の権威主義的な父親像が、当時の社会政治的風土の変化によって奪われてしまった1980年代に、「かわいい」は日本文化の特定の筋で中心的なものになった。何かを「かわいい」化するというのは、自分がその保護者になることで、対象を非敵対化し無力化する一つの方法だった。1988年に一つの有名な例があった。高校生の少女が死期の迫っていた天皇裕仁のことを「かわいい」とコメントし、天皇の戦争責任を不問にしたと伝えられた。ハロー・キティーは、耳にピンクのリボンをつけた白い猫で、日本の「かわいい」文化を究極まで具現化したものである。彼女には背景がなく、口がない。歴史の呪縛から抜け出し、歴史について語ることを止めたいという衝動を、彼女は体現している。
私が数年前に発表した「グッバイ・ゴジラ、ハロー・キティー」[3]というエッセイの中で、ゴジラは日本の戦没者の象徴であり、忘却されつつあることへの怒りを吐き出すために帰ってきたのだと主張した。1954年に最初に作られたゴジラは恐ろしかった。ゴジラは海から現れて、1945年に東京を空襲に来たB-29とほとんど同じ経路をたどり、まだ戦災復興の途上にあった東京を破壊した。しかし50年で28本の続編が作られる間に、まずゴジラは多くの怪獣の中の一つに成り下がり、次に飼い慣らされ、おどけた親ばかの父親を演じた。つまり、ゴジラは「かわいい」化されたのだ。
日本には、「かわいい」化されたアンネ・フランクもある。
1月にイスラエルの新聞ハアレツは、日本でのアンネ・フランクの人気を調査した記事を掲載した[4]。その記事はフランス人ジャーナリストのアラン・リューコウィッツ(Alain Lewkowicz)氏へのインタビューをもとにしている。彼は「マンガの国のアンネ・フランク」[5]という対話型のiPadアプリの作者で、これは写真や対話がちりばめられたマンガ仕立てになっている。アンネ・フランクの物語は日本でいつも人気がある。しかし、彼女がホロコーストを公然と非難し、人種差別に反対する警告を発したと知られているにもかかわらず、日本でのアンネ・フランクは「第二次世界大戦の究極の犠牲者を象徴」していて、アンネと同じように日本人はアメリカによる広島と長崎への原爆投下の犠牲者だと多くの日本人が思っていると、リューコウィッツ氏は主張する。日本は犠牲者なのであって「けっして加害者ではない」のだと彼は言う。
非常に多くの日本人、特に若い世代は、第二次大戦中に日本が行ったことについて驚くほど無知なので、日本人はこのヨーロッパのユダヤ人との「犠牲者の親戚関係」を共有できるのだとリューコウィッツ氏は示唆する。リューコウィッツ氏がハアレツ紙に書いたように、日本人は「自分の軍隊が同じ時代に朝鮮半島や中国で作り出した無数のアンネ・フランクたちのことは考えないのだ。」
この主張には説得力があると私は思うが、ここにあるのはそれ以上のものだ。日本でのアンネ・フランクの受け止められ方は、戦争に端を発する未解決問題を「かわいい」化するもう一つの例である。ハアレツ紙の記事が指摘したように、アンネの日記は、本そのものの翻訳だけでなく、少なくとも4編のマンガ版と3本のアニメ映画を通して、日本での異常なほどの人気を獲得した。そこで語られる物語の少女は、どこから見てもハロー・キティーと同じくらいかわいいのだ。
したがって、東京の図書館でアンネの日記が何百冊も破られた最近の事件は、日本のかわいさの文化が有効性の限界に達したことを示しているのかもしれない。
第二次大戦での敗戦いらい日本の社会が抱え込んできた矛盾は、無視できないほど深くなった。日本のアメリカ依存が終わる見込みはなく、日本が直面する諸問題に対する合理的な政治決着はありそうもないことを人々がとうとう認識し、ニヒリズムの感覚が拡がりつつある。安倍晋三政権の反動的政策は、日本の民主主義が機能していないという感覚を強化してしまった。我々が目にしたくないもの全てが突如として目の前に立ち現れてきた。
アンネの日記に対する醜い仕打ちについて何か前向きなことを言えるとすれば、日本社会が「かわいさ」に別れを告げて、アンネ・フランクとその数え切れない姉妹たちの真の歴史に「ハロー(こんにちは)」を言うように促すかもしれないということだろう。
加藤典洋は文学者で早稲田大学教授。この記事はマイケル・エメリックが日本語から英語に翻訳した[ものを、酒井泰幸が日本語に再翻訳した]。
(終)
訳者による参考リンク
[1] アンネは書いてないと主張=日記めぐり逮捕の男供述-書籍連続破損事件・警視庁
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201403/2014031400895&g=soc
[2] 過激な反中デモに非難殺到!デモ隊がナチス党旗を羽織り、「ジーク・ハイル」と叫ぶ!HP上に「ナチ党旗・ハーケンクロイツは認めます」との記載も!
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-1623.html
[3] Goodbye Godzilla, Hello Kitty - The American Interest 加藤典洋 2006年
http://www.the-american-interest.com/articles/2006/09/01/goodbye-godzilla-hello-kitty/
[4] 戦争被害者として共感?『アンネの日記』日本で人気の理由 イスラエル紙が分析
http://newsphere.jp/world-report/20140208-3/
[5] 「漫画の国のアンネ・フランク」~BDドキュメンタリーとは?~ 漫画、音声、映像、インタビューをコラージュして社会を描く
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201402270029414
Sunday, March 16, 2014
歴史は復讐する:ノーム・チョムスキーが語る、日本、中国、アメリカと、アジア紛争の脅威
言語学者ノーム・チョムスキーが3月初めに講演のため来日した。彼は「沖縄の海兵隊基地建設にむけての合意への非難声明」の呼びかけ人の一人でもある。ここに紹介するのは来日に先立って行われたインタビューである。英字紙「ジャパン・タイムズ」に2月22日掲載されたものをインタビュアーのデイヴィッド・マクニール氏が加筆し、前文をつけて「アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス」に3月2日掲載されたものの和訳を紹介する。
The Revenge of History: Chomsky on Japan, China, the United States, and the Threat of Conflict in Asia
http://www.japanfocus.org/events/view/211
(翻訳:酒井泰幸)
ノーム・チョムスキー
デイヴィッド・マクニールとの対談
前文(デイヴィッド・マクニール)
マクニール 日本とのつながりについて聞かせてください。
チョムスキー 私は1930年代に日本が満州国と中国ではたらいた凶悪な犯罪のことを読み、それ以来日本に興味を持ってきました。1940年代はじめに、10代の若者だった私は、人種差別主義的かつ好戦的愛国主義的な反日プロパガンダのヒステリー[病的興奮]に、すっかり顔色を失いました。ドイツ人は、邪悪だとはいえ、いくらかの敬意をもって扱われていました。彼らは何といっても金髪のアーリア人種で、我々の想像上の自己像と同じでした。日本人は単なる害虫で、蟻のように踏み潰されるべき者たちでした。日本の都市の焼夷弾爆撃についての報道から十分に認識できたことは、多くの意味で原子爆弾よりも悪質な、重大な戦争犯罪が進行中であるということでした。
マクニール 広島への原爆投下とそのアメリカ人の反応にあまりの衝撃を受けたため、その場を離れて独りで喪に服さなければならなかったという話を、私は以前お聞きしましたが…、
チョムスキー そうです。1945年8月6日に、広報スピーカーで広島への原爆投下が発表されたとき、私は子供の夏キャンプにいました。みんなはそれを聞きましたが、その後すぐに野球や水泳などの活動に戻っていきました。一言のコメントも無く。私は、その恐ろしい出来事とそれへの無反応の両方にショックを受け、ほとんど言葉を失いました。それで?ジャップがもっと焼け死んだのさ。アメリカだけが原爆を持っているから、それはいいぞ、僕たちは世界を支配できて、みんなが幸せになるんだ。
私は強い嫌悪感を持ちつつも戦後処理を見続けていました。私が現在していることを、もちろん当時の私が予見することはできませんでしたが、愛国的なおとぎ話を打ち崩すのに十分な情報は得られました。私が初めて日本に旅したのは50年前のことで、妻子と一緒でした。個人的に「ベ平連」(ベトナムに平和を!市民連合)の人々に会いはしましたが、純粋に言語学のための訪日でした。それ以来何度も日本に来ていますが、いつも言語学の研究が目的でした。世界が燃えさかっているときでさえ、会話やインタビューが言語学の関連分野だけに絞られているというのは、私が訪れた多くの国々の中で日本だけだという事実は、私にとって本当に衝撃的なのです。
マクニール あなたは今回、歴史的転換点となりうる時に来日されます。政府は、日本は国外の脅威に「もっと柔軟に」対応しなければならないと主張して、日本の60年にわたる平和主義的な姿勢に対し重大な挑戦を開始する準備をしています。中韓両国との関係は毒々しいものになり、戦争さえも話題に上るようになりました。私たちは憂慮すべきなのでしょうか?
チョムスキー 断じて憂慮すべきです。平和主義的な姿勢を捨てるのではなく、世界を鼓舞するモデルとして日本はそれを誇りに思うべきですし、率先して「戦争の惨害から将来の世代を救」うという国連の目標を支持するべきです。この地域が直面する困難は本物ですが、必要なのは政治的和解と平和的な関係の確立に向けたステップなのであって、そう遠くない昔に破滅的だと判明したような政策への回帰ではありません。
マクニール でも、具体的にはどのように政治的和解を達成できるのでしょうか?私たちがアジアで直面している状況は、国家主義がぶつかり合い、非民主的国家が台頭し、その軍事支出は不透明で、衰退しつつある大国との関係で今に何か起こるにちがいない。これが意味するものについてはますます恐ろしい。このような状況での歴史的前例は、良いものではありません。
チョムスキー ここに本当に重要な問題があるのですが、この質問は少し違う観点で整理すべきだと思います。中国の軍事支出はアメリカが注意深く監視しています。実際に増大していますが、アメリカの軍事費に比べればほんの僅かですし、アメリカ側には同盟諸国の軍事支出もあります(中国にはありません)。じっさい中国は、太平洋での対中封じ込めラインを突破しようと目論んでいます。それが中国の通商と太平洋への自由な出入りに欠かせない水域への中国の支配を制限しているからです。これが戦闘の火種となりうるのですが、その相手は自国の権益がからむ地域勢力もありますが、主としてアメリカです。もちろんアメリカは、自国に僅かでも匹敵し、さらに世界支配を主張するような国の存在を考慮に入れることは決してありません。
アメリカは「衰退しつつある大国」で、衰退は1940年代後半から続いているのですが、現在も覇権国として並ぶものはありません。アメリカの軍事支出は世界の他国を全部合わせたものに相当しますし、技術も遙かに進んでいます。何百もの軍事基地を世界中に張り巡らせ、世界で最も膨張的なテロ作戦を実行するなど、他の国なら夢見ることさえできないでしょう。オバマの無人機が行う暗殺作戦とはまさにそういうことなのです。そしてもちろんアメリカには、侵略と政権転覆を行ってきた残忍な歴史があります。
これらが、政治的和解を模索するうえで本質的な条件とすべきものです。具体的には、中国の国益はこの地域の他国と同様に認知されるべきです。しかし覇権国の支配を受け入れることは正当化できません。
マクニール 日本の「平和主義」憲法の問題として認識されるものの一つは、それがあまりにも事実と一致していないということです。日本はアメリカの核の傘のもとで行動し、何十もの米軍基地と何万ものアメリカ兵を国内に擁しています。これは憲法9条の平和主義的な理想を実現したものと言えるでしょうか?
チョムスキー 日本の行動が正当で合憲な理想と矛盾するかぎり、行動を変えるべきです。理想を変えるのではありません。
マクニール 安倍晋三首相が二度目の首相の座へ返り咲いて以来の動きは追っていますか?彼を批判する人々は彼のことを超国家主義者と呼んでいます。支持者たちによれば、教育基本法と、1947年の平和主義憲法、日米安保条約という、アメリカの戦後占領の産物である時代遅れとなった日本の3つの憲章を、彼は時代に合うように更新しようとしているだけだと言うことになります。あなたはどうご覧になりますか?
チョムスキー 日本は、ラテン・アメリカなどの国々に続いてアメリカの支配を払拭し、世界でのより自立した役割を追求するほうが有意義です。しかし、安倍の超国家主義(私はこの言葉が正確だと思うのですが)とは実質的に反対の方法で自立を追求するべきです。特に平和主義憲法は、固守すべき占領の遺産です。
マクニール ナチス・ドイツと中国の台頭を比較して、どう思われますか?日本の国家主義者がこのような比較をするのをたびたび耳にしますが、最近フィリピン大統領ベニグノ・アキノも同様の発言をしました。中国の台頭は、しばしば日本が軍事力の自制を解くための理由として語られます。
チョムスキー 中国は台頭しつつある勢力で、「屈辱の世紀」を打ち捨てて地域・世界情勢に影響力を及ぼそうとしています。いつもながら、このような展開には負の側面や、時には脅威となる側面があるものです。しかしナチス・ドイツにたとえるのは馬鹿げたことです。2013年末に発表された国際世論調査で、どの国が「世界平和にとって最大の脅威であるか」という質問に対し、アメリカは他のどの国よりもずっと上位にランクされ、中国の4倍の得票でした。そのことに注目してはどうですか。この判断には確固たる理由があります。いくつかは先に述べました。それでも、アメリカをナチス・ドイツになぞらえるのは完全に馬鹿げたことでしょうし、なおのこと中国には該当しません。中国は、暴力や政権転覆などの介入に訴えることがずっと少ないのです。
中国とナチス・ドイツの比較は全くヒステリー[病的興奮]です。アメリカが第二次世界大戦後にイギリスから世界の支配者という役割を引き継いで大幅に拡大して以来このかた、世界中で行ってきていることを、ほんの僅かでも日本の読者は知っているのだろうかと思います。
マクニール 中国・日本・韓国を中心に絡み合いアジア全体へと拡がる貿易の力学に基づいて、アジアの地域主義が出現する可能性を予見する人々もいます。このような取り組みがアメリカの覇権と国家主義の両方に打ち克つことができるとしたら、それはどのような条件の下でということになるでしょうか?
チョムスキー それは単に可能というだけでなく、もう存在しているのです。近年の中国の急成長は周辺の産業先進国からの高度な部品や設計といったハイテク支援に非常に大きく依存しています。そしてアジアの他の地域もまた、このシステムに結び付きつつあります。アメリカはこのシステムの重要な一部分で、西ヨーロッパもそうです。アメリカは、高度な技術を含む生産設備を中国に輸出し、最終製品を輸入します。どちらも膨大な規模です。中国での付加価値はまだ低いですが、それは中国が技術の段階を登るにつれて増加していくでしょう。適切に対処するなら、これらの展開は、深刻な紛争を避けたいのであれば必須となる、全般的な政治的和解に結びつくことでしょう。
マクニール 最近の尖閣諸島を巡る緊張で、中国と日本の間に軍事紛争の脅威が高まりました。論評者の多くは、その結果の膨大さと、2つの経済大国を結びつけている金融・貿易の深い繋がりを考えれば、まだ戦争にはなりそうもないと考えています。あなたはどのようにご覧になりますか?
チョムスキー 現在起こっている対立は極めて危険です。係争中の地域に中国が防空識別圏を宣言したこと、アメリカがこれを即座に侵犯したことも同様です。恐ろしい破壊能力を持つ国家の場合は特に、火遊びは賢明な方針ではないということを、歴史は確かに我々に教えてきました。小さな事件が急速にエスカレートし、経済的な繋がりなど圧倒してしまうかもしれません。
マクニール この全てにおいて、アメリカの役割は何でしょうか?アメリカ政府は中国との紛争に引き込まれたくないことは確かなように見えます。オバマ政権は、安倍の歴史観と、日本の歴史修正主義の要である靖国神社に彼が参拝したことに気を害しているとも聞いています。しかしアメリカを「信頼できる仲介者」と呼ぶことなど到底無理ですね…。
チョムスキー 無理です。アメリカが中国を軍事基地で包囲しているのであって、その逆ではありません。アメリカと中国が互いに相手の姿勢を自らの基本的権益に対する脅威と認識する状態を、アメリカの戦略分析家は、この地域の「古典的な安全保障のジレンマ」と表現しています。問題なのは米国が、自国直近のカリブ海やカリフォルニア沿岸の海域ではなく、遠く離れた中国沿岸海域までをも支配しようとしていることです。アメリカにとっては、世界支配が「核心的権益」なのです。
鳩山首相がアメリカ政府に背いて沖縄住民の大多数の意思に従ったとき、彼がどうなったかを思い出してみてはどうでしょうか。ニューヨーク・タイムズが報じたように、「鳩山由紀夫首相は日曜日[2010年5月23日]に、憤慨する沖縄住民を前に、主要な選挙公約を果たせなかったことを謝罪して、アメリカと当初合意していたとおり米空軍基地の沖縄本島北部への移設を決定したことを告げた。」彼の「降伏」は(これは適切な表現なのですが)、アメリカからの強い圧力の結果でした。
マクニール 中国はいま、日本や、南シナ海のフィリピン、ベトナムとの領土紛争に巻き込まれ、係争中の国境線上に防空識別圏も設定しています。これら全てのケースで、アメリカは直接間接に関与しています。これらは、中国の拡張主義の事例として理解すべきなのでしょうか?
チョムスキー 中国は地域影響力を拡大しようと目論んでいますが、これは世界の覇権国と認められたい従来からのアメリカの要求と矛盾し、地域勢力の権益とも矛盾します。「中国の拡張主義」という表現は正確ですが、圧倒的なアメリカの世界支配に照らし合わせれば、むしろ誤解を招くものです。
第二次世界大戦後初期を思い出してみると役に立ちます。アメリカの世界統治計画では、アジアはアメリカの支配下にあるのが当然と見なしていました。中国の独立はこのような意図に対する深刻な打撃でした。これを、アメリカの議論では「中国の喪失」と呼びます。「中国の喪失」は誰の責任かという問題は、マッカーシズムの台頭を始めとする主要な国内問題になりました。この用語自体が隠れた意味を物語っています。私は自分の財布を喪失する(失う)ことはできますが、私があなたの財布を喪失することはできません。アメリカの議論が暗黙の前提にしていたのは、中国は正当なアメリカの所有物だということです。この覇権的概念と醜い歴史に相応の注意を払わずに「拡張主義」という言葉を使うことには用心すべきです。
マクニール 沖縄について、辺野古に新たな米軍基地の建設を進める本土政府と、先月圧倒的多数で基地に反対する市長を再選した沖縄住民との間に、大きな衝突が起きる舞台は整ったように見えます。これがどのように展開するか、何かお考えはありますでしょうか?
チョムスキー 米軍基地の受け入れは沖縄県民が圧倒的多数で反対していますが、これを強制する安倍政権の嘆かわしい努力を拒絶した、名護市民と稲嶺進市長の勇気には、感服するほかありません。そして本土政府が即座に名護の民主的決断を踏みにじったことは、これまでの圧力にも増して、恥ずべきことです。その展開がどうなるか、私には予測することができません。しかしそれは、民主主義の運命と平和の将来に重大な影響を与えるでしょう。
マクニール 安倍政権は、原発を再活性化し停止中の日本の原子炉を再稼働しようとしています。支持者たちは、原子炉を休ませておけばエネルギー・コストと化石燃料使用量の大幅増加という代償を払うことになると言います。反対者たちは危険が大きすぎると主張します…。
チョムスキー 原子力全般の問題は単純ではありません。いまだ終息とは程遠い福島原発事故の後、原子力がどれほど危険かを強調する必要はほとんどありません。化石燃料の使用を続ければ遠くない将来に全地球的な大災害となる恐れがあります。賢明な道は、現在ドイツが行っているように、持続可能なエネルギー源にできるだけ早く移行することです。他の道はどれも想像すらできないほど破滅的です。
マクニール 原子力が地球を過熱から救う唯一の道だと主張するジェームズ・ラブロックやジョージ・モンビオなど熱心な環境保護論者の著作はご存じだと思います。短期的には、そのような分析はある程度当てはまるように見えます。日本の原発災害の直接的影響の一つは、石炭、天然ガス、石油の輸入が大幅に増加したことです。短期間で十分な再生可能エネルギー源を作って気候変動の暴走を食い止めることなど、我々には不可能なのだと彼らは主張します。
チョムスキー 確かに、このような見方にもいくらかの利点はあります。より正確に言えば、核廃棄物処分のような、極度の危険と未解決の問題の数々をともなう原発に、限定的に短期間依存しなければいけないことが、持続可能エネルギーを迅速かつ大規模に開発するきっかけになるのなら、このような考え方にある程度の利点はあるかもしれません。このような持続可能エネルギー開発こそ、最優先にすべきで、非常に急を要します。破局的な環境破壊という重大な脅威は遠い未来のことではないからです。
(この文章は、2014年 2月22日のジャパン・タイムズに掲載された記事を加筆したものである。)
The Revenge of History: Chomsky on Japan, China, the United States, and the Threat of Conflict in Asia
http://www.japanfocus.org/events/view/211
(翻訳:酒井泰幸)
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| ノーム・チョムスキーと、デイヴィッド・マクニールの息子 |
歴史は復讐する:ノーム・チョムスキーが語る、日本、中国、アメリカと、アジア紛争の脅威
ノーム・チョムスキー
デイヴィッド・マクニールとの対談
前文(デイヴィッド・マクニール)
1930年代から40年代にかけて、政治的な立場のまだ定まっていなかった若き日のノーム・チョムスキーが大きく影響を受けたのは、世界恐慌と、世界戦争に向けて容赦なくゆっくりと滑り落ちていくように見える情勢であった。あらゆる側面で、好戦的愛国主義と、人種差別主義、残虐性が、堰を切ったようにあふれ出したことに彼は狼狽したが、住んでいたフィラデルフィアから見るかぎりでは、アメリカは日本人に対する敵意が特別の高みに達するのを差し控えていたように見えた。アメリカ政府が1945年の夏に広島への原爆投下をもって空襲による一般市民の大量殺戮に終止符を打ったとき、16歳だった彼は、彼の周りで繰り広げられる祝賀会に深い疎外感を覚え、その喧噪を離れて近くの森に歩み入り、ひとり喪に服した。「このことは誰にも話せませんでしたし、他の人たちの反応を決して理解することはできませんでした」と彼は語った。「私は完全な孤立を感じました。」
その後の20年間で、チョムスキーは輝かしい学問的業績をものにし、常識破りの学説をいくつも発表して言語学の研究を一変させた。ベトナム戦争の間に、彼は不承不承ながら別の顔を持つようになり、アメリカ外交政策の容赦ない批評家として、世界中に知られるようになった。以来、彼が知的生活のほとんどを費やしてきたのは、アメリカの「まやかしの自己像」と彼が呼ぶものや、幾重にも重ねられた自己弁護とプロパガンダを、剥ぎ取っていくことだった。それらは、アメリカが地球上いたる所で行う露骨な権力と利潤の追求に用いているものだと、彼は言う。チョムスキーは多くの主流派コメンテーターとは異なり、ベトナムの泥沼は単なる逸脱ではなく帝国拡大の避けられない結果だと見ていた。
連合国が戦後に東京とニュルンベルクで行った戦犯裁判の法律が、もしも公正に適用されたなら、「戦後アメリカの大統領は全員絞首刑だったはずだ」と、チョムスキーは彼の最も有名な宣言の一つで語った。この大統領免責の先例は彼の青年時代に作られた。東京への焼夷弾爆撃と、広島・長崎への原爆投下は戦争犯罪なのだが、それはただ我々の戦争犯罪でなかったというだけなのだと、彼は指摘した。「戦争犯罪とは、こちら側が向こう側に対してはどんな時でも問えるが、向こう側がこちら側に対しては問えない罪のことである。」
今年85歳で、今も世界中で演説家として引く手あまたのチョムスキーが、先ごろ来日した。折しも、第二次大戦の歴史の亡霊が再び出現し、危険なまでに不安定になった日中関係を脅かしている。安倍晋三首相は、日本の戦後政治の枠組みの変革を推し進める意図を持っていることを示唆した。平和憲法を再解釈する試みは、日本の戦争犯罪の歴史についてのダブル・スピーク[印象操作のための婉曲語法]の乱発と歩調を合わせたもので、中韓その他のアジア諸国を憤慨させた。東アジアで再び戦争が起きるという、かつては考えられもしなかった可能性が、いま主流の議論の中に入ってきた。その可能性はまだ遠くにあるように見えるが、チョムスキーが東京へ出発する前に行われたこの対談で指摘するように、「歴史が教えているのは、恐ろしい破壊能力を持つ国家の場合は特に、火遊びは賢明な方針ではないということなのだ。」彼は別の道についても思いを巡らせる。衰退しつつあるとはいえ依然として危険なアメリカの軍事力に、べったりと依存することから脱却した、平和で繁栄するアジアの基礎となりうる、躍動する地域経済の発展である。
マクニール 日本とのつながりについて聞かせてください。
チョムスキー 私は1930年代に日本が満州国と中国ではたらいた凶悪な犯罪のことを読み、それ以来日本に興味を持ってきました。1940年代はじめに、10代の若者だった私は、人種差別主義的かつ好戦的愛国主義的な反日プロパガンダのヒステリー[病的興奮]に、すっかり顔色を失いました。ドイツ人は、邪悪だとはいえ、いくらかの敬意をもって扱われていました。彼らは何といっても金髪のアーリア人種で、我々の想像上の自己像と同じでした。日本人は単なる害虫で、蟻のように踏み潰されるべき者たちでした。日本の都市の焼夷弾爆撃についての報道から十分に認識できたことは、多くの意味で原子爆弾よりも悪質な、重大な戦争犯罪が進行中であるということでした。
マクニール 広島への原爆投下とそのアメリカ人の反応にあまりの衝撃を受けたため、その場を離れて独りで喪に服さなければならなかったという話を、私は以前お聞きしましたが…、
チョムスキー そうです。1945年8月6日に、広報スピーカーで広島への原爆投下が発表されたとき、私は子供の夏キャンプにいました。みんなはそれを聞きましたが、その後すぐに野球や水泳などの活動に戻っていきました。一言のコメントも無く。私は、その恐ろしい出来事とそれへの無反応の両方にショックを受け、ほとんど言葉を失いました。それで?ジャップがもっと焼け死んだのさ。アメリカだけが原爆を持っているから、それはいいぞ、僕たちは世界を支配できて、みんなが幸せになるんだ。
私は強い嫌悪感を持ちつつも戦後処理を見続けていました。私が現在していることを、もちろん当時の私が予見することはできませんでしたが、愛国的なおとぎ話を打ち崩すのに十分な情報は得られました。私が初めて日本に旅したのは50年前のことで、妻子と一緒でした。個人的に「ベ平連」(ベトナムに平和を!市民連合)の人々に会いはしましたが、純粋に言語学のための訪日でした。それ以来何度も日本に来ていますが、いつも言語学の研究が目的でした。世界が燃えさかっているときでさえ、会話やインタビューが言語学の関連分野だけに絞られているというのは、私が訪れた多くの国々の中で日本だけだという事実は、私にとって本当に衝撃的なのです。
マクニール あなたは今回、歴史的転換点となりうる時に来日されます。政府は、日本は国外の脅威に「もっと柔軟に」対応しなければならないと主張して、日本の60年にわたる平和主義的な姿勢に対し重大な挑戦を開始する準備をしています。中韓両国との関係は毒々しいものになり、戦争さえも話題に上るようになりました。私たちは憂慮すべきなのでしょうか?
チョムスキー 断じて憂慮すべきです。平和主義的な姿勢を捨てるのではなく、世界を鼓舞するモデルとして日本はそれを誇りに思うべきですし、率先して「戦争の惨害から将来の世代を救」うという国連の目標を支持するべきです。この地域が直面する困難は本物ですが、必要なのは政治的和解と平和的な関係の確立に向けたステップなのであって、そう遠くない昔に破滅的だと判明したような政策への回帰ではありません。
マクニール でも、具体的にはどのように政治的和解を達成できるのでしょうか?私たちがアジアで直面している状況は、国家主義がぶつかり合い、非民主的国家が台頭し、その軍事支出は不透明で、衰退しつつある大国との関係で今に何か起こるにちがいない。これが意味するものについてはますます恐ろしい。このような状況での歴史的前例は、良いものではありません。
チョムスキー ここに本当に重要な問題があるのですが、この質問は少し違う観点で整理すべきだと思います。中国の軍事支出はアメリカが注意深く監視しています。実際に増大していますが、アメリカの軍事費に比べればほんの僅かですし、アメリカ側には同盟諸国の軍事支出もあります(中国にはありません)。じっさい中国は、太平洋での対中封じ込めラインを突破しようと目論んでいます。それが中国の通商と太平洋への自由な出入りに欠かせない水域への中国の支配を制限しているからです。これが戦闘の火種となりうるのですが、その相手は自国の権益がからむ地域勢力もありますが、主としてアメリカです。もちろんアメリカは、自国に僅かでも匹敵し、さらに世界支配を主張するような国の存在を考慮に入れることは決してありません。
アメリカは「衰退しつつある大国」で、衰退は1940年代後半から続いているのですが、現在も覇権国として並ぶものはありません。アメリカの軍事支出は世界の他国を全部合わせたものに相当しますし、技術も遙かに進んでいます。何百もの軍事基地を世界中に張り巡らせ、世界で最も膨張的なテロ作戦を実行するなど、他の国なら夢見ることさえできないでしょう。オバマの無人機が行う暗殺作戦とはまさにそういうことなのです。そしてもちろんアメリカには、侵略と政権転覆を行ってきた残忍な歴史があります。
これらが、政治的和解を模索するうえで本質的な条件とすべきものです。具体的には、中国の国益はこの地域の他国と同様に認知されるべきです。しかし覇権国の支配を受け入れることは正当化できません。
マクニール 日本の「平和主義」憲法の問題として認識されるものの一つは、それがあまりにも事実と一致していないということです。日本はアメリカの核の傘のもとで行動し、何十もの米軍基地と何万ものアメリカ兵を国内に擁しています。これは憲法9条の平和主義的な理想を実現したものと言えるでしょうか?
チョムスキー 日本の行動が正当で合憲な理想と矛盾するかぎり、行動を変えるべきです。理想を変えるのではありません。
マクニール 安倍晋三首相が二度目の首相の座へ返り咲いて以来の動きは追っていますか?彼を批判する人々は彼のことを超国家主義者と呼んでいます。支持者たちによれば、教育基本法と、1947年の平和主義憲法、日米安保条約という、アメリカの戦後占領の産物である時代遅れとなった日本の3つの憲章を、彼は時代に合うように更新しようとしているだけだと言うことになります。あなたはどうご覧になりますか?
チョムスキー 日本は、ラテン・アメリカなどの国々に続いてアメリカの支配を払拭し、世界でのより自立した役割を追求するほうが有意義です。しかし、安倍の超国家主義(私はこの言葉が正確だと思うのですが)とは実質的に反対の方法で自立を追求するべきです。特に平和主義憲法は、固守すべき占領の遺産です。
マクニール ナチス・ドイツと中国の台頭を比較して、どう思われますか?日本の国家主義者がこのような比較をするのをたびたび耳にしますが、最近フィリピン大統領ベニグノ・アキノも同様の発言をしました。中国の台頭は、しばしば日本が軍事力の自制を解くための理由として語られます。
チョムスキー 中国は台頭しつつある勢力で、「屈辱の世紀」を打ち捨てて地域・世界情勢に影響力を及ぼそうとしています。いつもながら、このような展開には負の側面や、時には脅威となる側面があるものです。しかしナチス・ドイツにたとえるのは馬鹿げたことです。2013年末に発表された国際世論調査で、どの国が「世界平和にとって最大の脅威であるか」という質問に対し、アメリカは他のどの国よりもずっと上位にランクされ、中国の4倍の得票でした。そのことに注目してはどうですか。この判断には確固たる理由があります。いくつかは先に述べました。それでも、アメリカをナチス・ドイツになぞらえるのは完全に馬鹿げたことでしょうし、なおのこと中国には該当しません。中国は、暴力や政権転覆などの介入に訴えることがずっと少ないのです。
中国とナチス・ドイツの比較は全くヒステリー[病的興奮]です。アメリカが第二次世界大戦後にイギリスから世界の支配者という役割を引き継いで大幅に拡大して以来このかた、世界中で行ってきていることを、ほんの僅かでも日本の読者は知っているのだろうかと思います。
マクニール 中国・日本・韓国を中心に絡み合いアジア全体へと拡がる貿易の力学に基づいて、アジアの地域主義が出現する可能性を予見する人々もいます。このような取り組みがアメリカの覇権と国家主義の両方に打ち克つことができるとしたら、それはどのような条件の下でということになるでしょうか?
チョムスキー それは単に可能というだけでなく、もう存在しているのです。近年の中国の急成長は周辺の産業先進国からの高度な部品や設計といったハイテク支援に非常に大きく依存しています。そしてアジアの他の地域もまた、このシステムに結び付きつつあります。アメリカはこのシステムの重要な一部分で、西ヨーロッパもそうです。アメリカは、高度な技術を含む生産設備を中国に輸出し、最終製品を輸入します。どちらも膨大な規模です。中国での付加価値はまだ低いですが、それは中国が技術の段階を登るにつれて増加していくでしょう。適切に対処するなら、これらの展開は、深刻な紛争を避けたいのであれば必須となる、全般的な政治的和解に結びつくことでしょう。
マクニール 最近の尖閣諸島を巡る緊張で、中国と日本の間に軍事紛争の脅威が高まりました。論評者の多くは、その結果の膨大さと、2つの経済大国を結びつけている金融・貿易の深い繋がりを考えれば、まだ戦争にはなりそうもないと考えています。あなたはどのようにご覧になりますか?
チョムスキー 現在起こっている対立は極めて危険です。係争中の地域に中国が防空識別圏を宣言したこと、アメリカがこれを即座に侵犯したことも同様です。恐ろしい破壊能力を持つ国家の場合は特に、火遊びは賢明な方針ではないということを、歴史は確かに我々に教えてきました。小さな事件が急速にエスカレートし、経済的な繋がりなど圧倒してしまうかもしれません。
マクニール この全てにおいて、アメリカの役割は何でしょうか?アメリカ政府は中国との紛争に引き込まれたくないことは確かなように見えます。オバマ政権は、安倍の歴史観と、日本の歴史修正主義の要である靖国神社に彼が参拝したことに気を害しているとも聞いています。しかしアメリカを「信頼できる仲介者」と呼ぶことなど到底無理ですね…。
チョムスキー 無理です。アメリカが中国を軍事基地で包囲しているのであって、その逆ではありません。アメリカと中国が互いに相手の姿勢を自らの基本的権益に対する脅威と認識する状態を、アメリカの戦略分析家は、この地域の「古典的な安全保障のジレンマ」と表現しています。問題なのは米国が、自国直近のカリブ海やカリフォルニア沿岸の海域ではなく、遠く離れた中国沿岸海域までをも支配しようとしていることです。アメリカにとっては、世界支配が「核心的権益」なのです。
鳩山首相がアメリカ政府に背いて沖縄住民の大多数の意思に従ったとき、彼がどうなったかを思い出してみてはどうでしょうか。ニューヨーク・タイムズが報じたように、「鳩山由紀夫首相は日曜日[2010年5月23日]に、憤慨する沖縄住民を前に、主要な選挙公約を果たせなかったことを謝罪して、アメリカと当初合意していたとおり米空軍基地の沖縄本島北部への移設を決定したことを告げた。」彼の「降伏」は(これは適切な表現なのですが)、アメリカからの強い圧力の結果でした。
マクニール 中国はいま、日本や、南シナ海のフィリピン、ベトナムとの領土紛争に巻き込まれ、係争中の国境線上に防空識別圏も設定しています。これら全てのケースで、アメリカは直接間接に関与しています。これらは、中国の拡張主義の事例として理解すべきなのでしょうか?
チョムスキー 中国は地域影響力を拡大しようと目論んでいますが、これは世界の覇権国と認められたい従来からのアメリカの要求と矛盾し、地域勢力の権益とも矛盾します。「中国の拡張主義」という表現は正確ですが、圧倒的なアメリカの世界支配に照らし合わせれば、むしろ誤解を招くものです。
第二次世界大戦後初期を思い出してみると役に立ちます。アメリカの世界統治計画では、アジアはアメリカの支配下にあるのが当然と見なしていました。中国の独立はこのような意図に対する深刻な打撃でした。これを、アメリカの議論では「中国の喪失」と呼びます。「中国の喪失」は誰の責任かという問題は、マッカーシズムの台頭を始めとする主要な国内問題になりました。この用語自体が隠れた意味を物語っています。私は自分の財布を喪失する(失う)ことはできますが、私があなたの財布を喪失することはできません。アメリカの議論が暗黙の前提にしていたのは、中国は正当なアメリカの所有物だということです。この覇権的概念と醜い歴史に相応の注意を払わずに「拡張主義」という言葉を使うことには用心すべきです。
マクニール 沖縄について、辺野古に新たな米軍基地の建設を進める本土政府と、先月圧倒的多数で基地に反対する市長を再選した沖縄住民との間に、大きな衝突が起きる舞台は整ったように見えます。これがどのように展開するか、何かお考えはありますでしょうか?
チョムスキー 米軍基地の受け入れは沖縄県民が圧倒的多数で反対していますが、これを強制する安倍政権の嘆かわしい努力を拒絶した、名護市民と稲嶺進市長の勇気には、感服するほかありません。そして本土政府が即座に名護の民主的決断を踏みにじったことは、これまでの圧力にも増して、恥ずべきことです。その展開がどうなるか、私には予測することができません。しかしそれは、民主主義の運命と平和の将来に重大な影響を与えるでしょう。
マクニール 安倍政権は、原発を再活性化し停止中の日本の原子炉を再稼働しようとしています。支持者たちは、原子炉を休ませておけばエネルギー・コストと化石燃料使用量の大幅増加という代償を払うことになると言います。反対者たちは危険が大きすぎると主張します…。
チョムスキー 原子力全般の問題は単純ではありません。いまだ終息とは程遠い福島原発事故の後、原子力がどれほど危険かを強調する必要はほとんどありません。化石燃料の使用を続ければ遠くない将来に全地球的な大災害となる恐れがあります。賢明な道は、現在ドイツが行っているように、持続可能なエネルギー源にできるだけ早く移行することです。他の道はどれも想像すらできないほど破滅的です。
マクニール 原子力が地球を過熱から救う唯一の道だと主張するジェームズ・ラブロックやジョージ・モンビオなど熱心な環境保護論者の著作はご存じだと思います。短期的には、そのような分析はある程度当てはまるように見えます。日本の原発災害の直接的影響の一つは、石炭、天然ガス、石油の輸入が大幅に増加したことです。短期間で十分な再生可能エネルギー源を作って気候変動の暴走を食い止めることなど、我々には不可能なのだと彼らは主張します。
チョムスキー 確かに、このような見方にもいくらかの利点はあります。より正確に言えば、核廃棄物処分のような、極度の危険と未解決の問題の数々をともなう原発に、限定的に短期間依存しなければいけないことが、持続可能エネルギーを迅速かつ大規模に開発するきっかけになるのなら、このような考え方にある程度の利点はあるかもしれません。このような持続可能エネルギー開発こそ、最優先にすべきで、非常に急を要します。破局的な環境破壊という重大な脅威は遠い未来のことではないからです。
(この文章は、2014年 2月22日のジャパン・タイムズに掲載された記事を加筆したものである。)
ノーム・チョムスキー教授の講演会は2014年3月5日、6日に上智大学で開催された。
“The Architecture of Language Reconsidered”「言語の構成原理再考」
“Capitalist Democracy and the Prospects for Survival”「資本主義的民主制の下で人類は生き残れるか」
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