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Wednesday, August 13, 2025

2025年、広島・長崎原爆投下の日につぶやいたこと My X Posts on Hiroshima and Nagasaki Days, 2025

8月6日の広島、8月9日の長崎の式典を見ながら投稿したことをシェアします。

広島の式典を見ながら:原爆投下により「一瞬で、当たり前の日常が壊された」という歴史観を子どもが語っていた。「この世界の片隅に」的な「平和」教育の結果かな?原爆投下前が「当たり前の日常」だったって。日本が70年余にわたり侵略、植民地支配、占領していた国々の人たちーー家族を殺され、尊厳を奪われ、傷ついた人たちーーは、とうに「当たり前の日常」など失っていた。強制連行された人たち、性奴隷にされた人たち、連合軍捕虜たちは故郷に帰ることだけを夢みてその日一日を生きのびていた。「ヒロシマ」の日、せめて、「当たり前の日常」がすでに奪われていた人たちに、思いを馳せてほしい。この式典からは完全に存在を消されている人たちに。

 https://x.com/PeacePhilosophy/status/1953152511365530082

子どもは大人の価値観を反映するにすぎません。この子どものスピーチは典型的な日本人の大人の「ヒロシマ語り」をなぞっているにすぎません。この子どもに罪があるわけではありません。

子どものいうことに何を言うか、と叱って来るような人がいますが、わたしはたまたまその子どもからこの言葉が出たのを見かけたのでこのコメントをしただけで、これは広島や日本のどこにでもある「ヒロシマ語り」です。「物資は足りずとも幸せに日常を過ごしていた罪なき人たちの上に突然落ちた原爆」という非歴史的なかたりです。広島の資料館もきほん、この語りに沿っています。被爆者の証言もほとんどはこの語りです。

「長崎の日」の投稿もここに共有します。

 

 

2025年8月9日「早朝集会」より。

以下が、集会で読み上げた、長崎人権平和資料館理事長の崎山昇さんによる「メッセージ」です。


日本時間で8月14日は、大日本帝国のポツダム宣言受諾、つまり降伏が連合国で公表された日です。Victory Over Japan Day, VJ デイ とも言われます。日本が降伏文書に調印した日、9月2日をVJデイとする国や地域もありますし、中国とロシアは、降伏翌日の9月3日を対日戦勝記念日として祝います。

@PeacePhilosophy 

Tuesday, August 05, 2025

タイとカンボジア紛争の背景にある米国の関与:ブライアン・バーレティック氏の解説 Brian Berletic: U.S. Involvement in the Thailand-Cambodia Conflict (Japanese Translation)

このサイトでも紹介したことがある軍事・国際情勢アナリスト、ブライアン・バーレティック氏はタイ在住で、東南アジア諸国にたいする米国の内政介入に特に詳しい人です。今回のカンボジアとタイの衝突についての歴史的・政治的背景を解説している動画が大変役に立つものと思い、AIの力を借りてここに翻訳しました。これは、やはりこのサイトで紹介したことがあるグレン・ディーセン氏のチャネルで7月28日に公開された動画です。タイとカンボジアはマレーシアの仲介で29日に停戦協定が発効しました。8月4日の報道によると、「マレーシアは4日、タイとカンボジアの国防当局者をクアラルンプールに招き、停戦発効後も緊張状態が続く両国の国境問題を協議した」とあります。7日までの会議で、米国や中国の代表も最終日に加わる見通しであると。死者数についてはタイ国軍によるとこれまでタイ側で32人、カンボジア政府によるとカンボジアは少なくとも13人、とあります。引き続き注視が必要です。
(注:話し言葉で、冗長な部分などは割愛してあります。太字強調はブログ運営者によるものです。翻訳はアップ後修正することがあります。)

ブライアン・バーレティック氏の YouTube チャネルはここです。Xアカウントはここ。
 
ディーセン:ブライアン・バーレティックさんにご出演いただいています。元アメリカ海兵隊員であり、地政学アナリスト、そして動画チャンネル「The New Atlas」のホストでもあります。番組へようこそ、おかえりなさい。現在タイにお住まいですが、タイとカンボジアの間の国境紛争について、私自身も含め多くの人が十分に理解できていないのが現状です。この地域には二国間の緊張、または紛争がありますが、これにはよくあるような大国の関心があり、そうした大国はしばしばこのような地元の紛争を自国の利益のために利用することがあります。まず、この紛争の根本的な原因について説明してくれますか?この紛争は寺院を巡るものとして語られることが多いですが、どうなのでしょう?

バーレティック:これは国境を巡る争いです。その根源はフランスの植民地主義にあります。フランスは、世界中でイギリスと同様に、将来的な分断や紛争を引き起こすような「時限爆弾」を無責任にもしかけ、あるいは意図的に地図に描いて植民地から撤退しました。そして、タイとカンボジアの国境には係争地域が存在します。そこには古代の寺院があり、それ自体が争われている上に、寺院周辺の領土も争われています。これは、この問題が長年にわたり国際機関に持ち込まれてきたためです。西側諸国の機関が国際機関を装って関与してきました。彼らの判断は、国境紛争という未解決の「時限爆弾」を維持するため、意図的に曖昧にされてきました。そのため、寺院はカンボジアのものと認識され、寺院の周辺地域はタイのものと認識されるという状態になっています。このことから、これがいかに意図的に仕組まれ、放置されてきたかが分かります。本気で問題を解決しようとしている人間であれば、このような状況を残すことはなかったはずです。

しかしながら、今起きている紛争の理由はこれではありません。この問題は、1900年代初頭から存在する国境問題です。そして、特に21世紀に注目すべきですが、長い間、この地域は対立の原因ではありませんでした。この地域では、紛争よりも平和がはるかに多く保たれてきました。紛争が発生するのは、非常に特定の時期に限られます。それは、アメリカがタイに親米政権を樹立しようとしているとき、あるいはアメリカが支援する政権が排除されようとしているときに限って起こるようです。この国境問題に加えて、タイ南部における非常に醜い分離主義暴力、そして全米民主主義基金(NED)によって資金提供された団体による国内からの圧力があります。こうした要因が国内に圧力を生み出しています。アメリカは、タイに思い通りの対応を取らせたいとき、こうしたさまざまな圧力ポイントを使い始めます。

ここを理解しなければなりません。アメリカが完全に支配している国も存在します。たとえばウクライナは、アメリカの権力の延長そのものです。一方で、アメリカの影響力がほとんど及ばない国もあります。それはロシアや中国のような国です。そして、その間に位置する国々があります。アメリカがある程度の影響力を持つものの、国内には自国の主権を守ろうとする制度や政党、特定の利害関係者が存在している国です。アメリカの影響が入り込んでくることに対し、それを内側から押し返しているのです。タイは、まさにそのような国の一つです。軍、王室、そしてタイとその主権を守ろうとする特定の企業や利害関係者が存在しています。

アメリカは、それに対抗するため、政治的な野党グループや政党を育ててきました。現在、アメリカが支援しているのは、2人の億万長者が率いる2つの大きな政党です。タクシン・チナワット氏とタナトーン・ジュンルンルアンキット氏です。この2人の億万長者を政権に就け、タイ全体を支配させ、中国との非常に親密で成長している関係を断ち切らせようとしています。そして、フィリピンを中国に対する破壊の槌にしたように、ウクライナをロシアに対する破壊の槌にしたように、タイを中国に対する破壊の槌に変えようとしているのです。

ここを理解しなければいけません。単純に「カンボジアは中国の武器を使っているから中国の支援を受けている」「タイはF-16を使っているからアメリカの支援を受けている」というような構図ではありません。実際のところ、現時点では両国とも中国と親密な関係を持っています。両国とも中国から武器を購入しており、親密な関係にあります。ただし、タイと中国の関係はアメリカとの関係よりもはるかに大きく、また、カンボジアと中国の関係よりもはるかに深いものです。

ディーセン: それでは、タイの内部の仕組みとはどのようなものなのでしょうか?アメリカの影響力はどれほど強いのですか?それは主にNGOを通じたものなのか、それとも直接的なビジネス上の利益や、特定の政治指導者への資金提供などによるものなのでしょうか?影響力の源はどこにあるのでしょうか?

バーレティック: はい、それは「全米民主主義基金(NED)」および「USAID(米国国際開発庁)」によるものです。これらは、誤解されがちですが、資金が打ち切られたり解体されたりしたということはなく、いまだに台湾でも活動を続けています。彼らはアメリカが支援する政党に対して、政治的な支持ネットワークを構築しています。つまり、NEDを通じてアメリカはメディアネットワークを作り上げましたし、教育システムにもNEDの資金を通じて介入しています。そのため、メディアと教育に対して非常に強い影響力を持っているのです。そして、政治的な野党グループにも何百万ドルという資金を注いでいます。

タクシン・チナワット氏は、現在のタイの連立政権における事実上の与党の指導者である億万長者であり、また、タイ議会で野党として大きな勢力を持つタナトーン・ジュンルンルアンキット氏も関わっています。ただ、「事実上の」と申し上げたのは、タイ軍がここ数年、アメリカの傀儡となっているこれらの人物を排除しようとしてきたからです。2006年にはタクシン氏を追放するクーデターがありましたし、2014年には彼の妹を追放するためのもう一つのクーデターがありました。今では彼の娘が首相を務めていますが、彼自身がすべてを違法に運営していることは明白です。西側メディアはあまりこの点には触れません。

アメリカは情報空間および政治空間を通じて介入を行っているのです。タイ軍は独立した機関であり、タイ全体に対する完全な政治支配に対する抑制と均衡(チェック・アンド・バランス)の役割を果たしています。そのため、越えてはならない一線が存在します。そして、それが現在の国境問題が激化した原因なのです。

タクシン・チナワット氏、その娘は、タイ国民が同意しておらず議論する機会すら与えられていない領土に関する譲歩を、カンボジア政府に対し行おうとしていました。タイ軍はそのような領土の譲歩を受け入れるつもりはまったくありませんでした。その結果、かれらはカンボジアと共謀して、タイ軍が紛争を戦わざるを得ないような状況に追い込んだのです。これは戦う必要のない無意味な紛争です。

2008年ー2011年にも同様の状況がありました。タイの、いわゆる「ディープ・ステート」が、このアメリカ支援による政権を排除しようとした時期です。そして突然、暴力が激化しました。これはタクシン・チナワット氏とカンボジア政府の間で調整されたものです。フン・セン氏は現在カンボジア上院の議長であり、その息子がカンボジアの首相を務めています。彼らはタクシン・チナワット氏および彼の政治組織と親しい家族ぐるみの友人関係であり、政治的同盟者でもあります。

一部では、両者の間に亀裂があるとの主張もありますが、2008年および2011年には非常に親密な関係にあり、実際に暴力も発生しました。いずれにせよ、このタイミングは非常に疑わしく、アメリカが他国で使っている戦略と非常によく似たものをタイにも適用しているように見えます。

私は以前、「ランド研究所」が発表した“Extending Russia(ロシアへの圧力拡大)”という政策文書について話したことがあります。そこでは、地政学的、経済的、社会的、あらゆる面でロシア周辺に圧力をかける手段が挙げられていました。彼らは同じことをタイのような他国にも行っているのです。ただ、それがアメリカとロシアの対立ほど広く報道されていないだけなのです。

ディーセン:さて、アメリカと中国の主要な地政学的、あるいは地経済的な競争関係を考えたとき、アメリカがこの文脈でタイを必要とする主な目的とは何でしょうか?

バーレティック:アメリカが特別にタイだけを必要としているというわけではありません。アメリカは東南アジア全体を必要としているのです。それは、ヨーロッパをロシアに対抗するための「道具」に変えたのと同じように、東南アジアを中国に対抗する「道具」にしようとしているのです。フィリピンでは、その目的をすでに達成しています。もし標的となる国、たとえばタイの西にあるミャンマーのような国を政治的に掌握できない場合には、暴力的な混乱を引き起こして、その国をほぼ機能不全の状態にし、中国と貿易したり投資を受けたり、「一帯一路」構想のインフラ整備に参加したりするような、建設的なパートナーとして使えないようにするのです。これがアメリカが東南アジア全体に対して、そしてここタイに対しても採用している戦略です。

ディーセン:ところで、これまでに判明している被害の規模や死傷者について、どのような情報がありますか? どちらか一方が優勢になっているのでしょうか? タイの方が軍事的にはある程度優位に見えますよね。少なくとも軍隊の規模や技術的な――つまり装備面で――タイの方が強そうに見えますが、現地の状況は実際どうなっていて、この衝突が長期化する可能性はどれくらいあるのでしょうか。

バーレティック:歴史的に見て、こうした衝突は長く続くことはあまりありません。ただ、今回の件はかなり深刻で、激しさも増しています。ご存知のとおり、タイはカンボジアよりもずっと大きな国です。人口はカンボジアの4倍、軍隊の規模はおよそ3倍で、戦力的には3〜5倍強いです。GDPはカンボジアの12倍です。タイには約7,000万人の人々が住んでおり、カンボジアには約1,700万人が住んでいます。ですから、数の上ではタイが圧倒的に有利です。軍事力を数字で見れば、タイに大きく傾いていると言えます。とはいえ、タイ軍としては事態をエスカレートさせたくないのです。そもそも、この紛争には半ば巻き込まれる形で関与させられましたし、カンボジアに対しても非常に抑制的に対応しています。

ただし、民間人の死傷者はタイ側の方が多いです。というのも、カンボジアが使用しているのはBM21と呼ばれる多連装ロケットシステムで、いわゆるグラッド・ロケットです。これらは誘導機能を持たない無誘導ロケットで、広範囲に被害を与える兵器です。つまり、特定の標的に正確に当てることはできず、あるエリアを狙って撃ち込むことで、そのエリア内のすべてが破壊され、人々が傷つき、命を落とすという性質のものです。カンボジアはこれを主に使用しており、タイ側はそれに対して、ロケット発射機を狙った反撃(カウンターバッテリー攻撃)を行っています。

国境沿いでは陣地戦が展開されており、両軍とも塹壕を築いて戦っています。そのため、タイ側の民間人の死傷者の多くはこうした戦闘によって出ており、一方でカンボジア側の軍人の死傷者は、タイが行う砲撃や空爆によってロケット発射機を狙った攻撃によるものです。そして再び言いますが、カンボジア側が無差別にロケットを撃ち込んでいるため、それが一般市民の家を直撃しています。7イレブンやガソリンスタンド、さらには病院2カ所がこのロケット攻撃で甚大な被害を受けている映像も確認されています。10万人以上の人々が避難を余儀なくされ、実質的には難民キャンプへ移動しています。

具体的な数字で言うと、私が最後に確認した時点では、タイ側で死亡した民間人は14人でした。カンボジア側は死者数について公式に発表していませんが、軍人の損失については報告しており、その中には過去数日間のうちに死亡した将官も含まれています。ですので、民間人の死傷者については、カンボジアの無差別なロケット攻撃によってタイ側が大きく偏って多くなっているようです。軍人の死傷者に関してはカンボジア側の方が多いと見られます。実際の戦闘や領土の奪い合いについては、現在のところ膠着状態にあるように見えます。

ディーセン:そうですね。あなたが再投稿していたBBCの報道についての投稿ですが、カンボジアへの空爆を取り上げながら、タイへの攻撃の写真を添えていましたよね。ちょっと興味深い印象操作だと思いました。でも、アメリカ以外の欧米諸国はこの紛争にどのような立場を取っているのでしょうか?アメリカと同じくらい深く関与しているのでしょうか?

バーレティック:この段階では、それを判断するのは難しいですね。ご存じの通り、西側メディアはよく情報操作を行います。たとえば、「アラブの春」の初期にも、多くの西側メディアはそれ以前に国務省と協力して抗議活動の準備を進めていたにもかかわらず、いざ抗議が始まると何も知らなかったかのように装っていました。そういう例はたくさんあります。

今回の件でも、西側メディア全体で「タイはアメリカの支援を受けており、カンボジアは中国の支援を受けている」とするような物語(ナラティブ)が形成されつつあるのを感じます。中には「カンボジアが先に攻撃した」と報道しているところもあり、それによってこの攻撃が中国の支援によるものだと示唆しようとしているのです。そしてさらに、タイの人口密集地域への無差別ロケット攻撃も利用されて、中国が関与しているという印象を強めようとしているようです。

つまり、混乱を招こうとしているわけです。彼らは状況を整理して説明することはしていません。広い視野で全体像を捉えようとしていません。タイ国内に存在する軍と文民政府の対立構造にも触れていません。アメリカがこの文民政府、つまりある大富豪とその政治勢力を、21世紀の初めからずっと支援してきたという事実にも言及しません。彼(タクシン・チナワット)は2001年にはすでに首相を務めていて、当時からアメリカは全面的に彼を支持していました。

ですから、状況は非常に混沌としており、人々が理解するのは難しいと思います。だからこそ私は、たとえ情報量が多くても、こうした背景を投稿して共有しているのです。人々にはこの背景を理解してもらう必要があります。

これは、たとえばウクライナのように、アメリカの代理勢力とロシアとの明確な代理戦争になっているケースよりも、もう少し複雑です。そして目的も少し曖昧でわかりにくい。私が思うに、アメリカはただ単に「対立を生み出したい」だけなのです。そうすればこの地域全体が停滞します。

今はアジア全体が、中国とともに協力しながら一緒に成長しつつある時期です。私たちは、米国務省の「国務省歴史部門(Office of the Historian)」のウェブサイトで、無数の政策文書を読むことができますが、そこには文字通り「アジアを貧しいままに保つことが我々の目標だ」と書かれているのです。では、それをどうやって実現するのでしょうか?内部に介入し、国の内部を分断し、隣国との対立を煽る――まさにそれが今起きていることであり、アメリカがこの地域で使っている戦略なのです。

ディーセン:それで、これはタイでは実際うまくいっているのでしょうか?タイの人々はこれをどう見ているのでしょうか?もちろん、全員を代表して語るのは難しいとは思いますが、メディアではどのように描かれているのでしょうか?アメリカが言うように「中国が支援するカンボジア」という構図で伝えられ、それが中国に対する否定的な感情をあおっているのでしょうか?それとも、アメリカが黒幕だと見られているのでしょうか?この紛争は主にカンボジアとタイの二国間の争いとして見られているのでしょうか?それとも自国の政治的指導者の欠陥として見ているのでしょうか?タイ側ではこの問題はどう受け止められているのですか?

バーレティック:良い質問ですね。私は、この紛争は二国間の争いとして見られていて、タイ国民とカンボジア国民の間に分断を生んでいると思います。それは両国においてそうです。私は両国のメディアをチェックしていますが、そこでは互いの国に対する敵意を煽るような意図的な報道が見受けられます。これは、中国にとっても、アジア全体にとっても地域の進展を妨げるものであり、こうした紛争の意図された目的の一つです。

タイには、現在の政府がアメリカに支援されていることを知っている人が多数います。実際、最近そのアメリカ支援の現政府に対して抗議デモが起きました。多くの人がニュースを見て「これはNED(全米民主主義基金)に支援された抗議なのか?」と思ったかもしれませんが、そうではなく、NEDに支援された政党が政権を握っていることに反対する人々によるデモなのです。

タイではNEDの支援による「カラー革命」が起きてきました。そして、それに対するタイ側の「カウンター・カラー革命」も存在します。ですから、抗議活動を見るときには、誰が誰なのか、何が起きているのかをきちんと整理することがとても重要です。

この問題にはもっと深い背景があることを理解している人は、タイ国内に相当数存在します。もちろん、カンボジア政府も今回の事態を引き起こすうえで役割を果たしたのは確かですが、タイの現政権もそれに加担していると見ているのです。だから、国民がこの政府を一丸となって支持しているわけではありません。

いずれにせよ、たとえば7-イレブンでタイ人が焼き殺されるような出来事や、ただ人生を始めようとしていた若者たちが犠牲になるような無意味で回避可能だったはずの紛争を目の当たりにすれば、人々が激怒するのも当然です。

ディーセン:さて、現在は停戦協議が行われており、マレーシアで会合が開かれています。これはおそらく、マレーシアがASEANの議長国を務めているためだと思われます。ただ、どちらの側にもこの戦争を長期化させることで得るものがあまりなさそうに見える中で、この協議はどの程度前に進んでいるのでしょうか?

バーレティック:そうですね。最終的には、タイ軍が「非公式な拒否権」を持っていると思います。つまり、もし軍が「軍事的に何かを達成する必要がある」と感じていれば、戦闘を継続するでしょう。そして軍はこの文民政府とは対立しています。そもそもこの文民政府には正統性がありません。というのも、これは外国勢力によって構築され、権力の座に据えられた政権だからです。

その文民政府の代表者たちがマレーシアに出席しています。あなたの言う通り、それはマレーシアがASEANの議長国であるためです。中国の代表者も参加していますが、アメリカの代表者もいます。そして、人々は疑問に思うべきです。「なぜ中国がいるのか?」それは当然です。中国はこの地域の国ですから。しかし、「なぜアメリカがそこにいるのか?」人々はなぜアメリカがこの協議に招かれ、席を得ているのかを自問すべきです。それは非常に怪しく、そして非常に意味深いことです。

私は、これまでと同様に、この問題は最終的には二国間で解決されると思います。しかし、それはそもそもこの対立を引き起こした目的が何であったかにかかっています。もしアメリカや、彼らが権力に据えた傀儡政権、あるいはカンボジアのフン・センと結んだ何らかの取引の目的がまだ達成されていないとすれば、マレーシアでの協議がどうなろうと、事態は続く可能性があります。ですので、私たちはこの件について非常に注意深く見守る必要があります。

ディーセン:なるほど。トランプ氏もこの件に関与しており、両国に停戦を受け入れるよう呼びかけていますね。ただ、実際に何が起きているのかはいつも少し不透明です。彼はインドとパキスタンの紛争を止めたと自画自賛していますが、私がインドやパキスタンから聞いた話では、彼はまったく関与していなかったようです。ですから、すべては話半分に聞くべきかもしれませんが、それでもアメリカの現在の立場はどうなのでしょうか?アメリカはこの対立を緩和しようとしているのでしょうか?あるいは、実際にこの紛争を終わらせるために何をしているのでしょうか?

バーレティック:ええ、アメリカが支援している政党を見てみると、現在与党となっている政党[注:プアタイ党]と野党になっている政党[注:人民党]の2つがあります。彼らはこれらを意図的に分けて「グッドコップ・バッドコップ(良い警官・悪い警官)」戦術のように使っており、現在政権にある方はより穏健で、タイの国益と歩調を合わせようとする姿勢を見せています。もう一方の政党は軍と王室の打倒を望んでいます。そうしてアメリカは自分たちのアジェンダを進めようとしているのです。

野党側のアメリカが支援する政党は「ピープルズ・パーティー(人民党)」と呼ばれています。トランプ大統領が発言をした途端、彼らもすぐにその発言を繰り返し、「この紛争は終わらせるべきだ。アメリカとの貿易関係を守らなければならない」と主張しました。そして、関税交渉を急いで進めたいと考えています。

しかし、私たちが他国との事例で見てきたように、アメリカが提示する関税交渉というのは実質的には「恐喝」です。一方的な条件で、アメリカだけが恩恵を受け、相手国には何の利益もありません。アメリカの製品に対する関税はそのままで、相手国はあらゆる貿易障壁を撤廃しなければならず、アメリカからの輸入品に対して自国の基準すら適用できないのです。

タイに対して今言われているのは、「この紛争を早く片付けて、その貿易交渉を進めろ」ということです。つまり、意図的かどうかは別として、この紛争はその貿易交渉から国民の関心をそらす「目くらまし」として機能しています。そして、この関税交渉は、紛争が起きているのと同時進行で強引に進められており、正当な議論や抗議の機会すら与えられていないのです。

ディーセン:それで、中国の役割はどうなのでしょうか?マレーシアでの和平協議の写真を見ていて面白いと思ったのは、アメリカと中国が後ろの席に並んで座っていたことです。ですが、この一連の出来事において中国はどのような立場にあるのでしょうか?というのも、中国はブロック政治のような野心を持っていないわけですよね。では、彼らはここでどのような貢献をしているのでしょうか?

バーレティック:断定するのは難しいですが、中国はいつもどおりの立場を取っています。どちらか一方に肩入れすることはなく、両国に対して「戦闘をやめて和解するように」と呼びかけています。中国の基本的なメッセージは、「二国間で解決すべきだ」というものです。西側諸国が支配するような国際機関や組織に頼ろうとはしていません。

このような協議の場に中国が出席しているのを見るのは当然のことです。なぜなら、これはアジアで起きている問題であり、中国はアジア最大の、そして最も影響力のある国だからです。しかも、この問題は彼らに直接影響します。なぜなら中国はタイとカンボジアの両国と貿易を行っており、タイでは「一帯一路」のインフラ整備を進めており、近年はカンボジアとも関係を強化してきたからです。

このような衝突は、そうした経済活動にとって障害となります。ですから中国の関心は、この対立を解決し、平和と安定を取り戻すことにあります。そうすれば、すべての国が協力して繁栄を追求するという本来の道に戻ることができるのです。

ディーセン:ところで、中国はタイで何を失うリスクがあるのでしょうか?今のところ中国の一帯一路全体の中で、タイはどれほど重要な位置を占めているのでしょうか?

バーレティック:まずタイと中国の関係について全体像をお伝えします。多くの人がこの関係について誤解しています。中国はタイにとって最大の輸出入相手国であり、年によっては最大の投資国でもあります。また、タイを訪れる観光客の中で最も多いのは中国人で、西側諸国すべてを合わせた数よりも多いのです。その次に多いのもアジア諸国からの観光客です。

ですから、タイと中国は二国間関係だけでなく、地域の安定にも強い関心を持っています。というのも、両国の経済はそれに大きく依存しているからです。また、高速鉄道の建設も進められており、数年前からすでに建設が始まっています。バンコクには新しい「グランド・セントラル駅」が建設され、これはその高速鉄道の第一段階の終着駅となります。この路線は、すでに運行しているラオスの高速鉄道と接続される予定です。ラオスはタイの北の隣国であり、これが完成すればバンコクからラオス経由で中国の高速鉄道網とつながることになります。

F-16戦闘機を見て、「アメリカ製の兵器を使っているじゃないか」と言う人もいますが、ここ10年でタイは中国製の兵器や軍需品をはるかに多く購入しており、中国と共同で兵器の開発まで行っています。これは通常、アメリカが他国とは行わないことです。

タイは、旧式のアメリカ製装備を中国製の新しい装備に置き換えてきました。たとえば主力戦車、歩兵戦闘車、装甲兵員輸送車、防空システム、艦船、そして高速鉄道などです。また、タイにとって初の現代型ディーゼル電気潜水艦となる予定だった潜水艦契約もありました。

しかし、これらすべてに反対しているのが、アメリカに支援された政党です。タクシン・チナワット氏に支援された政党と、もう一人の大富豪であるタナトーン・ジュンルンルアンキット氏の政党です。

特に後者のタナトーン氏は、タイ・中国間の高速鉄道計画に公然と反対しています。彼はこのプロジェクトは中止すべきだと発言し、存在しない「ハイパーループ」構想を提唱しています。彼は明確に「タイは中国に近づきすぎている。もっとアメリカ、ヨーロッパ、日本とバランスを取るべきだ」と主張しています。しかし、それらの国々は中国が提供しているような機会にまったく匹敵するものを持っていません。

ですから、タイと中国の関係は非常に大きく、今も拡大しています。そして現在のタイとアメリカの関係よりもはるかに深く、重要なものです。カンボジアと中国の関係と比べても、タイの方が人口やGDP、政治体制の観点からずっと大きな意味を持っています。カンボジアは一つの家族が国を支配しており、抑制と均衡(チェック・アンド・バランス)の仕組みも存在しません。その結果が国の様子にも如実に表れています。

ですから、これは現在、21世紀の現実に即したタイと中国の関係を正しく理解するための概要になると思います。多くの人がまだ、50年前のベトナム戦争の頃にタイがアメリカ軍を駐留させていた時代の認識のまま止まっているのです。

ディーセン:これが最後の質問ですが、これまでの経緯や関係する当事者たち、過去の流れを踏まえて、今後の展開はどうなると見ていますか?比較的早く収束すると思われますか?それとも、タイを中国から切り離すというような目標がある程度達成される可能性はあると思いますか?

バーレティック:これもやはり簡単には言えません。というのも、これはアメリカの戦略の一部として、どのような目的を持って動いているのかに大きく左右されるからです。

通常、タイ側はアメリカの圧力をある程度理解しており、軍としても平和と安定、そして現状に近い形へと戻すために、何らかの譲歩をせざるを得なくなると思います。そして、軍もこうした譲歩は「長期的に見れば時間はタイや東南アジア、ひいては中国を含むアジア全体の味方である」という考えのもとで行うと思います。

短期的にはアメリカに譲歩したとしても、長期的には状況が今の方向性で進めば、それらを逆転させることができると考えているのです。

もしこの対立が続くとすれば、それはアメリカがそれを望んでいるからか、あるいはアメリカがカンボジアを説得した結果かもしれません。というのも、カンボジアはこの作戦を開始する前に数週間をかけて準備していたからです。

今回の件は、過去の対立よりもずっと深刻です。どこまでエスカレートするかは予測が難しい状況です。多くの点で、これは2008年にジョージアがロシアの平和維持部隊を攻撃し、それを利用してアメリカがロシアに圧力をかけ不安定化させようとした構図に似ています。

願わくば、これが数日中に終わることを望んでいます。しかし、今日の地政学的状況は前例がなく、世界がアメリカ主導の体制から離れていく中であるため、今後どうなるかは引き続き注視していかなければなりません。

(以上)

参考投稿

「全米民主主義基金(NED)のファクトシート」

「全米民主主義基金(NED)とは何か、そして何を行っているのか」


Sunday, August 03, 2025

落合栄一郎さん講演:「ヒロシマ・ナガサキ」80年:「核時代」を語る Dr. Eiichiro Ochiai Explains Why Nuclear Power Won't Solve the Climate Problem: 80 Years Since Hiroshima and Nagasaki -- Reflecting on the Nuclear Age

8月27日追記:以下の講演の録画をアップします。多くの方に広めてください。

  

 

カナダ9条の会主催・Peace Philosophy Centre 共催
第二次世界大戦終結80年 ハイブリッド講座(Zoom&会場)


「ヒロシマ・ナガサキ」80年:「核時代」を語る

講師:落合栄一郎
(ジュニアータカレッジ名誉教授) 

司会:乗松聡子(カナダ9条の会)


開催日:
 日本時間 8月23日(土)午前10時―12時
(カナダでは8月22日(金)バンクーバー時間午後6時―8時;
トロント・モントリオール時間午後9-11時)


申し込み:以下のURLより「登録」をお願いします。
https://us02web.zoom.us/meeting/register/lqXSIvgnSliz_WjdP-63Bg

第二次世界大戦終結80年の夏。当時、アジア太平洋全域に拡張していた大日本帝国ファシズムに対する勝利が明白であったときに米国は敢えて原爆を使用し、民間人の大量殺戮を行いました。あれから80年。人類は、核兵器競争と核実験、「原発」つまり核発電により世界中に「ヒバクシャ」が大量生産される「核時代」にあります。化学者の立場から長年「核と人間は共存できない」と訴えてきた落合栄一郎氏を迎え、「核時代」をともに考えましょう。とくに、「原発こそ、気候危機を乗り越えるのに有用だ」という観念を、問題として取り上げます。世界中からどなたでもご参加いただけます。
 
★バンクーバーでの会場参加をご希望の方は article9canada@gmail.com にメールください。
★言語は日本語です。(ズームの自動字幕機能が使えます)登録した人には事後に録画配信リンクを送ります。

問い合わせ先:article9canada@gmail.com

落合栄一郎プロフィール:
1936年東京生まれ。ペンシルバニア州のジュニアータカレッジ名誉教授。東京大学工業化学科卒、同大博士課程修了、工学博士。カナダ、アメリカ、スウェーデン、ドイツなどの大学で化学の研究教育に携わる。現在はカナダ・バンクーバー在住。『放射線被ばくの全体像:人類は核と共存できない』(明石書店、2022)、『放射能と人体: 細胞・分子レベルから見た放射線被曝』(講談社、2014)他、日本語、英語での著書多数。




Saturday, March 11, 2017

原発事故6年経過にあたって:矢ケ崎克馬 6 Years After Fukushima Nuclear Disaster: Katsuma YAGASAKI

「311」6周年です。琉球大学名誉教授の矢ケ崎克馬氏が、3月11日、那覇市立牧志駅前ほしぞら公民館で行った講演の内容を紹介します。これと同様の内容の記事が、『琉球新報』文化面で、3月9日、10日2回にわたって連載されました。


原発事故6年経過に当たって

矢ケ崎克馬

原発事故以来6年。故郷の復興は被災者にとって切実な願いです。現在「原子力緊急事態宣言」が解かれない(高線量である)まま「復興」「帰還」が進められています。「避難指示解除区域」「居住制限区域」等が次々と解除され、指示区域外避難者(自主避難者)の避難を保証する住宅無償提供がこの3月で打ち切られます。復興のために放射能について語ることを「風評被害」とし、「食べて応援(農水省)」の大合唱が行われています。反面、放射能による健康被害は公的データとしては「一切ない」ことにされています。

この6年間の事故関連の事態の進み方をどのようにとらえるべきでしょうか?

事実を正直に伝え、「一人一人を大切にする」民主主義の政治・行政がどのように展開したでしょうか?


避難者のみなさんへ

避難者の皆さん
お元気ですか?
もうすぐ3.11六周年です。

皆さん、
たくさん苦労されましたね。
良く頑張りましたね。
本当にお疲れ様でした。

女性を中心として「命を守るため」の避難行動が、日本を変える力を育てつつあります。勿論男性も同じです。

政治的系列に従うのではなく、市民本位の新しいタイプの市民運動が生まれました。例えば毎週金曜日行動など、今も継続しています。オールXXというような課題に応じた市民中心の組織も生まれました。政策で一致する野党連合もつい最近35年ぶりに活力を取り戻しました。
自分の意志を自分で決める、新しい日本を導く原動力が働くから貴重です。

スピーディー(注:SPEEDI=緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)を隠し、安定ヨウ素剤の投与を「パニックを招く」と中止し、「ただちに健康被害は出ません」、「100ミリシーベルト以下は、健康被害はありせん」、「100ベクレル/キログラムは安全です」等々と、避難させまいとする保革勢力の大合唱の中を、皆さんは避難を毅然として決意しました。

命を守るために自らがきっちりと結論を出し、避難に踏み切ったのです。

これはものすごい決断でした。いろいろなしがらみや経済事情や意見の不一致などがありました。

生活基盤を投げ捨てなければならなかった。家族も友達も地域も、絆を断ち切らなければならなかった。

そんな状況で命を守ることをしなければならなかった。それを自らの力でやり切った。その状況の中での決断の勇気に敬意を称します。命を守るための選択を自らの意志として決めたのです。

日本の夜明けを呼び覚ます本当に価値ある決断だったと思います。特に女性にとって周囲を押し切って行動する障壁はとても高かったと思います。女性の社会的地位をジェンダーギャップ指数に見ると、144ヶ国中、日本は111位です。この環境の中で良くやり切ったものです。

残留された方々も耐え難い苦渋をなめられたと思います。国が、「出費のかさむ避難」は許そうとしないで、年間20ミリシーベルトまでの重汚染地域内に留めた人々の内部被曝軽減の措置もしませんでした。

代わりに「安全」大合唱と「科学的に100ミリシーべルト以下は被害が無い」と、ICRP(国際放射線防護委員会)さえ言わない嘘まで大宣伝。「風評被害:放射能を語ること」を社会的に禁止してしまいました。

国が行う「国の都合の良い」支配に従うことは多くの苦痛を生みます。健康被害も生活維持も自己責任とされる中で、避難の願望も「絆」で覆われ、避難した人たちとの軋轢も生まれました。

今「帰還」「復興」の掛け声の中で長期的な被曝がますます気になります。

住民同士の「ぬちどぅ宝」の共通理解を作り出しながら、支え合う生き方ができ、国の棄民策を排除する力を作り上げる課題が残ります。

フクシマは「知られざる核戦争(矢ヶ崎克馬命名。核の被害隠しのために権力が民衆に対して行う戦争のこと:欧州放射線リスク委員会によれば7千万人の犠牲者が隠蔽されている)」の戦争遂行の真っただ中です。政治権力が住民の「大地を守る」「故郷を守る」悲願を利用して、「核の被害隠し」の核戦争を強行しています。棄民そのもの。その様相は「大東亜戦争」遂行の社会再現。「革新」政党と呼ばれている政党すら放射能能公害には目をつむり一言も言及しません。報道陣の統制も徹底されています。「復興」「風評被害」「食べて応援」一辺倒。まさに挙国一致です。昔の「お国の為に命を捧げます」は、今は「復興の為に犠牲はやむを得ない」。人と人が支え合う『絆』は、弱音監視、異端の排除に道を開きます。戦争のできる美しい国、国に従う美しい民を作り出すのが「知られざる核戦争」の目標であり成果なのです。

そんな中で、住民は命を守らなければならないのです。その願いを捨てさせてしまえばまさに「大東亜戦争の再現」です。

美しい故郷。懐かしいふるさと。
帰りたい。でも帰れない。

耐え抜いて、生き抜いて、ちゃんと人権を主張して。
棄民政策を打ち破るしかない。
逞しくいきましょう。


健康被害とそれを認知させまいとする政治

放射能についての基本的視点に絞り6年を振り返りたいと思います。

ーー放射能の影響としての健康被害はなかったのか?(事実確認)
「ただちに健康への影響は出ません」、「100ミリシーベルト以下の健康被害は他の健康被害に隠されてしまい、認められていません」等々の大宣伝がなされました。本当でしょうか?

(A)小児甲状腺がん
まず、福島県の小児甲状腺がんについて検討します。2017年2月20日に公表された最新の福島県民健康調査報告書によるとがん罹患者は合計184人になりました。

相変わらず「事故との関係は認められていません」という見解が発表されています。事故との関係はないという見解にはいくつかの理由が挙げられています。

①「潜伏期間が短すぎる」
米国立科学アカデミーによれば、小児甲状腺がんの最短潜伏期間は1年とされます。潜伏期間が4年としても半数は4年より短期で確率的に現れるものです。福島県内の小児甲状腺がんの発生は決して短過ぎることはありません。

②「チェルノブイリとフクシマでは被曝線量が違い過ぎる」
日本では放射線医学総合研究所が行った空間線量率測定用の簡易サーベイメータによる、1080 人のデータがもとになっています。この測定方法では科学的に甲状腺被曝線量を測定したとは認められないもので、福島は線量が低いということさえ根拠がありません。ウクライナでは約13 万人の子供が甲状腺の直接測定を受けているのと対照的です。日本では100ミリシーベルト以下は障害が現れないと神話を作り出し、前記のずさんなデータがすべて100ミリシーベルト以下であるのを根拠としています。しかしウクライナの小児甲状腺がんの半数以上(51.3%)が100ミリシーベルト以下であるという事実も、日本の方が被曝線量が低いという根拠を否定しています。

③「スクリーニング効果で普通なら発見されない潜在がん患者を見つけている」
そのように主張した山下俊一氏は自らの調査結果に反する「虚言」を弄しているのです。彼自身の調査によると、チェルノブイリ事故の時に生まれていた小児と、事故後に生まれた小児、それぞれ1万人ほどをスクリーニング調査した結果、甲状腺がんの患者が前者では31人、放射性ヨウ素で被曝していない子供はスクリーニングしても患者はゼロだったことを報告しています(1998年)。この結果は福島のがん患者発見がスクリーニング効果だということを完全に否定しています。

④さらに、性差でも事故の影響を裏付けられます。自然発生の甲状腺がんは女性の方が男性より5倍程度多いのに対してチェルノブイリも福島も2倍以下の比率です。性差について私の解析では、放射線起因要素がおよそ4分の3以上の比率であることが結論付けられます。男女比は放射線によるがん発生であることを裏付けています。

⑤また、世界の学会では福島の甲状腺がんが異常多発であることを認めています。

以上、科学的には事故との関わりが十分示されています。誠実な行政であるならば、予防医学的な観点から日本の全小児を対象に検査と治療を国と企業の責任で行うべきです。

(B)厚労省の疾病別死亡統計
全疾病中2010年以前の経年変化を基準として、2011年以降の死亡数が増加している疾病の数はほぼ40%です。特に精神神経科関係ではアルツハイマー、認知症が著しい増加を示しています(図1)。
図1
脳細胞や神経細胞は新陳代謝の無い組織として知られていますが、放射線に当たり電離(組織の切断)を受け、病状が悪化し死にいたったと理解できます。年あたりの増加率は2015年で28%が予想より増加しています。この事実は事故などの多くの社会現象と関連していると見なせます。厚労省人口動態調査の異常減(年十数万人異常減少)も恐ろしい数値です。

(C)病院患者数の異常増加
患者数の異常増加が各種統計で示されます。日本難病情報センターのデータでは2011年以降患者数は加速的に増加しています。また、東京都の病院患者数はそれ以前に比べて2011年は飛躍的に増加しています。2011年以降の手術数の増加も各種統計で確認されます。

(D)健康が維持できる汚染基準
事故前の食材の汚染状況は米、根菜、牛乳、水がいずれも0.012以下、魚類が0.09(ベクレル/キログラム)です(図2)。
図2
今の流制限基準が100で健康が維持できる基準ではありません。この基準で全国的な健康被害が事故後異常に増加したのです。残念ながら、強度な初期土壌汚染の有った地域の陸・水の産物には今なお広範囲に汚染が認められます。
チェルノブイリ事故では6年経過後に各種の健康被害が急増しています。

「ぬちどぅ宝」を貫くには今後もずっと日常の食材選びが不可欠です。


原子力緊急事態宣言

事故直後に原子力緊急事態宣言が発せられています。その実態と背後にある国際「核」ロビー、およびアベノミクスの無謀な核産業存続のための最稼働・原発輸出、東芝核部門の破たん等について論じます。また、原子力緊急事態宣言下の事故処理と、背後にある国際原子力ロビーの功利主義的哲学とアベノミクス核産業維持の無謀さを説きます。

現在日本は「原子力緊急事態宣言」の下にあります。緊急事態宣言の目的は「原子力災害の拡大を防止する」ですが、現実は真反対の施策が強行されました。住民と環境を保護する一切の法律が無視されました。国と原子力産業の都合の良いままに基準を設定した「反人権」の実施体制です。


緊急事態宣言

(A)人格権を無視
法律では公衆の被曝限度は年間1ミリシーベルトです。しかし年間20ミリシーベルトが基準とされました。避難の権利も認めず、「風評被害」、「食べて応援」で全国民強制被曝の体制です。

(B)環境保護
法律では核廃棄物再利用基準は100ベクレル/㎏だったものを、8000ベクレル/㎏とされました。この基準で除染土等を公共事業に回せ、と政府が放射能拡散を強制します。

(C)メルトダウンした炉心処理(原子力災害拡大防止の根幹)
メルトダウンの核燃料封じ込めに対しては全くお手上げです。強烈な放射能が存在するなど初めからわかり切ったことでしたが、「安上がり」な手立てを繰り返し、費用を増大させています。未だに炉心の放射能物質は空中に、水中に、海に、垂れ流されっぱなしで環境を破壊し続けます。石棺という言葉さえ禁止状態です。チェルノブイリでは7か月後に石棺で事故原子炉を封じ込めました。

(D)放射能汚染に対する数値操作
①放射能汚染の公式データであるモニタリングポストの表示値は実際の52%しかありません。②土壌汚染を反映した吸収線量等は人の行動と無関係に「環境量」として示すべき量です。ところが、人が屋内・屋外時間を仮定した「生活依存量」に変えられ、環境汚染値の60%しか計上しない数値処理が徹底しています。上述①、②の操作によりわずか約30%にしかならない値が汚染を示す公式被曝線量とされます。さらに架空の線量である「実効線量」などにより過小評価の数値操作がなされました。
チェルノブイリ周辺国はくまなく初期土壌汚染測定を致しましたが、日本は土壌の初期汚染マップすら作らずに放射能影響を福島だけに限定しました。


国際原子力ロビー 

(A)国際原子力機関(IAEA)
核支配体制維持の国連重要機関IAEAはチェルノブイリ事故の時に、周辺国が行った巨大な財政支出を伴う住民の放射能からの保護(チェルノブイリ法)や、放射能に関する「情報統制」と医師や専門家の「権力的統制」に失敗したことを反省しています(1996年IAEA会議)。避難させるな、報道を統制せよ、健康被害を認めるな、がそれ以後の事故が起きた場合の処理基準とされました。そのためにIAEAは福島に事務所を開設しました。

(B)国際放射線防護委員会(ICRP)
原子力緊急事態宣言の内容に国際的「認可」を与え、全面的棄民の指令を出すのはICRPです。

ICRPは防護3原則の第1原則に「正当化」をうたいます。「活動が、害よりも大きな便益をもたらす」時にその活動が正当化される、という内容です。「原子力発電は、人を殺しても良い」と正面切って開き直っているのです。原子力産業は倫理的にも民主主義否定を公認させているまさに「特殊産業」です。

ICRPはチェルノブイリの反省の上に〝次に原発事故が起きたらこうしなければならない〟という功利主義に基づく事故管理指針を完成させました(2007年勧告)。

2007年以前の被曝状況は「線量拘束値」(被曝限度値)は年間1ミリシーベルトの「計画被ばく状況」だけでした。

これを2007年勧告で、「緊急被曝状況」(事故などが生じた際の被曝状況)と「現存被曝状況」(事故後の被曝状況)を追加し、「参考レベル」(被曝限度線量)として年間20ミリシーベルトから100ミリシーベルトの被曝線量を勧告しました。事故に際しては大量被ばくを住民に押し付ける「国際基準」を立案したものです。これが原子力緊急事態宣言の基本指針となりました。


核産業の崩壊過程

原発事故の影響と根強い反原発運動の全世界的な発展によって核産業の未来が閉ざされてきています。各国の原発依存も減少の一路をたどっています。

米国では1979年のスリーマイル島事故以降、約30年間、新設がありませんでした。世界のプラントメーカーは半減しています。最近ウラン濃縮工場も倒産しました。

東芝は福島第一原発事故の責任主体(2号機、3号機政策)です。事故原因の解明すら途上である状態で、原発推進を止めず無謀な核固執政策で破たんしています。政府は原発メーカー救済のための危険な原発再稼働と原発輸出は止めるべきです


今必要な対策

1. 原子力緊急事態宣言を解除し、法律どおりの健康と環境保護を実施させる。移住の権利を認め生活の場を自主的に選ぶ経済的保障を行う。
汚染地住民保護の保養、非汚染食料の給与等を政府の責任で行う。
正確な情報を誠実に住民に伝える。

2. 住民本位の予防医学的立場で健康診断と適切な治療を保証する。

3. ICRPなどの棄民を原理とする体系から離脱し、放射線被曝の誠実な科学と最新のデータに基づき、放射線防護対策を根本から見直す。
食料汚染基準を事故前の汚染状態:0.1ベクレル/㎏以下を基準視点として設定する。

4. これ以上の被曝を避ける。市民は毎日の食材による内部被曝を防ぐ努力をする。

5. 一人一人の人格権を保証する誠実な判断から核兵器と原発は廃止する。原発産業救済のための無謀な原発再稼働と原発輸出を止めさせる。


*沖縄に於ける避難者の援助
私どもは「つなごう命の会:原発事故避難者に公的支援を求める会」で避難者支援を「原発事故被災者に人権の光を」をスローガンに掲げ、沖縄県支援団体等に訴えてまいりました。沖縄県は避難者受け入れ先としては日本で初めて、指定区域外避難者の沖縄継続避難者全員に対して、家賃補助の予算を次年度予算案に計上いたしました。沖縄県の英断に感謝いたします。また沖縄東日本大震災支援協力会は、沖縄独自の支援「ニライカナイカード」は終止いたしますがその代わりに全世帯に商品券をサービスいたします。民医連、医療生協は沖縄協同病院で「医療費の窓口支払いゼロ」と「避難者健診」を行ってくださっていましたが、来年度も継続してくださること決定してくれました。
皆様のご支援と諸組織のご支援に感謝いたします。

やがさき・かつま
1943年生まれ。長野県出身。琉球大学名誉教授。専門は物性物理学。「つなごう命の会・原発事故避難者に公的視点を求める会」代表。著書「隠された被曝」など。

関連投稿
矢ケ崎克馬「隠される内部被曝―福島原発事故の実相」(2016年6月9日)

Asia-Pacific Journal: Japan Focus
Yagasaki Katsuma: Internal Exposure Concealed: The True State of the Fukushima Nuclear Power Plant Accident

Thursday, June 09, 2016

【転載】矢ケ崎克馬「隠される内部被曝―福島原発事故の実相」Yagasaki Katsuma: Internal Exposure Concealed - The True State of the Fukushima Nuclear Power Plant Accident

3月16-18日『琉球新報』に掲載された、琉球大学名誉教授矢ケ崎克馬氏の3回シリーズ記事「隠される内部被曝―福島原発事故の実相」(上中下)を許可を得て転載する。この記事は参考資料を示すために文末注をつけた英語版が The Asia-Pacific Journal: Japan Focus に掲載されている。







Wednesday, April 02, 2014

福島の検診で発見された小児甲状腺がんの男女比は、自然発生型よりもチェルノブイリ型・放射線被ばく型に近い:松崎道幸医師

北海道深川市立病院の松崎道幸医師からの投稿です。 以下松崎氏より。
福島甲状腺がんが被ばくと関連するかどうかを、性比(男女比)で分析したファイル を作りました。  
被ばくと関係のない「自然発生」甲状腺乳頭がんは、10代では、男性の5倍以上女性 に発生します。(米国NCIのレポート) ところが、チェルノブイリ型では、2倍程度、医療被ばく型では1倍程度です。 福島の甲状腺がんは1.1~1.6倍ですので、これまでに発見された福島の甲状腺 がん(及び疑い例)は、性比から言うと、自然発生ではなく、チェルノブイリ型、医 療被ばく型に極めて近いのです。 もちろん、いろいろな留保は付けていますが、福島の放射線被ばくとの関係を慎重か つしっかりと監視してゆく必要があると思っています。             
 (強調はブログ運営者による)
 
以下でダウンロードできます。
 
PPT版
http://yahoo.jp/box/gWkAQe
PDF版
http://yahoo.jp/box/8tV1B3

松崎医師は、311直後から、重要な論考や翻訳を当ブログに寄稿しつづけてくれています。過去の関連投稿(14件)はこちらをクリックしてください。


















Friday, September 07, 2012

Proposal for a World Convention of the Victims of Radiation 「核被害者世界大会」広島開催の提案


Yuki Tanaka of Hiroshima Peace Institute (Hiroshima City University) proposes a World Convention for Victims of Radiation in Hiroshima in 2015, the year that marks the 70th anniversary of the atomic bombing of Hiroshima and Nagasaki. 広島平和研究所教授田中利幸さんより、2015年、広島長崎原爆の70周年の年に広島で「核被害者世界大会」を開催する提案です。日本語版の提案書は英語の下をご覧ください。


A Proposal for a World Convention for Victims of Radiation
- What we must do when all living creatures are facing crisis caused by radiation -  
 
 
The large quantity of high-level radiation, which is still being emitted from the crippled Fukushima No.1 Nuclear Power Plant continues to endanger not only the people and environment of Fukushima, but the entire nation, as well as many parts of Asia. 
 
The current situation constantly reminds Japanese people, in particular those from Hiroshima and Nagasaki, of the dreadful destructiveness and fatal consequences of radiation, as there are still A-bomb survivors amongst us, who have suffered deep physical and psychological pain for over 67 years. 
 
On August 6 1945, Hiroshima City was annihilated by a uranium bomb, and three days later Nagasaki City was destroyed by a plutonium bomb. Tens of thousands of people were killed instantly in each case, and by the end of the year more than 210 thousand had died.  A-bomb survivors always live with the fear of sudden illness, such as leukemia or cancer, due to irradiation.    
 
The use of nuclear weapons is unquestionably a crime against humanity. Similarly, indiscriminately killing and injuring large numbers of people and causing severe physical and psychological pain to the survivors must also be seen as such a crime. As citizens of Hiroshima we are well aware of this inhumanity. Unfortunately, it is likely that over the next decades many people will suffer from various illnesses due to both external and internal irradiation as a result of the nuclear power accident at Fukushima. It is estimated that 3.43 million people were irradiated in the Ukraine alone as a result of the Chernobyl Nuclear Power accident. A high incidence of various types of cancer and heart disease has since emerged amongst these people.  It seems appropriate, therefore, to claim that a nuclear power accident is a crime inflicting indiscriminate mass killing and injury. Radiation attacks indiscriminately, affecting unborn babies, infants and children in particular. 
 
Mass destruction and damage caused by a nuclear accident is equivalent to that caused by a nuclear attack.  We must remember that the nuclear reactor was originally invented to produce nuclear weapons. Thus when an accident happens to the reactor, the result is the same as employing nuclear weapons.
 
Victims of radiation are not limited to those of nuclear power accidents and nuclear weapons. Contamination by radiation is constantly produced at every phase of the so-called nuclear chain. It is a factor in uranium mining, in the enrichment of nuclear fuel, in the production of nuclear weapons including the so-called DU weapons, in nuclear tests, in operating nuclear power stations and in transporting and treating nuclear waste. As a result many people and environments in different places throughout the world have become victims of radiation.
 
In particular, many ethnic minority groups and their living environments have been affected. Algeria, Namibia, Zambia, Western Kazakhstan, Semipalatinsk, Lup Nur (Xinjiang-Uygur district), central Australia, the South Pacific Islands, North-western United States and many parts of Canada have all suffered as a result of radiation released from uranium mining and enrichment or from nuclear tests. Fishermen from the Japanese port of Yaizu are also among the victims of nuclear tests. So, too, are residents living near nuclear arsenals, such as Ural in the Russian Republic, Hanford and Rocky Flats in the United States and Sellafield in England, who have been irradiated by high levels of radiation released from the arsenals.
 
Looking at the effects of radiation caused by major nuclear power accidents, such as those at Chernobyl and Fukushima, as well as over 2,000 nuclear tests conducted to date on this planet, it is clear that victims of radiation are scattered across the world. Indeed, the entire planet and its inhabitants are now victims of radiation.
 
If one accepts the argument that “nuclear deterrence” is a crime against peace and “nuclear energy” contributes to this crime, it becomes clear that the entire nuclear chain is in fact a crime. Not only is it a crime against peace, the nuclear chain is also a crime against humanity, because it is indiscriminately victimizing large numbers of people. 
 
The Age of Nuclear Power, which began in the middle of the last century, could even be called a  “genocidal socio-political, economic and cultural system,” which was built upon the victimization of many living creatures including human beings. Human activity that contributes to the establishment and maintenance of such a system can be seen as criminal conduct, as it constantly endangers the existence of all living creatures and the planet as a whole. Sadly many people are still constantly engaged in such activities in various parts of the world.
 
Surely, it is now time to unite against this mass killing of living creatures due to the nuclear cycle and to abolish every phase of that cycle. If we fail to do so, sooner or later, we will destroy our planet and annihilate the human race. The late A-bomb survivor from Hiroshima and professor in philosophy, Moritaki Ichiro, once claimed “human beings cannot co-exist with nuclear weapons and power.” This dictum should be emphasized by rephrasing it as “no living creature can co-exist with nuclear weapons and power.” 
 
In her last years, the well-known Japanese sociologist, the late professor Tsurumi Kazuko, said “When all living creatures are now in danger of extinction, the last resort is our determination to live through.” As she said, we need determination to live through, but that determination must be extended to protect all fellow living creatures and the environment. Now is the time to act as we recognize the common fate of all creatures on this planet.    
 
To this end, we propose that representatives of all the victims of radiation in the world gather in Hiroshima in 2015, 70 years after the atomic bombing of Hiroshima and Nagasaki, to appeal to the world for total abolition of the nuclear chain.
 
If you are interested in participating in planning this event, please contact us. 
 
Preparatory Committee for the World Convention of the Victims of Radiation
 
(Representative: Yuki Tanaka   E-mail: tanaka-t@peace.hiroshima-cu.ac.jp )
 


「核被害者世界大会」広島開催の提案

− 放射能による生命と地球の汚染に直面して私たちは何をなすべきか —

 
2011年3月11日に起きた福島第1原発事故によって放出され、今も放出され続けている大量の高レベル放射能は、福島ならびにその周辺地域住民と環境にはもちろん、今や日本全国、いやアジアを含む世界の様々な地域に及ぶ住民と自然環境にまで危険をもたらしていることは、誰の目にも明らかです。
 
私たち日本の市民、とくに原爆攻撃による放射能被害で、言語に絶する深い肉体的・精神的苦痛を70年近く強いられてきた被爆者をもつ広島・長崎市民にとっては、放射能が持つ恐るべき破壊力と殺傷力について、あらためて考え直すことを迫られている毎日です。
 
周知のように、1945年8月6日早朝、広島市はウラン爆弾による爆風・火炎・放射能によって焦熱地獄と化しました。3日後には、プルトニウム爆弾で長崎市が潰滅。両市で12万人もの市民が即時に殺戮され、その年末までには21万人以上が、主として放射能によるいわゆる「原爆病」が原因で死亡しました。被爆者は、いつ癌やその他の致命的な病に冒されるか分からないという恐怖に怯える生活を、70年近く経た今も余儀なくされています。
 
このように、長年にわたり無数の市民を無差別に殺傷する核兵器の使用は、明らかに重大な「人道に対する罪」です。ひじょうに残念ながら、今回の福島原発事故でも、外部・内部の両被曝の結果、これから長期にわたり、予想もつかないほど多くの市民が様々な病気に苦しむことになるでしょう。1986年4月に起きたチェルノブイリ事故では、ウクライナ国内の被曝者数だけでも343万人に上ると言われており、周辺住民の癌や心臓病などの発生率はとりわけ高くなっています。このことから、原発事故も「無差別大量殺傷」という犯罪行為です。「無差別殺傷」ではありながらも、とくに胎児・乳幼児・小児に犠牲者が多いのが、放射能汚染の特徴の一つです。
 
一旦、チェルノブイリや福島でのような大規模事故が起きれば、放射能放出汚染による甚大な人的・物的損害ならびに環境破壊は、もはや金銭的な計算ではとてもはじき出せないような天文学的数字の額に上ってしまいます。原発事故による「被害と破壊」は、まさに核兵器使用による「被害と破壊」に匹敵するものです。なぜなら、原子力の「平和利用」は、本来は「軍事利用」であるからに他なりません。原子力「軍事利用」の目的は軍事目標の破壊であり、敵国将兵と市民の無差別殺傷ですから、原発事故も、核兵器攻撃と同じく、放射能による「無差別大量殺傷行為」となりうることは、したがって全く不思議ではありません。
 
放射能汚染の被害者は、核兵器攻撃と原発事故の被害者に留まるものではありません。ウラン鉱石の採掘・精錬、ウラン濃縮、核兵器製造と核爆発実験、核燃料製造と原子力発電運転、使用済み核燃料の再処理、核廃棄物の処理・処分など、核兵器製造と原子力発電の全ての工程で放射能が放出され、無数の人間を殺傷し、環境を激しく汚染してきました。さらに最近では、いわゆる「劣化ウラン兵器」、すなわち放射線兵器の製造と使用によっても、世界各地で多くの被害者が作り出され、環境破壊が行われています。
 
ウラン鉱石採掘・精錬と核実験は、とくに、アルジェリア、ナミビア、ザンビア、西カザフ、セミパラチンスク、ロプノール、オーストラリア中央部、南太平洋諸島、アメリカ北西部、カナダ各地などに居住している少数民族の多くの人命と自然環境を犠牲にして続けられてきました。核実験の犠牲者には、焼津の漁民の人たちも含まれていることは周知のところです。さらには、核兵器製造工場からの放射能放出汚染では、ロシア共和国のウラル、アメリカのワシントン州ハンフォード、コロラド州ロッキーフラッツ、イギリス北西部セラフィールドなどの施設からの、高濃度レベル放射性廃棄物の垂れ流しが問題となっています。こうした核兵器製造工場からの放射能汚染で被曝した周辺住民の数はあまりにも多く、確定数が出せませんが、おそらくは百万という単位の数になるはずです。
 
このように、核物質を取り扱う「核・原子力サイクル」の各局面を概観してみても、核被害者は世界の様々な地域に無数に存在することが分かります。チェルノブイリや福島原発事故による放射能の拡散状況、さらには、これまで世界で2千回以上行われてきた核実験による放射能の拡散状況を考えてみるならば、地球全体が核の被害を被っており、人類全てが被曝者であるといっても決して過言ではないのです。
 
このような状況にあってもまだなお、「核兵器抑止力」とか「原発の経済性」などと主張することは、まさに犯罪的行為であると言わざるをえません。無差別に無数の被曝者を世界各地で出し、今も出し続けている「核・原子力サイクル」の維持・運用そのものが「人道に対する罪」という明らかな犯罪行為であることを、私たちははっきりと認識すべきなのです。
 
しかし、放射能は、人間のみならず、動植物を含む海陸の生きものを無差別に且つ大量に殺傷します。20世紀半ばから始まった「核の時代」は、かくして、人類を含むあらゆる「生きもの」、すなわち様々な生命体を犠牲にして築き上げられてきた、いわば「殺戮の政治・経済・社会・文化体制」であると言えます。このような体制の確立と維持に努力または協力してきた人間の行為は、あらゆる「生きもの」の「生存権の否定」という行為であり、人類とすべての生物と地球を絶滅の危険に曝すことを厭わなかった明確な「犯罪行為」であったし、現在も多くの人間が、そうした犯罪行為に深く関わっているのが実情なのです。
 
「核・原子力サイクル」による「あらゆる生物の無差別殺戮行為」という犯罪に対して、今、私たちは一致団結して立ち上がり、「核・原子力サイクル」全体を廃棄しなければ、遅かれ早かれ、地球と人類が破滅するのは目に見えて明らかです。「核と人類は共存できない」という森瀧市郎の言葉は、「核・原子力と“生き物”は共存できない」という命題にまで深められるべきでしょう。
 
そこで、私たちは、世界各地の核被害者が一カ所に集い、核被害者の救済と「核・原子力サイクル」の全面廃棄を世界各国政府に要求し、核なき世界、すなわち自然と人間が調和し、穏やかな人間関係に基づいた平和な世界を如何にしたら構築できるのか、その展望を探るため、「世界核被害者大会」を、広島・長崎原爆投下70周年に当たる2015年に、広島で開催することを提唱します。
 
「人類は生きねばならぬ」という森瀧市郎のもう一つの言明は、思想や信条を超えた普遍的なメッセージです。「人類が生きる」ためには、人類が共存するあらゆる生きものと自然環境が生きねばなりません。このメッセージの下に、日本だけではなく世界中の多くの市民が広島に集い、「核サイクル」絶対否定という強い声を一つにし、核廃絶に向けて現実的な大きな一歩を踏み出そうではありませんか。
 
 
この提案を、故・鶴見和子氏が詠った言葉に託します。

      生類の破滅に向う世にありて、生き抜くことぞ終(つい)の抵抗
 
 
2012年8月6日

核被害者世界大会実行委員会・準備会

(文責:田中利幸)

 

Saturday, February 25, 2012

田中利幸「私たちは原発の動力源を忘れていないか?」ウラン問題再考 Yuki Tanaka: Uranium, the source of all nuclear problems - a critical overview of Australian Uranium mining and export

当サイトにも度々登場いただいている広島市立大学平和研究所教授、田中利幸さん(プロフィールはこの投稿の末尾)の最新の論考を掲載します。
・・・福島原発事故という、チェルノブイリ事故と並ぶ史上最悪の原発事故は、かくして、オーストラリアのウラン採掘・輸出にブレーキをかけるどころか、代替市場を求めてがむしゃらに採掘・輸出を推進させるという逆説的な結果を産み出している。

・・・私たちは、現在、福島第1原発から放出され続けている放射能の問題との対応に追われる毎日である。確かに、この問題はひじょうに重大であり、国内での反原発運動をさらに強め拡大させていく必要がある。しかし、その一方で、原発の動力源であり、原発問題の根源とも言えるウランの問題が、以上説明したような極めて憂慮すべき状況にあることにも目を向け、グローバルな観点から、広義の意味での「反核」市民運動を、私たちはいかに展開していくべきかについても真剣に考えなければならない状況にある。 (本文より)
福島をはじめ世の中の核被害の大元であるウラン採掘問題を掘り下げることなしに核問題は語れず、自分を住むカナダを始めとしたウラン産出国の市民は自国のみならず世界において核被害に加担していることを自覚し行動すべきであるとの思いを新たにしました。

田中氏は3月後半、カナダ・バンクーバーに滞在し、ブリティッシュコロンビア大学で21日に講演(21日)するほか、ピース・フィロソフィー・センター、バンクーバー九条の会主催で日本語講演(19日)も企画します。後日案内します。@PeacePhilosophy


ウラン問題再考 — 私たちは原発の動力源について忘れてはいないか? 豪州ウラン採掘・輸出政策の批判的検討を手がかりに —

田中利幸(広島平和研究所・教授)

はじめに

原発を運転するにも核兵器を製造するにも、天然ウランを精錬してできる粉末、いわゆる「イエロー・ケーキ」がなければ不可能である。

一方、現在、日本では「脱原発」という嵐が日本全国を吹き捲くっている。その嵐の目となっているのが、福島第1原発から絶え間なく放出され続けている「高レベル放射能」である。とくに、文科省が出した20ミリシーベルトという「安全基準」への激烈な批難、「安全神話」を作り出し原発推進政策をがむしゃらに進めてきた「霞ヶ関」の官僚と政治家、それに連なる学者、企業やマスメディアなどで構成されている「原子力ムラ」への痛烈な批判。こうした市民の深い怒りが、この嵐の力を衰えさせずに持続させている。かくして、これまで原発問題にほとんど無関心であった多くの市民が怒り立ち上がっていること、そのこと自体は極めて歓迎すべき状況変化である。

ところが、原発問題の最も根源的なウラン採掘問題について、日本のメディアも市民もほとんど無関心であり、あたかも原発はウラン無しで運転されているかのような意識の下で「脱原発」運動がすすめられている。

本稿では、したがって、我々日本の市民が長年にわたって原発で発電された電気の恩恵を受けてきた陰で、ウランの採掘・輸出をめぐって、ウランの最大生産国の一つであるオーストラリアでは、これまで何が起き、これから何が起きようとしているのかを検討してみたい。

オーストラリアウラン鉱マップ


オーストラリアにおけるウラン採掘・輸出の歴史的背景

オーストラリアのウラン推定埋蔵量は、世界推定埋蔵量の23%(38%という説もある)であると言われおり、世界一の埋蔵量を誇っている。これは、カザクスタンの15%、ロシア、南アフリカ、カナダ、米国、ブラジル、ナミビアの合計37%をはるかに超える量である。輸出量としては、現在は、カナダ、カザクスタンについで3番目。2010〜11年には7千トンの濃縮ウランを生産した。

オーストラリアが本格的なウラン採掘を開始したのは、核兵器製造のためのウラン発掘の要請を米英両政府から受け、1944年から探鉱を始めたのがその契機であった。1949年、北部特別州のラム・ジャングルで最初の鉱床を発見し、1954年から採掘を開始。1953年にはサウス・アリゲーター・リヴァー(北部特別州)、1954年にはメアリー・キャサリン(クイーンズランド州)、1956年には ウエスト・モアランド(クイーンズランド州)でも鉱床を発見。 同じく1954年からラジウム・ヒル (南オーストラリア州)でも採掘を開始。採掘されたウランは米英合同開発機構(ウラン獲得のために米英が共同で立ち上げた公的機関)と英国原子力エネルギー局に売却された。

なお、1952年〜57年の間、英国はオーストラリアのモンテ・ベロ島、イミュー、マラリンガなどで核実験を実施。採掘したウランが核兵器となってオーストラリアに戻ってくるという「ブーメラン現象」を起こし、その結果、アボリジニ住民と実験に参加した豪英両軍兵士に多くの被爆者を出した。1990年代末に、マラリンガ実験場跡地の汚染除去作業を、1億豪ドルを使い3年がかりで行ったが、どこまで放射能汚染除去ができたかは極めて疑問である。

ラム・ジャングルでの採掘開始にあたり、メンジス首相は「恐るべき核兵器ではあるが、自由世界圏を防衛するためにはウラン採掘は必要悪であり、そのためにオーストラリアはウラン供給でおおいに貢献する」という主旨のメッセージを発表し、米英の核兵器生産に全面的に協力する態度を表明した。しかしながら、1960年代に入るとウラン供給量が過剰となったため、ラム・ジャングル(1971年閉山)を除いて、他の全て鉱山は1964年までに一時閉山された。

ところが、1960年代末から70年代初期にかけて原子力発電用のためのウラン需要が増え出し、オーストラリアは再びウラン採掘を再開した。とりわけ、1973年のOPECの石油減産による石油危機のため、原発建設に動き出す国が増え、ウラン需要が増大したことがその主たる理由である。その結果、1970年代末までに、全国で60カ所近いウラン鉱床の所在が確認された。

いわば「第2次ウラン採掘ブーム」のこの時期に、大きな埋蔵量を持つ北部特別州での鉱山が複数発見された — それらは、レインジャー(1969年)、ナバレク とクーンガラ (1970年)、ジャビルカ (1971年)である。その上に、メアリー・キャサリンでの採掘が1976年に再開された。1970年8月から72年11月の間に海外への6売却の契約が結ばれ、74年から83年の間には10売却契約が成立したが、その契約先のほとんどが日本であった。この時期、日本は、田中角栄政権(72年7月〜74年12月)が作り出した「電源三法交付金」の下、がむしゃらに原発推進に乗り出した時であった。

1968年7月にNPT(核不拡散条約)が成立し、米英露の他59カ国がこの条約に署名した。ところが、オーストラリア政府は、「平和利用」のためのウラン輸出がこの条約によって妨げられるのではないかという懸念から署名に躊躇。70年2月に署名はしたものの、批准をしないままの状態がその後2年ほど続いた。ありあまる自国のウランを使って、オーストラリアも核兵器保有国になりたいというのが当時のゴードン首相の念願であったため条約批准に消極的であった、という説を唱える評論家もいるが、真意のほどは明らかではない。いずれにせよ、米英がオーストラリアの核兵器製造・保有を黙認するはずはなかった。

1972年末の総選挙で労働党が保守の自由党に勝利し、ゴフ・ウィトラム政権が成立するや、翌73年1月にNPTをすみやかに批准し、74年には、IAEA(国際原子力機関)の国際保障措置にも署名した。ウィトラム政権は、兵役や死刑制度の廃止、大学教育の無料化、健康保険制度の確立など様々な進歩的な政策を次々と導入した。ところが、ウラン問題に関しては、あくまでも「原子力平和利用」推進の立場で、原子力エネルギー産業開発政策をとり、とりわけ付加価値の多いウラン濃縮技術の開発の推進、すなわちウランを「イエロー・ケーキ」の形で輸出することを目指した。前述したように、1975年以降はウラン需要がとりわけ高まり、日本、イラン、イタリア、EECへの輸出が急増したのである。

しかし、この時期、ウィトラム政権が導入した他の政策や当時の核をめぐる状況が、オーストラリアのウラン採掘・輸出推進を、一時的にではあるが、減速させたことも確かである。とりわけ、次の3つの要因が、その減速には働いていた。

A. アボリジニ土地所有権の承認
「アボリジニの伝統的土地所有権の承認」という選挙公約に基づき、ウィトラム政府は1973年2月に、この問題を取り扱うウッドワード調査委員会を設置した。1974年4月にこの調査委員会の最終報告書が提出され、全てのアボリジニ特別保護区の土地、さらには空地の公有地で伝統的継承地と見なされる土地をアボリジニに返還することと、それらの土地における鉱物資源採掘に対するアボリジニの許可の必要性が主張された。最終的に、76年に、次期政権であるマルカム・フレイザー政権の下で、アボリジニ土地所有権法が成立した。この法律によってウラン採掘が以前ほど容易ではなくなったが、しかし、ウラン採掘を完全に停止させるまでの影響力をこの法律は有していないのが現実である。なぜなら、土地権や環境保護に関する法制からの「例外規定」として、「開発承認」という項目が設けられているからである。

B. カカドゥー国立公園の設置
オーストラリアでは、北部特別州の「カカドゥー」と呼ばれる自然豊かで広大なアリゲーター河川地域一帯の国立公園化は、1960年代半ばから提唱され始めていた。75年の野生生物保護法の成立により、79年に「カカドゥー国立公園」が正式に設置されるに至った。国立公園設置前に採掘され始めたジャブリカ、 レインジャー、 クーンガラのウラン鉱山は国立公園内にあるが、これらのウラン鉱山は国立公園指定地域から除外され、引き続き採掘が許可された。(ちなみに、「カカドゥー国立公園」は、1981年には世界遺産に登録されたが、98年に、「ウラン鉱山が自然環境を著しく破壊しつつある」として、UNESCOは「危機状況にある世界遺産」 として登録するか否かについて議論する会議を3回にわたって開催した。最終的にこの案は否決されたが、環境破壊の事態について「深く憂慮する」という主旨の声明を出した。)したがって、自然環境保護という観点から、70年代半ばは、国立公園内でのウラン採掘に反対する市民の意見が高まった時期でもあった。

C. 高まる反核実験運動
70年代初期はまた、フランスの南太平洋ムルラワ環礁における大気圏内核実験が、オーストラリア国内おける反核・自然保護運動を盛り上げる結果となった。70年代半ばにはウラン採掘反対団体、核エネルギーに反対するキャンペーン、地球の友、 オーストラリア自然保護協会などのNGOが次々と誕生し、反核実験、反ウラン採掘運動を全国で展開。採掘中のウラン鉱山のみならず、ラム・ジャングル のような閉山となったウラン採掘場から流れ出る放射能汚染も問題視されるようになった。こうした運動に、原子力科学者リチャード・テンプル、ロブ・ロボサム 、詩人のドロシー・グリーン、 作家ジュディス・ライト、 ノーベル文学賞受賞者パトリック・ホワイトといった著名人が加わった。こうした市民運動が、労働党のウラン政策に大きな影響を与えることとなった。

強まる市民運動のため、ウィトラム政権は、最大級のウラン鉱山、レインジャー鉱山における採掘・輸出ならびに環境問題に関するラッセル・フォックス判事を委員長とする調査委員会、いわゆるフォックス調査会を1975年7月に設置。輸出問題を議論した最初の報告書が、76年10月に発表された。この報告書が、最近まで続いてきたオーストラリアのウラン採掘・輸出政策の基礎を提供した。

この報告書が出される前に、ウィトラム政権は崩壊し、フレイザー保守政権が成立。新しく首相となったフレイザーは、報告書が出る前からウラン採掘・輸出支持を表明する一方で、副首相で国家資源担当大臣であったダグ・アンソニーが、報告書が出るまで結論は出せないと発表。トップの閣僚2人の意見が異なるという異例の事態となった。報告書の内容は、「平和利用」目的で売却するウランが軍事用に転用される危険性が極めて高いことを懸念しながらも(「既存の安全手段は単に幻想的な防御にとどまっているかもしれない」とまで述べているにもかかわらず)、NPT加盟国の中でウラン購入を希望する国家を注意深く選択し(つまり共産圏国家を除外するという意味)、2国間の協定でさらに軍事転用をしないという約束を取り付けた上で売却すべきであるという結論であった。翌年に出された、環境問題とアボリジニ土地所有権問題を取り扱った第2回報告書も、結果的にはウラン採掘を止めるような内容のものにはならなかった。

このフォックス調査会報告書に基づいて、1980年からウラン輸出が本格化し、オーストラリアは、日本、韓国、フィリッピン、英国、フィンランド、カナダ、スウェーデン、フランス、EUならびに米国と、ウラン使用に関して軍事転用しないという2国間保障協定を結んだ。しかしながら、軍事転用されていないという事実をオーストラリアが確認できる方法は全くないのが実情である。

一方、当時野党であった労働党は、1977年7月の党大会で「ウラン採掘一時停止政策」を打ち出し、政権を獲得した暁には、保守政権が結んだ全てのウラン鉱山採掘・輸出契約を一旦破棄すると発表。しかし83年に政権を奪還すると、84年の党大会でボブ・ホーク政権は「三鉱山(限定)政策」を採用し、北部特別州のレインジャー、ナバレクと南オーストラリアのオリンピック・ダムの三鉱山での採掘と輸出のみを許可するという、鉱山産業界との妥協策を打ち出した。

1996年3月、保守が再び政権に返り咲き、ジョン・ハワード政権になると、「三鉱山政策」を事実上破棄し、2001年には、南オーストラリア州のビヴァリー 鉱山での採掘開始を許可。同じく南オーストラリア州のハネムーン、北部特別州のジャブリカ、西オーストラリア州のイーリリーの各鉱山での採掘を開始させようとしたが、後述するような政治制度的問題やアボリジニ・グループからの反対にあって計画が一時うまく進まない状況に直面した。しかしハワード政権は、「世界温暖化問題」に取り組む方法として原子力利用をおおいに宣伝し、自国での原子力発電の導入まで提唱するようになった。2006年末、下院の工業・資源問題常任委員会は原子力を強く推進する内容の報告書を発表し、同じく、2006年には中国、2007年にはロシアへのウラン輸出を許可した。さらに、ハワード首相は、NPT加盟国でないインドへの輸出も許可されるべきとも主張しはじめた。彼はまた、「オーストラリアは21世紀の世界的規模でのエネルギー超大国になる」と豪語。さらには、北部特別州のマカティー・ステーションと呼ばれるアボリジニ所有地を放射性廃棄物の貯蔵場所にする案まで提案。こうしたハワード政権の態度が、国内の反核運動組織を刺激してかなり強い反原発導入運動を引き起こし、その結果、原発導入のアイデアはすぐにたち切れとなった。ウランを大量に輸出するオーストラリアには、原発は1基もないという、皮肉な状況となっている。ウラン輸出で利益を上げることには努めるが、金のかかる不経済な原発には手を出さない、というのがオーストラリア歴代政権の政策なのである。

2007年末の総選挙でハワード政権が終焉し、労働党ラッド政権が成立した。この労働党新政権は原子力発電導入には引き続き反対するも、選挙直前には労働党の伝統的な政策であった「三鉱山政策」を破棄して、基本的にはハワード政権の制限無しのウラン採掘・輸出政策をそのまま継承することとなり、放射性物質のマカティー・ステーションでの廃棄計画も引き続き検討中である。2009年には南オーストラリア州のフォー・マイル鉱山でのウラン採掘を許可し、その際、当時環境大臣であったピーター・ガレットが「環境に影響なし」というお墨付きを与えて、最終的なゴーサインを与えた。ガレットは、1970年〜80年代には、有名なロックバンド「ミッドナイト・オイル」のリード・シンガーで、反核・反ウラン採掘キャンペイーナーとして全国に知られた人物である。1980年代には核軍縮党(1984年結党、2009年廃党)の結成党員の一人となり、1989〜93年、1998〜2004年にはオーストラリア自然保護協会の会長まで務め、長年にわたってウラン採掘反対を唱えてきた人物である。その彼が、閣僚となるや一変して、「政府が決めたことには反対できない」と主張し、反核・反ウラン採掘運動家たちから顰蹙を買った。

2010年に労働党党首がラッドからジュリア・ギラードに変わり、ギラードがオーストラリア初の女性首相の座に着くと、労働党の政策はますます保守化。2011年末12月4日の党大会で、ギラードは、共産国である中国へのウラン輸出が許可されていながら、NPT批准国ではないといえ、民間利用のためにインドへのウラン輸出が許可されていないのは「非合理」と主張。米国も2008年にはインドと商業原子力技術の支援協定を結んでいるので、インドへのウラン輸出を解禁すべきであると、政策転換の容認を要望した。(インドは今後20年間に原発を30基増やす予定で、したがって大口のウラン購入国となる予定。)これに対し、フォー・マイル鉱山では環境大臣として採掘許可をおろしたガレット(現在は学校教育・若年/青年問題担当大臣)が、強く反対。投票の結果、206票対185票でインドへのウラン輸出許可案が承認されてしまった。かくして、ウラン軍事転用防止という点では極めて不備な、長年維持されてきたフォックス調査会報告書の基本政策ですら、労働党自らの手で廃棄されてしまい、今やオーストトラリアは、購入希望があれば、(米国が敵視しているイランや北朝鮮は別として)どこの国にもウランを売り渡すという無節操な国となってしまった。その結果、オーストラリア各地にあるウラン鉱床に、国内外の資源開発会社が群がりつつあるというのが現状である。

福島原発事故で日本の原発産業に急ブレーキがかかりつつあるため、オーストラリアは他のウラン大口市場を求めてインドや中国への輸出拡大にやっきになっているのである。日本の原発産業が、ヨルダン、ベトナム、インドなどへの技術販売にやっきになっているのも、福島原発事故で国内での事業拡大が望めなくなったからである。かくして福島原発事故は、様々な形で、ネガティブな影響を海外にもたらしつつある。

ギラードは2011年4月下旬、英国皇太子ウイリアム王子の結婚式に出席するために英国に向かう途中で日本に立ち寄った。日本滞在中はほとんど福島原発問題には触れず、電力エネルギーで困っている日本には、オーストラリアはもっと石炭を輸出する用意があると、親切にも申し出た。彼女の宮城県南三陸訪問は、外国の首脳としては被災地を最初に訪問した人物として報道され、地元の人たちに喜ばれたことは、なんとも皮肉である。

ウラン採掘・輸出をめぐって今何が起きているのか

ウラン採掘の最終決定権は各州政府にあるが、北部特別州の場合は「特別領域」であり正式な「州」ではないため、最終決定権は連邦政府にある。そのため、例えば、現在問題になっているアリス・スプリングの北に位置するアンジェラ・パメラ鉱床の開発には、労働党州政府は反対しているが、労働党政権の連邦政府が北部特別州政府の決定を覆す可能性が高い。アリス・スプリングからわずか25キロしか離れていないので、市の住民の飲料水である地下水を汚染する危険性が極めて高いと言われている。カナダの大手資源開発会社カメコがオーストラリアのウラン開発企業パラディン・エネルギー社との共同出資でこの鉱床の採掘を狙っている。中国国営原子力公社もアンジェラ・パメラ鉱床には強い関心を示しており、目下、オーストラリアのウラン探鉱会社エネルギー・メタルズ社の株の70%取得を目指している。

レインジャー鉱山は、前述したようにカカドゥ国立公園に囲まれている世界最大級のウラン鉱山であるが、環境汚染ではこれまでにたびたび問題を起こしている。例えば、2006年のサイクロン「モニカ」がこの地域を通過した際には、多量の雨水が放射能で汚染された鉱滓堆積ダムにたまって溢れ出し、近辺に流れ出した。昨年4月にも、この地域を襲った記録的大雨で、鉱滓堆積ダムが溢れ出す危険に曝された。このダムには100億リットルという大量の高濃度汚染水が閉じ込められている。これを処理する施設は全くなく、増える汚染水をただ単に溜め込み続けているというありさま。この30年間、毎日10万リットルの汚染水がカカドゥ地下の割れ目に漏れ出しているとも言われている。この鉱山は英国系の大手資源開発会社リオ・ティントの子会社ERA (豪州エネルギー資源会社)が運営しているが、2004年には、多くの労働者が汚染された水を飲んだり、汚染水でシャワーを浴びて被曝するという事故も起こしている。

この鉱山の問題は、ダーウインから230キロも離れた人里離れた地域にあるため、その激しい汚染状況が国民にほとんど知られていないことである。元々この地域はミラル族のアボリジニの所有地であり、彼らは毎年2億豪ドルを鉱山使用料として受け取っているが、アルコール中毒者が増え、金をめぐって諍いが絶えず、コミュニティーは崩壊状態にある。ミラル族の伝説によると、この土地が荒らされると、ドゥジャングという恐ろしい力が解き放たれ、世界中を皆殺しにしかねないということである。核兵器による人類破壊を警告するような伝説である。UNESCOがカカドゥ国立公園を「危機状況にある世界遺産」に登録しようと試みたのも、全く不思議ではない。

ミラル族の女性長老イボンヌ・マルガラルは、福島原発事故の後の昨年4月、大震災と原発事故の被災者への深い同情と謝意の気持ちを綴った手紙を潘基文・国連事務総長に送り、「私たちの土地から採掘されたウランが、福島第1原発事故による放射能汚染の原因の少なくとも一部になったことをひじょうに悲しく思う」と述べ、ウラン採掘の停止要求を訴えている。原発によって発電された電気の恩恵を受けて生活してきた私たち日本の市民こそ、アボリジニの土地を破壊し、放射能汚染をもたらしたことに謝罪の言葉を送るべきであろう。その意味では、私たちは、アボリジニの人たちに対しては放射能汚染「加害者」の立場にあるということを、明確に認識すべきではないだろうか。放射能による自分たちだけの被害のみを訴える「脱原発運動」は、自己中心的ではなかろうか。

北部特別州で最近、ウラン採掘を停止できた稀なケースとしてクーンガラ鉱山がある。この鉱山もカカドゥー国立公園内にあるが、昨年半ば、元々国立公園地域から除外されたこの鉱山地域を世界遺産に含める提案を世界遺産委員会が発表した。鉱山経営を行っているフランス国営企業アレヴァ(世界最大のウラン・エネルギー会社)は、なんとかこの計画を阻止しようと画策。オーストラリアではこの時、ちょうど総選挙を控えていたため、労働党政権が環境保護政策の宣伝としてこれを政治的に利用し、クーンガラ鉱山でのウラン採掘許可契約の延長をこれ以上しないことを公約した。この地域の土地所有権を持つアボリジニもこの地を国立公園に寄付することを申し出たため、クーンガラ鉱山は、ウラン採掘が停止される極めて稀なケースとなった。

南オーストラリアの州都アデレードの北500キロメートルに位置するオリンピック・ダム鉱山のウラン埋蔵量は、世界最大である。その濃縮ウラン年間生産量4千トンも世界最大級。乾燥地帯にあるこの鉱山は、主に地下水を使っているが、その量は毎日3.5万トン、製錬には毎日1千2百トンもの硫酸が使われている。この鉱山(金・銀・銅・ウラン鉱石を産出)を経営する英国系企業BHP ビリトン社が、この鉱山を3倍に拡張する計画を進めており、2011年10月10日、連邦政府と南オーストラリア州政府はこの計画を承認した。この拡張採掘では、幅4キロX3キロ、深さ1キロという巨大な穴が掘られる露天掘りとなり、年間4千万トン、100年間(埋蔵量から推測して100年間の採掘が可能)で40億トンにものぼるウラン鉱石採掘が行われる予定である。採掘時に発生するウラン残土、製錬によって排出される鉱滓の量は年間4千万トン。これら全てから放射能が放出される。使用する水の量は毎日15〜20万トンを超えると予測されている。積み上げられる放射能を帯びた鉱滓の砂は、季節風に運ばれ、東海岸のシドニーやメルボルンまで飛んでいく可能性も極めて高い。(この拡張採掘がもたらす危険性については、 http://www.roxstop-action.org/ を参照されたし。)

米国ジェネラル・アトミック社の提携会社、ヒースゲイト資源会社は南オーストラリアのビヴァリー鉱山採掘許可を、2010年に労働党州政府から受けた。2011年に操業を始めたハネムーン鉱山は、三井物産が49%の出資を行っている。

西オーストラリア州は2002年6月から労働党政権の下で、州内のいかなる鉱山でもウラン採掘を許可しないという政策をとってきた。したがって、当時の連邦政府ハワード政権の政策とは真っ向から対立するものであった。しかし、2008年末の州選挙で労働党が敗れ、自由党のコリン・バーネットが州首相になるや、前政権の政策を180度転換。このため、それ以降、次々とウラン採掘計画が進められている。つい最近、州議会野党・労働党の党首エリック・リッパーが引退し、新しい党首マーク・マックガワンに代わったが、マックガワンは新党首に就任したその日に、来年の州選挙で労働党が勝利した場合には、党公約のウラン採掘禁止政策を破棄して、すでに開発計画が決定されている鉱山についてはその継続を容認するという政策変更の意志を表明した。これは、もちろん連邦政府のウラン採掘・輸出の推進政策に影響された結果である。

西オーストラリア州最大のウラン鉱山はイーリリー鉱床で、ここもBHP ビリトン社が採掘権を確保した。近くにはレイク・メイトランド鉱床があり、メガ・ウラニウム社という会社が2013年からの操業予定であるが、2009年2月、このプロジェクトの35%が伊藤忠と関西・九州・四国電力の代理である日豪ウラン資源開発会社に売却された。その南東にあるムルガ・ロック鉱床はエネルギー・ミネラル・オーストラリア社が2014年から操業予定である。西オーストラリア州中央北部にあるキンタイヤー鉱床は元々リオ・ティント社が採掘権を確保していたが、これをカメコと三菱商事が共同で買入れを行い、2015年から操業予定である。

クイーンズランド州は現在、労働党が州政府の座に着いており、ウラン採掘許可を下ろさない政策をとっている。皮肉なのは、オーストラリア労働組合が昨年2月の全国大会で、州政府にウラン採掘禁止政策を廃止するよう求める決議を採択したことである。次の選挙で政権交代の可能性もあるため、資源開発会社もその機会を狙って、すでにいろいろ下準備を重ねている。例えば、2010年2月、日本の独立行政法人・石油天然ガス金属鉱物資源機構は地元の会社ボンダイ・マイニング社に出資し共同事業に乗り出している。中国企業ドラゴン・エネルギー社はディープ・イエロー社との共同事業をすでに2007年末に始めており、州内のウラン鉱床に強い関心を注いでいる。

ここ数年、中国企業のみならずインド企業も、オーストラリアでレアメタルやウラン確保目的で活発な投資活動を行っている。例えば、インドの最大企業の一つ、リライアンス工業社は、2007年にウラン探鉱オーストラリア社との共同事業に入り、南オーストラリアと北部特別州でのウラン確保にすでに乗り出していた。ハワード政権下での中国へのウラン輸出許可、ギラード政権のインドへのウラン輸出許可の背景には、すでに両国の企業が投資という形でオーストラリアに深く入り込んで、連邦政府に圧力をかけていたという事実がある。

結論:グローバルな観点からの反核運動を!

福島原発事故という、チェルノブイリ事故と並ぶ史上最悪の原発事故は、かくして、オーストラリアのウラン採掘・輸出にブレーキをかけるどころか、代替市場を求めてがむしゃらに採掘・輸出を推進させるという逆説的な結果を産み出している。その結果、オーストラリアは、これまで弱いながらも採掘・輸出にかけていた規制を、全て取払ってしまい、採掘も輸出もほとんど全面解禁状態となり、全国あちこちにウラン鉱山が出現するという、いわば「ウラン採掘・輸出の野放し状況」が起きている。

その結果は、国内では、放射能によるさらなる環境汚染と被曝、海外では原発の増加のみならず、原発で作られる核物質の軍事転用を拡大させることに必然的につながってこざるをえない。

私たちは、現在、福島第1原発から放出され続けている放射能の問題との対応に追われる毎日である。確かに、この問題はひじょうに重大であり、国内での反原発運動をさらに強め拡大させていく必要がある。しかし、その一方で、原発の動力源であり、原発問題の根源とも言えるウランの問題が、以上説明したような極めて憂慮すべき状況にあることにも目を向け、グローバルな観点から、広義の意味での「反核」市民運動を、私たちはいかに展開していくべきかについても真剣に考えなければならない状況にある。


田中利幸
1949年福井県永平寺町生まれ。西オーストラリア大学にて博士号取得。現在、広島市立大学広島平和研究所教授。「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」運営委員。主に戦争史、戦争犯罪史研究を専門とする。著書に『知られざる戦争犯罪』(大月書店、1993年)、『空の戦争史』(講談社、2008年)、Hidden Horrors: Japanese War Crimes in World War II (Westviews, 1996) , Comfort Women: Sexual Slavery and Prostitution during World War II and the US Occupation (Routledge, 2001)、 共著に『原発とヒロシマ 「原子力平和利用」の真相』(岩波ブックレット、2011年)、編著に『戦争犯罪の構造:日本軍はなぜ民間人を殺したのか』(大月書店、2007年)、共編著にBombing Civilians: A Twentieth-Century History (New Press, 2009), Beyond Victor’s Justice?: The Tokyo War Crimes Trial Revisited (Brill Academic, 2011)などがある。趣味は尺八古典本曲演奏。