Sunday, April 13, 2025

ブライアン・バーレティック「トランプの関税政策は、より広大な世界戦争を起こす前の米国自身のデカップリングではないか」(New Eastern Outlook より翻訳)Brian Berletic: "Worst Case Scenario: Trump’s Tariffs Walling US Off Ahead of Wider World Conflict" (from New Eastern Outlook) Japanese Translation

Brian Berletic さん
元海兵隊員、現在はおもにユーラシアのジオポリティクスを論じる評論家として活躍しているブライアン・バーレティック氏はずっと日本語で紹介したいと思っていた人です。The New Atlas という YouTube チャネルで米国・西側帝国の世界規模の侵略戦争を告発し続けている、良心的な米国人知識人の一人として尊敬しています。かつて海兵隊員として沖縄に駐留していたことがあり、そのときに住民が基地に反対する様子を見たり、米軍が住民に犯罪を犯す有様を見て、米軍は「守る」ためにいるのではないという気づきが始まったといいます。彼がレギュラー執筆者として記事を書いている New Eastern Outlook から25年4月8日付の記事の日本語訳を、許可を得て紹介します。(翻訳はAIの助けを借りた後にチェックしました。文中の強調は当サイトの運営者によるものです。翻訳はアップ後変更することがあります。)

トランプ関税政策が騒がれていますが、これは中国の大国化を受けたオバマ政権の「Pivot to Asia」以来の、米国超党派の中国封じ込め作戦の延長線上にあるものであることを把握することが大事と思います。また、バーレティック氏は、トランプ関税政策は、米国の企業・金融勢力の強化や中国の経済的封じ込めだけではなく、自らがしかける戦争行為によって破壊されるであろう世界経済から米国だけを切り離し世界覇権として生き延びようとする計画なのではないかと指摘しています。これに、多極化が進む米国外の世界はどう対応するかと問うているのです。特に米国からハシゴを外されている欧州や、日本を含むアジアの「同盟国」だったはずの国々がどのような針路を取るのかが試されているのではないかと思います。数々の説得力ある文書や情報を用いたバーレティック氏の観察にはこれからも注目していきたいと思います。@PeacePhilosophy 

元記事:

Worst Case Scenario: Trump’s Tariffs Walling US Off Ahead of Wider World Conflict (April 8, 2025,  New Eastern Outlook

最悪のシナリオ:トランプの関税政策は、より広大な世界規模の戦争を起こす前の米国自身のデカップリングではないか

(タイトルは文の趣旨にもとづき意訳しています)

ブライアン・バーレティック

米国が世界各国を対象に大規模な関税措置を導入したことに対し、経済学者地政学の専門家たちは、ホワイトハウス内部の能力不足によるものと見なされる、一見非合理で自滅的とも思える対応に強い驚きを示している。


実際のところ、これらの関税は、外交・通商・経済政策における超党派の中核的な柱であり、最初は前回のトランプ政権下で導入され、その後のバイデン政権においても継続され、さらには拡大され、そして現在のトランプ政権のもとでさらに拡大されているのである。

広範な関税政策は、ドナルド・トランプ大統領自身の発想や、彼の政権内の人物によって突如生まれた思いつきではなく、選挙で選ばれていない企業・金融勢力によって明確に掲げられた政策であり、そうした利害団体の資金によって運営されるシンクタンクの文書、たとえばヘリテージ財団の「プロジェクト2025」の第26章「通商政策」などにおいて詳細に記されている。

この政策は、米国の再工業化を図る健全な計画でも、貿易赤字の実質的な是正策でもなく、むしろ「世界の支配的超大国」としての米国の地位を維持することを目的としている。

同文書では、以下のように述べられている:

米国がその世界的地位を維持し、それによって祖国と我々自身の民主的制度を最善の形で守るためには、製造業および防衛産業基盤を強化すると同時に、世界各地に分散されたサプライチェーンの信頼性と強靭性を高めることが極めて重要である。これを実現するには、現在アメリカの多国籍企業によって海外に移転されている生産の相当部分を国内回帰させる必要がある。

一見すると、これは米国経済の全般的な再工業化を示唆しているように思われるが、実際にそれを実現するために必要な施策――たとえば、包括的な教育改革や、インフラおよび産業への大規模な国家投資といった――については、ほとんど真剣に言及されていない。

「プロジェクト2025」の文書の中で記され、現在の米政権の下でさらに実施されている政策は、米国の経済を再構築するというよりも、むしろ世界の経済活動――とりわけ中国の貿易および産業――を妨害し、海外の産業を米国へと移転させることを目的としている。

その一例が、半導体メーカーであるTSMC(台湾積体電路製造)であり、同社はアメリカ本土アリゾナ州への施設移転を強いられた。だが、劣悪なインフラ、脆弱なサプライチェーン、そして熟練労働者の不足により、予算およびスケジュールの大幅な超過が発生し、加えて、米国人労働者では対応できない業務を担わせるために、台湾から数百人規模の労働者を米国へ移動させる必要が生じている。

同様に、2014年に米国が仕組んだウクライナの選挙で選ばれた政権の転覆と、それに続くロシア連邦との代理戦争の誘発を発端として、米国および欧州による制裁、さらにはノルドストリーム・パイプラインの意図的破壊により、ロシアからの安価な炭化水素資源の供給は大きく損なわれた。

その結果、欧州の製造業は米国への移転を余儀なくされており、ドイチェ・ヴェレ(DW)は2023年の記事「ドイツ産業は米国に移転しているのか?」の中で次のように述べている:

「一つは、地政学的緊張の高まりである。多くのドイツ企業は米国を『安全な港』と見なしている。他の理由としては、比較的低いエネルギーコストと、『インフレ抑制法』に基づく非常に手厚い補助金が挙げられる。」

長期的には、米国による関税政策と地政学的破壊工作の組み合わせによって、アジアや欧州といった世界各地から産業が米国へと移転させられるにつれ、不十分なインフラ、サプライチェーン、人材資源、そして教育・医療制度に対する米国の構造的負担は、今後さらに増大していくことになる。

同様に、2014年に米国が仕組んだウクライナの選挙で選ばれた政府の打倒と、それに伴って引き起こされたロシア連邦との代理戦争を契機として、米国および欧州によって科された制裁、さらにノルドストリーム・パイプラインの意図的な破壊により、ロシアからの安価な炭化水素供給は深刻な打撃を受けた。

この結果、欧州の製造業は米国への移転を余儀なくされており、ドイチェ・ヴェレ(DW)は2023年の記事「ドイツ産業は米国へ移転しているのか?」において、以下のように述べている:

ひとつは地政学的緊張の高まりである。多くのドイツ企業は米国を「安全な避難港」と見なしている。
他の理由としては、比較的低いエネルギーコストと、「インフレ抑制法」に基づく非常に手厚い補助金がある。

長期的に見れば、米国の関税政策と地政学的な妨害工作の組み合わせによって、アジアや欧州のような地域から米国へと産業が移転させられるにしたがい、米国の不十分なインフラ、サプライチェーン、人材資源、さらには不備のある教育・医療制度に対する負荷は増す一方となるであろう。

 仮に、産業移転のために必要な上記の基礎的要素すべて、またはいずれかに十分な資源が投入されたとしても、その整備が追いつくまでには何年もかかることになる。

短期的には、過去8年にわたって実施されてきた関税の課税および貿易戦争の誘発という政策が示してきたように、すでに深刻化している生活費危機がさらに拡大する見込みであり、食料品、家賃、燃料、医療、教育に苦しんでいる数千万人の米国民の生活に直接的な影響を及ぼすことになる。

ワシントンの執着の的は「MAGA(米国を再び偉大に)」ではなく、中国である。

米国が欧州の産業を弱体化させ、解体することに成功した事例は、より大規模かつ野心的な世界規模の政策を推し進めるうえでの指針となっている可能性が高く、最終的には中国を対象とした戦略へとつながっている。

「プロジェクト2025」では、中国に関して特に取るべき一連の措置が列挙されている。その中には以下のような内容が含まれている:

中国製品すべてに戦略的に関税を拡大し、関税率を「メイド・イン・チャイナ」製品を排除するレベルにまで引き上げること。さらに、重要な医薬品などの必需品へのアクセスを失うことのないよう、計画的かつ段階的にこの戦略を実行すること。

そしてまた、次のような提言もある:

TikTokやWeChatといった中国のソーシャルメディアアプリをすべて禁止すること。これらは重大な国家安全保障上のリスクをもたらし、米国の消費者をデータや個人情報の盗難にさらしている。

さらに、以下のような措置も求められている:

医薬品、半導体、レアアース、コンピュータ用マザーボード、フラットスクリーン・ディスプレイ、軍用部品など、国家安全保障を脅かす可能性のある供給網に関し、中国(共産党体制)への依存を体系的に削減し、最終的には完全に排除すること。

また、次のような提案もなされている:

スパイ行為および情報収集活動を防止するために、中国人学生や研究者へのビザ発給を大幅に制限または停止すること。

これらはいずれも、現在のトランプ政権下においてすでに米国の政策となっているか、あるいは急速に政策へと変換されつつあるものである。

中国の製造基盤は、医薬品や日用品から建設資材、大規模インフラ事業に至るまで、あらゆる製品を世界中の国々にとって手の届く価格で供給可能にし、これにより世界全体の生活水準は急速に向上してきた。世界は総じて、中国との協力を機会として捉えている。

中国が米国にとって脅威と見なされているのは、その人口規模(G7諸国の合計を上回る)、依然として拡大を続ける巨大な産業基盤、そして世界水準のインフラを有しているからであり、それは真の意味での国家安全保障上の懸念ではなく、「世界の支配的超大国」としての米国の地位を維持するという観点からである――これは、「プロジェクト2025」および他の企業・金融独占勢力が支援する政策文書に明記されている通りである。

このような文書では、中国が「深刻な存続上の脅威(existential threat)」であると宣言されている。ただし、それは米国という国家や米国民に対する脅威ではない。むしろ中国との協力によって、他の国々と同様に米国も利益を得られるはずである。しかし、中国製品やサービス、さらにはラテンアメリカからアフリカ、ユーラシア全域に至るまで、中国と共に台頭しつつある諸国の競争力に直面し、もはや太刀打ちできなくなっているのが、これらの文書が真に守ろうとしている、米国内に深く根を張る企業・金融独占勢力なのである。

最悪のシナリオ

世界各国に対する米国の関税強化について、最も即座に思い浮かぶ、そして直感的な説明としては、国内に深く根を張る企業・金融独占勢力が、増大する海外からの競争から守られること、あるいは世界的に拡大する中国の経済的影響力を封じ込めるという具体的な戦略が挙げられる。だが、多くの人々が見落としている、より深刻な可能性が存在する――それは、米国が、経済的手段と実際の戦争行為を組み合わせることで意図的に破壊しようとしている世界経済から、自らをデカップリング(切り離す)しようとしている可能性である。

関税が米国の生活費危機に与える影響は、すでに明白であり、かつ拡大しつつある。そしてその代償は、政治的、社会的、経済的にきわめて大きく、持続不可能である。そのため、それらの犠牲が容認され得るとするのであれば、重大な衝突の到来を見越した準備以外には、ほとんど理由が考えられないのである。

もし米国が、現在の世界経済体制を意図的に破壊する、あるいは複数の「敵対国」と見なす国々との大規模戦争に備えているのであれば、世界経済から事前に――かつ米国自身の都合で――自らを切り離すこと、とりわけ中国へのサプライチェーン依存(それは米国の軍産複合体全体にも及ぶ)を解消することは、必要不可欠な前提条件となるであろう。

上述のTSMC(台湾積体電路製造)がアリゾナに工場を建設しているという事例は、戦争によって台湾本島のTSMC施設が破壊される可能性に備える意味で、米国がリスクを回避しようとしている措置であることは明らかである。米国の政策立案者たちは、仮に中国が同施設を破壊しなかった場合であっても、米国がそれを自ら破壊し、中国による利用を阻止すると公然と発言している。

米陸軍戦争大学が2021年に発表した論文『壊れた巣:台湾侵攻を中国に思いとどまらせるには(Broken Nest: Deterring China from Invading Taiwan)』では、次のように述べられている:

…米国と台湾は、武力によって台湾が奪取された場合、台湾の維持が魅力的どころか極めて大きな負担となるよう、標的を定めた焦土作戦を計画すべきである。この目的は、世界で最も重要な半導体メーカーであり、中国にとっても最重要の供給元である台湾積体電路製造(TSMC)の施設を破壊するという脅しを通じて、最も効果的に実行できる。

これは、最近の過剰とも言える関税政策によって促進されている、より広範な準備の縮図をなしているのである。

中国を標的とした関税およびそれに付随する政策は、将来的に軍事衝突が始まった際、米国自身への影響を最小限に抑える役割を果たすだけでなく、事前に中国を弱体化させる手段としても機能すると考えられている可能性がある。

これがいかに過激に聞こえるとしても、現在すでに米国は、アジア太平洋地域において対中国の大規模な軍備増強に着手していることを忘れてはならない。加えて米国は、数年にわたり、中国の「一帯一路」構想(BRI)に関連するインフラ、中国人技術者、およびそれらを保護する現地の治安部隊を標的とした、テロリストおよび武装勢力を利用する形での非公式かつ宣言なき代理戦争をユーラシア全域において展開してきた。

米国は、近い将来に中国との軍事衝突が発生することを想定し、特化した新型兵器の開発および配備を進めている。さらに米国は、中国軍そのものと中国の海岸線や国境付近で直接衝突するのではなく、中国の海上輸送を世界規模で標的とするという、非常に特異なタイプの戦争への準備を進めているのである。

この構想に関連し、オバマ政権、トランプ政権(2期)、そしてバイデン政権に至るまで、複数の政権によって重要な政策措置が講じられてきた。その中心にあるのが、中国の海上輸送を対象とする世界的な封鎖である。

オバマ政権による「アジアへの軸足移動(Pivot to Asia)」は、長年にわたる「対テロ戦争」に適応した軍隊編成から、同等あるいはそれに近い競争国との戦争に対応可能な戦闘部隊への再編成を開始するものであった。第1次トランプ政権下では、米国は軍備管理条約からの離脱を行い、これによって対弾道ミサイル防衛から中距離・長距離ミサイルに至るまで、条約違反に該当する兵器の開発およびアジア太平洋地域への配備が可能となった。

バイデン政権期において、米海兵隊全体は、それまでの統合兵科による遠征戦闘部隊から、アジア太平洋地域における対艦作戦に特化した部隊へと完全に再編された。この再編では、戦車および歩兵部隊が対艦ミサイル部隊へと置き換えられ、同等または準同等の敵勢力との紛争を想定した沿岸機動および制海作戦に対応するために編成された「海兵沿岸連隊(Marine Littoral Regiments)」が創設された。

また、米空軍もバイデン政権下で戦略の導入を開始し、それはトランプ政権下においても継続されている。その戦略とは「機動戦力運用(Agile Combat Employment, ACE)」であり、これは米空軍の航空戦力をアジア太平洋地域に多数の空軍基地へと分散させることで、武力衝突が発生した場合に中国によって米空軍の戦力が標的とされ、破壊されることを困難にすることを目的としている。

ここ数か月の間だけを見ても、アジア太平洋地域における米軍の増強に加え、現トランプ政権は、世界的な海上輸送を封じ込めるための抜本的な措置を講じている。中東における米軍の展開を拡大し、紅海およびホルムズ海峡を標的とした軍事力の集中、ロシアおよび中国の海上輸送を口実としたグリーンランドの併合の可能性、そして中国を牽制する目的でのパナマ運河の掌握などが挙げられる。

米国経済を世界経済の意図的な崩壊から遮断するための世界規模の関税政策が極端なものであるのと同様に、中国との戦争に特化して米軍全体を再編し、世界各地の重要な海上チョークポイントを掌握するという行動もまた同様に過激であり、こうした政策は、世界秩序の破壊を意図的に引き起こす戦略の一環としてのみ合理性を持ちうる。

歴史上、終末的な衰退局面にある帝国は、危険なまでの焦燥と絶望に駆られるものであった。21世紀において、米国はまさにそのような現代の帝国であり、核兵器を備え、世界規模の軍事力を有し、世界経済の中枢を担う手段を掌握している。その手段は、自らが長年君臨してきた国際秩序の座を手放すよりも、むしろ世界システム全体を破壊することを選ぶ可能性すら秘めている。米国の目指すところは、この「統制された解体」を生き延びたうえで、他国に先んじて再び「世界の支配的超大国」としての地位を確立することにある。

これに対し、他の国々、特に新興の多極化世界秩序を志向する国々にとって必要となるのは、抑止力、代替的な経済・通商・金融システムの構築、そして米国による経済戦争および実際の軍事攻撃から自国の経済と国民を防衛するための「防壁」戦略である。

米国は、同盟国とされる国々の国民を含め、自国民に対しても長期的な経済的・社会的・政治的苦難を課す準備を進めている。米国内における生活費危機は今後さらに悪化するであろう。米国は、自国および国外における経済的苦痛と混乱を、新興の多極化世界よりもよく耐え抜くことができると見込んでいる。多極主義の存続は、その見込みが誤りであることを証明できるかどうかにかかっているのである。

ブライアン・バーレティックは、バンコクを拠点とする地政学研究者・執筆者である。

原文はここを参照。

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Thursday, April 10, 2025

米国のイラン敵視の歴史:ジェフリー・サックス The U.S. threatens war against Iran: Jeffrey Sachs with Judge Andrew Napolitano

前回に続き、アンドリュー・ナポリターノ判事の、Judging Freedom にようこそ。2025年4月8日火曜日(米国時間)、コロンビア大学のジェフリー・サックス教授を迎えた対談の訳を紹介します(一部省略、簡素化しています)。今回は米国がイスラエルのために行おうとしている対イラン戦争についての歴史的観点も含めたコメントをしています。トランプ関税については4月9日の「(中国以外)90日間停止」のニュースが入る前のコメントと承知ください。

ナポリターノ:
アメリカがイエメンのような無力な国を爆撃することに、軍事的・政治的・地政学的な利益があるのか、お尋ねしたいと思います。

そして今朝、アメリカ合衆国大統領自身が投稿した動画を目にしました。30人から40人ほどの男性たちが輪、あるいは楕円形の列を作り、ラマダンの断食明けの行事を始めようとしている場面です。何が起きたかは、検閲の都合でお見せできませんが、その瞬間、ピート・ヘグセスによる爆撃が彼ら全員を粉砕しました。この「投稿」「自慢」「殺戮」に、いったい何の意味があるのでしょうか?

サックス:
明らかに、そこに得られるものは何もありません。あるのは、アメリカが中東で繰り広げている高額で、残酷で違法な、そして永続的な戦争を、イスラエルのために延命させることだけです。

この戦争は、北アフリカ(リビア)、東アフリカ(スーダン、ソマリア)から、東地中海(ガザ、西岸地区、レバノン、シリア、イエメン)へと広がっており、今週ワシントンを訪問したネタニヤフの意図としては、さらにイランへと拡大しようとしています。

これは20年以上にわたって続く地域戦争です。そしてそれは、イスラエルがパレスチナ人に対して支配の政策をとっており、平和が存在しないために続いているのです。その結果、パレスチナ人への支持が地域全体に広まり、軍事的支援も含まれるようになっています。

ネタニヤフの方針は、これまでにも話してきましたが、交渉もしない、妥協もしない。ただ「粉砕する」のみです。標的となるのは、パレスチナ人だけではありません。リビア人、ソマリア人、スーダン人、レバノン人、イラク人、シリア人、そしてイエメン人――パレスチナの大義を支持する可能性のあるすべての人々です。

彼らにテロリストのレッテルを貼るのは簡単です。何と呼ぼうと自由ですが、実際にテロを行っているのはイスラエルであり、今まさにガザやパレスチナで行われているのは「ジェノサイド(大量虐殺)」です。これは、妥協しない反対勢力があるから起きているのではなく、イスラエルが「大イスラエル」の支配を絶対的に求めているからなのです。

これは、宗教的な欲望と世俗的な野望が入り混じったもので、ネタニヤフが率いる過激で極端な政権の思想であり、彼はこのビジョンを30年前から持ち続けてきました。

そして、我々アメリカはその共犯者です。トランプ大統領は、ネタニヤフ訪問の際に再びゴーサインを出しました。そのネタニヤフは、国際刑事裁判所(ICC)によって戦争犯罪および人道に対する罪で逮捕状が出されている人物です。

ここ数日でも、援助職員たちがイスラエルによって故意に殺害されるという残虐な事件が起きています。誰もそれを止められません。

ですから、「何の利益があるのか?」と問われれば、こう言うかもしれません――「フーシ派が我々を攻撃しているではないか」と。しかし彼らは、パレスチナの大義を守るために戦っているのです。ハマスもそうです。彼らが攻撃しているのは、同じくパレスチナの大義を守るためです。

問題の核心はここにあります。イスラエルは、「パレスチナの大義など存在しない」と言っているのです。「我々はあの者らを粉砕する。殺す。破壊する。民族浄化を行う。何十万人もの入植者を送り込み、ヨルダン川西岸を植民地化する。」と。

もちろん、そんなやり方で平和が訪れるはずがありません。でも、それが本当にアメリカの国益なのでしょうか?

永遠に続く戦争?国家を破綻させ、国際的に孤立させ、世界中との関係を絶ち、人々にこの状況が何であるかを見抜かせる――すなわち、現在進行中の抑圧と戦争犯罪への共犯であるという現実を。

これは非常に悲しいことです。なぜなら、戦争は政治的な問題を解決することはできません。ただ多くの人々を殺すだけで、根本的な政治的課題は解決できないのです。

ナポリターノ:

ダグラス・マクレガー大佐は、指摘しています。トランプ大統領がイランに突きつけた要求は以下の通りです。

A. 核施設の解体――これは、彼自身のCIAやDIA、他の諜報機関によって「存在しない」と報告されているものです。

B. 弾道ミサイルやその他の攻撃的兵器の解体。

こうした要求は、イランを主権国家ではない、ある種シリアのような状態にまで追い込むもので、「交渉の余地がない要求(non-starters)」です。

ですから私は思うのです。これらの要求は本当に目的なのか? それとも、ネタニヤフが熱望している戦争を始めるための単なる口実なのか?

サックス:
理解しておくべきなのは、この30年間のアメリカ外交政策の傲慢さです。相手と交渉などしない――爆撃し、脅し、アメリカの覇権が常に勝つと信じ込む。

イランの場合には、核計画を終結させ、その見返りに制裁を解除するという合意がありました。それが、2016年にアメリカを含む複数の国々によって締結された「包括的共同行動計画(JCPOA)」です。

ところが、ドナルド・トランプが2017年に大統領に就任すると、彼はこのJCPOAを即座に破棄しました――ちなみにそれはイスラエルの強い要請によるものでした。イスラエルはJCPOAによる非核化に関心があったわけではなく、イランを「7番目の戦争相手」にすることに関心があったのです。これは、我々が何度も議論してきたリストに載っていた国の一つです。イスラエルは、アメリカがイランを爆撃し、名目上は破壊することを望んでいます。

これは、朝鮮民主主義共和国(朝鮮)と起きたことともよく似ています。1990年代後半、クリントン大統領は朝鮮との間で非核化のための合意を交わしました。しかしアメリカは自らの義務を果たさず、朝鮮も合意の条項に違反しました。そうした状況で本来取るべき対応は、合意に立ち返り、それを再確認し、強化することです。

ところが、次に政権を取ったジョージ・W・ブッシュ大統領は、現代アメリカ史において最も破壊的な外交官の一人、ジョン・ボルトンを任命しました。ボルトンはこう言ったのです。「強硬路線をとれ。朝鮮を脅し、言うことを聞かせろ。」

さて、結局我々は何を得たのでしょうか?核を保有する朝鮮です。核兵器の備蓄と運搬能力は増え続けています――それは、我々が交渉による道を拒んだからです。

そして今、同じことが再び起ころうとしています。トランプはこう言うかもしれません――「そうだ、交渉しよう。ただし、我々の条件を受け入れなければ破壊する」と。そんなセリフは何度も聞いてきました。これがアメリカ式のやり方であり、何度も何度も失敗してきた方法です。

なぜかアメリカの指導者たちは、「相手を徹底的に軽蔑し、侮辱することが成果を生む」と信じているようです。しかし、これはまったくの逆です。私たちが日常生活で他者と良好な関係を築こうとする際にとるべき態度とは正反対です。隣人が気難しい人であったとしても、そんなふるまいは逆効果です。真の合意に達するには真逆のアプローチが必要なのです。

何が起きるかは誰にも分かりませんが、非常に高い確率で交渉は不信感の中で崩壊するでしょう。そしてその先に何が起こるかは、もはや神のみぞ知る状況です。戦争か? 核武装したイランか? それすら分かりません。

しかし合意に達するためには、両者の間に「信頼を築く」ことが不可欠です。核開発計画を終了させる、あるいはすでにほぼ終結している場合にはそれを最終的に完了させることが、双方にとって利益であると確認できること。そして見返りとして、脅迫・制裁・軍事攻撃のリスクを終わらせること――特に、アメリカに戦争を強く要求し続ける、おぞましいイスラエル・ロビーの影響下では、そうした努力が必要です。

そして私が「アメリカ」と言うとき、それはアメリカ市民のことを言っているのではありません。ワシントンにいる傲慢な連中のことです。彼らは「脅しと爆弾こそが唯一の解決策」だと信じており、1990年代初頭以来、30年以上にわたる終わりなき戦争を我々にもたらしました。信じがたいことですが、それが今なお続いているのです。

ナポリターノ:

さて、こちらが昨日の大統領の様子です。ネタニヤフ首相と昼食を共にした直後の発言です。この映像では彼の隣に首相が座っているのですが、画面には映っていません。とはいえ、トランプのイランに関する発言には、ネタニヤフの眉が思わずピクリと動いたであろう一節が含まれています。

記者:
「あなたの指導のもとで、アメリカはイランの核計画を軍事的に破壊し、この脅威を除去する準備ができているのですか?」

トランプ:
「もしイランとの協議がうまくいかなければ、イランは重大な危機に陥ると思います。言いたくないけれど、本当に重大な危機です。なぜなら、イランは核兵器を持ってはならないからです。これは複雑な話じゃありません。イランは核兵器を持ってはならない。それだけの話です。持ってはならない。
現在、核兵器を持つべきでない国が他にもありますが、それについても今後交渉によって解決できると思います。しかし、イランは核兵器を持ってはならない。そして、もし交渉がうまくいった場合、むしろイランにとっては非常に厳しい日になるでしょう。」

トランプはイランについて語っていますが、そのすぐ隣に座っているのは、違法に核兵器を保有している国の指導者です。

サックス:

実はアメリカは1950年代後半、イスラエルが核兵器を保有するのを防ごうとしました。アイゼンハワー大統領、そしてその後のケネディ大統領も反対していました。しかしイスラエルは巧妙に立ち回り、多くの非公式な工作、非難、否定を通じて、その制止をかいくぐったのです(ここでは詳細には触れませんが)。

いずれにせよ、イスラエルは明白に核保有国であり、アメリカの軍隊を自国のために投入することを全くためらいません。そして、これまでも不当な理由でアメリカを戦争に次々と引き込んできました。今また、それをイラン相手にやろうとしているのです。

トランプ大統領の言うとおり、それほど複雑な話ではありません。実際、彼が初めて大統領に就任した2017年1月20日の時点で、すでに合意(JCPOA)は存在していたのです。

もしかすると、彼はそれがオバマ政権下で交渉された合意だったというだけで受け入れられなかったのかもしれません。あるいは、イスラエル・ロビーの影響を受けたのかもしれません。あるいは彼のいつもの強硬姿勢――「相手が合意したなら、その合意は悪いに違いない」という考えに従ったのかもしれません。

「もっと圧力をかけて合意を崩壊させれば、さらに多くの要求を通せる。あるいは少なくとも自分にとってはそう思える」と。

でも合意はすでに存在していたのです。そして彼の言うとおり、合意は可能です。ただし、「イランを破壊するぞ」と脅すことは、その合意に至るための効果的な手段ではありません。しかし、合意は可能です。なぜなら、すでに「実例」が存在していたからです。

ナポリターノ:

では、アメリカの情報機関がイランをイスラエルへの脅威と見なしているかどうか、私たちは知っているでしょうか? イランがイスラエルにとっての脅威というよりも、むしろイスラエルのほうがイランにとっての脅威である――そう考える方が現実的ではないでしょうか?

サックス:

「脅威か否か」という単純な二元論ではありません。我々が他国をどう見なすか、どう接するかの問題なのです。もし我々が他国を爆撃で脅し、合意を破棄し、交渉した協定を自ら無効にしてしまえば——

ここで、ぜひ振り返っていただきたい歴史があります。1953年、アメリカはイランの民主主義を打倒しました。MI6とCIAの共同によるクーデターで、当時のイラン首相モハンマド・モサッデクを排除したのです。

モサッデクは選挙で選ばれた人気のある非常に聡明な首相でした。彼は、「地下にある石油は、イラン国民のものであって、イギリスやアメリカのものではない」と信じていたのです。勇気ある人でした。

その結果、1953年に政権転覆し、警察国家を敷きました。イランの人たちは怒りました。革命が1979年に起き、人質事件が起こり、レーガン大統領の就任と同時に人質が解放されたとき、アメリカは何をしたでしょうか?

アメリカはイラクを武装させました。サダム・フセイン――あの「親しい友人」であり、のちに我々が打倒した人物――に武器を供給し、イラン人を何十万人と殺させ、民間人に甚大な被害をもたらしました。イラクに武器・装備・資金を与え、イランを壊滅させる手助けをしました。

クーデター、政権転覆、警察国家。すでに何度も繰り返されてきた歴史です。そしてその後になって、「なんて酷い国だ、敵だ、脅威だ」と言うのです。

もし2016年の合意を順守していたならば――もし、イランがバイデン政権下で何度も、ほとんど絶え間なく差し出してきた「平和のシグナル」を真剣に受け止め、応じていたならば(政権はそれらをすべて無視するか、退けましたが)、今のような状況とは違ったはずです。

ワシントンの固定観念に凝り固まった人々の頭では、戦争と脅迫と爆撃と政権転覆以外に平和をもたらす手段があるということが理解できないのです。

ナポリターノ:

あなたは経済的観点から、私は法律および憲法の観点から、厳しく大統領の関税政策を批判しました。その違法かつ憲法違反で、経済的にも誤った関税政策が、今日の地政学にどのような影響を及ぼしているのでしょうか?

サックス:
まず第一に、世界中の人々は、たった3日間で時価総額10兆ドルが吹き飛んだことにまったく呆れています。新たな経済不況への突入や、ここ数十年で最も深刻な経済的な不確実性の高まりにも、誰もが不安を感じています。

中国は「いいえ、トランプ氏。我々はあなたの脅しには屈しません」と言いました。それに対してトランプ大統領は、「では関税率をさらに50%上乗せして、100%を超えさせる」と言い放ちました。

そして、ちょうど私たちがこの会話を始める直前、もし私が見た見出しが正しければ、アメリカ政府は実際にその方向に進もうとしているとのことです。詳細な報道を見ていないので確証はありませんが、たった3日で、世界経済の秩序は大統領令ひとつでひっくり返されました。
その文面はこう始まっています――「アメリカ合衆国大統領としての権限により、私は非常事態を宣言する…」

これは、民主主義国家としてのアメリカのあるべき姿ではありません。これは民主主義の劣化であり、逸脱です。私たちの国がこのようなやり方で運営されていること自体が、恥ずべきことです。そしてその影響は、全世界に及んでいます。

いま世界中の国々が、必死に対応しようとしています。中には「どうすればご満足いただけますか、閣下」と、ひざまずくような姿勢をとる国もあります。ホワイトハウスはそれを喜んでいるに違いありません。

しかし、他の国々はこう考えています。「これはまったく受け入れがたい。一人の人間が独断で、数十年かけて築かれた秩序を破壊するなど許されない」と。

多くの国々が今こう自問しています。「我々の貿易相手国は誰なのか?来週、何が起こるのか?関税が適用されたら、我々はどうすればよいのか?」

私は、非常に多くの国々が急速に「我々はもっと相互に協力しなければならない」という結論に達していると思います。アメリカが、彼らの市民の生活の基盤を破壊しつつあるからです。

欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長と、中国の首相の間で通話が行われ、「これ以上トランプ氏の決定が世界経済に壊滅的な影響を与える前に、今すぐ安定のための交渉しなければならない」と確認されました。

ですから中国とEUは、成熟した対応で、これ以上の悪化を防ごうとしていると私は願っています。

前回申し上げたように、インドと中国は冷静でバランスの取れた関係を維持するための措置を講じています。中国・韓国・日本も同様です。ASEAN――東南アジアの10か国――も、域内統合をより強化するための会合を重ねています。7億人を抱えるこの地域が、中国との統合をさらに深めなければならないという認識を持つようになったのです。

トランプは、議会での審議も、法にもとづく投票もなく、アメリカのビジネス界や世論の支持もなく、たった一人で「大統領令」で世界全体を危機に陥れました。

この危機は、多くの国々を「防衛的連携」へと駆り立てることでしょう。他国にとって、アメリカはもはや重大な経済的脅威となっているのです。

(以上)

当サイトの過去のジェフリー・サックス関連投稿:

ジェフリー・D・サックス「CIAはいかに世界を不安定化させるか」(Common Dreams 寄稿)Jeffrey D. Sachs: How the CIA Destabilizes the World (Japanese Translation)

「ヨーロッパはNATOではない:独自の外交政策が必要」ジェフリー・サックス、欧州議会で熱弁 Jeffery Sachs: Europe is Not NATO and Needs its Own Foreign Policy


Thursday, April 03, 2025

日本語訳:「カナダの『歴史戦』:日本軍『慰安婦』と南京大虐殺をめぐって 」Satoko Oka Norimatsu, Canada's “History Wars”: The “Comfort Women” and the Nanjing Massacre -- Japanese Translation

See HERE for the original article in English:

カナダの「歴史戦」:日本軍「慰安婦」と南京大虐殺をめぐって

乗松聡子


2019年11月21日、ブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)アジア研究所においてコリア研究センター(CKR)日本研究センター(CJR)の共催で、モンタナ州立大学の山口智美准教授を迎えてセミナーThe “History Wars” and the “Comfort Woman” Issue: Revisionism and the Right-wing in Contemporary Japan, U.S., and Canada「『歴史戦』と日本軍『慰安婦』問題:現代の日本、米国、カナダにおける歴史修正主義と右翼の動向が開催され、山口氏の講演に続き乗松聡子がカナダの例について話しました。★UBCは、マスクゥイム・ネイションの伝統的な土地の上に所在しています。

その講演会の内容にもとづいた記事が、The Asia-Pacific Journal: Japan Focus (「アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス」)に掲載されました(2020年3月15日)。

山口智美氏:The “History Wars” and the “Comfort Woman” Issue: Revisionism and the Right-wing in Contemporary Japan and the U.S. 「『歴史戦』と日本軍『慰安婦』問題:現代日本と米国における歴史修正主義と右派」

乗松聡子:Canada's “History Wars”: The “Comfort Women” and the Nanjing Massacre 「カナダの『歴史戦』:日本軍慰『安婦』と南京大虐殺をめぐって」

乗松の記事の日本語版をお届けしようと思いながら月日が経ってしまいました。5年前の記事ですが、この記事に登場する、差別発言で有名な杉田水脈氏があらたに今年の参議院選候補として名前が上がっていることもあり、今発表する意義があると判断しました。杉田氏は議員浪人中の2016年秋、バンクーバーのサイモン・フレーザー大学で開催された沖縄についての映画上映会に「潜入」し、私や仲間の写真を盗み撮りしました。後日産経新聞のネット記事で「反日」集会だったと報告し、櫻井よしこ氏の番組で写真を暴露しました。(くわしくはこちらのX投稿スレッドこちらのブログ投稿など参照)

翻訳は、自動翻訳プログラムを使った上で修正しました。(注:翻訳はアップ後修正することがあります。)



ブリティッシュ・コロンビア大学コリア研究センターと日本研究センターによるイベントポスター


序文


私は、山口智美氏による、日本の歴史修正主義の解説と、その歴史修正主義者たちによる、日本軍性奴隷制度を海外で記憶する行為を妨害するための介入についての解説を踏まえ、2015年から2018年にかけてのカナダにおける「歴史戦争」について論じようと思います。

2015年、バンクーバー市の東に位置する人口約22万人の都市バーナビー市は、韓国の姉妹都市である華城(ファソン)市と共同で、バーナビー市内の公共公園のひとつであるセントラルパークに「平和のための少女像」の建立を計画しました。しかし、在バンクーバー日本国総領事館や日本国内の右翼、その影響を受けたカナダ側の地元住民などから猛烈な反発を受けます。結局、華城市の像は大陸の反対側にあるトロントのコリア系カナダ人の施設に置かれることになりました。

2016年から2018年にかけて、オンタリオ州、マニトバ州、ブリティッシュ・コロンビア州の州議会議員は、2017年が、南京とその周辺地域を征服した日本帝国軍によって中国人捕虜と民間人が虐殺され、女性と少女が強姦され殺害され、その被害は数十万に上った残虐行為から80周年を迎えたことから、12月13日を「南京大虐殺記憶の日」(NMCD)として制定しようとしました。こうした取り組みは、日本政府や日本とカナダにいる、日本ナショナリストからの敵対的な圧力を受けましたが、2018年10月26日、オンタリオ州議会のスー・ウォン議員は、NMCD動議(Motion 66)への全会一致の支持を得ることに成功しました。連邦レベルでは、2018年11月28日、ジェニー・クワン議員が同様の動議を提出しました。可決はされませんでしたが、ジャスティン・トルドー首相は、カナダ人がこの歴史を記憶することの重要性を承認しました。

私はこれらの出来事の単なる観察者ではなく、2015年のバーナビーの「慰安婦像」をめぐる議論や、2018年の連邦政府による南京大虐殺を記憶する日の宣言のための取り組みに参加しました。2015年、私は当初、像の建設を望むコリア系カナダ人コミュニティのメンバーと、像の建設を阻止したい日系カナダ人コミュニティのメンバーの間の「橋渡し」をしようとしていました。「橋渡し」は必ずしも私がやりたかったことではありませんでしたが、日系との関係を大事にしたいコリア系カナダ人の人たちの依頼を受けて、承諾したのです。最終的には、コリア系カナダ人が日系カナダ人、チャイニーズ系カナダ人などのエスニック・コミュニティのメンバーを集めて結成した「平和の像委員会」の一員となりました。2018年には、日本政府や日本のナショナリストの反対に対抗して「南京大虐殺記憶の日を支持する日系カナダ人の会」を結成しました。

私の立場は2つありました。第一に、記憶行為への反対に対して反対することでした。まず、日本にルーツを持つ人々が、日本帝国の暗い過去を記憶する行為に対して積極的に反対するのは恥ずかしいことだと思いました。第二に、そのような反対運動の背景にある歴史否定を非難しなければならないと思いました。例えば、ドイツ系カナダ人が、カナダで行われるホロコーストの記念行事に対して、その歴史的議論に根拠がないなどと主張し、組織的な抗議活動を展開することが想像できるでしょうか。日系カナダ人(注1)の中にも、このようなナショナリズム的な反対運動や、歴史否定を行っている者たちがいることを示す必要があったのです。 


2014-2015: ブリティッシュコロンビア州バーナビー市における日本軍「慰安婦」像の計画


バーナビー市セントラル・パークにある朝鮮戦争記念碑。(筆者撮影)


BC州バーナビー市の「慰安婦像」の建設予定地は、面積は86エーカー(約35ヘクタール)あるセントラルパークの西端で、隣のバンクーバー市との境界線であるバウンダリーロードに面している場所でした。2014年秋にバーナビー市と華城市の間で覚書が交わされ、セントラルパーク内の、朝鮮戦争(1950~53年)で亡くなったブリティッシュ・コロンビア州出身の36人の兵士を記憶する朝鮮戦争記念碑の近くに像を建てる計画が進められていました。

産経新聞(注2)によると、日本政府は2014年9月の時点でこの計画を把握していましたが、このことが公になったのは、韓国のハンギョレ新聞が2015年3月6日付の記事で「京畿道の華城市が、日本軍性奴隷の被害者をたたえ、世界平和を願って、カナダの姉妹都市バーナビーに『平和の少女像』を建てる予定だ」と報じたことがきっかけでした。(注3)

日本の右派はすぐに反応しました。日本に拠点を置く右派系の女性団体「なでしこアクション」は、日本軍性奴隷の歴史を否定しており、Change.orgで像の設置に反対する署名キャンペーンへの協力を呼びかけました。(注4)この署名は4月中旬までに1万3,000件以上集まりました(コメント欄を見ると、多くは日本からの署名のようです)。また、反対派は、英語のメールテンプレートを5種類用意し、バーナビー市にメールを送るよう呼びかけました。(注5)その結果、バーナビー市長のオフィスには何千通ものメールが殺到しました。

保守系ジャーナリストの大高未貴氏は、ネット番組「チャンネル桜」で、「韓国人による捏造された歴史のプロパガンダ」のせいで、「罪のない日本人の子どもたちがいじめられる」と視聴者に訴えました。そして、バーナビー在住の日本人に向けて、「カナダで活動している日本人と連絡を取りたいので、協力できる人は連絡してほしい」と呼びかけました。(注6)

大高氏は、Change.orgの署名運動やバーナビー市に送るメールのテンプレートについても、「なでしこアクション」創設者の山本優美子氏が「親切に用意してくれました」と紹介し、バーナビーの少女像への反対運動が現地の住民ではなく、日本の右派的な歴史修正主義者たちによって始められ、主導されていることを隠しませんでした。2015年4月1日には、日本の保守系全国紙である産経新聞が、「歴史戦」シリーズの一部として、バーナビーの少女像設置計画を一面トップで報じました。(注7)太平洋の向こう側にある人口22万人の地方都市での記念像設置の話が、人口1億2,000万人以上の国の全国紙の一面を飾るというのは、なかなか異様とも言える出来事でした。

バンクーバー新報が慰安婦像への反対運動を一面で取り上げた記事の例。筆者撮影。


それとは対照的に、カナダの主流メディアはこの問題にほとんど関心を示さず、唯一取り上げたのは、バーナビーの地方紙「Burnaby Now」による1、2本の報道だけでした。同紙は、2015年3月18日に日系人と見られる住民およそ20数名が、慰安婦像の設置に抗議するため、毎月開かれている「公園・レクリエーション・文化委員会」の会合に出席したと伝えています。(注8)それ以外では、この問題に関する地域での議論はほとんど日本語のみで行われており、週刊紙『バンクーバー新報』が、事実上「像反対期成同盟会」(以下、「反対同盟」)と呼ばれる地元の反対組織の代弁者のような役割を果たしていました。この団体は、日系カナダ人実業家のゴードン・カドタ氏が率いていました。(注9)

それでも、バーナビーの少女像設置計画に対しては、さまざまなレベルでの圧力が存在していました。政府レベルでは、自民党の「日本の名誉と信頼を回復するための特命委員会」(委員長:元外務大臣の中曽根弘文氏)(注10)が、4月2日に外務省から説明を受けました。外務省は、「昨年9月から情報収集に努めている。設置阻止に向けて、『静か』だが積極的な働きかけをしている」、「姉妹都市の釧路市による働きかけの側面支援、日加協会や日系企業などとの情報交換」などで対応していると報告しました。(注11)

実際、在バンクーバー日本総領事公邸で反対派の会合が開かれていたこと、また釧路市が、姉妹都市提携50周年記念行事の中止をちらつかせながらバーナビー市に圧力をかけていたことを、私は知ることになりました。バーナビー市のデレク・コリガン市長は、当時の在バンクーバー日本総領事・岡田誠司氏や、総領事と緊密な関係を持っていた反対派のリーダー・ゴードン・カドタ氏から、直接的な圧力を受けてもいました。(注12) 

反対組織・期成同盟会の署名用紙。2015年4月中旬から5月中旬にかけて、約1,300筆の署名が集まったという。

 同調圧力も存在していました。カドタ氏は地元で署名運動を始め、実際に紙の署名を集めました。この署名は、地域のコミュニティ団体や武道、茶道といった文化・スポーツ活動の場を通じて回され、「日本人なら署名すべきだ」といった圧力も伴っていました。

私がカドタ氏に初めて会ったのは2015年4月10日でしたが、氏は私が日系カナダ人でありながら像の反対運動を支持していないことに驚きを隠しませんでした。私は反対運動に対して公然と批判をしていたため、やがて日本人移民コミュニティやネット右翼の間で私が「朝鮮人」であるとか、「反日」であるといった噂が広まりました。

しかし、カドタ氏自身が2015年4月9日付の『バンクーバー新報』のインタビューで認めているように、慰安婦像への反対運動に参加していたのはほとんどが「日常的に日本語を使う日系カナダ人」であり、「英語を使って生活している日系カナダ人は、こうした議論が行われていることすら知らない」というのが実情でした。実際、英語を話す日系カナダ人の中には、異なる反応を示す人も少なくありませんでした。多くの日本語話者が慰安婦問題を「日本人への中傷」であると捉える一方で、英語話者である第二世代・第三世代の日系カナダ人の中には、これを「戦争の痛みを背負う他のエスニックグループの大切な歴史記憶の表現」として理解し、それを公に認めることに意義があると考える人もいました。それは、その人たち自身が戦時中の強制収容という不当な扱いを受けた経験を持ち、1988年にカナダ政府が公式に謝罪し、象徴的な賠償を行ったときに、公の承認がどれほど重要であったかを知っていたからです。

数人の第二世代・第三世代の日系カナダ人と私は、英語話者の日系カナダ人に向けて、日本語話者コミュニティ内での議論を伝える記事をまとめ、英語話者向けの日系月刊誌『The Bulletin(月報)』に投稿しました。しかし、私たちが何度問い合わせをしても、その記事が掲載されることはありませんでした。

カナダに住む日系人のうち、英語を主言語とする人は約3分の2、日本語を主言語とする人は約3分の1と見られています。カドタ氏の「像反対期成同盟会」は日系カナダ人の多数を代表していると主張していましたが、実際には、日系コミュニティの多数を占める英語話者の日系カナダ人には、そもそもこの議論について知る機会すらほとんど与えられていませんでした。

以下は、私が翻訳した「像反対期成同盟会」の主張を紹介した、未発表記事の一部です。この翻訳は、2015年5月7日付の『バンクーバー新報』に掲載された内容に基づいています。[訳注:以下はオリジナルの日本語版どおりの表現です]

  1. 2国間の微妙な政治問題を孕む慰安婦像を第3国(カナダ)に持ち込むことは極めて不適切。
  2. 多様文化主義をとり調和のとれた生活を送っている市民や移住者たちにとって、物議を醸す像を公共の施設に設置することは、適切さを著しく欠き、市民生活に大きな影響を及ぼす。
  3. 米国・グレンデール市ではすでに慰安婦像が設置され、修復不能とさえ思われるほどのコミュニティの分断や日系の子供たちへのいじめが激化している。われわれはこの轍を踏むことは絶対に避けなければならない。
  4. 韓国側の事実誤認や歴史認識の違いから、われわれには言いたいことが山ほどあるが、これは控える。この違いを今ここで議論しても建設的な話し合いになるとは到底思えず、「像を設置させない」という本来の目的の達成はおぼつかないという懸念が強いからである。
  5. われわれの行動の対象はバーナビー市議会であり、慰安婦像やそれに類似する像や碑などを公共の施設に設置する許可を宛てないように働きかけることである。 

この抜粋には、山口智美氏が指摘するように、日本軍性奴隷の歴史を世界的に記憶することに対する日本のナショナリストの反対理由が随所に見られます。例えば、3番目の「日本人の子どもたちがいじめられる」という主張は、その証拠がほとんど示されておらず、4番目の「韓国側の事実誤認」として、日本軍の性奴隷の歴史自体を否定する歴史修正主義が含まれています。

バーナビー市には数百通のメールや手紙、電話が寄せられ、署名運動も行われました。(注13)デレク・コリガン市長は、この問題が引き起こす可能性のある対立について自らの認識が「甘かった」と気づきました。(注14)2015年4月15日、ゴードン・カドタ氏ら4名が市長と会談した翌日、コリガン市長は、地域のコリア系および日系カナダ人コミュニティ双方が納得できる計画を検討するとの声明を発表しました。(注15)これは事実上、計画の中断を意味し、産経新聞は4月18日に反対運動の「成功」の表れとして報じました。(注16)

コリガン市長の声明を受けて、主に像の設置を希望するコリア系カナダ人で構成される「平和の像委員会」、反対同盟を代表するゴードン・カドタ氏、そして私を含む像の設置を支持する日系カナダ人が4月27日に会合を持ちました。この会合は友好的なもので、協力してプロジェクトを進めることで合意しました。しかし、会合後、カドタ氏は像の設置を支持する日系カナダ人をプロジェクトから除外するよう主張し、「平和の像委員会」から強い反発を受けました。5月7日に再度の会合が予定されていましたが、カドタ氏は直前になってこれをキャンセルしました。それ以降、カドタ氏や反対同盟の他のメンバーから、「平和の像委員会」との協力の意思は示されませんでした。

2015年の夏の間、「平和の像委員会」は、コリア系カナダ人だけでなく、ヨーロッパ系、日系、フィリピン系、中国系など多様な背景を持つカナダ人を含めて会合を重ね、像の設置計画について話し合いましたが、実現には至りませんでした。その間、バーナビーのコリア系スーパーマーケット「ハンナム・マーケット」の敷地内に像を設置する可能性も検討されましたが、最終的に商店街の管理組合が反対票を投じました。結局、華城市から寄贈された像は大陸の反対側にあるトロントのコリア系カナダ人文化協会に設置され、2015年11月18日に除幕されました。

トロントのこの像は、カナダで初めて設置された慰安婦像であり、韓国国外では、2013年7月のカリフォルニア州グレンデール、2014年8月のミシガン州サウスフィールドに続いて3番目の設置となりました。グレンデールの像は公共の公園に設置されましたが、サウスフィールドの像は、日本政府や企業の妨害により公共の場所での設置が阻止されたため、私有地に設置されました。

トロントのオンタリオ州にあるコリア系カナダ人文化協会に設置された慰安婦像。山口智美氏撮影。


2015 – 2016: カナダにおける、日本歴史修正主義の活動


2015年頃から、日本の歴史修正主義者たちはカナダを「歴史戦」の主要な戦場の一つと位置付け、影響力を強める活動を続けてきました。2015年8月には、右派系の日系カナダ人グループ「トロント正論の会」が設立され、日本から保守派の論客を招いた講演会を開催しています。例えば、日本会議の主要メンバーで保守系教育学者の高橋史朗氏(注17)、朝日・グレンデール訴訟の主任弁護士である徳永信一氏、千葉県の麗澤大学で教鞭を執るアメリカ人講師のジェイソン・モーガン氏などです。(注18)これらの講演では、日本軍の性奴隷制や南京大虐殺の否定が強調されました。 (注19)

2016年8月25日にトロント正論の会が主催したイベントのポスター。高橋史朗氏と徳永信一氏がゲストスピーカーとして紹介されている。

トロントの日系カナダ人コミュニティにおける右傾化は、同市の市民平和団体「広島長崎デー連合」が主催する毎年恒例の平和イベントにまで及びました。この団体は毎年8月6日に、1945年の広島・長崎への原爆投下の歴史を追悼しています。イベントの一環として、広島の原爆記念日に行われる伝統に倣い、平和へのメッセージを込めた灯籠を水面に浮かべる灯籠流しの儀式が行われます。2016年のイベントで連合のメンバーを驚かせたのは、ある参加者が提供した灯籠に「憲法9条を廃止せよ」や「南京大虐殺は捏造だ!」といったメッセージが書かれていたことです。これを発見した連合のメンバーは、その灯籠を破棄しましたが、記録のために写真を撮影しました。

2016年8月6日、トロントでの灯籠流しで見つかった歴史否定メッセージ。写真は田中裕介氏提供。

2016年11月17日、2018年8月号の『新潮45』での反LGBT発言(注20)によって国際的に知られるようになった右派政治家の杉田水脈氏が、私が運営に関わったサイモン・フレーザー大学ダウンタウンキャンパスでのジャン・ユンカーマン監督作品『沖縄 うりずんの雨』の上映および監督トークに来場しました。(注21)杉田氏は当時、2014年12月の衆院選で落選し、2017年10月の選挙で復帰するまでの間、フリーライターとして活動しており、さまざまな歴史否定活動に関わっていました。

杉田氏がこのバンクーバーのイベントに来ていたことが明らかになったのは、数週間後に彼女が産経新聞のウェブ版のコラムでそのことを書いたときでした。(注22)彼女は、バンクーバーに住む支持者から「反日集会がある」と聞いたことが、この地を訪れた理由の一つであり、前年のバーナビー慰安婦像をめぐる議論にも関心があったと述べていました。

上映会の際、杉田氏は私と、歴史家であり人権活動家でもある仲間の鹿毛達雄氏の写真を無断で撮影し、その後、よく知られる右派評論家・櫻井よしこ氏のインターネット番組に出演した際、その写真を許可なく露出しました。番組の中で彼女は、私たちが関わっている現地の9条平和グループを含む「カナダにおける反日活動」について報告していました。(注23)

杉田水脈氏が「潜入」した、サイモン・フレイザー大学における映画「沖縄 うりずんの雨」上映会。監督のジャン・ユンカーマン氏(左)がトークした。(筆者撮影)


2016-18: 「南京大虐殺を記憶する日」をめぐる議論


日本の「歴史戦」におけるカナダでの第二の主要な舞台は、カナダの政治家が12月13日を「南京大虐殺を記憶する日」(NMCD)として制定しようとする動きに関する論争でした。この動きは、カナダの人口の3分の1以上、約1,400万人が住むオンタリオ州から始まりました。実際、カナダでの南京大虐殺の公式な追悼は新しいものではありませんでした。2012年、オンタリオ州の州都トロントのロブ・フォード市長は、南京大虐殺75周年を記念して12月13日を「南京を認識する日」と宣言しましたが、日本のナショナリストやその周辺から顕著な干渉はありませんでした。 

トロントのロブ・フォード市長による「南京を認識する日」宣言。2012年12月13日。


しかし、2016年12月5日、オンタリオ州議会議員のスー・ウォン氏が、12月13日を南京大虐殺記憶の日(NMCD)として制定する法案(法案79号)を提出した際には、日本の右派だけでなく、カナダ国内の日系団体、たとえば日系カナダ人協会(NAJC)や日系文化会館(JCCC)からも、すぐに否定的な反応が現れました。

オンタリオ州議会が法案79号の審議を開始するとすぐに(注24)、NAJC会長のデイビッド・R・ミツイ氏が、当時のオンタリオ州首相キャスリーン・ウィン氏に宛てて、強い反対を表明する書簡を公表しました。ミツイ氏はこの中で、南京大虐殺は「外国政府間の問題であり、オンタリオ州とは無関係」であり、法案79号は「日系カナダ人コミュニティに対する敵意」や「不寛容さ」を助長し、「この国の外で起きた出来事を記念したい他の人々にとって、前例となってしまう」と主張しました。(注25)

この書簡の口調や論理は、西海岸での慰安婦像反対運動や、日本軍性奴隷制の記憶化に対する世界各地での反対運動とよく似ており、日本政府や日本の右派勢力からの影響を受けたものと思われます。

ミツイ氏はこの書簡において、NAJCが「カナダ全土にある17の加盟団体を代表する唯一の組織」であると述べて、団体を代表して発言しているとしましたが、日系カナダ人コミュニティは、彼の想像するほど一枚岩ではありませんでした。まもなく、NAJC内部でも、若手の組織「ヤング・リーダーズ・コミッティ」のメンバーたちの間から異議の声が上がりました。2017年2月には、若手メンバーたちが「NAJCは法案79号への反対を撤回せよ」という書簡を全国執行委員会に提出し、日系カナダ人93人の署名を集めました。(注26)

その書簡には、「私たちジャパニーズ、ジャパニーズカナディアン、あるいはニッケイと自認する者たちは、NAJCが法案79号に強く反対したことに深く落胆し、憤りを感じています」と記されています。さらに、NAJCがかつてのリドレス運動[訳注:日系カナダ人が戦時強制収容についてカナダ政府に謝罪と補償を求めた運動]の際に他の団体から受けた重要な支援に言及し、「そのリドレス運動の歴史は、正義を求める他者と共に歩む責任があることを、日系カナダ人として私たちに強く思い出させてくれます」と訴えています。

実際、日系カナダ人がカナダ政府に謝罪と補償を求めた運動は、他のエスニック・マイノリティ集団の支援を受けてきました。1987年12月発行の『日系ボイス』創刊号には、1987年10月29日にトロントのハーバード・カレッジエイトで開催された集会について、「『補償のための連帯』を掲げて、21の全国エスニック団体のリーダーたちが結集し、日系カナダ人を支援する集会を行った」と報じられています。当時の『日系ボイス』編集長・田中裕介氏によると、このような連帯行動がリドレス運動の最終段階において勢いを与え(注27)、1988年9月、当時のブライアン・マルルーニー首相が、戦時中の強制収容を経験した日系人とその家族に正式に謝罪し、NAJC会長アート・ミキ氏との間で3億カナダドルの補償パッケージに合意するという成果につながりました。(注28)

1987年創刊の『日系ボイス』創刊号より(提供:田中裕介氏)

また、1987年10月の集会で基調講演を行った詩人ロイ・ミキ氏(アート・ミキ氏の弟)は、「私たちの物語は孤立した個人の物語ではなく、カナダの物語の一部です。日系カナダ人コミュニティがその枠を越えて支援を広げていくことを願います」と締めくくっています。この30年前の言葉どおり、ロイ・ミキ氏は、若手リーダーたちの「NAJCは法案79号への反対を撤回せよ」書簡に署名した93人の一人となり、文学者として知られる収容所体験者ジョイ・コガワ氏(注29)や、広島の被爆者で平和活動家として国際的に知られるサーロー節子氏もこれに加わりました。しかし、この運動が進むにつれ、運動を率いていた人たちは日系コミュニティ内部からの圧力を強く感じるようになり、最終的に、署名者が嫌がらせを受けるのを避けるため、すべての非公表にする決断を迫られました。NAJCはこの書簡に対して、少なくとも公には返答せず、法案79号への反対も撤回しませんでした。

この行動を主導した若手リーダーの一人、レン・イトー氏はその後、「オンタリオ州首相への手紙:法案79号を支持する日系カナダ人たち」という新たな署名キャンペーンを立ち上げ、100人の署名を集めました。(注30)作家ジョイ・コガワ氏は、この「南京大虐殺を記憶する日」にはとりわけ強く賛同していました。2017年9月には『トロント・スター』紙にて、法案79号を支持する10の理由を発表しています。(注31)こうした日系カナダ人の行動は、戦時中の苦しみを記憶する他のマイノリティ集団との連帯の重要性、そしてホロコーストを記憶するのと同様に、大規模な残虐行為を記憶することの大切さを、カナダ社会に訴えるものでした。

日本からの法案79号への反対も見過ごせるものではありませんでした。2017年6月には、日本の自民党の国会議員14人が、法案79号に反対する意見書をオンタリオ州政府に提出し、同法が制定された場合に日本人や日系カナダ人に対する反発が起こることへの懸念を表明しました。(注32)さらに2017年5月には、オンタリオ州の議員たちに、日本から奇妙な絵はがきが送られてきました。内容は、南京大虐殺の被害者数に疑義を呈するようなものでした。

2017年、匿名の者からオンタリオ州議会議員たちに送られたハガキ(田中裕介氏提供)

このような議論が続く中、2017年10月26日、スー・ウォン氏はオンタリオ州議会において、「南京大虐殺を記憶する日」(NMCD)を求める動議(動議66号)に全会一致の支持を得ることに成功しました。これはまだ法律としてではなく、あくまで動議の段階でしたが、西側諸国における初の議会による南京大虐殺の追悼と報じられました。(注33)12月13日には、オンタリオ州議会の議員たちが起立し沈黙の時間を持ちました。

ウォン氏は2018年4月に再びNMCD法案を提出しましたが(注34)、その2か月後に州議会選挙で落選したため、法案成立の機会は失われました。なお、同様の法制化の動きは、2017年にはマニトバ州で、2018年にはブリティッシュ・コロンビア州でも見られましたが、いずれも法制化には至りませんでした。

連邦レベルでは、ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー東選挙区選出の下院議員ジェニー・クワン氏が、2018年春に「南京大虐殺記憶の日を制定するようカナダ政府に求める請願」を立ち上げました。(注35)私は、前回と同じく、歴史否定を試みる日本のナショナリスト団体(期成同盟会)が再び反対運動を展開するだろうと予想し、2018年5月末に「南京大虐殺記憶の日を支持する日系カナダ人の会」という新しい団体を立ち上げました。

「南京大虐殺記憶の日を支持する日系カナダ人の会」のウェブサイト


私自身の経験から、日系カナダ人としてこうした運動を支持することは、日本のナショナリストや歴史否定論者たちからの激しい中傷やネットでの荒らし行為を招くことを知っていました。ですので、私たちはメンバーのプライバシーをしっかりと守るようにしました。カナダ全土から、教師、作家、医師、学生、有機農家、アーティストなど、さまざまな職業の人々約100人が参加してくれました。その中には、日系カナダ人協会の元会長や、戦時中の日本軍による残虐行為に言及している最新の著書『Gently to Nagasaki』で知られる作家ジョイ・コガワ氏のように、日系カナダ人コミュニティで影響力のある人々も含まれていました。

一方で、ゴードン・カドタ氏の反対グループも大人しくはしていませんでした。(注36)今回は「Japanese Canadian Coalition for Ethnic Unity」[訳注:「カナダの人種和合を促進する期成同盟」と自ら名乗っていました]という英語名を掲げましたが、日本語媒体としては再び『バンクーバー新報』とそのウェブサイトが主要な発信源となっていました。

この人たちの反対理由はこれまでとほぼ同じでした。つまり、1)NMCDは憎しみと不寛容を助長する、2)80年前に日本と中国の間で起こった一方的な主張をカナダに持ち込むな、3)NMCDはカナダと日本の関係を損なう、4)カナダが再び日系人にとって住みにくい場所になってしまう、5)NMCDは差別と偏見につながる、というものです。(注37)

ただし、これまでよく使われていた「日本人の子どもたちがいじめられる」といった主張は、今回は見当たりませんでした。おそらく、その主張にはほとんど、あるいはまったく証拠がないことから、もはや説得力がないと判断されたのかもしれません。

これらの名目上の理由はさておき、彼らの反対運動の主な動機の一つが歴史否定であることは明らかでした。2018年7月11日、「カナダの人種和合を促進する期成同盟」は、バーナビー市のニッケイ・ナショナル・ミュージアム&カルチャー・センターで、連邦議会議員ジェニー・クワン氏の南京大虐記憶の日(NMCD)キャンペーンに対する反対戦略を練るための大規模な集会を開催しました。その場では、「ブリティッシュ・コロンビア州の教科書には南京大虐殺が事実であるかのように記載されている!」、「…私は(南京大虐殺が)はなかったと思っている」、「歴史家が80年間議論しても明確な証拠がないのなら、その歴史を議論する意味はあるのか?」、「南京大虐殺が起こったかどうかは問題ではない…重要なのは、ジェニー・クワン氏が提出しようとしているこの法案を阻止することだ!」といった、多くの歴史否定的なコメントが飛び交いました。第二次世界大戦中の日系カナダ人の強制収容の記憶を伝え、人種差別反対と寛容の象徴であるはずのニッケイ・センターで、このような嫌中感情や歴史否定に満ちた会合が開催されたことは、非常に残念なことでした。

「カナダの人種和合を促進する期成同盟」は、南京大虐殺が遠い過去に外国で起こった事件であり、カナダとは無関係であると主張しています。しかし、実際にはカナダは国外の歴史的出来事も記憶しています。バンクーバーの公園であるシーフォース・ピース・パークには、広島の被爆者である故ラスキー・キヌコ氏の像が設置されています。これは平和と反核の象徴であり、反米的なシンボルであると批判されたことは一度もありません。カナダ各地にはホロコースト教育センターがあり、これのせいでカナダがドイツ系カナダ人にとって住みにくい場所になっているわけでもありません。これらは憎しみや不寛容を助長するものではなく、むしろ過去の痛ましい歴史から学び、共により良い未来を築くためのものです。

マニトバ州ウィニペグ市にあるカナダ国立人権博物館。筆者撮影。

ウィニペグにあるカナダ人権博物館では、カナダ内外の人権侵害について学ぶことができます。(注38)そこでは、カナダ議会が認定した5つの国外の大量虐殺、すなわちアルメニア人虐殺(1915年)、ウクライナのホロドモール(1932-33年)、ナチスのホロコースト(1933-45年)、ルワンダ虐殺(1994年)、ボスニアのスレブレニツァ虐殺(1995年)などが展示されています。これらの大量虐殺の歴史を展示する「Breaking the Silence(沈黙を破る)」セクションでは、次のように述べられています。

「カナダでは、人権侵害について自由に公に語ることができます。カナダ人はこの自由を使って、世界中の極端な暴力行為や非人道的行為に目を向けさせてきました。問題意識を持つカナダ人は、議会に働きかけ、5つの「ジェノサイド」を認定させました。これらは特定の民族的、人種的、宗教的、または国の集団を意図的かつ体系的に破壊しようとするものです。このような公式な認定を通じて、カナダは国として声を上げ、隠蔽されたり、過小評価されたり、否定されたりしてきた恐ろしい犯罪を明るみに出し、非難しています。」

この博物館は決してカナダを無罪の国として描いているわけではありません。最大のギャラリーである「Canadian Journeys(カナダの道のり)」では、先住民族(ファースト・ネーション、メティス、イヌイット)に対するもの、特にインディアン寄宿学校の問題から、女性、性的少数者、身体障害者、そして中国系カナダ人に対する人頭税の課税や日系カナダ人の戦時中の強制収容など、人権侵害の数々が紹介されています。

カナダ国立人権博物館の「カナダの道のり」ギャラリー(筆者撮影)

アジア諸国からの移民や貿易が増加する中で、カナダが世界のジェノサイドの集団的記憶にアジアの事例を加えることを検討するのは自然な流れです。「カナダの人種和合を促進する期成同盟」のメンバーや支持者が、南京大虐殺記憶の日(NMCD)に反対する手紙をジャスティン・トルドー首相や全議員に送る一方で、日本の右翼勢力もカナダ連邦議会が初めて南京大虐殺を認識する可能性に注目していました。2018年9月19日、東京で「外務省目覚めよ!南京事件はなかった」と題する大規模な南京否定派の集会が開催されました。これは「南京戦の真実を追求する会」の第7回公開講演会であり、ポスターには杉田水脈(自民党)、中山成彬(希望の党)、原田義昭(自民党)、渡辺周(国民民主党)の4名の国会議員がゲストスピーカーとして紹介されていました。(注39)

2018年9月19日開催の「外務省目覚めよ!南京事件はなかった」集会のポスター

日本軍の性奴隷の歴史に関して、現在の日本政府は政府や軍による強制性や性奴隷という概念自体を否定していますが、南京大虐殺に関しては、日本国外務省が以下のように述べています:

「日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています。」 ​(注40)

この説明は、中国人捕虜の大規模な違法殺害や、女性や少女に対する無差別な強姦には触れず、被害者数の不確実性に焦点を当てているため、決して十分なものではありませんが、日本政府が南京大虐殺を認めていることを示しています。これは、日本の極右勢力が外務省に対して不満を抱く原因となっており、その集会のタイトルにもその感情が反映されています。​この人たちは、外務省に対してこの歴史認識を撤回するよう求めています。

この集会は民間団体のイベントでしたが、与党自民党から2名を含む3名の現職国会議員がその趣旨を支持して講演を行ったことは重要です。このイベントの主要な関心事の一つがカナダでした。原田義昭氏は、南京大虐殺を公然と「捏造」と呼ぶことで知られる人物(注41)で、オンタリオ州議会に対して南京大虐殺記憶の日(NMCD)を批判する反対書簡を送った自民党議員の一人です。彼はこの集会で、外務省への働きかけや自らカナダへ赴いてのロビー活動、「南京大虐殺はなかった」という主張を伝えるために若手学者をカナダに派遣したことなど、自身の取り組みを誇示しました。彼の配布資料には、スー・ウォン氏やジェニー・クワン氏に関する背景情報など、カナダにおけるNMCDの進展について詳細な説明が含まれていました。杉田水脈氏も再び、私と同僚の名前を挙げて、カナダでの「反日」活動について言及しました。

2018年11月28日、ジェニー・クワン氏はオタワの国会記者会見場で、作家のジョイ・コガワ氏、「南京大虐殺記憶の日を支持する日系カナダ人の会」を代表して参加した大槻とも恵氏と共に記者会見を行いました。クワン氏は同日、4万筆の署名を携えて国会にNMCDに関する動議を提出しましたが、可決に必要な全会一致の支持は得られませんでした。ジャスティン・トルドー首相は、クワン氏の支持要請に対し、NMCDに対する自身の立場を明確にはしませんでしたが、この歴史の被害者をカナダ人が記憶する必要性を認めました。

トルドー首相:「議長、私たちはもちろん、80年前に南京で起こった恐ろしい出来事を非難します。すべてのカナダ人は、多くの民間人が直面した生命の喪失と暴力を決して忘れてはならないことで一致しています。私たちはこれらの恐ろしい行為を決して忘れません。これらの被害者と生存者の記憶は、真の和解の精神のもとに取り組まなければいけません。」 ​(注42)

今回、ジェニー・クワン氏の動議は可決されませんでしたが、第三国[訳注:中国でも日本でもない]の首相が南京大虐殺とその被害者を記憶する重要性を認識したこと自体が、歴史的な瞬間であったと言えます。


(以下、文末注は原文のまま転載します)

Notes

1

In this essay I use the term Japanese Canadians as a broad category that includes all Canadians of Japanese ancestry. “Canadians” here does not necessarily mean holders of Canadian citizenship, but more broadly, citizens or residents of Canada. It is estimated that about two-thirds of Japanese Canadians have English as their primary language and many of the older generation are survivors of the wartime internment and the younger generations are their descendants. The remaining approximately one-third have Japanese as a primary language (though they do use Canada’s official languages in daily life) and they include post-war immigrants, what some call shin-issei, and those who have come to call Canada home after business, work, study, marriage, etc. brought them to the country. The vast majority of local participants of the opposition against the “Comfort Women” statue and the Nanjing Massacre Commemorative Day belong to the latter category.

2

“カナダ慰安婦像問題 外務省、昨年9月から情報収集 「設置阻止へ積極的働きかけ」も,” Sankei Shimbun, Aril 2, 2015. https://www.sankei.com/politics/news/150402/plt1504020032-n1.html

3

“京畿道華城市、カナダ姉妹都市のバーナビー市に慰安婦少女像建立へ,” Hankyoreh Newspaper, March 6, 2015. http://japan.hani.co.kr/arti/politics/19877.html

4

Mayor Derek Corrigan; Comfort Women, Not a statue of peace, a magnet for conflicts. 慰安婦、平和の像あらず、軋轢を引寄せる磁石 Comfort Women, Not a statue of peace, a magnet for conflicts. カナダBC州バーナビー市慰安婦像設置反対 カナダBC州バーナビー市慰安婦像設置反対,” https://www.change.org/p/comfort-women-not-a-statue-of-peace-a-magnet-for-conflicts-カナダバーナービー市慰安婦像設置反対 This petition page eventually closed with a little over 14,000 signatures.

5

 “【 署名/メール】カナダ バーナビー市 慰安婦像反対!ご協力を!”, Nadeshiko Action, repeatedly updated from March to June, 2015. http://nadesiko-action.org/?page_id=7927

6

Otaka Miki 【魔都見聞録】カナダ・バーナビー市 慰安婦像反対!ご協力を![桜H27/3/16] https://www.youtube.com/watch?v=IDoLjkdyT3o&feature=emb_logo

[日本語訳注:この動画は2025年4月4日現在リンク切れしており、日本語訳文中の大高氏の発言引用は、APJの記事内に引用した英語訳の逆翻訳となります]

7

“慰安婦像 カナダで提案 韓国の姉妹都市 邦人ら反対運動,” Sankei Shimbun, April 1, 2015. https://www.sankei.com/world/news/150402/wor1504020004-n1.html

8

 “Comfort women statue proposal riles group of Japanese Canadians in Burnaby,” Burnaby Now, March 19, 2015. https://www.burnabynow.com/news/comfort-women-statue-proposal-riles-group-of-japanese-canadians-in-burnaby-1.1798189

9

The full name of the group is 「バーナビー市慰安婦像設置反対期成同盟会」.

It is unknown whether any official English name for the group exists. A literal translation of the group name is the “Alliance Group Established for the Purpose of Opposing the Erection of a Comfort Women Statue in Burnaby City.”

10

“日本の名誉と信頼を回復するための提言,” The Liberal Democratic Party of Japan, July 28, 2015. https://www.jimin.jp/news/policy/128434.html

11

“カナダ慰安婦像問題 外務省、昨年9月から情報収集 「設置阻止へ積極的働きかけ」も,” Sankei Shimbun, April 2, 2015. https://www.sankei.com/politics/news/150402/plt1504020032-n1.html

12

Gordon Kadota passed away on July 31, 2019.

13

As Tomomi Yamaguchi describes in her paper, Japanese American veteran Robert Wada wrote a letter of opposition to Mayor Derek Corrigan of Burnaby City. Wada’s letter also circulated among the Japanese Canadian community.

14

“バーナビー市長に聞く 慰安婦像建立は未定,” Vancouver Shinpo website (date unknown)http://www.v-shinpo.com/local/1488-110-16247615

15

“慰安婦像設置検討を保留,” Vancouver Shinpo, April 23, 2015.

16

“慰安婦像設置は「当面保留」 カナダ西部バーナビー市 日系住民の反対奏功,” Sankei Shimbun, April 18, 2015. https://www.sankei.com/world/news/150418/wor1504180012-n1.html

17

Japan-U.S. Feminist Network for Decolonization is a useful English-language guide to Japanese history revisionists’ activities in the United States and beyond. Its Encyclopedia has an entry on “SHIRO TAKAHASHI”(http://fendnow.org/encyclopedia/shiro-takahashi/) and “TORONTO SEIRON” (http://fendnow.org/encyclopedia/toronto-seiron/).

18

“JASON MORGAN,” Encyclopedia, Japan-U.S. Feminist Network for Decolonizationhttp://fendnow.org/encyclopedia/jason-morgan/

19

These talks are available on the Toronto Seiron YouTube channel. https://www.youtube.com/channel/UC4x4kumw2UcmYjiTOwZ0OkA

20

For details about the controversy, see, for example, “Japanese magazine to close after Abe ally's 'homophobic' article,” The Guardian, September 28, 2018. https://www.theguardian.com/world/2018/sep/26/shincho-45-japan-magazine-homophobia-mio-sugita-shinzo-abe

21

Film screening and director talk by John Junkerman, Okinawa: The Afterburn, sponsored by Simon Fraser University’s Institute for Transpacific Cultural Research, VanCity Office of Community Engagement and the School of Communication along with the Peace Philosophy Centre, November 17, 2016, at Simon Fraser University Downtown Campus. http://www.sfu.ca/itcr/events/past-events/okinawa-afterburn.html

22

“杉田水脈のなでしこレポート(23)沖縄の基地反対運動を美化したドキュメンタリー映画…私には見るにたえない作品でした,” Sankei News, December 18, 2016. https://www.sankei.com/premium/news/161218/prm1612180015-n1.html 

23

“歴史戦は政治が動かなければ勝てない オンタリオ州議会が南京大虐殺記念日制定へ,” Genron Terebi, February 10, 2017. https://www.genron.tv/ch/sakura-live/archives/live?id=367

24

 “Bill 79, Nanjing Massacre Commemorative Day Act, 2016,” Legislative Assembly of Ontario. https://www.ola.org/en/legislative-business/bills/parliament-41/session-2/bill-79

25

David R. Mitsui, “Bill 79 Day to Commemorate the Nanjing Massacre,” National Association of Japanese Canadians, December 7, 2016. http://najc.ca/bill-79-day-to-commemorate-the-nanjing-massacre/

27

Yusuke Tanaka 田中裕介, “日系人の試練の日々の恩人たちに感謝を捧げる集い,”article series 滄海一粟Sokai no ichizoku, The Bulletin月報, February 2020, P44.

28

1988: Government apologizes to Japanese Canadians, CBC Digital Archiveshttps://www.cbc.ca/archives/entry/1988-government-apologizes-to-japanese-canadians

29

“Criticism from within Japanese Canadian communities against Japanese Canadian groups' opposition to Ontario's Bill 79, An Act to Proclaim the Nanjing Massacre Commemorative Day,” Peace Philosophy Centrehttps://peacephilosophy.blogspot.com/2017/02/japanese-canadians-oppose-japanese.html

30

 “Letter to the Premier: Japanese Canadians for Bill 79” https://docs.google.com/document/d/1xvuNylgt_HxDkZLjqUx1WeF_3SzaQFAQ6Ih2rSsEdcc/pub

31

Joy Kogawa, “Why I Support the Nanjing Massacre Commemorative Day Act,” The Star, September 15, 2017. https://www.thestar.com/opinion/commentary/2017/09/15/why-i-support-the-nanjing-massacre-commemorative-day-act-joy-kogawa.html 

32

 “南京大虐殺巡りカナダ州議会に意見書 自民有志14人,” Nikkei Shimbun, August 20, 2017. https://www.nikkei.com/article/DGXLASFS20H15_Q7A820C1000000/

33

“MPPs unanimously pass motion to commemorate victims of Nanjing massacre,” The Toronto Star, October 27, 2017. https://www.thestar.com/news/queenspark/2017/10/27/mpps-unanimously-pass-motion-to-commemorate-victims-of-nanjing-massacre.html
“Canada's Ontario legislature passes motion on Nanjing Massacre Commemorative Day,” New China, October 27, 2017. http://www.xinhuanet.com//english/2017-10/27/c_136708560.htm

34

Nanjing Massacre day bill reintroduced,” China Daily, April 14, 2018. http://www.chinadaily.com.cn/a/201804/14/WS5ad121fea3105cdcf65183d7.html

35

"Petition to the Government of Canada to Establish Nanjing Massacre Commemorative Day," Jenny Kwan, MP. https://www.jennykwanndp.ca/recognize_nanjing_massacre_commemorative_day

 

36

Vancouver Shinpo had a special page dedicated to opposition against Nanjing Massacre Commemorative Day. "「南京虐殺記念日」制定反対特設ページ," Vancouver Shinpo. http://www.v-shinpo.com/local/5087-tokusetsu-kinenbihantai

37

“「南京大虐殺記念日」制定運動始まる メトロバンクーバー日系社会に衝撃,” Vancouver Shinpo, May 24, 2018. http://www.v-shinpo.com/local/5058-local180524-1

38

See "Galleries" page of the Canadian Museums for Human Rights website. https://humanrights.ca/exhibition/galleries

39

Japanese weekly Shukan Kinyobi reported this rally. “「南京大虐殺否定集会」に杉田水脈氏ら登壇,” Shukan Kinyobi, October 26, 2018.

40

“Q6: What is the view of the Government of Japan on the incident known as the ‘Nanjing Incident’?”, History Issues Q & A, Ministry of Foreign Affairs of Japan, April 6, 2018. https://www.mofa.go.jp/policy/q_a/faq16.html

41

For example, Ogiue Chiki’s interview with Harada Yoshiaki, TBS Radio, October 19, 2015. https://www.tbsradio.jp/298756

42

42nd Parliament, 1st Session, Edited Hansard, Number 360, House of Commons, November 28, 2018. https://www.ourcommons.ca/DocumentViewer/en/42-1/house/sitting-360/hansard


原文はこちらにあります。

Canada’s “History Wars”: The “Comfort Women” and the Nanjing

Tuesday, April 01, 2025

ダグラス・マクレガー「米国はイスラエル・ファーストで動いている」(動画要約)Judge Napolitano with Douglas Macgregor: Will the US Attack Iran For Netanyahu? Japanese summary

米国のアンドリュー・ナポリターノ元最高裁判事は社会的保守派でリバタリアン思想を持つコメンテイターであるが、米国の介入主義的外交政策には厳しい姿勢を持っており、いまや50万人を超えるサブスクライバーを持つYouTube チャンネル「Judging Freedom」では右から左まで幅広く、事実をしっかり語るゲストを招いて人気を博している。世の中はだらだらと続く動画ばかりだが、彼の対談は毎回30分でバサっと切られるので見易く、とにかくそのゲストの顔ぶれがすごい。米国帝国主義を支える西側メディア(日本もふくめ)の嘘や不足している部分を補うには最適のチャネルの一つといえるだろう。わたしは見るばかりで日本語で紹介することを怠ってきたが、いまAIの力も借りて、ジャッジ・ナポリターノの対談をもっと紹介していきたいと思う。とりあえずは元陸軍大佐の軍事・政治評論家のダグラス・マクレガー氏の25年4月1日の動画を要約する。

以下、AIによる要約をチェックしながら補足した。YouTube動画は、⚙歯車じるしの「設定」から「字幕」を選び「自動翻訳」から「日本語」を選べば、日本語の字幕を自動生成しながら観ることもできる。(100%正確ではないが、ナポリターノやマクレガーのようにはっきり英語を話す人たちの字幕の正確度は高い)

🇮🇷 アメリカはネタニヤフのためにイランを攻撃するのか?

  • マクレガー氏は、アメリカがイランに対して軍事行動を取る可能性について懸念を示す。ネタニヤフのためにやりかねない。

  • 現在、イラン周辺には米軍基地が約10カ所、兵力は5万人以上に達しており、緊張が高まっている。イランは「攻撃されれば報復する」と明言し、「ガラスの家にいる者は石を投げるな」と警告。

  • イランの現大統領は戦争を望んでいない。真剣に、イランを取り囲んでいる米軍がイランからのミサイル攻撃に耐えられないと判断、撤退させることによって米軍を守ろうとしているように思える。米国と新しい協定を結びたがっている。

  • しかし米国の政策は実際ネタニヤフが握っている。

🇪🇺 欧州はロシアと本気で戦争しようと思っているのか

  • 英仏独を中心としたEU諸国は、ロシアとの戦争準備をしているように見せかけているが、実質的な軍事力の増強は進んでいない。軍事力増強が具体的に実を結ぶのはだいたい10年はかかる。

  • 英仏独のグローバリスト・エリートはすでに弱まっている力にすがりついているように見える。英仏独はいずれも経済危機や財政制約から本格的な軍拡は困難であり、マクレガーはEUの発言を「虚勢」だと見ている。

🇨🇳 ヘグセスが煽っているが、アメリカは中国と戦争できるのか?

  • 地理的に離れすぎているので海や空を通じた弱い補給体制に頼らなければいけない。日本、沖縄、オーストラリアといったところにある基地に頼らなければいけないがこれらも信頼に値しない。固定されたところにあるからである。固定されているものはどれも破壊され得る。

  • 台湾を巡る対立があるが、中国は自国周辺海域では圧倒的な優位を持っており、アメリカが勝つのは困難。ここでもただ虚勢をはっているだけに見える。

  • アメリカはインフラや兵站の脆弱さから、中国との長距離戦争には向いていない。

🇾🇪 イエメンでの爆撃は正当化できるのか

  • 米国によるイエメンでの爆撃(過去48時間で65回)は、イランへの示威とされる。イエメンの人たちの抵抗への決意は強固になる一方。実際イエメンのフーシ派を弱めることになんの役に立ってもいなく米国は愚かな姿をさらしているだけ。

  • 地上戦を避ける限り、根本的な変化は起こらないが地上戦はできない。いまの米国海兵隊には海路で各地点に移動し上陸して敵を根絶することはできないという論文がある。

🇮🇱 イスラエルの影響とトランプ政権

  • マクレガーは「現政権はイスラエル第一であり、ネタニヤフが実質的にアメリカの政策を動かしている」と批判。アメリカの国益とは全く関係なくイスラエルのための政策を行っている。

  • ガザでの国連職員15人がイスラエル軍により次々と殺された。殺害についても、アメリカ政府は明確な非難を避けて、「ガザで起こっていることはすべてハマスのせい」としている。国務省の報道官タミー・ブルースはイスラエルの立場を代弁しているだけ。政権の他の誰もが同じ話し方をする。

  • ネタニヤフは、米国で起こっている反対運動を、極左とイスラム過激派によるユダヤ人への攻撃だと断定し、弾圧すべきだと主張。マクレガーは、米国がこれに追随し「パレスチナ人は死んで当然」という風潮があることに懸念を表明。米国人が多く死ぬような闘いにならないかぎり一般の米国人は関心を持たないだろうと予想。

🇷🇺 ロシアと米国

  • トランプはプーチンを脅し落とせるか?いや、プーチンは脅しには屈しない。トランプには丁寧に応答し、ロシアの利益にかなえば行うというだけ。

  • ロシアはウクライナ戦争で事実上勝利しており、軍事技術や経済の健全さでアメリカを上回っている。ロシアは急いでいない。

  • アメリカは自滅する可能性がある、とマクレガーは警告。

(以上)


Sunday, March 30, 2025

「偉人」の性加害に長崎人権平和資料館はどう向き合ったか:「週刊金曜日」24年11月22日号から転載 How do we respond when respected figures commit sexual assault? -- The case of Nagasaki Museum for Human Rights and Peace

長崎人権平和資料館は、資料館がその名を冠していた平和活動家・元長崎市議・牧師であった者の性暴力の発覚を受け、二次加害防止として、23年10月に閉館、23年11月にいまの名前に改名し、24年4月に再開館しました。そのいきさつをジャーナリストの室田康子さんが取材し、『週刊金曜日』24年11月22日号に「『偉人」の性加害に長崎人権平和資料館にどう向き合ったか」というテーマで2つの記事

  • 長崎人権平和資料館 性暴力への「画期的な対応」がなされるまで
  • 性加害を告発した郡司真子さんインタビュー「20代の長崎で時間は止まったまま」

が掲載されました。記事にあるように私、乗松聡子は被害を告白した郡司真子さんと資料館の橋渡しの役割をつとめました。週刊金曜日、室田さん、郡司さんの許可を得て、ここに記事のテキストを転載します。一人でも多くの人に読んでもらいたい、考えてもらいたい、性暴力がない社会を作る一端を担ってもらいたいと思っています。@PeacePhilosophy  ★この投稿の無断転載を禁じます。共有にはこの投稿のURLを使ってください。週刊金曜日のバックナンバーはこちらで購入できます


注意:性被害の実態を報道するため、この記事には性暴力の描写が含まれています。フラッシュバックなどの心配がある方はご注意下さい。


「偉人」の過去の不正義にどう向き合ったか(上)

長崎人権平和資料館 性暴力への「画期的な対応」がなされるまで/「人権保障なくして平和なし」の思い込めて


平和や人権尊重を求める運動や組織が「偉人」と仰いできた人の過去の不正義を突き付けられたとき、どのような対応をしたのか。平和運動家、岡正治の性加害を告発された「岡まさはる記念長崎平和資料館」と、ジャーナリストむのたけじの差別発言に抗議をされた「むのたけじ地域・民衆ジャーナリズム賞」(名称はいずれも当時)。二つの組織の対応を検証するとともに、その過程ではほとんど表に出ることがなかった被害者の訴えを伝えたい。


 JR長崎駅を背にして坂を上って約10分。キリスト教弾圧で信者らが殉教した西坂公園の近くに「岡まさはる記念長崎平和資料館」が開館したのは1995年10月のことだ。その前年に死去した平和運動家で牧師の岡正治(享年75)の名を冠したこの資料館は、岡らが掘り起こした朝鮮人被爆者の実態や戦時下の日本による強制連行の調査資料などを展示し、日本の加害責任を訴えようと市民によって設立された。展示物はすべて手作り。運営も市民ボランティアが支えてきた。修学旅行生や海外旅行者も訪れる被爆地ナガサキの「知る人ぞ知る」名所だった。

「あの岡さんがまさか」

 2023年、その資料館が大きく揺れた。5月、会員の乗松聡子さんから理事に「ネットに岡正治から性暴力を受けたという女性の投稿がある。対応しなければならないのではないか」と連絡があったことが始まりだった。乗松さんはカナダ在住で人権や社会正義について研究・執筆しており、日本に滞在中だった。

 指摘された投稿は「すき焼き鍋の話」というタイトルで、名前は伏せられていたが「聖職者で活動家で市議だった人」「平和と人権のために尽力し、長崎の偉人として記念資料館まである人物」と書かれていて、容易に岡のことだと推測できた。郡司真子と投稿者名も書かれていた。

 長崎の民放局で記者をしていたとき、他社の記者らと岡の自宅ですき焼き会をした。他の記者が社からの呼び出しで帰り、一人で皿洗いをしていると、岡が「最後の恋だと突然羽交い絞めにしてきた」という。さらに「道具を股間に押し当てられ」「本当に怖かった」。その後も岡に記者クラブで待ち伏せされることが続き、疲弊していく。これ以前にも警察幹部から性暴力を受けており、絶望して記者を辞めることを決意した、とつづられていた。

 初めて読んだとき、乗松さんはためらったという。自身も平和運動に携わり、岡正治や資料館を評価して会員になった。しかし、知ったからには何もしない選択肢はないと思った。ところが驚いたことに、何人かの理事は投稿された20年の時点でこの文章を読んでいた。にもかかわらず「そんな昔のこと」「当人が亡くなっていて反論のしようがない」「何が目的かもわからない」などと対応せずにいた。

 改めて理事会で投稿のことが共有された。初めて知った人は「あの岡さんがまさかという思いで、なかなか受け入れられず、しばらく思考停止で落ち込んだ」という。一方で、「下ネタが好きな人だったが、行動に出ていたとは」という声もあった。岡と面識のない30代や40代の理事は「衝撃だった。でも絶対に対応しなければならない」と前向きだった。崎山昇理事長や新海智広副理事長も動き出した。まず被害者の話をきちんと聞こうと、性暴力についての知識もある乗松さんが投稿者の郡司さんに会うことになった。

 8月に東京でおこなわれた聞き取りは2時間以上に及んだ。岡の性暴力は投稿に書かれた1回だけでなく、その後も「謝りたい。平和運動の新しいネタもある」と言って郡司さんを呼び出し、キスをしたり体に触ったりしていた。乗松さんは、当時の岡の様子や活動を知る人たちへの聞き取りも進めた。岡は牧師として勤めていた教会に来る若い女性と恋愛関係になったり、信者から相談された性にまつわる話を長崎市政記者室で面白おかしく話したりしていたという証言が複数の人から出てきた。

 9月の理事会で、対応が固まった。館名から岡の名前を外す。休館して展示を変更する。具体的には、個人顕彰をやめ、「岡正治記念コーナー」と岡の盟友で初代理事長だった故高實康稔さんのコーナーをなくし「性差別と性暴力」のコーナーを新設する。休館は10月から24年3月末までの半年間。思い切った提案だったが、理事の間で反対はなかった。内容を聞いた乗松さんは「ここまでやるのかと迅速な決断に驚いた」という。ただし、なにより被害者への謝罪が優先だと主張した。

 崎山理事長と理事会一同からの謝罪文が9月末に郡司さんに届けられた。文書には、20年時点で投稿を読んでいた者がいたにもかかわらず対応が遅れたこと、郡司さんの苦しみに寄り添ってこなかったことへのお詫びの言葉があった。「(岡が)権力的立場を利用して、人権と尊厳を踏みにじる行為をした」と認め、「社会正義や人権を重んじる社会運動の中にも根強く存在する性差別に対し、常に自覚的であり、改善のために発言・発信・行動していく資料館に変わっていきたい」と書かれていた。

 郡司さんは、通り一遍ではない謝罪文に驚いたという。「被害を明らかにしても、ずっと無視され続けてきた。告白したのは個人的な恨みからではなく、社会運動の中での性暴力、報道取材現場での性暴力の問題を改善したいという思いから。それを理解してもらえてうれしい」と述べ、「画期的な前代未聞の動き」と評価した。

顔の見える相手とガチに

 しかし、理事会の方針がすべての会員にすんなり受け入れられたわけではない。10月、公式発表を前に会員やボランティアを対象に開かれた説明会は大荒れだった。「男女のことだから真相はわからない」「性暴力といえるのか」と、被害者への「二次加害」といえる発言が飛び出した。「公になったら右翼などから攻撃されて資料館が立ちいかなくなる」「閉館までする必要があるのか」という声もあった。批判的な意見の多くは、岡に尊敬の念を抱き、ともに活動してきた人たちからだった。たとえ性加害があったとしても、そんなことであれほどの功績がある岡を地に落としてしまってよいのか――。

 それに対する理事の福田美智子さん(44)の答えは明快だ。「岡は自身の平和運動家としての権威を性暴力の道具にしていた。記者との『教えてやる』『教えてもらう』という権力関係を利用して性暴力に及んだ。功績は別ということはありえない」。また、30代の理事は「朝鮮人被爆者の実態が明らかになった現状が、岡が成し遂げたことの延長線上にある。それで十分で、さらに個人をたたえる必要はない」と割り切っている。

 説明会での激しいやりとりは、同じ運動をしている人の中でも性暴力に対する考え方に大きな隔たりがあることをあらわにした。福田さんは、性暴力の問題を矮小化する背景には性差別意識があると指摘する。「運動の中で女性が裏方的な仕事に回ることも多く、女性たちの働きが小さく見られがちな面がある」。

 資料館を守るために問題に目をつぶろうとする流れもあった。「右傾化する社会で、こんなことで仲間割れしてはいけない」という声も出た。先の30代の理事は「これまで運動で自分たちが『相手』としてきたのは日本政府や右翼、無関心層など、顔が見えない人だった。それが今回は自分の周りにいる顔の見える人になった。その人たちとガチに話さなければならないのがきつかった。でも、そこから逃げてはいけない」と振り返る。

 波乱はあったが、理事会の方針が変わることはなく、資料館のホームページに公表するとともに記者発表をした。崎山理事長は「権威ある男性を疑わず被害者の証言を重大に捉えない、内面化された性差別意識やジェンダーバイアスがあった」とコメントした。新聞やテレビがいっせいに「岡正治氏が『性暴力』」「資料館は名称変更、一時休館へ」と報じた。11月の総会を経て、館の名称は「長崎人権平和資料館」になった。「人権保障なくして平和なし」の思いが込められている。

運動の分岐点になれば

 2024年3月には、社会学者の梁・永山聡子さんを講師に迎えて学習会が開かれた。梁・永山さんは、韓国で20年に人権派弁護士として知られた朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長(当時)が元秘書からセクハラを告発されて自殺した後、被害者に対して猛烈なバッシングが起きたことを話した。

 「被害者は、信じてもらえないことやお前のせいで英雄が傷ついたと言われることが一番つらい。韓国では性暴力相談所を中心に多くの社会運動団体が協力して彼女を支えた。大事なことは一資料館のみの問題にせず社会運動全体で取り組むこと。資料館にとって、被害者を守りながら性差別・性暴力に取り組むトップランナーになれるチャンスでもある」と訴えかけた。そして「長崎での対応がこれからのリベラルな運動の分岐点になりうる」と期待を寄せた。

 4月、資料館は長崎人権平和資料館として再出発した。二階にある「性差別と性暴力」のコーナーには、岡正治の性加害や資料館の対応、「二次加害」とは何かを説明するパネルが展示された。しかし、これらはまだ半分。9月に資料館を訪れると、壁には「その他のパネルについては現在作成中です」と紙が張られていた。今後は日本社会と性暴力を考える展示や被害者支援の情報も出していく予定という。ボランティアで運営に携わる人たちにさらに大きな課題が課せられた。半分空白の壁は、資料館をつくり変えていく遠い道のりを象徴しているように見えた。

(以上、『週刊金曜日』24年11月22日号34-37ページのテキスト転載)


「偉人」の過去の不正義にどう向き合ったか(上)

性被害を告発した郡司真子さんインタビュー

「20代の長崎で時間は止まったまま」

「わたしが声をあげていたら、後輩たちが傷つくことはなかったのではないか」


――長崎へは就職で?

 1992年に大学を卒業して長崎文化放送にアナウンサー兼記者として入社しました。局では女性として初めて警察取材を担当し、毎日警察署を回っていました。その年の冬、長崎警察署の幹部から電話がきて「事件のことで話がある。会わないか」と言われました。思案橋の小料理屋でビールを飲みながら話を聞いていたら、突然気を失ってしまったのです。気づいたらホテルの部屋で裸にされてベッドにいました。意識がない間にレイプされて、写真まで撮られていました。

「特ダネを取っていけ」

――気を失わされて……。

 警察幹部はビールに睡眠導入薬を入れたと言っていました。もうろうとした頭で「これは犯罪じゃないですか」と言うと、「事件には絶対できない。しようとしてもつぶしてやる」とすごまれました。薬のせいでとにかく気持ちが悪く、タクシーで家に帰るのがやっとでした。当時知識があれば、病院に行ったり性暴力被害の救済機関に相談したりしたでしょうが、できなかった。1カ月ぐらい具合の悪い日が続きました。

――すぐに被害を訴えることができなかった。

 言ってもしょうがないと思ってしまったのです。相手が警察だから握りつぶされると思ったし、被害者だと主張するとアナウンサーとしての生命が絶たれてしまう。立場を失うのが怖かったのです。そのうちまたその警察幹部から「取材のネタを提供するから」と言われて会い、ホテルに行きました。そんなことが5回ぐらいあった。すごく気持ち悪くて嫌なのに、断りきれませんでした。

――職場の上司に相談は?

 私たちのことが噂になって、長崎県警の(不祥事や服務規定違反を調査する)監察官から事情を聞きたいと呼び出され、その前に報道制作部長や先輩記者に相談しました。こんな関係を続けるのはつらいと言うと、部長から「お前が悪い。わきが甘かった。誘うようなことをしたのではないか」と言われ、「だが記者として生き残るすごいチャンスだ、これを道具にして特ダネを取っていけ」と諭されました。もう正常な判断ができない状態でした。県警の監察官にはレイプのことは話さず「あくまで警察幹部と記者の関係」で通しました。その後、幹部は転勤し呼び出しはなくなりましたが、どうしても警察の取材を続けるのがつらく、長崎市政の担当に変えてもらいました。

――そこで、岡正治からの性被害に遭ったのですね。

 岡は平和運動の大物で、被爆問題を担当する市政記者にとって重要な取材対象でした。94年の春、岡の自宅に市政担当の記者4人が集まってすき焼きを食べながら懇談する会があったのです。夜遅くなって、他の3人の記者が社に呼び出されて帰り、私は皿洗いをしてから帰ることになりました。

 すると岡は五輪真弓の「恋人よ」のレコードをかけ、下着姿になって「好きだ」とか「パパと呼んで」とか言いながら後ろから抱きついてきました。隣の部屋にはいつの間にか布団が敷かれていた。私が警察幹部から性暴力を受けたことを知っていて「清めてあげる」とも言われました。もうびっくりしてしまって。「すみません、遅いから帰らないと」と言って必死で逃げてきました。

記者としていいのか

――被害はそのときだけではなかった。

 記者室に電話がかかってきて「この前のことを謝りたい。平和運動の新しいネタもあるから」と言われ、仕方なく家に行きました。そうしたら謝罪などなく、「付き合いたい」と言われて押し倒され、キスをされ下半身を触られました。フリーズして動けなくなっていると、タオルの上に性具を並べて「どれがいい」と。「お願いだからやめてください」と言って必死で帰ってきました。

それからも記者室や市役所の周りをうろついたり電話がかかってきたりして、怖くて。その年の夏に突然亡くなったと聞いたときは、正直言ってホッとしました。

――お別れの会に取材者として行ったそうですね。

 たくさんの人が参列して、みんなが岡のことを持ち上げていました。でも、私はこの人の秘密、本当の姿を知っている。そのことを書かなければと思いました。それなのに、あの日私が書いたのは結局、立派な偉人でしたという原稿だった。記者としてこれでいいのか。この日私はテレビ局を辞める決意をしました。警察幹部に加え岡からも性暴力を受けて、絶望したからです。

その後、遺品整理の取材に行き、すき焼き鍋をもらいました。岡にされたことは絶対に忘れない。岡のひどい面を知った自分には、それを明らかにする責任がある。自戒として鍋を持っていようと思ったのです。

――鍋は今も手元に?

 いいえ。翌年テレビ局を辞めた後、結婚して夫の転勤で香港に行きました。鍋も持っていったのですが、香港で中国語を学び現地放送局の同時通訳などをして、生まれ変わったような気持ちになりました。もう自分はあのことにこだわらず生きていこうと、鍋を捨てました。

――それで忘れることができましたか。

 忘れることなどできません。帰国して子どもが生まれ、その子に発達特性があったことから発達支援の仕事に携わりました。二人の子育てをし、会社をつくって経営の苦労もしました。いいこともあったし、いろんな体験もしてきた。なのに、それよりも長崎での3年間の記憶が人生で一番重い。自分が人間として尊重されていないと知った23、4歳のときから、時間が止まっている気がします。あのときの衝撃があまりに大きくて、それが解消されていないのだと思います。

言えるまでに27年

――2020年にネット上の「note」やツイッター(現「X」)で自身の性被害を告白しました。

 そのころ、フリースクール東京シューレで起きた性暴力の被害者を支援したり、性暴力に抗議するフラワーデモに参加したりして、私も被害者だと気づいたのです。それまでは、あんなことがあったのは自分にスキがあったからだ、嫌なのに関係を続けてしまったのは自分が弱かったからだと思っていました。でも悪いのは加害者で自分は悪くなかったと気づいた。自分に起きたことを言えるようになるまで27年かかりました。

――同年3月に長崎であったフラワーデモで、警察幹部から受けた性暴力を訴えました。

 私の被害のことを知った新聞労連(日本新聞労働組合連合)の人から話をしてほしいと言われたのです。私の被害は、取材の現場で起きました。長崎文化放送は朝日新聞や長崎新聞と資本関係があり、私が勤務していた当時の部長やキャップ(指導的な立場の記者)も両新聞社から出向してきていました。彼らは私を助けてくれませんでした。何としてでもネタを取ってこいという文化の中で、女性の人権など無視されてきた。私が声をあげていたら、長崎市の部長から性暴力を受けて提訴した女性記者(22年に勝訴)のように後輩たちが傷つくことはなかったのではないか。そう考えて長崎に行ったのです。あの後、スピーチで名前を挙げた先輩男性から「自分は被害の実態を知らなかった。名前や新聞社名を出さないように」という手紙が来ました。

 フラワーデモで、私は性被害に遭ってすごくつらかったと話してからやっと、あの警察幹部に会う夢を見なくなりました。以前は、怖くて「あーっ」と叫びながら目覚めることが何度もあったのです。

時効の壁に阻まれて

――そして、同じ年の7月に岡正治の性加害を告発しました。

 やっと言えるようになった。でも3年近く何の反応もなかったので、23年になって岡まさはる記念長崎平和資料館(当時)の会員である乗松聡子さんから連絡をもらったときはとても驚きました。わかってくれる人がいた、自分はなかったことにされなかった、と思いました。資料館が私に謝罪し、きちんとした対応を取ったことは画期的です。

――それに比べて、長崎県警は何の対応もしていません。取材を申し込みましたが、「事実かどうかも含めてコメントできない」という返事でした。

 私の被害は時効で裁判を起こすことはできませんが、道義的責任はあると思います。個人的には、あの警察幹部に会って「あれは同意ではなかった。性暴力だった」と伝えたい。

――今は性暴力をなくすための活動を精力的にしています。

 発達支援が必要な女の子たちが性被害に遭うことが多く、それを防ぐ運動や法整備の働きかけをしています。踏みにじられた私の尊厳はまだ回復していませんが、性暴力防止の活動が自己治療の一環にもなっています。

聞き手・まとめ 室田康子   

むろた やすこ ジャーナリスト。

(以上、『週刊金曜日』24年11月22日号37-39ページのテキスト転載)


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