Friday, August 15, 2025

話題沸騰映画『南京照相館』を観てきました。日本での上映を熱望!I hope Nanjing Massacre film Dead To Rights will be shown in Japan!

See below for English. 

At a Richmond, BC theatre. 

映画を観た後ソーシャルメディアに投稿した内容をここにも載せます(多少編集してあります)

話題沸騰の『南京照相館』が北米で公開され、さきほどバンクーバー郊外の映画館で観てきました。南京大虐殺という、日本軍による残虐事件に巻き込まれた南京市民たちのヒューマンドラマです。

筆舌に尽くしがたい大規模な残虐行為の中で、絶望、怒り、愛、信頼、裏切り、希望――人間のあらゆる感情がぎっしり詰まった映画でした。映画館は満員で、若い人が目立っていました。たくさんの人が泣き、私も泣きました。終わったあと号泣している人もいました。見る人誰もが登場人物に入れ込み、感情移入する映画だと思います。

ヒューマニティの極限を演じきった主人公たち、そして日本軍人を演じた人たちの勇気をたたえます。特に、この物語の鍵を握る撮影担当の陸軍中尉を演じた若い俳優は、難しい役を見事に演じていました。ふつうの感覚を持っていた人間が、人間性を失っていく――その過程が鮮やかに描かれていました。

日本軍の残虐行為は、私が学んできた南京大虐殺の事実に照らすと、かなり抑制した表現になっており、視聴者の想像に委ねる部分が多くあります。それでもやはり大変衝撃的です。しかし、実際にあったことなので包み隠さず、バランスをよく考えて描かれていると思います。

子どもについては意見が分かれると思いますが、私は本人が関心を持ち、中学生以上であれば見ても良いと考えます。ただし、子どもに見せる場合は、親や教育者によるしっかりとした準備やフォローが必要です。大人であっても、それは同じかもしれません。これは広島・長崎の原爆を含む、戦争の残虐性を扱うすべての映像作品に言えることです。

日本では議論を呼んでいると思いますが、日本での上映実現を強く望みます。

I just saw the film Dead To Rights at a theatre in Richmond, BC, a movie about the 1937 Nanjing Massacre that is drawing a lot of attention in China and around the world. I was overwhelmed with emotion, like everybody else. The theatre was packed, without an empty seat, and there were many, many young people, to my pleasant surprise. A lot of people were sobbing, including myself. Today marks the 80th anniversary of Imperial Japan's surrender to the Allied Nations. August 15, 1937, was also the beginning of the Japanese navy's air raid on Nanjing, launched from Nagasaki, otherwise known as a victim city of a U.S. atomic bomb. This film is already stirring a lot of controversy in Japan and receiving some unfair criticism from people who have not even seen it. This film invites viewers to identify with the regular people of Nanjing, no matter what nationality they have. It will speak to the deepest part of humanity within you. It is a must-watch, and I sincerely hope it will be shown in Japan.

Wednesday, August 13, 2025

2025年、広島・長崎原爆投下の日につぶやいたこと My X Posts on Hiroshima and Nagasaki Days, 2025

8月6日の広島、8月9日の長崎の式典を見ながら投稿したことをシェアします。

広島の式典を見ながら:原爆投下により「一瞬で、当たり前の日常が壊された」という歴史観を子どもが語っていた。「この世界の片隅に」的な「平和」教育の結果かな?原爆投下前が「当たり前の日常」だったって。日本が70年余にわたり侵略、植民地支配、占領していた国々の人たちーー家族を殺され、尊厳を奪われ、傷ついた人たちーーは、とうに「当たり前の日常」など失っていた。強制連行された人たち、性奴隷にされた人たち、連合軍捕虜たちは故郷に帰ることだけを夢みてその日一日を生きのびていた。「ヒロシマ」の日、せめて、「当たり前の日常」がすでに奪われていた人たちに、思いを馳せてほしい。この式典からは完全に存在を消されている人たちに。

 https://x.com/PeacePhilosophy/status/1953152511365530082

子どもは大人の価値観を反映するにすぎません。この子どものスピーチは典型的な日本人の大人の「ヒロシマ語り」をなぞっているにすぎません。この子どもに罪があるわけではありません。

子どものいうことに何を言うか、と叱って来るような人がいますが、わたしはたまたまその子どもからこの言葉が出たのを見かけたのでこのコメントをしただけで、これは広島や日本のどこにでもある「ヒロシマ語り」です。「物資は足りずとも幸せに日常を過ごしていた罪なき人たちの上に突然落ちた原爆」という非歴史的なかたりです。広島の資料館もきほん、この語りに沿っています。被爆者の証言もほとんどはこの語りです。

「長崎の日」の投稿もここに共有します。

 

 

2025年8月9日「早朝集会」より。

以下が、集会で読み上げた、長崎人権平和資料館理事長の崎山昇さんによる「メッセージ」です。


日本時間で8月14日は、大日本帝国のポツダム宣言受諾、つまり降伏が連合国で公表された日です。Victory Over Japan Day, VJ デイ とも言われます。日本が降伏文書に調印した日、9月2日をVJデイとする国や地域もありますし、中国とロシアは、降伏翌日の9月3日を対日戦勝記念日として祝います。

@PeacePhilosophy 

Friday, August 08, 2025

【2021 記事再掲】8月6日の「原爆の日」に、五輪選手に黙とうを呼びかけることへの私の違和感 (2021年8月3日Web論座掲載) My discomfort with calling on Olympic athletes to have a minute of silence on the Hiroshima Day (Reposting of August 2021 article for Web Ronza, Asahi Shimbun)

See below for the English version. 

2021年、東京オリンピックの夏、「原爆の日に五輪選手に黙とうを呼びかける」動きがあったことについて、朝日新聞の「ウェブ論座」に日本語と英語で寄稿しました。いま、「ウェブ論座」はなくなってしまっているということもあり、ここにテキストを掲載します。(写真は記事に使われたものではなく、自分の写真です)

広島の風景(筆者撮影)

元の掲載URL:https://webronza.asahi.com/national/articles/2021080300002.html

8月6日の「原爆の日」に、五輪選手に黙とうを呼びかけることへの私の違和感

被爆者の体験を伝えてきた一人の人間として

乗松聡子 国際平和博物館ネットワーク共同コーディネーター(当時)


2021年08月03日

 8月6日、広島の「原爆の日」が、東京オリンピック開催期間中であることから、「8月6日午前8時15分に黙とうを」という呼び声がある。

 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会によると、広島市から国際オリンピック委員会(IOC)に対して、8月6日に選手らに黙とうを呼びかけて欲しいなどという要請があった。黙とうを求める電子署名も集まっており、SNSなどでも「日本全国が黙とうするのに、なぜオリンピックだけしないのか」といった声があがる。これに対し、組織委は黙とうを呼びかける対応はしない方針を明らかにした。

 私は、1995年から続いている日米大学生の広島・長崎の旅に2006年以来通訳として参加するようになり、通訳や翻訳を通して被爆者の体験を伝える仕事をしてきた。今は故人となられた谷口稜曄さん、中沢啓治さん、岩佐幹三さんらの壮絶な被爆体験と反核平和への決意を通訳として伝えてきた。それぞれの方々の生の声は、いまでも脳裏に焼き付いている。

2011年8月4日、広島で。中沢啓治さん(中央)の通訳をする筆者。左は近藤紘子さん

 しかし、私は、今回のオリンピックにおける日本国内からの「黙とう」への呼びかけについては、疑問を感じざるを得ない。

 広島・長崎の運動に関わってきた人間がどうしてこのような主張をするのか、と反発を感じる人もいるかもしれない。私はこれまで20年ほど、アジア系の仲間たちとともに戦争記憶を共有し、中国や韓国、朝鮮、東南アジアに足を運んで平和のための活動に携わってきた。

 そのような一人の人間の見方として、なぜオリンピックで世界各国から集まってきた選手らに一律に黙とうを呼びかけることに疑問を持つのか、耳を傾けてほしいと思っている。


日本人が広島・長崎や空襲を語るとき、念頭に置くべきこと

 私は通算25年間カナダに住んでいるが、高校留学した際には「日本人なら広島・長崎の体験を伝えることが大事」という感覚を持っていた。しかし、留学先で日本とそれ以外の国での戦争の記憶のとらえ方の違いに直面した。フィリピン、シンガポール、インドネシアなどの友人たちから、戦争中の日本軍の残虐行為について聞かされたのだ。

 日本の学校で全く教わっていなかったこともあり大変なショックだった。当時の自分の戦争についての理解は、日本が受けた被害に限定されており、大変浅く偏ったものであったことを突きつけられたのである。

 日本は開国以来、欧米列強に追いつくべく、強大な武力をもって植民地支配と侵略戦争でアジア太平洋全域に帝国を拡大した。広島や長崎を含む日本の空襲被害は、帝国滅亡の最終段階で米国が行った民間人の大量虐殺であり、その犯罪性は疑問を差し挟む余地もない。

 しかし、海外で原爆展を行い、アジアや欧米の友人たちと歴史を語るにつけ、日本人が広島・長崎や空襲を語るときは、原爆に至るまでに日本が70年余にわたりアジアの同胞に対し残酷な支配・強制動員・殺戮を行ったことや、連合軍捕虜を虐待した歴史を念頭に置かなければいけないと思うようになった。


もう一つの五輪期間中の平和祈念、7.27を忘れていないか

 オリンピックには世界中から人が来ている。その中には自国民らが体験した日本軍の残虐行為の記憶を受け継いでいる人たちがたくさんいるはずだ。その人たちに対して、広島・長崎だけについて一斉の黙とうを求めることはできないのではないかと私は思う。

 期間中といえば、たとえば、7月27日は、日本の植民地支配を経て分断された末、何百万もの朝鮮半島の市民が無残に殺された朝鮮戦争の休戦協定調印68周年であったが、この日に黙とうしようという声は上がらなかった。ほとんどの日本人は忘れていたのではないか。

 これがもし、日本社会が総じて日本の加害の歴史に正面から向き合い、原爆についても、植民地支配の故に被爆させられた朝鮮人被爆者を決して忘れないという姿勢が定着していれば、黙とうの呼びかけの意味合いも変わってくるだろう。その場合は、日本側が呼びかけなくても日本を訪れる人々から自然にそのような動きが出てくるかもしれない。


「ドレスデン空爆の日に黙とうを」とドイツが求めたら

 しかし、日本の現実は、政府が率先して強制連行を否定し、多くの国会議員が侵略戦争を美化する靖国神社に足を運び、日本軍「慰安婦」の記憶を展示しようとしたら脅迫が殺到するような社会なのである。多くのアジアの人にとっては戦争の傷に塩を塗るような存在である旭日旗さえ、2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会は、禁止しないという方針を取った。

 また、これが仮にドイツが開催国だったとしたら、同様に何万もの民間人が殺されたドレスデンの空爆の記念日が大会期間中にあるからといってドイツ側から黙とうを求めるだろうか。ホロコーストを念頭におけば、そのようなことをしたら、国によっては強い抵抗が出てくるだろうし、自らを戦争被害国として演出しているとの批判は免れないのではないか。日本の場合も同様ではないのか。


「反戦平和」の意味合いは、誰が言うかで変わる

 ここまで読んでくれた人の中には、広島と長崎の原爆は、人類に初めてもたらされた核兵器の惨禍であるからその普遍性を重視するべきであり、日本の歴史問題とは切り離すべきだと思っている人もいると思う。これについては、私が釜山の国立日帝強制動員歴史館を2019年に訪れたとき見た、広島・長崎の原爆についての展示の説明文を紹介したい。

国立日帝強制動員歴史館のパネル
 1945年8月6日午前8時15分広島市、8月9日午前11時2分長崎市に、人類に向けた最初の原子力爆弾が3日間隔でたて続けに投下された。その結果、死傷者が数十万名に至ったが、そのなかには日帝の植民地下に故郷を離れてきた数多くの朝鮮人農民と日本の軍需工場に動員された朝鮮人徴用工もあり、日本軍の捕虜として連行された連合軍兵士もいた。朝鮮人原爆被害者は概ね広島5万人、長崎2万人に至ったが、そのなかで約4万人は1945年を越すことなく死亡し、残りの3万名中23000余名が帰還していたことが推測される。全体の原爆被害者の約1/10に該当する朝鮮人の死亡は57.1%であり、全体の33.7%に比して非常に高い。日本は二つの都市における惨状を大々的に広報し、反戦平和を全世界に訴えている。反戦平和は、人類が共栄するための普遍的価値である。しかし、誰が言うかによりこの意味合いはかなり変わる。日本は反戦平和を叫ぶ前に戦争加害に対する痛切な反省とともにその事に対する責任を負う姿勢を見せなければならないはずだ。

(太字は筆者による)

日本人が歴史性を切り取り、普遍性を強調したら

 日本から植民地支配をされた国の立場から、日本は過去への反省と償いを真摯に行ってこそ、人類共通の普遍的価値を語る資格があるとの主張は十分に理解できる。日本人が原爆投下から歴史性を切り取って普遍性を強調することは日本の加害性を否定することに等しい。被害を受けた国側は、決して歴史性を切り取ることはできないし、それを加害側の人間が強要してはいけないのである。相手の立場になってこそ見えてくるものがある。

 もちろん、広島・長崎の原爆被害に対して、オリンピックがあろうとなかろうと、毎年追悼する朝鮮半島や中国の人たちはたくさんいる。それは自主的に行っているのであって、日本側から言われてやっているのではない。その目的のためにそこにいるのではない人々に対して、一律の行動を求めるのは無理があるとも思う。


どの視点から語るのか、追悼の意味を考える

 そういう意味では、毎年、夏の甲子園野球で8月15日正午にサイレンが鳴って球場全体が黙とうさせられることにも違和感がある。日本の高校生にも、日本以外のルーツを持つ子もいるし、在日韓国・朝鮮人の子もいるであろう。日本の戦争責任者が国内向けに降伏を伝達した記念日になぜ頭を垂れなければいけないのかと反発を抱く人がいてもおかしくない。

 日本から支配された国にゆかりのある人にとって、8月15日は祝うべき解放記念日である。連合国から見たら対日戦勝記念日である。日本ファシズムが崩壊し、アジア太平洋に平和が戻った日なのである。

 「8.6オリンピック黙とう」を呼びかけている人々とは、冒頭に示したように、亡くなった被爆者を追悼し、核兵器も戦争もない平和な世界を実現させようとしているという意味で私も同じである。私の一文が、歴史認識についての対話や相互理解のきっかけになることを願っている。

(編集/朝日新聞・井上未雪)


以下、英語版です。

元URL:https://webronza.asahi.com/national/articles/2021081200006.html

My discomfort with calling on Olympic athletes to have a minute of silence on the Hiroshima Day

Perspective of a person who has conveyed the experiences of the A-bomb survivors

Satoko Oka Norimatsu, Co-Coordinator, International Network of Museums for Peace

13 August, 2021

The original Japanese version of this article was published on August 3, 2021. It was translated into English by the author with editorial assistance by Dennis Riches, and the English version was published on August 13.

As this year’s Hiroshima’s Atomic Bomb Memorial Day (August 6) fell during the period of the Tokyo Olympics, there were calls for a moment of silence to be observed at the Olympic games, at 8:15 a.m. on August 6 - the time when the bomb was dropped.

According to the Tokyo Organizing Committee for the Olympic and Paralympic Games, the city of Hiroshima asked the International Olympic Committee (IOC) to call for a moment of silence for athletes on August 6th. Electronic signatures requesting a moment of silence were also collected, and on social networking sites, people were asking, “Why doesn’t the Olympics do it when all of Japan does it?” In response, the Organizing Committee announced that it would not respond to the call for a minute of silence.

Since 2006, I have been participating as an interpreter in the Hiroshima-Nagasaki study tour for Japanese university students and students of American University in Washington, D.C., which has been ongoing since 1995. On these tours I have been working to convey the experiences of A-bomb survivors through interpretation and translation. As an interpreter, I have conveyed the harrowing A-bomb experience and the determination of anti-nuclear peace activists such as Mr. Taniguchi Sumiteru, Mr. Nakazawa Keiji, Mr. Iwasa Mikiso and others who are now deceased. The voices of these people are still burnt into my mind.

However, I must admit that I have my doubts about the call for a minute of silence from within Japan during the Olympics.

Some may wonder why someone who has been involved in the Hiroshima and Nagasaki movements would make such a statement. For the past 20 years or so, I have also been involved in peace activities in China, the Republic of Korea, the Democratic People’s Republic of Korea, and countries in Southeast Asia, listening to the war memories of fellow Asian friends. I hope readers can listen to why I, with such experience, question the uniform call for silence among athletes from all over the world at the Olympics.


What the Japanese need to bear in mind when they talk about Hiroshima, Nagasaki, and the air raids on Japan

I have lived in Canada for a total of 25 years. The first time was when I attended a secondary school there. I had the sense that it was important for Japanese people to convey the experience of Hiroshima and Nagasaki. However, during my study in Canada, I was confronted with the difference in the way people remember war in Japan and the way they do in other countries. My friends from the Philippines, Singapore, Indonesia, and other countries told me about the atrocities that the Japanese military committed during the war.

It was a great shock for me, as I had not learnt about it at all in Japanese schools. I realized that my understanding of the war at the time was very shallow and biased, limited to the damage that Japan had suffered.

After the modernization of Japan started in late 19th century, Japan expanded its empire throughout the Asia-Pacific region through colonization and wars of aggression with its heavily-invested armed forces in order to catch up with the Western powers. The air raids on Japan, including those on Hiroshima and Nagasaki, were massacres of civilians carried out by the U.S. in the final stages of the empire’s destruction, and there is no question of their criminal nature.

However, as I have held A-bomb exhibitions overseas and talked about history with friends of various backgrounds including Asian, European, and North American, I have come to believe that when Japanese people talk about Hiroshima, Nagasaki and the air raids, they must bear in mind the history of Japan’s brutal subjugation, forced mobilization and killing of people of Asia for more than 70 years, as well as the mistreatment of Allied prisoners of war for the three years and eight months, leading up to the atomic bombing.


Have we not forgotten another anniversary during the Olympic Games?

People from all over the world come to the Olympics. There must be many among them who have inherited the memories of the Japanese military’s atrocities in their countries. I don’t think we can ask those people to have a minute of silence only for Hiroshima and Nagasaki victims.

For example, July 27th was the 68th anniversary of the signing of the armistice of the Korean War, in which millions of Korean people were brutally killed, on the peninsula that had been divided when the Japanese colonial rule ended. Most Japanese people are probably not even aware of this anniversary.

If Japanese society as a whole were already facing the history of Japan’s aggression head on, and maintaining a position, for example, to never forget the Korean A-bomb victims who suffered the atomic bombing under colonial rule, the meaning of the call for a minute of silence would be different. In such a case, visitors to Japan might spontaneously initiate such a movement without the need for the Japanese side to call for it.


If Germany were the host and asked for a silence for the bombing of Dresden…

However, Japan is a society where the government takes the initiative in denying the history of forced labour, where many members of the Diet visit the Yasukuni Shrine which glorifies the aggressive war, and where efforts to remember the Japanese military’s “comfort women” system get flooded with threats. The organizing committee for the 2020 Tokyo Olympics and Paralympics decided not to ban the use of the Rising Sun flag, which is a symbol of Imperial Japan that triggers the trauma of war for many people of Asia.

As an analogy to this situation, consider what the reaction would be if Germany were the host country of the Olympics, and Germans called for a moment of silence because the anniversary of the bombing of Dresden, which also killed tens of thousands of civilians, fell during the Games. With the Holocaust in mind, such a request would meet strong resistance in some countries, and Germany would not avoid criticism for portraying itself as a victim of war. Isn’t the same true in the case of Japan?


“Peace and Opposition to War” changes depending on who says it

Some who have read this far may think that since the atomic bombings of Hiroshima and Nagasaki were the first nuclear catastrophes brought to humanity, we should emphasize the universality of the bombings and separate them from Japan’s historical issues. In this regard, I would like to introduce an English translation of the panel about the atomic bombings of Hiroshima and Nagasaki, at the National Memorial Museum of Forced Mobilization under Japanese Occupation in Busan, Republic of Korea, which I visited in 2019:

The first atomic bomb attacks on humanity occurred at Hiroshima at 8:15 a.m. on August 6th, and on Nagasaki at 11:02 a.m. on August 9th, 1945, three days apart, and one after another. As a result, hundreds of thousands of people were killed or injured, including many Korean farmers who had had to leave their homes under Japanese colonial rule, Korean conscripts who had been mobilized to work in Japanese munitions factories, and Allied soldiers who had been taken as prisoners of war by the Japanese military. Of the approximately 50,000 Korean victims of the atomic bombing in Hiroshima and 20,000 in Nagasaki, some 40,000 died without surviving beyond 1945, and of the remaining 30,000, some 23,000 are estimated to have returned home. Koreans, who accounted for about 1/10th of the total number of A-bomb victims, accounted for 57.1% of the deaths, which was much higher than the overall death rate of 33.7%. Japan has publicized the devastation in the two cities extensively and appealed to the whole world for peace and opposition to war. Peace and opposition to war are values for the co-prosperity of humanity. However, the meaning of these values change considerably depending on who says it. Before pronouncing against war and for peace, Japan should show its sincere remorse for its war atrocities and take responsibility for them. (Bolded part by author)

If Japanese isolate the atomic bomb attacks from their historicity and emphasize universality…

From the standpoint of a country that was subjected to colonial rule by Japan, I can fully understand the argument that Japan would be qualified to speak about universal values common to all human beings only if it sincerely reflected on and made amends for the past. For the Japanese to isolate the atomic bombings from their historicity while emphasizing their universality is tantamount to denying Japan’s perpetration of war. The nations victimized by Japan can never isolate the atomic bombing from the full historical context, and the perpetrator’s side should never force them to do so. It is only by putting oneself in the other side’s shoes that one can see the full context of such historical events.

Of course, there are many people on the Korean peninsula and in China who mourn for the victims of the atomic bombing of Hiroshima and Nagasaki every year, whether there is an Olympics or not. They do so voluntarily, not because they are told to do so by the Japanese side. I think it is unreasonable to expect a uniform behavior from people who have not gathered for that purpose.


Rethinking remembrance of war victims

For similar reasons, I feel uncomfortable with the sirens that go off at noon on August 15th at the Koshien high school baseball games every summer, forcing the entire stadium to be silent. Some Japanese high school students may have roots outside of Japan, and some may be Korean residents in Japan. It is not surprising if some of them are repulsed by the idea, wondering why they have to hang their heads on the anniversary of the day when one who was responsible for the war announced his surrender to the people in Japan.

For those who have ties to the countries ruled by Japan, August 15th is Liberation Day, a day to be celebrated. In the eyes of the Allies, it is the VJ (Victory over Japan) Day. It is the day when Japanese fascism collapsed, and peace returned to the Asia-Pacific region.

As I indicated at the beginning of this article, I share the same values as the people who call for the “August 6th Olympic Day of Silence,” in the sense that we mourn for the A-bomb survivors and try to realize a peaceful world without nuclear weapons and war. I hope that this essay will serve as a catalyst for dialogue and mutual understanding about historical consciousness.


Thursday, August 07, 2025

【原爆投下80年:日本人の植民地主義を問う】広島で開催された「朝鮮半島出身原爆被害者を追悼する会」での、広島被団協理事長による心ない言葉 Japanese Colonialism: Reflecting on a Japanese Hibakusha's Remark at the Memorial for Korean Atomic-Bomb Victims in Hiroshima

被爆後80年、広島県朝鮮人被爆者協議会による「朝鮮半島出身原爆被害者を追悼する会」が8月2日、広島で初めて開催されました。朝鮮新報の報道「被爆80年、広島で朝鮮人被爆者追悼会を初開催」をはじめ、マスコミ各社も報道しました。(共同朝日毎日中国など)

8月2日広島で開催された「朝鮮半島出身原爆被害者を追悼する会」(Quena Kim Hrs さん提供)

朝鮮新報の報道を一部抜粋します:

広島県朝鮮人被爆者協議会(朝被協)が主催する「朝鮮半島出身原爆被害者を追悼する会」が2日、広島市留学生会館で行われた。朝被協主催の追悼会は初。ここに総聯広島県本部の呂世珍委員長、朝鮮人強制連行真相調査団の陳吉相事務局長をはじめとする同胞、日本市民など110余人が参加した。

朝被協の推計によると、原爆が投下された1945年8月6日当時、広島市内にはおよそ5万3千人の朝鮮人が居住しており、3万人が命を落とした。かれらは日本の植民地支配下の朝鮮から、生活の糧を求めて日本に渡ってきたか強制連行された人々だった。しかし、県内にはすべての朝鮮半島出身原爆被害者を追悼する碑は存在しない。平和記念公園内(広島市)には「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」が存在するが、朝被協と総聯県本部はすべての朝鮮人被爆者を追悼する碑を建立し、そこで追悼会を開くことを目指してきた。しかし、未だ実現には至っていない。被爆者が高齢化するなかで、「これ以上先延ばしにできない」(朝被協・金鎮湖会長)という判断の下、被爆80年を迎える今年、初となる追悼集会の開催に至った。

★★★

残念なことに、このような意味深い朝鮮人原爆被害者追悼の会に招待された広島被団協(広島県原爆被害者団体協議会)の理事長による挨拶は、「心ない」としかいいようのないものでした。

これについて、広島にお住まいのQuena Kim Hrs さんがFacebook で公表したスライドショーここに紹介します。このブログ運営者、乗松聡子のコメントも使ってくれました。URLは: https://www.facebook.com/watch/?v=757526723330814 

Facebookをやっていない人は見づらいかもしれないので Quena さんから提供された動画をYouTube にアップしてあります。ご覧ください。音源からスタートします。
私はこの、広島被団協を代表して挨拶をした方だけを批判するつもりはありません。これは、「ヒロシマ・ナガサキ」や日本全体の平和運動を覆っている自国中心主義、被害者史観、植民地主義を象徴する事件だと思います。関係者皆さんに考えてほしいです。日本人の植民地主義は日本人が指摘しなければいけないと思います。

Facebook では以下の公開リンクでいろいろな人がコメントしたりシェアしたりしています。


Xでもここに公開しており、コメントや引用投稿がついています。

「被爆80年」の広島と長崎。当時広島にいた朝鮮人は、現在の韓国のハプチョン出身の人が多くいました。2019年にハプチョンに行きました。原爆被害を展示した資料館もあります。そこで被爆者、被爆二世の人たちから聞いた言葉の中でも忘れられないのは「自分たちは植民地支配で日本人から犬のように扱われた上に米国の原爆で被爆した。被爆者を考えるとき、まず朝鮮人被爆者を考えてほしい」という言葉です。その通りと思います。残念ながらこれまでの日本人の原爆投下についての記憶は「日本人ファースト」としか言い様がありません。これは過去の自分もそうであったと、自身反省していることです。下方に参考資料として示した記事で、ハプチョン訪問などについて詳しく書いています。

参考投稿




また、長崎人権平和資料館(注:2023年11月改名後の資料館の名前です)の館長であった高實康稔さん(故人)は毎年、8月9日早朝に爆心地公園にある朝鮮人被爆者追悼碑の前で開催される「朝鮮人原爆被爆者追悼早朝集会」で読み上げる「メッセージ」で、必ず、朝鮮民主主義人民共和国の被爆者への支援、日朝国交回復を訴えていました。生前最後の「メッセージ」が2016年でした。

BBCでも今年、特集が組まれていました。
【原爆投下80年】傷を負い、屈辱を受け、忘れられ……広島で被爆した朝鮮半島出身者たち

最後に、あちこちで引用していますが、2019年に釜山の国立日帝国強制動員歴史館を訪問したときに見た、広島・長崎原爆投下についてのパネルの文言(日本語訳)を紹介して終わります。この言葉を心に刻んでいます。
「1945年8月6日午前8時15分広島市、8月9日午前11時2分長崎市に、人類に向けた最初の原子力爆弾が3日間隔で投下された。その結果、死傷者が数十万名に至ったが、そのなかには日帝の植民地下に故郷を離れてきた数多くの朝鮮人農民と日本の軍需工場に動員された朝鮮人徴用工もあり、日本軍の捕虜として送られた連合軍の兵士もいた。朝鮮人原爆被害者は概ね広島5万人、長崎2万人に至ったが、そのなかで約4万人は1945年を越すことなく死亡し、残りの3万名中23000余名が帰還していたことが推測される。全体の原爆被害者の約1/10に該当する朝鮮人の死亡は57.1%であり、全体の33.7%に比して非常に高い。日本は二つの都市における惨状を大々的に広報し、反戦平和を全世界に訴えている。反戦平和は、人類共通の普遍的価値である。しかし、誰が言うかによりこの意味合いはかなり変わる。日本は反戦平和を叫ぶ前に戦争加害に対する痛切な反省と共にその事に対する責任を負う姿勢を見せなければならない。」

乗松聡子 @PeacePhilosophy

Tuesday, August 05, 2025

タイとカンボジア紛争の背景にある米国の関与:ブライアン・バーレティック氏の解説 Brian Berletic: U.S. Involvement in the Thailand-Cambodia Conflict (Japanese Translation)

このサイトでも紹介したことがある軍事・国際情勢アナリスト、ブライアン・バーレティック氏はタイ在住で、東南アジア諸国にたいする米国の内政介入に特に詳しい人です。今回のカンボジアとタイの衝突についての歴史的・政治的背景を解説している動画が大変役に立つものと思い、AIの力を借りてここに翻訳しました。これは、やはりこのサイトで紹介したことがあるグレン・ディーセン氏チャネルで7月28日に公開された動画です。タイとカンボジアはマレーシアの仲介で29日に停戦協定が発効しました。8月4日の報道によると、「マレーシアは4日、タイとカンボジアの国防当局者をクアラルンプールに招き、停戦発効後も緊張状態が続く両国の国境問題を協議した」とあります。7日までの会議で、米国や中国の代表も最終日に加わる見通しであると。死者数についてはタイ国軍によるとこれまでタイ側で32人、カンボジア政府によるとカンボジアは少なくとも13人、とあります。引き続き注視が必要です。
(注:話し言葉で、冗長な部分などは割愛してあります。太字強調はブログ運営者によるものです。翻訳はアップ後修正することがあります。)

ブライアン・バーレティック氏の YouTube チャネルはここです。Xアカウントはここ
 
ディーセン:ブライアン・バーレティックさんにご出演いただいています。元アメリカ海兵隊員であり、地政学アナリスト、そして動画チャンネル「The New Atlas」のホストでもあります。番組へようこそ、おかえりなさい。現在タイにお住まいですが、タイとカンボジアの間の国境紛争について、私自身も含め多くの人が十分に理解できていないのが現状です。この地域には二国間の緊張、または紛争がありますが、これにはよくあるような大国の関心があり、そうした大国はしばしばこのような地元の紛争を自国の利益のために利用することがあります。まず、この紛争の根本的な原因について説明してくれますか?この紛争は寺院を巡るものとして語られることが多いですが、どうなのでしょう?

バーレティック:これは国境を巡る争いです。その根源はフランスの植民地主義にあります。フランスは、世界中でイギリスと同様に、将来的な分断や紛争を引き起こすような「時限爆弾」を無責任にもしかけ、あるいは意図的に地図に描いて植民地から撤退しました。そして、タイとカンボジアの国境には係争地域が存在します。そこには古代の寺院があり、それ自体が争われている上に、寺院周辺の領土も争われています。これは、この問題が長年にわたり国際機関に持ち込まれてきたためです。西側諸国の機関が国際機関を装って関与してきました。彼らの判断は、国境紛争という未解決の「時限爆弾」を維持するため、意図的に曖昧にされてきました。そのため、寺院はカンボジアのものと認識され、寺院の周辺地域はタイのものと認識されるという状態になっています。このことから、これがいかに意図的に仕組まれ、放置されてきたかが分かります。本気で問題を解決しようとしている人間であれば、このような状況を残すことはなかったはずです。

しかしながら、今起きている紛争の理由はこれではありません。この問題は、1900年代初頭から存在する国境問題です。そして、特に21世紀に注目すべきですが、長い間、この地域は対立の原因ではありませんでした。この地域では、紛争よりも平和がはるかに多く保たれてきました。紛争が発生するのは、非常に特定の時期に限られます。それは、アメリカがタイに親米政権を樹立しようとしているとき、あるいはアメリカが支援する政権が排除されようとしているときに限って起こるようです。この国境問題に加えて、タイ南部における非常に醜い分離主義暴力、そして全米民主主義基金(NED)によって資金提供された団体による国内からの圧力があります。こうした要因が国内に圧力を生み出しています。アメリカは、タイに思い通りの対応を取らせたいとき、こうしたさまざまな圧力ポイントを使い始めます。

ここを理解しなければなりません。アメリカが完全に支配している国も存在します。たとえばウクライナは、アメリカの権力の延長そのものです。一方で、アメリカの影響力がほとんど及ばない国もあります。それはロシアや中国のような国です。そして、その間に位置する国々があります。アメリカがある程度の影響力を持つものの、国内には自国の主権を守ろうとする制度や政党、特定の利害関係者が存在している国です。アメリカの影響が入り込んでくることに対し、それを内側から押し返しているのです。タイは、まさにそのような国の一つです。軍、王室、そしてタイとその主権を守ろうとする特定の企業や利害関係者が存在しています。

アメリカは、それに対抗するため、政治的な野党グループや政党を育ててきました。現在、アメリカが支援しているのは、2人の億万長者が率いる2つの大きな政党です。タクシン・チナワット氏とタナトーン・ジュンルンルアンキット氏です。この2人の億万長者を政権に就け、タイ全体を支配させ、中国との非常に親密で成長している関係を断ち切らせようとしています。そして、フィリピンを中国に対する破壊の槌にしたように、ウクライナをロシアに対する破壊の槌にしたように、タイを中国に対する破壊の槌に変えようとしているのです。

ここを理解しなければいけません。単純に「カンボジアは中国の武器を使っているから中国の支援を受けている」「タイはF-16を使っているからアメリカの支援を受けている」というような構図ではありません。実際のところ、現時点では両国とも中国と親密な関係を持っています。両国とも中国から武器を購入しており、親密な関係にあります。ただし、タイと中国の関係はアメリカとの関係よりもはるかに大きく、また、カンボジアと中国の関係よりもはるかに深いものです。

ディーセン: それでは、タイの内部の仕組みとはどのようなものなのでしょうか?アメリカの影響力はどれほど強いのですか?それは主にNGOを通じたものなのか、それとも直接的なビジネス上の利益や、特定の政治指導者への資金提供などによるものなのでしょうか?影響力の源はどこにあるのでしょうか?

バーレティック: はい、それは「全米民主主義基金(NED)」および「USAID(米国国際開発庁)」によるものです。これらは、誤解されがちですが、資金が打ち切られたり解体されたりしたということはなく、いまだに台湾でも活動を続けています。彼らはアメリカが支援する政党に対して、政治的な支持ネットワークを構築しています。つまり、NEDを通じてアメリカはメディアネットワークを作り上げましたし、教育システムにもNEDの資金を通じて介入しています。そのため、メディアと教育に対して非常に強い影響力を持っているのです。そして、政治的な野党グループにも何百万ドルという資金を注いでいます。

タクシン・チナワット氏は、現在のタイの連立政権における事実上の与党の指導者である億万長者であり、また、タイ議会で野党として大きな勢力を持つタナトーン・ジュンルンルアンキット氏も関わっています。ただ、「事実上の」と申し上げたのは、タイ軍がここ数年、アメリカの傀儡となっているこれらの人物を排除しようとしてきたからです。2006年にはタクシン氏を追放するクーデターがありましたし、2014年には彼の妹を追放するためのもう一つのクーデターがありました。今では彼の娘が首相を務めていますが、彼自身がすべてを違法に運営していることは明白です。西側メディアはあまりこの点には触れません。

アメリカは情報空間および政治空間を通じて介入を行っているのです。タイ軍は独立した機関であり、タイ全体に対する完全な政治支配に対する抑制と均衡(チェック・アンド・バランス)の役割を果たしています。そのため、越えてはならない一線が存在します。そして、それが現在の国境問題が激化した原因なのです。

タクシン・チナワット氏、その娘は、タイ国民が同意しておらず議論する機会すら与えられていない領土に関する譲歩を、カンボジア政府に対し行おうとしていました。タイ軍はそのような領土の譲歩を受け入れるつもりはまったくありませんでした。その結果、かれらはカンボジアと共謀して、タイ軍が紛争を戦わざるを得ないような状況に追い込んだのです。これは戦う必要のない無意味な紛争です。

2008年ー2011年にも同様の状況がありました。タイの、いわゆる「ディープ・ステート」が、このアメリカ支援による政権を排除しようとした時期です。そして突然、暴力が激化しました。これはタクシン・チナワット氏とカンボジア政府の間で調整されたものです。フン・セン氏は現在カンボジア上院の議長であり、その息子がカンボジアの首相を務めています。彼らはタクシン・チナワット氏および彼の政治組織と親しい家族ぐるみの友人関係であり、政治的同盟者でもあります。

一部では、両者の間に亀裂があるとの主張もありますが、2008年および2011年には非常に親密な関係にあり、実際に暴力も発生しました。いずれにせよ、このタイミングは非常に疑わしく、アメリカが他国で使っている戦略と非常によく似たものをタイにも適用しているように見えます。

私は以前、「ランド研究所」が発表した“Extending Russia(ロシアへの圧力拡大)”という政策文書について話したことがあります。そこでは、地政学的、経済的、社会的、あらゆる面でロシア周辺に圧力をかける手段が挙げられていました。彼らは同じことをタイのような他国にも行っているのです。ただ、それがアメリカとロシアの対立ほど広く報道されていないだけなのです。

ディーセン:さて、アメリカと中国の主要な地政学的、あるいは地経済的な競争関係を考えたとき、アメリカがこの文脈でタイを必要とする主な目的とは何でしょうか?

バーレティック:アメリカが特別にタイだけを必要としているというわけではありません。アメリカは東南アジア全体を必要としているのです。それは、ヨーロッパをロシアに対抗するための「道具」に変えたのと同じように、東南アジアを中国に対抗する「道具」にしようとしているのです。フィリピンでは、その目的をすでに達成しています。もし標的となる国、たとえばタイの西にあるミャンマーのような国を政治的に掌握できない場合には、暴力的な混乱を引き起こして、その国をほぼ機能不全の状態にし、中国と貿易したり投資を受けたり、「一帯一路」構想のインフラ整備に参加したりするような、建設的なパートナーとして使えないようにするのです。これがアメリカが東南アジア全体に対して、そしてここタイに対しても採用している戦略です。

ディーセン:ところで、これまでに判明している被害の規模や死傷者について、どのような情報がありますか? どちらか一方が優勢になっているのでしょうか? タイの方が軍事的にはある程度優位に見えますよね。少なくとも軍隊の規模や技術的な――つまり装備面で――タイの方が強そうに見えますが、現地の状況は実際どうなっていて、この衝突が長期化する可能性はどれくらいあるのでしょうか。

バーレティック:歴史的に見て、こうした衝突は長く続くことはあまりありません。ただ、今回の件はかなり深刻で、激しさも増しています。ご存知のとおり、タイはカンボジアよりもずっと大きな国です。人口はカンボジアの4倍、軍隊の規模はおよそ3倍で、戦力的には3〜5倍強いです。GDPはカンボジアの12倍です。タイには約7,000万人の人々が住んでおり、カンボジアには約1,700万人が住んでいます。ですから、数の上ではタイが圧倒的に有利です。軍事力を数字で見れば、タイに大きく傾いていると言えます。とはいえ、タイ軍としては事態をエスカレートさせたくないのです。そもそも、この紛争には半ば巻き込まれる形で関与させられましたし、カンボジアに対しても非常に抑制的に対応しています。

ただし、民間人の死傷者はタイ側の方が多いです。というのも、カンボジアが使用しているのはBM21と呼ばれる多連装ロケットシステムで、いわゆるグラッド・ロケットです。これらは誘導機能を持たない無誘導ロケットで、広範囲に被害を与える兵器です。つまり、特定の標的に正確に当てることはできず、あるエリアを狙って撃ち込むことで、そのエリア内のすべてが破壊され、人々が傷つき、命を落とすという性質のものです。カンボジアはこれを主に使用しており、タイ側はそれに対して、ロケット発射機を狙った反撃(カウンターバッテリー攻撃)を行っています。

国境沿いでは陣地戦が展開されており、両軍とも塹壕を築いて戦っています。そのため、タイ側の民間人の死傷者の多くはこうした戦闘によって出ており、一方でカンボジア側の軍人の死傷者は、タイが行う砲撃や空爆によってロケット発射機を狙った攻撃によるものです。そして再び言いますが、カンボジア側が無差別にロケットを撃ち込んでいるため、それが一般市民の家を直撃しています。7イレブンやガソリンスタンド、さらには病院2カ所がこのロケット攻撃で甚大な被害を受けている映像も確認されています。10万人以上の人々が避難を余儀なくされ、実質的には難民キャンプへ移動しています。

具体的な数字で言うと、私が最後に確認した時点では、タイ側で死亡した民間人は14人でした。カンボジア側は死者数について公式に発表していませんが、軍人の損失については報告しており、その中には過去数日間のうちに死亡した将官も含まれています。ですので、民間人の死傷者については、カンボジアの無差別なロケット攻撃によってタイ側が大きく偏って多くなっているようです。軍人の死傷者に関してはカンボジア側の方が多いと見られます。実際の戦闘や領土の奪い合いについては、現在のところ膠着状態にあるように見えます。

ディーセン:そうですね。あなたが再投稿していたBBCの報道についての投稿ですが、カンボジアへの空爆を取り上げながら、タイへの攻撃の写真を添えていましたよね。ちょっと興味深い印象操作だと思いました。でも、アメリカ以外の欧米諸国はこの紛争にどのような立場を取っているのでしょうか?アメリカと同じくらい深く関与しているのでしょうか?

バーレティック:この段階では、それを判断するのは難しいですね。ご存じの通り、西側メディアはよく情報操作を行います。たとえば、「アラブの春」の初期にも、多くの西側メディアはそれ以前に国務省と協力して抗議活動の準備を進めていたにもかかわらず、いざ抗議が始まると何も知らなかったかのように装っていました。そういう例はたくさんあります。

今回の件でも、西側メディア全体で「タイはアメリカの支援を受けており、カンボジアは中国の支援を受けている」とするような物語(ナラティブ)が形成されつつあるのを感じます。中には「カンボジアが先に攻撃した」と報道しているところもあり、それによってこの攻撃が中国の支援によるものだと示唆しようとしているのです。そしてさらに、タイの人口密集地域への無差別ロケット攻撃も利用されて、中国が関与しているという印象を強めようとしているようです。

つまり、混乱を招こうとしているわけです。彼らは状況を整理して説明することはしていません。広い視野で全体像を捉えようとしていません。タイ国内に存在する軍と文民政府の対立構造にも触れていません。アメリカがこの文民政府、つまりある大富豪とその政治勢力を、21世紀の初めからずっと支援してきたという事実にも言及しません。彼(タクシン・チナワット)は2001年にはすでに首相を務めていて、当時からアメリカは全面的に彼を支持していました。

ですから、状況は非常に混沌としており、人々が理解するのは難しいと思います。だからこそ私は、たとえ情報量が多くても、こうした背景を投稿して共有しているのです。人々にはこの背景を理解してもらう必要があります。

これは、たとえばウクライナのように、アメリカの代理勢力とロシアとの明確な代理戦争になっているケースよりも、もう少し複雑です。そして目的も少し曖昧でわかりにくい。私が思うに、アメリカはただ単に「対立を生み出したい」だけなのです。そうすればこの地域全体が停滞します。

今はアジア全体が、中国とともに協力しながら一緒に成長しつつある時期です。私たちは、米国務省の「国務省歴史部門(Office of the Historian)」のウェブサイトで、無数の政策文書を読むことができますが、そこには文字通り「アジアを貧しいままに保つことが我々の目標だ」と書かれているのです。では、それをどうやって実現するのでしょうか?内部に介入し、国の内部を分断し、隣国との対立を煽る――まさにそれが今起きていることであり、アメリカがこの地域で使っている戦略なのです。

ディーセン:それで、これはタイでは実際うまくいっているのでしょうか?タイの人々はこれをどう見ているのでしょうか?もちろん、全員を代表して語るのは難しいとは思いますが、メディアではどのように描かれているのでしょうか?アメリカが言うように「中国が支援するカンボジア」という構図で伝えられ、それが中国に対する否定的な感情をあおっているのでしょうか?それとも、アメリカが黒幕だと見られているのでしょうか?この紛争は主にカンボジアとタイの二国間の争いとして見られているのでしょうか?それとも自国の政治的指導者の欠陥として見ているのでしょうか?タイ側ではこの問題はどう受け止められているのですか?

バーレティック:良い質問ですね。私は、この紛争は二国間の争いとして見られていて、タイ国民とカンボジア国民の間に分断を生んでいると思います。それは両国においてそうです。私は両国のメディアをチェックしていますが、そこでは互いの国に対する敵意を煽るような意図的な報道が見受けられます。これは、中国にとっても、アジア全体にとっても地域の進展を妨げるものであり、こうした紛争の意図された目的の一つです

タイには、現在の政府がアメリカに支援されていることを知っている人が多数います。実際、最近そのアメリカ支援の現政府に対して抗議デモが起きました。多くの人がニュースを見て「これはNED(全米民主主義基金)に支援された抗議なのか?」と思ったかもしれませんが、そうではなく、NEDに支援された政党が政権を握っていることに反対する人々によるデモなのです。

タイではNEDの支援による「カラー革命」が起きてきました。そして、それに対するタイ側の「カウンター・カラー革命」も存在します。ですから、抗議活動を見るときには、誰が誰なのか、何が起きているのかをきちんと整理することがとても重要です。

この問題にはもっと深い背景があることを理解している人は、タイ国内に相当数存在します。もちろん、カンボジア政府も今回の事態を引き起こすうえで役割を果たしたのは確かですが、タイの現政権もそれに加担していると見ているのです。だから、国民がこの政府を一丸となって支持しているわけではありません。

いずれにせよ、たとえば7-イレブンでタイ人が焼き殺されるような出来事や、ただ人生を始めようとしていた若者たちが犠牲になるような無意味で回避可能だったはずの紛争を目の当たりにすれば、人々が激怒するのも当然です。

ディーセン:さて、現在は停戦協議が行われており、マレーシアで会合が開かれています。これはおそらく、マレーシアがASEANの議長国を務めているためだと思われます。ただ、どちらの側にもこの戦争を長期化させることで得るものがあまりなさそうに見える中で、この協議はどの程度前に進んでいるのでしょうか?

バーレティック:そうですね。最終的には、タイ軍が「非公式な拒否権」を持っていると思います。つまり、もし軍が「軍事的に何かを達成する必要がある」と感じていれば、戦闘を継続するでしょう。そして軍はこの文民政府とは対立しています。そもそもこの文民政府には正統性がありません。というのも、これは外国勢力によって構築され、権力の座に据えられた政権だからです。

その文民政府の代表者たちがマレーシアに出席しています。あなたの言う通り、それはマレーシアがASEANの議長国であるためです。中国の代表者も参加していますが、アメリカの代表者もいます。そして、人々は疑問に思うべきです。「なぜ中国がいるのか?」それは当然です。中国はこの地域の国ですから。しかし、「なぜアメリカがそこにいるのか?」人々はなぜアメリカがこの協議に招かれ、席を得ているのかを自問すべきです。それは非常に怪しく、そして非常に意味深いことです。

私は、これまでと同様に、この問題は最終的には二国間で解決されると思います。しかし、それはそもそもこの対立を引き起こした目的が何であったかにかかっています。もしアメリカや、彼らが権力に据えた傀儡政権、あるいはカンボジアのフン・センと結んだ何らかの取引の目的がまだ達成されていないとすれば、マレーシアでの協議がどうなろうと、事態は続く可能性があります。ですので、私たちはこの件について非常に注意深く見守る必要があります。

ディーセン:なるほど。トランプ氏もこの件に関与しており、両国に停戦を受け入れるよう呼びかけていますね。ただ、実際に何が起きているのかはいつも少し不透明です。彼はインドとパキスタンの紛争を止めたと自画自賛していますが、私がインドやパキスタンから聞いた話では、彼はまったく関与していなかったようです。ですから、すべては話半分に聞くべきかもしれませんが、それでもアメリカの現在の立場はどうなのでしょうか?アメリカはこの対立を緩和しようとしているのでしょうか?あるいは、実際にこの紛争を終わらせるために何をしているのでしょうか?

バーレティック:ええ、アメリカが支援している政党を見てみると、現在与党となっている政党[注:プアタイ党]と野党になっている政党[注:人民党]の2つがあります。彼らはこれらを意図的に分けて「グッドコップ・バッドコップ(良い警官・悪い警官)」戦術のように使っており、現在政権にある方はより穏健で、タイの国益と歩調を合わせようとする姿勢を見せています。もう一方の政党は軍と王室の打倒を望んでいます。そうしてアメリカは自分たちのアジェンダを進めようとしているのです。

野党側のアメリカが支援する政党は「ピープルズ・パーティー(人民党)」と呼ばれています。トランプ大統領が発言をした途端、彼らもすぐにその発言を繰り返し、「この紛争は終わらせるべきだ。アメリカとの貿易関係を守らなければならない」と主張しました。そして、関税交渉を急いで進めたいと考えています。

しかし、私たちが他国との事例で見てきたように、アメリカが提示する関税交渉というのは実質的には「恐喝」です。一方的な条件で、アメリカだけが恩恵を受け、相手国には何の利益もありません。アメリカの製品に対する関税はそのままで、相手国はあらゆる貿易障壁を撤廃しなければならず、アメリカからの輸入品に対して自国の基準すら適用できないのです。

タイに対して今言われているのは、「この紛争を早く片付けて、その貿易交渉を進めろ」ということです。つまり、意図的かどうかは別として、この紛争はその貿易交渉から国民の関心をそらす「目くらまし」として機能しています。そして、この関税交渉は、紛争が起きているのと同時進行で強引に進められており、正当な議論や抗議の機会すら与えられていないのです。

ディーセン:それで、中国の役割はどうなのでしょうか?マレーシアでの和平協議の写真を見ていて面白いと思ったのは、アメリカと中国が後ろの席に並んで座っていたことです。ですが、この一連の出来事において中国はどのような立場にあるのでしょうか?というのも、中国はブロック政治のような野心を持っていないわけですよね。では、彼らはここでどのような貢献をしているのでしょうか?

バーレティック:断定するのは難しいですが、中国はいつもどおりの立場を取っています。どちらか一方に肩入れすることはなく、両国に対して「戦闘をやめて和解するように」と呼びかけています。中国の基本的なメッセージは、「二国間で解決すべきだ」というものです。西側諸国が支配するような国際機関や組織に頼ろうとはしていません。

このような協議の場に中国が出席しているのを見るのは当然のことです。なぜなら、これはアジアで起きている問題であり、中国はアジア最大の、そして最も影響力のある国だからです。しかも、この問題は彼らに直接影響します。なぜなら中国はタイとカンボジアの両国と貿易を行っており、タイでは「一帯一路」のインフラ整備を進めており、近年はカンボジアとも関係を強化してきたからです。

このような衝突は、そうした経済活動にとって障害となります。ですから中国の関心は、この対立を解決し、平和と安定を取り戻すことにあります。そうすれば、すべての国が協力して繁栄を追求するという本来の道に戻ることができるのです。

ディーセン:ところで、中国はタイで何を失うリスクがあるのでしょうか?今のところ中国の一帯一路全体の中で、タイはどれほど重要な位置を占めているのでしょうか?

バーレティック:まずタイと中国の関係について全体像をお伝えします。多くの人がこの関係について誤解しています。中国はタイにとって最大の輸出入相手国であり、年によっては最大の投資国でもあります。また、タイを訪れる観光客の中で最も多いのは中国人で、西側諸国すべてを合わせた数よりも多いのです。その次に多いのもアジア諸国からの観光客です。

ですから、タイと中国は二国間関係だけでなく、地域の安定にも強い関心を持っています。というのも、両国の経済はそれに大きく依存しているからです。また、高速鉄道の建設も進められており、数年前からすでに建設が始まっています。バンコクには新しい「グランド・セントラル駅」が建設され、これはその高速鉄道の第一段階の終着駅となります。この路線は、すでに運行しているラオスの高速鉄道と接続される予定です。ラオスはタイの北の隣国であり、これが完成すればバンコクからラオス経由で中国の高速鉄道網とつながることになります。

F-16戦闘機を見て、「アメリカ製の兵器を使っているじゃないか」と言う人もいますが、ここ10年でタイは中国製の兵器や軍需品をはるかに多く購入しており、中国と共同で兵器の開発まで行っています。これは通常、アメリカが他国とは行わないことです。

タイは、旧式のアメリカ製装備を中国製の新しい装備に置き換えてきました。たとえば主力戦車、歩兵戦闘車、装甲兵員輸送車、防空システム、艦船、そして高速鉄道などです。また、タイにとって初の現代型ディーゼル電気潜水艦となる予定だった潜水艦契約もありました。

しかし、これらすべてに反対しているのが、アメリカに支援された政党です。タクシン・チナワット氏に支援された政党と、もう一人の大富豪であるタナトーン・ジュンルンルアンキット氏の政党です。

特に後者のタナトーン氏は、タイ・中国間の高速鉄道計画に公然と反対しています。彼はこのプロジェクトは中止すべきだと発言し、存在しない「ハイパーループ」構想を提唱しています。彼は明確に「タイは中国に近づきすぎている。もっとアメリカ、ヨーロッパ、日本とバランスを取るべきだ」と主張しています。しかし、それらの国々は中国が提供しているような機会にまったく匹敵するものを持っていません。

ですから、タイと中国の関係は非常に大きく、今も拡大しています。そして現在のタイとアメリカの関係よりもはるかに深く、重要なものです。カンボジアと中国の関係と比べても、タイの方が人口やGDP、政治体制の観点からずっと大きな意味を持っています。カンボジアは一つの家族が国を支配しており、抑制と均衡(チェック・アンド・バランス)の仕組みも存在しません。その結果が国の様子にも如実に表れています。

ですから、これは現在、21世紀の現実に即したタイと中国の関係を正しく理解するための概要になると思います。多くの人がまだ、50年前のベトナム戦争の頃にタイがアメリカ軍を駐留させていた時代の認識のまま止まっているのです。

ディーセン:これが最後の質問ですが、これまでの経緯や関係する当事者たち、過去の流れを踏まえて、今後の展開はどうなると見ていますか?比較的早く収束すると思われますか?それとも、タイを中国から切り離すというような目標がある程度達成される可能性はあると思いますか?

バーレティック:これもやはり簡単には言えません。というのも、これはアメリカの戦略の一部として、どのような目的を持って動いているのかに大きく左右されるからです。

通常、タイ側はアメリカの圧力をある程度理解しており、軍としても平和と安定、そして現状に近い形へと戻すために、何らかの譲歩をせざるを得なくなると思います。そして、軍もこうした譲歩は「長期的に見れば時間はタイや東南アジア、ひいては中国を含むアジア全体の味方である」という考えのもとで行うと思います。

短期的にはアメリカに譲歩したとしても、長期的には状況が今の方向性で進めば、それらを逆転させることができると考えているのです。

もしこの対立が続くとすれば、それはアメリカがそれを望んでいるからか、あるいはアメリカがカンボジアを説得した結果かもしれません。というのも、カンボジアはこの作戦を開始する前に数週間をかけて準備していたからです。

今回の件は、過去の対立よりもずっと深刻です。どこまでエスカレートするかは予測が難しい状況です。多くの点で、これは2008年にジョージアがロシアの平和維持部隊を攻撃し、それを利用してアメリカがロシアに圧力をかけ不安定化させようとした構図に似ています。

願わくば、これが数日中に終わることを望んでいます。しかし、今日の地政学的状況は前例がなく、世界がアメリカ主導の体制から離れていく中であるため、今後どうなるかは引き続き注視していかなければなりません。

(以上)

参考投稿

「全米民主主義基金(NED)のファクトシート」

「全米民主主義基金(NED)とは何か、そして何を行っているのか」


Sunday, August 03, 2025

落合栄一郎さん講演:「ヒロシマ・ナガサキ」80年:「核時代」を語る Dr. Eiichiro Ochiai Explains Why Nuclear Power Won't Solve the Climate Problem: 80 Years Since Hiroshima and Nagasaki -- Reflecting on the Nuclear Age

8月27日追記:以下の講演の録画をアップします。多くの方に広めてください。

  

 

カナダ9条の会主催・Peace Philosophy Centre 共催
第二次世界大戦終結80年 ハイブリッド講座(Zoom&会場)


「ヒロシマ・ナガサキ」80年:「核時代」を語る

講師:落合栄一郎
(ジュニアータカレッジ名誉教授) 

司会:乗松聡子(カナダ9条の会)


開催日:
 日本時間 8月23日(土)午前10時―12時
(カナダでは8月22日(金)バンクーバー時間午後6時―8時;
トロント・モントリオール時間午後9-11時)


申し込み:以下のURLより「登録」をお願いします。
https://us02web.zoom.us/meeting/register/lqXSIvgnSliz_WjdP-63Bg

第二次世界大戦終結80年の夏。当時、アジア太平洋全域に拡張していた大日本帝国ファシズムに対する勝利が明白であったときに米国は敢えて原爆を使用し、民間人の大量殺戮を行いました。あれから80年。人類は、核兵器競争と核実験、「原発」つまり核発電により世界中に「ヒバクシャ」が大量生産される「核時代」にあります。化学者の立場から長年「核と人間は共存できない」と訴えてきた落合栄一郎氏を迎え、「核時代」をともに考えましょう。とくに、「原発こそ、気候危機を乗り越えるのに有用だ」という観念を、問題として取り上げます。世界中からどなたでもご参加いただけます。
 
★バンクーバーでの会場参加をご希望の方は article9canada@gmail.com にメールください。
★言語は日本語です。(ズームの自動字幕機能が使えます)登録した人には事後に録画配信リンクを送ります。

問い合わせ先:article9canada@gmail.com

落合栄一郎プロフィール:
1936年東京生まれ。ペンシルバニア州のジュニアータカレッジ名誉教授。東京大学工業化学科卒、同大博士課程修了、工学博士。カナダ、アメリカ、スウェーデン、ドイツなどの大学で化学の研究教育に携わる。現在はカナダ・バンクーバー在住。『放射線被ばくの全体像:人類は核と共存できない』(明石書店、2022)、『放射能と人体: 細胞・分子レベルから見た放射線被曝』(講談社、2014)他、日本語、英語での著書多数。




Saturday, August 02, 2025

「ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会」の声明: 日米「核使用協議」、「核威嚇要求」、「長射程弾配備」に抗議し中止を求める声明 Japan and the U.S., Stop Warmongering Against China!

沖縄を二度と戦場にさせない、米日による対中戦争を止めさせるための活動を続けている「ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会」が、7月31日、沖縄県庁で会見を開きました。日本中、アジア中の人々が知るべき、声を上げるべき内容と思いますのでここに転載します。

新垣邦雄さんからの最新のメールより:

日米核使用シナリオ、核威嚇要求、長射程弾配備に抗議し中止を求める声明」発表の記者会見記事が沖縄タイムスに載りました。自衛隊那覇基地広報を通して西部方面総監(方面隊)から石破茂首相、吉田圭秀統合幕僚長、伊藤晋哉沖縄防衛局長に届いたはずです。シビリアンコントロール逸脱した吉田統合幕僚長の更迭、熊本への中国に届く長射程ミサイル配備に絶対反対です。
けさのNHKニュースは、近く日米演習の石垣島訓練で米海兵隊が無人機ミサイルシステム「NMESIS」を初配備と報道しました。台湾有事「日米共同作戦」で米海兵隊が洋上の中国艦船を駆逐するため投じるハイマースと並ぶ無人ミサイルです。「無人なのは米兵死なせぬため」と報じられました。日米のミサイル、無人機、ドローンが配備される南西諸島、沖縄住民の存在、命は無視されてます。

 米国の利益を守るため、トランプ大統領が核のボタンを握り、米軍の指揮で自衛隊が「中国から台湾を守る」ために核ミサイル大国の中国と戦争をするはめになる。こんな愚かな戦争準備、絶対に認められません。

 



2025年7月31日


日米「核使用協議」、「核威嚇要求」、「長射程弾配備」に抗議し中止を求める声明


石破茂内閣総理大臣

吉田圭秀統合幕僚長

中谷元防衛大臣

伊藤晋哉沖縄防衛局長

                  ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会


 共同通信が「核使用シナリオ」「自衛隊が核の脅し要求」「長射程弾熊本へ 勝連も視野」と報じました。「中国に届く長射程ミサイル」を年度内に配備。日米間で「核使用のシナリオ」を協議し、中国を敵国と想定する実戦想定の統合演習で自衛隊トップの吉田圭秀統合幕僚長が米軍側トップのインド太平洋軍司令官に「核の脅し」を再三要求し、米司令官が同意したとする報道内容です。中国に対する核兵器使用の想定は核による威嚇、挑発にほかならず、中国側の核による対抗を招き、戦争が現実となる危険性を一段と高める暴挙であり絶対に許されません。制服組トップの統合幕僚長が米側に「核の脅し」を求めたことは、文民統制に反する暴走であり強く糾弾します。特に沖縄は日米「核密約」で「核配備」が約束され、米軍の「核共有」による「拡大核抑止」は沖縄を再び「核攻撃の拠点化」し「沖縄が核攻撃されるリスク」を高め、断じて容認できません。一連の報道内容に抗議し、すべて廃棄、中止するよう要求します。

 「有事に米軍の核兵器の使用を想定するシナリオ」の協議を、国民への説明も同意もなく、日米政府間で行うこと自体、許されません。被爆国日本の国民は核兵器を強く拒絶し、米軍核の「拡大抑止」はじめ、いかなる核兵器の使用にも反対です。広島県原爆被害者団体協議会などが「被爆者の思いを踏みにじる。(核使用の議論に)日本政府が関わること自体が許せない」と猛反発し、「日本も核武装や核共有をもくろんでいるのではないか」と疑うのも当然です。核の使用は憲法、非核三原則に反することも明白です。国民が反対する「拡大核抑止」「核使用想定シナリオ」をただちに廃棄するよう要求します。

 日米の軍事一体化は米軍指揮が明白です。米軍による「拡大核抑止」の「ガイドライン」は「米側が日本に情報提供」する手順です。トランプ米政権は「核兵器の近代化」、使える核「小型核・戦術核」開発を急いでいます。米国核の「拡大核抑止」は、「アメリカ・ファースト」のトランプ大統領が核のボタンを握ります。トランプ米大統領は、イスラエルに加担してイランへの「先制攻撃」を行ない、「広島や長崎と同じだ」と正当化しました。トランプ大統領が核のボタンを握れば、アジアで米国核が使用され、日本が核戦争に巻き込まれかねません。無謀な「核の拡大抑止」をトランプ米政権に委ねることはできません。

 中国を敵と名指す日米演習の台湾有事シミュレーションで、米軍が「中国が核使用を示唆」とでっち上げ、防衛省制服組トップの吉田圭秀統合幕僚長が「米も核の脅しで対抗を」と再三要求し、米軍トップのインド太平洋軍・アキリーノ司令官が「最終的に同意した」。防衛省制服組トップの文民統制を逸脱する暴走であり絶対に許されません。吉田統合幕僚長の更迭を要求します。統合幕僚長が独断で「核の脅し」を米インド太平洋司令官に同意させ得たことが大問題です。現実の戦争で制服組の暴走が起こり得るシステム上の欠陥が明らかです。制服組の暴走で核戦争に陥ることがあってはいけない。吉田幕僚長の「米軍への核の脅しの要求」は岸田文雄首相(当時)の指示を得ていたのか。国民は台湾有事ほかいかなる事態でも「米軍核の使用」を容認しません。「いかなる事態でも絶対に核を使用しない」ことの確認を政府に要求します。

 中国に届く長射程「12式地対艦ミサイル能力向上型」が本年度(25年度)に熊本・健軍、次いで大分・湯布院、沖縄の勝連分屯地にも配備予定と共同記事は明記しました。ミサイル配備地や弾薬庫が有事下で攻撃目標となることは、ウクライナやイスラエルのイラン攻撃で明らかです。名前で沖縄配備が明らかな「島嶼防衛用高速滑空弾」や「極超音速誘導弾」など長射程ミサイルが次々と日本各地に配備されようとしています。私たちはミサイルや弾薬庫と一緒には暮らせません。配備済みミサイルの撤去、新たなミサイル配備、とりわけ中国に届く長射程ミサイルの配備に断固として反対です。「ミサイルよりおむすびを」「ミサイルより命を」と訴え、住民説明会を要求します。

 一連の共同通信報道、台湾有事を中心に日米の戦争準備がいよいよ「戦争前夜」に達する中で「米軍核の使用」が急浮上しています。復帰前の沖縄に米軍の核兵器が約1300発も置かれ、復帰時に日米首脳が「緊急時に核兵器を沖縄に配備」する「核密約」を交わしました。沖縄は、米軍が「朝鮮有事」「台湾有事」に対処する「アジア最大の核攻撃拠点」でした。米軍は朝鮮戦争、台湾海峡危機、ベトナム戦争で核攻撃を検討、相手国を威嚇しました。故安倍晋三元首相、石破茂首相の「核共有論」が現実となれば、密約で「核貯蔵庫を維持」する沖縄に再び米軍の核兵器が持ち込まれかねません。沖縄は断じて受け入れません。沖縄県民は沖縄が再び米軍の「アジアの核攻撃拠点」となること、日米の「核共有拠点」となることを拒否します。

【要求・質問事項】

①「日米の核使用シナリオ」、「自衛隊による米軍への核の脅しの要求」に反対し、シナリオの廃棄、核使用の協議の中止、自衛隊から米軍への「核の脅し」の撤回を要求する。

②「核使用シナリオ」「米軍への核の脅し要求」の内容の詳細な情報開示を要求する。

③吉田圭秀統合幕僚長は、どのような権限で米インド太平洋司令官に「核の脅し」を要求したのか。戦争時、有事下で統合幕僚長、制服組、自衛隊は独断で米軍に「核の脅し」を要求し、「核の使用」を承諾することができるのか。岸田文雄首相は吉田統幕長の「核の脅し要求」を事前に把握し、承諾していたのか。

④台湾有事の日米演習で自衛隊が米軍に「核の脅し」を要求した。事態が進展すれば「核の使用」も要求するのか。台湾有事は「日本の存立危機事態」と吉田統幕長は認識しているのか。石破茂首相、政府は「台湾有事は日本の存立危機事態」との認識か。国民に対し、丁寧な説明を求める。

⑤台湾有事は日本有事ではない。台湾有事は日本の存立危機事態ではない。台湾有事「中国の武力侵攻から台湾を守る」ための米軍核の使用は憲法、国際法、国内法に反し、正当性がなく、断じて認められない。台湾有事「日米共同作戦計画」の廃棄を要求する。

⑥いかなる事態、有事であれ「核兵器の使用」に反対する。米軍核による「拡大核抑止」に反対する。核を含む「拡大抑止」について政府は国民に丁寧に説明せよ。

⑦中国に届く「長射程ミサイル」の熊本、大分、沖縄他への配備に反対する。沖縄県、玉城デニー知事は「長射程ミサイルは専守防衛を逸脱し憲法違反の疑いがあり、沖縄が攻撃目標となるリスクを高める。沖縄配備に反対する」と政府に表明し、知事を会長に基地所在市町村長が加入する「沖縄県軍用地転用促進協議会」も全会一致で「反撃能力を有する装備の沖縄配備反対」を決議し政府に通告している。長射程ミサイル沖縄配備への反対は沖縄県民の総意であり、絶対に拒否する。

⑧「核共有」による米軍核の沖縄配備に反対する。沖縄市の自衛隊施設の弾薬庫建設、米軍嘉手納弾薬庫の自衛隊との共用について住民説明会を開き、詳細を明らかにせよ。

(声明以上)