Thursday, February 09, 2023

調査報道家シーモア・ハーシュによる記事「米国はいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したのか?」全文和訳 Full Japanese Translation of Seymour Hersh's bombshell article "How America Took Out The Nord Stream Pipeline"

See original text: https://seymourhersh.substack.com/p/how-america-took-out-the-nord-stream

ベトナム戦争やイラク戦争時の米国による戦争犯罪や違法行為の報道で、数々のジャーナリスト賞を受賞した経歴を持つ、米国を代表する調査報道家、シーモア・ハーシュ氏がまた大仕事を成し遂げた。昨年9月26日に起こった、米国をはじめ西側の関与が疑われながらも真相究明がされていなかった「ノルドストリーム爆破事件」について、ハーシュ氏は「サブスタック」というプラットフォームで記事「米国はいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したのか?」を2月8日に発表し、米国がノルウェーの協力を得てパイプライン爆破作戦を行った過程を事細かに報じ、大変な話題になっている。ホワイトハウスは「嘘だ」と一蹴してるようだが、自らの違法行為を進んで認める政府などあるはずがない。ハーシュ氏が報じてきたベトナム戦争での「ミ・ライ虐殺」や「ウォーターゲート事件」、イラク戦争下のアブグレイブ刑務所での拷問など、今となっては事実として確立していることばかりだ。西側政府やメディアも、これだけの実績があるハーシュ氏の報道を簡単に嘘と片付けることはできないはずだ。日本の主要メディアはいまのところあまりハーシュ記事について報じていないように見えるが、日本語では、ロイター通信の報道がニューズウィーク誌日本語版や朝日新聞のネット版などで報じられている。原文を日本語で用意することは意義あることと思い、著者ハーシュ氏の許可を得て、レイチェル・クラーク氏の翻訳により、ここに全文掲載する。

ウクライナ戦争については、米国が最初から攻撃的な当事者であり、米国がNATOを動員し、ウクライナを利用しロシアを突き崩すための代理戦争(proxy war)であるという事実を語るだけで、「ロシアの味方についている」という評判を流したがる人が多いが、このような「敵味方心理」こそが戦争延長を助長しているということを知ってもらいたいと思っている。事実から目を逸らさず、和平を妨害する者たちを特定していくことこそが戦争停止につながるものと信じる。ハーシュ氏の報道が西側の好戦的な論調に冷静さをもたらす一つの材料になってくれればと願っている。

注:翻訳はアップ後に修正する可能性があります。拡散歓迎ですが、この投稿のリンク

https://peacephilosophy.blogspot.com/2023/02/full-japanese-translation-of-seymour.html

を使って行ってください。無断全文転載はお断りします。冒頭のみの転載で「全文はこちら」とリンクを張るのは許可します。お問い合わせは peacephilosophycentre@gmail.com にお願いします。

How America Took Out The Nord Stream Pipeline

 https://seymourhersh.substack.com/p/how-america-took-out-the-nord-stream

米国はいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したのか?

シーモア・ハーシュ

2月8日

翻訳 レイチェル・クラーク/編集 乗松聡子


ニューヨーク・タイムズ紙は「ミステリー」と呼んだが、米国は海上秘密作戦を実行していた。もはや秘密ではなくなったが。

米国海軍の潜水救助センターは、フロリダ州南西部のパンハンドルとアラバマ州との州境から南へ70マイルのところにあるパナマシティ(流行りのリゾート都市として知られる)の片田舎にある、その名の通りわかりにくい場所にある。第二次世界大戦後に建てられたコンクリート造りの無骨な建物は、シカゴ西部の職業訓練高校のような外観をしている。今は4車線の道路を挟んで、コインランドリーやダンススクールも建っている。

このセンターは何十年もの間、高度な技術を持つ深海潜水士を養成してきた。かつて世界中の米軍部隊に配属され、C4爆薬(訳者註:軍 用 プラスチック爆薬 の一種)を使用して港や海岸の瓦礫や不発弾を除去するという善行も、外国の石油掘削施設の爆破、海底発電所の吸気バルブの汚染、重要な輸送管の鍵の破壊などの悪行の技術潜水も可能である。パナマシティのセンターは、米国で2番目に大きい屋内プールを誇り、昨年の夏、バルト海の海面下260フィートで任務を遂行した潜水学校の優秀で最も口の固い卒業生を採用するには最適の場所であった。

作戦計画を直接知る関係者によれば、昨年6月、海軍の潜水士は、「BALTOPS 22」として広く知られる真夏のNATO演習に隠れて、遠隔操作による爆発物を仕掛け、3カ月後に4つのノルドストリーム・パイプラインのうち3つを破壊した。

そのうちの2つのパイプラインは、ノルドストリーム1として総称され、10年以上にわたってドイツと西ヨーロッパの多くに安価なロシアの天然ガスを供給した。もう一つのパイプラインは「ノルドストリーム2」と呼ばれ、建設は完了していたが、まだ稼働していなかった。ウクライナ国境にロシア軍が集結し、1945年以来ヨーロッパで最も血生臭い戦争が迫っている今、ジョセフ・バイデン大統領は、パイプラインがプーチン大統領にとって、天然ガスを政治的・領土的野心のために武器化する手段であると考えたのである。

コメントを求められたホワイトハウスのエイドリアン・ワトソン報道官は、電子メールで 「これは虚偽、完全なフィクションである 」と述べた。中央情報局(CIA)の広報担当者タミー・ソープも同様に、「この主張は完全に虚偽である 」と書いている。

バイデンがパイプラインの破壊を決定したのは、ワシントンの国家安全保障関係者が9ヶ月以上にわたり、極秘で何度も議論を重ねた後であった。その期間の大半は、その作戦を実行するかどうかではなく、責任の所在を明かさずにどうやって実行に移すか、が問題だった。

パナマシティにある潜水学校の卒業生に頼ったのは、極めて重要な官僚的理由があった。潜水士は海軍だけで、米国の特殊作戦司令部のメンバーではない。同司令部の秘密作戦は議会に報告され、上・下院の指導部、いわゆる「ギャング・オブ・エイト」に事前にブリーフィングされなければならないのだ。バイデン政権は、2021年の終わりから2022年の最初の数カ月にかけて計画された作戦のリークを避けるために、あらゆる手段を講じた。

バイデン大統領とその外交チーム(国家安全保障顧問ジェイク・サリバン、国務長官トニー・ブリンケン、国務次官ビクトリア・ヌーランド)は、ロシア北東部のエストニア国境に近い2つの港からバルト海の海底750マイルを並走する2つのパイプラインに、一貫して敵意を露わにしていた。これらのパイプラインは、デンマーク・ボーンホルム島近くを経てドイツ北部で終着する。

ウクライナを経由しなくて済むこの直通ルートは、ドイツ経済にとって好都合だった。安くて豊富なロシアの天然ガスは、工場や家庭の暖房に十分だった。ドイツの流通業者は余剰ガスを西ヨーロッパ中に売って利益を得ていた。米国政府に責任の所在が及ぶような行為は、ロシアとの直接対決を最小限に抑えるという公約を破ることになってしまうので、秘密保持は不可欠であった。

ノルドストリーム1は、その初期段階から、ワシントンとその反露NATO諸国によって、西側の支配に対する脅威とみなされていた。その持ち株会社ノルドストリームAGは2005年にスイスで設立され、ガスプロムと提携している。ガスプロムはロシアの上場企業で、株主には莫大な利益をもたらし、プーチンの息のかかった オリガルヒが支配している。ガスプロムが51%、フランスのエネルギー企業4社、オランダのエネルギー企業1社、ドイツのエネルギー企業2社が残りの49%の株式を共有し、安価な天然ガスをドイツや西欧の地元流通業者に販売する下流工程をコントロールする権利を持っていた。ガスプロムの利益は、ロシア政府と共有され、国からのガスや石油の収入は、ロシアの年間予算の45%にも上ると言われた時代もあった。

米国の政治的な懸念は現実のものとなった。プーチンは必要な収入源を手に入れ、ドイツをはじめとする西ヨーロッパはロシアから供給される安価な天然ガスに依存するようになり、ヨーロッパの米国依存度が低下すると見られていた。実際、そのとおりになった。ドイツ人の多くは、ノルドストリーム1をヴィリー・ブラント元首相の有名なオストポリティーク理論の実現の一部と見ていた。オストポリティークとは、第二次世界大戦で破壊された戦後のドイツを、ロシアの安いガスを利用して西ヨーロッパ市場や貿易経済を繁栄させるなどのイニシアチブによって復興させることである。

ノルドストリーム1はNATOとワシントンから見てすでに危険なものだったが、2021年9月に建設が完了したノルドストリーム2は、ドイツの規制当局が承認すれば、ドイツと西ヨーロッパで利用できる安価なガスの量が倍増するはずだった。また、このパイプラインはドイツの年間消費量の50%以上を賄うことができる。バイデン政権の積極的な外交政策を背景に、ロシアとNATOの緊張は着実に高まっていった。

2021年1月のバイデン就任式直前、ブリンケンの国務長官就任承認公聴会で、テキサス州のテッド・クルーズ率いる上院共和党が、安価なロシア天然ガスの政治的脅威を繰り返し提起し、ノルドストリーム2への反対運動が燃え上がったのである。そのころには団結した上院が、クルーズがブリンケンに語ったように、「(パイプラインを)直ちに停止させる 」法律を成立させることに成功していた。当時、メルケル首相が率いていたドイツ政府からは、2本目のパイプラインを稼働させるために、政治的にも経済的にも大きな重圧がかかることが予想された。

バイデンはドイツに立ち向かうか?ブリンケンは「はい」と答えたが、次期大統領の見解について具体的な話はしていないと付け加えた。「ノルドストリーム2はまずいという次期大統領の強い信念は知っている。彼は、ドイツを含む我々の友好国やパートナー国に対して、あらゆる説得手段を用いて、これを進めさせないようにと指示してくるはずだ。」

数ヵ月後、2本目のパイプラインの建設が完了に近づくと、バイデンは瞬きをした。その年の5月には、国務省の高官が、制裁と外交でパイプラインを止めようとするのは「成功の見込みが低い」と認め、驚くべき方向転換で、政権はノルドストリームAG社に対する制裁を撤回した。米政権幹部は水面下で、当時ロシアの侵略の脅威にさらされていたウクライナのゼレンスキー大統領に、この動きを批判しないようにと働きかけたと言われている。

しかし、その結果はすぐさま現れた。クルーズ率いる上院共和党は、バイデンの外交政策担当官候補者全員を直ちに阻止すると発表し、年次国防法案の成立を数カ月、秋深まる時期にまで遅らせたのである。後に「ポリティコ」誌は、ロシアの第二パイプラインに関するバイデンの転向を、「この決定はおそらく無秩序なアフガニスタンからの軍事撤退以上に、バイデン政権にとって痛手になったようだ」と描写している。

11月中旬、ドイツのエネルギー規制当局が2本目のノルドストリーム・パイプラインの認可を保留したことで、危機は脱したが、バイデン政権は低迷していた。

このパイプラインの停止と、ロシアとウクライナの戦争の可能性が高まっていることから、ドイツとヨーロッパでは、望まぬ寒い冬がやってくるのではないかという懸念が高まり、天然ガス価格は数日のうちに8%も急騰した。ドイツの新首相に就任したオラフ・ショルツの立ち位置は、ワシントンでは明確ではなかった。その数カ月前、アフガニスタン崩壊後、ショルツはプラハでの演説で、エマニュエル・マクロン仏大統領の「より自律的な欧州外交政策」を公式に支持し、明らかにワシントンやその気まぐれな行動への依存度を下げることを示唆していた。

この間、ロシア軍はウクライナ国境で着々と不気味に増強され、12月末には10万人以上の兵士がベラルーシとクリミアから攻撃できる態勢にあった。ワシントンでは、これらの兵力は 「すぐにでも倍増する 」というブリンケン氏の評価もあり、警戒感が高まっていた。

このような状況下で、再び注目されるようになったのが、ノルドストリームである。欧州が安価な天然ガスパイプラインに依存する限り、ドイツなどの国々は、ウクライナにロシアに対抗するための資金や武器を供給することをためらうだろうと考えたのだ。

バイデンは、このような不安定な状況下で、ジェイク・サリバンに省庁間のグループを結成し、計画を練ることを許可した。

すべての選択肢が話し合いの場に上ることになったが、そのうちのたった一つが浮上した。


プランニング


2021年12月、ロシアの戦車が初めてウクライナに進入する2カ月前、ジェイク・サリバンは、統合参謀本部、CIA、国務省、財務省の関係者で新たに結成したタスクフォースの会議を招集し、プーチンの侵攻が迫っていることへの対応策について提言を求めた。

ホワイトハウスに隣接し、大統領の対外情報諮問委員会(PFIAB)が置かれている旧執行部庁舎の最上階にある安全な部屋で、極秘会議の第1回が開かれた。そこでは、いつものように雑談が交わされ、やがて重要な事前質問がなされた。このグループから大統領への提言は、制裁措置や通貨規制の強化といった「可逆的」なものなのか、それとも「不可逆的」なものなのか、つまり、元に戻すことができない「動力学的行動(=武力行使)」なのか、ということだ。

このプロセスを直接知る関係者の話では、サリバンは、このグループに2つのノルドストリーム・パイプラインの破壊計画を提出させるつもりで、大統領の要望を実現させようとしていたことが、参加者の間で明らかになった。


その後、数回の会合を重ね、攻撃方法の選択肢を議論した。海軍は、新しく就役した潜水艦でパイプラインを直接攻撃することを提案した。空軍は、遠隔操作で爆発させることができる遅延信管付きの爆弾を投下することを提案した。CIAは、何をするにしても、秘密裏に行わなければならない、と主張した。関係者の誰もが、その重大なリスクを理解していた。「これは子供だましではない。もし、その攻撃(の責任の所在)が米国につながれば、『戦争行為になる』」とその関係者は言った。

当時、CIAは温厚な元駐露大使で、オバマ政権で国務副長官を務めたウィリアム・バーンズが指揮をとっていた。バーンズはすぐにCIAのワーキンググループを承認し、偶然にもパナマシティの海軍深海潜水夫の能力を知る人物がそのメンバーに含まれていた。それから数週間、CIAのワーキンググループは、深海潜水士を使ってパイプラインを爆発させるという秘密作戦の計画を練り始めた。

このようなことは、以前にもあった。1971年、米国の情報機関は、ロシア海軍の2つの重要な部隊が、ロシア極東オホーツク海に埋設された海底ケーブルを介して通信していることを、まだ未公表の情報源から知った。このケーブルは、海軍の地方司令部とウラジオストクにある本土の司令部を結んでいた。

中央情報局と国家安全保障局の選り抜きのチームが、ワシントン地区のどこかに極秘裏に集結し、海軍のダイバー、改造潜水艦、深海救助艇を使って、試行錯誤の末、ロシアのケーブルの位置を特定することに成功したのである。ダイバーはケーブルに高性能の盗聴器を仕掛け、ロシアの通信を傍受し、録音システムに記録することに成功した。

NSA(国家安全保障局)は、ロシア海軍の幹部が通信回線の安全性を確信し、暗号化せずに仲間とおしゃべりしていることを知った。録音機とテープは毎月交換しなければならず、プロジェクトは10年間楽しく続けられた。 ロシア語が堪能なロナルド・ペルトンという44歳のNSAの民間技術者がこのプロジェクトを漏洩させるまでは。彼は、1985年にロシア人亡命者に裏切られ、実刑判決を受けた。たったの5000ドルを作戦を暴露した報酬としてロシアから受け取り、未公開に終わった他のロシアの作戦データに対しては3万5000ドルを受け取った。

コードネーム「アイビー・ベル」と呼ばれたその海中での成功は、斬新かつ危険を伴うものであり、ロシア海軍の意図と計画に関する貴重な知見をもたらすものであった。

しかし、CIAの深海諜報活動に対する熱意には、当初、省庁間グループも懐疑的であった。未解決の問題が多すぎたのだ。バルト海はロシア海軍の警備が厳重で、潜水作業の目隠しに使える石油掘削施設もない。ロシアの天然ガス積み出し基地と国境を接するエストニアまで行って、潜水訓練をしなければならないのか?CIAは「あまりに無謀だ」と言われた。

「このすべての計画の間、CIAと国務省の何人かは、『手を出すな。バカバカしいし、表に出れば政治的な悪夢になる 』と語っていた」と、この情報筋は言った。

それでも、2022年初頭、CIAのワーキンググループは「パイプラインを爆破する方法がある 」と、サリバンの省庁間グループに報告した。

その後に起こったことは驚くべきことだった。ロシアのウクライナ侵攻が避けられないと思われた3週間前の2月7日、バイデンはホワイトハウスのオフィスでドイツのオラフ・ショルツ首相(一時はぐらついたが今はしっかりと米国側についている)と会談した。その後の記者会見でバイデンは、「もしロシアが侵攻してきたら......ノルドストリーム2はもう存在してはならない。我々が終止符を打つ。」と挑戦的に言った。

その20日前、ヌーランド次官も国務省のブリーフィングで、ほとんど報道されることなく、基本的に同じメッセージを発していた。「今日、はっきりさせておきたいことがある」と彼女は質問に答えて言った。「もしロシアがウクライナに侵攻すれば、いずれにせよノルドストリーム2は進展しないでしょう。」パイプライン・ミッションの計画に携わった何人かは、攻撃への間接的な言及と見られる言い方に呆然とした。

 

「東京に原爆を置いて、それを爆発させると日本人に言っているようなものだ 」と、その関係者は言った。「計画では、その選択肢は侵攻後に実行されることになっており、公には宣伝されないことになっていた。バイデンは単にそれを理解しなかったか、無視したのだ。」

バイデンとヌーランドの軽率な行動は、それが何であれ、計画者の何人かをいらだたせたかもしれない。しかし、それは好機でもあった。この情報筋によれば、CIAの高官の何人かは、パイプラインの爆破は 「大統領が、米国がそのやり方を知っていると公にしたので、もはや丸秘とは見なされない 」と判断したという。

ノルドストリーム1と2を爆破する計画は、突然、議会に報告する必要のある秘密作戦から、米国の軍事的支援を伴う高度な機密情報操作とみなされる作戦に格下げされたのである。「法律では、議会に報告する法的義務がなくなった。あとは、やるだけだ。しかし、それでも秘密でなければならない。ロシアはバルト海の監視に長けている。」とその情報筋は説明した。

CIAのワーキンググループのメンバーは、ホワイトハウスと直接のコンタクトがなかったので、大統領が言ったことが本心かどうか、つまり、この作戦が実行に移されるのかどうかを確かめようと躍起になっていた。彼は、「バーンズ長官が戻ってきて、『やれ』と言ったんだ」と回想した。


オペレーション


ノルウェーはその拠点として最適な場所だった。

東西危機の過去数年間、米軍はノルウェー国内でその存在を大幅に拡大してきた。西側の国境は北大西洋に沿って1400マイル(約2250km)も続き、北極圏の上でロシアと合流する。国防総省は、地元では賛否両論がある中で、数億ドルを投じてノルウェーの米海軍と空軍の施設を改修・拡張し、高給の雇用と契約を創出したのである。この新しい施設には、最も重要なこととして、ロシアを深く探知することができる高度な合成開口レーダーがずっと北の方にあり、ちょうど米国の情報機関が中国国内の一連の長距離傍受施設へのアクセスを失ったときに稼働したのである。

何年も前から建設が進められていた米国の潜水艦基地が新たに改修され、運用を開始した。さらに多くの米国の潜水艦が、ノルウェーと緊密に協力して、250マイル(約400km)東のコラ半島にあるロシアの主要核要塞を監視しスパイすることができるようになった。米国はまた、北部にあるノルウェーの空軍基地を大幅に拡張し、ボーイング社製P8ポセイドン哨戒機群をノルウェー空軍に提供し、ロシア全般の長距離監視を強化した。

その見返りとして、ノルウェー政府は昨年11月、国防補足協力協定(SDCA)を可決し、議会のリベラル派と一部の穏健派を怒らせた。この新協定では、北部の特定の「合意地域」において、基地外で犯罪を犯した米兵や、基地での作業を妨害したことで告発されたり疑われたりしたノルウェー国民に対して、米国の法制度が司法権を持つことになる。

ノルウェーは、冷戦初期の1949年にNATO条約に最初に調印した国の一つである。現在、NATOの最高司令官はイェンス・ストルテンベルグだが、彼は熱心な反共主義者で、ノルウェーの首相を8年間務めた後、2014年に米国の後ろ盾を得てNATOの高官に就任した。彼はベトナム戦争以来、米国情報機関と協力関係にあったプーチンやロシアに関するあらゆることに強硬な人だった。それ以来、彼は完全に信頼されている。「彼は米国の手にフィットする手袋だ 」と、その情報筋は言った。

ワシントンに戻ると、計画担当者たちはノルウェーに行くしかないと思っていた。「彼らはロシアを嫌っていたし、ノルウェーの海軍は優秀な水兵やダイバーばかりで、収益性の高い深海の石油やガス探査に何世代にもわたって携わってきたのだ。また、この作戦を秘密にしておくことも可能であった。(ノルウェー側には他の利益もあったかもしれない。もし米国がノルドストリームを破壊することができれば、ノルウェーはヨーロッパに自国の天然ガスをより多く売ることができるようになるからだ。)

3月に入ってから、数人のメンバーがノルウェーに飛び、ノルウェーのシークレットサービスや海軍と打ち合わせをした。バルト海のどこに爆薬を仕掛けるのがベストなのか、それが重要な問題だった。ノルドストリーム1と2は、それぞれ2本のパイプラインがドイツ北東部のグライフスワルト港に向けて、1マイル余り(約1.6km)の距離で隔てられている。

ノルウェー海軍は、デンマークのボーンホルム島から数マイル離れたバルト海の浅瀬にある適切な場所をいち早く見つけた。計4本のパイプラインは、水深260フィート(約80m弱)の海底を1マイル以上間を置いて走っている。ダイバーにとっては仕事のできる範囲だ。ダイバーはノルウェーのアルタ級掃海艇で海上に出て、タンクから酸素、窒素、ヘリウムを注入して、パイプラインの上にC4爆弾を設置し、コンクリートの保護カバーで覆う。 面倒で時間のかかる危険な作業だが、ボーンホルム沖は、潜水作業を困難にする大きな潮流がないことも利点であった。



少々の調査で、米側は皆乗り気になった。

この時点で、パナマシティにある海軍の無名の深海潜水集団が再び登場する。パナマシティの深海学校は、訓練生がアイビー・ベルに参加したこともあり、アナポリスの海軍兵学校を卒業したエリートには、行きたくない僻地と映ったようだ。彼らは通常、シール(訳者註:海軍特殊部隊)、戦闘機パイロット、潜水士に任命されるという栄光を求める。もし、「ブラック・シュー」、つまり、あまり好ましくない水上艦の司令部に所属しなければならないのなら、少なくとも駆逐艦、巡洋艦、水陸両用艦の任務は常にある。最も華やかさに欠けるのが機雷戦である。その潜水士がハリウッド映画に登場したり、人気雑誌の表紙を飾ったりすることはない。

「深海潜水の資格を持つ最高のダイバーは限られており、最高の能力を持つ者だけが作戦のために採用され、ワシントンのCIAに呼び出されるのを覚悟するように言われる」と情報筋は言う。

ノルウェーと米国は、場所と工作員を確保したが、もう一つ懸念があった。ボーンホルム海域で水中での異常な活動があれば、スウェーデンやデンマークの海軍の注意を引き、通報される可能性がある。

また、デンマークはNATOの当初の加盟国の一つであり、イギリスと特別な関係にあることで情報機関界隈では知られていた。スウェーデンは NATO 加盟を申請しており、水中音と磁気センサーシステムの管理で 優れた技術を発揮し、スウェーデン群島の遠隔海域に時々現れては浮上するロシアの潜水艦を うまく追跡していた。

ノルウェー側は米国側と歩調を合わせ、デンマークとスウェーデンの一部の高官に、この海域での潜水活動の可能性について一般論として報告する必要があると主張した。そうすれば、上層部の誰かが介入して、指揮系統から報告を排除することができ、パイプライン作戦を守ることができる。「彼らが聞いていたことと彼らが実際に知っていたことは、意図的に違っていた。」と情報筋は私に語った。(ノルウェー大使館に、この記事についてコメントを求めたが、返答はなかった。)

ノルウェーは、他のハードルを解決するカギを握っていた。ロシア海軍は、水中機雷を発見し、起動させることができる監視技術を持っていることが知られていた。米国の爆発物は、ロシアのシステムから見て、自然の背景の一部として見えるようにカモフラージュする必要があり、水の塩分濃度に適応させる必要があった。ノルウェー側は解決策を知っていた。

ノルウェー側は、この作戦をいつ行うかという重要な問題に対する解決策も持っていた。ローマの南に位置するイタリアのゲータに旗艦を置く米国第6艦隊は、過去21年間、毎年6月にバルト海でNATOの大規模演習を主催し、この地域の多数の連合軍艦船が参加してきた。6月に行われる今回の演習は、「バルト海作戦22」(BALTOPS 22)と呼ばれるものである。ノルウェー側は、この演習が機雷を設置するための理想的な隠れ蓑になると提案した。

米国側は、ある重要な要素を提供した。それは、このプログラムに研究開発演習を加えるよう、第六艦隊の計画担当者を説得したことだ。海軍が公表したこの演習は、第 6 艦隊が海軍の「研究・戦争センター」と共同で行うものであった。ボーンホルム島沖で行われるこの海上演習では、NATOのダイバーチームが機雷を設置し、最新の水中技術で機雷を発見・破壊して競い合うというものであった。

これは有益な訓練であると同時に、巧妙な偽装でもあった。パナマ・シティーの若者たちは、BALTOPS22の終了までにC4爆薬を設置し、48時間のタイマーを取り付ける。米国人とノルウェー人は、最初の爆発が起こる頃には全員いなくなっている、と言う作戦だ。

カウントダウンは始まっていた。「時計は時を刻み、我々は任務達成に近づいていた」とその情報筋は言った。

そして、その時。ホワイトハウスは考え直した。爆弾はBALTOPSの期間中も仕掛けられるが、ホワイトハウスは爆発までの期間が2日間では演習の終了に近すぎるし、米国が関与したことが明らかになることを懸念したのである。

そこで、ホワイトハウスは新たな要求を出した。「現場の連中は、事後に、命令したタイミングでパイプラインを爆破する方法を考えてくれないだろうか?」

この大統領の優柔不断な態度に、計画チームの中には怒りやいらだちを覚える者もいた。パナマ・シティのダイバーたちは、BALTOPSに向けてパイプラインにC4を仕掛ける練習を繰り返した。しかし、今やノルウェーのチームが、バイデンの好きな時に実行する方法を考え出さなければならなかったのだ。 

恣意的で直前の変更を任されることは、CIAには慣れたことであった。しかし、その一方で、この作戦の必要性と合法性についての懸念も生じていた。

この大統領の秘密指令は、ベトナム戦争時代のCIAのジレンマも思い起こさせた。反ベトナム戦争感情の高まりに直面したジョンソン大統領は、CIA憲章(特に米国内での活動を禁じている)に違反し、反戦指導者が共産主義ロシアに支配されていないかどうか監視するよう命じたのである。

CIAは最終的にはこれを容認し、1970年代に入ると、CIAがどこまでやる気だったかが明らかになった。ウォーターゲート事件以降、米国市民へのスパイ行為、外国人指導者の暗殺への関与、サルバドール・アジェンデの社会主義政権(チリ)の弱体化などが新聞で明らかにされた。

これらの暴露は、1970年代半ばにアイダホ州のフランク・チャーチを中心とする上院での一連の劇的な公聴会につながり、当時のCIA長官リチャード・ヘルムスが、たとえ法律に違反することになっても大統領の望むことを行う義務があることを認めていたことを明らかにしたのである。

ヘルムズは非公開、未発表の証言で、「大統領の密命で『何かをするときは、ほとんど何でも許されるものだ』。それが正しいとか、間違っているとか、どうでもいいのだ。(CIAは)政府の他の部署とは異なる規則や基本ルールの下で機能している」と残念そうに説明した。要するにヘルムズが上院議員たちに言っていたのは、自分はCIAのトップとして、憲法ではなく王室(のように振る舞う大統領)のために働いてきたということだ。

ノルウェーで働く米国人たちも、同じような行動様式のもとで、バイデンの命令でC4爆薬を遠隔で爆発させるという新しい問題に、ひたすら取り組み始めた。しかし、これはワシントンの研究者たちが想像していたよりも、はるかに困難な課題であった。ノルウェーのチームには、大統領がいつボタンを押すか分からない。数週間後なのか、数カ月後なのか、半年後なのか、それ以上なのか。

パイプラインに取り付けられたC4は、飛行機が投下するソナーブイによって短時間に作動するが、その手順には最先端の信号処理技術が使われていた。4本のパイプラインに取り付けられた遅延装置は、設置後、船舶の往来が激しいバルト海では、近海・遠海の船舶、海底掘削、地震、波、海の生物など、海のバックグラウンドノイズが複雑に混ざり合い、誤って作動する可能性があった。これを避けるため、ソナーブイは、設置されると、フルートやピアノが発するような独特の低周波音を連続して発し、それをタイミング装置が認識して、あらかじめ設定された時間遅延後に爆発物を作動させる。(「他の信号が誤って爆発させるパルスを送らないような強固な信号が必要だ」とMITの科学技術・国家安全保障政策名誉教授セオドア・ポストル博士は筆者に語った。ペンタゴンの海軍作戦部長の科学アドバイザーを務めたこともあるポストル博士は、ノルウェーのグループが直面している問題は、バイデンの命令が遅くなればなるほどリスクが高まることだと言った。「爆薬が水中にある時間が長ければ長いほど、ランダムな信号によって爆弾が発射される危険性が高くなる。」)

2022年9月26日、ノルウェー海軍のP8偵察機が一見日常的な飛行を行い、ソナーブイを投下した。その信号は水中に広がり、最初はノルドストリーム2に、そしてノルドストリーム1にも届いた。数時間後、高出力C4の爆発物が作動し、4本のパイプラインのうち3本が使用不能に陥った。数分後には、停止したパイプラインに残っていたメタンガスのプールが水面に広がり、取り返しのつかないことが起こったことを世界中が知ることになった。


その後


パイプライン爆破事件の直後、米国メディアはこの事件を未解決のミステリーのように扱った。ホワイトハウスの意図的なリークに煽られて、ロシアが犯人と繰り返し名指しされたが、単なる報復以上に、自虐的な行為の明確な動機が確立されるには至らなかった。数ヵ月後、ロシア当局がパイプラインの修理費用の見積もりをひそかに取っていたことが明らかになると、ニューヨーク・タイムズ紙はこのニュースを「攻撃の背後にいる人物についての説を複雑にしている」と評した。以前バイデンやヌーランド国務次官によるパイプラインへの脅しがあったことについて掘り下げる米国の主要紙は皆無であった。

ロシアがなぜ、利益の大きい自国のパイプラインを敢えて破壊するのかが明確に説明されることはなかったが、逆にブリンケン国務長官の次の発言が、大統領の行動の動機をより明確にするようなものだった。

昨年9月の記者会見で、西ヨーロッパで深刻化するエネルギー危機の影響について問われたブリンケンは、この瞬間は潜在的に良いものであると述べたのである。

「ロシアのエネルギーへの依存を一掃し、帝国主義を推進するプーチンからエネルギーの武器化と言う手段を取り上げる絶好の機会である。このことは非常に重要であり、今後何年にもわたって戦略的な機会を提供する。しかし一方で、我々は、このすべての結果が我々の国々の市民や、それどころか世界中の市民に負担をかけないようにするために、できる限りのことをする決意である。」

最近になって、ヴィクトリア・ヌーランドは、パイプラインの終焉に満足感を表明した。1月下旬に上院外交委員会の公聴会で証言した彼女は、テッド・クルーズ上院議員に対して、「ノルドストリーム2があなたの言うように海の底の金属の塊になったことを知り、私も、そして政府も非常に喜んでいる」と語った。

情報源の人は、冬が近づくのにもかかわらずガスプロムの1500マイル以上のパイプラインを破壊するというバイデンの決定について、より通俗的な見方をしていた。彼は、大統領について、「あの男は度胸があると認めざるを得ない。 やるって言ったんだから、やったんだ」 と言った。

ロシアが対抗措置を取らなかった理由は何だと思うかと聞いたら、彼は「ロシアも、米国と同様のことができるようにしておきたかったのではないか」と皮肉った。

「表紙を飾るには美しいストーリーだった。その背景には、専門家を配置した秘密作戦と、秘密の信号で作動する装置があった。」

「唯一の欠陥は、それを行うという決定だった。」と彼は言った。 

(翻訳 以上)

Monday, January 16, 2023

CIAの宿敵シャルル・ド・ゴールの孫が、欧米のウクライナ政策を非難する:ジェレミー・クズマロフ(日本語訳)Grandson of Charles de Gaulle, an Old CIA Nemesis, Condemns West’s Policy in Ukraine: Jeremy Kuzmarov (Japanese Translation)

 See HERE for Dennis Riches' full English translation of the interview with Pierre de Gaulle. 

レイチェル・クラークさんの訳による記事を紹介します。クラークさんのフェースブックに掲載された記事を、彼女と、著者のクズマロフさんに許可をもらって転載します。(注:訳はアップ後微修正することがあります)

著者:ジェレミー・クズマロフ 訳者:レイチェル・クラーク

媒体:コバート・アクション・マガジン

タイトル:

「CIAの宿敵シャルル・ド・ゴールの孫が、欧米のウクライナ政策を非難する」

原題:

Grandson of Charles de Gaulle, an Old CIA Nemesis, Condemns West’s Policy in Ukraine


訳者イントロ:

NATO諸国の足並みが、必ずしも揃っていないこと、特にフランスには独自の外交路線が存在することを物語る記事が出ました。筆者の許可を頂いて、以下に拙訳を投稿します:

Pierre de Gaulle [Source: rt.com]


ジェレミー・クズマロフ著 - 2023年1月11日
〜 米国とNATOが紛争を引き起こし、欧州の人々を苦しめていると言う 〜
フランスのシャルル・ド・ゴール元大統領の孫であるピエール・ド・ゴールは、米国がウクライナ紛争を煽り、ロシアに対して事前に計画された経済戦争を仕掛けて、ヨーロッパ人を苦しめていると述べている。
企業コンサルタントで銀行経営者のピエール氏は12月26日、「仏露対話協会」に対し、こう語った。「私はウクライナ危機におけるこの知的不誠実に反旗を翻し、抗議する。なぜなら、戦争の引き金は米国とNATOにあるのだから。米国は軍事的にエスカレートし続け、ウクライナの人々だけでなく、ヨーロッパの人々も苦しめている」 と。
ピエールはこう続けた。「制裁の規模と数からして、これらはすべてかなり前から計画されていたことだ。これは経済戦争であり、米国はその恩恵に浴している。米国は国内価格の4倍から7倍の値段でガスをヨーロッパに売っているのだ。」
ピエールによれば、「フランスの世論は、今日の米国人の悪巧みが何であるかを理解し始めている。米国はウクライナ危機を利用して、嘘をつき、......ヨーロッパを不安定にさせることに成功した。米国は、いわばヨーロッパをロシアから切り離し、ヨーロッパ人をロシア人に対抗させたのだ。なぜそんなことを? なぜなら、ロシアと同盟関係にあるヨーロッパは、政治的にも経済的にも、文化的にも社会的にも強いブロックになり得るからだ。ベトナム戦争とそれに続く経済危機以来、米国人は常に力、狡猾さ、その他の不正な手段によって、経済的・政治的影響力の喪失を埋め合わせようとしてきた。それは不可避ではあるが。特に、米国人は、ドルが唯一の...世界交換通貨としての地位を失うのを遅らせようとしている。そしてこの政策は続いている。」
〜 CIAのターゲット 〜
シャルル・ド・ゴールは、第二次世界大戦中のナチス占領に対するフランスのレジスタンスの英雄で、その後1959年から1969年までフランス大統領を務めた。
ベトナム戦争に反対し、米軍兵士をフランス軍基地から追い出すなど、ジョンソン政権を怒らせたドゴールの殺害計画に、CIAが1965年に関与していたことが、機密指定を解除された文書によって明らかになった。
ドゴールは、1966年にNATOから軍を撤退させ、ソ連との交渉を開始、モスクワを何度も訪問し、貿易協定を結ぶなど、対ソ政策も先進的であった。
1961年に暗殺に失敗した後、アルジェリア支配を放棄したドゴールを憎む右派の軍人たちがCIAに接近し、ドゴールが登場するレセプションに出席する老兵たちの中に毒入り指輪をつけた工作員を潜り込ませるという暗殺計画を練り上げた。ドゴールが握手を求めると、彼が倒れ、暗殺者は群衆の中を悠然と歩き去るというものであった。(訳者註:結局ドゴールは暗殺ではなく、心臓発作で1970年に自宅で亡くなりました。享年79歳)
〜 祖父シャルルの志を継ぐ 〜
ピエール・ドゴールは、6月のロシア連邦の建国記念日にパリのロシア大使館でスピーチ を行った。彼の祖父は、ロシアがヨーロッパの安定に貢献する友好国として不可欠な存在であると見ていた、とピエールは言及した。「祖父はこういった。『ナポレオンがアレクサンドル1世を攻撃したことは、彼の最大の過ちであった。彼の自由意志でやったことで、我々の利益、我々の伝統、我々の才能に反していた。我々の退廃はナポレオンとロシアとの戦争から始まったのだ』」。
ロシアとフランスの国民が「長年の友情とナチスに対して流された血によって」結ばれていることを強調し、ピエールは、「ロシアとの良好な関係を維持することがフランスの利益であることをもう一度はっきりと確認し、我々の大陸の連合と安全、そして全世界のバランス、進歩、平和に役立つために協力しなければならないと言うためにここに来た」と述べた。
ピエールの考えでは、「ロシア国民全体に向けられた押収と差別の組織的かつ盲目的な政策」[制裁のこと]は 『スキャンダラス 』であった。フランスのエリートたちは、米国とNATOに味方し、ドンバスのロシア語を話す人々に対するウクライナ政府の 『無謀で』、『非難すべき政策(差別、略奪、禁輸、爆撃を伴う)』によって、彼の祖父の遺産を裏切った」のである。
ピエールによれば、「西側諸国は、ゼレンスキーとそのオリガルヒ、ネオナチ軍団が戦争のスパイラルに陥ることを許し、その盲目さがウクライナ国民に深刻な結果をもたらしているのである。しかし、間違えてはいけない。米国は何がしたいのか。それは、新たな東西対立を引き起こすことではなく、自分たちの指図、経済、システムを押し付けるために、ヨーロッパを弱め、分裂させることである。」
さらにピエールは、米国も西欧も、1991年の困難な移行とそれに続く再建の後、ロシアが彼らの一極集中の世界に適合しないこと、またロシアが西欧のモデルに従って、独自の方法で自らを変革すべきことを決して受け入れなかったと指摘した。そのため、プーチン大統領は当初から独裁者と見なされていたが、彼はロシアにとって偉大なリーダーなのだ、と述べた。
彼はこう続けた。「米国は、世界の国際貿易の決済において支配的な通貨であるドルの役割が失われることも、決して受け入れなかった。」
ピエールの言葉は、米国の耳にも、フランスのエリートの耳にも異端である。しかし、進歩的な運動が受け入れるべき、素晴らしく現実的なビジョンを提示している。
ピエールは最後に、祖父がロシアを愛していたことに触れて演説を終えた。「歴史の中で最も困難な時であっても、ロシアと強固な共有関係を築き、それを維持することが不可欠であることを常に支持し、擁護してきた。ドゴール将軍の言葉をもう一度引用する。『フランスでは、ロシアを敵だと思ったことは一度もない。私は、仏露友好の発展に賛成である。そして、ソビエト・ロシアと戦うような人々に武器を送ったことはないし、これからも送ることはないだろう』」。

著者:
ジェレミー・クズマロフ: コバートアクション誌の編集長。
米国の外交政策に関する4冊の著書がある:
「オバマの終わらない戦争」(Clarity Press、2019年)、
ジョン・マーシアーノとの共著「ロシア人がまたやってくる」(The Russians Are Coming, Again)(Monthly Review Press、2018年)など。

(翻訳以上)

参考資料

Sunday, January 08, 2023

国会請願署名・オンライン署名に参加してください「辺野古新基地建設の断念を求めます」 Stop the new US Marine Corps base in Henoko, Okinawa with your signature!

Please sign the online petition to stop construction of the new US Marine Corps base in Henoko, Okinawa. 

2023年もピース・フィロソフィーセンターをよろしくお願いします。不定期になりますが重要な情報や記事をアップしていこうと思います。

沖縄・辺野古に、自衛隊も使うであろう海兵隊新基地の建設強行が続いていますが、「辺野古基地を造らせないオール沖縄会議」が行っている国会請願署名・オンライン署名を紹介します。この画像をクリックして指示にしたがってください。国会請願署名は日本に住所のある人が対象ですが、オンライン署名には海外に住む人も署名できます。


この署名に寄せるメッセージを依頼されたので私はこのようなメッセージを送りました。

アジア太平洋戦争で、米国は大日本帝国を倒すだけでは収まらず80年近く経った今も日本と朝鮮半島の南側を軍事占領したままです。今、日本による沖縄の植民地支配を利用して、中国と朝鮮に対する敵視政策を強化し、東アジアを再び戦禍に陥れようとしています。その戦略の中枢にある琉球弧全体の基地化を許すことはできません。日本人の愚かな対米従属の犠牲は日本人自身が担うべきであって沖縄人ではありません。辺野古基地反対。

乗松聡子 Satoko Oka Norimatsu 

ピース・フィロソフィーセンター代表/「平和のための博物館国際ネットワーク」(INMP)共同コーディネーター/「アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス」エディター/バンクーバー9条の会・カナダ9条の会運営メンバー/「ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーン」実行委員

Friday, December 30, 2022

「銃を後ろに向けろ!敵と味方を間違えるな」 ~高知「草の家」と槇村浩との出会い~ :「草の家だより」寄稿転載 My article from the Dec 24 2022 edition of the quarterly newsletter of Grassroots House, a peace museum in Kochi

高知の平和資料館「草の家」への訪問については12月14日の投稿

高知の平和資料館「草の家」による声明 「大軍拡ではなく、今こそ平和外交を!!」

で触れました。「草の家」が年4回発行するニュースレター「草の家だより」の12月24日号に寄稿した記事をここに転載します(写真はブログ運営者が付け加えたものです)。



 「銃を後ろに向けろ!敵と味方を間違えるな」

~高知「草の家」と槇村浩との出会い~

乗松聡子

9月の高知の旅は忘れられない。「草の家」で働いていた山根和代さん、金英丸さんはどちらも心から尊敬する平和のための仲間であり、二人が愛したこの場所に早く行きたかった。現地では、岡村正弘館長はじめ皆さんが歓迎してくださった。館長の高知空襲体験談は、カナダに戻った後に冊子『僕が見た高知大空襲』(写真→)で読み、涙が止まらなかった。

 9月15日、雨降る中、副館長の岡村啓佐さんの案内で「高知平和と自由民権ツアー」(と私が勝手に名付けている)に連れていってもらった。海軍航空隊の遺跡である「南国市の掩体群」を見たときは驚いた。18年に済州島に行ったときに旧日本海軍のアルドゥル飛行場跡で見た格納庫群とそっくりだったからだ。(写真↘)

 アルドゥル飛行場は「南京大虐殺」に先駆けて行われた空爆の起点とされた。現地の人々は毎年12月13日(1937年の南京城陥落の日)に格納庫前で南京大虐殺の追悼集会を行っている。植民地支配下、朝鮮人を動員し建設した飛行場を使い日本軍が行った行為であるのに、現地の人は寒空の下「南京」を記憶している。今年は85周年の重要な節目だ。

南国市「前浜掩体群」の一つ(5号掩体)

 高知の人たちも戦争の教訓を忘れないためにこの物々しい掩体群を保存しているということに感銘を受けた。南国市の説明板には、地元住民の他に「高知刑務所の受刑者、朝鮮半島から強制的に連れて来られた朝鮮の人々」などが動員されたと記されていた。

 ツアーで圧巻だったのは「日中不再戦の碑」である(末尾↓に写真)。添え石には「日本は日清戦争以来、中国に対し侵略行為を続け、特に1931年の『満州事変』以後、15年間に及ぶ戦争は人道をおかす三光作戦などによって1千万余の中国人民を殺傷した。この碑は日中国交回復20周年にあたり侵略戦争に対する反省の証として、またゆるぎない友好と平和の礎とするため建立された」とある。

槇村浩「間島パルチザンの歌」碑

その近くにはまさしくその戦争を批判して弾圧されたプロレタリア詩人槇村浩の「間島パルチザン」詩碑(写真→)があり、「天皇制特高警察の野蛮な拷問がもとで1938年わずか26歳で病没した」との説明が!私は衝撃と感動を覚えた。これらは高知市立の城西公園にある。翌日訪問した市立の「自由民権記念館」も日本の侵略戦争を明記していた。戦争の本質を歪曲することなく継承している地である。

「日中不再戦の碑」の写真をさっそく南京の友人に送ったらとても喜んでいた。今年は記念すべき日中国交正常化50年であるのに、日本を含む西側諸国では今、一方的な中国敵視報道が荒れ狂っている。「戦争は人の心の中で生まれる」とあるユネスコ憲章に照らし合わせれば、すでに戦争状態にあると言っても過言ではない。「加害」「被害」「抵抗」「創造」をモットーに平和を発信する「草の家」の存在意義はこれから高まるばかりであろう。

「銃を後ろに向けろ!敵と味方を間違えるな」-槇村浩が1932年4月に投獄される直前、高知の朝倉にあった歩兵第四十四聯隊に撒いた反戦ビラの見出しにはドキっとした(草の家ブックレット⑬『槇村浩に会いに・・・』に収録されている2002年の西森茂夫館長の講演より)。(写真→)まさしく今求められている反戦のメッセージはこれである!と思った。

私が「草の家」で講演させていただいたときに触れた、ウクライナ戦争についての西側メディアのロシア敵視一辺倒の問題にも通じるメッセージである。政府とメディアに繰り返し憎むように教えられた対象よりも、その憎しみを植え付けているのは誰かということを冷徹に見抜く力が今、市民に求められている。戦争の教訓を活かし、戦争を防ぐために。

(転載以上)

日中不再戦の碑


「草の家」のHPはここ、ブログはここにあります。高知に行くときはぜひ訪れてみてください。

槇村浩「間島パルチザンの歌」は、ここで読めるようです。


新年もよろしくお願いします。 @PeacePhilosophy 



Sunday, December 25, 2022

「ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーン」主催「徴用工問題」を考える連続講演会 第一回 高橋哲哉「終わりなき歴史責任とは何か」January 15 Lecture By Takahashi Tetsuya: What is Endless Historical Responsibility? Part I of the Lecture Series on the Issue of Japanese Wartime Forced Mobilization of Koreans

 Peace Philosophy Centre も協力団体となっているオンライン講演会のお知らせです。ふるってご参加ください。参加申し込みリンクはここです。


釜山日本領事館そばの公園にあった強制徴用労働者像(2019年7月23日撮影)


ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーン

「徴用工問題」を考える連続講演会


 解決が求められながら日韓間の懸案問題として混迷が続く「徴用工問題」とは何なのか。解決を妨げているのは何なのか。その根本にさかのぼって考えるため、3回連続の講演会を開催します。

 第1回は、植民地支配責任を世界史的視野に立って考えます。植民地支配とその責任を問う視点を提示したダーバン宣言(2001年)の意義と限界を踏まえ、その後の20年間に旧植民地宗主国が示してきた謝罪と和解のための努力を振り返ります。私たちは、終わらない過去にどのように向き合い、どのように「克服」していく必要があるのか、高橋哲哉さんに問題提起してもらいます。

 第2回は、植民地支配責任を国際法的視点から考えます。国際人権法を基軸に、植民地主義の現在をどのように解析するか、阿部浩己さんに問題提起してもらいます。

 第3回は徴用工問題に焦点をあて、解決のために何が必要かを考えます。

 ****

第1回 2023年1月15日(日)13:00~15:40


「終わりなき歴史責任とは何か」

 

講演:高橋哲哉さん(東京大学名誉教授)


 イントロダクション:矢野秀喜さん(強制動員問題解決と過去清算のための共同行動事務局)


 ◆場所:オンライン(Zoomミーティング)

◆参加申し込みはこちらをクリックしてください。

 ※参加を申し込んだ方には当日参加用のZoomリンクをお送りします。

 ※当日参加できなかった場合も、後日、期間限定で視聴可能です(参加申込者に限る)。

◆参加費: 無料(カンパ歓迎)

 ※カンパ振込先:

多摩信用金庫(金融機関コード1360)京王八王子支店(店番号042)
  口座番号0417868
  ダーバン+20あたりまえキャンペーン 代表前田朗(まえだ あきら)

 

****今後の予定****

第2回 2023年3月26日(日)

「国際法の視点から植民地支配責任を考える(仮)」

 講演:阿部浩己さん(明治学院大学教授)

 

第3回 2023年5月頃(準備中)

 徴用工問題の解決に向けて何が必要かを考えます。


主催:ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーン

https://durbanplus20japan.blogspot.com/

協力:アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)、強制動員問題解決と過去清算のための共同行動、市民外交センター、人種差別撤廃NGOネットワーク(ERDネット)、Peace Philosophy Centre、ヒューライツ大阪

 

★「ダーバン+20:反レイシズムはあたりまえキャンペーン」紹介

私たちは、2001年のダーバン会議(人種主義、人種差別、外国人排斥および関連のある不寛容に反対する世界会議)から20年目となる2021年に、

ダーバン反差別世界会議とは何だったのか?

植民地主義をいかに乗り越えるか?

ブラック・ライヴズ・マターBLMは何を求めているか?

新型コロナはマイノリティを直撃していないか?

ダーバン宣言20周年を私たちはどう迎えるか?

レイシズムを克服するために何が必要か?

という問いを掲げて、「ダーバン+20」キャンペーンを立ち上げ、ダーバン宣言と行動計画を基礎に、次の10年に向けた反差別と人権運動を呼びかけました。

2023年もこの問いに向き合い、皆さんと対話を続けます。

https://durbanplus20japan.blogspot.com/p/about.html


 

Sunday, December 18, 2022

日本カトリック正義と平和協議会ニュースレター『JP通信』より転載:先住民族に対する「ジェノサイド」と、教皇の「謝罪」Reprinted from Japan Catholic Council for Justice and Peace newsletter JP Tsushin: Genocide Against Indigenous Peoples and Pope Francis' "Apology"

日本カトリック正義と平和協議会ニュースレター『JP通信』236号(2022年10月号)からの転載の許可をいただき、拙文をここに掲載いたします。「日本カトリック正義と平和協議会」については、公式サイトhttps://www.jccjp.org/をご覧ください。『JP通信』は年6回、年間購読料は1800円とのことです。お申し込みはこちらまで→https://www.jccjp.org/jptsuushin

(ネットに転載にあたり、出典や参考にした資料の中からハイパーリンクを本文中につけています。教皇カナダ訪問についてはリンク先に加え、これらの資料やソーシャルメディアを参考にしました。)


表紙写真 2021年6月、カムループス寄宿学校跡で母親が作ったジングルドレス(フリンジ風のジングル=音の鳴るものがついているダンス装束)を着て、約215人の子どもたちを追悼するケヒウィン・クリー族のアイヤナ・ウォッチメーカーさん(写真提供は母親のシャノン・ハンブリーさん)。


先住民族に対する「ジェノサイド」と、教皇の「謝罪」

 

乗松聡子(ピース・フィロソフィー・センター代表)

 

植民地支配を認めた教皇教書

 カナダに住んで通算25年になる。多くの人はこの国を、「多様性を重んじる自然豊かな国」と見ている。私もそうであった。しかしこれは植民者の見方であって、この地にもともといた先住民族にとっては、北米大陸の国境は自分たちが引いたものではない。大陸の形が亀に似ていることから「タートル・アイランド」と呼ばれ、命と土地の源泉の物語として口承されてきた。欧州の入植者たちにより米国やカナダが作られる遥か前から先住民族はいた。この大陸に人が住み着いたのは1万5千年ほど前だと言われる。2017年にカナダが建国150周年を記念し全国的に祝賀行事が開催されたときも「ゼロの数が2つ足りない」と抗議する声もあった。欧州人の入植が始まった15世紀末に北米には200万から1千万ぐらいの人口があり、62語族、400言語以上の言葉が使われていたという。もともと「多様性」を誇る大陸だったのだ。カナダや米国を「若い国」と言う人がいるが、それは、欧州人入植以前の人間と文明の存在をなかったことにしている植民地主義的視点である。

 この姿勢にまさしくお墨付きを与えたのが、大航海時代、キリスト教世界では国家に勝る権威を有していたローマ教皇が発布した「発見の法理」であった。教皇ニコラオ五世による1455年の教書 (Romanus Pontifex) は、ポルトガルに対し「キリストの敵」である異教徒の土地の征服と、永遠の奴隷化を認めている。クリストファー・コロンブスが北米(当時はインドと認識していた)を「発見」した1492年には、コロンブスを派遣したスペインと、ポルトガルの勢力争いが起こっていた。同年に、教皇アレクサンドロ六世が就任する。教皇は1493年の教書 (Inter Caetera) によって大西洋に「教皇子午線」を引き、西側(南北アメリカ)はスペイン、東側(アフリカ)はポルトガルに権限を割譲した。先住民族のキリスト教への改宗を名目としながらも、征服と支配がその本当の目的であった。キリスト教でない地は野蛮人の地であり「無主の地」と見なされ、「発見」した者が支配してよいという「植民・殖民による植民地主義」はここから我も我もと広がり、現在のカナダや米国の起源となるフランスやイギリスの北米への侵略も展開する。

 「発見の法理」問題はさきのフランシスコ教皇カナダ訪問(7月24-29日)の焦点の一つであった。5世紀以上前の教皇教書がなぜ現代に注目を浴びるのか。1823年米国で、二人の人物が同じ土地の所有権をめぐって法廷で争った「ジョンソン対マッキントッシュ」事件があった。一人は「先住民族から取得した」、もう一人は「米国連邦政府から取得した」と主張したこの裁判で米国最高裁は、連邦政府から取得した側に所有権を認める判決をした。その根拠として、上記の「発見の法理」教皇教書が使われたのである。欧州人が「発見」し、征服したことにより先住民族の土地の所有権は消失したと見なされた。この判決は「今日に至るまでのすべての先住民法と先住民政策の基盤」となったと言われるほど大きな影響力を持ち、カナダでもその後の先住民族の土地所有権をめぐる裁判で準拠され続けた。

先住民族にとって15世紀末の教皇教書を現在の教皇が撤回することを望む声は高い。後述する寄宿学校制度に対するカナダ政府の補償の一環であった「真実と和解委員会」最終報告書(2015年)における「94の行動要求」にも、宗教各派が「発見の法理(Doctrine of Discovery)や無主の地(terra nullius)のような、先住民族の土地と人々に対するヨーロッパの主権を正当化するために使われた概念を否定するよう」という項目がある(49項目)。

 

寄宿学校制度の残虐

「インディアン・レジデンシャル・スクール」と呼ばれた先住民寄宿学校制度は、政府が出資し、教会が運営した、先住民族の子どもたちをキリスト教に改宗させ伝統的な信仰や文化を奪う強制同化施設であった。最初の学校は1831年にできて、ピーク時の1930年には全国に80校存在し、最後の閉校は1996年だった。通算で139校の学校に、合計約15万人の先住民族の子どもたちが送られた。寄宿学校の約60%はカトリック教会、約25%は英国国教会、他は長老派教会、カナダ合同教会などによって運営された。1867年に連邦化したカナダ初の首相ジョン・A・マクドナルドは、「インディアン問題」を解決するために連邦政府として全国に寄宿学校を拡大させる制度を1883年に導入した。マクドナルドは当時議会で、学校が先住民居留区にあると「野蛮人である両親と暮らし、野蛮人に囲まれ」、その子どもは「単に読み書きのできる野蛮人にすぎない」から、「白人の習慣や思考様式を身につけられるような集中的な職業訓練学校に入れる」必要性を語っている。

寄宿学校生活は孤独と恐怖の日々であった。家に警察が来て、行くことを拒むと両親を投獄すると脅された。親は心配でも子どもに良かれと願って服を新調し送り出したが、学校に着くとまず、身ぐるみ剥がされシャワーを浴びせられた。伝統的な長い髪を切られた。名前ではなく番号で呼ばれる。母語は禁止され、母語を話したら舌に針を刺されたことも。身体拘束や殴打などの体罰は横行した。電気椅子を使った学校もあった。兄弟姉妹同士が交流もできない。友だちを作ることも許されない。家にほとんど帰れない。脱走して捕まると全員の前でパンツを降ろされ鞭打ちされた。成功しても家にたどり着けず溺死、凍死する例も。いつもお腹が空いていた。聖体拝礼用のウェファーを盗んで殴り殺された子も。狭いところに押し込められているので結核やインフルエンザなどの病気が発生したらたちまち広まる。いつのまにかいなくなって戻ってこなかった子たち。「学校」とは名ばかりで、男子は農場や大工仕事、女子は掃除、炊事、洗濯、針仕事などの労働をさせられた。何よりもの屈辱が性暴力であった。消灯時間の後近づいてくる足音が怖い。誰かが連れ去られる。次は自分の番だろうか。加害者は神父や修道女であった。男女問わずターゲットにされた。神父に妊娠させられ、生まれた赤ちゃんは焼却場で焼かれたという話も。暴力の中で生きることを強いられた子どもたちはお互いに対しても暴力を振るうようになり、指導者たちは止めるどころか扇動した。

以上が、私が聞いたり読んだりしてきた体験談の一端である。これらの体験を読むときの内臓が掻き出されるような嫌悪感は、大日本帝国による強制動員や「731部隊」のような戦争犯罪の証言を読むときと似ている。人間が同じ人間に対して、ましてや神の名の下に、どうしてこのようなことができたのだろうか。

寄宿学校生活が終わっても心身の傷は生涯残る。悪夢を見たり、夜中に叫んで起きたり、苦しみをアルコールや薬物で紛らわせ、依存症となる。世代間トラウマとして子や孫の代まで影響する。自分たちが劣った存在だと教え込まれた経験から、自尊心を持ちにくい。愛や優しさを知らずに大人になった体験者は自らの子どもの愛し方、親密な人間関係の作り方がわからない。大事な人に暴力を振るってしまう。自らの命を絶つ。先住民族の子どもは未成年者人口全体の約7%であるが、児童養護制度にいる子どもの半数以上を占める。先住民族の子どもの約4割は貧困状態にある(非先住民は8%)。先住民族の女性で凶悪犯罪の被害者になる率は非先住民女性の3倍である。服役中の女性の42%、男性の28%が先住民である。先住民族の放送局を聞いていると失踪・殺害事件や、警察などの権力組織による差別や暴力のニュースが流れない日はない。カナダの植民地主義は過去の話ではなく現在進行形なのである。

 

償いの歩み

寄宿学校体験者にとって奪われた人生は戻ってこない。この罪をどうやって償うのか。カナダ社会は重い歩みを続けている。1990年代から、被害者、家族、先住民族社会が政府と教会に責任を問う運動が高まり、政府も「先住民族に関する王立委員会」報告書(1996)で寄宿学校の被害を明らかにした。政府を相手どってカナダ史上最大の集団訴訟が起こされた結果、2006年に政府からの総計19億ドル(約1900億円)の「先住民族寄宿学校和解協定」が成立した。2008年には当時のスティーブン・ハーパー首相(保守党)が国会で先住民族の代表者たちを前に謝罪した。協定の一環として、2010 年から全国7 箇所で「真実と和解委員会」(Truth and Reconciliation Commission)が開催され、約7千人の体験者に聞き取りを行い、全てのカナダ人がこの歴史を学ぶことができるような催しが持たれた(写真1)。先述した2015年の最終報告書には、カナダが先住民族に行ったことは「土地の接収、精神的指導者の迫害、言語の禁止、文化的慣習の違法化、移動の制限、家族の崩壊によって政治・社会制度を破壊し、文化的価値を次世代に受け継がせないことを目的」とした、「文化的ジェノサイド」であったと結論づけた。その後ジャスティン・トルドー政権下では、1980年以来1200件の発生を警察が認めていた(4千件という推計もある)「先住民族女性および性的少数者の失踪・殺害事件」について2千人に聞き取りをした全国調査が行われ、2019年に出た最終報告書では、先住民女性が白人女性に比べ失踪したり殺害されたりする率が16倍にも及ぶことを指摘、先住民族が構造的暴力に晒され続ける有様を「ジェノサイド」と断定した。「ジェノサイド」という用語についてはメディアで議論が沸騰したが、当事者からは「やっとその通りの名前がついた」との声が上がった。

写真1 「真実と和解委員会」の席上で、
キリスト教関係者がサバイバーに謝罪する
(2013年9月、バンクーバー)
私は2013年9月、上記「真実と和解委員会」のバンクーバー大会に参加し、体験者たちの経験を生で聞く機会があった。中でも一番印象に残ったのは、キリスト教会関係者が寄宿学校体験者と一緒に円になって座り、謝罪を伝える会合が繰り返し持たれたことだった。そこでは、体験者から「許すという気持ちにはなれない」、「神もカトリック教会も憎い!」という声もあった。その時知ったことは、寄宿学校を運営した各教会の中で、カトリック教会のみがまだ謝罪をしていないということだった。それもあって、2015年の「真実と和解委員会」行動要求の58項目として、ローマ教皇への謝罪の要求が掲げられた。「私たちは、ローマ教皇に対し、ファースト・ネーションズ、イヌイット、メイティーの子どもたちがカトリック教会の運営する寄宿学校で精神的、文化的、感情的、身体的、性的虐待を受けたことについて、生存者とその家族、コミュニティに対して謝罪を表明するよう要請します。その謝罪は、(中略)この報告書の発行から1年以内に行われ、カナダの地でローマ教皇によって行われることを要求するものです。」この謝罪の求めに対しカトリック教会の反応は非常に鈍いものであったが、今年教皇カナダ訪問がようやく実現した。

写真2 表紙写真(2021年、カムループス寄宿学校前に立つアイヤナ・
ウォッチメーカーさん)のジングルドレスの柄のクローズアップ
その背景には昨年5月の「墓標なき墓」発見の衝撃がある。西部ブリティッシュコロンビア州のカムループスという場所の寄宿学校跡地に、地中レーダー技術によって、おおよそ215人の埋葬跡が確認されたとの発表は、カナダ全体を揺るがす大事件となった(写真2)。その後も全国で次々と百人単位での発見が続き、現在、通算2千人以上(推定)の「墓標なき墓」が確認されている。先述の和解協定締結時には約8万人の寄宿学校体験者が生存していたと言われているが、これによって、声を上げることもできず死んでいった子どもたちの存在が脚光を浴びることになる。「真実と和解委員会」は4100人以上という死亡数を把握していたが、委員会を率いた一人であるマレー・シンクレア元判事は、政府の真相究明努力の不十分さを指摘し、実際には1万5千人かそれ以上ではないかという推測をしている。もしそうであれば寄宿学校に行った子たちの10人に1人は殺されたということになる。入ったら生きて帰れないかもしれない場所は「学校」とは言えない。ナチスの「ホロコースト」を彷彿とさせる「ジェノサイド」の現場であったのだ。

 

教皇フランシスコ「懺悔の巡礼」が残した課題

今春、約200人の先住民族の派遣団がバチカンを訪れ、フランシスコ教皇に面会して体験を直接話し、4月1日に教皇は派遣団の前で、「多くのカトリック信者、特に教育的責任のある人々」による虐待について「恥と悲しみ」を感じ、「これらカトリック教会の構成員たちの嘆かわしい行為」に対して「神の赦しを求め」、「心の底から、申し訳なく思います。」と述べた。教皇自らの口から謝罪の言葉があったことを評価する声も多かった一方、教会の「構成員」の責任に触れつつ、教会自体の組織的責任を認める謝罪ではなかったことについては不満の声があった。それだけに、夏の教皇カナダ訪問では、より踏み込んだ謝罪に対する期待が高まった。

 7月24日、教皇の言葉による「懺悔の巡礼」が始まった。高齢で健康問題も抱える教皇は、このカナダの旅だけは実現させたいとの強い意思があったと言われている。アルバータ州のエドモントン空港では、トルドー首相と女王代理のメアリー・サイモン総督(カナダ初の先住民族の総督)が出迎えた。翌日、マスクワシスというクリー族の地で、地元の寄宿学校跡を訪れ、祈りを捧げた後、駆けつけた何百人もの寄宿学校の被害者たちを前に謝罪文を読み上げた。会場は、教皇が本当にカナダに来たことに対する興奮と感謝に満ちていたが、実際の謝罪の内容はバチカンで行ったものと大差なかった。「文化の破壊と強制された同化」政策に「教会の構成員と宗教団体が加担した」こと、「これだけ多くのキリスト教徒が先住民の人々に対して犯した嘆かわしい悪事」に対する謝罪はあったが、教会自体の責任には触れなかった。「発見の法理」への言及もなかった。何より、多くの体験者にとっては被害の核心であった「性的虐待」に触れなかったことについては失望の声があった。

先述の、「真実と和解委員会」を率いたマレー・シンクレア氏は教皇の言葉を「歴史的な謝罪」と認めつつも、「大きな穴があった」と批判した。委員会は教皇に対し、2010年に当時のベネディクト教皇が、アイルランドで長年聖職者から性暴力を受けていた子どもたちに対し「教会の名の下に」謝罪したような、教会の責任を認める謝罪を求めていた。カトリック教会はカナダ政府の同化政策に単に「加担」していたのではない。シンクレア氏は、「教会がカナダ政府に対して、先住民族の文化や伝統的な慣習、信仰を破壊するために、より積極的かつ大胆に活動するよう求めた明確な例」がいくつもあると指摘し、「キリスト教至上主義の名の下に、子供たちを家族や文化から引き離そうとする組織的な取り組みだった」との声明を発表した。

 教皇は残りの日程の中で、これらの批判に応答するような発言を行った。ケベックでは寄宿学校における性暴力を糾弾したり、虐待における「地元のカトリック教会」の役割を非難したりした。帰りの飛行機の中では報道陣の質問に答え、カナダ滞在中には口にしなかった「発見の法理」についても「このような植民地主義的考え方は清算しなければいけない」といった趣旨の発言をした。先住民のジャーナリストから「ジェノサイド」について聞かれ、「私が表現した内容はジェノサイドである」と認める発言もしている。

教皇訪問中、被害者を24時間体制でサポートする「寄宿学校クライシスホットライン」には普段の2倍以上の電話があったという。「懺悔」のための旅であったとはいえ、当事者には辛い体験のフラッシュバックが起こるのだ。私の知人には怒りと悲しみで寝込んでしまっていた人もいた。一方、当事者の中には、これを機会に自分の中で、過去に区切りをつけたいと感じた人もいたようだ。さまざまな反応があった中、多くの人が共有していたのは、「言葉は一つの出発点に過ぎず、これからの行動を注視する」という思いである。バチカンはカナダの寄宿学校についての未公開文書を大量に保管していると見られており、率直な公開が求められている。「和解協定」時にカナダのカトリック教会は2500万ドル(約25億円)を寄宿学校被害者に支払う約束をしたのに結局400万ドルほどしか資金を作ることができていない。バチカンの博物館に多数ある先住民族の収蔵品の返還問題もある。象徴的には意義深かったフランシスコ教皇カナダ訪問であるが、逆に未解決の課題を浮き彫りにした。

最後に、7月25日の教皇謝罪スピーチの直後に、シピコさんという民族服をまとった女性が躍り出て、クリー語で涙ながらに抗議した言葉を引用したい。この予定外の行動はSNSで大拡散、主要メディアでも取り上げられ、「自分の気持ちを代弁してくれた」との声が次々にあがった。女性不在だったことでも批判されたこの「謝罪」の儀式に一石を投じた場面であった。 

「あなたはここに話し言葉の法を与えられます。私たち、大いなるスピリットの娘たち、そして部族の主権者たちは、大いなる法ではない、いかなる法律、いかなる条約にも強制されることはない。我々は我々の領土で首長を任命した。それに従って統治するのだ・・・あなたは部下の男たちとともに帰りなさい!そして過去の過ちを正しなさい。この土地は植民者と教会が来るまでは清純で純粋だった。“発見の法理”を撤回しなさい!」


(転載以上)


以下、カナダ公共放送局CBCのYouTube より。教皇に訴えるシピコさんの様子や、事後にCBCがシピコさんに行ったインタビュー、先住民族の人々のリアクション等が見られる。

Cree singer reveals message behind powerful Pope performance/CBC 


過去の参考記事



Thursday, December 15, 2022

米国の退役軍人たちからの呼びかけ:この戦争を終わらせるために、ウクライナでの「休日休戦」、停戦と交渉を求める U.S. Soldiers Call for a Holiday Truce in Ukraine, Ceasefire and Negotiations to End the War

英語での沖縄関心グループのMLで、ダグラス・ラミスさんが教えてくれた。「ベテランズ・フォー・ピース」による「ホリデイ・トゥルース」(Holiday Truce)の呼びかけを。内容に賛同し、日本語訳とともに紹介します。(訳はDeepl 訳を修正したもの)

According to Wikipedia, "Soldiers from both sides (the British and the Germans) exchange cheerful conversation (An artist's impression from The Illustrated London News of 9 January 1915: "British and German Soldiers Arm-in-Arm Exchanging Headgear: A Christmas Truce between Opposing Trenches")."


原文は See English original: 

U.S. Soldiers Call for a Holiday Truce in Ukraine, Ceasefire and Negotiations to End the War 

(peaceandplanetnews.orgより)

米国の退役軍人たちからの呼びかけ:この戦争を終わらせるために、ウクライナでの「休日休戦」、停戦と交渉を求める

2022年12月

ベテランズ・フォー・ピースのメンバーたち

北半球へ冬が到来し、10ヶ月目に入ったウクライナ戦争が心配になります。包囲された市民の苦しみと何百万人もの難民の運命に対する懸念、ヨーロッパのエネルギー危機と軍事化に対する懸念、戦争に関連するアフリカにおける食糧不足に対する懸念、そして文明を終わらせる核戦争の可能性に対する懸念です。これらの複合災害を前にして、世界の人々は、ロシア、ウクライナ、米国、NATOが勝者のいない長い戦争に突入する用意があるように見えることに直面しています。

ベテランズ・フォー・ピースはこうした懸念を共有しています。2015年の時点で、私たちはウクライナのロシアとの国境からすべてのNATO軍を撤退させるよう求めていました。多くのオブザーバーと同様に、私たちもこの不必要で完全に回避可能だった戦争が起こることを予見していました。ロシアがウクライナに侵攻した2022年2月24日、私たちは「Diplomacy Not War(戦争ではなく外交を)」という緊急の呼びかけを行いました。ベテランズ・フォー・ピースは「Peace In Ukraine Coalition(ウクライナ平和連合)」の一員であり、手遅れになる前に戦争を終わらせるために停戦と外交を呼びかけています。

いま、年末休暇の時期を迎え、第一次世界大戦中の1914年、ドイツとイギリスの兵士が塹壕から出てきて共に祝ったという有名な「クリスマス休戦」を思い起こし、ウクライナでの一時休戦を求める宗教指導者やその他の人々の声に、私たちは参加します。

戦争の惨禍を経験した退役軍人として、私たちは、この血なまぐさい戦争で何万人もの死傷者を出している双方の若い兵士たちに大きな共感を覚えます。私たちは、生き残った人たちが心に傷を負い、一生を棒に振ることになることを十分すぎるほど知っています。私たちは、「もうたくさんだ」「戦争は解決策ではない」と訴えます。

私たちは、ウクライナの戦争を終わらせるために、緊急で誠実な外交を望んでいるのであって、これ以上米国の武器や顧問を送ることや、終わりのない戦争を望んでいるのではありません。そして、核戦争は絶対に避けなければなりません。何十億ドルものお金を、兵器メーカーや戦争で儲ける人たちのためではなく、気候変動や雇用、医療、住宅のために使ってほしいのです。

ベトナム、アフガニスタン、イラクでの戦争に抵抗した兵士として、私たちは、良心的兵役拒否者、徴兵拒否者、脱走兵、そして殺人に参加することを拒否するすべての人を含む、あらゆる立場の戦争抵抗者を支援します。私たちは、特に米軍関係者に、訓練、武装、顧問、あるいはこの戦争や他の帝国の戦争に従事することに参加することを拒否するよう促します。私たちはさらに、米国政府に対し、すべての戦争を終結させ、世界中の多くの国にいる私たちの軍隊を撤退させるよう要求します。

今こそ引き返す時です。武器を捨てなさい。外交と平和を受け入れなさい。ウクライナのために。ロシア、ヨーロッパ、アメリカのために。世界のすべての人々のために。休日の休戦は、平和への第一歩になるかもしれません。

もうたくさんだ - 解決策は戦争ではない!

今すぐ停戦を - 交渉しなさい、エスカレートするな!

殺すことを拒否する兵士を支援しよう!

(以下署名者リストは英語のまま。)

Signed,


Enya Anderson, VFP National Board
Ellen Barfield, Past Vice President, VFP National Board; Co-founder, Baltimore VFP
Medea Benjamin, VFP Advisory Board, CODEPINK Women for Peace
Marjorie Cohn, VFP Advisory Board; Past President, National  Lawyer’s Guild
Gerry Condon, Past President, VFP National Board
Paul Cox, VFP National Board
Michael Dempsey, VFP National Board; President, Monterey, CA, VFP
Jim Driscoll, VFP Climate Crisis and Militarism Project
Mike Ferner, Past President, VFP National Board
Mark Foreman, Past Treasurer, VFP National Board
Gerald Hassett, Vice President, New York City VFP
Matthew Hoh, VFP Advisory Board
Helen Jaccard, Manager, VFP Golden Rule Project
Eric Johansson, Past President, San Francisco VFP
Tarak Kauff, Past Member, VFP National Board
Bob Keilbach, Secretary, New York City VFP
Kathy Kelly, VFP Advisory Board; Board President, World Beyond War
Barry Ladendorf, Past President, VFP National Board
Gene Marx, Past Secretary, VFP National Board
Ray McGovern, VFP Advisory Board; co-founder, Veteran Intelligence Professionals for Sanity
Maj. (ret’d) Ken Mayers, USMCR; VFP National Board
Nick Mottern, VFP National Board; Co-coordinator, BanKillerDrones
Barry Riesch, Past President, VFP National Board
Doug Rawlings, Co-founder, VFP; Past Vice President, VFP National Board
Denny Riley, USAF, Our war in Vietnam
Susan Schnall, President, VFP National Board
Joshua Shurley, Secretary, VFP National Board
Alice Slater, VFP Nuclear Abolition Working Group
Rick Staggenborg, President, Mid-Valley Oregon VFP
David Swanson, VFP Advisory Board, World Beyond War
Mike Tork, Treasurer, VFP National Board
Michael Wong, Vice President, San Francisco VFP
Col. (Ret) Ann Wright, VFP Advisory Board; Veteran 
Intelligence Professionals for Sanity