Monday, March 29, 2021

【ウェビナーです】「ダーバン+20キャンペーン」 キックオフ・イベント: 「日本のレイシズムを可視化する ~ラムザイヤーはここにいる!Durban Declaration 20th Anniversary Kickoff Event: Racism in Japan - Harvard Professor J. Mark Ramseyer's Attack on Minorities

 

4月17日追記:イベントは270人以上のご参加を得て大変盛況で議論も活発に交わされました。↑このYouTubeで観ることができます。2週間程の限定公開の予定です。

呼びかけ文はここにあります⇒

     
「ダーバン+20キャンペーン」 キックオフ・イベント


日本のレイシズムを可視化する

~ラムザイヤーはここにいる!


日 時: 2021年4月17日(土) 11:00-13:00 (日本時間)


方 式: オンライン(Zoom) 参加費:無料

ウェビナー申込み:https://bit.ly/3lRR6Ek 



主催:「ダーバンから20年:日本のレイシズム・コロニアリズム・セクシズムを解体する」キャンペーン(仮称)

(略称:ダーバン+20キャンペーン) 

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■プログラム■

司会・趣旨説明: 藤岡美恵子 (法政大学非常勤講師/「ダーバン+20キャンペーン」呼びかけ人) 

1部:ラムザイヤー論文に見るレイシズム、コロニアリズム

部落差別:角岡伸彦(フリーライター)

沖縄差別:親川志奈子(沖縄大学非常勤講師/琉球民族独立総合研究学会共同代

表)

朝鮮差別:伊地知紀子(大阪市立大学教員) 

関東大震災朝鮮人虐殺:加藤直樹(作家)

2部:ダーバン宣言から見る日本のレイシズム、コロニアリズム 

総括コメント:上村英明 (恵泉女学園大学教員/「ダーバン+20キャンペーン」

呼びかけ人)

参加者との質疑・討論/ダーバン+20キャンペーンの紹介・賛同呼びかけ

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米国のブラック・ライヴズ・マターや、欧州の奴隷貿易や植民地支配の負の遺産を克服しようという試み――近年、レイシズムと植民地主義に正面から向き合う運動が世界中で注目を集めています。一方日本では、差別撤廃を訴えるマイノリティの声に対して執拗なヘイト・スピーチが繰り返され、社会全体でも「レイシズムNO!」の声は残念ながら大きくはありません。

20年前、レイシズムと植民地主義を世界的課題として話し合う画期的な会議がありました。南アフリカのダーバンで開かれた「人種主義、人種差別、外国人排斥および関連するあらゆる不寛容に反対する世界会議」(略称:ダーバン会議)です。ダーバン会議は、人種差別がジェンダーなどの他の要因と絡み合う「複合差別」の視点や、目の前にある差別は奴隷制や植民地支配など過去の歴史と切り離せないことを示すなど貴重な成果を残しました。

ダーバン会議が示した地平を想起しつつ、近代日本がつくってきた差別構造を解体するためのキャンペーンの枠組みを議論していた矢先、米国ハーバード大学のラムザイヤー教授による「慰安婦」や沖縄、部落、在日朝鮮人などに関わる不正確な論文がニュースになりました。レイシズム、セクシズム、コロニアリズムが交差するラムザイヤー教授の主張はしかし、日本で私たちが日常的に目にする光景です。ラムザイヤーはどこにでもいるのではないでしょうか。キックオフ・イベントでは、このラムザイヤー論文を題材に日本のレイシズムを可視化するとともに、ダーバン+20キャンペーンのこれからをお伝えします。ぜひご参加ください。(事前登録は https://bit.ly/3lRR6Ek )

<実行委員会> 稲葉奈々子(上智大学) 上村英明(恵泉女学園大学)* 末愛砂(室蘭工業大学) 熊本理抄(近畿大学)* 乗松聡子(『アジア太平洋ジャーナル・ジャパンフォーカス』 エディター) 藤岡美恵子(法政大学)* 藤本伸樹(ヒューライツ大阪) 前田朗(東京造形大学)* 矢野秀喜(強制動員問題解決と過去清算のための共同行動事務局)* 渡辺美奈(アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam))   (2021.3.26現在/は呼びかけ人)

連絡先:「ダーバンから20年:日本のレイシズム・コロニアリズム・セクシズムを解体する」キャンペーン(仮称)(略称:ダーバン+20キャンペーン) 

Email: durbanRCS@gmail.com

ふるってご参加ください!

ここで事前登録してください!⇒ https://bit.ly/3lRR6Ek 

QRコードは以下↓





Sunday, March 21, 2021

【追記あり。会社はパッケージデザイン変更を決定】中国の人に差別的な製品(油吸収パッド)について 【Responding to criticism, company decided to change the package design】Oil absorbing pads made by Kyowa Shiko Co., Ltd. that are discriminatory against Chinese people

 【3月22日、同日追記】

以下の投稿をアップして、協和紙工株式会社の問い合わせフォームで連絡したその日のうちに、会社から返答があり、「パッケージデザインを変更するよう社内決定しました」という報告をもらいました。この対応の速さを評価したいと思います。差別を認めても居直って差別的内容を発信し続けたNHK広島局や、最初から意図的な差別を行い、どんなに批判されてもその差別にしがみついているDHC社との対応の違いを感じました。今回、この問題に気づいた家族のメンバー、わたしの問題意識に賛同してくれたネット上の仲間たち、そして店頭で行動した小野さんに深く感謝を伝えたいです。また、このパッケージの差別性を感じながらも私の発信を容認してくれた中国出身の友人に、感謝したいと思います。ちなみに、この投稿自体は残しますが、ブログタイトルから会社の名前は削除しました。引き続き、会社のパッケージデザイン変更を注視したいと思います。

(以下、元の投稿)

3月13日、このような投稿をFacebookとツイッターにした。

ツイッターでは

家族が東京の100均でこういう商品を見てびっくりして送ってきた。#レイシズム と #セクシズム に満ち溢れている。あり得ない。昨日問題になった「スッキリ」の差別行為とも通じる、ギャグとか言葉遊びに乗じたレイシズムです。検索したら普通に各地で売ってる。どういうことなの日本?

(注:差別的画像やコピーを見せることでかえって差別を呼ぶことがあるリスクは承知しつつも今回は具体的に存在し売られている商品だということもあり、どの商品を指しているのかということをわかってもらうためにも画像を示します。)

これに共感の声もあったが、とくにツイッターでは嫌中ヘイトとも言えるリプや引用RTがたくさん来て驚いた。なので3月15日こうセルフRTして
びっくりしました。この問題意識、共有してくれる人が出てきているなと思ったら急にレス、引用RTが増えて、それが悪意に満ちたものばっかりです。やっぱりここまで来てるんですね、日本のヘイトって。
説明しないとわからないのかなと思いながらも以下、説明を足した
人の国の名前をこうやって文字って遊ぶっていうのがまず失礼だし、髪型や服装からしてとてもステレオタイプ的な中国人女性が出てくるのもすごく変で(なぜ中国人女性なのかも意味不明だけどーー中国料理には油を使うものが多いから?わかんない)セクシストだと思うし、

 決定的なのは下の「ポイッと。。。」の部分ですね。捨てちゃう、という言葉にその国の言葉をかけちゃうのはもう暴力です(ここではもろカタカナにして際立たせてるし)。自分が所属する国なり集団なりがやられたら、って想像するとすぐわかるんじゃないかなって思います。

 これが、海外で売られている製品で、着物着てるいかにもステレオタイプ的な日本人女性が出てきてて、「ポイッと捨てジャパン!」「捨てジャップな!」とかいうコピーだったら、どう思うでしょうか?

その後、フェーブスック友の小野直子さんが、元の投稿のコメントとして、3月18日に行ったことを報告してくれました。この行動力に脱帽。許可を得てここに転載します。

★★★

この商品がよく知られているかはわかりませんが、私は知りませんでした(油吸収パッドを買う気がないからか100均にめったに行かないからか)。

昨日、100円ショップのキャンドゥ吉祥寺店で同商品を見つけました。(ダイソー、ドンキホーテと西友も行ってチェックしましたが置いてなかった。検索したらセリアという100均でも売ってるらしい。)ちなみにMADE IN JAPANでした。

店長は不在でしたが、正社員の店員Sさんに、このコピーと絵柄が差別的なパッケージの商品を扱うのは問題ではないかと問うてみると、「今まで指摘を受けたことはないが、そうですね」と。どうするのか尋ねると、「本社に伝えます」と。今伝えたらどうかと言うとキャンドゥ「お客様相談室」に電話したらしく、相談室正社員のAさんは「自社で扱う商品として何の問題もない」との答えだったとのことです。それはキャンドゥの会社としての回答と周知されてもよいかと聞くと、「よい」とのこと。

相談室担当責任者のフルネーム・部署・役職、いつから同商品を取り扱っているかなどを再確認TELしてもらうと、「これ以上のことは、お客様の名前・連絡先を伺って担当者から電話する」との返事でした。また、相談室でなく広報課など別の部署に連絡すべきではとSさんに問うと、「自分の対応は間違っていない。広報課もあるが、だったらお客様自身で広報課に連絡してください」と。(そうした対応が高飛車だったので、名前・連絡先を言うのは構わないけれどしないことに。)

Sさん自身は商品をどう思うか聞くと、「同店舗では2019.12開店当初から取り扱っているが、指摘を受けるまで何とも思わなかった。不快に感じるお客様もいると思う」と。客の不快感だけではなくて、Sさん自身は差別表現の商品をどう判断するか聞くと、「今は、言葉も絵柄もよろしくないと思う」と。このまま何もせず店で扱い続けるならSさんも差別に同意し加担することになるが、Sさん自身の意見として扱うべきでないと会社に提言しないのかと聞くと、「声を上げる。自分の認識として、広報と商品部に今日その旨伝える」とのことでした。

以上、昨日の市場調査の報告です。

商品製造元:協和紙工株式会社(愛媛県)

https://kyowa-shiko.co.jp/daily_goods/ 

キャンドゥのサイト

https://www.cando-web.co.jp/corporate/about/concept.html

★★★

行動した小野さんに感謝します。 協和紙工株式会社の問い合わせ先はここなので私も問い合わせます。

@PeacePhilosophy 

Friday, March 12, 2021

東京大空襲76周年 第15回朝鮮人犠牲者追悼会 The memorial to remember the Korean victims of the March 10, 1945 Tokyo Air Raid


東京大空襲76周年 第15回朝鮮人犠牲者追悼会(3月13日午前11時から東京都慰霊堂にて開催。主催は「東京大空襲朝鮮人犠牲者を追悼する会」)が先程終わりました。オンラインで参加しました。ここに動画がアップされています。このような催しがあったことさえ今年まで知らず、大変恥ずかしい気持ちがしています。一晩で10万人以上が虐殺された東京下町空襲(1945年3月10日未明)では、朝鮮人の犠牲者は1万人にも上ると言われています。広島や長崎の原爆投下と同様、1割ぐらいの人たちが朝鮮人だったのです。植民地支配のゆえに日本に来た・連れてこられた人たちはここでも、被災させられ、差別により被害が増大するという、二重、三重の被害を受けました。この歴史を深く胸に刻みたいと思います。

詳しくはこちらのブログへ https://tokyosinsoutyousa.hatenablog.com/

I just attended the 15th ceremony to remember the Korean victims of the March 10, 1945 Tokyo Air Raid on-line. Held from 11 AM to 12 PM at Tokyo-to Irei-do, at Yokoamicho Park, near Ryogoku Station. The speeches were all profound and the live music is magnificent. https://www.youtube.com/watch?v=gyOWfesJTAw

Tokyo Air Raid, which killed over 100,000 civilians in two hours or so, is a largely forgotten atrocity, even by the locals, and especially this year, the anniversary seems to be overshadowed by the 10th of 311 Earthquake/tsunami/nuclear disaster. It is estimated that as many as 10,000 Koreans were killed in the Air Raid. Like the Korean victims of the Hiroshima and Nagasaki bombings, they were victimized first by being mobilized to Japan under the colonial rule, then attacked by the bombs targeted at Japan, then suffered even more than Japanese victims because of the continuing discrimination and lack of support. The ceremony was conducted mostly in Korean and Japanese, but everybody can hear the very moving music.

@PeacePhilosophy 






Sunday, February 14, 2021

【3月7日更新:講演動画有】カナダ9条の会オンライン講演会「核と人類は共存できない-核兵器禁止条約発効と、福島原発事故10年の節目に考える-」 落合栄一郎さんを迎えて Article 9 Canada presents Eiichiro Ochiai's talk "Nuclear and Humanity Cannot Co-exist: Marking the 10th Anniversary of the Fukushima Daiichi Nuclear Accident and the Enactment of the Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons"

3月7日追記:60人以上の参加を得て盛況のうちに終わりました!動画をアップしますのでご覧ください。次回の講演も乞うご期待!
    

後記:カナダ、日本、米国などから参加してくださったたくさんの皆様 ご参加、事後のたくさんの質問やコメントをありがとうございました。

落合さんは、素人にもわかりやすい言葉で、放射性物質がどう人体、生物に影響するかを説明し、また、福島原発事故やチェルノブイリ原発事故、スリーマイル島原発事故や米国や各国の核施設が人体にどういう影響を及ぼしているか、または及ぼしている可能性があるかを数々のデータを使って詳しく説明し、あらためて原発という、核の「平和」利用というのはありえないのだ(それが生み出す大量の熱量でかえって温暖化が進むこと、ウラン採鉱から核廃棄物まですべてのプロセスにおいて被曝を生み出すこと、被曝の影響に閾値はないこと等)、核実験や核発電により北半球全体がいかに汚染されているかのも思い知らされました。最後の、TPNW(核兵器禁止条約)を超えてNBT(核禁止条約)へ!という、核の全面禁止を訴えました。


カナダ9条の会 オンライン講演会第一回

核と人類は共存できない

ー核兵器禁止条約発効と、福島原発事故10年の節目に考えるー

落合栄一郎さんを迎えて

落合栄一郎さん
 2021年1月22日、核兵器禁止条約 (Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons(英語条文はここ外務省の日本語仮訳はここ)が発効となりました。核兵器の使用、使用の威嚇、開発、実験、生産、製造、取得、保有および貯蔵を禁止し、その移譲、受領、禁止行動に対する援助、奨励、勧誘も禁止する、全面的な「禁止」条約は長年の世界の被爆者や根強い市民社会の運動の成果と言えます。条約では「核兵器に関する活動が先住民にもたらす均衡を失した影響を認識し」と、核問題と植民地主義の関連にも触れています。
 1月22日の時点で86国が署名、52国が批准していますが、全ての核保有国および米国の同盟国(カナダを含むNATO諸国、日本、韓国など)は参加していません。また、「無差別に平和的目的のための原子力の研究,生産及び利用を発展させることについての締約国の奪い得ない権利に影響を及ぼすものと解してはならない」と、原子力発電を問題視していません。
 きたる3月11日は、東日本大震災・津波および福島第一原発の大事故発生から10周年を記憶する日です。10年経っても収束からは程遠く、環境や生物、人体の被曝被害は継続し、いまだに3万から6万以上といわれる人たちが避難生活を強いられています。
 今回は、米国の大学で教鞭を取りながら長く平和・反核運動にも従事し、退職後もバンクーバー9条の会の会長を務め、化学者として、核兵器であれ原発であれ「核と人類の共存はできない」との主張を英語・日本語の著書や講演・執筆活動で続けてきている落合栄一郎さんを講師に迎えたいと思います。

時間:

    バンクーバー(太平洋標準時):3月6日(土)午後5時ー6時半

    トロント・モントリオール(東部標準時):3月6日(土)午後8時ー9時半

    日本 3月7日(日)午前10時ー11時半

参加費 無料

主催    カナダ9条の会 (Article 9 Canada) 

後援    Peace Philosophy Centre

定員 先着100名

言語 日本語(質問は英語でも受け付けられます)

要事前登録。このリンクから登録してください:

https://us02web.zoom.us/meeting/register/tZAkd-CqpzwuH9TgE_7TFU-5iaHV07xyfP-0 

問い合わせ先:article9canada@gmail.com 

講師プロフィール:落合栄一郎(おちあい・えいいちろう)

1936年東京生まれ。ペンシルバニア州のジュニアータカレッジ名誉教授。東京大学工業化学科卒、同大博士課程終了工学博士。カナダ、アメリカ、スウェーデン、ドイツなどの大学で化学の研究教育に携わる。2005年退官後はバンクーバーで、バンクーバー9条の会、世界連邦協会等を通じて平和活動を行いながら英語、日本語で、放射能や被ばくの危険性についての執筆活動に従事する。

著書:Bioinorganic Chemistry, an Introduction (Allyn and Bacon, Boston, 1977)、 Bioinorganic Chemistry, a Survey (Elsevier, Amsterdam,2008)、 Hiroshima to Fukushima (Springer, Heidelberg, 2013)、 Nuclear Issues in the 21st Century , Nova Science Publ, New York, 2020)、『原爆と原発』(鹿砦社、2012)、『放射能と人体』(講談社、2014)、『病む現代文明を超えて持続可能な文明へ』(本の泉社、2013)等多数。

 ★バンクーバー、トロント、モントリオールの9条の会が横につながり、大きな「カナダ9条の会」という枠組みで、日本やその他の国に住むメンバーも含め、日々意見・情報交換をしてきましたが、コロナの影響で活動はオンライン中心となりました。2021年から、不定期となりますが誰にでも参加してもらえるズーム講演会シリーズを企画しようということになり、これが第一回となります。

Monday, February 01, 2021

「徴用工問題は“解決済み”ではありません。今こそ被害者の人権と尊厳の回復を求めます」署名運動に協力ください。Please sign on to the petition: The Forced Labour Issue Has NOT Been “Already Settled.” We Demand Restoration of Human Rights and Dignity for the Victims.

新年のご挨拶もしないままに2月になってしまいました。「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」と言われていますが1月は「徴用工問題」についての声明・請願を準備するなどで忙しくしていました。日本では、植民地支配下で強制動員され人権を侵害された「徴用工」「女子勤労挺身隊員」、「日本軍『慰安婦』」制度被害者が日本企業や政府を相手どって賠償の訴えを起こした訴訟に対し韓国の裁判所が日本企業、政府に賠償を命じる判決を下していることに対し、政府もメディアもこぞって「国際法違反だ」「反日だ」「日韓関係を傷つける」と繰り返し、一般市民の意見もそれらの体制側の連呼によってかなり影響を受けてしまっていることに深い懸念を抱きます。日本の多くの人たちは、広島や長崎の原爆投下、各地の空襲、沖縄戦の被害者など、戦争の民間人被害者に対しては心を寄せるのに、同様に大日本帝国が行った戦争や植民地支配に被害を受けた強制動員の被害者に対してどうしてここまで冷淡になれるのか、その二重基準を問いたいと思います。昨秋から、同じ問題意識を共有している、元秋田大学教員の勝守真さんと、東京都立大教員の石川求さんと一緒に声明・請願を用意し、1月31日に、Change.org で署名運動を開始しました。呼びかけ人87人(2月2日現在)とともに広く呼びかけます。みなさん、署名をお願いします。

徴用工問題は“解決済み”ではありません。今こそ被害者の人権と尊厳の回復を求めます。

文面、呼びかけ人リスト、署名はこちらから→http://chng.it/mhFWr9r9YS

この運動の呼びかけをしている間に、「不二越強制連行・強制労働訴訟を支援する北陸連絡会」の中川美由紀さん(上記署名運動の呼びかけ人の一人)から会のニュースレター「北陸連絡会ニュース」2021年1月号が送られてきました。その中に掲載されていた村山和弘さんの寄稿が、自分にとっても、戦争責任・植民地支配責任を担う平和運動全体にとっても、大きな示唆を与えてくれる一文と思い、許可をいただいて以下に転載します。

今年も不規則ながらこのブログを更新していきますのでどうかよろしくお願いします。

ピース・フィロソフィーセンター 乗松聡子 @PeacePhilosophy 


以下、「北陸連絡会ニュース」2021年1月号より転載

2021年、不二越闘争29年 

    侵略と植民地支配の「日本を変える」始まりへ

第一次・不二越訴訟連絡会(植民地支配・強制連行・戦後を考える連絡会事務局長)

村山和弘

 不二越徴用工闘争原告団長の金景錫(キムギョンソク)さんや連絡会代表の李鎮哲(イジンチョル)さんをはじめ、多くの方が亡くなられた。私は当時の記憶を呼び覚まして、記録に残すことが義務だと痛感させられている。

 2年経過したが、韓国大法院徴用工判決は右翼安倍政権にショックを与えた。判決を受けて不二越門前行動を取材に来た記者たちは、連絡会の活動に衝撃を受けていた。旭日旗を掲げた右翼も刺激的だった。真実を知ろうとした記者たちは、韓国のハルモニの声を直接聞きたいと訪韓し、その姿と声をドキュメント番組にした。だが、実際に放映されるまで時間がかかった。多くの苦労があったともれ聞く。日本社会には排外主義の嵐が渦巻いていた。その中でも自粛と忖度を乗り越える勇気が記録映像となり、日本の多くの人々に届けられた。これは、一地方の長い運動が世代を超えて連鎖した成果だった。小さいが大きな意味を持つ、日本社会を変える重要な変化だ。トンネルの出口から、光明が射してきている。

 連絡会の軌跡を記していきたい。


徴用工闘争から見えるー① 今も、植民地国家の中に生きている私たち

1927年(福岡県八幡)監視下の土木作業
 戦争の末期、不二越の労働者8千名が戦場に送られた。その一方、軍需増産の為に韓国の小学生までも次々と富山に連行された。日本全体で、強制連行は100万人に及んだ。それ以前から来ざるを得なかった人を合わせると約200万人以上。日本の敗戦で約130万人が帰国したが、祖国に生活基盤がなくなっている人々など約65万人が日本にとどまった。強制連行した不二越は、「徴用工は用済み」と、彼ら彼女らを放り出した。


天皇「最後の勅令」-差別と抑圧の管理体制-

 GHQの占領政策は「間接」統治であり、日本政府は戦後も戦前勢力の温存を図っていた。本来なら植民地支配下で差別を受けた朝鮮人に謝罪すべき日本国家は、逆に戦前の延長として、朝鮮人を新たな「差別と抑圧」の管理体制下に置いた。1947年5月2日、憲法施行の前日に天皇「最後の勅令」を発し、日本に居る朝鮮人を一方的に外国人とした。そして5月3日、憲法施行によって大日本帝国「臣民」を、日本の「国民」とした。日本国憲法の特徴は、「国民主権」と述べず、第一章「天皇は『国民』の総意」と述べたことにある。こうして朝鮮人には外国人登録証を携帯させ、国籍条項により憲法から排除した。

1945年12月、戦犯25万人を公職追放

 50年、戦犯の追放解除で公職復帰‐レッドパージ‐再武装

 「戦犯追放解除」(岸信介など25万人公職復帰)で戦犯が日本の要職を占めて、現在に至る支配体制を再確立する。レッドパージは、新聞社と労組の活動家を職場から追放した。そして「在日」の民族教育を禁止した。GHQ内の右派は特高警察を仲間とし、民政局(民主化を進め、労働組合の結成を支援)の人々を米国に帰国させて、「赤狩り」の標的とした。

1947.2.1ゼネストは
前日にGHQが中止命令
 朝鮮戦争を神風と喜び、日本経済が復興する一方、「在日」を日本から消すために、「人道」の名で「北送」事業を行った。そして岸信介の暗躍による1965年の日韓条約とベトナム戦争の特需を基に、日本は経済大国となる。戦争で焦土となった過去は幻と思われた。だが高度成長下の日本では、新たな差別と解雇が重なっていた。植民地支配は、実は日本社会の内側を深く侵食していた。差別と分断の社会は、戦後も継続していたのである。



民主化運動 韓国は、昨年一人当たりGDPで日本を越えた。参政権・外国人労働者・難民

 中国は2000年以前に世界第2位の経済大国となり、購買力平価GDPで米国を越えている。安倍政権は、韓国の徴用工判決に対して2019年、経済制裁を行ったが、これは逆に日本を更なる衰退に追いやった。日本の格差拡大は止まらない。1980年代に比して今は10倍も貧困率が大きくなり、格差社会の下で自殺が増えている。外国人労働に頼りながら、移民も難民も受け入れ拒否だ。難民は先進国の収奪が生み出した結果である。日本政府は、彼らを同じ住民・市民とすると「国民意識」「国民優先思想」が崩壊すると恐怖し、排外主義を日本国家として平然と行っている。飢えている人々の救済もやらない。それは崩壊する日本(帝国)の亡霊が政権に居座っているからだ。これらは植民地支配の継続であり、「在日」への「管理」と地方参政権拒否と一体である。小池東京都知事の「関東大震災虐殺犠牲者への追悼文拒否」を許している現実とは何か。私たちは「植民地国家の中に生きている」ということだ。

徴用工闘争から見えるー② 引き裂かれていた徴用工と「在日」が、1992年に再会した!

1996年7月23日 連絡会結成集会
 1992年、不二越徴用工が戦後47年を経て富山に戻って来た。一方で戦後「在日」は、入管闘争・指紋押捺拒否・参政権訴訟を闘ってきた。そして「植民地支配・強制連行・戦後を考える連絡会」(1996年7月)を結成し、地方参政権訴訟原告の李鎮哲さんが共同代表になった。その前夜、元県職労委員長宅に泊まった李鎮哲さんは「労働運動は『在日』にとって大変重要だ」と語り、国籍条項による就労差別の現実を指摘した。また、富山県民団団長は「原告の歓迎交流」を持った。金沢で処刑された尹奉吉(ユンボンギル)義士の独立運動の志は、不二越原告に引き継がれた。

 徴用工闘争は、植民地支配の責任が国と企業だけではなく、日本民衆自身にもあることを私たちに突きつけた。日本の宗主国意識の中に、私たちは生まれた時から無意識に身も心もどっぷりと浸かっている。参政権・国籍条項・就職差別・名前差別も考えないで生きられる。自分が植民地支配を担っている当事者と思わない意識でいる。この植民地主義社会に、私たちは深々と浸かっている。

徴用工闘争から見えるー③ 強制連行被害者に謝罪出来る日本に変える

自分たちを、「檻・桎梏」から自分自身で解放する

 私たちは「虐げられし者の解放」を一般論では語る。だが、日本の私たちは「虐げている国の檻から生まれ育って、今も檻の中で生きている」。

 植民地支配の牢獄を打ち破る韓国の闘いは、民主化運動だった。ろうそく革命と検察改革、今に至る「親日派・積弊清算」が続いている。だが日本の私たちは今も、植民地支配を継続する日本の「檻・桎梏に囚われて」生きている。虐げる側の私たちの前には誰が立っているのだろうか?鎖を解き放つ、この「鎖」とは何だろうか?実は、私たちは自分たちの入っている檻を、徴用工闘争として確実に食い破っていたのだった。門前行動に登場する右翼は、「お前たちは自分で鎖を解こうとしている!やめてくれ!」と叫んでいる。

 門前行動で、警察は「届け出するように」と繰り返す。右翼は「届け出」しているからだ。だが私たちは、力関係を無視した行動はしない。闘いの勝ち取った「門前の闘う空間」を、事実上は永続化したのだった。それは、私たちを縛る「鎖」を、自分たちで解く作業だった。

 国鉄分割民営化(1987年)から総評解体(89年)以後、「連合」は政治課題を取り組まない。確かにそうだ。だが、物事は両面から見るべきだろう。連絡会は、連合傘下の労働組合に呼び掛けてきた。地区労、全農林、教組、自治労、国労…結局は、一人ひとりの課題である。私たちの力量が弱い事を反省的に捉えるべきであり、「労組ダメ」「マスコミダメ」と嘆くのは、「自分はダメ」に等しいことだ。

「1945年10月、日本人と朝鮮人の
政治犯が釈放された」
 憲法には「国籍条項」がある。それは、日本民衆が「国籍差別の担い手」となり屈服している結果である。これらは「現場の闘い次第で小さな穴を開ける」のが可能だ。「法」は「国家暴力」で実現する。現実に生きている民衆には「無数の現場」がある。不二越の門前闘争も「強制連行の現場に開けた風穴の一つ」である。風穴を永続化したら、その風はやがて広がってゆく。こうして時代を変えるのだ。

 もう一つは、私たち「人の命は有限」である。だが闘いや思想は「次に引き継がれる」と考える。私たちは「自分個人の意志」だと思っていても、「時代の一断面」に生きている。「先人の失敗も、生き方も自分につながっている。無数の人が自分を産み出した」のだ。歴史の中で生きる自分を見つけて、「この命を次につなげる」のが「今を生きている自分の命」だ。

尹奉吉義士暗葬の地にて 金景錫さん
 金景錫さんの「強い意志」はどこから来ていたのだろうか?

 炭鉱で死んだ兄の想い。父母や姉と村人の嘆き。無数の民衆の声が地底から金さんを支配した。彼が、拷問で天井に吊るされて瀕死のとき、「貴方は死んではいけない人だ」と必死に看護してくれた日本女性がいた。

 彼にとって日本は、言葉では表せられないほど憎かった。だが、東京に来て徴用工裁判を始めたとき、日本の中にも、必ず「人」はいるはずだと思ったという。彼の「人」には、憎い人と助けてくれた人がいたのだった。金さんは、不二越闘争を共に闘う「人はいるはずだ」と富山に賭けた。そして、徴用工闘争は「朝鮮人と日本人を繋ぐ」「細い細い糸」になった。その後、私たちはこの糸を守っている。日韓の人々が、この糸を大きな歴史にしよう。

<では、私たちはどう考えて進むのか?>

 第一に、安倍政権誕生の背景を考える必要がある。1987年、韓国で軍事政権を倒した民主革命によって、日韓条約体制が揺らぎだした。この後の宮沢政権、河野談話、村山首相談話、小渕-金大中(キムデジュン)宣言。これらは日韓条約体制の部分的修正を含んでいた。

 こうした中で日本会議・右翼勢力が巻き返しに必死になった。そして、岸の孫である安倍晋三が担ぎ出された。安倍政権は戦前回帰の排外主義、朝鮮侵略を想定した戦争法に進んだ。韓国における、朴槿恵(パククネ)を倒したろうそく革命は、安倍政権が作り出したのだった。

 第二に、安倍政権の瓦解について。色んな要素が重なって見えるが、私たちは絡まった糸を解きほぐさなければならない。アベノマスク、相次ぐ腐敗、数えあげればきりがない。だが、何よりも次の点である。

NOアベ集会
2019年8.15ソウル光復節

 2019年、安倍政権は徴用工判決に対する韓国への経済制裁という戦争行為に打って出た。その意図は文在寅(ムンジェイン)政権の退陣にあった。だが、逆に打撃を受けたのは日本だった。昨年、一人あたりGDPは韓国が日本を超えた。更に、コロナに向き合えない安倍政権は次々と打撃を受けた。その打撃は安倍政権だけではなく日本の民衆、そして日本社会全体が根底的に問われるようなものであった。

 第三に、菅政権とは何か。安倍政権の破綻を引き継がされたのが菅政権である。既に、バトンを誰かに渡す過度的政権になっている。コロナによって、もはや安倍の敗戦だけではなく、私たち民衆の敗戦になっていると考える必要がある。

 歴史の岐路に立つ私たち

 今問われているのは、菅政権の帰趨ではない。私たちだ。

 1945年8月には本土決戦を回避して日本帝国は降伏し、米国によって護持された。だが、コロナは国境を越え、本土という概念もない。日本の全ての人々に迫っている。コロナは政治も文明も超える!人類の生存や地球環境、現代経済の根本問題と繋がっている。人類が共同体として存在していることを、私たちに問いかけている。

 コロナは、政治を超える「人類として」の共同課題なのだ。私たちは、1945年と同じ「民衆の敗北」を繰り返してはならない。戦争で生き残った人たちは「命こそ全てだ」と思った。そこには、変わらない太陽と山や川があった。そして人びとは生き延びた。

 徴用工の闘いは、日本の戦争責任を問うと同時に、人はどうあるべきか、「人とは何か」と問いかけた。人間が主人公になる社会・民衆が主人公になる社会は、人間が自然の一部として存在する時代になる。私たちは今まで、それを空想の夢と永遠の彼方に置いてきた。その間に、全てが夢として消え失せようとしている。この危機は、私たちが「イヤだ!」と思っている人びとも含めた、「全ての人びとの存在」の危機だ。

日本の歩んだ150年をとらえ返すとき

 徴用工の闘いは、沖縄の闘い、持続可能なエネルギー、人間らしい労働と生活、環境など、全てと繋がる重要な核心問題である。日本を変えるには、私たちが勝利への強い確信と展望を持つ必要がある。

 連絡会に人生を託して亡くなられた人々の希望を、私たちは夢で終わらせてはならない。今年は、委託された荷物を点検し、記録して、人びとの共有財産にしたいと思う。皆さん、是非とも少しずつご協力をお願いします。


村山和弘(むらやま・かずひろ)

1965年日韓条約反対。不二越大量解雇反対。三一独立記念集会で在日に学ぶ。反原発。1992年不二越訴訟始まる。「植民地支配・強制連行・戦後を考える北陸連絡会」結成。当時の事務局長。

★参考資料
不二越強制連行・強制労働とは

署名サイトはこちら→http://chng.it/mhFWr9r9YS

Tuesday, December 29, 2020

「NHKひろしまタイムライン」差別ツイート問題を振り返る―差別をなくすために Reflecting NHK Hiroshima's Hate Tweets in the "1945 Hiroshima Timeline" Project

このブログを開設して14年になります。今年もお世話になりました。

最後は、「1945ひろしまタイムライン」についてひとまず年末のまとめをしたいと思います。

いままでの投稿をもう一度ここにまとめます。まだの方は読んでください。時間のない人は★がついている投稿だけでいいと思います。

8月23日

8月26日

8月30日

9月7日

9月24日

10月2日

10月4日に広島でシンポジウム「NHKひろしまタイムラインと広島の民族差別の現在」を行いました。共同通信、朝日新聞、中国新聞、東京新聞などに取り上げられました。

10月5日にNHK広島局に直接抗議と署名を手渡しました。


10月5日 NHK広島放送局前にて 仲間たちと

10月6日

その後、10月29日、長崎原爆の被爆者で、日本被団協役員の田中煕巳(たなか・てるみ)さんにも抗議文への連名をいただきました。連名・署名いただいた328名のみなさんに感謝します。

NHKは結局居直りの姿勢を正すことはありませんでした。

私は琉球新報に連載しているコラムにもこの件について書きました。

11月10日
(ウェブ上では全文を読めません。読みたい方は連絡ください)

そしてその差別ツイート内容に、広島の法務局がお墨付きを与える結果となります。

12月11日午後7時から、NHKは広島のローカル番組で、「1945ひろしまタイムラインー戦後編」を放送しました。私も録画していた友人の助けで観ることができました。一つ、少し意外だったのは、差別ツイートに殺到した批判について無視する選択肢もあったであろうに、「差別を助長しているのではないかとのご批判を多数いただきました」と認めたことです。釈明についてはHPで言っている内容と同じでしたが、HP上や、マスコミの取材に応じてではなく、NHKが自らの番組で、差別助長との批判を多く受けたことを認めたのは初めてであったと思います。

番組では一人の在日朝鮮人被爆者・李鐘根さんにスポットライトを当て、その人が受けた差別の証言などがありました。これは重要な部分であったとは思いますが、このツイートに抗議した在日朝鮮・韓国人の人たちや、民団・総連という当事者団体からの抗議については一切触れることはありませんでした。

また、この番組でNHKは重大な過誤を犯しました。一連の差別助長ツイートの内容は、モデルとなった新井俊一郎氏の当時の日記にはなかったことが判明しているのに、「日記をもとに」とナレーションし、また批判があったことを説明する中で、「戦争の時代に、当時の中学一年生が見聞きしたこと」と言い切っているのです。このツイートの内容については、この投稿を見てもらえればわかりますが、新井氏の当時の日記ではなく、21世紀になってから著した手記に突然出てくる内容です。これをNHKは、知っていながら、当時新井氏が書いた日記にあったかの如く番組の中で言ったのです。この問題について、ツイートや報道に対し、ネットではヘイト的なコメントが集中しましたが(たとえばこのヤフーニュースに掲載された共同通信の記事。これらの悪意に満ちたコメントの数々こそが、差別助長の証拠でした)、その中でも多かったのは「本当にあったことなんだから書いて何が悪い!」という開き直りでした。NHKは番組の中で、「日記にあった」という誤りを補強するような言い方で、そういった開き直りに自ら加担しているようにも見えました。

共同通信は12月22日、こう報じました。

民団などが起こした人権救済申し立てに対し、広島法務局は22日「侵犯の事実があったとまでは判断できない」と回答したといいます。

当事者が「差別だ」と言っているのに、「差別ではない」と言ってしまえる神経がわかりません。多分、差別を受けたこともない、差別を受ける側の気持ちをわかろうとしたことのない人たちが下した判断でしょう。これも「戦後」75年、「ヒロシマ」発の「もう一つの公的ヘイト」と言えると思います。

NHKは、当初の予定通り、年末を持ってこのプロジェクトを終了し、アカウントもHPも閉じる予定ということです(8月1-15日の分だけは21年3月末まで掲載すると)。


12月28日「シュン」ツイッターアカウントのスクリーンショット


「ひろしまタイムライン」のヘイトツイートも、抗議を受けて居直りHPに再掲載したNHKの姿勢も、この件に多くが関心を示さなかった日本の「平和」「反核」運動社会も、民団の訴えを却下した広島法務局も、戦争の終盤に受けた被害だけを伝え、植民地支配や侵略戦争への責任から目を背ける「国際平和都市」ヒロシマの欺瞞を象徴する現象だったと思います。

そんな中、関心を持ち、一緒に怒り、連名してれた人たち、声をあげた人たちの存在に希望を見出します。また、10月4日のシンポジウムに「タイムライン」関係者とおぼしき人が複数来ていたことからも、関係者の中にも、この件に心を痛め、ツイート内容を削除したいと思っていた人たちが少なくないのではないかと察せられます。また、この問題の報道に及び腰だったメディアにも、現場の記者はしっかり報道したいのに、重圧を受けていたのではないかと思われる気配もありました。

そのような、見え隠れする良心にも、新たな年への期待と希望を見出したいと思います。NHK広島局の責任者も、本当は間違ったことをしたとわかってはいながら、ただの面子や意地で居直っていたのかもしれません。内心はどうあれ、差別を放置したことは許せません。内情はわかりませんが、その人たちが、少しでも、自らを振り返る機会を持ち、日本に残存する植民地主義や差別をなくしていくよう今後は意識して努力することを願います。

NHKの差別ツイートの被害者・当事者である在日朝鮮人・韓国人の方々には、反対運動がこの問題を解決に導くことができなかったことを、お詫びしたいと思います。この問題に引き続き取り組みつつ、朝鮮学校差別、ヘイトスピーチ、日本軍「慰安婦」や強制動員などの歴史否定など、取り組まなければいけない差別、なくさなければいけない差別はたくさんあります。これからも頑張っていく、としか言えない自分が情けないですが、新年に向けて決意を新たにしたいと思います。

このたび、「在日差別をなくす会」という会を仲間と作りました。広島・福山市のクリニックで在日朝鮮人のYさんが受けた差別についても、医師は謝罪しながらも自分の行為が差別であったことに向き合っておらず、さらに福山市側にも被害者に重圧をかけるような行為がありました(経緯については7月29日8月6日8月25日9月11日 の投稿を順番に呼んでください)。いまだ、被害者にとって解決した・再発防止策がなされたとの安心感を得ることからは程遠い状態です。この問題が長引いてしまったのは、頼るべきではなかった団体に支援を頼んでしまったこともありました。しかしすべては教訓です。この福山市の民族差別事件をはじめとし、在日の差別をなくしていくための会をあらためて作り、新年の取り組みに備えたいと思っています。

「在日差別をなくす会」に関心のある方は連絡ください。コロナで大変な日々ですが、どうかよい年末・年始をお迎えください。

@PeacePhilosophy 乗松聡子

Wednesday, December 16, 2020

南京大虐殺を記憶する日に―済州島の友たちへのメッセージ 제주의 친구들에게 보내는 연대의 메시지 A Solidarity Message to My Friends in Jeju

 Below is my solidarity message to the friends of Jeju Island, Korea, who held the annual gathering to remember the victims of the Nanjing Massacre, at former Alddreau Airfield on December 13. 

12月13日は「南京大虐殺を記憶する日」でした。新型コロナウィルスで戦争記憶の集会なども中止や縮小が相次ぐ中、韓国の済州島では、南京大虐殺83年を記憶し、被害者を追悼する集会が、元日本海軍のアルドゥル飛行場の格納庫前で行われました。1937年8月15日から始まった南京空爆の起点の一つであった場所です。過去2年、カナダから連帯メッセージを送りましたが、今年は、日本にいたため、日本からのメッセージとなりました。英語で送ったメッセージを韓国語で読んでもらった映像がここにあります。動画の下に英語版、韓国語版が続きます。英語版には日本語対訳をつけました。




A Solidarity Message to my friends in Jeju  済州島の友たちへ This December marks the 83rd anniversary of the Nanjing Massacre, in which hundreds of thousands of Chinese POWs and civilians were unlawfully and brutally massacred, raped, and deprived, for weeks and months from the beginning of December 1937 till around the end of March 1938 under the occupation of the Imperial Japanese Army. この12月は南京大虐殺の83周年です。南京は大日本帝国軍の占領下、1937年12月から翌年の38年の3月にわたり、何十万もの中国の捕虜や民間人が違法に、かつ残虐に、殺害され、強姦され、略奪の被害を受けました。
In Japan, there have been many commemorations, TV programs and publications to mark the 75th anniversary of the end of the Asia-Pacific War and WWII, but most of them focus on the last stage of the war where people in Japan suffered from the aerial bombings of the country including the atomic bombing of Hiroshima and Nagasaki. People in Japan remember August 6 and 9. Then August 15, the “end of the war” anniversary in which Emperor Hirohito announced his surrender to the Allied Nations on the public radio in Japan. 日本では、アジア太平洋戦争と第二次世界大戦終結75周年を記憶するさまざまな催しがあり、テレビ番組や出版物も多くありましたが、それらのほとんどは、広島長崎の原爆投下を含む、戦争の末期に主に日本の人々が受けた被害に焦点を当てたものでした。
That’s it. Beyond “August 15,” they don’t think about the war any more and just move on with their lives. This is the war memory of the vast majority in Japan, lacking any critical reflection on the over seven decades of colonial rule and imperial expansion of the Empire of Japan against its fellow Asian countries. そして、それで終わってしまうのです。「8月15日」以降は、戦争のことを忘れてしまい日常に戻ってしまうのです。これが大半の日本人の戦争記憶であり、70年余にわたり同じアジアの国々に対し植民地支配と帝国主義的拡大を行った大日本帝国を批判的に振り返ることはありません。

In fact, “August 15” has another significance that most Japanese people don’t know. On August 15, 1937, twenty Mitsubishi G3M bombers (九六式陸上攻撃機)of the Imperial Japanese Navy left the Omura Airfield in Nagasaki, crossed the East China Sea, and attacked Nanjing. According to military historian Maeda Tetsuo, it was the first of such “cross-ocean bombing mission” ever conducted in human history. It was very ironical that Nagasaki, eight years later, became the target of the “cross-ocean bombing mission” conducted by the United States, which was the atomic bombing of the city. 「8月15日」はほとんどの日本人が知らないであろう別の意味もあります。1937年8月15日、日本海軍の20機の九六式陸上攻撃機が長崎の大村海軍航空隊基地から飛び立ち、東シナ海を渡って南京を爆撃しました。軍事評論家の前田哲男氏によると、これが人類史上の「渡洋爆撃」だったということです。この8年後に、長崎が米国によって行われた渡洋爆撃」、つまり原爆投下の標的になったのは大変皮肉と言える出来事でした。

Again, people in Nagasaki remember August 9 and their suffering from the atomic bomb, but hardly ever remember that Nagasaki was the launching point of the Japanese aggression against Nanjing, months prior to the well-known Nanjing Massacre. People of Jeju have been holding annual memorials for the victims of the Nanjing Massacre just because Alddreu Airfield was also used for the Japanese aerial attacks against Nanjing. Korean people were victims of the Japanese colonial rule then and bore no responsibility for the Japanese war atrocities, but the people of Jeju in the current time still feel their moral obligation to remember the massacre. 上で述べたように、長崎の人も、原爆による被害と原爆投下日の8月9日のことは記憶していますが、よく知られている南京大虐殺が起こる数か月前から始まっていた、日本軍による南京攻撃の起点であったということを記憶する人はほとんどいません。済州島の人たちは、アルドゥル飛行場も日本軍による南京攻撃に使われたことから、毎年南京大虐殺の被害者を追悼する集会を開いています。そもそも韓国人は日本の植民地支配の被害者だったわけですから、日本の戦争犯罪に対し何の責任もありません。それなのに、現在の済州島の人たちが、この大虐殺事件を記憶する道徳的責任を感じているのです。
I think people in Nagasaki, and all across Japan, should humbly learn from this example of highest moral practice. You have my highest respect. I wish I were in Jeju with you to commemorate the 83rd anniversary together. Instead, allow me to extend my heart, and send my sincere solidarity message from Tokyo, across the East Sea, to Jeju Island. 長崎、そして日本全土の人々は、この最も高潔な行為から謙虚に学ぶべきと思います。私はみなさんに最大の敬意を表したいです。この83年の記念日を、済州島でみなさんと共に迎えることができたらどんなによかったかと思います。しかしそれはできないので、替りに、東海を超えてみなさんに思いを馳せ、心からの連帯のメッセージを送りたいと思います。 December 6, 2020 Satoko Oka Norimatsu  乗松(岡)聡子 Director, Peace Philosophy Centre ピース・フィロソフィーセンター代表 Vancouver, BC, Canada カナダBC州 バンクーバー (Currently in Tokyo, Japan 現在は日本の東京にて)


제주의 친구들에게 보내는 연대의 메시지 올해 12월은 난징대학살 83주년이 됩니다. 중국의 전쟁포로들과 민간인들 수십만 명이 1937년 12월부터 몇 주에서 몇 달간 불법적이고 잔인하게 학살되고, 강간당하고, 삶을 박탈당해야 했습니다. 이 대학살은 일본 천황군의 점령하에서 1938년 3월까지 이어졌습니다. 일본에서는 아시아-태평양전쟁 그리고 제2차 세계대전의 종전 75주년을 기념하여 많은 추모행사가 진행되었고, 텔레비전 방송 프로그램과 출판물이 제작되었습니다. 하지만 이들 대부분은 나가사키와 히로시마 등 전쟁 말기 일본인들이 공중폭격을 당해 고통스러워 하던 모습에만 초점을 맞췄습니다. 일본인들은 1945년 8월 6일과 8월 9일을 기억합니다. 그리고 8월 15일을 히로히토 천황이 연합군에 일본 공중파 라디오를 통해 항복을 선언한 ‘종전일’로 기억합니다. 그게 전부입니다. ‘8월 15일’을 넘어서서 일본인들은 더 이상 전쟁을 생각하지 않습니다. 그리고는 그저 자신의 삶을 살기 바쁩니다. 이게 거의 대다수 일본인들이 전쟁을 기억하는 방식입니다. 전쟁 전 70년간 동료 아시아인들을 통치하며 아시아에서 확장해나갔던 일본 제국주의 지배에 대한 비판적 고찰은 일본에서 매우 부족합니다. 사실 ‘8월 15일’은 대부분 일본인들은 잘 모르지만 또 다른 면에서 큰 의미가 있습니다. 1937년 8월 15일 일제 해군 소속의 미쯔비시 G3M 폭격기가 나가사키 오무라 기지에서 출발해 동지나해를 지나 난징을 폭격하였습니다. 군역사 전문가 마에다 테츠오 씨에 따르면 인류 역사상 이 폭격이 처음으로 대양을 횡단해 이뤄진 폭격이었다고 합니다. 이율배반적이게도 나가사키는 그로부터 8년 후 미국에 의한 ‘대양 횡단 폭격’의 목표지점이 되어버립니다. 그것은 원자폭탄의 투하였지요. 나가사키 시민들은 8월 9일의 원폭 투하와 그로 인한 고통을 기억합니다. 하지만 나가사키에서 난징에 대한 일제의 폭격이 시작되었다는 사실을 기억하는 이는 거의 없습니다. 난징에 대한 폭격이 있은지 몇 달 후 잘 알려진 난징대학살이 일어났지요. 제주 사람들은 알뜨르비행장이 일제에 의한 난징 폭격에 사용되었기 때문에 난징학살의 희생자들을 추모하며 매년 추모행사를 열어오고 있습니다. 한국 사람들 역시 일본 식민지배의 희생자였고, 일본이 저지른 전쟁범죄에 대한 책임이 없었음에도 제주 사람들은 여전히 난징대학살을 기억하며 도덕적 의무를 잊지 않으려 합니다. 제 생각에 나가사키 시민들과 나아가 전 일본인들이 이와 같은 높은 도덕적 책무에서 교훈을 얻어야 한다고 봅니다. 여러분들을 저는 매우 깊이 존경합니다. 제주에 가서 저도 여러분들과 함께 난징대학살 83주년을 기억할 수 있다면 얼마나 좋을까요. 그대신 저의 마음만을 받아주시기 바랍니다. 그리고 일본 도쿄에서부터 동해를 건너 제주에 이르는 제 신실한 연대의 메시지를 받아주시기 바랍니다. 2020년 12월 13일 사토코 오카 노리마츠 평화철학센터 소장 캐나다 밴쿠버 (현재 일본 도쿄 거주)

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