In Textbook Fight, Japan Leaders Seek to Recast History
教科書闘争で、歴史の書き換えを狙う日本の指導者たち
マーティン・ファクラー MARTIN FACKLER
2013年 12月28日
沖縄県竹富町 発
安倍晋三首相の保守内閣は、よりナショナリスティックな色彩をおおっぴらにして、計画的行動に着手しはじめた。それは、評論家たちが戦後の平和主義からこの国を遠ざけると危惧する問題に関わる。すなわち、日本の学校教科書に、より愛国的な色合いを加えようというものである。
木曜日[12月26日]に安倍氏は、第2次大戦で戦犯となった者たちを含む戦死者を祀る神社への参拝を行った。それにくらべると、この歴史教科書改訂の提案にたいする海外からの抗議の声は少ない。しかしながら、安倍氏の支持者たちが子供たちにより強い愛国心を教えるため変化が必要であると論じた。その一方、自由主義者たちは、この改訂は戦後数十年にわたり日本を平和的に保つのに力のあった反戦メッセージを弱めることになると警告している。
「首相は自身の政治的支持母体からの圧力を受けている。この一派は、首相がより明白で強力な右派的政治行動[靖国神社参拝のこと=高嶋注]を実行していないとして、裏切られた思いでいるのです。」沖縄県にある琉球大・名誉教授で、教科書問題に関する政治的動きを研究してきた高嶋伸欣氏は語る。「安倍氏にとっては、より確固とした国家主義の姿勢を示すことができて、超保守主義者たちの不満をなだめられる唯一の場所が、いまでは学校教育だけということになっているのです」と。
[*ここのコメントの意味については、文末の「解説」を参照して下さい(高嶋)]
安倍氏と国家主義者たちは、国としての誇りを回復するには教育システムの改革が必要だと長い間主張してきた。戦時中の日本の行動について、過度に否定的と彼らの呼ぶ見方[訳注:日本語では「自虐史観」]を何十年にもわたり教えられて、誇りが危うくなっている、というのだ。
今回の教育改革への取り組みはゆっくりと始まった。しかし、最近の数週間では急展開をしている。
[2013年]10月、安倍内閣の文科相はここ竹富町の教育委員会にたいし、彼らが一度否決した保守的教科書の採択を命じた。政府がこのような要求をするのは初めてのことである。11月、文科省は教科書検定の新たな基準を提案し、そのまま決定されるものと思われている。これは第2次大戦期の歴史にたいする国家主義的史観の記述を教科書に明記するよう要求しているものである。
今月[12月]になると、政府任命の中央教育審議会が、教育にさらに直接的な政治介入をもたらす改革を提案した。これは市長たち首長を地域の公教育の責任者とするもので、反対派にいわせれば教科書採択にたいする政治的介入を容易にする動きである。またほんの数日前、文科省の教科書検定審議会が愛国心を強調しないような教科書は検定で合格させないようにとの、すでに提案されている新基準の強化を承認する答申を決定した。
これらの動きは、日本の領土に関する主張や地域における強大勢力としての立場に、中国が直接的な挑発行為を行い、増強しつつある自国の力を誇示するのに合わせて起こされている。教育上の改革提案は、両国の国家主義者たちがこれまでに推し進めてきた自尊意識や、時と共に強まったアジア最強の二国間の敵愾心による緊張の高まりから危惧されていることの、最新の動きの一つでもある。
歴史問題はまた、当初は超右翼的な政策よりも経済政策に集中してきた安倍氏にとって、政治上のさらなる危機をもたらすものともなりかねない。
最近、秘密保護法案を可決したことで、安倍首相はすでに支持率の低下に直面しており、日本の報道機関のなかには戦時中の検閲・治安維持法への逆向と批判する声もある。2007年、在職わずか一年たらずで政権の座を退いたときも教科書問題がその一因となった。このときは、沖縄戦での住民の集団自決は軍部が強制したものだという記述を、安倍内閣が削除しようとしたのである。
しかしながらいまのところ、これら一連の取り組みは一般からの強い反発を受けていない。これは日本にたいし示される中国のより鮮明な対決的姿勢への懸念増加を反映したものだ、と教育関係者は言う。
愛国心教育を永年提唱してきた下村博文文科相により提案された新しい検定基準では、小中高校課程の教科書で論議の的となっている歴史事実に関し、「バランスのとれた叙述」をするよう求めている。
記者会見の際の複数の文科省官僚の説明によると、この要求で、具体的には論議の的になってきた2件の記述について国家主義的学者の見解を盛り込むことが要求されるだろう。ひとつは1937年の南京大虐殺において日本軍に殺された中国民間人の死者数が30万人とする中国政府の見解についてで、多くの日本人学者がこの数字は大幅な誇張とみなしている。
さらに歴史教科書は以下の記述を要求されることになろだろう。すなわち、朝鮮その他諸国出身のいわゆる慰安婦たちが日本軍兵士への性的奉仕を日本軍により強制されたかについては、いまだに論争があるとする記述である。しかしながら、日本以外のほとんどの国の歴史家たちは、軍の協力なしに売春宿の経営ができたはずはないと語っている。
さらに今回の検定基準の改訂案では曖昧な表現が使用されている。これは、さらなる拡大解釈を可能にする怖れがあると、教育関係者たちは懸念している。
これらの改革は国家主義者たちが何年にもわたり試みてきたものであり、安倍氏自身も長期にわたり支援してきている。彼らは教科書から日本の戦時の行動のネガティブな記述を削除しようとしてきた。こうした教科書の改訂に反対する者たちは、彼らが新しい戦略を身につけるようになってきたと指摘する。それは国政レベルでは何度も失敗してきた教科書に関する改革を、地方行政レベルで強行しようということなのだ。
八つの小島で構成される町、竹富町は水牛の曳く牛車と穏やかな珊瑚礁で有名だが、この対決では最大の爆発地点(グラウンド・ゼロ)になりつつある。
問題は2年前にさかのぼる。隣接する石垣島で保守派市長が選出され、彼が新たに任命した地元教育委員会の教育長が、右派系出版社による社会科教科書を中学3年用に採用した。教科書採択では共同採択でこの地区に所属している竹富町は、即座にこの教科書の採択を拒否した。教師たちの言うところでは、この教科書はあまりにも歴史修正主義的で、反戦平和の日本国憲法は、日本を弱国としておきたい連合国占領者たちによって押付けられた外来文書だとする描写もある。
安倍首相は、戦後策定の日本国憲法の全面改訂を政治家としての生涯の目標としている。
竹富町の教育委員会は、今年の3年生32名は現在使用中の教科書を使い続けることを議決した。この教科書は、現行憲法とそれが擁護する平和メッセージを価値あるものとして称えている。
当初、政府はこの静かな反乱を無視していた。しかし、安倍氏の自民党政府が2012年に復権していらい、評論家たちの見るところ、彼の政府構成員たちは、教育のなかにある異常な左翼的傾向と彼らがみなすものに対するゆり戻しの事例として、竹富町をみせしめにする決意を固めていったように見える。
これまでのところ、竹富町は採択地区の申し合わせに従えという中央政府の要求を拒否している。竹富町の慶田盛安三(けだもり あんぞう)教育長は、自分の世代が苦い体験から学んだ戦争を憎むこころを、保守派の教科書では子供たちに教えることはできない、と言う。沖縄戦では、日本軍兵士からマラリアの巣窟であるジャングルへの逃避行を強制され、何百人という竹富町の人々が死んだ。
72歳の慶田盛氏は、マラリアの高熱で震えながら死ぬ級友を看取ったことを覚えており、「私たちには、未来の世代に戦争の恐ろしさを教える義務がある」と語る。
慶田盛氏と地元教育者たちは、安倍政権の右派メンバーが象徴的な政治上の勝利をあげようとして、長らく反戦平和の拠点となってきた沖縄県内の小さな一角にすぎない竹富町をターゲットにしていると言う。与党のメンバーは竹富町は採択地区の決定に従うことを拒否し法律に違反しており、左翼の教育組合に率いられた竹富町今日委員会こそがイデオロギー色の強い政策を押し付けていると反論している。
「これは軍国主義への回帰ではなく、アメリカ合衆国やその他の国々では当たり前の愛国心を教えるにすぎません」と、与党の国会議員、義家弘介(よしいえ ひろゆき)氏は述べた。
各自治体の教育委員会の最終的決定権者を市長など首長たちにする改革案は、批評家たちに言わせると、竹富町を屈服させるためのもくろみのひとつだが、さらに大きは政治的計画と評論家が見ている制度にも効果を発揮する。地元指導者の首長たちを組織的に動かせば、現在までは不振つづきの国家主義的教科書を、国家主義者たちによって採択できる状況に変えられる、と彼らは言う。
文科省によれば、この地区が選んだ保守派の出版社である育鵬社の教科書は中学1年生から3年生までが全国で使用する250万部の歴史・社会教科書のわずか4%にすぎない。対照的に、竹富町が使用する反戦平和の教科書の出版社、東京書籍は、全国で使用される学校教科書の半数以上を供給している。
沖縄県教職員組合の前委員長、大浜敏夫氏は「保守党員たちは竹富町を、他の地区に育鵬社教科書を押し付ける際のマニュアルとして使いたいのだ」と述べた。
竹富町教育長・慶田盛氏は、町は政府との長引く対決をやり抜くには資力など十分ではないと言ったが、彼は屈服はしないと誓った。
「なぜ彼らは僕たちを放っておけないのだろう」と彼は言う。「自分たちの地域の子供たちに平和の価値を教えたいだけなのに」と。
監修:高嶋伸欣 翻訳:伊吹由歌子
<解説>
安倍首相は、靖国参拝を公約にすることで自民党総裁に当選し、さらに総選挙や参議院議員選挙でも同じ公約を掲げることで保守派の支援を得て、現在の強固な政治的態勢を確立できた。しかし、国際的な状況から4月の春の例大祭では靖国神社参拝には踏み切れなかった。そのため党内外の保守勢力から「裏切り」とまで責め立てられ事態になった。その不満をなだめるために、ほぼ同じ顔ぶれの党内勢力が以前から要求していた「4・28主権回復記念式典」を政府主催で突如実施するということにした。しかし、沖縄側から予想外の反発を招き、天皇・皇后は出席するだけの晒し者にしたことで、保守派からも批判される始末となった。 その後、靖国参拝は8・15でも実行できなかった。また秋の例大祭でも実行は難しいとの見通しだった。このため、党内外の保守派の「裏切り」批判は強まり続けていた。そこで、安倍首相はさらなる「なだめ策」に踏み切る必要に迫られていた。そこで浮上してきたのが、4.28式典の場合と同様に、ほぼ同じ顔ぶれの議員が揃っている教育再生実行本部による歴史修正主義の教科書「改革」公約の実施だった。安倍首相自身も第一次政権で教育基本法を全面改定した実績を誇る意識を持ち続けているので、教育再生実行政策の遂行に積極的であったし、それが保守派からの批判解消に役立つのであればなおさら好都合と判断した、と考えられる。それに、教育への政治的介入の強化以外には、保守派による「裏切り」批判をなだめる効果的な方策は、浮かばない状況だった。そのことは、本来は2015年度の高校歴史教科書の検定に間に合わせれば良いはずの検定基準見直しを、2014年度の中学教科書検定から適用するとして、強引にことを進めている不自然によっても裏付けられている。
このような無理を重ねていたものの、安倍首相は12月26日に靖国神社参拝を実行した。その結果、圧力を加えていた保守派や安倍首相の予想を超えた批判の嵐に、安倍政権は晒されている。その一方で、竹富町は不当な圧力に屈しない存在として高く評価され、国際的にも注目される存在であることを、NYタイムスが広く世界中に知らせることになった。 この記事は、人口4000人の小自治体さえも説得、屈服させられない程に安倍政権の歴史修正主義による政策が歪んだものであることを、描きだしている。 (文責・高嶋伸欣)
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