「311」6周年です。琉球大学名誉教授の矢ケ崎克馬氏が、3月11日、那覇市立牧志駅前ほしぞら公民館で行った講演の内容を紹介します。これと同様の内容の記事が、『琉球新報』文化面で、3月9日、10日2回にわたって連載されました。
原発事故6年経過に当たって
矢ケ崎克馬
原発事故以来6年。故郷の復興は被災者にとって切実な願いです。現在「原子力緊急事態宣言」が解かれない(高線量である)まま「復興」「帰還」が進められています。「避難指示解除区域」「居住制限区域」等が次々と解除され、指示区域外避難者(自主避難者)の避難を保証する住宅無償提供がこの3月で打ち切られます。復興のために放射能について語ることを「風評被害」とし、「食べて応援(農水省)」の大合唱が行われています。反面、放射能による健康被害は公的データとしては「一切ない」ことにされています。
この6年間の事故関連の事態の進み方をどのようにとらえるべきでしょうか?
事実を正直に伝え、「一人一人を大切にする」民主主義の政治・行政がどのように展開したでしょうか?
避難者のみなさんへ
避難者の皆さん
お元気ですか?
もうすぐ3.11六周年です。
皆さん、
たくさん苦労されましたね。
良く頑張りましたね。
本当にお疲れ様でした。
女性を中心として「命を守るため」の避難行動が、日本を変える力を育てつつあります。勿論男性も同じです。
政治的系列に従うのではなく、市民本位の新しいタイプの市民運動が生まれました。例えば毎週金曜日行動など、今も継続しています。オールXXというような課題に応じた市民中心の組織も生まれました。政策で一致する野党連合もつい最近35年ぶりに活力を取り戻しました。
自分の意志を自分で決める、新しい日本を導く原動力が働くから貴重です。
スピーディー(注:SPEEDI=緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)を隠し、安定ヨウ素剤の投与を「パニックを招く」と中止し、「ただちに健康被害は出ません」、「100ミリシーベルト以下は、健康被害はありせん」、「100ベクレル/キログラムは安全です」等々と、避難させまいとする保革勢力の大合唱の中を、皆さんは避難を毅然として決意しました。
命を守るために自らがきっちりと結論を出し、避難に踏み切ったのです。
これはものすごい決断でした。いろいろなしがらみや経済事情や意見の不一致などがありました。
生活基盤を投げ捨てなければならなかった。家族も友達も地域も、絆を断ち切らなければならなかった。
そんな状況で命を守ることをしなければならなかった。それを自らの力でやり切った。その状況の中での決断の勇気に敬意を称します。命を守るための選択を自らの意志として決めたのです。
日本の夜明けを呼び覚ます本当に価値ある決断だったと思います。特に女性にとって周囲を押し切って行動する障壁はとても高かったと思います。女性の社会的地位をジェンダーギャップ指数に見ると、144ヶ国中、日本は111位です。この環境の中で良くやり切ったものです。
残留された方々も耐え難い苦渋をなめられたと思います。国が、「出費のかさむ避難」は許そうとしないで、年間20ミリシーベルトまでの重汚染地域内に留めた人々の内部被曝軽減の措置もしませんでした。
代わりに「安全」大合唱と「科学的に100ミリシーべルト以下は被害が無い」と、ICRP(国際放射線防護委員会)さえ言わない嘘まで大宣伝。「風評被害:放射能を語ること」を社会的に禁止してしまいました。
国が行う「国の都合の良い」支配に従うことは多くの苦痛を生みます。健康被害も生活維持も自己責任とされる中で、避難の願望も「絆」で覆われ、避難した人たちとの軋轢も生まれました。
今「帰還」「復興」の掛け声の中で長期的な被曝がますます気になります。
住民同士の「ぬちどぅ宝」の共通理解を作り出しながら、支え合う生き方ができ、国の棄民策を排除する力を作り上げる課題が残ります。
フクシマは「知られざる核戦争(矢ヶ崎克馬命名。核の被害隠しのために権力が民衆に対して行う戦争のこと:欧州放射線リスク委員会によれば7千万人の犠牲者が隠蔽されている)」の戦争遂行の真っただ中です。政治権力が住民の「大地を守る」「故郷を守る」悲願を利用して、「核の被害隠し」の核戦争を強行しています。棄民そのもの。その様相は「大東亜戦争」遂行の社会再現。「革新」政党と呼ばれている政党すら放射能能公害には目をつむり一言も言及しません。報道陣の統制も徹底されています。「復興」「風評被害」「食べて応援」一辺倒。まさに挙国一致です。昔の「お国の為に命を捧げます」は、今は「復興の為に犠牲はやむを得ない」。人と人が支え合う『絆』は、弱音監視、異端の排除に道を開きます。戦争のできる美しい国、国に従う美しい民を作り出すのが「知られざる核戦争」の目標であり成果なのです。
そんな中で、住民は命を守らなければならないのです。その願いを捨てさせてしまえばまさに「大東亜戦争の再現」です。
美しい故郷。懐かしいふるさと。
帰りたい。でも帰れない。
耐え抜いて、生き抜いて、ちゃんと人権を主張して。
棄民政策を打ち破るしかない。
逞しくいきましょう。
健康被害とそれを認知させまいとする政治
放射能についての基本的視点に絞り6年を振り返りたいと思います。
ーー放射能の影響としての健康被害はなかったのか?(事実確認)
「ただちに健康への影響は出ません」、「100ミリシーベルト以下の健康被害は他の健康被害に隠されてしまい、認められていません」等々の大宣伝がなされました。本当でしょうか?
(A)小児甲状腺がん
まず、福島県の小児甲状腺がんについて検討します。2017年2月20日に公表された最新の福島県民健康調査報告書によるとがん罹患者は合計184人になりました。
相変わらず「事故との関係は認められていません」という見解が発表されています。事故との関係はないという見解にはいくつかの理由が挙げられています。
①「潜伏期間が短すぎる」
米国立科学アカデミーによれば、小児甲状腺がんの最短潜伏期間は1年とされます。潜伏期間が4年としても半数は4年より短期で確率的に現れるものです。福島県内の小児甲状腺がんの発生は決して短過ぎることはありません。
②「チェルノブイリとフクシマでは被曝線量が違い過ぎる」
日本では放射線医学総合研究所が行った空間線量率測定用の簡易サーベイメータによる、1080 人のデータがもとになっています。この測定方法では科学的に甲状腺被曝線量を測定したとは認められないもので、福島は線量が低いということさえ根拠がありません。ウクライナでは約13 万人の子供が甲状腺の直接測定を受けているのと対照的です。日本では100ミリシーベルト以下は障害が現れないと神話を作り出し、前記のずさんなデータがすべて100ミリシーベルト以下であるのを根拠としています。しかしウクライナの小児甲状腺がんの半数以上(51.3%)が100ミリシーベルト以下であるという事実も、日本の方が被曝線量が低いという根拠を否定しています。
③「スクリーニング効果で普通なら発見されない潜在がん患者を見つけている」
そのように主張した山下俊一氏は自らの調査結果に反する「虚言」を弄しているのです。彼自身の調査によると、チェルノブイリ事故の時に生まれていた小児と、事故後に生まれた小児、それぞれ1万人ほどをスクリーニング調査した結果、甲状腺がんの患者が前者では31人、放射性ヨウ素で被曝していない子供はスクリーニングしても患者はゼロだったことを報告しています(1998年)。この結果は福島のがん患者発見がスクリーニング効果だということを完全に否定しています。
④さらに、性差でも事故の影響を裏付けられます。自然発生の甲状腺がんは女性の方が男性より5倍程度多いのに対してチェルノブイリも福島も2倍以下の比率です。性差について私の解析では、放射線起因要素がおよそ4分の3以上の比率であることが結論付けられます。男女比は放射線によるがん発生であることを裏付けています。
⑤また、世界の学会では福島の甲状腺がんが異常多発であることを認めています。
以上、科学的には事故との関わりが十分示されています。誠実な行政であるならば、予防医学的な観点から日本の全小児を対象に検査と治療を国と企業の責任で行うべきです。
(B)厚労省の疾病別死亡統計
全疾病中2010年以前の経年変化を基準として、2011年以降の死亡数が増加している疾病の数はほぼ40%です。特に精神神経科関係ではアルツハイマー、認知症が著しい増加を示しています(図1)。
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図1 |
脳細胞や神経細胞は新陳代謝の無い組織として知られていますが、放射線に当たり電離(組織の切断)を受け、病状が悪化し死にいたったと理解できます。年あたりの増加率は2015年で28%が予想より増加しています。この事実は事故などの多くの社会現象と関連していると見なせます。厚労省人口動態調査の異常減(年十数万人異常減少)も恐ろしい数値です。
(C)病院患者数の異常増加
患者数の異常増加が各種統計で示されます。日本難病情報センターのデータでは2011年以降患者数は加速的に増加しています。また、東京都の病院患者数はそれ以前に比べて2011年は飛躍的に増加しています。2011年以降の手術数の増加も各種統計で確認されます。
(D)健康が維持できる汚染基準
事故前の食材の汚染状況は米、根菜、牛乳、水がいずれも0.012以下、魚類が0.09(ベクレル/キログラム)です(図2)。
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図2 |
今の流制限基準が100で健康が維持できる基準ではありません。この基準で全国的な健康被害が事故後異常に増加したのです。残念ながら、強度な初期土壌汚染の有った地域の陸・水の産物には今なお広範囲に汚染が認められます。
チェルノブイリ事故では6年経過後に各種の健康被害が急増しています。
「ぬちどぅ宝」を貫くには今後もずっと日常の食材選びが不可欠です。
原子力緊急事態宣言
事故直後に原子力緊急事態宣言が発せられています。その実態と背後にある国際「核」ロビー、およびアベノミクスの無謀な核産業存続のための最稼働・原発輸出、東芝核部門の破たん等について論じます。また、原子力緊急事態宣言下の事故処理と、背後にある国際原子力ロビーの功利主義的哲学とアベノミクス核産業維持の無謀さを説きます。
現在日本は「原子力緊急事態宣言」の下にあります。緊急事態宣言の目的は「原子力災害の拡大を防止する」ですが、現実は真反対の施策が強行されました。住民と環境を保護する一切の法律が無視されました。国と原子力産業の都合の良いままに基準を設定した「反人権」の実施体制です。
緊急事態宣言
(A)人格権を無視
法律では公衆の被曝限度は年間1ミリシーベルトです。しかし年間20ミリシーベルトが基準とされました。避難の権利も認めず、「風評被害」、「食べて応援」で全国民強制被曝の体制です。
(B)環境保護
法律では核廃棄物再利用基準は100ベクレル/㎏だったものを、8000ベクレル/㎏とされました。この基準で除染土等を公共事業に回せ、と政府が放射能拡散を強制します。
(C)メルトダウンした炉心処理(原子力災害拡大防止の根幹)
メルトダウンの核燃料封じ込めに対しては全くお手上げです。強烈な放射能が存在するなど初めからわかり切ったことでしたが、「安上がり」な手立てを繰り返し、費用を増大させています。未だに炉心の放射能物質は空中に、水中に、海に、垂れ流されっぱなしで環境を破壊し続けます。石棺という言葉さえ禁止状態です。チェルノブイリでは7か月後に石棺で事故原子炉を封じ込めました。
(D)放射能汚染に対する数値操作
①放射能汚染の公式データであるモニタリングポストの表示値は実際の52%しかありません。②土壌汚染を反映した吸収線量等は人の行動と無関係に「環境量」として示すべき量です。ところが、人が屋内・屋外時間を仮定した「生活依存量」に変えられ、環境汚染値の60%しか計上しない数値処理が徹底しています。上述①、②の操作によりわずか約30%にしかならない値が汚染を示す公式被曝線量とされます。さらに架空の線量である「実効線量」などにより過小評価の数値操作がなされました。
チェルノブイリ周辺国はくまなく初期土壌汚染測定を致しましたが、日本は土壌の初期汚染マップすら作らずに放射能影響を福島だけに限定しました。
国際原子力ロビー
(A)国際原子力機関(IAEA)
核支配体制維持の国連重要機関IAEAはチェルノブイリ事故の時に、周辺国が行った巨大な財政支出を伴う住民の放射能からの保護(チェルノブイリ法)や、放射能に関する「情報統制」と医師や専門家の「権力的統制」に失敗したことを反省しています(1996年IAEA会議)。避難させるな、報道を統制せよ、健康被害を認めるな、がそれ以後の事故が起きた場合の処理基準とされました。そのためにIAEAは福島に事務所を開設しました。
(B)国際放射線防護委員会(ICRP)
原子力緊急事態宣言の内容に国際的「認可」を与え、全面的棄民の指令を出すのはICRPです。
ICRPは防護3原則の第1原則に「正当化」をうたいます。「活動が、害よりも大きな便益をもたらす」時にその活動が正当化される、という内容です。「原子力発電は、人を殺しても良い」と正面切って開き直っているのです。原子力産業は倫理的にも民主主義否定を公認させているまさに「特殊産業」です。
ICRPはチェルノブイリの反省の上に〝次に原発事故が起きたらこうしなければならない〟という功利主義に基づく事故管理指針を完成させました(2007年勧告)。
2007年以前の被曝状況は「線量拘束値」(被曝限度値)は年間1ミリシーベルトの「計画被ばく状況」だけでした。
これを2007年勧告で、「緊急被曝状況」(事故などが生じた際の被曝状況)と「現存被曝状況」(事故後の被曝状況)を追加し、「参考レベル」(被曝限度線量)として年間20ミリシーベルトから100ミリシーベルトの被曝線量を勧告しました。事故に際しては大量被ばくを住民に押し付ける「国際基準」を立案したものです。これが原子力緊急事態宣言の基本指針となりました。
核産業の崩壊過程
原発事故の影響と根強い反原発運動の全世界的な発展によって核産業の未来が閉ざされてきています。各国の原発依存も減少の一路をたどっています。
米国では1979年のスリーマイル島事故以降、約30年間、新設がありませんでした。世界のプラントメーカーは半減しています。最近ウラン濃縮工場も倒産しました。
東芝は福島第一原発事故の責任主体(2号機、3号機政策)です。事故原因の解明すら途上である状態で、原発推進を止めず無謀な核固執政策で破たんしています。政府は原発メーカー救済のための危険な原発再稼働と原発輸出は止めるべきです
今必要な対策
1. 原子力緊急事態宣言を解除し、法律どおりの健康と環境保護を実施させる。移住の権利を認め生活の場を自主的に選ぶ経済的保障を行う。
汚染地住民保護の保養、非汚染食料の給与等を政府の責任で行う。
正確な情報を誠実に住民に伝える。
2. 住民本位の予防医学的立場で健康診断と適切な治療を保証する。
3. ICRPなどの棄民を原理とする体系から離脱し、放射線被曝の誠実な科学と最新のデータに基づき、放射線防護対策を根本から見直す。
食料汚染基準を事故前の汚染状態:0.1ベクレル/㎏以下を基準視点として設定する。
4. これ以上の被曝を避ける。市民は毎日の食材による内部被曝を防ぐ努力をする。
5. 一人一人の人格権を保証する誠実な判断から核兵器と原発は廃止する。原発産業救済のための無謀な原発再稼働と原発輸出を止めさせる。
*沖縄に於ける避難者の援助
私どもは「
つなごう命の会:原発事故避難者に公的支援を求める会」で避難者支援を「原発事故被災者に人権の光を」をスローガンに掲げ、沖縄県支援団体等に訴えてまいりました。沖縄県は避難者受け入れ先としては日本で初めて、指定区域外避難者の沖縄継続避難者全員に対して、家賃補助の予算を次年度予算案に計上いたしました。沖縄県の英断に感謝いたします。また
沖縄東日本大震災支援協力会は、沖縄独自の支援「ニライカナイカード」は終止いたしますがその代わりに全世帯に商品券をサービスいたします。民医連、医療生協は沖縄協同病院で「医療費の窓口支払いゼロ」と「避難者健診」を行ってくださっていましたが、来年度も継続してくださること決定してくれました。
皆様のご支援と諸組織のご支援に感謝いたします。
やがさき・かつま
1943年生まれ。長野県出身。琉球大学名誉教授。専門は物性物理学。「つなごう命の会・原発事故避難者に公的視点を求める会」代表。著書「隠された被曝」など。
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矢ケ崎克馬「隠される内部被曝―福島原発事故の実相」(2016年6月9日)
Asia-Pacific Journal: Japan Focus
Yagasaki Katsuma: Internal Exposure Concealed: The True State of the Fukushima Nuclear Power Plant Accident